カルデア食堂   作:神村

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アンデルセンとシェイクスピア主体です。
作家系サーヴァントに追加ありませんかね……。


世界樹の種のリスアラマンデ

「――投影(トレース)開始(オン)

 投影魔術により、業務用の巨大な炊飯器を投影。

 米はおろか人ひとり入れてしまいそうな大柄の炊飯器だが、その機能は繊細極まりない。米の量や炊き上がりを設定してボタンを押すだけで、普通の炊飯は勿論、時には餅、挙句の果てにはパンまで焼き上げる。我が母国の家電はトイレ文化と並んで誇るべき文化と言えよう。

 今日は俵の計らいで米が多く仕入れられたので、米主体のメニューにするとしよう。米はいい。私が日本人ということもあるが、米は日本の心だ。

 炊きたての白米に勝る炭水化物には未だお目にかかったことがない。後ほどおにぎりにしてマスターにも差し入れてやろう。おにぎりに勝る携帯食糧はない。数多の戦場を駆け巡った私が断言しよう。

 と、

「おはよう……ございます……」

「おは――なっ……」

 やって来たのは、幽鬼のような表情で足元も覚束ない男――ウィリアム・シェイクスピア。

 その細身のハンサムが見る影もないほどにやつれ、憔悴していた。

 その脇には青髪の少年、ハンス・クリスチャン・アンデルセンが身じろぎすらせず、ぐったりとした様子でシェイクスピアに抱えられている。端から見ても生きているのかさえ朧げだ。

「だ、大丈夫か……?」

 出てきたのは、そんな益体もない普遍極まりない言葉だった。

 だが無理もない。百戦錬磨と自負出来るほどに戦場は渡り歩いてきたが、今の彼らは下手をしたら死体よりも生気が感じられないのだから。

「コーヒーを……いただけますかな……」

「……大丈夫か、シェイクスピア氏。気配が死んでいるぞ」

「なに、この程度慣れたもの……と言いたいところですが、口を開けば人間拡声器、とモードレッド嬢にありがたい二つ名をいただいた吾輩も今は……」

「……まあ、コーヒーでも飲め」

「死んだ後にまで締め切りに追われるとは思いもしませんでしたが……これも因果ですかねぇ」

「何か書いているのか?」

 あらかじめ淹れてあったコーヒーを注ぎ、死んでいるアンデルセンの分もカウンターに置く。

 シェイクスピアは緩慢な動作で意識のないアンデルセンを椅子に座らせると、自分も隣に座り、コーヒーを一口。

「おお、夜明けの本格コーヒーは格別だ……悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋とは上手い事を言ったものですね」

 タレーランの言葉だったか。初めて聞いた時はコーヒー如きに大袈裟な比喩だな、と思ったものだが。

「ああ、失礼……実はマスターを含め女性サーヴァントの皆さんから物語を書いてくれ、と依頼がありまして」

「物語……」

 そう言えば、マスターやマシュが人魚姫の続きを読みたいと言っていたような気がする。個人的には、完結した物語を無理やり続けさせるのは自ら墓穴を掘るようなものではないかと思う。今更、人魚姫やハムレットが生き返って復讐劇を繰り広げたところで誰が得をするのか。

