「姉さん。なぜこんなところにいるの?今日は会議があるとか言ってなかったかしら。」
「うん。もう終わらせたよ。だから息抜きに雪乃ちゃんをからか...一緒に買い物に行こうと思って。」
「そうは言ってもあまりにタイミングが良すぎはしないかしら。また何か企んでるの?」
「そういわれて私が素直に答えると思う?」
「二人とも相変わらずかよ。少しは和解したと思ってたのに全然じゃねえか。」
「私が姉さんと和解することが現実的に考えてあり得ると思うの?」
そう言われると否定できない。もっとも、ここは現実ではなくゲームの中の世界なんだがな。
雪ノ下が陽乃さんから一歩離れると、間をとりなすように由比ヶ浜が入った。
「陽乃さんは何かいい考えがありますか?その、ストーカーの件について。」
由比ヶ浜にしては珍しく的を射た発言だった。こいつ、そういえば最初は敬語だったしゲームでは案外おとなしめのキャラなのかもしれない。
「そうね。今のところは証拠集めに奔走中ってところかしら。今は地道に証拠を突き付けることが一番確実な方法だから。あなたたちは別な案があるらしいけどどうなの?」
「俺たちはハイレベルプレイヤーを募ってPKを止めるつもりです。」
「あら、でのそれは前試してみてダメだったって雪乃ちゃんから聞かなかった?」
「ええ、聞きました。なので今回はトラの威を借りて敵の手を封じる作戦です。相手が自分より強いとなれば相手もそれなりの準備をしてきます。そしてその尻尾を取り押さえてストーカーの証拠として付き渡すのが俺の考えです。」
「君らしい作戦だねえ。つまりは直接戦闘する気はさらさらないってことでしょ?」
「そういうことになりますね。」
由比ヶ浜や雪ノ下から冷たい視線を向けられたが無視して話を進める。
「だけど、彼らが逆上して君に襲い掛かってくるって可能性があるよ?君はまだ初心者のようだけど大丈夫なの?」
「ええ。ゲームの中で死んだところで現実の俺が死ぬわけでもありませんし。」
その言葉に陽乃さんは目を細めてうなずいた。
「君がそれでいいなら私はそれで構わないよ。」
「では、陽乃さんも協力してもらえますか?」
「うん。いいよ。その代り、何かあったら君が守ってね。」
そう言って腕にしがみついてきた陽乃さんを雪ノ下が引き離す。
「公衆の面前でそんなにいちゃ付くのはやめてもらえないかしらデレ谷君。」
「照れてねえよ。」
「あなた、しっかりと鼻の下が伸びてたわよ。ここは感情表現がオーバーってことを知らないの?」
「ああ。そういえばケトシーを見るたびに手がワキワキしていたやつもいたっけな。すっかり忘れてたよ。」
「雪乃ちゃん、そんなことしてたんだ。意外と可愛いところあるじゃん?」
「逆に姉さんはここでもそのポーカーフェイスを崩さないなんて、本当に感情はあるのかしら?」
確かに、陽乃さんは今もこうして笑っているが、笑顔がどこか作り物めいている。
もしかすると、一番怖いのはストーカーより陽乃さんかもしれない。というか絶対にそうだろう。
「そんなことより!早くお買い物行こうよ!ね?」
場の雰囲気を変えるように由比ヶ浜が明るく言うと、セレビスも出てきてナビゲーションを開始した。
よく見ると体が細かく震えている。よほど怖かったんだろう。
「うう...なんでご主人様のお知り合いは怖い人ばっかりなんですかあ...」
周りがやばいやつばかりなのは同意するが、集まってくる理由なんてそんなの俺が知りたいぐらいだ。
それから一時間後。
皆が思い思いの買い物を楽しみ、俺(と、セレビス)が精神的にダウンし始めたころにやっと買い物は終わった。
「あの服屋の店主、もう二度と会いたくない...」
「私もです...今後、あの方が半径100メートル以内に接近したら警告音でお知らせしますね。」
「頼む。あ、あとBGMはジョーズで。」
「了解です。はあ...」
セレビスが完全に精神的にダウンしてしまった。俺も精神的にログアウトしたい。
「今日は楽しかったね!また今度あのカフェに行こう?」
「ええ。今度は姉さん抜きで奉仕部の三人でね。」
「ひどいなあ。じゃあ、今度比企谷君と二人で...」
「あれ?ヒッキーがいない。どこ行ったんだろ。」
「まさか、逃げ出したんじゃ... ずいぶん疲れた様子だったからね。」
「たぶん店にいるんじゃないかしら。それか潜伏スキルを使ってそこら辺に隠れているか。たぶん、今は人ごみに紛れてこっそりとフェードアウトしようとしてるところかしら。」
怖い。完全に行動が読まれてる。こいつの思考を読む能力はここでも健在のようだ。もはやチートレベルだと思うが。
「まあいいわ。彼は放っておきましょう。ところで姉さんは作戦会議に来る?すぐそこでやる予定なんだけど。」
「うーん。参加したいんだけど、レポートが残ってるしなあ。」
「だったら無理ね。それじゃあ由比ヶ浜さん。行きましょう。」
一瞬に躊躇もなく陽乃さんを切り捨てると雪ノ下は店へ歩き出した。陽乃さんはそれを笑って見送ると、俺のほうへ向き直った。
「じゃあ、雪乃ちゃんをよろしくね。」
まるで俺が見えてるかのような行動に驚いていると、陽乃さんは雪ノ下とは反対へ歩き出した。
1人残された俺は、雪ノ下の周辺を警戒するようにして店へと帰った。
そんな中、人ごみの中で不審な動きをする男を見つけた。
気づかれないようにそっと見てみると、風にたなびみめくれたローブの下の腕には、悪趣味な笑い顔の棺桶のタトゥーが彫られていた。
(いかにもって感じだな... さては陽動か?)
そのまましばらく監視を続けると、男は人ごみに紛れて消えていった。
そして後には楽しそうに話す雪ノ下たちと、俺の中に嫌な予感だけが残されていた。