俺達と神達と空想神話物語   作:赤色の魔法陳

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エラーが出ていたようでTwitterでの告知時間と違っていました。前書きと後書きが全て消失したのでこのまま出します。本編どうぞ。


覚悟の決め時

 すぐ横にいる白い何か。目を動かせばその表情を確かめられるほど近くにいるそれはただ白いとしか言いようのないオーラをまとって、空から落ちてこない雨粒の中立っていた。だが目を動かすことができない。向こう側から一方的に干渉されているような不思議な、そして今の翔にとっては不快な感覚がこの空間内に漂っていた。

 

「お前は誰だ?」

 

 怒りと焦燥により普段より口調が乱暴になった翔がその存在に問い掛ける。その問い掛けに耳元まで近付いていたその存在はクスリと笑うと丁度翔の死角に入るように移動し

 

「私の正体なんて今はどうだっていいだろ?お前の信頼している彼女このままドロドロに溶かされてもいいのか、そこら辺に浮かぶ死体みたいに」

 

 と煽る。それが翔の逆鱗に触れ、怒りで体を動かそうとするのを見てそれは再び嘲るように笑うがその笑いは徐々に止まっていった。身の回りの人、自然法則すら止まったこの時間の中で翔の目が、指が、髪が、そして身体が停止した空間を引き裂くように少しずつ動き出す。

 

「は?なんで...あの二人だってここでは...くッ!」

 

 その存在が指を鳴らしてその場から消えると蓄積されたモーメントが解放され翔は濡れた甲板に倒れこんだ。すぐに立ち上がりあたりを見渡すも降り注ぐ雨粒だけでどこにも先ほどの存在は見つからなかった。急に転んだ翔にセムが駆け寄って支える。立ち上がっても翔はどこか浮かない顔をしたままだった。

 

……なんだよ、愛と信頼で大切なものを殺す覚悟って...僕に麗華さんを殺せっていうのか?

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……ここはどこ?確か弾丸を打った後...喰われた?

 

 薄紫色の空間に丘のようにせりあがった地面、その頂に上半身だけが残った状態で麗華は目が覚めた。地面と一体化したような下半身は動かそうとしても全く反応しない。腕に力を入れようとするも飲み込まれる際に噛み千切られたのか右腕がなくなっていた。すでに両腕がないこの状況でここから抜け出すのは困難だと判断した麗華は周囲を見渡す。

 

 すると左方向に人柱のような二つの物体を発見した。無造作に地面に刺さった二本の柱にそれぞれ誰かが括りつけられている。拘束されているというより麗華と同じように地面と一体化しているかの如く薄紫の肉塊のような地面が足下からこびりついていた。

 

 それはさながら地面に食べられている最中のような異様な光景であり、見る者によっては不快感を示すであろう。だが麗華はその光景に怖じ気づくことはなかった。なぜなら彼女の注意はその光景そのものではなく柱に括りつけられた人物、それはイーとチーであった。

 

……予想はしてたけどやっぱり爆団長の手下の二人...これが霊獣の核になってる。今まで試されてなかっただけで宿主を霊獣に喰わせることで強力な想いを代償にこれ程の力を...

 

 だがその目は最早正気を失っており焦点すら合っていないように思えた。しかし二人とも口元は何かをつぶやいているのかずっと動き続けている。おそらくその内容は甲板の上で聞こえた呪いのような思念だということに気づいていた麗華はその言葉に耳を傾けることはせず、自らの身体をどうすればいいのか考えることに意識を集中させる。

 

……義手を作ったとしてそれを動かせない以上意味がない...それにGod-tellも『翡翠の弓矢』もない。いったいどうすれば、どうしたら翔を助けに行ける!?

