俺達と神達と空想神話物語   作:赤色の魔法陳

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ク「ハロー、皆様」

卯「そんなソ●みたいな口調でこられても...」

巳「卯一に倒されるぞ、“ウィッチ”だけに」

卯「上手い」

ク「だじゃれですか...」





零「え?誰?ちょっ...なんか女子大学生の日常になってるんだけど!?」

麗「私達高校組の立場が...」

翔「あのー、先輩。今回ちょっとまずいんじゃないんですか...」


爆発する感情

「それにしても珍しいですね。ウィッチはてっきりこういう物には興味無いと思ってました」

 

「アハハ...意外とあるんだよ」

 

 箱舟ノ書展示エリアにクレアと卯一の姿はあった。頑丈なガラスケースの中で深紅の絹の上に置かれた方舟ノ書を十分以上見つめていた。

 

……表紙がボロボロだけで見た目は天界ノ書みたいな洋書風だな...

 

 元々天界ノ書の中に記された話の一部を切り取って別の本にしたと言われているのが箱舟ノ書である。なので書物の中の設定は地続きらしい。今で言えばタイトルが天界ノ書、サブタイトルが箱舟ノ書であろうか。

 

 勿論今から二千年以上前の作品である為、作者は不明。古事ノ書の名前が似ている理由は天界ノ書に影響を受けたと言われているがまさかそれが現代でノ書シリーズと言われるとは古事ノ書の作者は思いもよらなかっただろう。

 

 実際何故ノ書シリーズで神代の世界に飛ぶ事が出来るのか詳しい事は卯一にもわからない。ノ書シリーズには現代科学では説明出来ない何らかの力があるのかもしれない。

 

 そもそも次元超越マシーンも“神”ありきの機械であり、“神”が協力的だから良いもののもし反逆の意思を示せば神代の時代に飛ぶ事は不可能となり、いくつかの神力を集めて零矢を生き返らせる計画が水の泡になる。

 

 “神”の正体もハッキリしない中、この状況下で零矢の蘇生などほとんど運頼みな状態であった。それでも卯一が零矢に協力するのは紛れもない贖罪の思いからだった。

 

 卯一が過去に後悔しているのは二つ、一つは置いておくとして、残りの一つが親友を助けられなかった事だった。神崎(かんざき) 貴奈子(きなこ)。クレアはおろか巳羅すら知らない卯一の親友だった。

 

 家を出たばかりの中一の時に貴奈子に出会い、それからどこかに一緒に遊びに行ったり、その知り合いに会いに行ったりした。同年代の友達がいなかった卯一にとって貴奈子は唯一気を許せる相手だった。当時は巳羅ともあまり会っていなかった原因もあるだろう。

 

 “神”を見つけて来たのは貴奈子だった。卯一に自慢気に

 

(何か旅行に行った神殿の中に落ちてた)

 

 と言って掌サイズの石板を持って来た。卯一が心の中で神殿から石板持って来ちゃダメでしょ、とつっこんだのは置いておき、それを解析した際に中に存在していたのが“神”だった。

 

 “神”は目覚めた時、既に記憶を失っていた。覚えているのは自分には何か目的がある事、人知を凌駕した力を認知出来る事だった。

 

 目覚めてすぐに卯一を指差すと天才(ジーニアス)と言い、貴奈子を万能(マルチ)と呼んだ。それこそが人知を越えた『聖なる力』であり、地球上に後五人存在し、その能力名を二人に教えた。

 

 もう一つ“神”が覚えていたのは自分が持っている三枚のカードの使い方だった。死者蘇生(リサステーション)と書かれたタロットカードのような物を“神”は三枚所持していた。これを死体に当てて念じれば死者が甦るという代物だった。

 

 友好の証にと“神”は現実世界にそのカードの内の二枚を具現化し卯一と貴奈子に一枚ずつ渡すと、甦らせた人物は完全に生き返る訳ではなく、永遠に仮死状態のままになるから使う時には慎重にと念を押した。

 

 残りの一枚は“神”が所持し恐らく零矢を生き返らせる為に使用されたのだろう。貴奈子は亡くなる前に知り合いを助ける為に既に使用していた。もう一つは...

