【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
《つばさ、絶不調!!》
《シュートゼロ、存在感なし》
《エースに何が?》
スポーツ新聞の見出しには、そんな文字が踊った。
サッカー女子オリンピック代表…なでしこジャパンの練習試合の1戦目。
本番のブラジルを想定したアルゼンチンとのゲームは、良いところなく、0-3で敗れた。
その大きな要因は、夢野つばさにあった。
日本はエースである彼女にボールを集めるが、この日はいつもの様なキレがなかった。
ドリブルで仕掛けるわけでも、ロングパスで局面を打開するでもなく、消極的なプレーに終始した。
そして、つばさの前に転がってきたコーナーキックのこぼれ球…ここから『デビルウイング』をぶちかまし、ゴールを決めるのが、日本の得点パターンのひとつなのだが…ここでもなぜか、シュートを撃たずパスをして、チャンスを逃した。
試合後、マスコミの取材に対し
「すみません…見ての通りです」
とだけ言い残し、つばさはバスに乗り込んだ。
これは非常に珍しいことだった。
つばさは長らく『芸能界』に身を置いている。
今はサッカーに専念しているが、事務所を辞めたわけではない。
その所属先は、芸能界でも1、2を争う『礼に厳しい事務所』で、こういったマスコミ対応においても、常に誠実に向き合うことを指導されてきた。
それ故、浅倉さくらもアクアスターも、そしてこの夢野つばさも、マスコミ関係者からの評判はすこぶる良い。
悪い話を聴いたことがない。
また、つばさは『大和シルフィードの広報担当』として、ゲームに出ても出なくても、勝っても負けても、取材には丁寧に応じてきた。
だが、この日は違った。
恐らく初めての『取材拒否』。
体調不良?
プレッシャー?
そんな時に、遠く日本から聞こえてきた『高野梨里』との噂。
日本時間の『明日』発売の週刊誌に、その記事が載るという。
「つばさ…大丈夫?…」
宿舎で同室の緑川沙紀が、心配して声を掛けた。
「…ヴェル…」
「色々あるのはわかるけど…アンタがしっかりしてくれないと…」
「ごめん、わかってる…」
つばさは、手を合わせて謝った。
今、なでしこジャバンにおいて『つばさ』と『高野』の関係を知っているのは沙紀だけだ。
正確に言うと『小学校時代の同級生』だとか『高野にサッカーを教わった』くらいのことは、周知の事実である。
しかし、いわゆる『彼氏彼女の関係』だということは、知られていない。
高野もつばさも、隠しているわけではないが、敢えて言う必要もないと考えていた。
だから
「バレたらバレたでいいや…」
と思っている。
だが、そもそも『そういう関係なのかどうか』が、怪しい。
お互い好意を持って接しているが、それが結婚に繋がるかどうか…は、まったく未定だからだ。
しかし、この大事な時期に、そんなことが報じられようとは…。
当然、その噂はチーム関係者や、選手も知ることになり、試合終了後には「どうなんだ?」「どうなの?」と質問攻めに遭う。
「それは…帰国してから話します。今はサッカーに集中しないと…」
とお茶を濁したが、一番集中していないのは、つばさ本人である。
仮に本人が否定しようとも、今日のデキの悪さは『それが起因している』と結びつけたくなるのは、ごくごく自然のことだった。
「週刊 新文も、どうしてこのタイミングかな…」
その憤りは本人より、事情を知っている沙紀の方が強かった。
「とにかく、いい?高野くんの件は確かに残念だったけど、アンタが言うように『死ななかった』わけだから…アンタが元気にプレーすることが、彼の一番の特効薬でしょ?」
「うん、わかってる。わかってるけど…」
「サッカーは個人競技じゃないの。アンタひとりなら、その結果がどうこうしても関係ないけど、そうはいかないのよ!是が非でも、アンタが活躍してくれなきゃ困るわけ」
「う、うん…そうだね…」
「何を迷ってるのよ!?」
「頭では理解してるの。取り敢えず、今はサッカーだって。でも、プレーしてると、梨里なら『ここでドリブルするのかな?』とか『一回リターンをもらってから、シュートなのかな』とか、思っちゃって…」
「なんで彼が出てくる…まぁ、わからなくはないわよ。アンタにとって、彼が如何に大きな存在かは。本当なら2人で一緒に、この地に来てるハズだったんだから」
「…」
「それでも、その無念を力に変えてくれないと困るのよ!!」
「ヴェル…」
「アタシには…その…アンタみたいに大事な人はいないし…気持ちをわかれって言われても、正直ムリだけど…チームの為とか、日本の為とか言わないから…お願い!アタシの為に、その力を貸して!!」
「えっ?」
「アンタがチームに来たときは『芸能人が何しに来たの?』って、思ったわ。でも、その考えは一瞬で砕かれた。あの練習初日のシュートを見せられてからね…」
チームに合流したつばさは『シュートを撃つシーンが欲しい』とのマスコミの要求を受け、希望通りそれを披露した。
目の覚めるような、鮮やかな左足でのボレーシュート。
その時、パスを出したのが沙紀だった。
「懐かしい話をするのね…。あの時は…すごく意地の悪いボールだったことを覚えてるわ」
「そうね。結構、速くて強めのライナー蹴ったのよね…。だけどアンタは、それを事も無げに、ジャンプしながら胸でトラップして…ボレーでゴールへと叩き込んだ…。バケモノだと思ったわ」
「バケモノ…って…」
「それから、今日まで、ずっと一緒にプレーしたけど、アタシはただの1回でも、アンタに勝てたと思ったことはない…」
「えっ?」
「悔しいけどね」
「そんなことないよ。だってヴェルは脚だって速いし、スタミナだってあるし…」
バシッ!
