「――
投影魔術により、中華包丁を投影。
日本に産まれた私には三徳包丁の方が慣れ親しんだものだが、中華包丁は他の包丁に比べ利便性に富む。その先端の鋭さと刃の重量から肉や野菜はもちろん骨をも断ち切り、袋抜きから魚のおろしまで全てをこなす。丈夫なまな板と使いこなす腕さえあれば、中華包丁ほど便利な包丁はない。大量に料理をするとなれば尚更だ。
目の前には堆く積まれた食材たちが私を見下ろしている。肉は豚肉から牛肉馬肉、何の肉なのかわからないものまで。野菜は人参や白菜といったスタンダードなものから、アボガドや金糸瓜、果てにはドリアンなどあまり目にしないものまである。
これら食材の出処は、言わずもがなマスターを含めたカルデアの皆だ。レイシフトした際に食べられそうな倒した敵や農作物を入手し持ち帰ってくる。
カルデアは諸事情により世間より隠匿されており、加えて極地ということもあり流通の機能は著しく低い。それ故に導き出した結論は自給自足。その証拠にカルデア内には菜園が存在している。
だが、それにも限度はある。
マスター曰く大規模な事故があったらしいが、現在、カルデアの局員は人間であるマスターとバックアップのロマニ、デミサーヴァントであるマシュと、加えて以前より召喚されていたダヴィンチの四人。加えて元よりいたカルデアの職員たちである。
人数こそそれなりにいるが、仕事の片手間で維持出来るほどに農業は甘くはない。ただでさえ彼等は
さて、やるか。
投影したエプロンをつけ、三角巾を頭に装着。材料を捌きにかかる。
主にこの食堂を利用するのはマスターとロマニ、マシュの三人だが、召喚されたサーヴァントたちも度々利用する。
私を含めたサーヴァントたちに食事の必要はないのだが、僅かながら魔力の供給の役に立つ上に、士気の維持、上昇といった効果もあり無意味ということはない。特に古き時代で戦場を駆け回っていた英霊たちにとって、食事とは数少ない娯楽という側面もある。
戦場において食事は戦力よりも重要だ。私は近代の英霊なので実感は薄いが、戦場で兵站が途切れる事ほど怖いものはない、とあの陰鬱なセイバー・ジルドレェでさえ呟いていたほどだ。
肉と野菜を一通り切り終え、昨晩から仕込んでいた鍋の蓋を開ける。大量の湯気と共に現れるのは、乳白色のこごった液体だ。先日の夜、アステリオスに協力してもらい砕いた骨からはいい感じに出汁が取れているようだ。
と、
「おはよう、マスター、マシュ」
「おはようございます」
「おはよ、エミヤ……ふあぁ」
眠そうに眼をこすりながら我がマスターがやって来た。隣には、デミサーヴァントであるマシュ・キリエライトもいる。
マスターは女性ながら数多いサーヴァントを従え、反英霊たちの毒気も意にも介さない精神力を持つ女傑だ。
「エミヤ、今日の日替わりメニューは?」
「凶骨ラーメンと虚影の塵スープ、世界樹の種サラダだ」
「えー、またラーメン?」
「君が骨を大量に乱獲してくるからだろう」
「だってドレイクが大量に食べるんだもん」
「……ああ」
彼女、フランシス・ドレイクは経歴こそ華やかなものだが、やっていた事は海賊という犯罪行為。言ってしまえばギャングスターだ。その彼女が骨という禍々しい素材を霊質の強化に使うというのも頷ける。
「ドクターや男性サーヴァントたちには好評だったのだが……」
「男は大人になってもラーメン、カレー、ハンバーグがあれば満足なんでしょ?」
「……それは偏見じゃないのか」
確かに間違っていない気もする。カルデアでも食にこだわる男性サーヴァントはカエサルと英雄王くらいのものだ。その彼らでさえ、ここの設備と材料で望みのものが作れないとわかるとカレーに行き着く。
「もうちょっとメニューのバリエーション増やしてよ」
「私も善意でやっているだけだ。文句があるなら食うな」
「食堂の主がそんなこと言わないでよう」
「私はサーヴァントだぞ……戦う為にここにいる。大体だな、何故弓兵である私が」
「何よ、エミヤが自分から言い出したんじゃない」
「それは……その通りだが」
そうなのだ。何を隠そう、時間の空いている時はここの料理人を務めさせてくれ、とマスターに願い出たのはこの私だ。