 

「ウィッチ!大丈夫ですか?」

 

 余りにも長く凝視していた卯一を不審に思ったクレアが声を掛ける。まさかどうやって拝借しようかなんて考えていたなど言えない卯一は少し考え事をしていたと誤魔化した。クレアはきっと是野の事だと思い深く追及しなかったので卯一の思惑がバレる事はなかった。

 

 取り敢えず長居をするとガードマン達に怪しまれる可能性を危惧し卯一はクレアを連れてそそくさと退散する。それから地図を広げると景子と約束していた講義の場所を探していると後ろから声を掛けられた。

 

「卯一先輩?」

 

 振り向くと黒髪のセミロングのボランティアと書かれたビブスを着た高校生らしき女子が立っていた。その髪型に覚えがなく卯一は一瞬固まるがすぐにかつての後輩だという事に気付く。

 

「弥生ちゃん?えっ、久し振り!前はショートカットだったから、大人びたね~!」

 

「あれは先輩に憧れてやってたんですよ」

 

 すぐさま意気投合した二人に邪魔にならないようにクレアは透明化して少し距離をとった。その為、弥生はクレアに気付く事なくよく懐く犬のように卯一に話しかける。

 

「先輩も大人っぽいです!特にその...ここらへんが」

 

 自分の胸を撫でるようにする弥生に、言いたい事がだいたい理解出来た卯一は苦笑いする。何故ここまで懐かれているのかというと、実は卯一は元生徒会書記であり当時一年だった弥生の面倒をよく見ていた為にここまで懐かれたのだ。

 

 だが零矢が入ったのは二年の後期なので卯一の存在を知る由もなく、また零矢が執行部に所属しているのを卯一に言っていない為に零矢は卯一にとってまた別の意味で後輩クンだったりする。

 

 勿論共通の知り合いである弥生もまさか自分がスカウトした同級生と憧れてた先輩が現在同じ屋根の下で暮らしているなど夢にも思っていない。世界は狭いものだ。

 

「執行部の方は大丈夫?」

 

「あぁ...一人転校していなくなっちゃったんですけど欠員は補充しましたし、何とか...」

 

 その時轟音が鳴り響いたかと思うと地震が起きたかのように地面が揺れて二人は立っていられなくなり倒れる。先に起き上がった卯一が周りを見回すと黒煙が立ち込めているのが確認出来た。

 

……爆発!?何で?

 

 卯一はすぐに弥生を起こすと逃げるように促すが、弥生は卯一に共に逃げようと腕を掴んだ。卯一は大学生のボランティアには非常事態に避難する人々を誘導する義務があると告げて弥生を行かせるとバックから白衣を取り出して着込んだ。

 

「早く逃げてください!早く、こっちは安全です!」

 

 慌てて走り回る人々を黒煙と反対方向へ誘導しながら卯一は黒煙が立ち上る方へと進んでいく。その時周りを見たがいつの間にかクレアがいなくなっている事に気付いた。

 

……避難したのかな...ってあれは...

 

 目の前から是野が歩いて来るのが卯一の目に入り、鼓動が速く波打つ。是野は零矢に注意された後、卯一達が箱舟ノ書を見ている間に再び卯一の近くに来ていたのだ。

 

「あれ?卯一じゃんか」

 

「い...いや」

 

 恐怖で卯一は声が出なくなり後ろへ後退りしていく。しかし取り巻きに後ろへ回られてしまい後ろにも下がれなくなってしまった。

 

「今なら誰もいないからなぁ?」

 

 何を意味しているのか嫌でもわかった卯一は倫理観すら逸脱している是野に吐き気を覚える。全身に鳥肌が立ちその場に座り込んでしまった。

 

「何してるんですか!!」

 

 卯一に迫ろうとしていた是野達に駆け付けた翔が声を掛けた。同じボランティアと書かれたビブスの零矢に注意された事を思い出し、気分を害した是野は懐に手を入れるが

 

「なるほど聞いた通りの馬鹿ですね」

 

 と毒を吐き是野を睨む。しかし零矢と違って睨んだとしても是野に対して余り効果はなかった。零矢から聞いたのだろうと思った是野は

 

「口には気をつけろ、彼女と一緒に避難しようと思っていただけだ」

 

「えっ、彼女!?」

 

 予想外の発言に驚いた翔が卯一を見るが、卯一は小さく首を横に振っていた。それを見て普通に気持ち悪いという感情が湧いた翔は

 

「強引な男は嫌われますよ、その人にはお似合いの紳士的な人がいるんで」

 

 と挑発するように呟くと能力を発動させるのをわからせないように一度目を閉じる。そしてすぐに是野に近づくと、翔を離そうとする取り巻きの手を躱しながら卯一の手を掴んで是野から距離を取った。

 

 しかし、翔に手を掴まれた卯一は急に嫌悪感が走り、翔の手を振りほどいてしまう。それに驚いた翔は強く掴み過ぎてしまったと思い謝る。

 

