【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
当日の19時。
海未は東京駅の八重洲口…待ち合わせのメッカ『銀の鈴』前…にやってきた。
指示された時間よりは30分も早い。
早め早めに行動するのは彼女の性分なのだが…それとは別に…なんとなく、いても立ってもいられず自宅を出た…という感じだった。
果たして…どこから、誰が来るのか…忙(せわ)しなく、周りを見る。
そして何度も時計に目をやる。
その様子は傍から見ると『約束の時間になっても現れない彼氏を待っている』ようだった。
これが…東京駅…でなく、渋谷や原宿、六本木あたりであれば、確実にナンパされているところだろう。
…時間です…
海未がそれを確認するのと同時に、高野からLINEのメッセージが入った。
向こうの時間なら、お昼前である。
〉着いた?
〉はい、着きました
〉そのまま、1Fに上がって
〉上がりました
〉そうしたら、東京駅日本橋口に向かって
…日本橋口…
…こっちですね…
〉着きました
〉目の前に広場がある?
〉はい
〉それに向かって、右向け、右!
〉しました
〉そうしたらトラストタワーまで歩いて
…一体、梨里さんはどこに連れていくつもりなのでしょう…
…なんだか、誘拐犯に指示されて身代金を運んでいるみたいです…
〉はい、着きました
〉その隣にホテルがあるでしょ?そこの前まで行って
…ホテル…
…右側ですね…
〉進みました
〉OK!そうしたら、大丸方面を向いて待ってて
…このまま前方ですね…
〉はい、かしこまりました
そして待つこと約3分。
海未は、前から歩いてくる女性がそうなのかな?と幾人もの顔を眺めていたが、誰もが自分を通り過ぎていった。
…どなたが現れるのでしょうか…
本当に来るのか…と、少しずつ不安が募る。
その時だった。
高野から新たなメッセージが届いた。
〉訊くの忘れてた。海未ちゃん、今日のパンツの色は?
〉はい?何を考えてるんです!!貴方は変態ですか!!
〉間違った。今日の服装はどんな格好?特徴教えて
〉服装ですか…緑のベレー帽に、白のニットセーター、緑のジャンパースカート…それに白いロングコートを着てます。あと赤いマフラーをしてます。
〉めっちゃ、クリスマスカラーじゃん(笑)了解!伝えておくよ
…それは多少意識はしましたが…
その直後
「園田海未さん…ですね?」
と後方から声が聴こえた。
ビクッ!
完全に予想外の展開。
突然の呼び掛けに、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
待ち人は前から来るものだと思っていたので、背後はまったくケアしていなかったのだ。
そして、その声の主が女性ではなかったことに、もっと驚いた。
「は、はい…」
慌てて振り向く海未。
その人物の顔を見て、さらに驚いた。
「な…なぜ…ここに…」
「メリークリスマス!」
「…」
海未は状況が飲み込めず、ただ呆然と彼の顔を見た。
「お待たせ!海未ちゃんの『知人』の登場~…なんてね…」
「…」
「あれ?お呼びでない…って感じ?」
「い、いえ…その…あまりに唐突なことなので…どう言葉に表してよいのか…」
「そっか…うん…じゃあ、改めて…『高野梨里』たった今、イングランドから帰国しました!」
「は、はい!!お帰りなさいませ!!」
海未は顔をくしゃくしゃにしながら、高野に飛び付いた。
「おぉ!1年ぶりに嗅ぐ、海未ちゃんの匂い」
「はっ!や、やめてください!そういうことはあとにしてください」
「抱きついてきたのは、海未ちゃんなんだけど?」
「そ、そうでした」
と言って彼女は慌てて身体を引き離した。
それを見て笑う高野。
「うぅ…こんなサプライズ…卑怯です…」
海未は恥じらいの顔から一転、半泣きになった。
「お腹空いてない?」
「い、いえ…それほどでも…」
「…って言うと思った。じゃあ、言い方を変える。オレ、腹減った。食事に付き合ってくれ」
「は、はい…そうですね。すみません、私の気が回りませんでした」
と海未は2度、3度と頭を下げた。
「まぁまぁ、いいからいいから…ということで、この中へ」
「この中?…ここのホテルですか?」
「ディナーの予約を入れてあるんで」
「…」
「どうかした?」
「用意周到…と申しますか…一体、いつからこのような準備を…と思いまして…」