理由としては、マスターがブロックの固形食やインスタント食品ばかりでろくにまともな食事を摂っていなかったことに由来するのだが、いつの間にか食堂を任されてしまっていた。
こんな事をするよりもサーヴァントとして働く方が本懐なのだが……誰かがやらねばならんことだ。調理の心得のある私が担当するのも致し方あるまい。
「乙女が毎日ラーメンだと体型が心配だよ。ねえマシュ?」
「え、ええ、そうですね……」
マシュが苦笑いを返す。
マシュ・キリエライトは人間とサーヴァントの中間地点にいるような存在だ。その為か正規のサーヴァントとは違い、食事も人並みに摂る。
「マシュ、マスターに気を遣う必要はない」
「気を遣う?」
「え、エミヤさん!」
「マスター。我々サーヴァントはいくら食べようが体型に変化はない。その姿で召喚され現界している以上は痩せも太りもしないということだ。マシュも
マシュは事故により損壊した身体をサーヴァントの霊質で補った、と聞く。本質は人間に近いとは言え、身体の構成はサーヴァントに近いと考えるのが普通だ。
ゆえに、いくら食べようが太る心配はない。数いるアルトリアたちあたりはその辺りをわかっていて最大限に利用している節さえある。
「なに、君はまだ成長期真っ只中だ。たっぷり食べて体型の変化に右往左往するといい」
逆に言えば我々サーヴァントは、人としての変化がない、成長しないとも言える。
変化しない、ということは終わっている、ということと同義だ。
「そんな……マシュの裏切りものっ! このおっぱいっ!」
「先輩!」
変な捨て台詞と共にマスターが行ってしまった。
数多くのサーヴァントを従えるマスターとは言え、年頃の女性だ。少々、気遣いが足りなかったか。
「ああ、先輩……」
「マシュ、これをマスターに持って行ってやってくれないか」
予め用意しておいた、食品用ラップフィルムをかけた皿をマシュの前に置く。
「これは……サンドイッチ?」
「ワイバーンのカツサンドだ。大きめの肉を揚げ焼きにしカットすることでカロリーを抑え必要な栄養を摂れるよう考えた……君の分もある。体型の維持も大切だが食事だけはきちんと摂れ、と言っておいてくれ」
ワイバーンは竜種だが、その肉質は鳥類のそれに似ている。竜種と言えど甲殻などを見る限り爬虫類に羽が生えたものに近いからだろう。脂肪の少ない部分を使うことによりマスターの悩みの種を回避しつつタンパク質も摂取できる。
「……わかりました。ありがとうございます」
「礼には及ばんよ」
頭を下げ去っていくマシュの後姿を見送りながら、下準備を再開する。
「おはよう、エミヤ。朝食を頼めるかな?」
と、ドクターが乱れた頭髪を掻きながら現れた。
その顔を見る限り、徹夜明けか。いつも飄々として軽薄な彼だが、カルデアを支える屋台骨には違いない。ドリップしたコーヒーを注ぎ、ドクターに差し出す。
「リクエストはあるか」
「ありがとう。そうだね、今から眠るから軽めのものがいいかな」
「では中華粥でも作ってやろう。やかましい奴らが来る前に片付けてしまえ」
「奴ら?」
「エミヤ!」
などと言っている間に来てしまった。
アルトリア・ペンドラゴンを礎とするアルトリア・オルタの二人だ。今レイシフトから帰って来たばかりなのか、その手にした槍と剣には瑞々しい血が滴っている。彼女らを含め、アルトリアの名を冠する者たちは何を考えているのかほぼ毎日ここに来る。
「修練場でキメラを狩ってきた。ステーキにしてくれ」
「私は唐揚げだ。焼肉でも構わん」
「……食えるのか?」
「キメラって科学の合成生物だよね……」
「肉であればなんであれ食えるだろう」
「外見がおぞましいものほど珍味である可能性は高い」
「早くしろ」
「わかったわかった、大人しく待っていろ……ドクターも食うか?」
「いや、遠慮しとくよ……」
英霊として現界してまで料理をする羽目になるとは夢にも思わなかったが、自分の過去に縛られ、自分を殺そうと躍起になっていた頃に比べればまだ、心は穏やかだ。
「――
巨大な牛刀を投影する。肉を一刀のもとに断つ為のものだ。
私は――私たちサーヴァントはマスターとは違い、もう終わっている存在だ。
その私が世界を救うと意気込む彼らの力に微力ながらもなれると言うのならば、不本意ながら鍋をも振るうとしよう。