アステリオスは育ててカレスコつけると楽しい……。
がちゃん、ばりん、べきん。
投影したハンマーで料理用の凶骨を砕いていると、のっそりと入り口に巨大な影が現れる。黒い肌に白い髪、赤い瞳。
「えみ、や」
「アステリオスか、ど――」
どうした、と言い切る前に事態は把握できた。アステリオスの肩にマスターが干された布団のようにくの字に乗っかっているのである。
マスターのことだ。大方、腹が減って動けないとかそんな理由だろう。
「エミヤ……ご、ごはん……」
アステリオスに降ろしてもらうなり、椅子に座って頬を卓上に擦り付けるマスターだった。
「だらしないぞ、仮にも女の子ともあろうものがそんな」
「お説教は今度にして……お腹空いて倒れそう」
「ますたーは、おなかが、へってるみたい、だ。おなかがすくと、げんきがでない」
「はぁ……仕方ない。何が食べたい?」
「飯と肉」
女子力もへったくれもなかった。私も生前、家に女子力とは程遠い虎が一匹いたのでそういった女性の扱いに慣れてはいるが……いや、食事量を考えるとマスターの方が上だ。本気か?
「あ、そうだ。ハンバーグ作ってよ。昔……えっと、誰かが召喚された記念で作ってたよね」
「はんばーぐ……」
「ああ、あれはもう作れない」
「え、なんで?」
「準備に日単位で時間がかかるし……何より無粋だろう。なぁアステリオス」
「無粋?」
「はん、ばーぐ。えうりゅあれ、よろこんで、くれた」
「あー……そっか、エウリュアレの時か」
ちなみにこの凶骨、豚骨のように煮込んでダシを取ると結構美味いことから砕いて煮てラーメンにしている。だが牛骨ラーメンのように濃厚すぎる上にカロリー満点という理由から、非常に好みが分かれる。特に女性陣には敬遠されがちだ。サーヴァントにカロリーはあまり関係ないのだが、やはり生前根付いた食習慣は英霊になったところでそうは変わらないらしい。カロリーたっぷりの料理やスイーツは女性にとっては最大のご馳走であり最大の敵でもある。にも構わず美味いと大盛りを食うマスターには料理人として脱帽せざるを得ない。
閑話休題。
これはまだカルデアが人理史修復を目的に始動し少し経った頃の話。サーヴァントの数は今の半数以下と言ったところだったか。私はかなりの初期に召喚されたので、この中では古株に入る。
カルデア内にかつて局員が利用していたが今は使っていない食堂がある、と聞き私は暇を見ては覗きに来ていた。機能していないとは言え、食堂は食堂。何も利用する人間がいなくなった訳ではない。ここにはマスターやロマニといった現在進行形で働く人間もいるのだ。
「業務用オーブン、コンロ三つ、中華鍋に蒸し器に真空調理機まであるのか……生意気だな」
魔術師絡みの食堂にしては結構な設備じゃないか、と関心を示していると、
がじ。ごりゅ。べき。ぱきん。
「……なんだ?」
ごりごり。ぎち。がりゅ。ばり。
えも言われないような鈍い音が食料庫の中から聞こえていた。強いて言うのならば、獣が仕留めた獲物を貪っている時のような――。
「……
カルデア内は安全なはずだったが念の為、干将・莫耶を小声で投影して気配を消し近付く。細心の注意を払い倉庫内を見ると、
「……あ?」
「……アステリオスか?」
「えっと、え、えみや」
アステリオスが、生のままばりばりと骨をかじっていた。
「何をしているんだ、こんな所で」
英霊アステリオス。クラスはバーサーカー。
彼はかの有名な迷宮の怪物・ミノタウロスである。とは言え、逸話を聞く限り彼自身が進んで怪物となった訳ではないが。
「ごはん、たべる」
「ご飯?」
「えうりゅあれ、が、くるまでに、いっぱいたべて、いっぱいねて、つよくなる。つよくなれば、えうりゅあれを、わるいやつから、まもれる」