「その辺の話は…それより早く中に入ろう。海未ちゃんが抱きしめててくれないから、寒いんだよねぇ」
「一言多いのは気になりますが、仰る通りです。私も身体が冷えてきました…」
こうして2人はホテルの中へと入っていった。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「やっぱり、日本の食事は格別だぁ!最高に美味いよね」
「はぁ…ですが、本当によろしかったのでしょうか。このようなところでディナーなど」
「まぁ、今日はクリスマスだから特別ってことで。…今のオレだと、毎日毎日とはいかないけどさ」
「そういうつもりでは…」
「ところで、このあとの予定は?」
「特にありませんが…」
「μ'sのメンバーとパーティーとか?」
「い、いえ…大丈夫です」
「なるほど。実は…オレ、今日、このあと、ここに泊まるんだ」
「そうなのですか!?」
「今から、家に帰るのも面倒だし。っていうか、もうチェックイン済みなんだけどさ」
「手荷物がなかったので、不思議に思っていましたが…」
「…で、部屋は一応、スイートで取ってる」
「えっ?」
「2名で1泊」
「あっ…」
彼女はその意味を悟ったようだ。
「で、ですが…そういう準備はしてきてないので…」
「別にいいじゃん」
「そういうわけには…」
「…だよね…」
「あ、いえ…その…嫌だという意味では…。一旦、出直してくるというはいかがでしょうか?」
「全然OK!まぁ、そんなこともあろうかと、ここを押えたんだけどね」
「どういうことでしょうか?」
「だって、ここなら、すぐに戻れるでしょ?」
「えぇ…確かに…」
海未が住む『神田・御茶ノ水・秋葉原のデルタゾーン』と、今いるホテルは目と鼻の先である。
タクシーに乗り、30分もあれば、行って帰ってこれる。
「わかりました。そうさせていただきます」
「うん、待ってるよ」
「なんだか今日は驚くことばかりです」
「まだ、まだ。これで終わじゃないから」
「…それは…いやらしいことですか?」
「それを期待してる?」
「してません!!」
「それはそれで…なんだけど…もっと違うこと」
「はぁ…」
「それは、また、あとで」
「はい…。では、一旦戻って準備してまいります」
「うん、わかった。じゃあ、またあとで」
「はい」
海未はホテルの前でタクシーを拾うと、自宅へと戻っていった。
「本当にこのようなところに泊まるのですか?」
約1時間後、海未はホテルの38階にいた。
眼下にはオレンジ色にライトアップされた東京駅が小さく見える。
「何度も言うけど、今日は特別だって」
「ですが…」
「その替わり、年末年始はおとなしく過ごすよ…」
「それは構わないのですが…」
「それより知ってる?ここのホテルの名前」
「『SHANGRI-LA HOTEL TOKYO』と書いてありました…」
「μ'sにもあったよね、そんな曲?海未ちゃんからもらったCDに入ってた」
「はい…『Shagli-la Shower』ですね…。非公開ですが」
「オレ、あの歌の『♪確かめる光のshower』…のあとの…『wow-wo!』の部分が好きなんだよね」
「そこですか!?」
と海未は苦笑した。
「ここね、チェックアウトは12時までなんだって」
「随分と遅いのですね」
「だから、折角だし、明日の昼までゆっくり満喫しよう」
「は、はぁ…」
「あとで館内を散策してみよう。アメニティも充実してるみたいだし」
「はい、わかりました」
「…と…その前に…まずは…はい、これ。お土産…」
「あ、ありがとうございます」
「ごめんね、クリスマスプレゼントも兼ねて…なんだけど」
「い、いえ…そんな…あっ…ネックレス…」
「指輪…とも思ったんだけど、まだ早いかな…って」
「すみません、ありがとうございます」
「安物だけど」
高野はそう言ったが、海未は一目見てそれがそうではないことを認識した。
一流ブランドのものだった。
「このようなものは頂けませ…」
「まぁまぁ…」
「ですが!」
「大丈夫だって!心配しなくていいから。ここまでオレを支えてくれたことへの、お礼」
「本当によろしいのでしょうか…」
「いらないなら、絵里さんにあげちゃうよ!」
「なぜですか!」
「決まってるじゃん、タイプだもん」
「そういうことでしたら、ありがたく頂戴いたします」