 

 だがそんな思惑も関係なく麗華の周りの地面はその身体を締め上げ、知恵を絞らせる隙すらも与えない。このまま捻り潰されて強制送還になるのだけはごめんだと麗華が力を振り絞っていると地面の締め付けが停止した。

 

 だが身体が固定されているのか自由に動かすことができない。動かせるのは頭の回転だけ。極限下における極度の集中常態かと麗華が考えていると背後から誰かの問いかけが聞こえてきた。

 

「もしかして助けに行こう...なんて思ってるんじゃないだろうな?」

 

「誰?GD?」

 

「まさか...一応お前らの...み・か・た」

 

「じゃあなんで身体を自由にさせない?姿を見せろ」

 

「やっぱりあの二人同様普通身体動かせないよな...どうしてあいつだけ...まぁいいや。今のお前が気にすることは私のことじゃない。外にいるあのガキのことだ」

 

 この人を食ったような態度は何だと思いつつも、翔のことを指していることを理解した麗華は耳を傾けざるを得なかった。 

 

「おまえ口では信頼しつつも実際はあのガキのことを信頼してないだろ。あいつにこの化け物は倒せやしない、私が何とかしないとってな。これからずーっと庇い続けてやるのか?」

 

「翔は私とは違う、普通の人間なの!普通に家族がいて普通の感性を持ってる。それなのに私ごと消させろって言うの!?」

 

 つい感情的になってしまった麗華が姿の見えない人物に対して怒鳴るも、目に見えない余裕の雰囲気を醸し出していた。

 

「普通?何言ってんだ、お前もあのガキも、お前の仲間も皆他の人とは違う“力”を持っていながら普通なんてありえないだろ。『聖なる力』なんて持ってる時点でお前らは普通の人間なんかじゃない。強いて言うなら心だけは残念なことに普通だろうな。自らの使命すら理解できていない、いわばクソガキだ。だから私が教えてやってるんだよ」

 

……私たちの使命って何?こいつはいったい何を言ってるの?

 

「心の持ちようをな。もう一回聞くぞ、あいつのこと信じてるのか?」

 

「私は...」

 

 自分が考えていたことはこの人物の言うとうり口先だけだったのかと一瞬でも迷ってしまった麗華は言葉に詰まってしまった。それに呆れたのか背後にいた人物は気配を消すようにしながら最後に呪いのように呟く。

 

「信じてやるなら精々死ぬためにあがいてやるんだな」

 

「待て!!」

 

 麗華が叫ぶもそれ以降背後からその人物の声が聞こえることはなかった。気配が消えたと同時、止まった時が再び流れ出したことを伝えるように身体を地面が締め付け始める。麗華は自らの身体に力を入れつつも“死ぬためにあがく”という言葉の意味を考えていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「愛と信頼...」

 

 白い何かに言われた言葉を呟きながら翔は自らの右手を見つめた。塔の上で戦った時もそうだった。

 

 たとえそれが幻のようなもので実際の世界とは違うとわかっていても、この手で人を殺めたあの感触が何度もフラッシュバックする。雨粒が指先から掌を伝い腕へと流れ落ちてもそこには赤黒いものが残っているように錯覚してしまう。

 

 瞬きの度に濡れた手が雨と血で映り変わる。その手の震えは雨に濡れた身体が寒さという不快感を伝えるサインかそれとも麗華を殺すという恐怖か、錯乱状態の翔にそれを断定できるほどの冷静さを取り戻すには雨だけでは足りない。自分で取り戻せないならば残る手段は他の誰かが自分を冷静に戻してくれることを待つのみだ。

 

 それを計算していたかのようなタイミングで翔のGod-tellにメッセージが入る。解読すると内容は少し前からこちらの行動を映像で見れていたが麗華の映像が見れなくなったために連絡したとのことだった。ナビゲートのもとになる映像はGod-tell付近の状態をスキャンし端末を通じて送られたデータを映像化している。麗華のGod-tellが腕ごと打ちあがってしまったため恐らく映像が動いていないのであろう。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ落ち着くことができた翔が自分を支えるセムに礼のジェスチャーをしつつ甲板に転がる麗華の手に握られているGod-tellを拾い上げる。その画面には先程卯一から送られてきた画像が編集されたものが映っていた。

