【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~   作:スターダイヤモンド

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長い夜

 

 

 

 

 

穂乃果たちとの電話を終えると、海未は父を見た。

 

「高野さんは…サッカーのオリンピック代表選手でした…」

 

彼は黙って頷く。

 

父はそばで電話の内容を聴いていた為、海未が何を言わんとしているか、すぐに悟ったようだ。

 

「 私は…私は…」

 

『ことの大きさ』を知らされた海未は、身体に震えを感じた。

 

歯が噛み合わず、言葉が続かない。

 

それを見た父は娘を抱き締めると、静かに言った。

 

「海未…。今回の事は、非常に不幸なことだし、残念に思う。しかし、彼が逃げずに海未を助けたことは『彼の意思』で行ったこと。それを知っているのは海未だけだ。先程、向こうのお母様が言っておられたが、彼は人として立派なことをした…。であるなら、私たちは、その勇気を讃えようではないか」

 

「勇気を讃える…」

 

「それができるのは、当事者である海未だけだ。場合によっては『的外れな批判』が出てくるかも知れない。…だが海未に非はない。そんなことになれば、私が海未を全力で守る」

 

「お父様…」

 

「だから海未は毅然としていなさい。そうでなければ、彼が海未を助けた意味がなくなる」

 

 

 

「…」

 

 

 

海未はしばらく言葉を発しなかったが、やがて意を決する。

 

自分の両頬を、二度三度と掌で叩き、喝を入れた。

 

 

 

「わかりました。これも何かの運命なのですね。…であるならば、甘んじて受け入れましょう。園田 海未、逃げも隠れもしません!立ち向かいますよ!」

 

 

 

海未の力強い宣言に、父は娘の頭をポンポンと軽く叩いた。

 

 

 

 

 

院内に入りICUの前に戻ると、高野の両親と医師が話をしていた。

 

さすがに、そこへ入っていくのは気が引け、海未は少し距離をおいて、その様子を見守る。

 

 

 

少しすると、医師がその場を離れていった。

 

海未はそれを見て、両親の元へと歩み寄る。

 

「あ、園田さん…」

 

「先生はなんと…」

 

「今日、明日がヤマであろう…と」

 

「そうですか…」

 

「すみません。今度は私たちが、少し席を外させて頂きます。下(1階)に…息子の職場の関係者がいらしてるものですから、ご挨拶に…」

 

「あ、はい…」

 

「では、失礼…」

 

「あ、あの…」

 

「はい?」

 

「息子さんは…オリンピック代表選手の…高野 梨里さん…だったのですね…。私…さっきまで、そのことを知りませんで…本当にこのような大事な時期に…」

 

「園田さん…事故に巻き込まれたのが、たまたま息子であっただけで、それ以上でも、それ以下でもありません。大丈夫です。息子は必ず戻ってきますよ。私は彼を信じてますから」

 

「…はい、そうですね…」

 

「では、一旦失礼します…」

 

高野の両親は一礼すると、階下へと降りていく。

 

 

 

このあと2人はロビー(待合室)にて、医師と共に『関係者』や『つばさたち』と面会し、現状についての説明を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明ける。

 

今年はカラ梅雨らしく、雨が降らない。

 

日の出と同時に、ジリジリと照りつけるような朝陽が、窓から射し込んだ。

 

明るくなるにつれ、ICUの前にいる4人…海未と父、高野の両親の顔がハッキリとわかるようになった。

 

お互い、一睡もしておらず、さすがに憔悴している感じは否めない。

 

 

 

高野の母が気を利かせて、飲み物を買ってきた。

 

「…どうぞ、お構いなく…」

手を左右に振り、断る海未。

 

 

 

高野の母は、眩しそうに目を細め

「今日も暑くなりそうね」

と海未に声を掛ける。

 

「はい。ここのところ、降っておりませんね」

 

「はぁ…これでまた、お野菜が高くなるわ…」

 

「えっ?」

 

「あ、ごめんなさい。家計を預かる主婦としては、こんな時でも、そんなことを気にするものなのよ」

 

