カルデア食堂   作:神村

18 / 36
謎のヒロインX主体です。
なおオルタガチャは爆死した模様。


愛と情熱のレッドチャーハン

「ふむ、こんなものか」

 目前の調理台に食材がずらりと並ぶ。冷や飯、卵、青ネギ、焼豚、グリーンピース、ちくわ、調味料の数々。

 これらは食堂の客に出すものではなく、私の昼食だ。材料から推察出来るであろうが炒飯である。安価で手早く作れる庶民の味方だ。

 サーヴァントである以上、食事をする必要性はあまりないのだが、昔からの習慣というものもあるし、何よりこの時間帯は暇なのだ。後は皆が帰ってくるまで掃除や洗濯くらいしかやる事がない。我ながら酷い暇の持て余しようだ。

 昼食の喧騒も途絶えた午後。カルデアの職員は人理修復に尽力するため業務に励み、レイシフトを命じられたサーヴァントたちもまた出撃していく。

「こうしてゆっくりと紅茶が飲めるのは素晴らしいですね、師匠」

「そうですね。世界を救う戦士には束の間の休息も必要です……リリィ、砂糖をください。もっとこうドバッと」

「はいどうぞ。疲れた身体に甘いものは特効薬ですよね。エミヤさんの焼いてくれたクッキーもとてもおいしくて……恥ずかしながら、ついつい手が伸びてしまいますね」

「そのついついでバスケットいっぱいのクッキーを平らげてしまう意気や良し! そんな食いしん坊リリィには私が過去死闘を繰り広げた甘味が大好物なアルトリア、世界中のこし餡つぶ餡うぐいす餡、ついでに緑茶をも占領しサーヴァント界の流通をほんのちょっと狂わせた通称タイヤキセイバーATIKOのお話をしましょう!」

「はいっ、是非お願いします。楽しみです!」

 結果、ここの食堂は私と同じくして暇を持て余したサーヴァントがたむろする。今も二人、紅茶を飲みながら談笑するセイバーリリィとXがいた。

 コードネーム・ヒロインX。本人はセイバーを主張しているが間違いなくアサシンのサーヴァント。

 セイバーの増えすぎた未来からセイバーを間引きする為にやってきた(らしい)サーヴァントで、その正体不明度は他の誰よりも抜きん出ている。

 セイバー・リリィ。セイバーのサーヴァント。かのアーサー王が選定の剣を引き抜く前の姿、というイフの側面から召喚されたものだ。その性根は純真無垢そのもので、その人を疑うことを知らない性根はこちらが心配になる程である。

 二人はカルデアにて現れた特異点で師弟の契りを交わした経緯がある。その場には皇帝ネロと共に私も同行した。Xの本当かどうかも怪しい武勇伝をリリィが食い入って聞いている。いつものある意味微笑ましい光景だ。

 特異点で思い出したが……マスターは最近、断固として私をレイシフトに連れて行ってくれない。ひょっとしたら、食堂や家事が忙しいから、等とふざけた事を考えているのかも知れない、と最近思うようになった。

 趣味が嵩じてコックや家政夫の真似事なんかをやっている訳だが……本当にそうだったらここのコックも再考せねばならないだろう。私は決して料理を作り掃除洗濯をする為に召喚された訳ではないのだ。今度、真面目にマスターを問いたださねばなるまい。

 いや、単純にアルジュナやテスラを重用していて私に出番が回ってこないだけやも知れない。同じ陣営内で優劣を競うつもりはないし、私も真っ当な英霊とは言い難い。それならばまだいいのだが……いや、良くないな。己の力量は誇示するものではないが、卑屈になりすぎると英霊としての意義を失う。さて、果たしてどうしたものか……。

