カルデア食堂   作:神村

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ジャック主体のお話です。
余談ですが最近、エミヤオルタ狙ってガチャ回したらジャックが来て変な声出ました。


シャムロック・プラムプディング

「おかーさん!」

 と。

 食堂でいつも通り暇を持て余し、手遊びにクッキーを焼いていた時のこと。

 脈絡も文脈も何もなく唐突にその単語を聞いた時、はじめ、誰のことを指しているのか理解できなかった。

 お母さん。母を指す単語であると同時に、子が母親に向ける二人称単数でもある。少なくとも男である私に向けられるものではない。

 だが、現在食堂には声の主を除けば私以外誰もいない。母親が自分の子供に対し一人称に用いることもあるが、声の主は母親と呼ぶには年齢も外見もあまりにも若く、当然、彼女に子供はいない。

「おかあさん、何してるの?」

 彼女の名はジャック、アサシンのサーヴァント。外見こそ幼女だが、かの世界的に有名な切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)の伝説を取り入れたサーヴァントである。最近、出会った当初に比べ背丈が縮んだ気がするが気のせいだろう。一度召喚されたサーヴァントが縮む筈がない。

「……何をもって私を母と呼ぶんだ、ジャック」

 こんな筋肉隆々の色黒な男が母親だったら、少なくとも仮に私が子供ならば泣く自信がある。

「だってみんな言ってるよ。おかあさんだって」

「…………そうか」

 それはまた意味合いが違うのだが……言いふらしているのはマスターか、クー・フーリン、ロビンあたりか……今度きっちり話をつけねばなるまい。

「ねえ、うで、きっていい?」

「駄目だ」

「じゃあ、おしりは?」

「何処でも駄目だ」

「いたくしないよ?」

「駄目だと言ったら駄目だ」

「……けち」

「なんでさ」

 ジャックはその出自――怨念や憎悪といった負の感情の集合体、という存在ゆえ、ひたすらに無邪気で理性が薄い。そういう意味では、アサシンと言うよりはバーサーカーに近いと言ってもいい。こんな可愛い幼女の姿ではあるものの、一秒後には何をしでかすかわからない危うさも持ち合わせている。

 味方を警戒する、というのはなるべく避けたいところだ。特にカルデアはサーヴァントの宝庫でもある。内戦が勃発したら人理修復どころの話ではない。

「は……は……」

「?」

「くちゅんっ」

 挙動に対し不意に身構えたものの何てことはなく、くしゃみだった。

 番えた弓のように張っていた気が緩み、ため息をひとつ。

「そんな寒そうな格好をしているからだ……ほら、とりあえず私のエプロンでも着けていろ」

「うん」

 ジャックの水着に近い露出の多い服はこちらが見ているだけでも寒くなってくる。私に幼女を愛でる趣味はないので着けていたエプロンをジャックに着せてやった、が。

「……サイズが合わんな」

 服に着られているにも程があった。前掛けは余裕で地面に到達し、横幅もジャックの細いウエストを完全に隠してしまっている。

「でもあったかいよ、ありがとう」

「そうか」

「……このエプロン、あまいにおいがする」

「今まで料理していたからな」

「りょうり?」

「ああ、クッキーをな」

「クッキー! ちょうだい!」

 クッキーと聞くなり目を輝かせるジャック。在り方こそ風変わりではあるが、根は子供のそれらしい。

「悪いがまだ生地の状態だ。焼かねばクッキーにはならん」

「うー……」

「そう拗ねるな。少し待てば……ん、そうだ」

 菓子でふと思い出し、床下収納を開けて取り出すのは、皿に乗ったアルミホイルに包まれる塊。

「これならすぐにでも食えるぞ」

「なにそれ?」

「プラムプディングだ。君の産まれたイギリスのお菓子だぞ、ジャック」

 プラムプディング。別名、クリスマスプディングとも呼ばれるイギリスのプディングだ。日本で馴染みの卵を使ったプリンとは大きく違い、ナッツやドライフルーツを黒くどろどろとした生地と一緒に固め蒸したものである。味も癖が強く、共通点は形くらいのものだ。

 そもそもプディングは小麦などを蒸して固めた料理の総称だ。卵とカラメルを使ったのがプリン、というのは日本くらいのものだろう。

「わあ、黒くてきれい!」

 アルミホイルを外すと、砂糖とドライフルーツから染み出したシロップがきらきらと黒一色の表面を潤していた。ひと月ほど前に作り置いたものだが、元々発酵させて食べる菓子なので保存食としても申し分ない。

 ソファーに座り、一緒に持って来たブランデーを振り掛け、火をつける。と、ブランデー独特の甘酸っぱい芳香と共にプディングの表面が炎上する。

「燃やしちゃうの?」

「いや、こうやってフランベするのがプラムプディングの作法だ」

「ふらんべ?」

「フランベとはアルコール度数の高い酒に火をつけることで一瞬で蒸発させ、香り付けをする技法だ」

「……?」

 無表情で首を傾げるジャック。説明したものの、全くもって理解していないようだった。幼女相手に料理の知識を大人気なく披露した気がして、少々恥ずかしくなる。

「ごほん……まあいい、どうだ、食べるか?」

「うん!」

「ではスプーンを持って――」

「よいしょ、んしょ」

「お、おい」

 立ち上がろうとする前に、ジャックが私の膝の間へと入り込んで来た。そのまま素手でプディングの山を崩す。

「あはっ、ぐちゃぐちゃ!」

 気付けば眼前にジャックの後ろ頭。腰回りに感じる子供特有の高めの体温。こうなってしまっては下手に動くことも出来ない。

「あまくておいしい!」

「そうか」

 膝の上でプディングを手掴みで口へと運ぶジャックを見下ろし、ふと思う。

 切り裂きジャック。私が語るまでもない伝説の殺人鬼。

 聞けば彼女は、産まれる事すら許されなかった胎児たちの集合体だと聞く。世の中の愉快適悦も、艱難辛苦も知る事なく消えて行く命にも意思があると思うと、ひどく胸が痛む。

「……ほら、口元がひどいことになっているぞ」

「んー」

 シロップとプディングでべたべたになった口周りをハンカチで拭いてやる。プラムプディングは濃厚な甘味を出すために牛脂やフルーツを多く使うので、食べる時は何処もかしこも汚れるのだ。