アステリオスはオケアノスで邂逅したサーヴァントだ。その時、彼は女神エウリュアレを自分の意志で警護していた。その時のことを未だに継続して義務としているらしい。狂化スキルランクの高いバーサーカーにしては珍しい現象とも言えた。アステリオスと同レベルの狂化スキルを持つ英霊ヘラクレスは、理性こそあれど会話もままならない。
「それで食事をしていたのか」
「う、ん。だめ、だった?」
「いや、いいんじゃないか。どうせ余っているだろうしな」
ここにはレイシフト先で拾ってきたはいいが小さくて魔術的な素材として使い物にならなかったり、欠陥のあるものが無造作に集められている。アステリオスが先ほどからかじっているのは凶骨の欠片だ。素材の中から食えそうなものをチョイスしただけだと予想される。
流通が一切ないカルデアでは余剰分も余すことなく使う必要がある。例えば骨だって加工すれば武器や装飾品になり得るし、煮込めばスープにもなるのだ。
「……うまいか?」
「うまくない、けど、まずくない」
「……ともかく、そんな物を食べなくても私がなにか作ろうか?」
「ん、いい、よ。いらない」
「なぜだ? 少なくともその骨よりは美味いものは作れるぞ」
「ごはんたべる、なら、えうりゅあれも、いっしょ、がいい。ぼくだけ、おいしい、ものたべたら、えうりゅあれ、きっとがっかり、する」
なるほど。かなりの一途らしい。
行きずりの身ではあるが、この純真無垢な狂戦士に力を貸してやりたくなった。
「なら、こういうのはどうだ? 私が協力するからエウリュアレが来る日までに料理を用意しておくんだ。召喚された日に歓迎の美味しい料理が並んでいたらきっと喜ぶぞ」
「りょうり……えうりゅあれ、よろこぶ?」
「ああ、アステリオスが作ってくれたとなれば間違いなく喜ぶだろう」
エウリュアレは気難しい女神様だが、アステリオスは気に入っている様子だった。自分を慕い護ってくれたアステリオスが歓迎するのならば悪い気はしないだろう。
「やる!」
「よし、ならば善は急げだ。まずはここにある骨を集めてくれ」
「わかっ、た」
「……足りなさそうだな。もっと数がいるか」
「ぼくが、あつめて、くる」
それからと言うものの、いつ召喚されるかもわからない――ひょっとしたら、永劫に召喚されないかも知れないエウリュアレの為にアステリオスは孤軍奮闘した。
その純粋な想いが天に通じたのか、その日から一ヶ月ほど経った頃、マスターからエウリュアレを召喚したとの連絡が入る。
「エミヤー、アステリオスー、ご待望のエウリュアレだよん」
「あら、アステリオス。お迎えご苦労様。相変わらず無駄に元気そうで何よりね。オケアノスでは随分と世話になったわね、褒めてあげる」
あれが彼女なりの照れ隠しなのだろう、エウリュアレは食堂に来るなりいやに饒舌に振る舞っていた。
「えうりゅあれ!」
エウリュアレの姿を確認するなり、抱きつかんばかりの勢いで満面の笑みと共に走り寄るアステリオスだった。しかしあれだ、見ていて微笑ましいことこの上ない。
「きいて、えうりゅあれ。ぼく、えみや、と、ごはんつくった!」
「え、何……食事?」
「アステリオスが君を歓迎する為に作ったんだ。味付けや調理そのものは私がやったが――」
その心遣いは汲んでやれ、と目線で伝え、予め用意しておいた料理を並べる。
「ハンバーグ?」
「ああ、老若男女問わず好きな鉄板のメニューだ」
「なによ、この旗」
「そのはた、ぼくが、つくった」
「ハンバーグと言えば旗だろう」
「そうなの……? ま、いいわ。折角だし付き合ってあげるわ」
「マスターとアステリオスも食べるといい」
「え、あたしもいいの?」
「ああ、ささやかだがエウリュアレの歓迎会だ」
「やった! いっただきまーす」
「いただき、ます」
