アヴェンジャークラスに対する自己解釈と設定が入ってます。
私は知っている。
私は殺される。
私は、ジャンヌ・ダルク・オルタは、殺される。
「では――おさらばです」
全身に影を纏うシャドウサーヴァントの胸元に刃を埋める。醜い断末魔と共に、霊基が薄れて行く。こいつを最後に今日の役目は終わりだ。
「疲れたのだわ……」
「みんな、お疲れ!」
一緒にレイシフトしていたナーサリー・ライムと共にマスターが駆け寄って来る。戦闘において、彼女らの役目は後方支援。
このマスターの為に、というのは少々癪だけれど、戦うこと自体は正直嫌いじゃない。この汲めども尽きない黒く禍々しく濁った感情を吐き出すのに、戦闘は適している。
暴力はいい。まがい物の記憶ではあるが、かつて私を責め立てた一方的な陵辱は、背徳と嗜虐という形で私の心の隙間を埋めてくれる。
私のクラスは
カルデアに在籍する他の復讐者たちもそうだ。
巌窟王エドモン・ダンテス。その生涯の大半を復讐に費やした復讐鬼。
怪物ゴルゴーン。『恐ろしいもの』として人間に悪性を押し付けられた、生まれつき人間を憎み害する者。
英霊アンリマユ。実力の程は非常に低いが、彼は全てを憎むあまりもはや全てを諦めている。あの躁に近い性格はその裏返しであり、もはやどんな手法をもってしても矯正は不可能だろう。
対して私はジャンヌ・ダルクという知名度では申し分ない英雄の影を踏みながら、産まれたその瞬間から拠り所も何もない不確かな存在だ。だからその救いの無い在り方にも、不満があろう筈もない。
けれど――。
「ジャンヌ、うしろ!」
「…………」
戦場に背を向けた瞬間、ナーサリーから喚起の声が掛かる。
仕留め損なった影が、最期の一撃を私に見舞おうと背後から襲いかかって来ていた。
が、既に遅い。見返りの状態で私の武器である旗の石突の部分を頭部に突き立てると、影は今度こそ霧散して消えた。
「危ないなぁ、びっくりしちゃったよ」
「マスターと一緒にしないでくださる? この程度、危機のうちにも入りません」
「でも珍しいね、ジャンヌが仕留め損ねるなんて」
「……そうですね。調子が悪いのかも知れませんね」
そう、調子が悪いのは本当だ。
ここ最近、力が弱まって来ているのを感じる。今まで一撃で斃していた有象無象が、先程のように一撃では仕留められなくなって来ている。
見た所、霊基や精神に乱れはない。ただ単純に、力が落ちているのだ。
知っている。
その理由を、私はよく知っている。
その理由は、私だけが知っている。
「むう、いっつも無駄に自信のあるジャンヌが元気ないなんて……一大事だね」
「貴女、焼き殺されたいのですか?」
「あはは、それだけ言えるなら大丈夫そうだね」
だから。
そんな顔で笑わないで。
「よーし、今日はエミヤにおやつ頼んであるからジャンヌも行こう!」
「え、ちょっ、私は――」
私の腕を有無も言わせず引っ張っていく、小さくか弱い手。
「おなかいっぱいになったらきっとジャンヌも元気出るよ!」
「そうね、お茶会をしましょう! 紅茶と甘いお菓子があれば誰だって笑顔になれるわ!」
「そういう問題じゃないで――ああもう!」
私は知っている。
私は殺される。
私は、ジャンヌ・ダルク・オルタは、殺される。
「あ、エミヤ、頼んでたやつできた?」
「ああマスター、お帰り。出来ているぞ」
レイシフトを終えカルデアに帰ると、真っ先に食堂へと連れて行かれた。人間もサーヴァントも問わず無料で食事を摂れる場所――そんな平和で牧歌的な場所に私のような者が似合うはずもなく、存在こそジルに聞いてはいたが、訪れるのは今日が初めてだ。
時刻は三時を回ったあたり。そのせいかそこに客の姿はなく、厨房で腕を組みながら鍋を凝視する褐色の肌の男がひとり、いるだけだった。名前は確か、エミヤ。今現在において英雄と認識されていない、未来の英霊らしい。その影響で霊基も霊格も弱く、尖った能力の所為で戦闘に赴くよりもよくここでサポートをしている、というのが私の知り得る彼の情報の全てだ。
