【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「…ところで、高野さん、お具合はいかがでしょうか…」
高野は『いいように見える?』とさっきまでなら答えていたが、訊いてきたのは園田 海未だ。
さすがにそうはいかない。
冗談を真に受けそうだ。
「絶好調です」
と答えた。
それを見てクスッと笑ったのはつばさ。
『格好つけて…』と言いたげだ。
「ですが、先程、元気ではないと…」
「ウソ、ウソ!元気、元気です!だって、この病室に『あの』水野めぐみと星野はるかがいるんですよ。それだけでも驚きなのに、そこに園田さんみたいな美人が加わってるんだから、元気にならない方がおかしいですよね!?」
「ひとり忘れてない?」
つばさはスッと左腕を、高野の眼前に差し出す。
指先はデコピンの発射準備がされていた。
「えっ?あっ!…も、もちろんチョモ…じゃない、夢野つばさも入ってるよ」
高野は慌てて一言付け足した。
「いやぁ、暑い、暑い!」
「ねぇ?窓、開けようか?」
「えっ?」
つばさと高野が同時に声をあげた。
「確かにさっき『照れなくてもいいですよ』…とは言いましたけど」
「そんな、見せつけなくてもいいじゃないですか」
「な、なに言ってるのよ、ふたりとも…。そんなつもりは…」
「あ、あぁ…そんなつもりは…なぁ?」
「う、うん」
「はい、はい。ごちそうさまです」
…!!…
めぐみのこの一言に『鈍感な』海未は、ようやく気付いた。
…高野さんとつばささんは…なるほど、そういう関係だったのですね…
…いえ、そんなことは、わかっていたハズですが…
…なんでしょう…
…この切ない感じは…
海未は少しだけ、キュッと胸が締め付けられたような気がした。
しかし、それはすぐ、彼女たちに掻き消される。
「やっぱり、私たち、来なかった方が良かったですかね?お邪魔みたいですし」
「ちょっと、めぐみ!」
「帰ろっか?」
「はるか!」
「じぁあ、失礼しま~す」
「高野さん、お大事に!」
アクアスターの2人は、揃って病室を出ようとする。
「待って、待って!」
と小走りにあとを追うつばさ。
めぐみとはるかが、その声に立ち止まると、つばさは勢い余って2人を巻き込みながら…そのまま『ドン!』と音を立てて、壁にぶつかった。
間、髪入れず病室のドアが開く。
「高野さん!!…のお見舞いの方々!…いくら個室だからって騒ぎ過ぎですよ!」
看護師は、人指し指を立て『お静かに』と示した。
「す、すみません…」
項垂(うなだ)れるシルフィード。
一瞬、静寂。
その沈黙を破ったのは、海未だった。
「ぷふっ!」
「園田さん?」
「はっ!す、すみません…。なんだか、今のお三方がとても可笑しくて。皆さん、大スターなのに、子供みたいだっものですから、つい…すみません…」
「良かった笑顔を見せてくれて」
「えっ?つばささん…今、なんと?」
「今日、ここに来て、初めて笑ってくれた」
「うん、うん。園田さんって、ステージの時にはあんなにイキイキとしてるのに、普段は物凄くストイックな人だ!…とは聴いていたけど…今も変わらないんですね」
「そのギャップが魅力なんでしょうけど」
「でも…思い詰めちゃダメですよ!…って、私が言う話じゃないか」
「はるかさん…めぐみさん…」
「そうそう、2人の言う通り。この人も暗い雰囲気なんか望んでないし」
「だけど、看護師さんに怒られるほど騒いでいいとは言ってないぞ!」
と高野。
「ふふふ…それはゴメン!謝るわ」
「ゴメンね、ゴメンねぇ!」
はるかが、突然、栃木弁をネタとする漫才師のギャグを口にした。
「…」
「…」
「…」
「…」
「ブフッ!」
再び、海未の笑い声が、部屋に訪れた静寂を切り裂いた。
それを皮切りに、めぐみが、つばさが…そして高野が笑いだす。
「ちょっと、園田さん!」
「す、すみません!急に静かになったものですから…」
「今のは、はるかが悪い!」
「私?」
「このタイミングで、そのギャグやる?」
「逆にあそこしかできないギャグでしょ?」
「だからって」
「うふふふふ…」
「園田さん?大丈夫?」
「は、はい…皆さん、面白いですね…ふふふふふ」
「ツボに入っちゃった?」
「高野さん!!…お・し・ず・か・に!」