「どうでも良いけど君は信頼されてないみたいじゃ...」

 

 是野が勝ち誇ったかのように話している最中に突然狙撃されたかのように倒れた。慌てた取り巻きがすぐに是野を起こし一目散に逃げていく。何が起こったのかわからない翔が焦る中、卯一はクレアが助けてくれたと気付く。姿を見せないのは翔が一緒にいるからだろう。

 

「クリア、出てきて良いよ。この子は大丈夫」

 

 卯一が虚空に向かって呟くとまるで幽霊のように半透明なクレアが目の前に浮かび上がる。そして徐々に透明から普通へと戻っていった。

 

「Hallo、この子がウィッチの好きな子?」

 

「初めましてですが多分違うと思います...」

 

「ちょっ、翔君に何言ってるの。今の後輩クンには言わないでね!?」

 

 本当に両想いだったと確信した翔はさっき是野に向かって言った挑発が全く間違っていなかった事に気付いて安堵する。するとクレアが翔に手を差し出すと

 

「私が少し離れていた間にこんな事になるとは不覚です...守ってくれてありがとうございました」

 

「いえいえ、巳羅さんに頼まれたので」

 

「えっ、巳羅姉来てるの?ってか会ったの?」

 

「はい、零矢先輩も一緒に」

 

「後輩クンにも来てるの!?」

 

 卯一は心の中でまた掴み掛かられたのでは無いかと気が気でなかったがそれは全くの杞憂であり、実際は自分と同じ姉のような立場になっている事には気付かない。

 

 それに卯一は翔の言った挑発が果たして嘘なのか本当の事なのか判別が出来なかった。嘘ならば良い、だがもし本当ならば一体誰がお似合いなのだろう、それが零矢だったら...なんて考えていると再び爆発音が鳴り響く。

 

 次に爆発したのは入り口の方向だった。避難民が危ないと思った卯一が翔に入り口に戻ろうと声を掛けようとした時、また爆発音がした。今度は意外と近く箱舟ノ書が展示されているエリアの方から煙が出ていた。まさかGDが方舟ノ書を狙っているのではと思った卯一はその方向へと駆け出そうとするも入り口の方にも行かなければと足を止めてしまう。

 

「入り口の方向は零矢先輩と巳羅さんがいます、最初の爆発の方には麗華さんが行ってますから僕達は近くの爆発した所へ行きましょう!」

 

 予知を使った翔がそう促すと卯一はクレアに逃げるように伝えるが、クレアは人手が足りないであろう麗華の方へ行くと行って透明化してしまう。こうなれば最早止める事は出来ないと思った卯一は翔を連れて爆発現場へと急いだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……ということがあって見事零矢は追い払ったという事だ。偉い偉い」

 

「巳羅姉、全部見てたんですか...」

 

 まるで身内の活躍を自慢気に話すように零矢がした事を巳羅は翔に話した。何気に零矢の巳羅に対する呼び方も馴れ馴れしくなっている。これが掴み掛かった、掛けられたの関係とは到底思えなかった。

 

「取り敢えず問題無いなら僕は持ち場に...」

 

 と翔が話している途中に急に爆発音がしたかと思うと遠くから黒煙が立ち上った。瞬時に爆弾が仕掛けられた可能性を導きだした零矢が黒煙の方向へ走り出そうとするのを巳羅が掴んで止める。

 

「テロかもしれないから、客の避難誘導が先だ!向こうには卯一がいるかもしれないから私達はこっちだ!」

 

「それに多分麗華さんも向こうにいるはずです!」

 

 巳羅の提案に賛成した翔が発言し、それを理解した零矢が周りでざわつく一般市民達を入り口の方へ誘導を開始する。それを確認した巳羅が翔に耳打ちする。

 

「卯一が心配だから助けに行ってくれないか?」

 

「えっ、それなら先輩の方が」

 

「ダメだ、多分卯一は零矢が近くにいるとダメなタイプになりそうだからな。互いを気に掛ける余り判断が鈍ったら生死に関わるかもしれない。だから坊やが行って、お願い」

 

 そう翔の肩を掴んで懇願する巳羅に翔は頷いて予知を発動し、卯一がいる場所へと走って行く。それを見送った巳羅はすぐさま零矢に加わり、慌てふためく客を誘導していく。

 

