俺達と神達と空想神話物語   作:赤色の魔法陳

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 気付いたら四周年過ぎていた...

 三月十二日が記念日なんですよねこれ。忙しくてごめんなさい。個人的に五周年かなと思っていたらどうやら周年と年目とは意味が違うようで。正しい書き方だと四周年、五年目と言うらしく、もうそんなに書いてるんですね。

 これから一ヶ月に一話ではなく二話レベルでいきたい...まぁあまり期待はしないでください。なんだか先の展開ばかり考え過ぎて現状が進まなくなると本末転倒なんですが...速く書けば解決...それは強引すぎるか。

 五周年と言うことでtwitter開設とかキャラ募集とかを考えたのですが人が集まりそうにないので延期ですかね、密ですし。

 書き始めてなんですがこれ活動報告で書くべきで前書きだとめちゃくちゃ長くてめんどくさい作者だと思われそう。

 え?いつもキャラに喋らせてないか?細けぇことは気にするな。後書きで喋るから見といてね!?

 そんなこんなで五年目、果たして五周年までに予定している新メンバーを出し物語を夏まで進められるのか、その結末は俺が...

神「おい、ヤベーやついるぞ。久し振りにみたらこんな前書きじゃないだろ。もっとテキトーだった気がするんだが?あ、二ヶ月振りの今回喧嘩の後はどうなるのか、どうぞ」


悪夢を洗い流して

「誰かいるか!!」

 

 時刻は十四時半を過ぎた辺り、俺は巳羅姉と話した後すぐに研究室(ラボ)に向かった。呪文を唱え移動した部屋の扉を開きモニターが飾られた部屋に問い掛ける。

 

 するとモニターに銀髪の女が映り俺と目があった。その女、“神”は俺を見るなり驚いたような顔をすると

 

「お前、どうしてここに?」

 

 と尋ねてきたので

 

「ウィッチさんが出掛けるっていうなら箱舟ノ書を既に手に入れたって事だろうと思ってな。そしたらここに来ると踏むのが最適解だろ?」

 

 と自信を持ちながら答える。そもそも“神”が少し焦っていた感じからして恐らく彼女はここにいるのだろうと感じ取れた。

 

 それにもし神代の時代に行くならば関係性が悪化した俺抜きで行く可能性が高い。その点は少し腹立たしい気もするが今回は完全に自業自得なので表には出さないが。

 

「お前、ウィッチと...」

 

 その瞬間けたたましい音と共にモニターが赤く光り出したが“神”はうるさいと一蹴し、どこからか取り出したのか古典的な赤い丸のボタンを手に持つとそれを押す。するとまるで何もなかったかのようにモニターは正常に戻った。

 

「話を戻そう、お前ウィッチと...」

 

「いや、今のヤバイやつだろ。前にも侵入者の時に聞いた気がするんだけど...」

 

「心配ない、God-tellにも出るから気付くのにそう時間は掛からないだろう...で喧嘩したんだって?」

 

「何でそれを?」

 

「そりゃわかるわよ。いつも『大丈夫かな後輩クン』とか『彼なら心配ない』だの世話焼きまくっているあいつが『彼抜きで行く』なんて言うもんだから、喧嘩を疑うのが“最適解”だっての」

 

 “神”の声真似は恐ろしいほど似ていたが先程の予想が当たっていたことに少し悲しさを感じていた。しかしそれは仕方がないことだ。俺は巳羅姉が来たから良いもの彼女の方は頭に血が上っていたままだったかもしれない。

 

 そう考えて黙り続ける俺を見て“神”は確信したように話し掛ける。

 

「図星だろ、その反応。お前がウィッチに弱いのは知ってるからな。で?喧嘩の原因は?」

 

「魔王装備をエキスポで使って暴走しかけたこと、それに対して俺がウィッチさんに秘密主義は止めて欲しいって言って口喧嘩になった。俺は突き飛ばされたけど」

 

「えっ、あのウィッチがお前を突き飛ばすなんて。フフ、あはははっ」

 

「どこに笑う要素があった?」

 

「あいつも行動がツンデレみたいだな。悪い悪い、そりゃ当事者にすれば突き飛ばされて良い気はしないだろうが、多分それは遠回しに信頼してる証拠だなと思って」

 

「どこが?」

 

「あの秀才が口喧嘩出来る相手がそこらじゅうにいると思うか?あいつだって馬鹿じゃない。常に何かしらを考えて行動するあいつが感情に身を任せたままお前と言い争ったって事はお前はあいつにとって少なからず特別な存在ってことだ」

 

 いまいちその理由がわからず俺がその言葉の真意を考えていると武器庫の扉から『武器庫(アーセナル)』が出て来ると、それに続いて『治療(クラティオ)』、『運転手(アーセナル)』が出て来る。

 

 全員顔がそっくり、いやほとんど同じである彼女らを見分けるのは胸に掛けられた役割のバッジだ。それよりもこうして三人並ぶのを見るのは初めてだった。

 

 彼女らの見た目はアンドロイドと言っても普通の人間と変わらないようであり、機械の部分が露出している箇所は無い。彼女らが着ている服は恐らくウィッチさんの服であろう。その為、このまま外に出てもアンドロイドと見分けるのは至難の業かもしれない。

 

 顔も精巧に造られているのか整った美人であり、髪もカツラかどうかはわからないが長いので先の服装と合わせて性別が無い三人を“彼女ら”と称すのはこの為である。

 

「思ったより鈍いのですね、神木零矢」

 

 『治療』が茶化すように言う。シンギュラリティに達しているのかわからないが彼女らは言動も含めどこか人間味を感じる。

 

「あんな狭い箱に入った仲ですよね?妖美卯一がそう簡単に男と密着するとは思いませんから...そういう事でしょう?」

 

「そうこう言う前に神木様の怪我の治療をして」

 

 『武器庫』が『治療』に注意するとわかっていたようにそばに置いてあった救急箱を持ち上げると俺に座るように促し、既に巻いてあった包帯を新しい物に取り換える。

 

「で、ただ治療されに来た訳じゃないだろ?」

 

「俺を皆が行ってる世界に飛ばして欲しい...ダメか?」

 

「治療が先だな」

 