いきなり沙紀の右手が、つばさの左頬を捉えた!
「あっ!」
声をあげたのは、何故か叩いた沙紀だった。
「ご、ごめん…芸能人の顔を叩いちゃった。やるならボディだった」
「…」
つばさは、無言で沙紀を見る。
何故叩かれたのか、理解していないようだった。
「アンタはアタシの気持ちを理解していない!」
「えっ?」
「わかってるわよ、自分の長所も短所も…。わかってるわよ…そんなこと。だけど、日本のエースは、アタシじゃなくて『夢野つばさ』…マスコミ含めて、日本中がそう思ってるじゃない。そんな現実が見えないほど、アタシはバカじゃないわ」
「ヴェル…」
つばさがサッカー選手に転向してから、同い年ということで、練習パートナーに指名された、沙紀。
それがきっかけで、常に行動を共にしてきた。
そのお陰で『阿吽の呼吸』を習得し、息の合ったプレーでゴールを量産、チームを勝利に導いてきた。
そんな2人はシルフィードの『JKコンビ』と呼ばれ…そして、それはいつしか、なでしこジャパンの『つばさ&みさき』…『ゴールデンコンビ』と評されるようになった。
緑川沙紀を縮めて『み・さき』。
名付けられた当初は「うまいことを言うな…」と思った沙紀だったが、すぐに『つばさありき』のネーミングに、疑問が湧いた。
ファンやマスコミから「みさき『くん』」などど呼ばれようなら「アタシは太郎じゃない!」とか「父親は画家じゃないから!」とか思っていたという。
しかし、どんなに頑張っても、常に『夢野つばさ』に話題を奪われてしまうことに、忸怩たる思いでいた。
それは例えば…同点ゴールがつばさ、逆転ゴールが沙紀だとしても、見出しはつばさ。
その逆であっても、見出しはつばさ。
理不尽だと思った。
…仕方ない…
…つばさのプレーには華がある…
…元々ルックスだっていいんだし、それはそれで、認めざるを得ない…
そう卑屈になった時期もあった。
だが、彼女がただの天才だったわけじゃないことを知っている。
練習を重ねて、今がある。
活躍の裏には、ちゃんとした努力があった。
一緒にトレーニングをして、それを目の当たりにしてきた。
だから『つばさ憎し』という感情は不思議と起きなかった。
そして、もうひとつ。
シルフィードという活動を休止して、この世界に飛び込んできた覚悟…。
…そう、つばさの方がよっぽど苦しかったハズ…
…アタシたちにはないプレッシャーがあった…
…わかってる…わかってる…
…アタシは、夢野つばさにはなれない…
…緑川沙紀だ…
…みさき?いいじゃない、それで…
…つばさがいなければ、そんなあだ名さえ付けてもらえなかったかも知れないんだから…
…こうなったら、2人で頂点目指すわよ!…
沙紀はつばさを敵視するどころか、リスペクトしていた。
「でもね、だからこそ…頑張ってほしいのよ。アタシが認めたバケモノが、その実力を発揮しないまま…なにもしないまま終わるなんて困るのよ」
「…」
「いい?アタシのプレーを一番理解してくれてるのは、アンタしかいないの。逆にアンタを一番理解してるのは、アタシしかいない。望むなら、90分チャージを掛け続けてやるわ。ゴール前でファール受けまくってやる!だから、お願い!アタシと一緒に闘って!今、この時はサッカーに集中して!」
沙紀はそう言うと、土下座をした。
「ヴェル…やだ、頭を上げて…土下座なんて…」
「アンタがサッカーに集中するっていうなら、やめるわよ」
「するよ、するから…」
「本当だろうね」
「誓うわ」
「よし!」
沙紀は膝をパンパンとはたきながら、ゆっくり立ち上がった。
普通、土下座は許しを請う者がするのだが、この場合は逆だった。
何故か沙紀の方が
「許してやろう」
と、つばさに言った。
続けて
「さっきはゴメン…思わずカッとなって…」
と謝罪した。
「…初めてかも…あんなことされたの…。結構、痛いんだね…」
「ホント、ゴメン…」
「大丈夫。ありがとう、お陰で目が覚めた。うん、そうだね…今はサッカーに集中しなきゃ…うん、うん…」
つばさは、何度も何度も頷いた。
…つばさ…
…ごめんよ…こんな方法でしか『やりよう』がなくて…
…これで解決したとは思えないけど…
…でも、アンタなしでは、闘えないんだ!…
…頑張ってくれ…
沙紀は、気合いを入れ直しているつばさを横目に、そう祈った…。
~つづく~