「そしてその悪のセイバーを一太刀の元に断ち割ったセイバー忍法の真髄は……こう!」

「あっ、エミヤさん危ない!」

「ん?」

 リリィの切迫した呼びかけに反応し振り向いた時には時すでに遅し。

 眼前には、上空から引力に従い自由落下する琥珀色の液体が、視界いっぱいに広がっていた。あれは紅茶のポットか。ヴラド手作りのティーコゼーの防御壁も虚しく切り裂かれ、羽毛と共に無残にも宙を舞っている。恐らくは武勇伝に興が乗ったXが剣を振るったのだろう。ふふ……地獄に落ちろ。

 ああ――もう駄目だ、と諦観の念が全身を支配する。

 いくらサーヴァントの身とは言え、コンマ一秒後の絨毯爆撃から逃れる術はない。令呪による強制移動でもない限り不可能だ。

 すなわち――、

「くっ……!」

「ああっ、しまったあ!」

さすがに顔はまずい、と思い咄嗟に身を引き上半身を反らすも、そこはキッチンの内部。勢い余って引いて調理道具を壊すよりは、と覚悟の上で下半身を犠牲にする。

「エミヤさん!」

「すみません、大丈夫ですかエミヤ殿!」

「ああ、気にするな、大丈夫だよ。調理場にいればどこかしら汚れるものだ」

 元よりエプロンは調理の際の汚れから守るものだ。まあ、ここまで直撃してしまった以上は下着までずぶ濡れだろうが……紅茶が思ったよりも冷めていて助かった。この程度ならば低温火傷もしないだろう。

 さて、このままでいる訳にも行かないし、部屋に戻って着替えを――、

「うんしょ、よいしょ」

 と、駆け付けたXがいきなりホットパンツを脱ぎ出した。

 止める暇もなく下半身パンツ一枚となるX。

「おい……なぜ脱ぐ!」

「オカン属性持ちとは言え殿方に恥をかかせてはセイバーデストロイヤーの名折れ! 代わりに私のホットパンツを履いてください!」

「いらんし君は一言余計だ!」

「エミヤさん。自分のしでかしたことには立派に責任を取る……その師匠の気持ちも汲んであげてください」

「世の中には汲みたくない気持ちもあるんだ、リリィ」

「それにそんないい年をした筋肉隆々の殿方が下半身限定裸エプロンなんぞで料理をしていたら子供たちはトラウマ必須です!」

「それはそうだが……その前に君も下着姿でどうするつもりだ?」

「ほら、ダメージ加工ってあるじゃないですか。あんなノリで」

「ダメージを飛び越えて致命傷加工だろうそれは」

「全裸ではないので恥ずかしくありません」

「身も蓋もないな君は!」

 大体、ミニの女性用ホットパンツなんて男が履いたらそれこそ大惨事だ。

 惜しげも無く露わになる鍛えられた脚。窮屈そうなぱっつんぱっつんの我が儘な太腿。想像したくもない。それに私の場合、最悪服を投影すればいいだけのことだ。

 ノリで忘れていたが、Xもうら若き乙女には違いあるまい。常識に則れば隠すべきXの下着に思わず目が行く。

 しかし……なんだ、

「な、なんですか私の下着をじっと見たりして……はっ、もしかして私の溢れるセクシーさで催淫しちゃいましたか!? 私ってば強い上に罪な女!」

「さて、私があと十年若く召喚されていたらそうかも知れなかったがね。ただ――――うん、いや、止めておこう。私が言うべきことではない」

「なんですかそれ、言いかけてやめるとかやめてくださいよ、怖いから。怒らないから言ってください。言わないとセイバーを料理して喰らう極悪犯罪者(シリアルキラー)アーチャー・デビルレッドとしてドゥ・スタリオンⅡに強制収監しますよ」

 まだあったのか、あの宇宙船……まあいい、言いかけて黙るのも失礼には違いない。

「……年頃の娘がフロントプリントつきの綿ショーツとは……それでいいのか?」

 いや、綿のパンツ自体はいい。間違っていない。デザインやサイズに富みながらも子供から大人まで愛される女性用下着だ。

 だがそのプリティなライオンのプリントは……大人としてどうなんだ?