 すると零矢は路地へ続く道の脇に置かれていたバッグを見つけた。誰かの忘れ物だろうか、取り敢えず預かって置こうと思い、中身を確認しようとするが違和感を感じ、God-tellで中身を『探査』すると、中には時限式の爆弾が詰め込まれているのに気付く。タイマーを確認すると数値は残り三分を示していた。

 

「巳羅姉ッ!!ヤバい、ここに爆弾がある!!後三分しかない!!」

 

 その爆弾という一言でギャラリーの顔が恐怖で満ちて行き我先にと他者を押し退けて進む者まで現れてしまう。このままでは更なる犠牲者が出てしまうと思った巳羅は

 

「落ち着け!!慌てないで行動しろ!零矢!!時間ギリギリでそれを上に投げろッ!!」

 

 と指示した。それに応えるように零矢はGod-tell越しのタイマーを凝視し、投げるタイミングを頭の中でデモンストレーションしていると、再び爆発音が鳴り響いた。その場所を探すように零矢が辺りを見回していると

 

「零矢!そろそろ投げろ!おい、全員伏せろぉぉッッ!!」

 

 という巳羅の声で再び自身が持った爆弾に目をやると既に残り二十秒を切っていたのでハンマー投げのごとくバッグを振り回して遠心力を付けて頭上に投げ飛ばし自身もすぐに伏せる。

 

 建物の三階ほどまで上がったそのバッグは最高点に達する直前で爆発し、熱風が吹き抜けた。巳羅の指示で避難する人々が伏せていたのもあって負傷者は少なかったが真下で爆風を受けた零矢は平気なのか心配になりそちらを見ると

 

「いって...着ておくもんだな、これ...」

 

 ビブスは爆弾の破片等で焼き切れていたがその下に着ていた神事屋Tシャツのお陰で素肌へのダメージは完全に防いだ様子だった。

 

「おい、早く逃げろ!」

 

 巳羅が周りに声を掛け始めた時、再び爆発が起きる。その音を聞いた全員は再び慌てだし入り口の方へと走って行った。辺りに人気が無くなったのを確認して巳羅は零矢に話し掛ける。

 

「これ、冗談じゃなくマジでテロみたいだな」

 

「どうやらそうみたいですね。他にも仕掛けられていてもおかしくないですが、狙いは一体...まさか」

 

 零矢の頭に一つの可能性が横切った。この会場には箱舟ノ書が展示されている真っ最中である。箱舟ノ書の展示は午前中だけなので展示されている時間帯を狙って爆発騒ぎを起こしたのなら辻褄が合う。

 

 そう考えた零矢が展示エリアの方へ走り出したので巳羅もそれを追おうとすると二人の前方に覆面でも被ったかのように顔が無くお揃いの茶色いコートを羽織った数人が歩いて来た。

 

 こんな非常時に悪ふざけか、と思った巳羅が注意しようとするのを零矢が止める。不思議に思った巳羅がその数人をよく観察するとコートの隙間に何か液晶画面のような物が見えた。

 

「まさか、爆弾巻き付けてるの?」

 

「自爆テロ...ですかね。取り敢えず気を付けてください」

 

 巳羅を一度自分の後ろへ下げ、零矢はコートの数人に対し戦闘態勢になった事を告げるように構える。コートの数人はそれを気にも止めず二人を通り抜けて入り口の方へと行こうとしていた。

 

 避難した人々に狙いを定めていると確信した零矢は一番近くにいた個体の肩を掴んだが意にも返さず進行し続けるので振り向かせるように零矢が強く肩を引くと振り向いた勢いで腕を叩きつけられた。

 

 零矢が手を離すと再び同じ方向へと進行していく。動く人形の類いかと思った巳羅が一つの個体の前に立ち、歩くスピードに合わせて後ろ歩きをしながらそのコートの前を開いた。

 

 そこには胸部をぐるりと一周するように装置のような物が巻かれており、正面の液晶には残り時間を表しているであろう数字が徐々に減り続けていた。

 

「進行の邪魔をしなければ大丈夫みたいだけど、タイマーが後七分しかない!!」

 

 歩く速度から予測するとこの場所から七分歩けば入り口の外だと零矢は計算した。更に入り口の外で爆発させる事のメリットを考える。あり得るとしたら警察や消防が会場内に入って来るのを遅らせる事しかない。それに会場への入り口は一つではなく脇道からも出入り出来る事を考えれば、それぞれの場所に同じ個体が存在するかもしれないという結論にたどり着いた。

 

 すぐさまワイヤーを召喚すると進行する全員を一斉に捕まえるようにフックに念じた。その意図を察した巳羅が個体同士がぶつかって衝撃で爆発するのを防ぐ為にコートを引っ張って上手く全員の身体を寄せる。

