FGOにおいては剣式の説明が少なくて、どんな存在なのか、式とは別人だ、とか初見さんはわからないんじゃ……と思う次第。
「
投影魔術で柳刃包丁を投影。
本日は諸事情により魚が大量に入荷したので、今日のメインは魚料理だ。包丁は明確には剣ではないのでランクは落ちるが、類似品ということでそれなりの品質は保っている。料理をする分には十分過ぎる程だろう。
「よう」
と、投影した刃の出来を見ていると両儀がふらりと現れた。
いつも着物の上から革ジャンという奇妙な組み合わせを着こなす彼女の名は、両儀式。クラスはアサシンのサーヴァント。
「両儀か。ここに来るのは初めてじゃないか?」
「そうだっけ。ヒマで仕方ないから散歩してたんだ」
「せっかく来たんだ。何か食っていくか?」
「ん……そうだな、米がいいな。ここじゃ外人が多いせいかパンばっかりだ。たまには白米に漬物つけてみそ汁で食いたい」
「その気持ちは痛いほどわかるぞ、両儀。どれ、すぐに用意してやろう」
「ありがとさん」
私も正義の味方として活動していた際あらゆる国を周ったものだが、望郷の念に駆られた際、最初に思うのはやはり『白米とみそ汁が食いたい』、だ。やはり日本人はどこに行き着こうと米と味噌に還るのだろうか。
「白味噌しかないが、いいか」
「いいよ、赤でも白でもピンクでも……くぁ」
欠伸をしながら席に着く両儀。その様はなんというか
戦闘中は背筋が凍るような純粋な殺気を放つ彼女だが、日常生活に置いては底抜けにアンニュイである。
だが。
そんな彼女の性格に反して彼女が持つサーヴァントとしての能力は、正気の沙汰の外にいるものだ。
死を視る眼。
直死の魔眼と呼ばれる、数ある魔眼の中でも最高位のクラスに数えられる眼を生まれつき持つ両儀は、文字通り死という事象そのものを視覚情報として捉える。
彼女が言うには、それはものの綻び。永遠に朽ちない存在でなければ死は必ず訪れる、という常識に則り常識を乗っ取り、死を視覚化したものが直死の魔眼だ。
視えれば触れる。
触る事が出来れば干渉も出来る。
死に触れそれを途絶させれば、どんなものでも『殺す』ことが出来るだろう。
だが――人間、いや生物にとって最大の悪であり恐怖である死がなんでもない風景と同じように視える、というのは如何ばかりか。想像しただけでもおぞましく恐ろしい。まともな精神の人間であれば、気が狂ってもおかしくはないだろう。
両儀が年齢の割にある意味達観しているように見えるのも、そのせいなのかも知れなかった。
「なに難しい顔してるんだ?」
「いや、別に」
「あんたも魔術師だっけ。言っとくけど、オレに
「いや、そんなつもりはないよ……惣菜は何かリクエストはあるか?」
「ストロベリーアイス」
「……それはデザートだろう」
「じゃ、焼き魚に大根おろしでもつけてくれ」
「了解した」
魔術の極地点を生まれつき持つ両儀を思い、畏怖と羨望の意が顔に出てしまっていたか。私もまだ若い。
魚ならばつい昨日、オケアノスで英雄王と競って大量にサバを釣ってきたのだ。何を隠そう、今日の魚の大量入荷もそれが原因だ。勝負の結果は全くの同数の分け。次こそはあの金にものを言わせれば済むと思っている金満野蛮人を最新鋭釣具で負かしてやらねばならない。
さて、両儀には同じ祖国の人間のよしみで脂の乗ったサバを食わせてやろう。
と、両儀が頬杖をつきながらふと口を開いた。
「なあ……マスターに聞いたところによるとお前、魔術で武器を作るのが得意なんだって?」
「ん、ああ……そうだが?」
「さっき包丁を何もないところから取り出したよな。あれが投影魔術なのか?」
「そうだよ」
さっき包丁を投影していたのを見られていたらしい。
両儀もクラスはアサシンだ。警戒していない者に気取られることなく近付くくらいは可能なのだろう。
私の魔術はかなり特殊な部類なので、他の誰かがおいそれと真似出来るものではない。見られても一向に構わないものではあるのだが。
「じゃあ、さ」
「?」
両儀が目線を泳がせ、何処か落ち着かない様子でそわそわしていた。こんな両儀は珍しい。
「日本刀とか、出せるのか?」
「ああ、私の得意分野だ。見た事のある剣ならばかなりの精度で複製できるぞ」
「本当か!?」
彼女は今まで出した事のないような大声と共に身を乗り出す。