 

 フリック画面と対応した記号が記された画像の○と◇が丸で囲まれ、それぞれ近くに矢印が ◇↑ ○← のように描かれていた。麗華のダイイングメッセージとも捉えられるこの意味を読み解くのはそう難しくない。メッセージの内容は弓、意味するのは翡翠の弓矢のことだろう。

 

……麗華さんは氷の弾丸を撃った後、喰われるまでにこのメッセージを残したのか。自分の死を覚悟して力を僕に託した...信頼して

 

 画面をスワイプで動かせば遺品のように存在している翡翠の弓矢。それを見た翔は決意を固めるようにGod-tellを強く握りしめる。自身で海に潜むあの怪物を、零矢から託された神の力を手に入れることも一人でやらなければならない。

 

 英雄的状況と言われれば聞こえはいい、だが実際その状況下に置かれたら足の震えが止まらないことを翔は実感していた。だが今の翔にとっては自分にのしかかるプレッシャーよりも、瑠璃色の鎧に乗っ取られた卯一のように化け物に喰われた麗華が半永久的にこの世界に取り残されてしまうことの恐怖の方がほんの少しだけ上回っていた。

 

 その恐怖がプレッシャーから来る震えを相殺...というよりは上塗りをするように止めていく。凍える甲板の上であるにもかかわらず意思を持った熱が翔の身体の中には宿っていた。最早頭上から降り注ぐ雨は冷静さを取り戻させるものではなく、熱すぎる決意の熱を冷ますものに変わっている。

 

 今ならわかる。何故零矢が自身にとって大切であろう卯一を手にかけたのか。自身が非難されようが大切な人の心を守りたい、そういう考えに頭がすぐシフトしたのだろう。囚われた麗華の心をこの世界から解放する、他の誰かでもない自分自身の手で。この信頼に応えるためにも。

 

「やってやる...愛と信頼で大切な人を守るために!!」

 

 そう決意する翔を死角から白い存在が微笑みながら観察していた。

 

「まぁ、こっちは大丈夫...かな」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「そもそも俺って生き返れるんでしょうか?」

 

 覚悟を決めたような目付きをする翔をモニター越しに眺めていた零矢がふと口に出した。今まで三度も次元を越え、死闘を繰り広げてきたが生き返る為の作業と言うよりはGDに対する戦力の増強のような意味合いしか感じられなかった神力集めは零矢の中で大きな疑問点となっていた。

 

「勿論、そう簡単にはいかない。古事ノ書、天界ノ書、箱舟ノ書...こういう別の次元に飛べるような書物には神の力が宿っているって言われててそれを神力って呼んでるの」

 

 そう言いながら立ち上がった卯一は部屋の中でも目を惹く金色の扉の前へと歩き出す。初耳の情報だなと思いつつその歩みを止めるような野暮な質問はせず、彼女の姿を目で追っていると部屋のどこにいても視界の隅に移りこんでしまうような存在感を放つ金色の扉の前にたどり着いた。

 

「『求められし十の神の力揃いし時、全知全能の書へと続く扉開かれし』っていう予言じみたものがあってその全知全能の書があれば人を生き返らせることも出来るんじゃないかってね」

 

 金色の扉に触れながらそう呟く卯一はどこか儚げに零矢には見えた。その表情は二十歳に満たない少女とは思えない決意に満ちたようなまなざしに何かしらの諦観を含めたような表情で、零矢と卯一の人生経験の差のようなものを感じた瞬間だった。

 

「ノアを含めてあと八つ...先は長いね」

 

 それが見間違えだったと勘違いするほど先程の表情とは打って変わって優しく微笑みかけるような笑顔で卯一は零矢に呟いた。

 

「それでも...俺は生き返りたい。生き返ったらきっと...」

 

 何かを言いかけた零矢は途中で口をつぐんだ。だがその握りしめていた拳と少しだけ震える腕に気づいた卯一は詮索するようなことはせず

 