「何を書いているんだ?」

「我がマスターもナーサリーのお嬢さんも、カルデアでしか読めない新作を書いてくれ、と。なんとも無茶を仰る」

「……大変だな」

「いえ、これも作家として生きた宿命……女子供から求められるのは、正直悪くありませんしな」

 その点は少々、同感できる。

 我々サーヴァントは、マスターに求められ召喚に応じる。自らの願いを叶えるため、という最終目的もあるにはあるが、我々には人間とは違い存在意義が必要だ。

「……ん?」

 ふと視線を遣ると、先ほどからうつ伏せのまま動かないアンデルセンの背中には、『Not Dead』と書かれた紙が貼られていた。

「……『Not Dead(死んでいません)』?」

 なんだこれは。

「ああ、彼は生前より寝たまま死体と勘違いされて埋葬されるのが怖いらしく、寝る時は毎度このような張り紙を」

 それはどこかで聞いた逸話だが、アンデルセンのことだったか。しかし心配性にも程がある。

「死んでいるも同然のようだがな」

「ハハハ……正論です。愉快愉快」

「む……」

 と、我々の会話で眼が覚めたのかアンデルセンがむくりと鎌首をもたげる。胡乱な目で周囲を見回し、

「……どこだ、ここは。執筆室ではないということは天国か?」

 などと、容姿に似合わないハスキーボイスでのたまう。まだ意識が覚醒しきっていないらしい。

「カルデアの食堂ですよ。残念ながらね」

「シェイクスピア……俺はどのくらい気を失っていた?」

「一時間ほどでしょうか」

「記憶が飛んでいる……目の前にコーヒーが出ているという事は仕事納めか? この世の地獄は終わったのか?」

「それも残念ながら。あと三日が山場、といったところです」

「そう……か……そうだな……仕事納めならば七人の小人を模した砂糖菓子の乗ったケーキが出ている筈だ……」

 自分が眠っている間に仕事が終わっている、という一縷の希望も絶たれたのか、憂悶の表情で頭を抱える。

 まるで世界が滅亡の危機に晒され、それを止める為に残された手もごく僅か、針の穴を通すような奇跡を繰り返してようやく光明が見えてくる。二人とも、そんな状況に置かれているかのようだった。

 作家にとって納期というのはここまでのものなのか。二人のやつれきった様子は、そう思わせるには十分過ぎた。

 ようやくコーヒーを啜ろうとカップを手に取るも、中身を見て突っ返してくるアンデルセン。

「おい、なんだこれは」

「見てわからんか? コーヒーだ。外見、色、香り、味、これ以上ない程にコーヒーだ。他のものに見えるのならばナイチンゲールに頭蓋を開いてもらえ」

「小賢しいことを……いいか贋作者(エミヤ)、覚えておけ。俺にコーヒーを出す時はラードと砂糖を山ほど入れろ。執筆中は糖分とカロリーを摂取しないと脳細胞が死滅する」

「そうか、それは重畳。自分でやれ」

 アンデルセンの目の前に瓶の砂糖と紙パックを少々乱暴に押しやる。コーヒー用のラードなどカルデアにはないので、代わりに生クリームだ。

「くそっ……やはりこの世には死以外に幸福はない……そうだろう」

 コーヒーに生クリームと砂糖をぶち込みながら滔々と鬱雲を纏わせていくアンデルセンだった。締切に追われているとは言え、いつも傲岸不遜な彼らしくない。

「……いつになくネガティブだな」

「彼は生前から元々こんな感じだそうですよ」

 それは聞いている。

 人魚姫、空飛ぶトランク、マッチ売りの少女。

 彼、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの作品は万人の認めるところだが、いわゆるバッドエンドが多い。数多くの名作を遺したアンデルセンが厭世家だった、というのは有名な話だ。彼の人生は挫折に満ちたものだった、とも。

 だから欲しいものは手に入らず、望みは叶わない。

 その最初から何も望まない姿勢を前提としたスタイルには、どこか共感を覚えた気がした。

「世話の焼ける……」

「……何をするつもりだ、おい」

 アンデルセンの言葉も無視し、今しがた炊き上がった米を取り出し、しゃもじで掬って鍋へと投入。一緒に牛乳、砂糖、塩少々を入れ弱火にかける。別の鍋にトースト用のジャムと共にロビンフッドが日常的に集めているイチゴや木の実の類を入れ、レモン汁と共にこちらも煮詰めてミックスジャムにする。米が煮立ったら更に牛乳とアーモンドのみじん切りを投入。どろどろの粥状になったところを二つの器に移し、先ほどのジャムとホイップクリームを添える。

