俺達と神達と空想神話物語   作:赤色の魔法陳

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 一ヶ月前に言ったことを覚えているだろうか。わからない人は前回の前書きを見て欲しい。一ヶ月に二話ペースと書いてあるはずだ。

 だが今はいつだ?丁度一ヶ月じゃないか。一話しか出ていない?期待はしないでとは言ったが普通翌月は二話投稿するだろ。

 作者が新生活に入りまして予想の十倍以上の忙しさゆえにストックすら貯めれない状況になっております。そして番外編もプロローグから進みません。非常にまずいです。

 というわけで生活が落ち着くまでは一話投稿となりそうです。もしかしたら五月の始め辺りにプロローグは出せるかもしれません。あとTwitterは一年以内に開設すると思います。よろしくお願いいたします。


信じること、疑うこと

「取り敢えず箱舟は無事みたいですけど残りの二人はどこに行ったんでしょうか?」

 

 箱舟の様子を伺いにきた翔と麗華は先程までの戦いがまるで嘘のだったような静けさに少し違和感を感じながら舟の周りを回っていた。

 

「塔の方に行ったのかも...それより零矢達は大丈夫だろうか。一応人間は二人きりだし...」

 

「それなら心配ない、今頃いちゃついているさ」

 

 二人の仲を危惧する麗華を端末の中から“神”がそれは杞憂だと言わんばかりに発言した。本人に悪気は無いのだが謝罪を禁止されているせいで二人が戸惑っていることはまだ知らない。

 

「いちゃつく...って仲直りしてまさかそのまま...」

 

「二人きりですし...あり得なくはない...ですよね」

 

 もし今通信したら流石に申し訳ないかと思い二人はしばらく自分達だけで考える事を決めこの後どうするべきか意見を出し合う。

 

「ノアの力を継承する...って先輩は言ってましたけど一体どういう事なんでしょう?」

 

「そう言えば...天界に行った時、そこで握手を交わしたルシフェルの力を現実でも使う事が出来た...相手に認めてもらう事が条件なら心を通わせてっていう言葉に筋が通る」

 

「そそっ、正解。じゃあ私あっち行って来るからあいつらにすぐ通信するように言っといてやるよ」

 

 答えを導き出した二人に安堵した“神”はそう告げると画面から消え去った。それを確認すると翔がノアを連れ戻す為、歩きだそうとするのを麗華が止めた。

 

「待って...少し気になる事がある。零矢とウイッチさんと“神”について」

 

「それは僕も少し気になってました。何で力を継承する必要があるのかって」

 

「多分今、向こうと通信は繋がってない...はず。だから手短に纏めると、現実世界で人知を越えた力を手に入れる為に継承したとして、GDを壊滅させた後その力はどうするのか」

 

「明らかに一般人が持つべき力じゃないですよね、ただでさえ『聖なる力』もあるのに...手に余るっていうか。それに魔王装備まであるので正直戦力過多かと」

 

「一国、いや惑星一つを相手取る戦力を保持する事になる。もしそうなったら次は私達がテロリスト扱いになることをウイッチさんが予見しないはずはない。そうなれば...」

 

「GDを相手する以外に何か別の目的があるって事ですか?」

 

「そう考えられる。あの二人が考えている事に私達が協力させられている...のかも」

 

「じゃああの二人がその力を使って世界を征服...そんな事考えられないんですけどね」

 

「私もあの二人は信じたい...二人とも私を信じてくれたから。だから今最も怪しむべき人物は、素性も人間なのかもわからない“神”という人物だと思う」

 

 おおよそ人間とは思えない画面の中にしか存在しない者、次元を越えさせる能力を持ち合わせ簡単な機械にハッキングを仕掛ける事すら可能である。

 

 先の管理局の一件すら虹の王国が映像をハッキングしていなかったとしても“神”ならハッキング可能だったらと思うと末恐ろしい存在なのは明らかだ。

 

 高度に発達したAIだとしても次元を越える能力に説明が出来ない。それにその能力すら能力と言って良いのかわからない状態である。何故ならその力を使えば“神”自体が現実や神代の世界に飛べば良い。

 

 それをしないということはあの空間に閉じ込められているのか、それとも外に出たら何か不都合な事が生じるのではと二人は睨んだ。

 

