カルデア食堂   作:神村

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ノッブ(弓)とおき太です。
マシュ語りになってます。


鉄壁こたつ要塞おでん

「えっと……」

 確かこの辺りだった筈です。

 先輩が召喚、契約しカルデアに滞在しているサーヴァントも、はや七十人を越えました。呼び出す分には各部屋に通信手段があるので楽なのですが、そのお陰でこうして個人に割り当てられた目当ての方の部屋を見つけるのも一苦労です。

「あ、あった」

 今日は先輩のおつかいで、沖田さんの部屋に来ています。ドクターが用意した、『沖田』と達筆で書かれた表札がかかっている沖田さんの部屋は、和室です。入口も襖なのですが、襖ってノックするものなんでしょうか?

 日本の作法には疎いのでわかりませんが、少し思案したのちに声を掛けることにしました。

「沖田さん、失礼します。マシュ・キリエライトです」

「はーい、入ってどうぞです」

 西洋のドアとは違い、襖は大した抵抗もなくすっと横に開きます。

 ところでこの襖、鍵とかかかるんでしょうか。いくら使い魔(サーヴァント)とは言え、プライベートくらい保証してくれてもいいと思いますが。

「お邪魔しま――」

「いらっしゃいませー」

「な……」

 薄手の甚平を着てこたつに入り、机に顔を押し付けてだらけている沖田さんに出迎えられました。

 沖田さんの部屋は四畳半。部屋の中心には大きめのこたつ。

 正直言って、狭いです。こたつでその部屋の面積ほとんどが占められています。

 『起きて半畳、寝て一畳。天下取っても四畳半』。

 人間どれだけ権力を持とうと、所詮人間一人の大きさはその程度。必要以上の贅沢はするべきではない、という意味です。日本にはそんな良い格言がありますが、これは狭すぎです。

 どうやって寝てるのか――ああ、そうか。こたつをふとん代わりに寝てるんですね。

「す、すごい部屋ですね……」

「そうですか? 組の屯所もこんな感じでしたよ?」

「少し片付けましょうよ……」

「あはは、為三郎さんにもよく言われてました……いやあ、新撰組は無精な野郎ばっかりで、片付けなんて年の暮れくらいしか」

 こたつの上は雑誌、おかし、飲みかけのペットボトル、チクタク○ン○ン、CDケース、3○S、と非常にカオスな様相で散らかっていました。

「まぁまぁ、盾子さんも入ってくださいよ」

「マシュです。ああいえ、私は用が――」

「戻ったぞ……ん?」

 用件を伝えようとする前に、背後から信長さんがやって来ました。

 ダヴィンチちゃんがピンハネしてるともっぱら噂されるカルデア内の購買で買って来たのか、ビニール袋をぶら下げて。

「なんじゃ、盾子ではないか」

「マシュです。今日は沖田さんに用事が――」

「なんでもいいわい、早くどかんか。わしが入れんじゃろ」

「す、すみません」

 信長さんに押される形で部屋の中へ。

「はぁ、生き返るのう!」

 さっさとこたつに潜り込む信長さんに、一人だけ狭い部屋で立っているのも所在なく、なんとなしに恐る恐るこたつに足を入れるのでした。

「む……こ、これは!」

 ここ人理継続保障機関フィニス・カルデアは、超がつく田舎に位置します。

 どれくらい田舎かと言うと、まずものすごく高い山の上です。マウントフジなんて目じゃないくらいに高いです。登山が趣味、程度の山ガール精神では到底登っては来れないくらいの標高に位置します。田舎と言うよりはもう秘境の類ですね。

 そんなカルデアなので、基本的には寒いのです。標高千メートルにつき、マイナス六度。標高による気温差の目安です。カルデアは標高六千メートルに位置しますので、例え平地が三十五度の真夏日でも、カルデアは氷点下ということになります。建物内は空調が効いてはいますが、真夏だろうと外に出ると雪が降っているような場所です。

「ああ、温かい……」

 そんな、日々女性の天敵冷え性と戦う環境下、通常のテーブルと椅子とは違い、腰から下が布団にくるまれるよりも温かい、という未知の領域。露出している腕もこたつ布団の中に入れれば温まるという隙のなさです。不意に湧き上がる、全身をこたつ布団の中に入れてしまいたい誘惑を全力で打ち消します。

 こたつの存在と構造こそ知ってはいましたが、未経験でした。なるほど、これは沖田さんが堕落してしまうのも頷けますね。だからと言って堕落していい訳ではありませんけれど。