高野の母はフフフと笑う。

 

 

 

それが本当のことなのか…それとも気を紛らわす為に、敢えてそんなことを考えているのか…

 

海未には計りかねたが、何となく後者であるような気がした。

 

 

 

それでも、窓辺から射し込む朝陽と共に、彼女の穏やかな語り口調が、海未の心を明るくする。

 

「大雨は困りますが、それでも梅雨は梅雨らしくあってほしいものです」

 

海未は思わず、そんな言葉を漏らした。

 

 

 

「そうね…どんなものでも、適度な潤いが必要だもの。…特にあなたなんか、まだお若いんだから…睡眠不足と水分不足はお肌の敵でしょ」

 

「…はぁ…それはそうですけど…」

 

「だから…はい!」

彼女は再び、海未にペットボトルのお茶を手渡した。

 

「えっ?」

 

「乾いちゃダメなのよ。身体も、心も。それに、脱水症状なんかになったら大変でしょ?私たちが具合悪くなっても、仕方ないんだから。摂るものは摂らないと…でしょ?」

 

「…一本取られました…では、ありがたく頂戴致します」

 

海未は両手でそれを受けとると、キャップを空け、喉を潤した。

 

 

 

…乾いちゃダメ…ですか…

 

…まるで『愛してるばんざ~い』の歌詞ですね…

 

 

 

海未は『数少ない自分が作詞した曲でない』歌詞の一部を思い浮かべた。

 

 

 

…それにしても、高野さんのお母様はお強いですね…

 

…この状況下で、なんて余裕なのでしょう…

 

…私も見習いたいものです…

 

 

 

笑みこそなかったが、男は男で、思うところがあるのだろう…横を見ると、海未の父も高野の父と、なにやら小声で話していた。

 

 

 

時刻が6時を迎える頃には、院内が『わさわさ』としてきた。

 

海未のいるフロアは静かだが、上下階は朝食の支度やら、朝の巡回の準備やらの音が感じられ、1日の始まりの忙(せわ)しなさが伝ってくる。

 

 

 

ICUには…夜中から、もう何度めになろうか…医師が様子を見に訪れた。

 

「今のところ、変化なしです…」

 

それだけを告げると「では、また、あとで」とその場を去っていった。

 

続いて、看護師が高野の両親と二言三言、話しをする。

 

その輪が解けると、両親は海未の元へとやって来た。

 

 

 

「園田さん、私は一旦、家に戻ります。『着の身着のまま』出てきたもので、色々、やらなきゃならないことがありまして…。園田さんも状況は同じかと思いますので、そろそろ…」

と高野の父。

 

海未は父の顔をチラリと見たあと

「私はまだ…」

と、居残ることを意思表示する。

 

「ありがとう。でも、もう十分よ…。さっきも言ったけど、私たちまで具合が悪くなったら大変ですもの。自分の身体を大事になさって」

 

高野の母が海未を諭す。

 

 

 

海未の父は、そっと彼女の肩に手を置いた。

 

 

 

…これ以上、海未がいても、逆に2人には精神的な負担になる…

 

 

 

この辺が限界だろう…海未の父も、そう判断した。

 

 

 

「長い時間、本当にありがとうございました。意識が回復しましたら、必ずご連絡しますので」

 

「それと、あなたがずっといてくれたことも、ちゃんと息子に伝えますから」

 

「…はい、かしこまりました…。では、申し訳ございませんが…」

 

「いえいえ…お気を付けて」

 

「はい。失礼致します」

 

 

 

高野の両親は、海未の連絡先を訊くと、最後に一言付け加えた。

 

 

 

「正面玄関にはマスコミが詰めかけてます。息子のせいで変な『とばっちり』をくらうといけません。裏にタクシーを呼んで、そちらから帰るとよいでしょう」

 

 

 

穂乃果とことりが病院に来る…と言っていたので、海未は断りの連絡を入れたあと、後ろ髪を引かれる思いで、父と共に、手配したタクシーに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

海未の元に、吉報が届いたのは、それから2日後のことだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 


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