 願い事を受け入れてくれたのか突っぱねたのかは定かではないが“神”は画面から消える。そして『武器庫』と『運転手』も俺の怪我の具合を確認した後で再び武器庫に戻って行った。

 

 残された『治療』が黙々と俺に処置を続ける。そして全て取り換えた後、背中をポンと叩き終わったという合図を受け取って俺は服を着て立ち上がった。それと同時に“神”が再び画面に姿を現す。

 

「で、行けるの?」

 

「行く」

 

「即答かよ。一応言っておくがあいつが持って行った『瑠璃の銃』は『武器庫』が調べた辺り魔王装備である可能性が高いってさ。もし暴走したら怪我してるお前に止められるの?」

 

 魔王相手には魔王、生身で戦うよりこちらも魔王装備を使って止めるのが一番早いのはわかっている。わかっていてももう一度暴走したら、という事を考えると隠そうとしても腕が震えてしまう。

 

「俺以外の二人が...そもそも暴走すると決まった訳じゃ...」

 

「残念ですが妖美卯一は既に暴走しています」

 

 俺の言葉を遮るように『治療』が淡々と言うと中央のモニターに映像が映る。そこには瑠璃の鎧を纏った彼女と思わしきものが翡翠の鎧を纏った麗華に襲いかかっている場面だった。

 

「あの魔王は憂鬱(カタスリプスィ)、使用者が鬱になればなるほど力を発揮すると言われている魔王装備です」

 

 つまり彼女の心の闇が鎧に力を与え続けているという事か。もし魔王装備がそれぞれの名前に関連した感情を力に変えるとしたら憂鬱に染まった彼女を止めるのは翔や麗華でも厳しいかもしれない。

 

「どうする?確実に止められる保証があるならお前をこの世界に送ってやる」

 

「俺は...」

 

「暴走した鎧を無力化するには手に持った武器を弾き飛ばすか鎧を直接砕くしかありません。その場合中にいる妖美卯一の無事は保証出来ません」

 

 彼女が憂鬱に染まった原因は少なからず俺にもある。だがその呪いを解く為に現実世界ではなくとも俺は彼女を殺す事が出来るのだろうか。

 

 脳裏に彼女とバイクの上で誓った約束が浮かんだ。互いのワガママを聞く、はたから見れば奇妙な約束だ。裏があるかもしれないが既に彼女は俺が生き返る為に今まさに奔走している。

 

 そんな彼女に憂鬱を抱かせてしまったならば、そのまま破滅へと進もうとしているならば、彼女に仲間と思われなくなっても、俺が生き返る事が出来なくなったとしても俺は彼女を...

 

「俺が刺し違えても彼女を止める」

 

 左のモニターの画面に映る“神”に決意を伝えるように見つめ続けると

 

「そう言うと思ってたよ」

 

 と俺を指差す。俺が後ろを向くとそこには服を持った『運転手』と武器を持った『武器庫』が立っていた。

 

「神木様、魔王装備は鎧を砕くよりも武器を鎧から一定距離離す方が圧倒的に楽です。なのでこの水鉄砲(ウォーターガン)をお使い下さい」

 

 『武器庫』はGK銃ほどの大きさの銀色の銃を俺に手渡した。銃口はそれほど大きくないが銃身の割に幅が厚い。しかも普通の銃で言えばハンマーの辺りの左側面に掌のようなパーツが取り付けられている。

 

「普通に撃てばただの水鉄砲ですがこれを指にはめた状態でグリップを握ると水の性質が変わります」

 

 『武器庫』が机に二つの指輪を置いた。一つは青色、もう片方は水色の石のようなものがはめられている。俺はそれらを手に取ると水色の指輪を右手に、青色の指輪を左手の中指にはめた。

 

「言ってないのによく中指にはめるってわかりましたね」

 

「あぁ...そういうものだから...」

 

「ちなみに右が『(アイス)』、右が『(アクア)』の結晶石となっております。あ、氷結晶石(アイスクリスタル)とは違って衝撃を与えても氷柱は生成しませんので」

 

 そう言われても俺は氷結晶石を使用した事がないのでそうなることを初めて知ったが。しかし水鉄砲ならわざわざ『水』の指輪をはめる必要はないのではないだろうか。

 

「『水』でグリップを握ると水が高圧に、『氷』なら水が凝固して氷の一撃となります。また、掌状のスキャナーに指輪をかざしますと更に威力が上がったいわゆる必殺技を撃つ事が可能となります」

 

 なるほど、というかさっきから気になっていた事だが俺は同じようなプロセスを踏む武器を知っている。流石にグリップでも性質が変わるのは予想外だったがこれを開発しようとした彼女の好みが透けて見えた。

 

「ですがこれは水を内部に貯蔵しておりますので限りがあります。それに指輪をはめた手で殴りますと破損の恐れがありますのでお手数ですが蹴りを主体で戦って頂きたいのですが」

 

 もはや玩具に合わせて指示するスポンサーのようになっている『武器庫』を苦笑いしつつ承諾してGod-tellを手渡す。

 

 彼女がGod-tellに水鉄砲をしまっている間、今度は『運転手』が管理局の件で着たライダースーツを手渡してきた。渡されたスーツを見ると負傷した時に空いた穴は縫われて塞がれ、血の跡がわからないほど綺麗な黒色だった。

 

青二輪(ブルーマキナ)の色は既に戻しましたのでお使い下さい。今回はサイドカーはありませんがサポート致します。それと零矢様...」

 

 彼女は近くの椅子に掛けてあった白衣を手に取ると俺に手渡す。間違いない、これはウイッチさんがいつも着ている白衣だ。

 

「卯一様の白衣の天使(エンジェルクロス)を羽織って下さい。ライダースーツでは下にTシャツを着れません。せめてもの防御としてですがこのアイテムは卯一様の最高傑作の一つです、必ずお役に立つと信じております」

 

 俺は服を脱ぎライダースーツに着替えると上から白衣を羽織った。彼女が着ていた時は膝下辺りまで裾があったが俺が着ると裾は膝上になってしまうらしい。

 

 それでも動くには問題なさそうだ。羽織った白衣から少しばかり彼女の温もりを感じながら俺は白衣をキュッと握ると『治療』の方を見る。

 