「“神”が自らの思惑の為に二人を利用していてもおかしくない...」

 

「確証は無いけど...だからまだ“神”にそう易々と気を許す訳にはいかない」

 

 取り敢えず“神”には一定の疑惑の目を向けるという事で話を纏めた二人は作業場に足を運ぶと塔の方に避難していたのかノアを含めた家族が丁度戻ってきた所だった。

 

「少々怪我をしているが大丈夫なのか?」

 

「それに一人姿が見えませんが...」

 

 大柄な男とその妻と思わしき女が二人に話し掛ける。ありのまま起こった事を説明した所で混乱を生むことは目に見えていたので二人は軽く大丈夫だと答え、卯一は旦那の元へ行ったと説明した。

 

 手伝いをしたいと言ったのはそっちではないかとノアは疑問を口にしたがすぐにまぁ良いかと言いそれ以上は言及しなかった。

 

 それも不自然な事ではないだろう。ノアに取ってはこれから滅亡するのを待つだけの赤の他人だけなのだから。所詮は自分が神から受けた啓示を信じられない人間の一人と変わらないのである。

 

 ノアが作業場に戻ろうとするのを見て他の人々も一緒に戻って行った。建造途中の方舟の傍らに残された二人は思ったよりもドライな対応に納得はしつつもモヤモヤとしていた。

 

「信用がた落ち...ですかね」

 

「致し方無し...それよりこの箱舟が完成するまで手伝わなきゃいけないのか?あまり詳しくは知らないが動物も乗せる必要があるなら数日はかかるだろうし...」

 

 そこで二人の頭に同時に全く同じ疑問が浮かび上がった。この後洪水が来るのはわかったとして、その猶予まで後何日あるのか、具体的な日付がわからない。

 

 仕方がないので再び木材を持って舟を組み立てに作業場から戻って来た男に話を聞いた。その男の名はハム、ノアの息子の次男であった。

 

 翔と同じく一枚の大きな布を巻き付けたような服で軽々と肩に大きな木材を抱えたハムは今日は二月の十六日だと応えた。

 

「時間がない...資源も少し足りないしな。あいつら何で塔なんて建てようとしてるのか、まぁ親父の言うことを完璧に信じられるかと言えばその気持ちもわからなくはないがな」

 

 そう言うと建設中の箱舟の中に消えて行った。結局後何日で洪水が起こるのかを聞きそびれてしまったが、手伝いに来ている身なのに洪水の日がわからないとなると反感を買いそうなのでこれ以上は言及出来ない。

 

「日付がわかったからウィッチさんに連絡...して大丈夫か予知できる?」

 

「もし大丈夫じゃない状況だと気まずいんで...二人で連絡しませんか?」

 

「わかった」

 

 二人で召喚したマイクに向かって彼女の名前を呼ぶと少し息が上がった声が響いてきた。

 

「ハァッ、あ、はい!ごめん心配かけた!ナビゲートするからね!」

 

「えーっと...連絡しても大丈夫でした?」

 

「大丈夫、彼のお陰で何とか持ち直せた感じ。本当はキミたち二人にも謝りたいけど後にした方が良さそうだね」

 

 因みに俺も大丈夫だ、という声が彼女の後ろから聞こえてきた。翔と麗華は二人が仲直りする事が出来たのだと胸を撫で下ろした。

 

「洪水が起こる日を教えて欲しい」

 

「一般に普及されている説によれば二月の十七日、ノア達が完成した箱舟に乗ってから七日経ったその日に天と地の水門が開かれるって言われてるの」

 

 それを聞いた二人に戦慄が走る。ハムによれば今日は二月の十六日、箱舟は未だに完成しきってないうえにまだ動物も乗っていない。それなのに明日洪水が起ころうものなら、人類が滅亡する。

 

「思ったんですけど、もし人類が滅亡したら僕達の世界にも何か影響があるんでしょうか?」

 

「それは私にもわからない。神話とは伝承や作り話が多いとはいえ数多の宗教観に影響を与えてるから、その世界観が崩壊した場合、私達のいる現実にも流石に人類がいなくなるまでは行かなくても少なからず影響がある可能性はあるかも...」

 

 今までも零矢と卯一はなるべく世界観に乗っ取った事をしながら神力を手に入れて来た。故に元の神話と異なる展開は想定外だった。

 

(バベルの塔が同時刻に存在している事によりパラダイムシフトが発生したって事...?二つの有名なストーリーが噛み合って絶望的な状況が発生している、しかもこのままだと人類が滅亡するし...)