「生き返ったら何がしたいのか見つかったら話してね。それを目指して私も頑張れる気がするし」

 

 そう優しく年上として諭した。それに対し零矢は自信の無いような返事を返すとそっと目線を後ろのモニターに戻す。その後ろ姿を見て年相応の不器用さを感じた卯一は

 

……私に可愛いって言ってくれたけどキミも結構可愛いとこあるけどね...秘密にしとこ

 

 とクスリと微笑んだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 決意を固めた翔は頭の中を整理するために一度瞑想を行う。目的は大きく分けて二つ。一つはこの海の下に潜み今も死体を食らい続けているであろう霊獣を倒し麗華を開放すること。助けられれば運が良いだろうが恐らくは強制送還になる可能性のほうが大きい。

 

 二つ目はノアから神力と言われる力を継承することである。零矢曰く心を通わせることが重要だということだ。ただし今現在の対話が通じない状態で心を通わせるのが困難ということは火の目を見るよりも明らかだ。周りには溢れんばかりの水しかないが。

 

 如何せんこのまま止まっていても埒が明かないなと考えていると、甲板に長くいたため雨によって髭が服に張り付き明るい船内で見た時とは印象が打って変わり見ずぼらしくも思えてしまうノアが黙祷をささげるように目を閉じていた。それは後ろにいた他の家族も翔のそばにいたセムも同じだった。翔が瞑想していたのを麗華が喰われたことによる悲しみを噛みしめていたと勘違いしたことによる行動だった。

 

……少し違う気もするけど悲しみが伝播したってことなのか...誰かの死を悲しむ心は言語をも超える。ならきっと言葉は通じなくとも...

 

 翔は雨で濡れた自分のGod-tellの画面をなぞり琥珀の槍を召還する。日の光がないため鈍い色を放ちながら雫が伝い落ちる槍を持った翔を見てノア達はその意味を汲み取った。自身が麗華の敵を討ちに行くのだと。誰もが死にに行くようなものだとわかっていながら止めようとすることはしなかった。だがノアだけはダメだというように首を静かに横に振る。

 

 その眼差しからはお前まで死ぬんじゃない、という意思が見て取れた。死に急いではいけない。この船の上にいれば生き残れる。目線や表情だけでそれが読み取れた翔は答えるように首を...横に振った。自分が今するべきことは生き残ることじゃない、死に怯えることではない。

 

「僕はあの怪物を倒して、あなた達を生き延びさせます」

 

 誰にも理解できない言語でそう話した翔は踵を返そうとするとセムに腕を掴まれる。驚いて振り向くとセムは翔を抱きしめた。それは今までの感謝の気持ちか、武運を祈る気持ちなのか、そこまではわからなかったが翔はその抱擁に対して槍を手から落とすと背中に手を当てて応えた。するとセムはノアのほうを向いた。そして何かを伝えあうように目線を交わすと、ノアは軽くため息をついた。

 

 ノアの中でずっと引っかかっていた疑問、信じたものに命を掛けることのできる覚悟。口だけの出まかせでこんな若者達にそんな覚悟などない。舟に乗って生き延びた後家畜を盗むために神から預言を受けたとうそぶいていたのだと思っていた。

 

 だが実際はどうだ。この若者達は舟の完成を急いでくれた上に舟に空いた穴をすぐさま塞いだ。言葉がわからず意思疎通も困難な状況下で互いを信頼しあい、あの怪物の相手を引き受けた。そして少女のほうは喰われてしまった。だがそれは少女が言う通り信じるものに命を掛けたという何よりの証拠だろう。

 

 この少年にとって生涯を誓ったであろう相手が醜い怪物に喰われてしまったことは何よりも気の毒であり、本人の憎しみや悲しさは計り知れない。だが彼はそんな気が狂ってもおかしくはない状況下で、聞き取れない言語で話しながらものを伝えようとするその眼が、まだこちらを助けることをあきらめていない決意のようなものを訴えてきているとノアは感じ取っていた。

 

……この若者が本当に神の遣いなのかはわからない。だがこの若さで愛する者を喪う辛さをこらえながらそれほどの決意をもているのなら、その何倍も多く生きているこの年寄りが懐疑的であればせがれどもに示しがつかない。ならセムがみせたようにわしも...

