【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
森○学園の寄付を巡る問題を見て、思い付いたわけじゃありません。
「手元の資料によりますと…藤綾乃さんには、お父様はいらっしゃらないことになっている…かと存じますが…」
担任の一言に、綾乃に同席した口髭を蓄えたスーツ姿の男が
「失礼致します。私はこういうものです」
と、名刺を手渡した。
綾乃が校長室で『一日自宅謹慎』を告げられた翌日…の放課後。
呼ばれたのは理事長室だった。
母の久美子と『助っ人』とともに、3人で出向く。
その助っ人が…この口髭の男だ。
室内には、綾乃の担任と校長…そして理事長がいた。
「『J-BEAT』の編集長?」
担任から名刺を手渡された理事長が、口髭の男に問う。
「はい『永井』と申します。綾乃さんの肉親ではございませんが、今回の件につきましては、当方の不手際が原因でございまして…。誠に勝手ながら同席させていただければと…」
永井は深々と頭を下げた。
「わかりました。いいでしょう。…私は当学園の理事長…『横山』です」
「よろしくお願いします…」
「早速ですが…藤綾乃さんの写真が、この雑誌に掲載されていたことについて、昨日、本人であることが確認されました」
担任はまるで、法廷における検察官かのような口調で、話し始めた。
「本案件は、我が校の『無許可のアルバイト活動の禁止』ならびに『一切の芸能活動の禁止』を示した校則に抵触するものとみなし、その処遇については『無期限の停学』が相応であると結論付けました」
「無期限の停学!?」
突然飛び出した言葉に、綾乃も久美子も…そして永井も、思わず大きな声で訊き返した。
「無期限って、どれくらいの期間のことですか?」
綾乃が訊く。
「期限はありません…。だから無期限なのですが…」
校長が冷たく言い放つ。
「待ってください。それは即ち…『退学』…ということですか?」
「永井さん…言葉に気を付けて頂きたい…。退学ではありません、停学です。ですから学校に籍はありますよ…除籍はしません。ですが…当方の許可なくして、登校することは、許されません…」
校長は表情を変えずに、静かに言い放った。
「なるほど…そういうことですか…」
『退学させた』と『退学した』とでは、受け止め方の印象がまるで違う。
つまりは、極力、自分たちの責任は回避したいのだろう。
「そんな…勝手に…」
「綾!」
綾乃が突っかかりそうなところを、横にいた久美子が制した。
「ただし、一方的に決めてしまうのは、フェアではありません。一応、そちらの言い分も伺いましょう」
「『一応』…ですか…」
永井は一瞬ムッとした表情を見せたものの、すぐに気を取り直して、言葉を続けた。
「先ほども申し上げましたが、今回の件は私どもに落ち度があり、綾乃さんは、なにひとつ、過失はありません。確かに、そこに載っているのは彼女であり、それを撮影したのは私どものクルーです。ただし…話せば長くなりますが…それは掲載を目的に撮影したわけではありません」
「その場には私もいました。私は…彼と同じ職場で…別の雑誌の編集長をしています。娘と一緒に出掛けた先で、たまたま顔見知りのクルーと逢いました。せっかくだから、写真を撮ってもらおう…ただ、それだけの話です。撮影に関してはそれ以上でも、それ以下でもありません。当然、モデル料など発生していません」
「そうなんです!私、載るなんて聴いてませんでした!」
「そう…その撮った写真をスタッフが…彼女に断りもなく…無許可で掲載してしまった。そこに彼女の意思はない。つまり、この責任は編集長である、この私にあります」
永井はそう言うと、再び深々と頭を下げた。
「なるほど…仰ることは、よくわかりました。金銭の授受はなく、また自らの意思で撮影、および掲載を望んだ訳ではないので、アルバイトでも芸能活動でもない…と…こういうことですね?」
校長は至って冷静に、論点を整理した。
「その通りです…」
永井、綾乃、久美子が首を縦に振る。
「では、その証拠を見せて頂けますか?」
「えっ!?」
「金銭の授受はなく、芸能活動の意思もなかったという証明をしてください」
