【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「よく来たね」
永井のオフィスを訪れた綾乃は、その本人によって出迎えられた。
受付を抜け、エレベータに乗り、彼らが仕事をするフロアにたどり着くと、応接室に通された。
お世辞にも綺麗とも広いとも言えない。
「ここは業者との打合せスペースみたいなもんだからね」
永井はトレーにコーヒーを乗せると、自ら運んできて
「経費節減!今時の編集長はお茶出しもやるんだよ」
そう言って笑った。
ほどなくして、綾乃の母…久美子も合流。
オフィスの近くで早目のランチをしたあと、3人は…とある芸能事務所へと向かった。
「ご無沙汰してます」
年配の女性…社長の『原』に、まず頭を下げたのは久美子だった。
「まさか、あなたの娘さんを連れてくるとはね…」
女社長は苦笑いをして、3人を応接室に通した。
永井のオフィスのそれとは違い、清潔感溢れる部屋だった。
原の事務所…『飛鳥プロ』…は業界でも老舗として知られている。
所属タレントは決して多いとは言えない。
しかし俳優から、歌手、芸人まで、いわゆる大御所と呼ばれるクラスが揃っていて、それぞれが司会、ボケ、ツッコミなどが出来ることから『キャスティングに困ったら、まず飛鳥プロ』と言われている。
久美子はモデル時代、この飛鳥プロに所属していた。
「それがねぇ…突然『結婚します!』って、辞めちゃうんだもの…」
「その節は色々とご面倒をお掛けしました…」
「まだ『順番を守った』からマシだけれど」
「はい、すみません…」
久美子は平身低頭だ。
「順番?」
綾乃が不用意に呟く。
「わかるだろ?いわゆる『デキ婚ではなかった』…ということだ」
「あっ…」
永井の説明に綾乃が頷いた。
「私は古い人間でね…『時代が変わった』…と言われればそれまでかも知れないけど、どうしても『節操がない』って思っちゃうのよ…あっ!初対面なのにこんな話しちゃって」
「いえ…原社長、そこなんですよ!」
と永井。
「先にお伝えしました通り、彼女に関しては、業界のあちこちから問い合わせがありました。その中で敢えてこちらを選んだのは…ここがどこよりも礼節…礼儀作法を重んじる事務所だからです」
「ふふふ…永井くん、つまりそれは単に古臭いってことでしょ?」
「まぁ、そうですかねぇ。でも私も藤さんも、この一択しかなかった」
「はい。単に私の古巣だから…ではなく、それが娘にとって必要だと思ったからです。私も…今は、曲がりなりにもファッション誌の編集長をしてますから、わかるんです…今の娘たちが、いかに、だらしないか…ってことが」
久美子は眉間にシワを寄せた。
「そうねぇ…だから、うちの事務所は若い子がいないのよ…。みんな逃げていっちゃうの…」
「いるじゃないですか!…『浅倉さくら』が…」
永井の声が一段、大きくなった。
「えぇ、彼女だけね…」
「そこに、この藤綾乃が加わる…。社長にとっても、悪い話ではないと思いますよ。…語弊があるかも知れませんが、飛鳥プロのタレントさんは、平均年齢が高い。ある程度若い世代を入れて新陳代謝を図らないと、この先、厳しいんじゃないかと…」
「あら、なかなか商売上手じゃない…」
「偶然にも、彼女とさくらは同い年ですし…良きライバル、良き仲間になるかと…」
「…さくらにもヒアリングしたんでしょ?…」
「…ははは、さすがお見通しで…。もし、そうなれば『歓迎します』と…」
「でしょうね…」
どうやら永井は、綾乃が『良い返事をすることを前提に』水面下で色々と動いていたようだ。
「まぁ…これだけの逸材をよそに持っていかれるのは、癪だし…ありがたく、このお話をいただくわ」
「ありがとうございます」
「ただし!まだ、本人の意思確認が終わってないわ…あなたはどうなの、綾乃さん?恐らくあなたが思っているほど、楽な世界ではないわよ。…この世界で、この事務所でやっていく覚悟はある?」
「は、はい!!私、幼い頃からやってきたバレーボールを捨ててきました!」
綾乃はやおら立ち上がると、直立不動で話し始めた。
「私は母が現役だった頃は、もちろんリアルタイムでは知りません。ですが、その頃の写真とか見たことがあります。自分の母親ながら、すごく綺麗で…ずっと憧れてました…」
「初めて聴いたわ…」
母の久美子が、横で赤面する。
「今回、このお話をいただいて…迷いに迷いましたが…最後は母のようになりたい!って強く思いました!」
「綾ちゃん…」
「ですから、もし雇っていただけるなら、どんな苦労も耐えてみせますので、どうぞ、よろしくお願いします!」
「蛙の子は蛙ね…」
「?」
「あなたのお母さんもそうだった。初めてここに来た時も、結婚するって言った時も、まっすぐで力強くて…今、その時のことを思い出したわ」
「社長…イヤだ、恥ずかしい…」
「わかりました!綾乃さんは、うちで預かりましょう!」
「あ、ありがとうござます!」
綾乃と久美子…そして永井は、揃って頭を下げた。
「あ、そういえば…さくら、今、事務所にいるんじゃないかしら?」
「はい。実はその時間を狙って、ここにお伺いしました。このあと、うちのスタジオで撮影があるので…」
「うふふ…抜け目ないわね…そうね、ちょっと待っててちょうだい」
社長の原は、内線を使ってさくらを呼び出す。
ドアがノックされると、社長が返事をした。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは、紛れもなく浅倉さくら本人だった。
学校から来たのだろうか、制服を身に着けていた。
…この人が、小中学生の憧れの的!…
…『J-BEAT』のエース!…
…やっぱり可愛い!…
背の高さは山下弘美と同じくらい。
童顔であるため、制服を着ていなければ、小学生と見間違うかも知れない。
「さくら…話は聴いていると思うけど…」
「藤綾乃です!よろしくお願いします!」
「浅倉さくらです。こちらこそ、よろしくね」
「はい!」
「…同い年とは言え、この娘は素人だ。悪いが色々、面倒見てやってくれ」
「はい!…えっと、永井さん…藤さんの学校は?」
「これから転入手続きをする…。ゲー校だ」
「なら、クラスメイトにもなるんですね…。藤さん、最初は色々大変だけど負けないでね!」
「はい!ありがとうございます!」
こうして綾乃の『モデルへの道』がスタートしたのだった。
~つづく~