「え...何ですか?私からは何も無いですけど...」

 

「え、無いの?この流れならあると思ったんだけど」

 

 彼女は呆れるようにため息をつく素振りをすると

 

「包帯が汗で汚れたらまた取り替えてあげますから精一杯無茶しても大丈夫ですから」

 

 と小声で言うと顔を反らし、時空超越マシンがある部屋の扉を指差す。

 

 扉を開くとヘルメットを着けた三人が並んで眠るように座っていた。時折うなされるように身体を揺らしたり眉間に皺を寄せたりする翔や麗華と違い、彼女だけは死体のようにその表情を変えない。

 

 俺が彼女の隣の空いた席に座ると『武器庫』がヘルメットを取り付け装置を起動させる。

 

 ふと横に座る彼女の顔を見ると目尻に浮かぶ涙が見えた。それがこぼれ落ちるように頬を伝って彼女の服の上に落ちる。

 

……必ず救って見せます

 

 そう決意した俺に電流が走る。それを受け入れるように目を閉じ、開くとそこには先程までモニターの画面の中にいた“神”が立っていた。

 

 “神”は何も言わず微笑むと掌をこちらへ向けて衝撃波を放つ。再び目を閉じ、頬を通り抜ける風を感じて開眼すると目の前には天を目指すように塔がそびえ立っていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「翔様と麗華様のGod-tellを検知致しました。目的地までオート走行で向かいます」

 

 という『運転手』の声がしてから数分後、零矢はバイクにまたがったままそびえ立つ塔を眺めていた。

 

 人間が傲慢にも神に並び立とうと望んだ事で創り出されたバベルの塔は、神によって壊される。職人達の言葉を互いに理解出来ないようにさせ意志疎通が不可能となった人々は建築を止め、そこには風化した塔が残る。

 

 神に並ぼうと一致団結した人々は神によってバラバラにさせられる。弱い者がいくら集まろうが強い者に一度何かを崩されたらそこから連鎖的に崩れていく。

 

 そんな事を考えながら零矢は眺め続けていた。『運転手』がそろそろ到着するので戦闘準備をして欲しいとの通達を受けた零矢は塔に背を向け進行方向に顔を戻す。

 

……もしあの塔が本当にバベルの塔ならば箱舟と同時刻に存在している事になるのか...洪水が起こる前に言語をシャッフルされたら神力なんて手に入れられるのか...

 

 世界観を考察しながら零矢は『水鉄砲』を召喚するとそれを右手に握りながら左手でハンドルを握る。

 

「これより消音モードに入ります」

 

 けたたましいバイク音が風に消え入るまで鳴り止むと戦闘モードになるように零矢は銃を前に構える。

 

 木で造られた巨大な舟の横を抜けると視界の先に瑠璃色の人のような物が見えた。それに狙いを定め零矢が数回引き金を引くと何発かは当たったらしく瑠璃色の物はよろめく。

 

 やがて近づく零矢に気付き瑠璃色の鎧は零矢が乗るバイクの名前を呟く。鎧の傍らに倒れた翔と麗華が思わぬ増援に目を見開いている中、零矢はバイクから降りヘルメットを取った。

 

「来たぜ...助けに」

 

 翔と麗華にもしくは鎧に取り込まれた卯一に対してのどちらとも取れる言葉を呟くと零矢は青二輪をしまうと右足を一歩退き左手の青い指輪を見せるように肩の辺りまで左手を挙げると

 

「さぁ...ショータイムだ」

 

 と低い声で呟き白衣の左の裾をマントを扱うように背後に向けて投げるように払うと鎧に向けて走り出す。

 

 鎧が銃を構えるのを確認すると狙いを外させるべく零矢は身体の重心を一気に右に移動させるとその勢いのまま右に宙返りし鎧を翻弄する。

 

 再び狙いを定めるべく鎧が右手をスライドさせるのを見越し今度は左に重心を掛けアクロバティックに飛び回し蹴りを放つ。

 

 右手を蹴られた鎧が再び狙いを定める前に鎧の身体目掛け氷の弾丸を連射し、仰け反らせた後で再び身体を浮かせながら蹴りを放つ。

 

 鎧に隙を与えない零矢の猛攻を見た翔は零矢の戦闘力に唖然とし、その動きを見た麗華は

 

「エクストリームマーシャルアーツ...」

 

 と感嘆の声を漏らす。言葉の意味がわからなかった翔が麗華に意味を尋ねると

 

「通称XMA、スポーツの一種で武道とダンスなどのアクロバティックな動きを組み合わせる...簡単に言えばかの十四番目の魔法使いが主とする戦術」

 

 それを聞いて翔は理解したが、その戦術を鎧相手に使う零矢に畏怖を抱きつつその動向を見守る。

 

 蹴りで吹き飛ばされた鎧が倒れ込みながらも零矢に的確に射撃するも零矢は白衣の裾を引き弾丸を弾く。直ぐ様立ち上がり乱射するも白衣は意思があるかのように零矢に当たるはずの弾を全て弾いてしまう。

 

 零矢は中距離から氷の弾丸を撃つと再びアクロバティックな動きで瞬時に距離を詰め鎧の身体に回し蹴りを入れるが鎧に脚を取られてしまう。

 

 しかし捕らえられた左脚を軸にして片足で地面を蹴ると右踵で鎧の顔面に蹴りを入れ左脚を解放させると受け身を取り、上半身だけを起こした状態で銃を乱射した。

 

 零矢の圧倒的な戦闘力と戦闘センスを目の当たりにした鎧はこのままでは一方的に蹂躙されてしまうと感じ背中から羽を生やすと風圧で零矢を吹き飛ばしてから上空へと飛び上がる。

 

 上空を旋回しながら鎧は零矢に発砲をし続ける。頭上からの連射に先程まで優勢だった零矢も銃を構える事すら出来ず白衣を使って弾丸をいなすのに精一杯だった。

 

 何とか鎧を視認しようと空を見上げるも零矢に狙われないように鎧は日を盾にする為、照準を合わせる事が出来ない。

 

どうしたんですか?さっきまで優勢だったのに。イェネオスすら使おうとしないなんて

 