「…痛いところを突いてきますね…『悪魔の証明』…ですか…」
「悪魔の証明?」
永井の言葉に、綾乃が反応した。
「『消極的事実の証明』とも言う。事象でも現象でも『あること』『あったこと』を証明するのは、比較的容易いことなんだ。しかし『無いこと』『無かったこと』を証明するのは、非常に難しい…いや、不可能に近い」
「彼の証言では、ダメなのでしようか?」
と久美子が校長に訊く。
「はい。証拠にはなりません」
「でも、本当にお金ももらってないし、雑誌に載せてほしいとも言ってないし…ないものはないんです!」
綾乃は必死に訴えた。
「そう言われてもねぇ…」
校長は困ったそぶりをする。
しかし、それが本気でないことは、すぐにわかる。
「情状酌量の余地もありませんか?」
永井は…さすがに苛立ち始めていた。
ひとつ咳払いをして、気を鎮める。
「その点については…どうでしょう?」
校長が、理事長に問い掛けた。
「よく聴いていただけますか…」
これまで静かだった理事長が、ゆっくりと話し始める。
「我が校は『品行方正』『文武両道』をモットーに、開校より50年余りが経ちました。そのお陰で、これまで大きな『事件』も『事故』も起こさず、やってくることができました。それは何故か?…端から見れば厳しすぎるかも知れませんが…規律を重んじてきたからです」
「否定はしません」
永井は、ひとつ相槌を打った。
「ひとたび、この規律を破る者あれば、この場から退場いただくというのが、この学校の慣わし…。そうやって秩序を保ってきたのです」
「…」
「今回の事案については…なるほど、同情すべき点は多々あろうかと存じます。しかし、この雑誌に写真が掲載されたという『事実』を覆すだけの、証拠なり、証明なり…というのは、残念ながらありません」
「では、逆にお尋ねしますが…この掲載は…事件や事故に匹敵するようなことなのでしょうか?」
「我が校のモットーは『品行方正』です。永井さん…あなたを目の前にして言うのもどうかと思いますが…この手の類いの雑誌は、無駄に流行を煽り、無駄に金銭を消費させる…その旗降り役だと思うんですよ」
「だいぶ偏見があると思いますが…」
「いえいえ、これでも時代の流れというものは、理解しているつもりですよ。若者文化を否定するつもりはありません。ただ、この校風には合わない…それだけです。事実、この雑誌が販売されてからの一週間は、ちょっと校内が浮わついておりましてね…」
…それはそうだった…
…それは認める…
…けど…
「つまり、そういうことなんです。ご本人に自覚がなかったとしても、雑誌に載っただけでスターなんです。そして『私も』『私も』と模倣する者が増える。こういった『気の緩み』が、事故や事件に繋がるのです。これまでも、こういうことが無かったわけではありませんが…いずれの事案についても、同様の処置を取らさせて頂いております」
「今回の件に関しては、レアケースだと思いますが?」
「例外はありません。例外も、ひとつ許せば、あれもこれもとキリがなくなります。…そうなると、それは例外ではありません。『常態』です」
「理屈はわかりますが…」
「それが我が校の方針です。これにご納得いただけないのであれば、自らお辞めになればよろしい…」
…歩が悪いな…
永井は、ここまで苦戦するとは思っていなかった。
完全な誤算だった。
「ただし、ひとつだけ…助け船を出してあげましょう」
「助け船?」
理事長の意外な一言に、3人が声を揃える。
「藤さんは…特待生として、我が校に入学している。…確か…」
「バレーボール部です」
担任の岡野がフォローする。
「うむ、バレーボール部ですね…。無期限の停学を免除する替わりに…特待生も解除しましょう」
「特待生を…解除?…」
「つまり一般生徒として学費を払い、通学していただく」
「お金の問題ですか?」
「特待生を解除するということは、即ち…バレーボール部を退部していただく…ということです」
「!」
…どこが助け船なのよ…
…バレーボールができなきゃ、この学校に通う意味がない!…
…取りつく島もない…ってところか…
「これ以上の交渉は無駄ということですね…」
永井の問いに、理事長は黙って頷いた…。
~つづく~