【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
事故から3ヶ月が経過した。
あの頃はカラ梅雨で水不足が心配されていたが、今は解消されている。
なぜなら、7月~8月と雨が異常に多かったからだ。
オリンピックは、日本国中が胸を熱くしての観戦だったが…実際のところは天候不順で、気象庁は『冷夏』だったと発表した。
ところが、この9月に入って、連日『真夏日越え』が続いている。
残暑と呼ぶにはあまりに厳しい日差し。
季節が1ヶ月、遅れてきた感じだ。
異常気象といえば、その通りなのだが…とはいえ、毎年、そう言われているので、もう異常でもなんでもないのかもしれない。
高野のリハビリは順調に進んでいて、今はプールに入り、向かってくる『水流』に逆らって歩く訓練を行っている。
時折、身体に電気が流れるような痛みが走るが、幸いなことに、手足が痺れるなどの後遺症はみられない。
「あと1ケ月もすれば、地上でも普通に歩けるようになりますよ」とは、現在、高野を担当している理学療法士の話だ。
彼の止まっていた時間が、ゆっくりと動き始めた一方…『外の世界』では、めまぐるしいスピードで事(こと)が動いていく。
まだ1ヶ月以上も先だと言うのに、既にオレンジのカボチャが視界に入るようになってきた。
「季節感も何もあったもんじゃない」
と高野。
自分が病院から出られずにいて、世間から取り残されているような感覚に陥っているらしい。
「いや、そんなことないさ。ハロウィーンが終われば、もうクリスマスだよ。昔に較べれば、確実に1年が早くなってる」
見舞いに訪れた高野の父はそう呟いた。
マスコミの話題も、次から次へとめまぐるしく変わる。
それこそ、ついこの間までは、高野の発言を機に「未成年の加害者に対する人権」みたいなことで盛り上がっていたのだが…今は…『Y氏一族のスキャンダル』が一番のネタだ。
同乗していて亡くなった少女…が援助交際をしており、それをキッカケに加害者の少年と知り合ったこと。
なぜそうなったのか?を教育学者や有識者、物知り顔のコメンテーターが分析をする。
だからといって、何も解決しない。
彼女が亡くなったところで、援助交際がなくなるわけじゃない。
ところが…である。
ひとつ、何か発覚すると、芋づる式に色々出てくるものだ。
さらにこの父親にも、複数の愛人がいることが判明した。
今の後妻も、どうやらそのうちの1人だったらしい。
浮気だろうが不倫だろうが…それは基本的には当事者間の問題で、他人が口を出すことではない。
議員であれ、落語家であれ…倫理面においては「如何なものか…」ではあるが、法に触れていないのであれば、目くじら立ててヒステリックに騒ぐことじゃない。
『された方』はショックだろうが…それも当事者たちが解決すべき問題で、犯罪者を追求するが如く第三者が叩くのは筋違いだ。
『愛人』であるということは、それなりにオンナも恩恵を授かっていたと思われるが、このような事件が発覚して、ここが潮時とみたのだろう。
その信頼関係(と言っていいかどうかは定かではないが)…が狂えば、目も当てられない事態になる。
要は囲われていたオンナが週刊誌に『暴露』したのである。
これが昭和初期ぐらいなら『愛人の1人や2人』で済んだかもしれないが、それから半世紀以上過ぎている。
『男の甲斐性』
それが通じる時代ではない。
残念ながら、日本では一夫多妻制は認められていないので、当然、バッシングの雨、霰(あられ)である。
しかし、渦中のY氏は…それでも娘のことも、愛人のことも、黙して語らず…。
これがまた世間の反感を買うことになり、彼が所有する関連会社の株は軒並み下がり続けている。
そして、マスコミの目はその子供たちも向けられる。
今日はどこに行って何をしただの、誰と会ってどうしただの、逐一、報道されるのだ。
正直、子供は関係ないだろ!と思っている意見が大半である。
だが、彼らがベンチャー企業の社長であったり、財務省の職員であったり、医大生であったり…という『エリート』なだけに『貶めてやりたい』という、鬱屈とした気持ちがどこかにあるのだろう。
坊主憎しけりゃ、袈裟まで憎い…。
そんなところだろうか…。
しかし、それにも増して衝撃が大きかったのは…元バレーボール部員の自殺についての報道だ。
これは彼女の両親が意を決して告訴した為、ことさら大々的に取り上げられるようになった。
彼女…『山下弘美』…の自殺の原因は『膝の故障による挫折』とされていた。
遺書がなかった為、考えられることはそれしかなかったのだ。
いや、当時からバレー部の顧問から性的虐待があったのでは?という疑惑はあった。
しかし遺体解剖の結果、彼女が『非処女』だったことは判明したものの、疑惑を裏付けるだけの証拠はなかった。
また、両親も娘が『キズモノ』にされたなどと、声高に叫ぶことができなかったのだろう。
悔しさに唇を噛み締めつつ、帰らぬ娘の遺影に、毎日手を合わせていたのだった。
ところが、事態は一辺する。
彼女の3回忌が過ぎたある日…高校の時に同じバレーボール部員だった友人が、弘美の家を訪ねて告白したのだ。
山下弘美もまた『藤綾乃』と同様に、中学から特待生としてB学園に入学した。
将来はオリンピック候補とまで言われた逸材。
当然、期待も大きかった。
