カルデア食堂   作:神村

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ゴルゴン三姉妹主体です。



蛇の宝玉ジュレ

 古来より。

 三人寄れば何とやら、という諺は探してみると意外と多い。

 三人寄れば文殊の知恵。

 三人寄っても下種は下種。

 そして、女三人寄れば姦しい。

「あら(エウリュアレ)、そのイヤリングいいじゃない。買ってきたの?」

「そうよ(ステンノ)。昨日、レイシフトした時にちょっとマスターとお買い物をね」

「さすがいいセンスね(エウリュアレ)。でも見せつける相手が少ないのは寂しいわね」

「本当、せっかく近代に召喚されたっていうのに、こんな山奥じゃお洒落も満足に楽しめないじゃない、ねえメドゥーサ?」

「そ、そうですね……」

「何よ、その気の抜けた返事は」

「その辺で許してあげなさいよ(エウリュアレ)。メドゥーサのムダに高い背丈じゃあドレスよりスーツの方が似合ってしまうわ」

「そうだったわね(ステンノ)! メドゥーサがフリフリのドレスなんて着た日には男どもが魔眼なしでも石化しちゃうわ!」

「まあ、それいいじゃない(エウリュアレ)! 魔力の節約にもなるし何より面白いわ!」

「あの、姉様方……そろそろ……」

 とは言っても、姦しいのは二人だけか。末妹のライダーは終始女性にしては大柄な身を縮めて苦笑いを浮かべている。

 とある日のこと、いつも通りクエストへも連れて行かれず暇を持て余していた私の元に、珍しくゴルゴン三姉妹が揃い踏みでやって来た。(嫌がるライダーを姉二人が無理やり引っ張ってきたという表現が正しいが)

 長女、強い女(ステンノ)

 次女、遠くに跳ぶ女(エウリュアレ)

 三女、支配する女(メドゥーサ)

 彼女たちは神だ。これは比喩でも誇張でもなく事実である。

 神の位置にいる者はその神性の高さゆえに、使い魔に分類されるサーヴァントととして召喚されない。人間の手には余るからだ。

 女神として産まれたゴルゴン三姉妹は本来ならば英霊として召喚されることはない――はずだったのだが、末妹であるメドゥーサが反英霊、女神でありながら怪物として伝えられることから英霊の座につくことになる。

 ステンノとエウリュアレはそのメドゥーサの影響で召喚されているに過ぎない。メドゥーサはともかく、上の二人はアサシンとアーチャーのクラスを与えられてはいるものの、仮のクラスだ。そもそも居るだけで役割を果たす女神である彼女たちが戦うこと自体間違っている訳なのだから。

「ちょっとウェイター、食後のカフェラテはまだかしら?」

 机をこんこんと指の節で叩きながらステンノが不満げに頬を膨らませる。誰がウェイターだ。

 成る程、確かにその仕草から表情まで、すべてが美しい、可愛い、と思う。個人的なフェティシズムや嗜好の問題ではなく、彼女たちがそういうものなのである。

 男を魅了し、崇め祀られ、永遠に信奉される存在――それでこそ女神だ。

 だが、

「ここはレストランじゃないんだ。フランス料理のフルコースと高級ホテル並のサービスが受けたかったら、レイシフトで現代にでも行って来い」

 私も無名とは言え伊達に英霊ではない。それに畏敬の念を無くした訳ではないが、ここには数多くの英霊が集まっている。

 彼女たちにも聞こえるよう、あからさまなため息と共にカフェラテを三人分テーブルへ。

「これはフォウを模したラテアートですか……愛らしいですね」

「あらかわいい。無骨ななりの割には手先は繊細じゃない」

「褒めてあげるわ。光栄に思いなさい」

「そうだな、光栄だよ」

 ステンノやエウリュアレといった気の強い女には、余程のことがない限り逆らわない方がいい。生前にも肝に銘じていたことだが、カルデアに来て改めて実感した。相手が複数人ならば尚更だ。

 嵐相手に立ち向かったところで暴風雨に晒されるだけ。頭を低くして嵐が去るのを待った方が賢明だ。

「私たちに食事を提供できることを喜びなさいよ」

「そうね、美味しい食事の発展は人間唯一の進歩と言ってもいいわ」

「すみません……エミヤ……」

「君のせいではない。気にするなライダー」

 申し訳なさそうに小声で耳打ちするライダー。普段は冷静沈着でメドゥーサの逸話に負けぬ働きをする彼女だが、姉二人には頭が上がらないらしい。

「昔からこうなのだろう?」

「ええ……姉様たちに悪気はあるんですが、邪心はないので放置していただけると助かります……」

 なんとも適切な表現だった。

 彼女たちは女神として産まれた以上、女神として振る舞わなければならない。気に入った人間がいても、神が人間にへり下ることなど許されない。だから彼女たちは誰が相手だろうが傲岸不遜に振る舞うのだ。