「こたつは素晴らしいでしょう? 日本の誇るべき発明ですよ」

「それはわかりますが……こたつって冬に出すものじゃないんですか?」

「よいではないか、ここは寒いしこたつは飯も食える、そのまま眠れると何かと便利じゃし……ほれ、せっかくわしが買って来たのじゃから溶ける前に喰らうぞ」

「これは……アイスですか?」

 信長さんが持って来たビニール袋の中から出て来たのは、数個のアイスクリームでした。

「おこたに入りながら食べるアイスが美味しいんですよぉ」

「ほれ、盾子も遠慮するでない」

「あ、ありがとうございます……」

「沖田さんはモナ王もらいますねー」

「盾子はクーリッシュと雪見だいふくどっちがよい? あずきバーはわしのじゃからな」

「じゃあ雪見だいふくで……って違います!」

 こたつの魅力に本来の目的を忘れるところでした。

 恐るべしこたつの魔力……。

「なんじゃ喧々と……やかましいのう」

「私はお二人にクエストに行きましょう、と言いに来たんです」

「クエスト?」

「はい、今日は剣の種火が出るそうで、沖田さんと信長さんを連れて一狩り行って来い、と命令を」

「いやいや無理ですよそんなの」

「で、あるな」

「え?」

「一度入ったこたつからは何をとは言いませんがもよおすまで出られない。これはあの稀代のカタブツ近藤さんでさえ言ってました」

「絶対嘘でしょうそれ!」

「っていうか沖田さん病弱ですしー、ごほっ、ごほっ(棒)」

「まぁ、是非もないよネー」

「…………」

 英霊とは一体何だったのでしょうか。そんな事を考えさせられる人たちでした。

 常に破天荒な信長さんはまだしも、沖田さんは割と真面目に仕事をしてくれる方なのですが、こうやって二人組み合わさるとこんな感じです。

 と、

「?」

 部屋の外から、規則的な音が聞こえます。

 騎士の英霊でしょうか、甲冑に似たがちゃ、がちゃ、といった音が足音に並んでいます。

 甲冑と言えばレオニダスさんかランスロットさんあたりでしょうか。ジャンヌさんやアルトリアさんという可能性もあります。そう考えると結構、カルデアには甲冑を着ている方は多いですね。

「この音は……!」

「ヤツが……ヤツが来おる!」

「ヤツ? 誰のことですか?」

「ヤツは悪魔じゃ……その残酷ぶりは第六天魔王と呼ばれたわしですら霞みおる……」

 あの自信だけは無駄にある信長さんが震えていました。

「身を隠せい、沖田、盾子! このままでは我らは金ヶ崎の二の舞じゃ! ええい、サルとタヌキはどこじゃ! わしを守れィ!」

 金ヶ崎って確か信長さんの敗戦でしたっけ。調子に乗りすぎて信長さんを良く思ってない人たちに包囲されて、後の豊臣秀吉と徳川家康に護られて命からがら逃げ出したとどこかで聞いたことが。

 ……今もあんまり変わってませんね、この人は。

 しかしこの怯えよう、一体誰が――。

「掃除の時間だ!」

「ひゃあああああああああああ!」

「ぎゃあああああああああああ!」

「あ、エミヤさん」

「マシュか。おはよう」

 勢い良く襖を開けたのは、エミヤさんでした。頭と口元に三角巾、胴にはエプロンをつけ片手には掃除機。もう片手にはぞうきん二枚、ポケットから見えるのは透明な数枚の40リットルビニール袋と完璧な装備です。

 あの甲冑みたいな音は掃除機の音だったんですね。

 余談ですが、エミヤさんはたまにこうやって他のサーヴァントのお部屋も掃除してくれています。なんでも汚い部屋が許せないとかなんとか。ついこの間、それが原因でジャンヌオルタさんの悲鳴がカルデア内全域に響き渡ったのは記憶に新しいです。

 しかし、なぜお二人はこんなにもエミヤさんを恐れているのでしょうか。目下不明です。

「……まだこたつを出しっぱなしにしているのか……?」

「い、いえこれは……話を聞いてくださいエミヤさん」

「もう夏になることだし、減り張りをつける為にも次に掃除しに来るまでにしまっておけ、と言った筈だが……私の記憶間違いか?」

「い、いやほら、こたつは日本の心じゃないですか! エミヤさんも日本人ですし、わかるでしょう!?」

「わかるがそれとこれとは話が別だ! 私が来たからには跡形もなく片付けさせてもらうぞ」

「そんなご無体な!」

「さあ、とっととこたつから出ろ!」

「ぬしゃあ血も涙もないのか!?」

 沖田さんと信長さんの悲痛な訴えも虚しく、こたつのコンセントを引っこ抜き、机を持ち上げるエミヤさん。容赦ありませんでした。

 ああ……無精なお二人にとって、お母さんスキルの高いエミヤさんは天敵みたいなものなんでしょうね。

 見事な手際で机の上を片付け、こたつを解体し、ごみを掃除機で吸って行く。それはさながらひとつのミュージカルを見ているようでした。その様子を、アイスをくわえながら涙して見守るしかないお二人も演出に一役買っています。