「それでいいのかってなんですか! 私が何を身に着けようが勝手でしょう! ねえリリィ!?」

「え? あの……わ、私は……そういうの、よ、よくわかりませんので……」

 話を振られて赤面するリリィ。無理もない。

 女性にとって下着とは文字通りの最後の砦。同性同士ならまだしもだが、男の前で明け透けに語るものではない。純真を体現したようなリリィならば猶更だ。

 と、そんなにわか混沌とした状況の中、食堂に来客がやって来た。

 そいつは癇に障る笑みを浮かべ、両の腕を組み、不遜な態度でこちらを見下しながら宣う。

「刮目せよ。(オレ)だ、この(オレ)が参上してやったぞ雑種。(オレ)は喉が渇いた、フォートナムメイソンを出せ。迅速かつ丁寧に淹れろ」

「泥水でも飲んでいろ、たわけ」

 私の皮肉も何処吹く風、英雄王ギルガメッシュはいつも通り無駄に偉そうな態度で大人数用の席の中央に陣取る。いつもは上半身裸でカルデア内はおろか戦場をも闊歩する英雄王だが、今日は戦闘がない為か髪を下ろし普通の服装をしていた。

 奴は私が食堂に来て欲しくない客トップスリーから一度も転落せずに不動の地位を築いている奴でもある。その理由は単純明快、私と英雄王はあらゆる相性的に最悪なのだ。

「誰かと思えば白いセイバーではないか。今の(オレ)は古代王にバックギャモンで勝利し機嫌が良い。丁度いい、近くに寄って(オレ)に酌をする栄光を与えてやろう」

「えっ? いえ、私は――」

「貴様は黄金大帝コスモギルガメス! ここで会ったが百億光年!」

 と、私がどう追い払おうかと考えていると、下着姿のXがリリィに粉をかける英雄王に食って掛かる。

「なんだ貴様は、セイバーのパチモンか?」

 贋作同士馴れ合っておるのか、と私への侮辱もご丁寧に忘れない。ご苦労なことだ。

「パチモンって言うなー! 私が紛うことなきオリジナルですー! 私意外とガラスハートなので傷つくからやめてくださいね! 我がカルデアにいじめはありません!」

「何でも良いが文明人であれば服くらい着たらどうだ? それともあれか、露出癖というやつか。哀れだな」

「常に上半身裸の貴方にだけは言われたくありません!」

「? (オレ)の完璧なる美を拝めるのだ。何の不満があろうか」

「X、とりあえず下を履け。そのなりでは凄んでも間抜けなだけだ」

「あ、はい。そうですね、そうします。少々お待ちを」

 さすがに敵前でパンツ姿はまずいと思ったのか、いそいそと素直にホットパンツを着用し始めるX。だが、どちらにせよ間抜けなのは変わりそうになかった。

「お待たせしました。これで全方位からの視線攻撃にも対応可能です」

「ふん、どちらでも野暮なのは変わらんな。その下着のようなボトムは(オレ)も好きだから良いとして、その芋臭いジャージとマフラーはどうにかならんのか」

「タリホー! 貴様はアーチャーだがクラスの壁を乗り越えこの剣をもってぶった斬ーる!」

 噛みつきにかかるXに、あくまで神経を逆撫でする英雄王。普段はリリィ、オルタ問わずアルトリアに執心の英雄王だが、どうやらXには興味がないらしい。

 と、Xの抜刀した近未来的な剣に英雄王が反応していた。

「む、なんだその奇怪な剣は……我の宝物庫にも見当たらなかった気がするが?」

「これですか? よくぞ聞いてくれましたコスモギルガメス、ありがとう! これこそが全てのセイバーをアホ毛ごと一刀千断、その名も無銘勝利剣(ひみつかりばー)!」

 何もない空を薙ぎ、大見得を切るX。背後に武器名のテロップが大きく表示される勢いだった。

 独特の音と共に剣の淡い光が軌跡となって美しく映える。

「名称は絶望的だが中々に魅力的な剣ではないか。その淡く光る刀身と言い、いちいち振るたびに鳴る『ヴォン』とかいう陳腐な音が(オレ)の気に召したぞ。光栄に思うがいい!」