 三人でヘスペリデスの園、形無き島と呼ばれた孤島で暮らしていた頃からそうだったと、他ならぬ本人からその昔聞き及んでいる。とは言え私の生前の話ではあるため、厳密には目の前にいる彼女ではないが。

 話は逸れたが、ステンノとエウリュアレはあくまで神。我々元人間とは格そのものが違う。そう思えばこの振る舞いも、神の愛情表現の一種だと思えば可愛いものだ。

 と、ステンノが私の考えを見通したかのように目を細め、悪戯に微笑む。

「ねえエミヤ、私たちは珍しく機嫌がいいから遊んであげる」

「なんだ?」

「クイズよ。当たったらうちの駄メドゥーサが貴方の言うことを何でも聞くわ」

「下姉様!?」

「エッチな服を着せたり、一週間語尾に『にゃん』とつけて過ごさせるのも思いのままよ」

「上姉様!」

「あいにく、私にそんな趣味はないんだが」

 私も男だ。全くない訳ではないが、嫌がるライダーにそんな事をさせて喜ぶのは目の前の女神二人とマスター、あとは黒髭くらいのものだ。

「その報酬は要らんが付き合うよ。クイズとはなんだ?」

「不死と呼ばれる存在が一番欲しくてたまらないもの、なーんだ?」

 今までの流れにそぐわない、思いの外真面目な質疑を向けられる。

 サーヴァントとは言え女神の問いだ。疎かにしたらどんな罰が待っているかわかったものではない。真剣に考えるとするか。

「…………」

 死……ではないだろう。

 基本、誰に対しても傲慢でサディストな彼女たちだが、相手をライダーだけに限定するのならば事情が変わる。

 実際は、彼女たちはライダーが愛おしくて仕方がないのだ。男子小学生が好きな女子を苛めてしまうのに似ている。そんな彼女たちが不死であったはずの自分たちを死に至らしめた(メドゥーサ)を責めるような物言いはするまい。

 ライダーにあって、ステンノとエウリュアレ、つまり人間にあって完璧な神にないもの。

 それは、

「……『個性』か?」

 個性とは、生きて行くうちに自然と形作られていくものだ。

 成長しない彼女たちは、現在ある個性こそあれど、それこそこの世に生を受けたその瞬間から変化することは決してない。

 『神』と言う名の偶像。

 『完璧』と言う名の檻。

 『不死』と言う名の無個性。

「ふぅん……ま、60点ってところね」

「赤点は免れたようだな」

「不死の存在の結末ってね、大抵二通りに分かれるのよ」

「結末って……不死の存在に終わりなんてあるのか?」

「あら、死ぬ事だけが終焉じゃないわよ。死にも鮮度というものはあるわ」

「終わりとは永遠の停滞の事を指すのよ。これ以上微塵も変化のない、誰かに影響を与えることもない状態なら、生きていたって死んでいるも同然でしょう?」

「…………」

 それは言い得て妙だった。

 彼女の言を取るのならば、現代において象徴と呼ばれる神々は死んでいるに等しい、ということになる。

 勿論、自分達をも含めての物言いだろう。

「最初はなんとか死のうと頑張ったり、自分が誰よりも優れていて世界に必要な存在だって布告するために他の不死存在と殺し合いをしたりする」

「ほら、神話って大抵、他の神に殺されたりする逸話が多いでしょう?」

「けれどそれもいずれは飽きる。肉体的な痛みにも鈍くなり、精神も度重なる相互自傷により磨耗していく。死なないとは言え、苦痛を伴うからにはパートナー探しも簡単には行かない」