 

 ノアはゆっくりと近付いてくると翔の手を取った。ハグほどではないがノアが自身を認めてくれたのかと翔が思っているとその掌から暖かい何かが伝わってくる。その暖かかさは体温を超して周囲残りや雨の涼しさを消すが不快さを感じさせない優しい暖かさで力が身体に入ってくるような感覚。

 

……もしかしてこれが神力!?

 

 握手を終えた翔がその感覚を不思議に思いつつも槍を拾い上げノア達家族に向き直る。そして行ってきますと告げようと考えた。その時、脳裏にふと浮かんだのは自身の父親が仕事に行く際によくやるジェスチャーであった。警官がするジェスチャーである敬礼で彼らに出陣の意を伝える。その意味ははるか昔の人々には伝わらないはずであるものだったがこれまでの信頼関係からそれは言葉を伝えあうよりも早くその意味を理解させた。それに答えるようにノア達家族は見様見真似で翔に敬礼を返すと、翔はより真剣な顔で槍を拾い上げ甲板の船首に向かって走り出す。

 

魔王解放...変身ッッ!!

 

 呪文を唱えれば黄金の槍の表面に亀裂が走る。刹那爆発したようにその槍がはじけ飛んだ。その中から一まわり小さな輝きを放つ槍が顔を見せる。はじけ飛んだ破片は一つ一つが拡大され鎧のごとき模様を宿す。雨粒を反射するそれは暗い世界を照らす光のように輝いて翔の身体へと向かっていく。甲板を駆ける脚に、身体を前へ動かす腕に、闘志を灯す胸に、隙間を埋めるように装着される。

 

 そして甲板を飛び降りると同時、水上の鳥を狙う鯱のようにしぶきとともに口を開けて飛び出してきたニーズヘッグを翔が視認した時にはもう鎧の最後のパーツである漆黒の仮面が顔に取り付いていた。その黒い仮面に浮かぶ白く光る三白眼越しに敵を見据える翔が槍を横に振れば、その衝撃波は口を閉じようとするニーズヘッグを吹き飛ばす。

 

紫の巨体と黄金の鎧が同時に着水する。地上では光るその黄色い輝きも漆黒の海の中ではその輝きは劣ってしまう。むしろ海中では目印となりニーズヘッグに対し有利に働く。それを理解していた翔は自ら暗闇に誘われるようにそっと目を閉じた。

 

……気配や殺気だけで位置を特定するのは僕にはまだ出来ない...だけど僕にはこの能力がある!

 

 深呼吸をする翔の脳内にビジョンが映し出される。対象は自分、時間は15秒後、左側からニーズヘッグが迫りくる。目を開けた翔が水圧に逆らいながら槍を左へ向ける。

 

 直後暗闇の中から現れるニーズヘッグ。口を開けて周りの海水ごと飲み込もうとする怪物の上顎に構えていた槍が突き刺さった。痛みを感じたのか振りほどこうと暴れるニーズヘッグがその体躯をひねり翔を水上へと放り投げた。

 

 何とか槍を離さず握り締めていた翔が宙で身体を捻りながら海面へと横一閃を放つ。衝撃波が海面に出ていたニーズヘッグのヒレの部分に当たりその身体を構築している霊石となって砕け散った。低いうなり声をあげ苦しむニーズヘッグを眼下に翔は禍々しくも見える黄金の羽を生やし滞空する。

 

 ふと横目に結晶弾によって発生した氷に座礁してしまっているのが見えた。このまま自分たちの戦いに巻き込んで再び舟に穴を開けるわけにはいかない。海面にできた氷塊の上に降り立ち氷を舟から剥がすように槍を突き立てていくと背後から氷が砕ける音が近づいてくる。漆黒の闇が氷を喰らいながら近づいて来る様だった。

 

……コイツ、何でも喰うのか!?