 

 卯一は深く考えすぎないように一度思考を止め、モニターに向き直り打開策を伝えた。

 

「取り敢えず作業場にある私が書いた舟の構図の所に全員を集めて、残ってる資材の量を確認したらそれで何とか一日で舟の形に持っていく。でも条件が一つあって、魔王装備と麗華ちゃんの能力の存在は明かす必要があるけど、どうする?」

 

「私は構わない。翔はどう?」

 

「それで信頼を取り戻せるんでしょうか...」

 

「信頼は積み重ねる物よ。ノアから神力を受け取るには箱舟をさっさと完成させて洪水に備えましょう」

 

 卯一の提案を受け入れた二人は早速手元に魔王装備を召喚すると作業場の方へ歩み出した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「雲行き怪しくなって来たな...チー、泣くなよ...」

 

「だってぇ...っ団長がいなくなったら...」

 

「死んだわけじゃないだろ...」

 

 塔の真下まで戻って来たイーは雨でも降りだしそうな空を見上げながらチーを慰める。チーの頭に乗せた手とは逆の手には爆団長から授けられたカプセルを強く握り締めていた。

 

 悔しいが今の自分達では魔王装備どころか生身の状態でも一人では相手取るのが困難である事をイーは痛感していた。

 

(後から来た白衣の男は特にヤバかった。翠女神と同等、もしくはそれ以上の戦闘力かも知れない。死神部隊じゃなきゃ太刀打ち出来ないかもな...)

 

 ふと渡されたカプセルに目をやると中には紫色の液体が容器の八分目辺りまで入っておりラベルには≪Proto:NIDHOGG≫と書かれている。

 

(開発部が新しく製作した霊獣の試作品か...団長に渡されたって事は何らかの場面で使うのを想定しているんだろうが...)

 

「なぁチー、ニード...ホグ?みたいなの知ってるか?」

 

「ニーズヘッグ?」

 

「そう読むのか。でニーズヘッグって何だ?」

 

「ユグドラシルの根をかじってる奴じゃなかったっけ...勉強苦手だからわかんない」

 

(木の根をかじる...そう言う事か)

 

 何故この霊獣が託されたのかを理解したイーは起死回生の作戦を思い付く。箱舟が存在し雲行きが怪しくなって来たということは恐らく洪水の前兆だと気付いたのだ。

 

(ここで終わってたまるか...翠女神とあのガキを必ず強制送還させて団長に手柄を持って帰ってやる...!)

 

「チー、塔のてっぺんまで行くぞ」

 

「何か思いついたの?」

 

「あぁ賭けかも知れないが」

 

「イーはズル賢いからね」

 

「煽ってんのか。まぁいいや、行こうぜ」

 

 そして二人は天へと続く塔の階段を踏み締めていった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「翔さーん!!そこはまりましたー?」

 

 地上にいる女性からの質問に翔は両手を頭上の上に挙げ大きくマルを作る。そして黄金の翼を羽ばたかせながら降り立つと次の角材を組み入れる為に女性から加工されたパーツをもらい再び飛び上がった。

 

 一方の麗華は舟の完成している前方で霊子で足場を作りアスファルトを箱舟の表面に塗り付けていた。手の届かない高所を麗華が、内部を先程とは別の女性がそれぞれアスファルトで補強していた。

 

「これは明日までに間に合いそうだな、親父」

 

 長男であるセムが木材を運びつつ仕事を監督しているノアに話し掛ける。

 

「まさかあの少年らがまた別の神の遣いとはな...預言者はわし以外にもいたのか」

 

 翔と麗華の二人はノア達に自分達は塔の建設により滞ってしまった箱舟造りを手伝う為に神に遣わされたと説明し、疑う彼らに自らの力を明かして真実味を帯びさせた上で製造を手伝っていた。

 

 結果的にノア達を騙すことになってしまったが箱舟が約束の明日までに間に合うのなら疑っても仕方ないとノアは建築を二人に任せ息子達とその妻達にその手伝いをするように言った。