 鎧は零矢に紅蓮の鎧を纏わせ、その上で暴走させようと考えていたが一向に零矢が鎧を纏うどころか剣すら召喚しようとしないので『水鉄砲』を取り上げようと銃を撃ちながら降下する。

 

 音で鎧が降りてきた事を零矢は感知したが降下の際に放った弾丸がどこにも着弾していない事に気付きすぐに見回すが放たれた弾丸は宙で軌道を変え、零矢を中心に収束するように降り注いだ。

 

 直ぐ様白衣の袖から腕を引き抜き左手で振り回す事により着弾を防ぐが、その隙を狙っていた鎧に右手を取られ背後に回される。

 

 簡単に暴走させられるように腕を一本折っておこうと考えた鎧は骨が軋む音がするまで腕を締め上げると零矢が両手からそれぞれ武器を手放した。

 

 このまま一気にへし折ろうと鎧が力を入れようとするが握る手に違和感を感じ、目線を下げると何故か腕が水が溢れる程濡れており、掴む手に力が入りにくくなっていた。

 

 鎧の握力が弱まったのを感じ、一気に腕を引き抜いた零矢は左手に『水鉄砲』を握っていた。痛みで武器を手放したかに見えた零矢は先に白衣を落として空いた左手で『水鉄砲』を受け止め、鎧の腕に水を射出していたのだった。

 

「こういう使い方もあるってな」

 

 軽口を交えながら銃を右手に持ち替え掌状のスキャナーに左手をかざし再び左手に持ち直す。

 

Shooting Water!!

 

 電子音がそう告げるのを聞いてから零矢は鎧に対して引き金を引いた。高圧で発射される水を鎧は掌で受け止めようとするが凄まじい威力に受け止める事が出来ず徐々に後退りしていく。

 

 更に零矢が引き金を押し込むとそれに合わせ威力が上がった水がついに鎧を弾き飛ばした。それを確認して零矢は白衣を拾い上げ、自らに銃を向けようとする鎧に向かって投げる。

 

 鎧の視界が遮られすぐに被せられた白衣を取り外すも、そこには既に飛び蹴りを放とうとする零矢が目の前に浮いていた。

 

飛び回し蹴り(ローリング)ッ!!

 

 爪先側に進む通常の回し蹴りではなく踵側に進む回し蹴りで鎧の胸に蹴り込み回転を掛けると召喚していたワイヤーを鎧の身体に巻き付け射出装置を左右に投げ氷の弾丸で地面に固定する。

 

「フィナーレだ」

 

 身動きの取れない鎧にそう宣言した零矢は左手で銃を持つと胸の前に構え右手をスキャナーにかざす。そして鎧を飛び越えるように跳躍すると

 

Shooting Blizzard!!

 

 空中で前転しながら真下にいる鎧に対して氷の弾丸を連射し、華麗に着地を決める。

 

 直前に水を全身に浴び、また地面にも水溜まりが出来ていた事もあり鎧を含む周りの地面ごと吹雪に見舞われたかのごとく凍結し氷塊へと変わった。

 

「Summon!!『紅蓮の剣』!!」

 

 零矢の手に鎧と同じ魔王装備である剣が出現する。こうする事で魔王装備を纏わなくても勝機はあると零矢は考えていたのだ。何の因果か最も得意とするXMA式の戦術で戦う事が出来たのは零矢にとって幸いだった。

 

 凍り付く鎧が握る瑠璃の銃に狙いを定め零矢は走りながら剣を振り上げた。銃を鎧から引き離せば全てが終わる、隣で笑ってくれる卯一が帰って来ると確信していた零矢が剣を振り下ろすも

 

まだまだぁっ!!

 

 鎧は直前で羽を広げる事により自らの周りの氷を砕き銃で零矢の剣を受け止めた。そして驚いて反応が遅れた零矢に左の拳をいれ後方に吹き飛ばした。

 

 零矢はすぐに起き上がり左手に持っていた銃の引き金を引くも水切れが起きたようで閉じられた蛇口のように銃口からは数滴の水しか出てこない。

 

 仕方がなく銃と指輪をGod-tellに戻し剣と白衣で戦おうと落ちている白衣に手を伸ばすもその意図に気付いていた鎧は地面を撃ち抜き、白衣を飛ばして零矢との距離を更に遠くする。

 

どうしてイェネオスを使わないのかと思えばあなた、暴走するのが恐いんですね

 

 指摘された零矢の方を翔と麗華が見ると心なしか剣を握る手が少し震えているように見えた。

 

それもそうですよね。暴走した時にほとんど止めてあげたのがこの子なんですから。今やあの倒れたままの二人に止められる可能性は低い、だからあくまでも武器として使い、鎧は使わないで戦おうとする

 

 零矢の剣を握る手がギリギリと音を立てて強くなっていく。その変化を見逃さなかった鎧は嘲笑うように

 

とんだ臆病者ですね。そんなあなたが勇気の鎧を纏ったところでさほど戦闘力は変わらないでしょうし、良いことを教えてあげますね

 

 というと戦闘を放棄したかのように銃を構えるのを止め、クルクルと回しながら話し続ける。

 

あなたのせいでこの子は私を纏ったのですよ。力があればあなたに認められる、隣で戦えると。健気で哀れなヒロインですよ。あなたが強いせいでこの子は憂鬱になる、あなたがいる限り!この子は憂鬱の呪縛から逃れられない...

 

 鎧は緩急のある喋りで左手を顎に添え、淑女が笑うようなポーズを取りながら零矢を煽り続ける。

 

あなたはこの子の事が好きなんでしょう?だったらあの約束、破れませんよね?つまりどう足掻いてもあなたに勝ち目はない

 

 その罵倒に反論する事もなく鎧を睨み続ける零矢に二人が心配するが鎧は手応えありというように饒舌に提案をし出した。

 

あの二人には提案したのですがこの子をここに置き去りにすればそんな約束反故に出来ます。こんな面倒くさい女なんて忘れれば嫉妬される事もなくなります。この子も誰かに嫉妬する事のない幸せが...