「だから諦めて、誰もが最終的には超常的存在として居直る。『自分はこういう存在(もの)なのだ』と全てを受容し、ただ居るだけの世界の一部と化すの」

「……ま、こうなっちゃうともう個人じゃなくて現象って感じよね」

「神様としては正しいのだけれどね」

 個性の諦念による、個性の廃棄。

 だがそれは仕方のない事とも言える。

 神とは不変の絶対的存在でなければならない。神の個性や在り方がその時の気分で変わってしまっては神は成り立たない。

「そうして完全に『個』を失くす。これがパターンその1」

「その2は?」

「簡単よ、普通に文字通り消えるだけ」

「神がいくら不死とは言っても不滅じゃない。とても、すごく、非常に、限りなく死ににくいだけよ」

「形あるものに永遠はあり得ないし、さっき言った通り超常存在同士の殺し合いで死ぬ事もあれば、神に弱点はつきものだしね」

「神殺しの器により人間に殺される事もある」

「だからね――不死の存在って、言ってしまえば欠陥品なのよ。不死であるのならば、思考する器官なんて授けるべきではなかった」

 などと自虐にも受け取れる会話を交わしながら、彼女たちはほぼ同時にカフェで喉を潤した。

 そんな二人の女神の様子に、ずっと顔を伏せていたライダーが重く閉ざしていた口を苦しげに開く。

「姉様がた……私が憎いのはわかります。けれど、こうして他のサーヴァントまで巻き込むのは……それに」

 確かにステンノとエウリュアレから女神としての機能を奪ったのは、明確な死を与えたのは、他でもないこのメドゥーサだ。

「また、一時とは言えこうして三人で集まれたの……ですから……」

「…………」

「…………」

「もう一度……」

 今にも嗚咽を漏らしそうな声色で紡ぐライダー。そんな彼女を無表情で見据えるステンノとエウリュアレ。

 それは、珍しくもライダーからの願いだった。

 全くもって不器用な姉妹だ。姉ふたりは溢れんばかりの妹への愛情を持て余し、その妹はそれを受け止める器をいつか昔に自ら壊してしまった。

 仕方がない、これも居合わせた者の役目か。回れ右をし、冷蔵庫の中から予め用意していた小さな器を三つ、持ち出す。

「ライダー、食後のデザートだ」

「……エミヤ」

「これは……ジュレかしら?」

「あら、透き通って綺麗じゃない」

 彼女たちがこうまで回りくどい言い回しで何を言いたかったのか。

 それは第三者の私の目から見れば明らかなのだが――どうもライダーと言い、桜と言い、周りの事には良く気がついても自分の事にはとことん疎い。お前が言うな、と誰かに言われそうではあるが。

