【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「へぇ…よかったじゃない」
「はい、これもあなたのお陰です」
翌日、海未は昨夜の結果を真姫に報告した。
途中から希が現れ、彼女がアシストしたことも説明したが、観覧車内での詳細なやりとりについては、省略した。
とても海未の口からは言葉にできなかった。
「真姫には、なんてお礼を言ったらよいか」
「そんなこと、別にどうでもいいわよ。私はただ、今度のライブに向けて、みんなが万全な状態で臨んでほしい…って思っただけだから」
「ありがとうございます」
「それより…」
と真姫は、電車で会った中目黒結奈のことを話した。
「…そのようなことが…」
「それを聴いたとき、本当にあなたが無事でいてくれてよかった…って、心から思ったわ」
「ありがとうございます」
「それと同時に…いつ、どこで誰が欠けてもおかしくない…って不安も…」
「そうですね。私たちに限って、仲違いなどはありえないと思いますが…」
「わからないわよ」
「えっ?」
「高野さんって確かにいい人だと思うけど…きっと、誰にでも優しくできる人だから…」
「はぁ…」
「海未がしっかりしてないと、他の人に盗られちゃうわよ」
「そ、それは確かに心配ですが…」
「その相手がμ'sのメンバーだったら…」
「!!」
「そうなったときは、いくら私たちでも…」
「…」
「…なんてことになりかねない…ってこと。実際、私も『あんな人が彼氏ならいいなぁ』…なんて思ったし」
「真姫!」
「冗談よ、冗談…。私はパス!だって私にはアスリートの妻なんて務まらないもの」
「…冗談に聴こえませんでした。それに…妻だなんて…まだそこまでは…」
「まぁ、あれだけオープンな人だから、陰でコソコソする感じではなさそうだけど」
「えぇ…まぁ…」
「それで、次のデートはいつなの?」
「1月3日の予定です」
「三ヶ日?初詣?」
「それもそうなのですが…高野さんの誕生日でもありまして」
「へぇ…随分おめでたい日に生まれたのね」
「はい。ですから、幼いころは誕生日パーティーをしたことがない…と申してました」
「そうね、お正月だと、友達も呼べないものね…って、前にこんな話をして盛り上がらなかった?」
「あれは…花陽が16歳の誕生日を迎えた時のことだったかと」
「そうね…思い出したわ。確か、あの娘も1月が誕生日で、クリスマスとお正月のあとだから『おまけ感が強い』みたいなことを言っていたのよね」
「はい」
「あら?え~…じゃあ、花陽はまだ19歳なの?」
「そうなりますね」
「私なんて4月で21歳になるのに」
「そういう意味では、私もまだ20歳です」
「それって、おかしくない?」
「この時期になると、毎回同じことを言っていますね」
「だって、海未が21歳になった翌月に、私も21歳になるわけでしょ?それだけ早く歳を取るってことじゃない。それなのに花陽は20歳のまま1年を過ごすんだもの、不公平だわ」
「でも私たちは私たちで、幼少期は苦労してきたわけですし」
「苦労?」
「私などは3月生まれなので、4月生まれの人に比べれば、まる1年違うわけです。知能の発達や身体的な成長を含めて、この差は大きいと思うのです。それを同じ学年でひと括(くく)りにされるのは、いまだに違和感があります」
「まぁ…確かにそうね…」
2人はこのあと、ひとしきり誕生日談義で盛り上がった。
「それで…みんなにはいつ伝えるの?」
「高野さんのことですか?」
「そう」
「どうでしょう…まだ、なにも始まっていないですし…落ち着いたら…とは思いますが…」
「そうね。まぁ、わかったところで、どうこうなる連中ではないと思うけど…」
「はい」
「でも…ひとり心配な人がいるわ」
「はい?それは一体…」
「穂乃果よ、穂乃果!」
「穂乃果…ですか?」
「当然でしょ?海未に彼氏ができて一番ショックを受けるのは、穂乃果に決まってるじゃない」
「はぁ…そうでしょうか?」
「それはそうでしょ?」
…私だってカヨに彼氏ができたって言われたら、しばらく立ち直れないもの…
「まぁ、さっきの話に戻るけど、メンバーに盗られないように気を付けて」
「も、もちろんです」
「ことりあたりは油断してると危ないわよ。私、ドラマみたいな修羅場なんて見たくないんだから」
「そ、そうですね…」
…とはいえ…
…真姫…
…あなたでさえも、私は危険だと思っているのですが…
μ'sのメンバーが、個々バラバラにクリスマスを過ごした週明けの火曜日。
夢野つばさより一足早く渡仏していた緑川沙紀が帰国し、『オリンピック・リヨン』への正式入団が発表された。
因みに、オリンピックで日本を苦しめた南アフリカ代表の『エマ』も移籍して、チームメイトとなったらしい。
奇しくも芸能界では『エマ=ヴェルデ」というハーフタレントが活躍していて、それにちなんで、早くも『エマ=ヴェルデコンビ』などという言葉が作られている。
ヴェルデとはイタリア語で緑の意味だ。
緑川沙紀のあだ名『ヴェル』の由来でもある。
※フランス語ならvert(ヴェール)
報道陣から今の心境を訊かれ
「不安しかない」
と苦笑した沙紀。
それでも…ゴールデンコンビが解消されることについては?…との質問に
「今の代表の中心は、つばさだというのは誰もが認めるところです。でも彼女だけがワールドクラスじゃダメなんです。ひとりひとりが、もっとレベルアップしないと。だから私は私で、1の力を2とか3にしてきます。そして今までの私たちが1+1が3であったなら、2+2を5にも6にもする。2人の関係において決してマイナスにはならないと思います」