 

 ワイヤーが全ての個体に巻き付いたのを確認した零矢は少しずつ縮めと念じながら自身も後ずさりしていく。掴まった状態でも進行しようとするらしく気を抜いたら零矢が連れて行かれてしまうほどの力に耐えながら、近くの電柱に射出機をくくりつける。

 

「巳羅姉、一旦外に出て注意喚起してくれませんか?」

 

「お前はどうするんだ?」

 

「中から食い止めます、多分同じ奴らがそれぞれの出入口の所にいると思うので。各出入口に近付かないように言ってください」

 

「わかった、気を付けろよ」

 

 巳羅が走って行ったのを確認した零矢は天宇受売命の神力を纏い、巫女服を更に着崩したような際どい服装になると別の出入口に向かいながらイヤホンマイクを召喚する。

 

「“神”、全員にイヤホンマイクを召喚してくれ」

 

「了解...ほら良いぞ」

 

「こちら零矢、中央入り口の近くであった爆発の近くにいる。皆はどこにいる?」

 

「...こちら麗華、ただいま首謀者と戦闘中だ。悪いが切るぞ」

 

「こちら卯一、翔君と一緒に箱舟ノ書を...うわっ!!あっぶな!?取り敢えずこちらも戦闘中!!」

 

「了解しました」

 

 まさか自分以外の全員が戦闘中なのかと驚いた零矢は自分一人で残り六分程で出入口に現れるであろう爆弾を巻いたコート人間達を対処しなければならないのかと焦りを覚えながらどうすれば効率的に対処出来るかを考える。

 

 手持ちのワイヤーは残り一つ、移動は天宇受売命の神力で移動し、諏佐之男命か月読命の神力で打ち上げて爆発させ残り時間がギリギリになれば天照大御神の神力で体力切れを覚悟で走り回って光線を照射、それでも無理なら『紅蓮の剣』で出入口付近を建物ごと切り裂く事を決め、近くの出入口へと急いだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「私、巻き込まれ体質でもあるのかな...」

 

 二十秒程前に爆発音がした方向へ麗華は向かっていた。逃げ惑う人々を掻き分けて煙が上がる場所へと走って行く途中で人混みの中に顔が無い不自然な人間を複数見掛ける。

 

……あの人形...いやコピーかあれは確か...

 

「よぉ、翠女神(ゴッドネス)

 

 逃げ惑う人々の最後尾に季節に合わないような茶色いコートを羽織った人物が麗華の目に止まる。その人物は麗華には見覚えがあった。

 

 かつて麗華がGDに所属していた頃、つまり霊香だった頃、GD内には死神候補と呼ばれるメンバーが何人かいた。GDの部隊の中でも並外れた戦闘力を持つ者が配属される死神部隊、配属されれば任務失敗によるペナルティを受ける事がない、下っ端からすれば憧れの部隊である。

 

 だがそう簡単に配属されるわけもない。例えば誓石(オリハルコン)製の武器を無効化したり、味方が受けた傷を瞬時に治したり、音速を越えるスピードで移動出来たりと個々が持つ能力を存分に発揮し、尚且つ戦闘力、物怖じすることない精神力と三拍子揃う事が最低条件である。

 

 そして既存の死神部隊に配属される可能性が高いメンバーを死神候補と呼び、麗華の他に三人程いた。一人は噂程度だが能力の危険性故に追放された者、一人はその圧倒的戦闘力から能力を持ち得ていないまま即座に主要メンバーまで登り詰めた超ルーキー、そしてもう一人が...

 

爆団長(ボンバーマン)...」

 

 レトロゲームの主人公のような名前をした爆団長と呼ばれる男は自身が長となる団を率い、主にテロ用に使う爆弾を製作する技術部の人間であり、その能力名は雑兵(ソルジャー)、伏兵を創り出す能力である。

 

 流石に人間一人まるごと創れるというわけではなく、ある程度の目的をインプットされ、その目的の為にしか動かないという人形を創り出すイメージに近い。その為、どの基盤を組み立てるのかインプットして置けば爆弾の大量生産が可能になる。

 

 能力と自身の技術力を上手く組み合わせた爆団長はそれ故に死神部隊からも一目置かれる存在であった。更に爆団長の名前通り爆団(ボマーズ)という下っ端のメンバーを従えているので部下からの信頼も厚い。群れを作らず個を意識していた麗華とは真逆の存在でもあった。

 