 私も武器が好きな性質なので、悔しいがその点だけは英雄王に同意だ。

 Xの剣は性能はどうか知らんが、正直言って男の心をくすぐる要素で溢れている。そのシンプルながら心奪われるフォルム、振るとかっこいい音のする刀身、どれを取っても欲しくなってくる。

 実のところ投影しようとした事もあるが、解析がどうにも上手く行かず失敗に終わった過去がある。英雄王の宝物庫にも原型が見当たらないのもその為だろう。あれは恐らく、存在する世界そのものが違うのだ。

 ……今度、あれを再現できないかミスターエジソンに本気で相談してみようか。彼ならばきっと私の想いにも応えてくれることだろう。

「そうでしょうそうでしょう! でもあげませんよ。わかったら大人しく斬られるがいい!」

 剣の切っ先を英雄王に向けるX。なぜここまで英雄王に敵愾心を向けているのかは謎だが、私も同じようなものなので止める権利はない。

 対し英雄王はその表情より笑みを消し、真っ向よりその剣先を見据えていた。

「セイバーの贋作よ。貴様と(オレ)との因果は一向にわからんが、(オレ)に刃を向けたからには覚悟は出来ていような?」

 英雄王の背後の空間が波紋を立ててぐずぐずと歪む。

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。英雄王の宝具であり、いつ何時でも好きな武器を好きなだけ取り出せるという反則級の宝具だ。

 無限に剣を取り出せる、という点で私の投影魔術と似通ってはいるものの、こちらが投影に魔力を使用するのに対し、あちらはほぼノーコストである。

「ええ、私と貴方は言わば水と油、正義と悪、きのことたけのこ! 出会ってしまったからには何が何でも斬る!」

 自分でも何を言っているのか胡乱極まりないが、Xは未来から来た面白時空の住人だ。先程から言っている黄金大帝コスモギルガメスとやらはその世界の住人で、英雄王とは恐らく別人だろう。テスラをキャプテンとやらと間違えていたことだしな。

 しかし未来にもあんな迷惑千万なサーヴァントがいるのか……世界のお先は真っ暗だ。

「良き覚悟だ。では貴様を斃し、そのご機嫌な剣を(オレ)のコレクションに加えてくれるわ!」

 言って、英雄王が何もない空間に手を突っ込む。英雄王の宝物庫にはあらゆる武器の原点が存在する。

 英雄王の切り札たる剣は乖離剣と呼ばれる、剣という概念すらなかった頃から在る原初の剣だが、奴は奴が認めた相手にしか使おうとしない。

 あまりの出力に空間ごと切り裂くと言われる神造兵器の類だ。カルデア内なんぞで使われたら建物ごと破壊されるのは目に見えているので、使われなんぞしたらたまったものではない。

「え、エミヤさん……なんだか不穏な空気ですが……誰か呼んできましょうか?」

 と、対峙する二人に聞こえないようリリィが耳元で囁く。

「頼めるかリリィ、マスターを呼んできてくれ。私は大事にならないようここで見張っておこう」

「はいっ、急いで行ってきます!」

 食堂を離脱するリリィの背を見送り、視線を二人に戻す。双方とも、たちは悪いが根からの悪人ではない、本気で私闘を繰り広げてくれなければいいが……。

 そんな私の不毛な心配とは裏腹に、決着は一瞬でついた。

「ク……ふふ、くはははははは! さてさて、貴様ごときまがい物に我が乖離剣は使うまでもない。そうだな、ここは――」

「隙ありィィィィィィィィィィ!」

「ぬおおおおおっ!?」

 宝物庫の中を片手でまさぐり物色する英雄王を、横薙ぎ一閃に斬り捨てるXだった。片手が不自由だったこともあり、こともなくその場に斬り伏せられる英雄王。

 顔には出さないが、心中良くやったとXを褒めてやる。

 しかし不意打ちとは……アサシンたるXに騎士道精神なんてものがあるのかどうかは知らないが、それでいいのか……?