と力強くコメントした。
「『みさきちゃん』らしいな…」
そのやり取りをTVで観た高野はそう思った。
沙紀とは出身地が同じということもあり、度々イベントなどで顔を合わせる。
印象は『よく喋る娘』。
高野は『明るく賑やかな娘』は嫌いじゃないが、『騒がしい娘』は少し苦手だ。
彼女の『それ』をどう感じるかは…体調やその時の気分によって左右されるかも知れない。
もっとも彼が『みさきちゃんらしい』と言ったのは、その部分ではない。
彼女のサッカーに対する情熱を評価してのことだった。
沙紀はつばさのように器用ではない。
抜群にテクニックがあるわけでもない。
だが、その分、誰よりもボールを追い続ける。
もちろん『並外れた瞬発力と持久力とを併せ持つ沙紀だからこそ』の業(わざ)なのだが、それを差し引いても、試合における彼女の闘争心はズバ抜けている。
手を抜くことを知らない。
精神論を語るのは時代にそぐわないかも知れないが、勝負の世界に生きる者としては『諦めない気持ち』というのは不可欠な要素。
彼女のプレーは華麗ではない…むしろ泥臭い…が、観る人を熱くさせる。
頑張れ!と応援したくなる。
高野もそれは強く感じている。
サッカーに対してはとことんストイック。
近い将来、日本代表の主将にもなるだろう。
高野にとって、性別こそ違うが、彼女もまた尊敬できるサッカー選手のひとりだった。
…あとは点さえ獲れれば…
サッカーの攻撃陣は、ゴールを決めてこそナンボの世界。
緑川沙紀は、チームに対する貢献度は高いものの、まだ『汗かき役』という評価がついて回る。
彼女がこのレッテルを覆すには、シュートの決定率を上げること。
これに尽きる。
…とか言って、オレも他人のことを心配してる場合じゃないけどな…
まだ公にはされていないが、高野は今、無職だ。
チームを退団したことは、明日発表される。
ゼロからの…いや、マイナスからの『リスタート』を自らの意思で選んだ。
今は高くジャンプする為に、膝を曲げ、屈(かが)んでいる状態。
再起を目指す彼の戦いは、既に始まっていた。
退院してからの高野は、1日6時間ほどをトレーニングに費やしている。
もちろん、故障明けだけに、徐々に慣らしながら…という状態。
約1時間掛けてストレッチとマッサージを行い、その後、アップに1時間近く費やす。
充分に身体がほぐれたところで、バランスボールなどを使い、体幹を鍛える。
フェイントを交えながら、軽やかなステップで相手をかわしていくドリブルが特徴の高野だが、時折、踏ん張りが利かず、ボールロストをすることがある。
これを機にインナーマッスルを鍛え直し、少々のことでは崩れない身体の土台作りを図っているのだ。
そのあとマシンを使った筋トレを行い、午前の部は終了。
休憩を挟んでからは、室内でシャトルランなど、集発力系のメニューを交えながらの走りこみ。
そしてようやく、1日が終わる。
…かと思いきや…
さらにプールに入りダウンを行い、再度マッサージを受けて、終了となる。
まだ、ボールには触れていない。
とにかく、きつい。
最初は走ることさえままならなった。
ダッシュなんて、とてもできなかった。
どうやって走っていたのかわからず、脚がもつれて、転びまくった。
頭と身体がバラバラだった。
疲れきって身体が動かない。
それは練習時間の長さではない。
6ケ月のブランクにより、筋肉が衰えているから、それを取り戻すことがまず大変だった。
尚且つ、これまで使っていなかった部位を鍛えている。
動けなくなるのも当然だった。
自宅に帰れず、近くのビジネスホテルに泊まったこともあった。
高野もつばさ同様、どちらかというと天才肌の選手である。
中学生時代は膝を痛めるなど、それなりに苦労はしてきたが、死ぬほどの努力をしてきたかというと、そうでもない。
天性のボールタッチを武器に、ここまでやってきた。
だから、シーズンオフのキャンプでも、あまり身体を苛め抜いたことはない。
手を抜いているわけではないが、どこかで自制している部分があった。
それが、どうだろう。
まだ、足りない。
もっとやらなければならない。
そう思うようになった。
そして頭も、心も欲している。
だが、これ以上はドクターからもトレーナーからも止められている。
「焦らず、メリハリをつけて、じっくりいきましょう」
オーバーワークで怪我をしては元も子もない。
今はまだ、その時期ではない。
「オフの時間は、サッカーもトレーニングのことも忘れて思いっきり『抜いて』ください」
とも言われている。
サッカーは基本、90分間で勝敗を競うスポーツである。
その短い時間に、いかに集中して、力を出すか。
24時間365日、そのことだけを考えて過ごす…という考えがある一方
「オンとオフの切替えを上手に行い、必要な時だけ力が発揮できるよう、日頃から過ごすのも大事なんですよ」
と、高野のトレーナーは短期集中型を説く。
どっちが正解かはわからないが、高野は彼の説に従うことにした。
そして、翌日…
男子サッカーをオリンピックに導いた功労者の、マリノス退団が発表された…。
~第三部 完~
年内最後の投稿です。
今年一年、お世話になりました。
次回(第四部)は1月1日の22時UPの予定です。
では、皆さん、良いお年を。