 

「それが幸せってウイッチさんが言ったのか」

 

 しかし鎧の提案を遮るように零矢が口を開いた。先程の自分達のように言い返せなくなってしまったのかと心配していた二人の目には確固たる意思を持っているかのように立つ零矢の姿が映っている。

 

は?だってこれが最適解でし...

 

「そこに本人の意思がないなら、出した結論が周りから見て最適解であっても成り立ちはしない。解の一つかもしくはただの妄言だ」

 

も、妄言ですって?

 

 先程とは一転、零矢の言い分に鎧は狼狽え始める。自らの理念の隙を突かれた言葉に鎧は言い返す事が出来なくなってしまった。

 

「あたかも本人の意思と見せかけて別の誰かが身勝手に決めた結論なんてものは幸せなんかじゃない。それを施行しようものならそれは本人にとって悪夢って言うんだよ!」

 

 零矢の気迫に押されぎみになった鎧は一度考え直し、例えこの場で零矢が自身を論破した所で状況が変わる事はないと気付く。

 

 つまり零矢が言っている事さえも結局は妄言であると理解した鎧は狼狽えるのを止め、自身のペースを取り戻すように

 

何とでも言いなさい。どうせあなたはその鎧を纏って戦おうとしない。何が妄言ですか、あなただって同じですよ。他人から与えられた幸せだってあるはずでしょう。それともあなたはこの子に現実という名の悪夢を味合わせたいのですか?

 

 と言い放つが、零矢も怖じけることなく

 

「俺はその人から逃げないって誓った。例え疎まれようが俺の存在が邪魔だろうが、俺は解決法を共に考え支えてみせる。現実を悪夢だと思わなくなるまで」

 

 と鎧へ言い返し紅蓮の剣を鎧へ向けて掲げる。その時には既に鎧は銃を回すのを止めグリップを固く握り締めていた。

 

こんな女の為によくそこまで...言っときますが例え私を倒してもそう簡単にこの子の憂鬱が晴れるとは思わないことですね

 

「それでも永遠に鎧の中に閉じ込められるよりは良いだろ。惚れた女が泣き続ける世界の方が俺にとって悪夢だからな」

 

 零矢はふとこちらを見る翔と麗華に目線を移す。そして何も言うことなく頷いた。その意味をくみ取った二人は何とか立ち上がると魔王装備を回収しその場を離れる。

 

 再び零矢は鎧へと向き直ると零矢は掲げた剣先を下に向け呪文を口にする。

 

「悪い夢は終わりにしようぜ...魔王解放

 

 それに応えるように剣の装甲が弾け飛び零矢の周りを旋回し始める。大型の剣から一回り小さい両刃に変わった剣を天に掲げ

 

変身!!

 

 と叫ぶと零矢の周りに浮かぶ装甲が零矢目掛けて一斉に集まってゆく。それを見た鎧が零矢に弾丸を放つも零矢は掲げた剣を振り下ろし弾丸を切り裂いて地面に着弾させる。

 

 砂煙が零矢の周りを覆ったかと思うとそれを凪払うように煙の隙間から飛び出した剣が一閃すると、そこには真っ赤に燃え盛るような勇気の鎧である勇敢(イェネオス)を纏った零矢が佇んでいた。

 

 太陽に照らされた黒い仮面に浮かぶ白い眼が真っ直ぐと瑠璃の鎧を見据える。鎧もまた紅蓮の鎧を見据え両者の間に沈黙が流れた。

 

 その沈黙を裂くように先手を取ったのは零矢だった。左足を軸にして地面を蹴ると鎧との距離を一気に詰め振り上げた剣を勢いよく振り下ろす。

 

 鎧はその剣を銃で受け止め、流すが間髪を容れず零矢は左拳を入れた。だが先程まで指輪をはめていた癖が出てしまいパンチの威力がさほど出なかった。

 

 その隙を突いて鎧が零矢の顔面に至近距離から発砲するが零矢は首を傾けて避け左手で鎧の右腕を掴むと捻りながら下に移動させるがそこに鎧の左拳が零矢の側頭部に入れられる。

 

 だが中身の無い左の拳では零矢にダメージは入らず右膝を入れられ鎧は地から足を離す。すぐに零矢は身体を回し鎧の右手を自らの右肩に掛けると背負い投げをする。

 

 鎧は投げられた状態で隙の出来た零矢に発砲しダメージを与えるも背中を打ち付け悶える。すぐに体勢を立て直した零矢はXMAの要領で横に回転しながら寝転んでいる鎧に右脚を振り下ろそうとするが、それを読んでいた鎧は復帰するように起き上がるも

 

なッ!?

 

 先読みしていたかの如く零矢は右脚を振り下ろた体勢のまま右腕を伸ばして鎧に剣を突き刺していた。その突きを喰らい鎧は火花を散らしながら後ろへ吹き飛ぶ。

 

 零矢はゆっくり立ち上がると剣を構え直し近づき立ち上がろうとする鎧に剣を振り下ろした。その剣を鎧は左腕を犠牲にして受け止め、隙だらけの零矢の顔面に弾丸を放った。

 

ハァッ、ハァッ...憂蒼神破弾

 

 無防備な顔面に必殺の一撃を喰らった零矢は意識が飛んだのか剣を手から落とし力無く膝を着く。これで零矢の意識は完全に吹き飛び勇敢(イェネオス)が目を覚ます。

 

(もういいだろ、さっさと俺に意識を寄越せ。越えてはならない一線を越える勇気をお前に...)

 

「まだ...だッ!!」

 

 しかし零矢はイェネオスの言葉を遮り地面に倒れる前に両手を着くと――

 

「今、この場でウイッチさんを救えるのは...俺だけだろ!!!!」

 

 気合いを入れるように自らの額を地面に打ち付けた。血迷ったのかと鎧が驚いているとよろけながらも立ち上がった零矢の黒い仮面には斜めにヒビが入っていた。

 

 やがて白い三百眼が浮かぶ黒い仮面の左側が音を立てて剥がれていきそこから黒煙が漏れ出す。その黒煙の奥には仮面に浮かぶ三百眼に勝るとも劣らない白銀に輝く零矢の左目が確認出来た。

 

あれ...?おかしい...ですよね、何で意識を保ってられるんですか?