 

 役割分担はセムが作業場からの木材の運搬、その妻が箱舟の前で翔に受け渡しとそれを組み立てる位置を指示する。ハムは作業場で木材を加工し、その妻は箱舟の内部にアスファルトを塗布する。三男のヤペテとその妻は少し遠い場所にある七つがいずつの清い動物を舟まで先導するという役割だ。

 

 翔と麗華からの指示の後、二時間程の作業で箱舟の全体の九割、全く塗り始めてなかったアスファルトは五割程塗布する事ができた。

 

 一旦休憩をとるために翔が魔王装備を解いて地上に降り立つ。外側からダメージを受けすぎなければ装備したまま暴走の心配をせずに長時間作業できるのかと翔は感心しながら槍をGod-tellに戻した。

 

 雲の流れを眺めながら翔は支給された水を飲み干す。動物の搬入にどれだけ時間が掛かるのかはわからないがこのまま行けば夜までに舟だけは完成するだろう。

 

 問題は神力の方である。零矢の言っていたように心を通わさないといけないのならばもっと親交を深める必要がある。

 

「間に合いそうで良かったですね」

 

 翔は世間話でも、と話し掛けるがノアは黙ったままだった。無反応なノアに気分を害したのか麗華が

 

「何か思うところがあるなら言ってほしい。黙ってるだけじゃわからない」

 

 と言うとノアはその口を開き

 

「お前達も神の啓示を受けれるとはな、てっきり洪水を生き延びるのは我らが一族だけだと思ったのにな」

 

 とため息混じりに言った。

 

「いやだからあなたとは違う神から...」

 

「待って」

 

 弁明しようとする翔を麗華が制す。

 

「キリスト教は一神教、神の概念は複数も存在しない。おそらくこの物語も同じ」

 

 と小声で注意されて一度言葉を濁し、すぐに別の意味で言い換えた。

 

「あなたとは違う預言を受けたんですって。生き残るのはあなた達であってますよ。だからその手助けをしに来たんです。なんなら舟に乗せてもらわなくても結構です」

 

 半ばやけになりながらも翔は弁明するがそれをノアは意にも返さず

 

「何が目的だ?自分達が生き延びることが出来ない事をわかっていながら、生き延びると決まった者の手伝いをする者などどこにいる」

 

 と言った。その発言は的を射ていて思わず翔は黙ってしまうが麗華は

 

「いる...ここに。私達は自分達が信じたものに命を懸けてる。あなたが神の使命を全うしようとしているのと同じように。だから信じてほしい」

 

 と言い返した。その言葉は嘘ではなく本心として麗華の口から出たものだった。自らが信じる正義の為に自分達はノアの力を受け取らなければならない。そう麗華が想っていたからこそその言葉が生まれたのだった。

 

 それに対しノアも何か思うところがあったのか少し俯くと小声で

 

「作業再開だ」

 

 と言うと立ち上がって自身の息子達に声を掛けに行った。残された翔の頭の中には先程の麗華の言葉が残っていた。

 

……信じる正義の為に命を懸ける...僕には、その覚悟があるのか

 

 そんな悩みを浮かべているとポツリ、またポツリと水滴が頭から滴り落ちる。それは世界が水没するまでのタイムリミットが始まった事を表していた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「取り敢えずしばらく連絡はしなくても平気そうだね」

 

 箱舟の説明を終えた卯一は同意を得るように零矢に話し掛ける。まさかあの後で白衣を取り合うように追いかけっこになったところで“神”が戻って来て呆れられるとは思ってもいなかったのだ。

 

「そうですね。料理とか準備しておくんですか?」

 

「んー、今回はいいかな。二人とも親が作ってくれてるだろうし」

 

「そうですね」

 

 自分達にはないものを持っている二人を少し羨んだ。一人で生きると決めた卯一、一人で生きていかなければいけなくなった零矢。今仲直りした事で、再び自分以外の誰かと生きる事が出来る。そう思いつつ互いを見合う。

 

「あ...そう言えばウィッチさんは何でそんなに銃の扱いが上手いんですか?」

 

「私?えーっとね、そのマシンの部屋の隣が訓練場になってるんだけどそこで練習したの。教えてあげるからおいで」

 