その一言が、始まりだったのだ。
数分後。
「
「馬鹿にするなよ、村正だ。徳川家の人間の死に多く関わったことから徳川を滅ぼす妖刀と言われる日本一有名と言ってもいい刀だな。ったく、刀が人を斬るんじゃない。人が人を斬るんだ」
「それには激しく同感だ……
「数珠丸。天下五剣のひとつ。日蓮が数珠をつけて魔除け代わりにした事から名前がつく。色が鮮やかで綺麗だな……煩悩を払い除けた坊さんが魅入るくらいのことはある」
「正解。少し簡単すぎたか……
「これは……見たことないけど被雷した跡があるから雷切か? 立花道雪の愛刀だな」
「正解。
「
「ふふ……まだまだこんなものではないぞ」
「次! 次はなんだ!?」
剣マニアと日本刀マニアが邂逅したらこうなる、といういい例だった。
私は一度目にした武器を構造ごと解析して投影する、という特質を持った変わった魔術師だ。私がまだ若い頃、日本では日本刀展が多く開かれていたので日本屈指の名刀もかなりの数を押さえてある。両儀は剣と言うよりは日本刀やナイフに特化しているとは言え、カルデアで剣の良さを一緒に語れるのは両儀くらいだろう。
しかし、剣で投影古今東西をするのがこんなに心躍るとは!
まずい、正直楽しくて仕方がない。やはり趣味の共有は素晴らしい。好きな料理で語れる同僚はカルデアにはいないのだ。
こんなに顔を輝かせている両儀も初めて見るかも知れん。いつも日常生活ではふわふわとつかみ所のない両儀とは思えんほどだ。ああ、服装や話し方から近代日本から来たらしいし、生きているうちに友人になれたらどれ程良かったことか……!
「これは?」
「ノサダの銘に文字が彫ってあるから九字兼定だ。新撰組の土方歳三が持ってたことで有名だよな」
「……え?」
兼定を投影した覚えはない。という事は、両儀がどこからか持ち出してきた――というのも両儀の様子を見れば違うとわかる。
視線を向けると、はしゃいでいる私と両儀の傍らに、いつの間にか第三者がいた。
鞘に収めた九字兼定を私と両儀の間に置き、嫋やかな笑みを浮かべているのは、
「両儀……式」
「なんだよ、いきなり名前呼んだりして」
和服を着込み、目の前の両儀から幾分か年を重ねた両儀式だった。それにしても両儀……今の今まで日本刀について語り合っていた彼女の様子がおかしい。
そう、まるで彼女がそこにいないかのように振舞っている。
……どういうことだ?
「ごきげんよう、エミヤさん……でしたっけ。ちょっとした事情でその子に私は見えないの。適当に話を合わせておいてもらえるかしら?」
「……? おい、大丈夫かよエミヤ」
「あ、ああ。大丈夫だ……食事も忘れていたことだし、少し休憩しようか」
「そうだな、次は青木兼元を出してくれよ。一度見てみたい」
同一人物のサーヴァントが別の側面から召喚されることは度々ある。アルトリアやクーフーリンがいい例だ。アルトリアを例に挙げると彼女は実に今カルデアにいるだけでも四つの側面から召喚されている。
本来のセイバークラスであるアルトリア。
冷徹な暴君としての側面を前面に押し出したセイバー・アルトリア・オルタナティブ。
モードレッドに止めを刺した
聖剣エクスカリバーを抜かなかった、という前提のセイバー・アルトリア・リリィ。
他にもセイバーに良く似た謎の青ジャージがいるがあれはたぶん違う。
今ここにいる両儀もその一例だ。アサシンとしてナイフを扱う両儀に、セイバーとして日本刀を扱う両儀。私の眼から見たら外見はともかく性格くらいしかあまり違いはないように見えるのだが、その実中身は全然違うものなのかも知れない。
いや――違う、のだろう。
セイバークラスである両儀は穏やかで大和撫子を体現したような風態だが、どこか――この世のものとは思えない何かを感じる。
私の推測に過ぎない上に失礼極まりないが、そもそも少々歳を経ただけで別側面とはとてもじゃないが言い難い。サーヴァントは性格や年齢の違いくらいで水増しできるようなものではないのだ。
「警戒しているのね、可愛い」
「…………」
両儀への食事の用意をする私の背中に向け、両儀が微笑を含んだ声を一方的に投げ掛ける。
聞きようによっては嘲られているとも取れる台詞だったが、気分が悪くならないのは、その声に侮蔑や嘲笑といった類の念が一切感じられないからだろう。