 

 只の人間ごときが鎧の支配をはね除けるなどあり得るはずがない、ならばこの人間は一体何なのか。鎧の中に忘れ去られていた恐怖が沸き立った。

 

「…知らねぇよ」

 

 仮面が割れた事により零矢の声が鎧に直接聞こえたかと思うと零矢の拳が鎧の胸に叩き付けられる。その威力は先程とは比べ物にならないほどでたった一発で鎧は遥か後方に吹き飛ばされた。

 

「お前を止められるのはただ一人...俺だ」

 

 剣を拾い上げそう宣言した零矢に鎧は咆哮をあげながら羽を生やして跳躍し零矢の周囲を旋回しながら弾丸を連射するが零矢は手に持った剣に念じるとその刀身を巨大化させ軌道を変えて襲い掛かる弾丸を全て薙ぎ払った。

 

 そして上空の鎧を切り裂くと鎧の羽は砕け地面へと墜落する。それに合わせ今度は零矢が飛翔すると刀身が巨大化した剣を頭上に構え、一気に振り下ろした。

 

 鎧の左肩から右足にかけて一直線に火花が走り鎧は膝を着いた。しかしまだ負けじと立ち上がった鎧が見たのは空を滑るように下降する零矢の持つ剣が今まさに自らの腹部へと斬り込もうとする瞬間だった。

 

ぐああっッ!!

 

 鎧は銃を落とし両手で剣を受け止めるが最早その程度では威力を殺しきる事など出来ない事を察した鎧は呪うように零矢に声を掛ける。

 

グッ...これで終わると、思わない、事ですね。この子が憂鬱に染まる度、私は...ハアッ、再び現れるのですから

 

 零矢が剣を握る手に力を掛けると鎧は覚悟したのか

 

人間に負けるなんて...あぁ、憂鬱...

 

 と呟くのを聞き終える前に零矢は剣で鎧の身体を斬り裂いた。瑠璃色の鎧に亀裂が入り中から黒い煙が漏れ出したかと思うと砕け散るように飛散する。

 

 黒煙の中に卯一が見えた零矢は直ぐ様剣を投げ捨てると勇敢の紅き鎧が風化し白衣を纏った姿に戻りながら倒れ込む卯一を抱き止めた。

 

 卯一は憑き物が取れたかのように顔に赤みを取り戻していた。その美しい眠り顔の頬には一筋の涙の跡が残っていた。

 

 しかし鎧を破壊するほどのダメージを中にいる卯一も受けてしまったが故に卯一の身体は既に光の粒子となって消えかけていた。

 

「...ッ...ゴメン...」

 

 罪悪感を噛み締めながら零矢が詫びるように呟くとふと頬に温かい感触を感じた。目を開くと卯一が残された右手を零矢の頬に当てていた。

 

 卯一は涙で潤った長い睫毛を離すように双眸を開き美しく、同時に優しい顔で零矢を見つめると口角を上げ微笑み掛けた。

 

 その様子はさながら零矢が前に見た悪夢のような光景と酷似していた。それを思い出し零矢は卯一がこのまま本当に消えてしまうのではないかと錯覚し恐怖を抱くも卯一の一言で我に返る。

 

 たった一言、自らが消えてしまう前に一つだけ伝えたい感情。それを絞り出すようにかすれた声で

 

「...ありがとう...」

 

 と卯一は呟くと光となって空中に散華した。フッと軽くなった零矢の両腕は空を抱き、その場には卯一がしまっていたネックレスがポトリと落ちる。

 

 まるで鎧が砕けた時と同じようにマリンブルーのダイヤモンドが砕け散り風と共に流れていった。

 

 虚しさに暮れた零矢が空を見上げるとそこには雨雲が漂っていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「先輩...平気だったんですか?」

 

 零矢が散らかした道具を片付けるようにワイヤーや剣を拾っていると、離れていた翔と麗華がそばに来て声を掛けてきた。

 

「いや、無事ではないな...ほら」

 

 零矢が掌を二人に見せるとその指先は少しずつ光の粒子となって空中に消えていた。鎧の必殺技を顔面から受けた後、零矢はほとんど気合いだけで立っていたようなものだった。

 

「……ウイッチさんは...」

 

 そう尋ねる麗華に零矢は少し悲しそうな目をした後、目線をずらす。二人がその目線の先を追うと地面に落ちた瑠璃の銃があった。

 

「先輩...すみません、僕がちゃんと予知していれば...先輩がウイッチさんを殺さなくても...良かったのに...ッ」

 

「お前の所為じゃない...俺が悪かっただけだ」

 

 零矢は翔の肩に右手を置こうとするも手が光となって消え去りそれは叶わなかった。そして自身の身体のほとんどが光となり始めているのに気付く。

 

「時間が無ぇ、ノアの神力を頼む。ノアと心を通わせ継承してくれ」

 

「あぁ、約束だ」

 

 残り時間が少ない零矢の想いを汲み取った麗華が頷き小指を立てる。それを見て翔も同じように小指を立てると麗華の小指に当てた。

 

 それを見て零矢が残った左手の小指を立て二人に重ねる。円陣のようにその手を下に下げると小指を離し

 

「頼んだぜ」

 

 と言うと零矢の身体は粒子となり宙に散華した。そして存在が消えた事を示すように零矢が立っていた場所にネックレスが残り、地面に衝突する前に完全に消え去った。

 

 それを見守るように見ていた翔が

 

「先輩もウイッチさんも一日で喪うなんて...」

 

 と涙を堪えながら呟くと不審に思った麗華が

 

「ん?別に本当に死んだわけじゃない。この世界観から消えただけだ。元に戻れば生きている」

 

 と説明すると翔は目を見開き

 

「え...じゃあ僕が殺したと思ってたGDも本当に殺したわけじゃ無いのか...何だ、良かった」

 

 と安堵のため息をもらす。しかしその解釈では取り返しのつかない勘違いが生まれるのではないかと危惧した麗華は

 

「確かに本当の意味で殺したとはならないが、それでも殺人に当たる行為をした事に変わりはない。それは私もウイッチさんも説明不足だった。だから切り換えが重要...現実とこの世界を混同してはいけない」

 