 そう言うと『治療』に何か問題があったら呼びに来てと伝え、そのドアの元へ行って部屋に消えていった。零矢がその部屋に向かいながら『治療』の方をチラリと見ると微笑を浮かべながら顎で早くいけ、と言わんばかりに合図をする。

 

 零矢が中に入るとその部屋は先程までいたロビーよりももっと広くガラス張りの奥が学校の教室の約四倍の広さになっており、手前側がオペレート室のようになっていた。

 

 卯一が零矢にGK銃を召喚するように言うと部屋の奥にある扉を開けて零矢をガラス張りの奥の部屋へと入れ、自分は機材が置いてある場所へと戻る。

 

「じゃあまずはあれを撃ってみて」

 

 卯一の声がスピーカーから響き、彼女がボタンを押すと広大な空間の床からアーチェリーで使うような的が三つ出現する。的同士の距離感は三メートル程、零矢との距離は十メートル程だった。

 

 右手で銃のグリップを握り左手を添える。そして真ん中の的に狙いを定めて引き金を引くと弾が的に命中し床へと落ちる。やった、と零矢が言おうとした時

 

「ん~、確かに当たるには当たるけど。その的って枠にはまってるんだけど、今キミから見て右側から外れて落ちたんだよね。少し右にずれてるかな」

 

 と卯一が冷静に評価する。分析した後で零矢に次に右の的を撃つように指示をするが今度は枠の左端に当たって的が落ちた。

 

「あはは...今度はもっと右みたい。でも当てるのは凄いからね!めげずに頑張って!」

 

 今度こそ、と零矢は意気込み左の的に銃身をスライドする。しっかりと狙いを定め引き金を引くと今度こそ中心に当たり的が落ちた。

 

「ん~、今のは合格...かな!」

 

 的が落ちた地面が開き再び別の的が出現する。今度は五つ。再び狙いを定めようとする零矢に卯一は

 

「あ、ちょっとしゃがんでて」

 

 と言うと部屋のドアを開けそこからGK銃だけを的に向け素早く五発の弾丸を発射する。その五発の弾丸はそれぞれの的の中心に狂いなく辺り次々に床との接触音を響かせながら落下した。

 

「え...凄」

 

 十五メートル程離れている場所から連続で五発当てるという格の違いを見せつけられた零矢は絶句するが

 

「慣れれば多分これぐらい...あっ、別に自慢する為に見せつけたわけじゃなくて!その...見本というか...うぅ、ゴメン」

 

 卯一は必死に弁明するも零矢はそれが嫌味に聞こえたわけではなかった。練習すればこのレベルまでに銃の腕前が上がる。その一例を垣間見る事が出来、その心中は興奮していた。

 

「めっちゃ凄くないですか!?能力無しでこの腕前って!俺も練習すれば出来るようになりますかね?」

 

「やる気と根気さえあれば...多分腕は悪くないし君もいけると思う」

 

 その言葉にやる気を出したのか零矢は再出現した的を更に集中力を上げ撃ち落としていく。幻滅させてしまったかと思った卯一だったが零矢には逆の効果だったようだ。

 

 さっきの明るい口調とは売って代わり真剣な眼差しで的を見つめる零矢を卯一はカメラ越しに眺める。その凛々しい表情を見つめながら

 

「惚れた女...か」

 

 と零矢が呟いた言葉を口にしていた。自らが暴走し、零矢が止めてくれた時に鎧、カタスリプスィに対して言っていた言葉。それは鎧に身体を支配されている卯一の耳にも届いていた。

 

 マイクが切れているのを確認しながら顎を手に乗せてカメラ越しではなくガラス越しに見つめると

 

「私もキミに...惚れちゃったんだろうなぁ」

 

 と恋する乙女のように呟いた。家族のような好きという気持ちでいようと思ったのに恋愛対象としての好きになっていた。

 

「今のどうでした!?」

 

 上手く的に当たった零矢が卯一に確認を求めるように振り向く。それに卯一は微笑みながら

 

「今のは花丸あげちゃう」

 

 と親のような口調で答えた。

 

(今はまだ...もう少しだけこの気持ちは抑えないと)

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「雨ひどくなってます!!」

 

「動物まだですか!?」

 

「今やってる!!」

 

「アスファルトあとちょっと!!」

 

