「さて、あなたたちのリーダーについて洗いざらい吐いて貰いましょうか。まず、あなたたちのリーダーの名前を教えなさい。」
「それがその...オレたちもよく知らないんです... 知り合いに勧誘されて入っただけで、可愛い女の子と会えるってことしか知らなかったんです。」
「会うって言うか、ただ追いかけまわしてるだけじゃない。それで不快に思う人がいるってわからないの?」
「すみませんでした...」
「今は謝罪は求めてないわ。それより、リーダーの名前を知らないって本当なの?フレンドリストに登録したりなんかはしてないの?」
男たちの謝罪を一蹴した雪ノ下は男たちをさらに質問攻めに追いやった。完全に検察官と追い詰められる被疑者の格差が出来上がっていた。もうどっちが悪者かわからなくなっている。
「ゆきのん、今はそこらへんにしておいて... もうすぐ着くみたいだから。」
「...わかったわ。」
こうして犯人たちの尋問は(幸運にも?)中断された。由比ヶ浜を地獄で天使を見たかのような目で見る犯罪者たちに、ストーカーの生産過程を見せられてるようで少し気持ちが悪かった。これだから天然は...
こうして着いたアインクラッドは見た目と違い、中には空も緑もある大迷宮と化していた。
当然NPCたちも多く住んでおり、アルンほどではないにせよ比較的にぎわっていた。
そんな中で案内されたのは知り合いのプレイヤーが借りている一室だった。
なんでも。酒などを多く保管しておりシアターまでついているのだという。
「クラインー?入るわよー?」
「おう。いいぜ。今回の依頼主をさっさと通してくれ。」
そう言って入った部屋には10人ぐらいのプレイヤーがいて、この部屋の主らしき赤いバンダナを付けた侍風のサラマンダーが手にグラスを持って立っていた。
「お前らが遅いから先に開けて飲んじまったぜ。ところで今回の依頼主はッと...
おおっ!意外と別嬪さんじゃねえか!そりゃあまあストーカーもつくだろうよ。」
「ちょっとクライン?いまはそういう冗談は控えてくれる?」
「おお。悪いな。ついいつもの癖で。」
「あんたは全く... キリトはどこにいるの?」
「ん?ああ。キリの字ならあっちにいるぜ。アスナたちと一緒にいる。」
「ありがと。おーい、キリト―!」
リズベットの呼びかけに振り返ったのは、黒いコートを着たスプリガンの少年だった。
「引率ありがとうリズベット。彼女たちが今回の依頼人?」
「そうよ。それとこいつらがついさっき捕まえたストーカーの一味よ。後でたっぷり事情を吐いてもらわなきゃならないし、別室で私が監視してるわね。」
「大丈夫?相手は男が二人だけど...」
由比ヶ浜の心配そうな様子に、キリトは笑って受け流した。
「大丈夫だよ。リズベットはそこまでやわじゃないから。むしろ締め上げて恫喝するぐらいするんじゃないかな?」
「こらあ!また適当なこと言って。私はそんな手荒な真似はしません。少し事情を聴くだけよ。」
「なら大丈夫か。でも、油断はするなよ?」
キリトの忠告にリズベットはうなずくと、部屋を出て行った。
そして俺たちのほうを振り向くと顔を見回した。
「俺がキリト。一部じゃ『黒の剣士』なんて呼ばれてる。よろしく頼む。」
そう言って差し出した手を取り、雪ノ下も自己紹介をした。
「私が今回の依頼人のゆきのんよ。今回は招集に集まってくれてありがとうございます。」
「あっ、わたしがゆいゆいです。ゆきのんの知り合いで付き添いできました。ゆきのんのこと、よろしくお願いします。」
「ああ。これだけ集まってくれたことだし、もう安心だと思うよ。
ところで、君は?」
俺に気づいたキリトが俺のほうに向きなおった。リズベットはこいつを俺と似ていると評したが、意味が分からない。こいつは友人に囲まれていて、俺は万年ボッチ。どこに共通点があるというんだか。
「俺は80000だ。同じく付き添い。」
ぶっきらぼうに言ってこれ以上の会話を暗に拒む。
キリトは困ったように笑うと俺に手を伸ばした。
「よろしく。80000。」
「…ああ。彼奴らを頼む。」
俺たちが互いに握手を交わして対策会議は始まった。
「まず、ここに居るメンバー全員の紹介をするな。
このバンダナつけたサラマンダーがクライン。性格は知っての通りだから女子二人は近付かない方がいい。」