 と翔に忠告する。それを聞いてそうですね、と軽い返事を告げると気持ちを入れ換えるように翔は立ち上がった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「よっ、お疲れさん」

 

 目を開くとそこには片手を顔の横に上げ声を掛ける“神”がいた。戻って来たという安心感に身体の力がどっと抜けていく。

 

 少しふらついてしまった俺はそばにあったソファに寝転んだ。気を抜いたら眠ってしまうほど体力を使い果たしていたようだった。

 

 そもそも怪我をして万全とは言えない状況で無理に身体を動かしたのだ。まぁ向こうの世界で受けたダメージが現実世界の自分に跳ね返って来ないだけマシか。

 

「おいおい、寝るなよ?お前はもう一つやらなきゃいけない事が残ってるんだから。ほら、待っている人の所に帰れ」

 

 寝転ぶ俺に“神”は掌を向け衝撃波を放つ。ソファに埋もれていくような感覚を受け、目を閉じると重力場がぐるりと回転したような感覚を受け、ゆっくりと目を開けると暗い部屋の椅子にもたれ掛かっていた。

 

 頭に付けられたヘルメットを取り外し立ち上がってストレッチのように腕を伸ばしながら自分が座っていた席の隣を見るとそこに彼女はいなかった。

 

 ふと、この部屋に入るための唯一のドアから光が漏れているのが目に入る。その扉を開け見慣れた円卓がある部屋に入ると、その一席に腰を掛け顔を伏せた赤茶髪の人物がいた。

 

 こんな時、どう声を掛けて良いのか俺にはわからなかった。“神”や真のように気さくならすぐに話せるかもしれない。麗華や巳羅のように同性ならその気持ちに楽に寄り添えるのかもしれない。

 

 だが今は二人だけである。四月から何度も二人きりになる瞬間はあった、しかしその時とは比べ物にならないほど重い空気に押し潰されないように呼吸をするのが精一杯だった。

 

 しかし立っているだけでは何も変わらない。彼女が殻に閉じ籠っているのなら俺がその殻を壊すしかない。俺はそうやって歩み寄る方法しか知らない。

 

「ウィッチさん...ごめんなさい」

 

 口にした謝罪と共に頭を下げる。この言葉を彼女が聞いているかどうかはわからない。だが今の自分がして良いのはこれだけなのではないかと思っていた。

 

「君だけのせいじゃない...」

 

 か細い声が聞こえ、俺が顔を上げると目元が赤く腫れた彼女がこちらを向いていた。その表情を見て罪悪感が込み上げて来た俺は

 

「いや、俺のせいです...何も考えずにあんな言葉を言ってしまって...それが原因でウイッチさんがああなってしまっとするなら、責任は俺にあります」

 

 と再び頭を下げながら話す。すると

 

「やめて、頭を下げないで...後輩クン待っててくれたんでしょ、あの時私がいつか話すって言ったから。その優しさに甘えたのは私...」

 

 彼女がそう言うので頭を上げると彼女はその目に涙を浮かべながら

 

「待っててくれるから、いつか言えばいいからって後回しにして...結局言うのは物事が終わってから。リスク管理が出来ていなかったのは私の方。勝手に憂鬱になって暴走したのは全部...私の力不足だよ...ゴメン」

 

 と顔を下げながら自傷気味に言った。それを見た俺は何かに突き動かされたかのように彼女の両肩を掴み

 

「違う!あなただけのせいじゃない!」

 

 と声を挙げていた。考えるよりも先に身体が動いていた。彼女が自責の念で押し潰されるのを防ぎたかったのかもしれない。

 

「俺が...もう少しウイッチさんの事を理解していれば...もっとちゃんと...見ていたら憂鬱になることはなかったかもしれないじゃ...」

 

 思わず言葉に詰まってしまう。俺は今まで彼女の何を見てきたんだ?共に暮らしているのに、しかも一度わかっていたはずの心の闇が増大するのを気にも止めなかった。

 

 知らなかったら教えなかった方の責任なのだろうか。社会の中ではそれは基本かもしれない。しかしこの場合はどうなのだろうか。冷静さを欠いた俺が放った言葉が今回の出来事の引き金となった。その事実は変わらない。

 

 周りが見えていなさ過ぎなのだ。魔王装備を安易に使えばどうなるか。自分が犠牲になるだけじゃない、周りが巻き込まれる。だからあの時自分がしたことをしっかりと謝るべきだった。

 

 あの時麻奈に言われた自分が正しい事をしたと思っていても、それは他人に迷惑を掛けた事に変わりはないという言葉は的を得ていた。

 

 俺は彼女の肩から手を放し、目線を反らした。すると急に頭の上に温かい感触を感じる。それは彼女の手が子供をあやすように俺の頭を撫でていたからであった。

 

「ゴメンね...気を使わせちゃって。ダメな先輩だなぁ、私...ゴメンね」

 

 消え入りそうな声で彼女は何度も謝った。俺が強いと思っていた彼女の心は脆く、簡単に壊れてしまいそうで怖い程に弱かった。それを歳上という強がりで隠しながら接してきたのだと理解する。

 

 この人の涙をもう見たくない。そんな思いが込み上げてくる。この人が悲しまないように守りたい。その気持ちは自分勝手でエゴにまみれているかもしれないがそれでも俺は...