「お義父様、中に!」

 

 様々な掛け声が交錯する雨の中、急ピッチで作業が進められていた。既に組み立ては完了しており残りのアスファルトを塗布しながら動物を搬入する。

 

 しかし雨の中で逃げ出そうとする動物も少なからずいるので翔とセムが捕まえて舟の中へ入れる。中では三人の兄弟の妻達がそれぞれ動物の身体の雨水を拭き取り、それぞれの部屋へと通した。

 

……あともうちょっと

 

 外では麗華がずぶ濡れになりながら残りのアスファルトを塗布していた。動物を捕まえるのは翔に任せ、自らは雨でも安定する足場を生成出来る麗華は一人でこの役を引き受けたのだ。

 

……雨か...あの時を思い出す

 

 北街で翔に助けられたあの日、今みたいな雨が私達に降り注いでいた。髪の毛を濡らし心に浸水してくるような雨は今となっては懐かしさすら覚える。

 

……あとは先端の方だけ

 

 少しばかりの寒気を感じながらも麗華は雨に濡れて貼り付いた前髪をどかしブラシを舟に擦りつける。やがてその灰色の隙間から木目が消え、全ての作業が終わると力が抜けるのを感じた麗華は足を滑らせてしまった。

 

……しまった!?

 

 しかし麗華が足場を生成するよりも速く黄金の鎧が舟の陰から飛び出し、その身体を受け止める。その鎧が剥がれ落ちると無表情の仮面の下から現れた優しい顔に麗華は安心感を覚えた。

 

「大丈夫ですか?すみません、麗華さんにばっかり仕事させちゃって」

 

「私は平気だけど動物は?」

 

「何とか地上にいるのは舟に入れる事が出来ました。今はそれぞれの部屋に移すのをセムさん達がやってくれてます」

 

「そう...で、この体勢はいつまで続けるつもり?」

 

 そう言われて翔は麗華をお姫様抱っこの状態で抱き上げたままだということに気付きすぐに降ろす。

 

「す、すみません!!」

 

「いや、別に怒ってないけど...くしゅん!!」

 

「大丈夫ですか?風邪引きますから中に入りましょう!」

 

「うん」

 

 そんなやり取りを舟の入り口から一人、ノアが眺めていた。そこに通り掛かったセムが自分達よりも若い二人を眺めているのに気づき話し掛けた。

 

「まだ信じてないのかよ、親父?」

 

「そう簡単に信じろというのがおかしいんじゃ。わし以外に預言者がいることも、その二人が遅延していたわしらの手伝いをすることも。第一にもう一人いたあの娘は何だったんじゃ...」

 

「あの貴婦人みたいな人は旦那の所へ戻ったって言ってただろ。世界が破滅するその時ぐらい愛してる家族の隣にいられるだけ良いじゃないか。それにもしあの二人の言っている事が出任せであっても塔の建築派ではないだろ、もしそうなら俺達が避難していた時に箱舟を壊していたはずだからな」

 

 息子の言うことも一理あるがノアはまだあの二人の不信感が消えたわけではなかった。大体見た目がまだ少年少女の歳なのに既に婚姻しており、しかも少女の方ははっきりとした信念を持ち合わせている。

 

 あの歳で自分が何の為に生きるのかを理解している子供はそういない。余程凄惨な過去を経験していなければあのような考えには至らない。

 

 そして少年の方も配偶者としてかしっかりとその少女を支えようとしている。理想の夫婦に見えるがいかんせん若すぎるとノアは考えていた。

 

 だがあの二人の不思議な力を持って舟の完成まで漕ぎ着けたのは事実、その二人をこれから水没するであろう場所に置いて行くのは神の預言ではあるがどうなのかと考えていた。

 

 舟に乗せることで監視も出来ると考えたノアはセムに

 

「あの二人を舟に乗せる」

 

 と宣言すると丁度雨宿りをしようと舟に入ろうとしていた二人の前に仁王立ちで迎えると

 

「天の水門は開かれた。じきに地の水門も開かれ地上は水に飲み込まれる。人も動物も作物も建物も全て等しく破滅する」

 

 雨に濡れた翔と麗華が息を飲んだ。二人の髪は額に張り付き水滴は止めどなく頬を伝っていく。

 