エウリュアレの、備え付けのナイフとフォークを使う姿が様になっているのは流石女神と言うべきか。所作のひとつひとつに眼を奪われるとはこの事だ。マスターはテーブルマナーを知らないのか知っていて使わないのか、マイ箸を取り出していた。アステリオスにナイフとフォークは難しいと思いスポークを渡してある。
各々が料理を口にした途端、表情が一変する。
「……なにこれ、おいしい」
「すごく、おいしい! こんな、おいしいにく、はじめて……えみや、すごい!」
「ほんとだ。このソースすっごく美味しい。エミヤ、ライスちょうだいライス!」
「それはそうだ。美味いのはわかっていても誰もが面倒でやらん、フォンドボーの濃縮を何度もしたんだ」
「フォンドボーってなに?」
「骨のだし汁だよ。ハンバーグに使うデミグラスソースの材料になる」
フォンドボーの作り方は骨をこんがりと焼き、トマトと一緒に鍋で煮る。大雑把な調理法としてはこれだけだ。だが骨というものはご存知の通り、煮れば大量の灰汁が出る。加えてフォンドボーを作るには最低でも二日は煮込み続ける必要があるのだ。
「アステリオスはな、骨を私のところに持って来ては煮て、数日休まずに灰汁を取り除くことを繰り返していたんだぞ」
灰汁を取り除くだけならばバーサーカーの上、料理の知識もないアステリオスでも出来る。が、その単調な作業をひたすら繰り返すアステリオスの精神力の強さには素直に恐れ入った。
その後、煮汁を何度も濾すことでフォンドボーは完成となる。この煮て濾す一連の流れを繰り返すことでフォンドボーには濃厚で素晴らしいコクが出る。本来ならば一度で完成とするのだが、アステリオスはそれを何度も繰り返して行った。今や料理との調和が取れるぎりぎりのラインまで濃厚になっている。手順が正しくさえあれば、手間を掛ければ掛けるほど美味くなるのが料理というものだ。
「それでやたら凶骨を狩りに行ってたのね……お陰で助かってるけど」
「えうりゅあれ、うれしい?」
「……ええ。今更だけど、あの時のことも含めて言わせてちょうだい」
「?」
「ありがとう、アステリオス。とても嬉しいわ」
「へへ、えうりゅあれ、うれしいと、ぼくも、うれしい。ふしぎ、だ」
「ふふ。引き続きここでも私の事を守るのよ」
「うん。あ、いいわすれ、てた」
「? 何よ」
「おかえり、えうりゅあれ!」
「……うん。ただいま、アステリオス」
以上が、アステリオスとエウリュアレにまつわるハンバーグの話だ。
「あれはアステリオスがエウリュアレに向けて作った特別なハンバーグだ。それにデミグラスソースを作るためのフォンドボーも今はもうない」
「えぇー……余計にハンバーグ食べたくなったよ」
「先ほどダビデが暴れ豚を狩って来たからしょうが焼き定食ならすぐ出来るぞ?」
「いや、ハンバーグがいい! もうお腹がハンバーグになってる! ハンバーグ!ハンバーグ!へい!」
机をバンバン叩きながらハンバーグを食いたい、と駄々をこねる少女がこの世界最後のマスターだと言うのだから世の中どうかしている。実はこの状況は夢とかそんなオチで、もうとっくに滅びてるんじゃないか?
こうなったマスターは梃子でも動かない。さて、どうしたものか。
「えみや。ぼくも、えみや、の、はんばーぐ、また、たべたい」
「だが……即興で作っても出来合いのものしか出来んぞ」
「いいよ、エミヤの作る料理がまずかったことないもん」
「あれは、すごく、おいしかった! まだ、おぼえてる。えみや、すごい」
「……仕方がない」
そこまで言われては厨房を任されている身として作らざるを得ないな。
厨房に掛けてあるエプロンを身につけ、調理の手順を構築。最高のフォンドボーを使用したデミグラスソースがない以上、あの時のハンバーグに肉薄するのは難しい。ならばせめて、唐揚げとナポリタンでも添えてフルコースにしてやるとしよう。