「?」

 口を拭く私を見上げるその大きな瞳は、無垢そのもの。

 その純真を見る限り、彼女が切り裂きジャックだとは彼女の出生を知った今でも信じ難い。平和な時分、その辺で遊んでいた子供と何ら変わりはないのだ。

 が、事実は事実。彼女は普通の子供ではない、そういうものとして産まれて来てしまった。ジャックがこの姿で現界した以上、私たち周囲の人間がしてやれる事は、彼女を切り裂きジャックとして恐れ扱うことではない。

 一個人として、一人の子供として向き合うことだ。

 いい思い出ならば今から作ればいい。幸運な事にここには多くの仲間がいる。ナーサリーのような同世代の子供もいる。子供好きのサーヴァントだって多くいる。

 普通の子供ならば経験するであろう当たり前の思い出の数々を、ここで積み重ねてやればいい。

 そうすれば、あるいは――。

「あげる!」

「む……なんだこれは」

 ジャックが差し出した小さなそれを指先で摘む。四つの葉を付けた、緑の植物。

「おれい。クローバー、よつばの」

「ほう、縁起がいいじゃないか」

「うん、この間いっぱいひろってきたの。いいことあるよ」

「そうか。ありがとう」

 眉唾ものであることは確かだが、私も子供から貰った縁起物を一蹴するほど枯れてはいない。

 四つ葉のクローバー、か。

 こういった類のものを手にするのは、どれ位ぶりだろうな。後で押し花にしてとっておくとしよう。

「知っているかジャック。クローバーは食べられるんだぞ」

「ふうん。おいしいの?」

「美味いと言うよりは薬味の類だな」

「あ、クルミ……クルミきらい。あげる」

「子供が好き嫌いをするな。大きくなれんぞ」

「はい、あーん」

「人の話を聞け……あー」

 小さな指につままれた、プディングに覆われた胡桃が放り込まれる。

 馴染みのあるプリンとは全く違う、濃厚で絡みつくような甘味と発酵による強めの酸味が口内に広がる。我ながらいい出来だ。好みの分かれる菓子だが、この強烈なテイストに虜になる者もいるというのも頷ける。

「おいしい?」

「ああ、うまいよ」

 と、

「…………」

「あ、おかーさん」

「む?」

 食堂の入り口にマスターが立っていた。いつも緊張感のない目を大きく見開き、こちらに視線を向けている。

「……なにしてるの、エミヤ」

 そう、まるで、見てはいけないものを見てしまったかのような様子で。

「ん、ああ、これは――」

「ジャックに裸エプロンなんてうらやまけしからん格好させて、お膝に乗せておやつタイムだなんて……!」

「――――」

 わなわなと身体を震わせ、あり得ないものを見る目でこちらを指差す我がマスターだった。

 何を言っているんだ、このマスター野郎は。

「私も混ぜんかい!」

「論点はそこでいいのか?」

 まぁ……確かに元々露出の多いジャックだ。私サイズのエプロンを身につけることで、裸エプロンに見えないこともないが……。

「私にもおやつプリーズ!」

「おかあさん、あーん」

「ん? 私にもくれるの? あーん」

「はい」

 と、持っていたクローバーをマスターの口に突っ込むジャック。止める暇もない。

「んぐ……なにこれ、カイワレ?」

「よつばのクローバーだよ。食べられるんだって」

「良かったなマスター。きっと幸運が訪れるぞ」

「……クローバーって食べるものだっけ?」

「さて、ジャック。悪いがクッキーを焼くからそろそろどいてくれ」

「はぁい」

 マスターも来たことだし、生地のまま放置してあるクッキーでも焼くとしよう。相手がマスターとは言え、さすがにおやつが道端の草だけというのは哀れだ。

「やった、焼きたてクッキー!」

「ああそうだマスター、一つ言っておきたいことがある」

「なになに?」

「生のクローバーは青酸化合物……つまり毒がある。死にはせんが腹を壊すぞ」

「なんで食べてから言うの!?」

 叶わぬ願いやも知れないが、祈るとしよう。

 我々サーヴァントはこれ以上、記憶や経験を積み重ねることが出来ない。そうであっての英霊だ。だが、脳やアカシックレコードに保存されずとも、存在そのものが覚えているということもあるかも知れない。

 か細い一縷の希望のようなものだが、せめてカルデアにいる今だけは、楽しいと思える記憶を可能な限り経験させてやりたい。そう思うのは私の偽善やも知れないが――それでも、人を無差別に憎むだけの存在など虚しすぎる。

投影(トレース)開始(オン)

 新しいエプロンを投影。星やハートといった様々な型抜きを取り出し、寝かせていた生地をまな板に乗せる。

 願わくば、名も無き彼女がこの先二度と、切り裂きジャックとして召喚されないことを。

 

 

 


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