その歪んだ在り様はある意味、私と似ている。とは言っても同情や憐憫の情を向けるなどもっての外、仲間意識なんて芽生えるはずもない。
所詮、人間だろうがサーヴァントだろうが上下関係の優劣はその強さに依存する。
弱いのが悪いのだ。力のない者はどんな場所でも不遇な扱いを受ける。
だから私は強くなった。強くある存在にと願った。
誰にも迫害されないように。
誰をも弾圧できるように。
「戦闘で疲れたわ。シェフエミヤ、紅茶をいただけるかしら」
「残念だがラデュレのアールグレイが先ほど切れてしまってね……安物のダージリンしかないが、構わないか?」
「あらそうなの……残念。でもいいわ。砂糖とミルクにシナモンも忘れないでね」
「ジャンヌ、君も同じものでいいか」
「好きになさい」
不機嫌そうに顔を背けてみせるも、嘲笑で返された。
……気に食わない男ね。こうしてマスターに無理やり連れて来られでもしない限り、一生会うことはなかったでしょうに。
と、ナーサリーがカウンター上のものに気付き、身を乗り出す。
「あら、ポムダムールじゃない!」
「ポム……なに?」
「りんご飴のフランスでの名称だ」
「直訳で
トレイに並べられているのは、各十個あまりの黄金、白銀、赤銅の果実に水飴をコーティングしたもの。一般的にりんご飴と呼ばれているものだ。
あの果実はマスターの魔力を底上げするドーピングのようなものだ。ということは、どうせマスターがいつも果実を丸のままかじるのに飽きた、とでもわがままを言って作らせたのだろう。
林檎に飴。林檎はともかく、飴なんて
だからと言うわけではないけれど、少し食べてみたい気は――いえ、駄目よ。
ここで心を許したら、また
「なかなかに子供心をくすぐるじゃない。一つ星をあげるわ」
「光栄だよ、ミセスナーサリー」
「ナーサリーも食べていいよ」
「ほんとう!? じゃあお茶請けにいただくわ」
「ジャンヌ、君も食うか? 甘いぞ」
「いりません」
エミヤに突き出された棒付き林檎を蔑視と拒絶の言葉で一蹴する。
「貴方がたは馬鹿なのですか? そんな子供がお祭りで食べるような駄菓子、サーヴァントである私には必要ありません」
その私の一言に、先程まで緩かった空気が一瞬、凍りつく。
これでいい。
「そんなものよりマスター、私には早々に次の敵を。それにお茶など飲んでいる暇があったら、少しでも魔術師としての研鑽を積んだらどうなのです? ああ、それとも自分は優秀だから必要ないと? さすがは我がマスター」
嫌味と皮肉をたっぷりトッピングして吐き捨てる。
その憐れむような視線、乾いた空気、気まずい静寂。どれもが懐かしく痛ましい。胸をきつく締め上げるこの疎外感こそ、私に相応しい。
「他のサーヴァントがどうかは知りませんが、私は馴れ合いを好みません。以後、せいぜい気を遣って下さいね?」
これでいい。後は空気を読まない邪魔者は去るだけだ。
相手が絶対服従のマスターとは言え、私が和気藹々と菓子を食べ紅茶を飲むなんてあり得ない。
そう、私は復讐者。憎悪と嫉妬を燃やし力にする、呪われた存在――
「まあまあそう固いこと言わずに、ね?」
「むぐ!?」
踵を返そうと身体を翻した瞬間、瞳孔の開き切ったマスターの手ずから、口内にりんご飴を突っ込まれた。
「あははははははは!」
「あはっ、あっはははは! 傑作よジャンヌ! 変な顔なのだわ!」
「……ふっ」
「んっ、ん――! んんん――!」
口内に水飴特有の甘ったるい芳香が広がる。飴に覆われていた事で瑞々しさを保った林檎に似た果実は、私に懐かしい余韻を刻んでくれた……じゃなくて!
これで茶番は終わり、とまったく警戒していなかった事もある。それに何より他人の、しかもうら若き乙女の口に巨大な飴を突っ込むなんて普通やる!?
あとそこでさり気なく便乗して笑ってる二人、後で覚えておきなさい!