だが、高校に進学してすぐに膝を痛め、選手としての道を絶たれてしまう。
本来はこの時点で『用済み』と判断され『特待生は解除されていた』のだが、バレーボール愛の強かった弘美は『マネージャーとして残る』ことを希望し、部活に留まった。
この彼女のバレーボールへの健気(けなげ)で一途な想いを悪用したのが、当時の顧問…学長の次男であった。
普段から部員に対して「スキンシップ」と称した『ボディタッチ』は行われており、度々、問題にはなっていたらしい。
いわゆるセクハラというヤツである。
しかし表面化しなかったのは、問題になれば部として存続できなくなるおそれがあり、バレーボールに全てを懸けている部員にとって、それだけは避けたかったからだ。
故に『多少のこと』であれば、笑って済ませていた。
だが。弘美に対しては…『多少のこと』では済まなかったらしい。
顧問に呼び出されては、姿を消し…涙をこらえながら、部活に戻ってくることが、多々あった。
察しはついた。
全員、何が起こっているかは理解していた。
だが、彼女の口から一言もその話は出なかったし、自分たちもトバッチリが来るのが怖くて、何も訊くことができなかったのだ。
そして、弘美は口をつぐんだまま…この世を去った。
ところが、生前、彼女は証拠を残していたのだ。
件(くだん)の友人が高校時代に使っていたバッグが不要となり、処分しようとした時のことだった。
そこに1枚のSDが入っていることに気付いた。
長い間、バッグの底板の裏に隠れていたらしく、それまでまったくわからなかった。
はて、なんだろうと…とPCで再生して、唖然とする。
『行為』が録画されていたのである。
そこには、弘美が辱めを受ける姿が映し出されていた。
すぐに再生をやめ、SDを引き抜いた。
泣いた。
泣き続けた。
このようなおぞましい行為が、実際に行われていた事実に。
自分のバッグにそれが入っていたことに。
弘美を助けてあげられなかったことに…。
捨ててしまおうと思った。
見なかったことにしようと思った。
どうしたらいいかわからなかった。
『こんな映像が見つかりました』などと、彼女の両親に持っていったところで、見せられるはずがない。
だから…
でも、できなかった。
どうして?
なんで私のバッグに入れたの?
気付いて欲しかった?
助けて欲しかった?
言葉では言えなかったから?
わからない…
わからないよ…
だけど彼女の無念を晴らせるのは、私しかいない。
弘美は私にそれを託した。
それが、私のバッグに入っていた理由…。
そう思ってもなかなか行動には起こせなかった。
勇気がいる。
友人にも相談して、ようやく腹を決めた。
そして随分時間が経ってしまったが、今に至った。
彼女の両親は苦しみぬいた末、この件を報告してくれた友人に感謝した。
映像は見るに耐えないものであったが、長い間、謎とされていた娘の死の原因に一歩近づいたからだ。
しかし、ここからが精神的にきつい。
顧問を訴えるということは、この映像を証拠として提出するということだ。
愛娘の陵辱されている姿を、誰が好き好んで見せようか。
世間に「私の娘は性の捌け口にされていました」と、なぜ公開しなければならないのか。
だったら、そっとしておいた方がいいのではないか…。
『セカンドレイプ』
性犯罪の被害者(この場合は肉親であるが)の誰もが、最も苦しむことである。
それでも、犯人憎しの気持ちが勝った。
許しておくことはできない。
それが、今回、告訴に至った経緯である。
案の上、マスコミはこの『事件』をセンセーショナルに報じた。
余罪がありそうだ…との情報もある。
訊いてもいないの、この顧問の趣味嗜好がどうでこうで…と説明するメディアもある。
中にはご丁寧に彼が借りていた『AVのタイトル』を羅列した週刊誌まであった。
「チッ!!だから、くだらない…っていうんだよ」
高野は吐き捨てた。
…そんな情報を得て、誰が喜ぶんだ?…
…オレには理解できない…
高野は首を振った。
…それにしても…
…ツライ話だな…
…彼女は…なんで最後にチョモに会いに来たんだろう。
…どうして、その時に、そのことを伝えなかったのだろう…
…ヤツは『気付いて欲しかった』『止めて欲しかった』んだと、自分を責めた…
…そうだったかもしれない…
…そうだったかもしれないが…
…死んだら終わりなんだよ…
…何があっても自ら命は捨てちゃいけない…
…生きたくても生きられない人はいるんだ…
…本当にそうなのか?…
…オレは今、紙一重だが、なんとか生き残った…
…生き残った上に、復帰できるかも知れない…という段階まできた…
…だが、もし…
…もし、どうにもならいないほどの怪我だったら…
…ただ生かされているだけの、屍のような状態だったら…
…その人生に何を見出していたのだろうか…
…死んだほうがよっぽどマシだ…
…大抵、そういうヤツほど死ぬ気なんてない…
…口だけだ…
…自ら命を絶っていいハズがない…
…だが…
…本当にそうなのか?…
最近、SNSなどで「死にたい」などと呟いて少女たちが、他人に命を奪われた者がいるというニュースが、頻繁に流れている。
彼女たちは、死して幸せだったのか?それとも後悔しているのか?
高野自身は会ったことはないが、山下弘美という人間が、どういう想いでこの世を去ったのかを考えると、胸が締め付けられて苦しくなった…。
~つづく~