【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~   作:スターダイヤモンド

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一歩前進

 

 

 

 

 

翌日。

 

『なでしこジャパン』の選手たちは、お揃いのスーツに身に纏い、空港に現れた。

 

搭乗口の前には、彼女たちを見送ろうと、レプリカのユニフォームを着込んだ大勢のファンが詰めかけた。

 

スーツケースを押して通り過ぎる選手ひとりひとりに、歓声が沸き、カメラのフラッシュが焚かれる。

 

 

 

中でも、一際それが大きく、激しかったのは…『夢野つばさ』だ。

 

170cm近い彼女は、周りの選手よりも頭ひとつ抜けており…従って、遠くからでも一目でわかった。

 

集まったファンを良く見てみると『背番号28』を付けたユニが、半数近くを占めている。

 

夢野つばさの、代表での背番号だ。

 

 

 

彼女はスタミナに難がある為、途中交代(あるいは途中出場)することが多い。

 

しかし局面でのチャンスメイク、ここぞという時の決定力はチーム随一で、いまやつばさ抜きの日本代表など考えられない…という存在になっていた。

 

彼女の左足から放たれる、強烈な弾丸シュート『デビルウイング』が炸裂することを、日本国中が期待している。

 

その現れが、この『背番号28』の多さであった。

 

 

 

この後、彼女たちは現地に飛び、約1週間の合宿を行う。

 

その間に練習試合が2ゲーム組まれており、最終調整の上、本番に挑むスケジュールとなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから遅れること4時間…。

 

同じ場所に姿を見せたのは、男子のオリンピック代表だった。

 

見送りに駆けつけたファンの数は、女子の倍以上に膨れ上がっていた。

 

選手が姿を見せると、先程とは真逆の…黄色い歓声…ではなく、野太い声で『ニッポン!』コールと手拍子が沸き起こった。

 

それに手を挙げながら通り過ぎる選手たち。

 

 

 

だが…

 

 

 

そこに『高野梨里』の姿はない…。

 

 

 

その代わり、彼が代表で付けるハズだった『背番号7』のユニを身に付けたサポーターの姿が、かなりいた。

 

梨里の替わりに『本間洋平』という選手が追加召集されたが、彼は別の番号を付けた為、今大会の『7』は欠番となった。

 

チームとして、梨里に敬意を表してのことだった。

 

 

 

その空港の様子を、病室で見た梨里は

「ありがたいことだ…」

と、ひとり静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オレ』は、ようやく上半身を起こすことができるようになった。

 

…とはいえ、それは可動式の(医療用の)ベッドの力を借りてのことであり、首にはコルセットが巻かれたままである為、不自由であることには変わりない。

 

それでも天井を見ているだけの日々から開放され、気分的にはだいぶ違う。

 

なにしろ、寝ている間は『常に上から覗き込まれる』感じで、あまりいい気はしなかった。

 

それは小学生時代に『チョモ』がオレを、いつも見下ろしていた…というコンプレックスが起因しているのだろう。

 

まさか、この歳になってそんなことを思うとは考えてもいなかったが、これでやっと面会者とも看護師とも『対等な目線』で会話ができるというもんだ。

 

…ということで…半身が起こせるようになったオレは、ベッドサイドテーブルの上に(お袋に頼んで持ってきてもらった)自分が使っていたタブレットを据え付けた。

 

代表出発の様子は、それで見た…というわけだ。

 

自惚れるつもりはないが、自分のファンがああいったことをしてくれたことについて『オレもなかなかやるじゃん!』と思った。

 

プロのサッカー選手として、どうせやるなら、人気は無いよりあった方がいいに決まっている。

 

 

 

実はこの日、オレの気分を楽にさせた話が、もうひとつあった。

 

それは手術の日程が決まったことだ。

 

今日から10日後…調度、女子の代表が緒戦を迎える日になった。

 

 

 

細かいことはよくわからないが、手術は、そこまで難しいものではないらしい。

 

しかし、回復具合は、かなり個人差があるようだ。

 

数%の確率で麻痺が発生するかもしれないとのことだった。

 

普通にリハビリをすれば、半年くらいで日常生活を送るくらいの回復はするとのことだが…しかし、痛みが治まるかといえば『保証できない』と医師に事前通告されてしまった。

 

むしろ『痛みが消える…という方が珍しい』とさえ言われた。

 

どうやら、一生付き合うことを覚悟しなきゃいけないみたいだ。

 

まぁ、仕方ない。

 

その痛みがプレーに響かないように祈るしかない。

 

 

 

もうひとつ、医師から言われたのは…

 

無意識のうちに怪我したところを『庇ってしまう』ことがあるとのこと。

 

こいつはなかなか厄介らしい。

 

頭でわかってても、心がいうことを利かないみたいで…例えばオレの場合…首への振動が伝わるヘディングなどは、反射的に拒否してしまうことなど…が考えられる。

 

なるほど…。

 

そう簡単に復帰できるとは思っていなかったが…色々課題がある…ということはよくわかった。

 

 

 

あとは…元のように動けるかどうかは、オレの努力次第ってことか。

 

 

 

それでも、復帰への筋道が少し見えたことで、オレは精神的に楽になった気がした。

 

これまでも決して後ろ向きだった訳ではないが、目標があるのとないのでは、だいぶ違う。

 

おそらく『代表の出発を見よう』などと思ったのも、そんなことが理由だったかも知れない。

 

 

 

ネガティブな情報はシャットアウトしようと、これまでTVやラジオなどの視聴を拒んできたオレだが…やっぱりサッカーが好きなんだな…正直、試合は見たい。

 

日本代表の戦いに興味がないわけではないが、それよりも(オリンピックの男子サッカーは年齢制限がある為)世界各国の自分と同年代の選手が、どんなプレーを魅せるのか…そっちの方が楽しみだ。

 

もちろん、そこにオレがいたら、何ができて、何ができないのか…を思いながらの観戦になるのは間違いないが、ひとりのファンとして、開幕するのが待ち遠しかった。

 

 

 

付け加えていうなら…

 

 

 

オレの弟子である『チョモ』…夢野つばさの活躍も期待している。

 

サッカーは個人競技ではないので、ひとりでどうこうはできないが、それでも、何かやってくれる…とオレは信じてる。

 

それには、いかにヤツにボールが集められるかがキーになるが…ヤツとコンビを組む『みさきちゃん(緑川 沙紀)』にも密かに…いや大いに期待している。

 

彼女がボールを持って、ガンガン仕掛けてくれれば、ヤツへのマークも減るってもんだ。

 

 

 

…などと考える余裕が、ようやくできてきた。

 

 

 

気付けば、事故から1週間が経っていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 


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