「んっ……んんんっ!」
なんとか飴と果実を気合いで噛み砕き、飲み込む。こんななりになっても、一度口に入れたものを吐き出す程に私は女と人間を捨て切れていないらしかった。
「何をするのよ! 顎が外れるかと思ったじゃない!」
果実の水分と涎で汚れた口を拭いながらマスターに摑みかかる。
と、
「だってジャンヌが何だか、無理してるように見えたから」
「…………っ」
そんな事を、薄く笑いながら言うのだった。
やめてよ。
なんで私みたいな女相手に、そんな顔が出来るのよ。
「なんでよ……マスター貴女、私を殺す気なの……?」
「ジャンヌ、泣いてるの……?」
「っ!」
言われて、涙腺が緩んでいるのに初めて気付く。私としたことが、どうしてマスターを前にするとこうも脆くなるのか。
いや、それよりもこの状況はまずい。マスターだけならばまだしもだが、泣いているところなどを他のサーヴァントに見られたらこの先何を言われるかわかったものではない。
「ジル! ジルはどこ!」
「お呼びでしょうかジャンヌ! 貴女のジルドレェはここに!」
どこに潜んでいたのか、キャスターのジルが背後に
「空気が乾燥してるせいで目が乾いて痛いわ。ただちに目薬を差しなさい」
「おお……なんと痛ましい……それは一大事! このジル、ジャンヌの宝石のごとき瞳を潤す役目を与えていただき光栄でございます! 御心のままに!」
「ちょっと待ちなさいジル。それ、この間のスーっとするやつじゃないでしょうね?」
「は。忠臣ジルドレェ、その点は抜かりありませんぞ」
「……ねえジル、それ子供用の、」
「よせマスター、もうひと波乱起こしたいのか?」
「ではジャンヌ、僭越ながら上を向いていただけますかな」
「ほら、早くなさい……っ!」
「ジャンヌぅ! そのように目を固く閉じられていてはこのジルドレェといえど目薬は差せませんぞ!」
「……っ、んっ……ふう……」
目薬で濡れた顔を袖で乱暴に拭い、マスターに向き直る。目薬は嫌いだ。たまに目を通って鼻に入ってくる現象が起こると誰彼構わず焼き殺したくなる。
……よし。ジルの助けもあって涙を誤魔化すことは出来た。後は勢いでやり過ごす他ない。
「そこのウェイター!」
「何か用かね」
「マスターのせいで口の中が甘ったるくて仕方ないから、口を洗いたいのよ。早く紅茶を出しなさい」
「わかったよ。ジル元帥、貴方も飲むかね?」
「いただきましょう。ジャンヌとお茶が飲めるとはこのジルドレェ、恐悦至極にございます!」
「やった! みんなでお茶会ね!」
睦まやかな生温い空気が場を包むのを機に、思わず安堵のため息が漏れる。
咄嗟の機転でなんとかこの場は乗り切ったが――こんな事を続けていたら、私はいずれ消滅するのだろう。
理由は至ってシンプル極まりない。
憎悪を糧に嫉妬に駆られ悲愴に浸り殺意を磨き死を幸いとし苦痛に悦び暴虐を賛美し惨劇を旨に絶望を定義し終幕を夢見て円満を忌避し傷心に慄え孤独を好み怨念を両手に憤怒を撒き散らす。
そんな私がそれらの感情を否定する行為を繰り返していたならば――力が弱まるのも理に適った話だ。
仮にも英霊とは言え、サーヴァントである私がその在り方に反する行動に溺れたら、いずれは霊基そのものが消えて無くなる。他の復讐者たちのように明確な背景や生い立ちがある訳でもない私ならば猶更だ。
そして何よりも重症なのは。
それを悪くないとどこかで思っている私がいるということ。
「甘くてみずみずしいのだわ!」
「んんー、たまにはりんご飴もいいねぇ」
「あんまぁい! 時には童心に返るのも心のケアとして重要ですよマスター」
「食うのはいいが、他の者たちの分も残しておいてやれよ」
無邪気にりんご飴にかじり付く面々と距離を置き、紅茶を口にする。
子供向けに淹れたためか、はたまた分量を間違えたのか、歯が溶けそうな程の甘さのミルクティは、前述した口直しには何の役にも立たなかった。
と、
「最近調子悪いの、気にしてたの?」
見るのも不快な団欒を外れて、いつの間にかマスターがりんご飴片手に私の横に陣取る。
私のことを気にかけてくれているのはわかる。それが嬉しいと、自覚出来る程度の人間性は残っている。
だが今は、その自分の人間らしさが忌々しい。
「……別に。あまり馴れ馴れしくしないでもらえますか」
貴女と私はお友達ではないのですから、と言いかけて喉先で止まる。そんな事を言ったところで、このマスターには通用する未来が見えない。
予想通り、マスターは私の悪態を意にも介せず、白い歯を見せ笑って見せる。
その笑顔が私に向けられていると理解する度に、私は絆され壊れていく。心地良いまま息の根を止められるような――そう、マスターは私だけの死神。
「ジャンヌは偉いなあ。一人でずっと頑張って来たんだもんね」
いっそのこと、機械的なものとして現界出来たら良かったのに。
「みんなの力を借りなきゃ何も出来ない私とは大違い」
心も情もなく、ただ一途に万物を憎み、命じられれば暴を奮うだけの殺戮機械であれば楽だったのに。
「あっ、調子悪かったらちゃんと言わなきゃダメだよ! そのためのカルデアなんだからさ」
私はきっともう、復讐者として終わっている。
この些細な心の安寧を得られただけでも、呪われたこの身で召喚されたことに感謝すら覚えている。
「……マスター。ひとつだけ、質問が」
やめておけばいいのに、私の口は自分への死の宣告を紡いでいく。
「なに?」
「もし……私がサーヴァントではなく、ただの人間として貴女と出会っていたら――その、」
「もちろん、親友だよ!」
私は知っている。
私は殺される。
私だけが知っている。
私は。ジャンヌ・ダルク・オルタは殺される。
他でもない