翌日、俺は雪ノ下たちと落ち合って一緒にダイシーカフェへ行くことにした。陽乃さんもついて来ようとしたのだが、レポートに忙殺されて渋々撤退していったらしい。俺はほっと胸をなでおろした。
それからしばらく電車に揺られると目的地が見えてきた。電車に乗っている間、俺と雪ノ下はずっと読書をしていた。由比ヶ浜も最初は景色についていろいろ言っていたが、三週目のビル群に入ったあたりで諦めた。それからはずっとスマホをいじって会話は一切なかった。こうしてみると奉仕部の当初の存在意義について考えて少し泣けてきた。やがて目的地に着くと、先ほどまでとは違い、皆も少しは興味があるかのようにあたりを見渡していた。俺はあらかじめ聞いておいた場所に向けて歩き始めたが、すぐに雪ノ下たちがついてきていないことが分かっって振り向いた。
「おい。早くいかないと主賓の俺たちが遅れて気まずくなるだろうが。何してんだ?」
「ヒッキー、見てこれ!この服に合うと思わない?」
「.........」
雪ノ下はショーウィンドウに飾られた猫の置物に釘付けになっている。この調子だとしばらくは動きそうにないな。
「ねえ、今からここで少し買い物していこうよ。せっかく東京に来たのに何も買わないなんてもったいないしさ。」
「...そうね。私も同意するわ。」
雪ノ下は置物から目を離さずに同意した。どんだけそれ欲しいんだよ...
「...じゃあ、1時間だけだぞ。あと、念のために雪ノ下の方には俺が付いて行く。由比ヶ浜もできるだけ離れないようにしろ。」
「分かった!じゃあ、またここで待ち合わせで!」
そう言って由比ヶ浜は走り去った。
「雪ノ下はこれからどうするんだ。由比ヶ浜のやつはブティックを探すみたいだから3階だと思うぞ。」
「じゃあ、ひとまずはこれを買ってから3階に移動しましょう。...ところで、あなたはなぜこの店について把握してるのかしら?」
「昔、小町ときたことがあるからだよ。来たのは1年前だからそこまで変わってないだろ。」
「そう。じゃあ、今日は荷物持...エスコート役、お願いするわね。」
「おい今荷物持ちって言いかけただろ。しかもわざとらしく。」
「気のせいよ。行きましょう。」
雪ノ下は猫のドールを取ってレジへと歩いて行った。俺はため息をついてその後を追った。
それからしばらくの間、俺は馬車馬のようにこき使われた。具体的には両手の筋肉が一日でジム通いしたかのように痛くなった。しかも途中から由比ヶ浜の分まで押し付けられ、負担はさらに倍増した。
やがて約束の1時間後になって、俺は荷物を二人に返そうとすると、不思議そうな顔をされた。
「えっ?持っててくれないの?」
「え?もう持てないの?」
「いや、お前らちょっと待て。これだけの荷物抱えてどうやって帰るつもりだったんだよ。えっ?もしかして俺がずっと持ち続けてくれる算段でいたのか?」
「「うん。そうだけど?」」
「よし、お前らの言いたいことはよくわかった。...馬鹿じゃねえの!?ねえ、お前ら俺と駅で別れたらどうするつもりだったんだよ?それだけの荷物一人で持つのか?ここゲームじゃないんだよ?リアルだよ?もう一度聞いていい?お前ら。この荷物どうするんだ?」
「どうするって、退きたがり君。あなたがわたしの家まで送ってくれるんじゃないの?」
「そ、そうだよ!ヒッキーに送ってもらえば万事解決じゃん!」
「雪ノ下のその考えもどうかと思うがストーカー対策もあるしまだいいだろ。問題は由比ヶ浜!お前まで送ってやる義理はないだろ!?」
俺の悲鳴に何人かがこちらを振り向くが、今はそんなことも気にしていられないほど疲れていた。
しかし、由比ヶ浜は似合わない腹黒な笑みを浮かべた。
「ヒッキー、そんなこと言ってていいの?このことが小町ちゃんに知れたらまたいろいろとダメ出し食らうんじゃないのかな?」
「だからどうした?似合わない腹黒キャラ演じなくても中身は変わんないんだから諦めろって。全然似合ってないぞ?」
「わざわざ二度言うなし!でも、私から小町ちゃんに伝わったら今度はそこからあちこちに伝わっちゃうよ?陽乃さんとかいろはちゃんとかさいちゃんとかに。」
「ぐっ!?」
たしかに、小町の情報網は侮れないものがある。それと、あいつは俺の弱みを意図的に流している節もある。たしかに、今ここで逆らうのは危険かも知れない。
「…分かった。ただし雪ノ下のあとだぞ。」
「ありがとヒッキー!あっ、一つ買い忘れてたものがあったから買ってくるね!」
「ふざけろ。」
俺は由比ヶ浜の襟首を掴んで引き留めた。