再び看護師がドアを開けて、病室を覗き込む。
先程より、一段、表情が厳しくなっていた。
「すみませ~ん…」
病室の5人は囁くように、謝罪した。
それがまた可笑しくて、今度は全員が、声を圧し殺して、クスクスと笑った。
海未はこの空間に、少し『居心地の良さ』のようなものを感じ始めていた。
それはμ'sとして活動していた頃の、騒がしくもキラキラした時間に、一瞬戻ったような気がしたからだ。
今ではかなり落ち着いてしまったが、当時の凛やにこ、真姫は毎日のようにからかい、からかわれ、賑やかに1日を過ごしていた。
今、目の前で繰り広げられたのは、まさにそんな光景。
…第一線で活躍されてらっしゃるだけのことはありますね…
…私たちとはパワーが違います…
海未とつばさは同い年、めぐみとはるかはひとつ下のハズなのだが、すっかり隠居した老人が如く、心の中で呟いた。
シルフィードの3人となんとなく打ち解けた海未は、高野を交えてしばし雑談をして時間を過ごす。
どれくらい経っただろうか…
「そうだ!このあと、園田さんも一緒に壮行会に来ません?」
はるかは脈絡もなく、突如、そんなことを言い出した。
「えっ!?」
「あ、それナイスアイデアかも!別に構わないですよね?」
めぐみがつばさに伺いを立てると
「もちろん!」
と、二つ返事でOKを出した。
「ですが、ご迷惑では…」
「大丈夫ですよ。壮行会…って言っても、そんな大袈裟な話じゃなくて、3人で食事するだけですし…」
「場所は抑えてあるけど、別に料理とかは頼んでないので、今からでも全然問題ないですよ!」
「しかし…」
「遠慮はいらないわ。何か特別な用があるなら別だけど…」
「いえ、そういうわけでは…」
「実は、A-RISEも呼んでるんで…」
と言い掛けて、はるかは慌てて自分の口を、手で塞いだ。
しかし、時すでに遅し。
「えっ!?」
驚いたのは海未だけでなく、つばさもだった。
めぐみは少し呆れた顔で、はるかを見ている。
「はるか、そんな話聴いてないんだけど…」
「内緒の話だったんですけど…言っちゃった…」
「A-RISEが来るんですか?」
海未が訊く。
「誘ってはいるんですけど、来られるかどうかは…。収録が押さなければ、間に合うんじゃないかな?」
「そうですか…」
「…というのとで…つばささんは、聴かなかったことにしておいてください。それでA-RISEが来たら『え~、知らなかった!ありがとう』みたいな『てい』で」
「いやいや、それは無理があるって。私はさくらじゃないから、そんなお芝居はできないわよ」
「うう…」
「A-RISEですか…会えるのであれば、会ってみたいですね…」
「そうですよね!?」
はるかは、自分の失言に喰い付いてきた海未に『意を得たり!』と笑みをこぼす。
「はい…」
「…じゃあ、OKということで。まだまだ話し足りないから、続きはまたあとにしましょう!」
「本当によろしいのでしょうか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、ご一緒させて頂きます」
「…というわけで、そろそろ行くね…」
つばさが高野に声を掛ける。
「えっ?あ、あぁ…ご自由に」
と返答したものの、彼の表情は寂しそうだ。
「すみません、高野さん。お見舞いにきたハズだったのですが…」
「構わない、構わない。滅多にない機会なんだろうから、楽しんできてね」
「はい。あ、あの…ご迷惑でなければ、明日もお伺いさせて頂きます」
「迷惑ではないけど、無理はしなくていいよ。自分の生活を優先して」
「はい」
「じゃあ、行きましょうか!!」
はるかはツアーガイドのように『エアー』で旗を掲げると、お大事にと言い残し、病室を出ていった。
めぐみが…つばさが…そして最後に海未があとに続く。
海未は室内を振り返ると、深々とお辞儀をして、静かにドアを閉めた。
…うむ…
…祭りのあとの静けさとは、まさにこのことだな…
…夢のような時間が終わってしまった…
…身動きの取れないオレが、4人の美女に悪戯される…という展開を期待したんだが…
…世の中そんなに甘くないな…
高野は誰もいなくなった病室の中、ひとりベッドの上で、自分のバカさ加減に呆れ返ったのだった…。
~つづく~