「ぐ……き、貴様は蛮族か! 戦いの予備動作中はどれ程隙だらけでも見逃すのが知性ある者として最低限の礼であろうが! 恥を知れ!」

「貴方の言う通り、どんなヒーローや魔法少女の変身タイムも、長ったらしい宝具演出も、放たれるまで見守るのが鉄の掟……スキップ機能ははるか未来でも実装されていないのです! ですがそれは残念ながらシリアス時空でのみ適用される法則!」

「ふ……聡明な(オレ)は理解したぞ雑種。普段着で相対した時点で我は初めから勝負の舞台にすら立っていなかったと、そういう事であろう?」

「そういう事です、飲み込みが早くて大変よくできました(コスモアメイジング)。では勝利者の特権、追い剥ぎタイム(GET REWARDS)です。戦利品としてそのズボンを寄越しなさい!」

「な……おい、やめろ雑種!」

「うんしょ、よいしょ」

「ええい、やはり貴様はセイバーなどではない、蛮族だ!」

 あの無銘勝利剣とやらにはスタン効果でもあるのか、されるがままにズボンを脱がされる英雄王だった。

 はぎ取ったズボンをどうするのか、ロールプレイングゲームよろしくダヴィンチの所で換金するのかと思いきや、

「どうぞ、これをお納めください」

 と、Xは私の元へとやって来た。

「……君の償いたいと言う気持ちはわかるが」

 正直言って、要らん。他人のズボンというだけでそれなりに抵抗がある上に、持ち主はよりにもよって英雄王だ。

「口の利き方に気を付けろ。不躾だぞ贋作者(フェイカー)よ、この(オレ)が一度身に纏った衣類など聖骸布に等しき聖遺物ではないか。ありがたく拝受せよ、そして末代まで崇めるといい!」

「何故お前が乗り気なんだ!」

 下半身をトランクス一枚で仰向けに倒れた状態で、腕を組み傲岸不遜に言い放つ英雄王。そこに威厳も尊厳もないことは言うまでもなかろう。

「さあ、遠慮せずに! コスモギルガメスの服に抵抗があるのはわかりますが、武士は食わねど高楊枝ですよ!」

「それ、意味が微妙に違わないか……仕方ない」

 確かに下着が濡れたままなのは感触的にもよろしくない。このズボンを履いて、とっとと部屋で着替えてしまうとしよう。

「……む」

 履いたはいいが……ぴったりなのが更に神経を逆撫でる。

 まあいい、Xの斜め上な気遣いも疎かに出来んし、下着姿で食堂をうろつくよりはマシと思い込んでおこう。

 と、追い剥ぎに遭ってなおその態度を崩さぬ英雄王と目が合う。

「何を見ている、贋作者(フェイカー)(オレ)を注視する時は(オレ)に赦しを請え。不敬であろう」

「……らしくないな、英雄王。お前のような奴がXの遊びに付き合うとは」

 私も英雄王は気に食わない事この上ないが、奴は腐ってもあの英雄王ギルガメッシュだ。自分以外の人間は全て雑種と貶めるその尊大な言い様も、神性から来る自信と実力に裏打ちされたものだ。