 自分は二度と報われないと諦めている。

 自分のような存在が救われてはいけないと願っている。

 自分が幸せになるなんて赦されないと信じている。

 だが――そんなふざけた考えが、まかり通ってたまるものか。

「中に入っているのは宝石? なかなか気の利いたことをするわね」

「妖しげでエキゾチックね」

「いえ、これは……蛇の宝玉ですか?」

「ああ、マスターの元から拝借してきた」

「……いいんですか、それ」

「ライダー、これは取るに足りない意見だが、ひとりの元人間の考えとして言わせてもらおう」

「…………」

「人はいずれ死ぬ。それが何であれ生きとし生けるものはいずれ滅びる」

 そう、どんなものであろうと、いずれは時間という恐ろしく緩慢な暴力の前に屈する。時間さえも克服したものは、最早神ですらない。

 ただの化物だ。

「だけどオレだったら……辛くても、苦しくても、出来るだけ楽しく自分の思うままに生きたいと思うよ」

「…………」

 ステンノとエウリュアレは言いたかったのはそこだろう。

 神として世界の歯車としてお人形となるくらいならば、ギザギザのない歯車として世界の仕組みから外れる方がいい。

「そしてステンノとエウリュアレにその選択肢を与えたのは、君だ。ライダー」

 神妙な様子で私の話を聞くライダーと、そっぽを向くステンノにエウリュアレ。

 きっと的は外れてはいない。でなければ、他の誰よりもライダーを愛しく思っている彼女たちがわざわざこんな話をするものか。

「……お節介なのですね、貴方は」

 そう言ってライダーは笑う。眼がバイザーで隠れてはいたが、その笑顔は想像出来た。

「よく言われるよ」

「ところでエミヤ、先ほどからひとつ疑問に思うことが……よろしいですか?」

「なんだ?」

「なぜ貴方は私をクラス名で呼ぶのですか? 私が悪名高いメドゥーサであることを気遣っているのならば……」

「――――……」

 歴史は繰り返す。消された歴史を修復するカルデアでも、例外には漏れない。

 例えそれが、一度は終わった歴史であっても。彼女がメドゥーサであり、オレがエミヤシロウである限り。

 そしてそれは、神のように、永遠を身に宿す存在では実現不可能なことだ。

「何を笑っているのよ、気持ちが悪いわね」

「駄メドゥーサ相手に劣情を抱くなんて趣味が悪いのね、貴方」

「下姉様!」

 ……女神が劣情とか言っていいのか、おい。しかも誤解にも程がある。

「ふっ、仮にそうだとして、君達がそれを認めるのかね?」

「あら、別に構わないわよ?」

「ただ、もれなく私達が姑になることは忘れないでね?」

「あの……私の意見は……?」

 冗談を言え。こんな女神様ふたりに常時監視されるなど、英雄王とルームシェアするのと同じくらい嫌だ。

 ゴルゴン三姉妹の絆は、彼女たち三人だけのものだ。

「……我々は聖杯に喚び出された身だ。短い期間ではあるが、呼び出しがない時は姉妹水入らずで過ごすといい」

「貴方に言われるまでもないわ」

「なんだったら、事が終わった後に聖杯に願っても良いだろう」

「ふふ……そうですね。元々聖杯自体が降って湧いた泡銭のような話……それも面白いかも知れませんね」

「あら、そんな必要はないわよ、メドゥーサ」

「え?」

「必要ないと言うか、不可能ね。ねえ、(ステンノ)

「そうね、(エウリュアレ)

「?」

「だって、ねえ。私たちの願いなんて」

「もう、とっくに叶っているもの」

「……姉様」

「ライダー」

 割って入ろうとするライダーを、名を呼んで制する。

 その先に続く言葉を聞くのは野暮というものだ。

「あら、このジュレ、砂糖を使ってないの?」

「本当ね。甘味はあるけれど、鼻につかないわ」

 と、あからさまに話を逸らしにジュレを口に運ぶ二人。

 全くもって、素直じゃない姉様たちだ。

「ああ、ゼリーはどうしても庶民のデザートというイメージがあるからな。今日は君達に合わせて果実の自然な甘味のみ……今回は宝玉の色に合わせた林檎や梨を使って高級感が出るようにした」

「すみませんエミヤ、わざわざ」

「何言ってるのメドゥーサ、当然よ」

「ふうん、なかなか上品に纏めてあるじゃない」

「私たちにしては珍しく褒めてあげるわ。一つ星をあげる」

「それはどうも」

「ほら、貴女も大きな図体で突っ立ってないで早く食べなさいよ、メドゥーサ」

「はい。いただきま――」

「はいメドゥーサ、あーん」

 と、席に着こうとするライダーの鼻先に、エウリュアレがジュレの乗ったスプーンを差し出す。

「えっ……下姉様、ちょっ」

 普段からぞんざいな扱いをされているライダーは無論、困惑する。

「あら(エウリュアレ)、メドゥーサは私のを食べるのよ。ほらメドゥーサ、あーん」

 ここぞとばかりにステンノも同じようにスプーンを掲げる。

 ああ、これは……。

「あのっ、上姉様も、待って――」

「何よ、私が手ずから食べさせてあげるのが気に食わないの?」

「いいわ、じゃあ好きな方を食べなさい」

「好きな方って……ね、姉様……!」

 ライダーにステンノとエウリュアレどちらかを選ぶ。そんな選択肢が最初から存在するはずもない。

 こんなのはただの悪質な嫌がらせだ。もちろん、二人ともわかってやっているのだろう。その笑顔は心底楽しそうに、悪意と嗜虐に満ちていた。

「ねえメドゥーサ。メドゥーサは(ステンノ)の方が好きよね?」

 上目遣いで哀願するエウリュアレに、

「何言ってるのよ、(エウリュアレ)の方が好きに決まってるでしょ?」

 ライダーの頬に指を這わせ、蠱惑的に囁くステンノ。

 当のライダーと言えば、どちらを選ぶ訳にも行かずに女神様二人の甘い拷問を全身に受けている。

 しかし……ここまで来るとライダーも少々哀れだな。助け船を出してやりたいところだが、傍から見る分には微笑ましいことだし、放置しておこうか。

「エミヤ! お願いします、助けてください!」

 ライダーの悲痛な叫びが食堂に響き渡る。

 形ある永遠に価値などない。

 聖杯で得る永遠など、何の意味もない。

 何よりも重要なのは、三人でいられる今この瞬間だけだということを、彼女たちは知っているのだ。

 

 

 


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