【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
綾乃は二週間ぶりに、登校した。
いや、今は放課後だから『訪問した』が正しい。
教室と部室に残した『所持品』を引き上げる為にやってきた。
短い間であったが、それなりに想い出はある。
人前で泣かないと誓っている綾乃でも、少し感傷的になった。
…もう、ここに来ることはないんだね…
ひとしきり、教室の入り口に立ち止まり、中を見回した。
新しいクラスメイトとは半分近く、話しもしないで、ここを去る…。
「藤!?」
不意に誰かに呼ばれた。
「あっ…『スミレ』『智子』『菜月』…」
振り向いた先にいたのは、バレーボール部のチームメイトだった。
「辞めちゃうんだって?…学校…」
「…うん…」
「次のとこでも続けるんでしょ?」
「えっ?…あ…うん…まぁ…」
「じゃあ、今度は敵として対戦するかも…だね…」
「…そうだね…」
…嘘つき…
…もうバレーボールは…
「あ、あのさ…それより、心配かけちゃってゴメン…電話とかメールもらったのに、返信もしなくて…」
「いいよ、いいよ…仕方ないよ」
「それは誰だってそうなるよ」
「私は別にいいと思うんだけどな…雑誌に載るくらい」
「うん、ありがとう」
「あれ…『ヒロリ』が『密告(チク)った』って、噂だけど…」
「智子!」
…ヒロリ?…弘美が?…
「だってスミレ…綾乃がいなくなれば、ヒロリはレギュラー安泰じゃない。誰が得するっていえば…彼女しかいないでしょ」
「あ、藤、それはあくまでも噂だから…」
「私じゃないわよ!」
「ヒロリ!!」
「聴くつもりはなかったんだけど…通りかかったら、たまたま、あなたたちが喋ってて…。でも、これだけは言っておくわ。綾乃が抜けたら、チーム力がダウンするのは誰が見ても明らかじゃない。私は…綾乃にレギュラーを奪われる気なんてことは、さらさら思ってないけど…チームとして考えれば、誰かひとりだって欠けるのは痛いのよ」
「…」
「練習相手だって、いなくなる。マイナスしかないわ。ライバルがいなくなって喜ぶ…なんて浅はかな考え、少なくとも私は持ってないわよ」
…彼女はいつだって、正々堂々だった…
…疑う余地もない…
「うん、わかってる…ヒロリじゃないよ…。それに、私は別に『誰が言った』とか『言わない』とか…そんなこと考えたことないし…誰だかがわかったところで責めるつもりもないから」
「…」
「そんなこと言い始めたら、無理矢理、あの日、私を連れ出した親がイケない!…ってことになっちゃうし…そうするとそのキッカケを作った自分が悪い…ってことになるし…」
…どれもこれも、どこかで何かがズレていれば、こうはならなかった…
…これが運命なのだろう…
「そう、ならいいわ…。変な疑いを掛けられたまま、一生恨まれるなんて、気分悪いからね。…じゃあ、練習があるから」
弘美はそういうと、スタスタと歩いてこの場を去っていった。
「あ、じゃあ、みんなも練習、遅れるといけないし…」
「あ、うん…」
「じゃあ、また…」
「落ち着いたら、連絡ちょうだいね…」
「…みんな、頑張ってね!影ながら応援するから…」
そうして綾乃は、教室と部室の荷物を引き揚げると、一年間通った学舎(まなびや)をあとにした。
悩みに悩み、迷いに迷い…綾乃は結局、永井の提案を受け入れた。
バレーボールから逃げた…。
逃げてしまった。
それは悔いが残るかもしれない。
例え結果が出なくても、最後までやり抜くこと。
それが大事なことは充分わかっている。
一方で、新たなことに挑戦する…というのも、別に悪いことではない。
ひとつの選択肢だと思う。
何かの具合で、神は右に進めと命じた。
ならば、今はその流れに逆らわない方がいい。
…自分を納得させる精一杯の言い訳…
右か左か…それが正しいかどうかなんて、誰にもわからない。
でも、先がわかる人生なんて面白くない。
だとしたら…
行ってみたい!
新しい世界へ!
「そうか…受けてくれるのか…」
綾乃が返事をしたのは、永井と面会した二日後だった。
「ありがとう!それならば、これからキミを全力でバックアップする!」
「…はい、お願いします…」
「明日にも転入手続きをしたいところだが…『ゲー校の芸能科』に入るには、ひとつだけ『条件・資格』が必要だ」
「条件ですか…」
「それを得るために、明日、うちのオフィスに来てほしい。フロアは違うが、キミのお母さんと同じ会社だから、場所はわかるね?」
「はぁ…」
「じゃあ、明日11時に来てくれるかな?ランチをしながら、打合せをしよう…」
ゲー校。
一般的なそう呼ばれているが、正式には『東京芸術文化振興学校』という。
当初は日本の古典芸能…落語や歌舞伎、能や浄瑠璃、あるいは日舞や茶華道に至るまで…を保護、維持していくことを目的として、戦後まもなく設立された。
生徒は一般教養はもちろんのこと、プラスαとして、古典芸能の知識や専門技術を学び、それぞれの道へと旅立っていった。
どちらかというと職業訓練校に近いイメージかも知れない。
そして、この学校の一番の大きな特徴は、学費を生徒側で払うのではなく、国が全額負担していたこと。
にも関わらず、生徒は年々減少し、一度は閉校してしまう。
この時期、若者の目はアメリカ文化に向けられており、古典芸能などと言うものは、軽んじられていたのだった。
そうした流れのなかで、装いも新たに、十数年後、再出発する。
以前との大きな違いは『芸能事務所、またはそれに準ずるものに所属していることが、ここで学ぶ条件』となったことである。
学費は全額、事務所負担。
俗な言い方をすれば『芸能人でなければ通えない』のである。
ただし、芸能人であっても事務所が、学校に通わせるほどの価値がない…と判断すれば、学費の負担はしてくれない。
故に、途中で事務所と契約を打ち切られた者などは、強制的に退学となる。
この状態を『咄家』と呼ぶ。
ドロップアウト → 落後者 → 落後家 → 咄家となったと言われている。
自ら芸能界から身を引く場合は別として、咄家になってしまうというのは、本人にとって屈辱以外の何者でもない。
つまり、この学校に通っているということは『売れている売れていないに関わらず』、事務所にとって『商品価値がある』ことを示しており、生徒にとっては、それがステータスでもあるのだ
蛇足ではあるが、現在は中等部と高等部があり、それぞれ『芸能科』『普通科』の2コースに別れている。
一説によると『咄家の受け皿』として普通科は設けられた…とも言われているが、今は学費を自己負担すれば、一般人も入学出来る。
芸能科のカリキュラムは、専門的な技術の取得…という部分が、発声や演技、ダンスや音楽へと変化している。
そして普通科においても、希望すれば、作詞や作曲、脚本や照明、音響などのイロハを学ぶことができる。
この辺りは、普通科と言いながら、他校と差別化が図られている。
兎にも角にも、綾乃がこの学校の芸能科に通う為には、その『条件(資格)』が必要なのだった。
~つづく~