 今さっきのように訳のわからない理屈で説き伏せられ、挙句の果てにズボンまで強奪されるなど、英雄王らしくもない。

「ふん、どのような滑稽ななりかたちであろうとあやつもセイバーの一部なのであろう。ならば(オレ)(オレ)の定めた規律に忠実になるまでよ」

 言って立ち上がり、帰るべく食堂の出口へと足を向ける英雄王。

 Xも例外に近いとは言え、セイバーの一部。奴はそう言ってのけた。一途、とはまた違う意味合いなのだろうが、そこに少々英雄王なりの拘りを感じたのも確かだ。

 あらゆる側面で召喚されようと、根はひとりの人間。ならばそれぞれを別人として接するのではなく、総じてひとりの人間として許容する。

 それはある意味、多側面から召喚されるサーヴァントに対する正しい姿勢のような気もした。

「コスモギルガメス……ふざけた金ぴかでしたが、貴方は最大の好敵手でした」

 ……しかしあいつ、何をしに来たのだろうな。まさか茶を飲みに来た、なんて言葉は本気ではあるまい。奴にだけ存在するセイバーアンテナが作動したのだろうか。

「一戦交えてお腹が空きました。エミヤ殿、何か食事をお願いします」

「ああ、今から炒飯を作るところだから、同じで構わないかね」

「チャーハンですか。いいですねチャーハン! チャーハンと言えば残った冷や飯と余った材料でお母さんが作ってくれる家庭料理の代表! こんにゃくやモツ煮とかが入っていた日にはこれなんの料理と困惑待ったなしです!」

「一言どころか二言は多いぞ君は」

 そのうちリリィもマスターを連れて戻って来る。彼女たちであれば問答無用で食べるだろうから多めに作っておこう。余る事はないだろうが、万が一余っても手軽に保存できるのが炒飯の強みだ。

 では作ろう。

 炒飯――と言うよりは中華料理全般に共通する重要点として、作る速度が挙げられる。中華料理は炎と油の芸術だ。下準備を漏れなく全て終えた状態で短距離走のように手早く正確に作るのがコツである。

 予め冒頭で用意した材料を十人分ほどに増やし、巨大な中華鍋に火をかける。鍋から白煙が出るほどに空焼きした後にサラダ油を投入、満遍なく鍋肌に馴染ませ、油を捨てて新しい油を引く。こうする事で鍋肌にこびりついた不純物が取り除かれ、食材が鍋にくっつかず、鍋の寿命も延びるのだ。

「――調理(クッキング)開始(オン)

 魔術的な意味はない詠唱と目を閉じることにより、調理に神経を一点集中。脳内で調理手順を反芻。秒単位での作業内容を確認し、脳内でトレースする。

 炒飯は時間との勝負だ。迅速かつ丁重に調理を終えてしまおう。少しでも手順を間違えたり手間取る事をすれば、何処か欠けた結果になってしまう。

 さあ――行くぞ。

 眼を見開き、卵液を投入。炒り卵は単純だからこそ料理人の腕が試される。

 卵液を玉杓子で攪拌しながら素早く火を通し、半熟の状態で予め用意した皿に移す。この間二十二秒。次いで新しい油を多めに引き、豚肉と中華スープの素を投入。火が通るのを経験で確信したところで冷や飯と残りの食材と調味料を追加。この間十五秒。油と食材を満遍なく米にコーティングしていくイメージで中華鍋を上下前後へとリズミカルに振るう。食材を焦がさず、かつ均等に熱を通す。この鍋振りばかりは熟練が物を言う。