「食うがいい、不良作家」

「なんですかな、これは……見た事もない料理ですが」

「リスアラマンか……お前、パティシエもやるのか?」

「材料とレシピがあれば大抵のものは作る」

「リスアラマンとは?」

「デンマークのライスプディングだ。デンマークではクリスマスにこれを食う」

 米を牛乳で煮る、という文化は日本人には受け入れにくい傾向にあるが、海外ではこのようにデザートにする国もある。

 頭を使う作業に一番必要なのはブドウ糖だ。脳は実に身体全体の二十%もののブドウ糖を消費する。ライスに木の実、砂糖にクリームで時には甘ったるすぎるデザートも、二人には丁度良いだろう。

「世界樹の種を潰してソースにした。霊体にも強壮効果があるだろう」

「……お節介が過ぎるぞ、贋作者(エミヤ)

 執筆により酷使し続けた脳が糖分の誘惑には勝てないのか、毒を吐きつつもスプーンで掬って口に含む。

「懐かしいな……盲目的だった母親を思い出すよ」

「おお! これはまさに未知との邂逅! 温かいライスと生クリームがこれ程にマッチングするとは!」

「ああ……脳細胞が復活して行く……」

「これ程甘いと辛口のワインが欲しいところですな」

 どうやら作家様たちの口には合ったようで何よりだ。

 少々得意げに腕を組み、かぶりを振る。

「執筆もいいが、我々の本分はサーヴァントとして戦う事だ。そこを履き違えるなよ」

「小言ばかりで口うるさい奴だな、編集者かお前は。少しは褒めてやろうかとも思ったが、やめだ」

 糖分の補給により快復したのか、いつもの調子に戻ってきたようだ。

「いらんよ。誰かに褒められたくてやっている訳ではない」

「いいか、俺はお前のような自分と他人の幸せを秤にかけるような偽善者は大嫌いだ」

 スプーンの切っ先をこちらに突き付け、アンデルセンは続ける。

 その表情は、今まで見た事のないものだった。

 いつもむっつりと不機嫌そうにしているか、悪そうに口元を歪めて嗤うかの彼の表情が。

「だが……あれだ、そう、糖分に罪はない。また作れ……作ってくれてもいいぞ。何なら気が向いたらお前が主人公の本を書いてやってもいい」

「そんなものはこちらから願い下げだ」

 こんな模倣しか出来ない英霊の物語など、想像するのも憚られる。

 結末はもれなくバッドエンド。そんな物語は、誰かに読ませるべきものではない。

 私の物語は、私が知っていればいい。

「おい贋作者(エミヤ)、お前の投影魔術とやらは物語を投影することは出来ないのか」

「……投影魔術は基本的に術者の知っているものしか投影できん」

「なんだ、つまらん。そんなものがあれば遊び続けていられると思ったのだがな」

「見た事もない物語を紡ぐ魔術なんてものがあったら、我々の存在意義は廃れますねえ」

「物語は、君たちのような人間が魂を削り紡ぐからこそ面白いのではないか?」

 作家などやった事もないので確固とした意見ではないが、人の心を動かす物語が自動生成されるようであれば、人類もおしまいなのではないか。

 そんな語り継ぐ価値もない物語しかない世界では、我々英霊も産まれないだろう。

「その通りですとも! という訳でアンデルセン君、共に続きを執筆しましょう!」

「待て! 俺はまだ休憩したい! 具体的には締め切り当日まで!」

「鉄道と締め切りは待ってくれません! さあさあ!」

「離せっ! 締め切りなど最悪翌日の夜まで伸ばせる! せめて酒の一杯くらいやらせろ!」

 暴れるアンデルセンだったが、所詮は自称最弱のサーヴァント。再びシェイクスピアに抱えられて連行されてしまった。

 作家とは不思議な生き物だな。自らの精神を削り、名誉や地位よりも先に人の心を動かす事に生涯執心する。

 ああ、そうか。私を含む英霊たちと同じだ。

 彼らも、誰かを救いたいだけのお人好しなのだ。


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