 

 氷の地面から槍を引き抜き割れ目を踏み付けてから翔は氷を喰らう闇へと向かっていく。猛進してくる怪物の手前、氷に槍を突き刺せばその巨大な口の周りに無数の槍が突き刺さるように出現しその突進を止める。だが抑えが効かないのかその動きを止める槍が一本、また一本と折れて消滅していく。そう長くは持たないと考えた翔が先に舟の非難を優先すべく後退する。

 

 幸いにも人間の力を超えた踏み付けにより氷の亀裂は深まっており、もう少し衝撃を与えれば舟は再び水面へと浮かぶことができそうだった。翔はGK銃を召喚すると亀裂の中目掛け何度か打ち込みつつ舟にも弾丸を打ち込んでいく。弾丸に貫通力はなく代わりに衝撃が強くなっているため徐々に巨大な舟を動かし始め、遂に海面へと戻すことに成功した。

 

「よし、次は...ッ!!」

 

 だが振り向いたときにはすでに拘束を振りほどいたニーズヘッグが氷の上に乗りあげながら口を開けて迫っていた瞬間であった。槍を構えようとするのも間に合わず翔は一口で飲み込まれてしまった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……信頼...私は翔を...

 

 謎の人物が背後から消えてから私は壊れたようにそのことばかりを考えていた。実際二人の間に信頼関係はあったはずだ。とんでもない出会いだったはずが翔にその家族に感化され、その家は私の居場所になった。だからその居場所を守りたい。そこにいる翔のことも。

 

 私は自分の信じるものに命を懸けるといったはずだ。その思いは良くも悪くも昔から変わっていない。私が信じているのは私が守ってあげなければいけない翔なのだろうか。

 

 違う。私は守ってなんかいない。ずっと守られていた。あの雨の日も遊園地でも管理局の時も翔は私をずっと守ろうとしてくれていた。戦ったことすらないただの男の子が恐怖など置いてきたかのように。

 

……私は信頼という言葉で自分を騙していただけ、翔は最初から強かった。きっと今だって私を...

 

 脱力感を感じていたはずの身体に熱がこもる。その熱が力となり身体を締め付ける地面に抵抗していく。

 

「そもそも出会いからして私たちは“普通”じゃないか」

 

 身体と地面のわずかな隙間から霊子を滑り込ませ足の周りに収束させる。そして思い切り蹴り上げると地面はえぐれ十数分ぶりの自分の脚を目にした。再び地面の収縮が始まる前に義手を作って支えにし、先に抜いた足で踏ん張りながらもう片方の足を引き抜いた。

 

 立ち上がって前を向けば目に入るのは呪言を吐き続ける二人のGDの姿。この巨大な怪物の核となる為に自らを生け贄にしたのだろう。

 

 思えばこの二人も大切な存在である爆団長を故意ではないとはいえ目の前で失っているのだ。その恨みをこのような形で体現したに過ぎない。

 

 このまま帰ればペナルティを受けるのは確実、だから自分達はどうなろうとも手柄を、そう思って自分達を霊獣に捧げたのだろうか。これではもし私を殺せたとして自力で元の世界に戻るのは困難であろうに。彼らも自身の信念に命を懸けた結果がこのような形となったのか。

 

 もし翔に出会っていなかったら私も同じようになっていたのかと思うと嫌な汗が滲んでくる。自分の大切なものを守るために誰かの大切なものを犠牲にしなければならない。多くの人々の大切なものが危険に晒されないように、この二人がもう一度大切な人に会えるように、今私が取れる最善の選択は...これしかない。

 

 体温も感触すらも伝わらない義手で肉塊のような地面からはみ出す二人の手を掴む。そこから私や翔に対する恨みがあふれ出し、少しでも気を抜けば取り込まれてしまう程の瘴気が漂い始める。