「昔話に花を咲かせたいが今は任務中でね、箱舟ノ書を盗まなければいけないのでな」

 

 爆団長がコートの袖を捲って腕時計を確認すると遠くから爆発音が鳴り響いた。麗華がその位置を確認するとメインエントランスの方向だった。

 

「おや?君は正義の味方になったんじゃなかったか?行かなくて良いのかい」

 

 再び爆音が響き麗華が後ろを向くと今度は箱舟ノ書の展示エリア付近から煙が上がっていた。麗華はその場所に向かおうとするも、もしこの場で爆団長を見逃したら新たな爆弾を設置しかれないと考えその場にとどまって爆団長に対峙した。

 

「私には仲間がいる、信頼出来る仲間がきっと対処してくれるはず、だから私はここでお前を止める」

 

「随分と仲間に依存しているではないか、そこまで信頼出来るとは驚きだよ。まぁ俺も似たようなものか...」

 

 爆団長の両目が白色に輝くと目が錯覚を起こしているかのごとくそのシルエットが重なっている様に見えて来る。すると全く同じ体型をした顔だけが無い人形が出来上がった。

 

 創られたコピーが襲い掛かるのを麗華はバックステップで避けると脇腹に蹴りを入れるがコピーは痛みを感じないのか全く動じることなく肘で麗華の脚を挟み片方の腕で脚を折ろうと腕を振り上げる。

 

 それを防ぐ為に宙に壁を作った麗華はそこに手を置いて重心とし、掴まれていない方の脚を振り上げ側頭部へ直撃させる。痛みは感じていなくともコピーの態勢が崩れたお陰で脚が自由となり、すぐさま着地してコピーが態勢を戻す前に振り向きながら麗華は蹴りを放った。

 

 蹴りをまともに喰らったコピーは爆団長の横をすり抜けて地面に転がるが爆団長はそれに見向きもしない。コピーが受けたダメージはどうやら本体には全く影響が無いらしい。再び爆団長が目を光らせると今度は両隣に全く同じコピーが出来上がる。

 

……コピーだけでも三対一...このまま増やされたら本当に面倒だな、コピー出来る回数に限界は無いのか?

 

 麗華の考えている通り、爆団長のコピーには限界が存在する。コピーを創る為には能力者自身の細胞を触媒としなければならない。故に大量にコピーを創ったならば、身体中のあらゆる細胞がコピーへ移動してしまう為、能力者は生命装置はおろか身体の形を保つ事が出来なくなる。更にそのコピーが死滅した場合、自らの細胞が再び身体に戻るなどという事はない為、永久機関として能力を使用出来るわけではない。

 

 爆団長はこのデメリット故にあまり表立った活動をしなかった為に死神部隊に配属されないままでいた。しかし、今目の前にいるのは組織を裏切った翠女神の名を持つ麗華である。裏切り者の首を持ち帰れば死神部隊に配属される事はほぼ確実、そう踏んだ爆団長は更に二体コピーを生成した。

 

……五対一...アグで一掃したい所だが北街とは違ってこんな場所で魔王装備なんて使って暴走したら洒落にならない...ん?

 

 麗華が『翡翠の弓』の使用を悩んでいると突如God-tellからイヤホンマイクが召喚され、耳に取り付けられた。それは零矢からの通信だった。それを隙だと判断したコピーが一斉に麗華目掛けて襲いかかろうとする。

 

 麗華は先頭のコピーの胸を蹴り飛ばし、後ろに続いていた別のコピーを転倒させると、透明な足場を作り一度空中に避難する。

 

「こちら麗華、ただいま首謀者と戦闘中だ。悪いが切るぞ」

 

 と言って通信を遮断すると真下にいるコピーを眺める。まるで餌に群がる家畜のように麗華に手を伸ばしながらひしめき合っていた。見るに耐えない光景に麗華はその足場を蹴って飛び上がり、群がるコピー達目掛けて蹴りの体勢に移る。

 

 立っていた足場の霊子を右脚に集束させるとそのまま垂直に落下しコピーを踏み潰すように着地した。そしてGod-tellからGK銃を召喚すると残ったコピー達の頭を撃ち抜く。頭に風穴が開いたコピー達は崩れるように倒れるとすぐに風化し、その場には何も残らなかった。どうやら一度壊されるともう身体を保つ事は無理らしい。

 

「流石...こうも簡単に兵隊どもを片付けるとは戦闘力ではあのルーキーと双璧をなすとは言ったものだ」

 

「そのルーキー...私は噂だけで顔も見たことないんだけど」

 