「おお……なんという鍋さばき……エミヤ殿、本当にアーチャーです? コックとか新しいエクストラクラスではなく?」

 Xの余計な言葉も無視し、最初に火を通した炒り卵を投入。最後にさっくりと混ぜれば完成だ。

「ふう……」

 我ながらいい出来だと確信する。油を多分に使用した上でべたつかず、焦げつかない炒飯は中華料理の本質を射ていると言えよう。

「エミヤ殿が料理をするところを初めて見ましたが……料理とは鬼気迫るものなのですね。感服いたしました」

 炒飯を玉杓子で掬い、平皿にドーム型に盛り付ける。これぞ炒飯のテンプレートだ。

「ただいま戻りました!」

「どうしたのエミヤ、いきなり呼んだりして」

 狙いすましたかのように丁度いいタイミングで、マスターとリリィが戻って来る。

「ああ、来てもらって悪いが要件は穏便に済んでしまった」

「さすがは師匠……よかったです」

 実際は不意打ちを喰らわせただけなのだが……まあ、さすがと言えばその通りか。決して褒め言葉ではないが。

「ええー、何それ。急ぎ損じゃない」

「それより今炒飯を作ったばかりだが、どうかね」

「いただきます!」

「私もー!」

 予想通りの反応に鼻で笑いながら、三人分の炒飯を用意する。

 炒飯で釣られるマスター……少々嘆かわしいが微笑ましくもあり、私にとっては一縷の救いだ。

「今日は少し趣向を変えてみたんだが、どうかね?」

「ってなんですかこれは、真っ赤っかじゃないですか!」

 Xの言う通り、その炒飯は米に限らず、炒り卵まで例外なく赤かった。だが赤米や赤飯を使った訳ではなく、

「ラー油で炒めたチャーハンだ。美しいだろう?」

「た、確かに綺麗ですが……辛くないですか、これ」

「うわぁ、鼻血出そう……」

「ああ、確かに辛い。が、辛さは普通の味覚でも食べられるよう抑えてあるよ。それにこの炒飯は君ならばぴったりだと思うがね、X」

「むむ、確かに戦隊モノで言えば花形のレッドは(セイバー)を討つ私に相応しい!」

「いいから食べてみたまえ。驚くぞ」

「では……いざ!」

 料理において赤色と言えば、大半の人間は辛いものを想像する。食いしん坊である三人も女子である以上、さすがにその例外には漏れないのか、れんげで掬った赤い炒飯を恐る恐る口に運ぶ。

 口にした瞬間、各々の表情が驚愕のそれに変わった。

「これは……辛い……けど!」

「おいしい……!」

「辛さよりも先に魅力的な芳香が……程よい辛味でれんげが止まりませんよこれは!」

「なにこのラー油、初めて味わう風味だけど……エミヤが作ったの?」

「ああ。ラー油の作り方はコツさえ掴めば簡単だ。唐辛子を油で煮るだけだからな。今回はオリーブオイルを中心に辛味が少なく香り高いラー油が出来たので、その応用として作ってみた」

「さすがカルデアのお母さん……貴方にレッドママンの称号を捧げます」

「謹んで返上させてもらうよ」

 辛くないラー油を作ろうと思えば、辛くない唐辛子を使用すればいい。

 辛味が極端に少なく、唐辛子の旨味を優先したものもある。私の生きていた頃も食べるラー油とやらが一時期流行ったこともあった。あれと同じ原理だ。

「おかわり!」

「おかわり!」

「おかわり!」

 三者が三者とも、米粒を頰にくっつけて皿を突き出してくる。

 料理人としては冥利に尽きるが……この分では大目に作ったにも関わらず、私の取り分は無さそうだな。

「お気に召したようで何よりだ」

「はいっ、コスモデリシャスです!」

「――――そうか、良かった」

 その邪気のない笑顔に、不覚にもぐっとくる。

 そう、毎日のように来るセイバーのその笑顔に、見事重なった。

 ああ、英雄王と意見を同じにするのは不愉快極まりないが――これは、認めねばなるまい。

 彼女もセイバーの一部だ。

 ならば私が彼女にしてやれる事はひとつ。カルデアの中枢を担うアルトリア達の腹を物理的に満たし、士気を上げてやる事だ。

 それもサーヴァントとしてどうかと思うが……なに、彼女の食欲に関してはかなりの割合で私の自業自得だ。この事に関して恨み言は言うまい。この程度の事が騎士王の鼓舞となるならば、私は今後も喜んで鍋を振るおう。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。