「……この布は」

「あ、誠の旗! そんなところにあったんですね」

「誠の旗って……」

 カルデアでは使いませんが、確か沖田さんの宝具だった覚えがあります。なんでも新撰組の皆さんを単独召喚するすごいものだとか。

 ……その割には、なんだか茶色いシミがついちゃってますけれど。

「それこの間おでん食べてた時に鍋の下に敷いてたら、ノッブがはしゃいでおつゆこぼしちゃって」

「うつけ! あれは貴様がわしの卵を全部食うからであろう!」

「それは……ノッブがちくわぶ買ってこないからでしょう!」

「なんじゃちくわぶって、モッチャリ甘くて飯が進まんではないか! やはりおでんと言えば卵と牛スジに辛子をつけて白米と日本酒で一杯じゃろう!」

「ノッブはあの煮崩れ寸前のちくわぶの美味しさを知らないからそんなこと言えるんですー! 芋侍出身の私にはこんにゃくと大根が大正義なんですぅー! それになんですかノッブのあの汚い食べ方!」

「なにおう!」

「おでんの鍋にごはん突っ込むなんて育ちが知れますよ! ノッブはしたない!」

「仕方ないじゃろ、おでんつゆ美味すぎるんじゃもん! わしゃあ湯漬けに味噌焼きが一番の馳走の時代の人間じゃぞ! ばーかばーか!」

 おでん論を中心に据えた世にも醜い争いでした。

 もちろんそんなやり取りをエミヤさんが見過ごす訳もなく。

「そんなことよりも大事な誠の旗をおでんの鍋敷きにするとは何事だ!」

「う……」

「さあ、見ていないで自分で片付けろ!」

「はい……」

「ぐう……覚えておれよ貴様……」

 一分の隙もない大義名分に負け、のろのろと部屋のお片付けを始める沖田さんと信長さんでした。

 さすがに見かねたのか、エミヤさんがため息をわざとらしくひとつ、

「食堂におでんを仕込んである。掃除とレイシフトを無事終えたら鍋ごとくれてやろう」

「まことか!」

「ああ、昨日の夜煮込んで今日一日冷ましてあるからいい塩梅になっているだろう」

「やった、エミヤさんのおでん!」

「こうなったらマスターと盾子も交えて一杯やるとするかのう!」

「そうですね……お酒は飲めませんが、楽しみです」

 掃除をして、お仕事に出て、帰って仲間で一緒にご飯を食べる。

 半身(デミ)とは言えサーヴァントとしては正しくはないのでしょうが――こんな『普通』こそが、私や先輩が望み取り返そうとしているものです。

 貴重な時間です。大切にしましょう。

「ああ、だからきちんと掃除を……む、なんだこの布切れは――」

「あっ」

 頬を綻ばせるエミヤさんが雑誌や衣類の海からつまみ出したのは。

 紛うことなく、下着でした。

 この部屋にある以上はもちろん、女性用の。

「のあ――――――っ!」

「ぎゃ――――――っ!」

「まったく……下着類は直接肌に着けるため汚れ易い。脱いだその日のうちに洗うと長持ちするんだ、こまめに洗濯をしろ。これは手洗い、これは洗濯機……と」

「うら若きおとめ相手に汚れなんて言わないでください!」

 お二人の悲鳴などいざ知らず、家事スキルを遺憾なく発揮し洗濯物の選別をしていくエミヤさんでした。

 ……女性の下着をこうも平気に扱うとは、生前もこんな感じだったんでしょうか。

 私も強制的お片づけの憂き目に遭わないよう、どんなに忙しくても身の周りのことはきちんとすることにしましょう。先輩にも言っておかないと……。

「ぬしゃあデリカシーの欠片もないのか!」

「悔しかったら身の周りくらいきちんとしろ。君たちは私と違い、日本人の誰もが知る立派な英霊だろう」

「…………」

「…………」

 硬軟織り交ぜたエミヤさんの言い分に、もはやぐうの音も出ないお二人でした。

 同じ女性として同情せざるを得ませんが、かなりの割合で自業自得ですね。

 それにしても、天下の沖田総司と織田信長に掃除させる人なんて今も昔もエミヤさんしかいないでしょうね。

「片方しかない靴下もちゃんと相方を探し出せよ!」

「ああ、身体に障るからって掃除しなくて済んでたあの頃が懐かしい……」

「よく掃除を命じておったが、成利もこんな気持ちじゃったのかのう……」

 ぶつくさ言いながら掃除を始める二人を見て、ふと頬が緩みます。

 さて、私も掃除のお手伝いするとしましょうか。

 

 


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