「まぁ俺も素顔は見たことない。だが戦闘力はお前と同等、いやそれ以上かもな。さてと、お前ら」

 

 世間話をしていると麗華の周りにゆらゆらとまた別のコピー達が大勢集まって来る。それらは顔や腕に爆弾のようなタイマーを設置されていた。

 

「話は終わりだ、翠女神を殺れ」

 

 その言葉と共に麗華目掛け走り出すと麗華を捕らえて共に自爆しようと手を伸ばして来る。麗華は先程と同じように空中に逃げようと壁を作るもコピー達は別の個体にしがみついてその高度を上げ、麗華の脚を掴んで引きずり下ろそうとする。

 

 その腕を蹴りながら何とか逃れようとするも、更に登って来るコピー達にとうとう足場から引きずり下ろされ地面に衝突する。麗華は何とか受け身を取るが起き上がると周りは既にコピーに囲まれていた。

 

 コピー達の身体の様々な場所に付いたタイマーの数値が一斉に0を示す。その瞬間麗華の周りは光で包まれ少し遅れて轟音が鳴り響いた。

 

「取り敢えず残った身体の部分でも持ち帰って...ん?」

 

 爆発に巻き込まれないように物陰に隠れていた爆団長が麗華の死亡を確認しようとその姿を現すが爆発の威力で地面のアスファルトさえもえぐれた為、辺りには瓦礫しか見当たらない。完全に吹き飛んだかと爆団長が結論付ける前に黒煙の中から麗華が現れた。

 

「霊子の壁を周りに作ったか...あの一瞬でそれが思い付いたとしてもリスクはあったろうに、女神の名を冠するだけはある」

 

 しかし麗華も完璧に爆発の威力を受けなかったというわけではなく着ていたビブスは所々破けていた。卯一から受け取っていた神事屋Tシャツが無ければ今頃火傷どころではすまなかっただろう。

 

 爆発の寸前で周囲に霊子の壁を生成し自らはTシャツを引き伸ばしてそれにくるまったお陰で髪の毛やビブスが少し焦げたが麗華はダメージを最小限に抑える事が出来た。

 

「ごたくはいい、次は油断しな...」

 

 再び離れた場所から爆発音が鳴り響いた。しかし、予定の時間と異なっている為、爆団長は腕時計を眺めながら焦りを浮かべる。おもむろに携帯を取り出すと爆団長は部下に連絡を取ろうとするも、また別の箇所から爆発音が鳴り響く。

 

……零矢が爆弾を処理しているのか

 

 その爆発の原因にいち早く気付いた麗華は焦る爆団長に向けて召喚したワイヤーを伸ばす。爆団長の腕を絡めとり部下との連絡を阻止したかと思ったが既に電話は繋がっており、電話口から爆発音が響く。

 

 麗華はワイヤーを引き爆団長の腕を締め上げて連絡を絶とうとするが電話口から部下の報告を聞いた爆団長は上手くいったというようにニヤリと笑うと麗華に報告の内容を告げる。

 

「お前の仲間とやらが瀕死状態だってさ」

 

「そんなハッタリ通用すると思うか」

 

「確かめてみろよ」

 

 麗華は疑いながらも通信を回復しイヤホンマイクに話し掛ける。しかし、翔と卯一の反応が一切無かった。まさかと思った麗華は爆団長から目線を外し、何度もマイクに向かって叫び続ける。だがそれも空しく二人の返答は無かった。

 

 何があったのか問い詰めようと麗華が爆団長の方を見ると、そこには本人ではなくコピーがワイヤーに腕を取られていた。

 

……しまったッ!!

 

 すぐに自らの死角へと目線をずらすがそこには既に手に小型爆弾を握った爆団長が麗華に手を伸ばしていた。爆弾を取り付けられると麗華が覚悟した瞬間、何かに吹き飛ばされたかのように爆団長の身体が麗華の手前に移動するように地面に倒れる。

 

……何が起きた...ん!?

 

 直後何者かに肩に手を置かれたのを感じた麗華はコピーかと思い払いのけようとするも

 

「Freeze」

 

 と後ろから囁かれその腕を止めた。振り向くよりも先に横から白い手が伸び、腕に付けられたワイヤーを取り外される。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「静かに」

 

 倒れた爆団長が起き上がり、麗華が構えようとするも爆団長は目の前の麗華が見えないのか辺りを見回し始める。コピーの方も同様に目の無い顔で必死に辺りを見回している。

 

……私が見えていない?