 

 私の聖なる力(ホーリーパワー)である『霊操(ゴーストドライブ)』は霊子を操る能力でありひいては霊獣を操ることもできる。霊獣が人を喰らうという事案が初めてであるため成功するかはわからないが霊獣の意識に干渉を試みたのだ。

 

「ここにいる誰もが元居た場所に帰ろう」

 

 目を瞑りながらそう呟けば自身がニーズヘッグと一体化したような感覚が身体中に張り巡らされる。すでに無くなった腕すらもまるでそこにあるかのような感覚。この一体化が死ぬためにあがくという言葉の真意なのかはわからないが内から制御ができるならば翔にこれを倒させることができる。

 

……改めて信じるよ、翔。私達を助けて...

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……声が聴こえる...麗華さんが助けを求める声が。僕が、絶対に元の世界に...

 

 固く閉じられた怪物の口の中から二色の光が漏れ出し、その口から琥珀の槍が翡翠の刃が飛び出す。ニーズヘッグの口部分が砕け散りグロテスクな切断面から黄金の鎧が姿を見せる。右手に琥珀の槍を左手に翡翠の弓を持った鎧は赤と黒の混じった液体が付着しながらも異彩を放っていた。

 

「はあああああああっっっっ!!!!!」

 

 翔が右腕を振り上げ氷に槍を突き刺すとニーズヘッグの真下から巨大な槍が具現化しニーズヘッグを突き上げるようにその巨大な躯体を持ち上げていく。ニーズヘッグはその攻撃を受け入れるように大人しく上昇していった。天を目指すバベルの塔のように伸びていくその槍の麓で禍々しい羽を生やした翔は跳躍しニーズヘッグの上昇速度すら超えて空を駆け上がっていく。

 

 ニーズヘッグより高い位置についた翔が上昇を止め、槍を弓に当て光の弦を槍の柄にかける。弓を引き絞り、手を離すと槍は矢のように真っ直ぐニーズヘッグへ向かっていく。雨粒を弾きながら閃光の様に進む琥珀色の槍は空に浮かぶ紫の巨体に突き刺さる。

 

 まるで天から鎖で吊り下げられたように槍が刺さったことで空中でピクリとも動かず静止したニーズヘッグ目掛けもう一つの閃光が近付いて行く。

 

 突き出した右足に黄炎を纏い、それを矢尻とした一本の琥珀の矢の如きエネルギーを浮かべながら翔は突き刺さった槍目掛け加速していく。

 

冷金神破突(プスィフロススマッシュ)緑射(ベルデ)!!!!

 

 槍の柄に自らの足を当て、押し込むようにニーズヘッグの身体を引き裂いていく。かつて口だった場所から尾まで亀裂が入りニーズヘッグの身体が徐々にこぼれ落ちていった。その躯体を貫いている最中、ニーズヘッグを構成する霊石の固さより少し柔らかい感触の物も何度か貫いたが翔が蹴りを止めることはなかった。

 

 やがて尾の先端から怪物の身体を喰い破るように琥珀色の槍と鎧が飛び出してきた。槍は氷が張る地面に突き刺さったが、少し遅れて落ちてきた鎧の方は着地をミスし転がりながら海へと転落する。それとほぼ同時、宙に浮く風穴が開いたニーズヘッグの身体が粉々に爆散した。

 

 石の破片が音を立てて氷の上や海中に降り注ぎドラムロールにも似たリズムを奏でる。やがてそれが終息すると海面から黒い仮面の騎士が顔を出す。

 

 琥珀の鎧は手をかけながら氷上に登りその変身を解いた。黒い仮面が剥がれ落ち中から現れた翔の顔は少し虚ろな表情を浮かべていた。雨に濡れたままの手は震えながら握り締められていた。




今回キャラが話すネタを久し振りに書きましたが全て消えてしまいました ...この投稿までの内容を保存する機能が欲しいです。

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