 

「あぁ、もう!!暗い、暗い、暗いッッ!!」

 

 唐突に“神”がモニターの中に現れ、二人して驚き身構えてしまう。

 

「ちょっと謝れば終わるだろ、なぁーんでそうどんどんマイナス方向に行っちゃうかなぁ、二人とも反省してるならそれで良いだろ」

 

「いや、でもそんな訳には...」

 

「お前ら面倒くさい!!もう今からお互いに謝るの禁止!!」

 

 と言い放つと無責任にもモニターから消え去る。空気感を強制的に変えられてしまったため何と声を掛けていいかわからず俺はチラチラと彼女の方を見ると、同じように思っていたのか彼女と目が合った。

 

 何だか恥ずかしくなり互いに目を反らす。話の種は何か無いのかと俺が探すと、彼女が神事屋Tシャツのままだということに気づき

 

「あっ、白衣...借りちゃってて、どうぞ」

 

 すぐに白衣を召喚し彼女に手渡す。彼女は受け取ると腕を通さずに羽織った。そして何かを確認するように生地に顔を近づけると

 

「何だかキミの匂いがする」

 

 と言うので俺は汗や血が滲んでしまったのかと思い

 

「えっ!?あっ、ごめッ、あダメだ、えーっと...洗います!」

 

 と再び白衣を受け取ろうと手を伸ばすが、彼女は渡さないというように裾を握り締め

 

「やーだよ♪返してくれたんじゃないの?」

 

 と無邪気に笑いながら立ち上がって俺の手から逃れる。いつもの調子を取り戻したのかと安堵するが、同時に自分の心の中で彼女に対する新しい感情が芽生えたのを感じた。

 

……可愛い

 

 歳上の女性に対してその表現は失礼かもしれない。しかし、今までは綺麗な、美人だと思ってはいたがそれは端から見れば誰もが思うであろう感情だった。

 

 だが、この瞬間だけはその愛くるしさを俺だけに見せてくれているのではないかと錯覚してしまう程、一人の女性としての彼女がそこにいた。

 

 その彼女は今、手を口に当て頬と耳を真っ赤に染めている。その反応を見て俺は思っていた事を口に出してしまったのだと気付き咄嗟に口を塞ぐ。

 

「えっ...あ、うぅ...あり...がと...アハハ」

 

 迷惑だったかと思い即座に謝ろうとするが“神”のルールのせいでそのまま言うわけにもいかず何か言い回しがないかを必死に考えた。

 

 しかし理系である俺の脳内言語の引き出しに遠回しに謝る言葉など入っておらず、頭に手を当てて考えていると

 

「あの...さ、ちゃんと言ってなかったから、言うね」

 

 彼女がそう呟いたので俺は頭から手を放し彼女の方を向いた。彼女は少しの間、目を反らしていたが意を決したのか、大きな黒い瞳でまっすぐ俺の方を見ると

 

「助けてくれて...ありがとね。零矢くん...」

 

 と初めて俺の事を名前で呼んだ。後輩クンやキミと呼ばれ慣れているせいでしばらく放心状態になっていると彼女は恥ずかしそうに顔を反らし何かを呟いているようだった。

 

 そこで放心状態から戻った俺が声を掛けると

 

「えっ、今...」

 

「た、たまにはね!!名前を呼んであげようかなって!そ、そんな深い意味はないからッ!」

 

 強調するように言い直されてしまい、そうですよね、と同意しようと口を開くが心のそこで何かがチクリと胸を刺したような気がしてならなかった。

 

(惚れた女が泣き続ける世界の方が俺にとって悪夢だからな)

 

 先に自分が言った言葉が思い出される。半ば無意識で言ったあの言葉通りなら俺は彼女に惚れているのだろう。巳羅姉から言われた時でさえ強く否定出来なかった。

 

 しかも姉貴のように強さに惚れる憧れのような感情ではなく妖美卯一という一人の女性に恋愛感情を抱いている。

 

 しかし今の彼女と俺の関係は友達以上家族未満、互いの目的の為に利用し合う協力者である。彼女にとって俺はきっと弟のような存在なのかもしれない。はっきり言えば男としては見られていない。

 

 それでも今回の件で邪険に扱われたりしなかっただけまだ良いのだろう。だから決して変な勘違いを起こさないようにこれからも彼女を支えていけるならいつかは...

 

「お久しぶりのツンデレ発言ですね、俺だけ後輩呼びでしたから何か至らない所があるのかと勘違いしてました」

 

 そんな風に出任せを口にして作り笑いをした。




巳「つーわけで仲直りした零矢を招待してまーす」

零「どうも...神木零矢です」

ク「本編ではまだ私と面と向かって話した事はないですが、ここでは関係ありません。今回のお題はズバリ!」

卯「零矢くん...あっ!?後輩クン宝くじ問題です...ちょっそこの女性陣!!ニヤニヤしない!」

神「で、お前どれを買っていくら当たったの?」

零「バラで買ってたまたま...一等は六億でしたかね」

巳「ろ、六億って...換金は?」

零「売場に持っていったら当たってるって言われてそれからその人の指示で銀行に。そこで通帳にですけど...あ、でもその前に別の部屋に通された気が...え、何かおかしいですか?」

ク「今、預金は?」

零「えぇ...えっと一千万もないですかね、神事屋本部でほとんど業者に払っちゃいましたし...」

神「おい、お前まさか...」

卯「今日のゲストは後輩クンでした~。次回は未定です。じゃ後輩クンは先に帰って、私達は取り貯めをするから」

零「えっ...あっさり。お、お疲れさまでした」














卯「前から変だなとは思ってたけど、彼の当選は恐らく裏がある気がする」

ク「それもですけど業者に五億強って豪邸でも立てるつもりですか」

卯「いや神事屋本部は占い館の跡地に建設予定の事務所的なもの、そんな建物に五億なんてかからない」

巳「零矢詐欺に引っ掛かってるじゃないか...」

卯「それは後で私がその事務所に問い詰める。二人とも来てくれる?」

ク「ウィッチ一人じゃ心配ですし、レイヤが可哀想ですしね!」

巳「私も賛成だ。で、話は戻るが確か五十万を越える賞金の受け取りは未成年じゃ無理なんじゃないか」

卯「購入には問題ないけど受け取りには身分証明書と印鑑が必要、未成年ならまず一人じゃ換金できない...それに後輩クンが当たったのは本当に一等?」

神「どういうこと?」

卯「売場で当たってるって言われたって事は彼本人は当選番号を確認していないってことだろうし、それに彼の両親は明らかに同伴していない...なぜ銀行側がそれを言わなかったのか?身分証明書から未成年とわかっているのに...」

ク「あれですかね、本当に一等当てた人とは別にレイヤの番号を当たりと見せかけて本来の手続きではなく賞金を与えた...とか」

巳「何でそんなこと...大体零矢が連番かバラを買ったかすらわからないだろうし...」

卯「いや...わかるかもしれない」

神「え?どうやって」

卯「忘れてたよ...このくじをやっている会社が、家だったことをね...」


to be continued...

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