「おいおいキリの字!そりゃあないだろうよ!俺はこれでもかなり紳士だぜ?さっきのストーカーなんかと一緒にされたら困るぜ。」
「そう言うならまずは発言から見直した方がいいと思うぞ…」
「そんなことしなくてもオレの清い心はしっかり伝わってるさ。なあ80000?」
「頷いたら人間として何か大事なものを捨てることになりそうだから否定しとく。」
ガックリ肩を落とすクラインを見て何故か戸部の姿が重なった。戸部の将来がこんな感じか。それは材木座も同じかもしれないが。
「えーと。こっちにいるバーテンダーがエギル。リアルでも店を経営してる。ぼったくり商売人。」
「余計なことは言わなくて良い。改めて、エギルだ。よろしく頼む。」
「外国人プレイヤーの方ですか。日本語がお上手ですね。
よろしくお願いします。」
雪ノ下のマトモな大人への対応にクラインは少し唇を尖らせていたが雪ノ下にはスルーされた。
「それとこっちにいる水色の髪のケトシーがシノン。弓でなのに数百メートルの超長距離射撃をするゲテモノスナイパー。」
「ゲテモノは余計よ。あなた、何かひとつ余計な事を言わないと気が済まない質なの?」
「普通に褒めただけだろ?それに嘘は言ってないんだし。」
二人は仲が良いのか皮肉ってる割にはまんざらでもない様子で応酬をしていた。
それを見ていた雪ノ下の手がワキワキしているのに気づいた由比ヶ浜は慌てて雪ノ下の服の袖を掴んで暴走を押しとどめていた。…雪ノ下。少しは場所を選べ。
「もう、お兄ちゃん?ゆきのんさん達困ってるでしょ。早く紹介してあげて。
まったくもう…。わたしはリーファです。キリトの妹です。兄がお世話になります。」
「いや。こちらこそよろしく頼む。雪ノ下…ゆきのんもあんなんだしな。」
視線の先にはもう一人のケトシーの少女に向かおうとする雪ノ下を必死に押しとどめる由比ヶ浜だった。本当にあいつら何やってんだ。
「リーファちゃん助けて下さい〜!」
雪ノ下の魔の手から逃れて来た少女は肩に小さなドラゴンを乗せていた。
「シリカちゃん。あの人が怖いのはわかるけど逃げたらこっちに来ちゃうから出来ればあっちに行って欲しいなって…」
「うわああん!リーファちゃんの裏切り者!」
シリカと呼ばれた少女は家具と家具の隙間に引き籠って頭を抱えて縮こまってしまった。
それを見た雪ノ下は妙にホッコリした顔でその様子を見つめていた。まぁ、猫が狭い所に入ってるのって可愛いんだが…
「なんというか、ゆきのんさんは少し変わった人だね……」
「いや、そこは素直に猫好きの変質者と言っていいぞ。あいつのアレはもはや病気の域だ。」
「やっぱりそう思いますよね…。いつもあんな感じなんですか?」
リーファが苦笑しているとついに由比ヶ浜の拘束から解き放たれた雪ノ下がシリカをモフろうとしてドラゴンに阻まれていた。
「いや、流石にいつもは違う。なんというかストーカーに直接会ってストレスが溜まってたんだろ。」
「だとしてもシリカちゃんは災難だね……」
そう言っている俺たちの目の前で雪ノ下がドラゴンに引っ掻かれてた。
それでもゾンビの様に前進しようとする雪ノ下から俺達はは一歩は離れた。
「なあ、そろそろ止めてやらないと本格的に事案だぞ。ほら、シリカも困ってるだろ。」
俺が雪ノ下を引っ張ってシリカから離すと、カオスな部屋の中で唯一落ち着いているウンディーネの少女のもとへと逃げ去った。
こうしている間にも痴話喧嘩をするキリトとシノンの間をあたふたする由比ヶ浜やテキトーな扱いにやさぐれて自棄飲みしてるクライン、黙々とグラスを磨くエギルに明後日の方向に現実逃避するリーファなど場がだんだんとカオスになって来る。
そんな中、おそらく最後の常識人であろう少女に声をかける
「俺、もう帰って良いか?」
「うーん。出来ればいてくれた方が有り難いんだけど…」
「そうは言ってもこの状況で会議も何もあったもんじゃ無いだろ。」
「それもそうね。じゃあ、ちょっと耳塞いでてくれる?」
何をするのかわからないがおとなしく耳を塞ぐ。
何をするのかと見ていると少女はレイピアを抜いた。そして、
「良い加減に…しなさい!」
キリトに向けてソードスキルを放った。
当然アンチクリミナルコードに弾かれるが、その大音響に皆静まり返る。
少女はそれを見て頷くとにこやかにこちらを見てきた。
その満足気な表情に俺はそっと目を逸らした。