それこそ、人間として不自然な程に。
「貴方は魔術師だったわね……私は根源に接続している、と言えばわかるかしら?」
「…………!」
「大丈夫よ、私はここに居ても何処にも居ない夢か幻のような
根源への接続。それは魔術師最終の悲願にて永久に届かない場所だ。根源接続を成した存在など、魔術師にとっては神に近い。
いや、神だ。断言しよう。
何しろ何でも出来る。
聖杯など目ではない。
そも根源とはこの世界の原因と結果が予め全て在る、世界そのもののデバッグルームのようなものだ。我々サーヴァントもその根源に本体があり、召喚は根源よりのコピーと言われているのが通説である。そんな根源に意志を持った人の身で到達したのならば、世界を自分の好きな形に組み替えることすら可能だろう。それ故に、根源に到達する過程で世界より大きな修正がかかる為、未だ人の身で到達した者はいないとされている。この両儀の言う事が嘘か真かこの場で判断は出来ないが、真実ならばその人離れした雰囲気も大いに納得できる。
結論として、彼女は両儀式ではない。
両儀式の姿をした他の何かだ。
根源接続を成している、というだけで非常に危険な存在だが――彼女の言う通り、英霊として召喚されたからにはマスターに従う義務がある。
警戒に足る存在ではあるが、今すぐに対処しなければならない類のものではないだろう。
ならば、今は
「さあ、出来たぞ」
「ああ、サンキュ」
「……あら」
両儀の目の前と、両儀の死角に一膳ずつ。計二膳を用意する。
もう一膳は無論、私が食べるものではない。
初めて見る驚きに似た表情を浮かべたのも一瞬、柔らかく眼を細めると無言で席に着いた。
「いただきます」
「いただきます」
二人とも揃って箸を持ち、焼き魚を突つき、白米を口に運び、みそ汁をすする。
方や革ジャンに方や着物という対比的な二人だったが、その和食を流麗な所作で口に運ぶ姿は、鏡写しのようにそっくりでいて、様になっていた。
「……ん。サーヴァントってのは戦うだけの機械みたいなもんかと思ってたけど、お前みたいな変わった奴もいるんだな。普通にうまいよ」
「おいしい。私、自分の意志で食事を摂ったことなんてないから、とても新鮮だわ」
「そうか、それは良かった」
根源に至ったものは、その時点で人としての機能を不要なものとして失くす。食事も睡眠も必要がない。そもそも生死という概念すら存在しない。
だが逆を説けば、彼女には友と笑うことも傷つき泣くことも出来ない。
それは――少し、悲しい。
「……なあ両儀、ひとつ聞いていいか?」
「なんだよ」
「なにかしら?」
「何でも
「なんだそれ、禅問答か?」
「…………」
「ただの戯言だよ。忘れてくれ」
「オレはただの人斬りだからわかんないよ。けど、誰か一人でも認めてくれて、そいつと手を繋げるなら、幸せなんじゃないのかな」
「私は幸せ。私をこの子ごと好きになってくれた人もいるのだから」
「……そうか」
二人の両儀が元の世界でどのような経緯を辿り、カルデアに召喚されたのかはわからない。
だが、待っている人はいるのだ。
待っている人間を持つ者は強い。
私のように全てを棄てた人間もまた別の強さを持つが、人間は自分よりも他人の為に強くなる生き物だ。最終的にはその差が明暗を分ける。
私の両儀に対する危惧も、恐らくは杞憂に終わることだろう。
「ふっ」
自分への嘲笑を含め鼻で笑い、冷凍庫の扉を開ける。
「デザートだ。アイス、食うか?」
「食う。ストロベリーな」
「食べないわ。私、アイスクリームが苦手なの」
「ストロベリー……これか」
「ごちそうさま」
冷凍庫の中に入っていたカップのストロベリーアイスを取り出す。マスターの名前を記した付箋がついていた気もするが、気のせいだろう。付箋を剥がして両儀に渡す。
「ほら……ん?」
振り返ると、和服の彼女は最初からいなかったかのように姿を消していた。
「サンキュ。それよりさっきの続きやろうぜ、続き」
「……ああ、次からはそう簡単には行かんぞ」
両儀の姿をした名も無き亡霊は、英霊という形を借りて新たな夢を見る。
彼女はあってはならないオーパーツのようなものだ。遥か未来、カルデアに残った記録を見て驚愕する魔術師もいるやも知れない。
我々は何としても
「
全能でありながら何も望まない彼女がいた事を、人類史に記す為に。