「お前達二人に感謝の意を込めてこの舟に招待する。まだやり残した事がありそうだからな。まぁ今はその詮索はしない。早めに暖を取り雨に濡れた身体を温めるんだな」

 

 と言って二人を迎え入れ舟の入り口をセムに閉じさせた。この時既に二人の足下は水溜まりのように水が張っていたのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 机の端に置いてあった携帯が音を鳴らしながら震え出した。画面には景子と表示されていた。プレイ中のゲームのポーズボタンを押し、巳羅はその携帯に手を伸ばす。

 

「何、景子?」

 

「もしもし、巳羅さん?エキスポの爆発の後から卯一に連絡がつかないんだけど知りません?」

 

「あー...」

 

 景子の質問に巳羅は答えを渋る。厳密に言えば卯一が行った場所は知らないのだが零矢が深刻な顔をしていたのを見るに恐らく自分の『幻想』のような能力を使用するべき場所へ行ったと予想できた。

 

 神聖大学で関わりのある女子大生組である卯一、クレア、巳羅、景子の四人のうち景子は能力とは全くの無縁であり、他の三人に比べれば至って普通の凡人である。

 

 故に卯一を是野から庇う時も二人は能力を使用したりするのに対し、景子はただ近くにいるだけとなる。しかし、卯一はそもそも近くにいてくれるだけで安心するので彼女に能力の事は話さない事を決めていて、それを残りの二人も承知していた。

 

 もし能力の事を話せば、景子は力のない自分自身を責めるだろうし、力になりたいと危険を省みなくなる可能性もある。この四人組の中では唯一彼氏もいて普通のJDとしての人生を歩んでいる、それを壊すわけにはいかないという卯一なりの優しさでもあった。

 

 だが巳羅はその優しさに納得はいかなかった。

 

(確かにそれは景子の為にはなるが、お前は景子に嘘を付きながら過ごせるのか?)

 

 過去に卯一にそう質問した時、卯一はうつむき

 

(それでも景子を危険な目には遭わせたくない)

 

 とどこかか細い声で応えた。

 

「ちょっと、聞いてます?知らないなら良いんですけど...」

 

「あぁ、悪い。ちょっと片手間でね。どっかに出掛けるって言ってたから携帯の電源でも切ってるんじゃない?」

 

 何も知らない景子は幸せなのか可哀想なのか、他人から見れば恐らく前者だが当事者である彼女は圧倒的に後者であろう。

 

「ところでさ、今卯一の新居に来てるんだけど場所教えてあげるから来てよ、私一回家に戻らなきゃいけないし」

 

「えぇ...卯一いないのに新居...まぁアリですね。何か持ってく物とかあります?」

 

「ん~、じゃあさパーティーでもする?多分大勢来るだろうし」

 

「何でよくわからない集団のパーティーに行かなきゃいけないんですか...」

 

「まぁまぁ、クリアも呼ぶし」

 

「はぁ、わかりました。お姉さんの言う通りにしますよ...」

 

「ん~、いいこいいこ。じゃ後で」

 

 と言って巳羅は電話を切った。

 

……少しは景子を安心させてあげないとね

 

 何故パーティーなど突拍子もない事を言い出したのか。それは景子に零矢の存在を知らせる事で大学以外でも卯一の支えとなる人物がいるというのを知ってもらいたかったからだ。勿論、そうする事で彼女をお払い箱にするのではなく、彼女が背負う気負いを軽くする為だった。

 

……それにしても遅いな...卯一と零矢、何してるんだか...

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ねぇ、一つ勝負をしない?」

 

 私は銃の練習をする彼に話し掛けた。地道に練習しているのもあるが驚異の集中力で徐々に精度が上がっている。私は極とラベルが張られたボタンを押すと扉を開けて彼の待つ部屋の中に入る。

 

 中に入るとけたたましいプロペラ音と共に先程は存在していなかった百を優に越える浮遊する的が存在していた。彼はそれを見上げながら

 

「勝負とは?」

 

 と私に訪ねてきた。それを受け私は淡々とルールを説明する。

 

「君は前か上にある的を狙う。真ん中を当てたら十点他は一点、外したらマイナス一点。対して私は真ん中以外はマイナス十点、真ん中は一点ね」

 