高野はプッと吹いた。
ムッとする海未。
「そうしたら、次は私の番です!!」
と少し強めの口調で彼女が言った。
「いいよ。海未ちゃんの身体さえあれば…」
「破廉恥です!すぐにそういうことを言うのですから!」
「おっと!それはそうでしょ。1年間、我慢したんだよ」
「そ、それは私だって同じです!!」
「でしょ?だから、あとでいっぱいしようね!」
「はい!もちろんで…あっ…い、いえ…そういうことではなくて…と、とにかく私からもプレゼントがあるので、受取ってください!」
「くっくっくっ…わかったよ…まったく変わってないねぇ…海未ちゃんは」
「か、からかわないでください!」
「…これは…万年筆?」
「はい。いつ戻ってこられるのか、わからなったものですから…お渡しする準備だけはしておりまして」
「あれ?ひょっとして…さっき、これの為だけに戻った?」
「それだけではありませんが…まさか今日会えるとは思ってなかったので…」
「サンキュー!ありがたく使わせてもらうよ」
「すみません、つまらないもので…」
「いやいや、海未ちゃんらしいよ。…あ、そうだ!じゃあ、さっそく契約書はこれでサインしよう」
「契約書…ですか?」
「実は今日、もうひとつプレゼントがあるんだ」
「もうひとつ?」
「プレゼントって言うと、語弊があるけどさ…まぁ、報告に近い…かな」
「なんでしょう?」
「オレ、Jリーグに復帰することになったよ」
「!!」
「湘南ベルマーレからオファーがあってね」
「あっ…」
「正式契約は年明けなんだけど」
「お、おめでとうございます!!」
「あぁ…ありがとう。まぁ、ようやく、ここまできたって感じかな」
「でも、よかったです」
「そうは言っても、契約金1千万、年俸460万…プラス出来高払い…一番下からのスタートだから…まだ今は海未ちゃんを贅沢させてあげられない」
「私の贅沢などはどうでも良いのですが、梨里さんの夢のために頑張ってください」
「了解!」
「あぁ…本当に良かったです…」
海未の瞳から自然に涙がこぼれた。
「泣かないの!」
「…す、すみません…」
「まずはここまで、ありがとう。海未ちゃんなりにプレッシャーがあったよね?」
「い、いえ…梨里さんの苦労や努力に較べれば…」
「確かに。あんじゅさん、ことりちゃん、希さんの『おっぱいの誘惑』にも耐えて頑張ってきたんだからね」
「そうですね」
と、一旦は頷いた海未。
しかし
「…って、どうしてまたそうなるんですか!!」
と高野を睨んだ。
「あははは…」
「もう、知りません!!」
海未はプイと横を向いた。
「あ、ねぇ…海未ちゃん、ひとつお願いしていい?」
「なんでしょう?」
「1時間だけ、寝かせて」
「えっ?」
「時差ぼけ」
「あっ!」
「知ってると思うけど、オレ、ショートスリーパーだからさ。ちょっとだけ休ませてもらえれば、すぐ復活するから」
「は、はい…そうですね。さすがにお疲れですよね」
「疲れてはいないけど…眠い」
「はい。わかりました」
「じゃあ、おやすみ。ちゃんと起こしてね!」
「はい」
「起きたら…いっぱい…」
「わ、わかりましたから!」
「本当に?」
「約束しますから、安心して寝てください」
「海未ちゃん…」
「はい?」
「好きだよ」
「私もで…って…な、なんですか!いきなり!」
「はははは…じゃあ、また、あとで…」
言うが早いか、高野はスーッと眠りに入っていった。
…梨里さん…
…ディナーよりも…ネックレスよりも…
…貴方がこうして戻ってきてくれたことが、私には何よりのプレゼントでしたよ…
…そして、サッカー選手として復帰できるということも…
…お返しに、今夜はいっぱいいっぱい愛します…
…ですから、私のことも…
…いっぱいいっぱい愛してくださいね!…
「お母さん?」
「は、はい!」
「話してくれるの待ってるんだけど」
「そ、そうでした!ちょっと当時のことを思い出していたもので…」
「すごいニヤけてたけど…」
「そ、そんなことありませんよ!」
「いいよ、隠さなくても。その顔を見て、お父さんとの仲が超ラブラブだったんだな…ってことは、想像できたから」
「別に、そういうことでは…」
「はい、はい、ご馳走さまでした!詳しくは陽菜のお母さんに訊いてみよう…っと」
そう言うと娘は、ケラケラと笑いながら部屋を出ていった…。
想い出①クリスマス(後編)
~おわり~