 明らかに私の方が不利なルール。更に床に固定された的とは違い浮遊する的は三次元的にランダムに動き回る。狙いを定めるのは普通の人なら無理だろう。()()()()()()()、ね。

 

「制限時間は三分間、あそこにタイマーが表示されてるからあれを見てね」

 

 だがこのぐらいのハンデならば良い勝負になるかもしれない。今の彼の実力でももしかしたら私に勝てる。だけどおあいにくさま、そう簡単に負けるわけにはいかない。

 

「私が勝ったら私がする質問に必ず答えてもらう。キミが勝ったら......私に何でもして良いよ」

 

「...えっ!?何でも!?」

 

「ん~?今何を考えたのかな~?」

 

 わざとらしく少し屈んで上目遣いで彼を見ると恥ずかしそうに私から目線を反らした。結構からかいたくなるような反応を楽しみたいが、いかんせんこんな体勢をとるのは初めてなので正直腰が辛い。

 

 と言うよりこの反応あまりにも耐性無さすぎではないだろうか。この子そこら辺の可愛い子に同じ事されてホイホイ付いていったりしないよね...それは、イヤだし。

 

 それに私がわざとこんな事を言うのは彼が一線を越えるような事を絶対しないという信頼の確認でもある。まぁ私が勝てば良いのだけれど。

 

「じゃあ、構えて。よーい」

 

 互いに銃を水平に、或いは天へ向かって構える。

 

「ドン!!」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「地の水門...だっけ。地が割れ底から水流が溢れ出す、正に地獄絵図だぜ。なぁチー」

 

「何でカッコつけてるの、イー?」

 

「はぁ!?カッコつけてねぇし、馬鹿」

 

「誰が馬鹿よ、馬鹿って言った方が馬鹿でしょ」

 

「んだと、お前!!」

 

「やるかー?」

 

 未完成のバベルの塔の上で他の人を気にせず二人は今にも掴みかかりそうな雰囲気で睨み合うが降り注ぐ大量の雨粒に二人は毒気を抜かれ二人同時にため息をついた。

 

「なぁ、意味ねぇよ。俺らで争っても」

 

「団長が悲しむだけ。私達が協力しなきゃ」

 

 二人は滑らないように下を眺めると既に家屋の屋根の高さにまで水は上がってきていた。このままだと残り数時間でこの塔は飲み込まれるだろう。

 

「死ぬ時は」

 

「ちゃんと役に立ってから」

 

 二人は互いの手を握り合い眼下の荒波を冷たく見下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時人類は足元に目を奪われている間に空に神が現れていた事に誰一人として気づいていなかった。




巳「というわけで、ここに五億弱あると」

ク「まさか最終的にヤ○ザ関連の事務所に行くことになるとは思いませんでした」

卯「まぁ仮面を着けて行ったとはいえチャカ向けられた時はヤバいなとは思ったけど」

神「え...一話飛ばした?既に事務所に殴り込み行ったの?JD三人組で?」

卯「そう作者が書くの面倒くさいから省いたんだろうけど既に行ってこうしてお金を回収してきたと」

ク「時系列的には四月九日、レイカちゃんが転校していたと判明する前ですね」

神「え?零矢が土地を買った次の日じゃないか。あいつ倍以上したって言ったが元から法外な値段だったことに気づいてなかったのかよ」

卯「そ、おかしいなと思ったけどトントン拍子に購入が決まってしまったから私が二人に声を掛けて取り戻しに行ったの。お陰でキャンセル代や別の業者に頼んだりするのに千万近く掛かったけど五億帰って来たから良いかなって」

巳「まぁ、あまりオススメする方法ではないけどな。クリアの能力があってこそだったし、そもそも私と卯一だけだと顔を覚えられた時にヤバかったし」

神「でもその五億を取ってきたなら零矢の関係者だってわかるからそいつらが本編にも出てくるんじゃ...」

ク「一応、金庫破って五億回収した後で匿名で警察に通報しておきましたけどワンチャンその上の幹部達が来る可能性はなきにしもあらずですね」

神「えぇ...俺神物語ヤ○ザ編...そんな任侠映画みたいなのやらないだろ、多分」

卯「さぁて次回のコーナーは...決まっておりません。作者が決めていることを願ってください、以上解散!!」

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