 

「そこの物陰まで移動して下さい」

 

 麗華は半信半疑のまま近くの物陰へと移動すると、そこで初めて自分の肩に手を置いている人物の方を向いた。ブロンドヘアにアメリカンな顔立ちのその女性に麗華は全く見覚えがなかった。だがそれはクレアも同じ。

 

「えーっと...レイカちゃんで合ってます?まさかあっちがレイカって事は無いですよね?」

 

「合ってるけど...え、誰?」

 

「始めまして、もっと早く助太刀するつもりだったんですが、途中であの顔無しに出くわしまして...ウィッチの親友のクレアです。クリアと読んでくださいね」

 

「はぁ...どうもクレ...クリア」

 

 笑顔で淡々と説明するクレアに理解が追い付かない麗華。麗華が考えていたのは先程爆団長が自分達の姿が見えていないような素振りだった事だ。麗華はおろか背後にいたクレアにも気付いていなかった。

 

 そうなればクレアが何らかの能力を使った可能性が高い。早い話クレアも能力者ではないか、という麗華の予想は当たっていた。

 

「私のabilityは透明化(invisible)。素肌で触れている物ごと透明化します。便利でしょう?あなたのabilityって何です...」

 

「そんな事より、今はあいつを止めないと」

 

「それには同感ですがウィッチとカケル...でしたっけ、そっちが心配です。あいつは私が透明化しながら監視しますから、ウィッチ達の方へ行ってください。箱舟ノ書の展示エリアです」

 

 麗華はその提案に頷くことしか出来ずクレアに任せてその場を去っていった。それを見送るとクレアは再び透明化し爆団長の前へ躍り出る。

 

……私のabilityがバレるのを防ぐためにこいつを取り逃がさなければいけませんが...せめて弱点を見つけさせてもらいますよ

 

 クレアは殺気をあまり出さないように爆団長の裏へ回り込む。クレアのことが見えていない上、コピーもクレアに気付いておらず隙だらけの爆団長にクレアはポケットの中の金属を握り締める。

 

 背後から何かを感じ取った爆団長が後ろに振り向くが誰もおらず気のせいか、と行ってコピーを連れて海の方向へと歩き出した。

 

 クレアは咄嗟にポケットから手を出し両手の人差し指を口の端に当てるとクイッと口角を引き上げる。

 

……危ない危ない...笑顔でいないとついつい殺気が...はい、笑顔...よし

 

 声が漏れないよう注意しながら深呼吸するとクレアは爆団長を尾行すべく音を殺しながら歩いた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ケホッ、ケホッ。煙凄...」

 

「なるべく吸わないように口塞いで、行くよ」

 

 卯一に促されながら翔は煙が立ち込めるエリアへと足を踏み入れる。そこには様々な展示品が爆発で吹き飛びそれらを保護していたであろうガラスケースが辺りに飛び散っていた。

 

 金銭に換算すればこのエリアにある展示品だけで数億円はするであろう物が地面に散らばっている中に卯一は箱舟ノ書を見つけ手を伸ばそうとするが

 

「あった!よっ!」

 

 と飛び込んできた何者かに先に箱舟ノ書を拾われてしまう。煙の中から現れたその人物はエキスポに来た客のようにラフな格好をしていた女性でとても箱舟ノ書を回収しに来た関係者では無い事がわかる。

 

「逃げ遅れた一般人か...まぁ顔を見られたら生かして帰すわけにはいかないな」

 

 その背後から同じような格好の男性が現れる。更に煙で視界が遮られ卯一と翔は気付けなかったが周りも何者かに囲まれていた。

 

 そのタイミングで二人の耳にイヤホンマイクが召喚されて取り付けられる。そこから零矢の言葉が聞こえ、そちらに意識を向けていると、周りを囲んでいる者達が一斉に襲い掛かってきた。

 

 それを避けながら二人はマイクに意識を傾ける。次に聞こえたのは麗華の声だった。どうやら首謀者と戦闘中らしい。

 

「こちら卯一、翔君と一緒に箱舟ノ書を...うわっ!!あっぶな!?」

 

 顔が無いような人間かどうかも判断が出来ない者が伸ばす手をギリギリで躱す卯一、そこでGK銃を召喚すると

 

「取り敢えずこちらも戦闘中!!」

 

 と叫んで通信を切り、発砲する。近付いてくる顔無し達の攻撃を躱しつつ一人ずつ的確にエネルギー弾を当てていく。翔も負けじとサッカーで培ったフットワークを生かし顔無し達の拳を避けながら蹴りを入れる。

 

 二人が思いの外上手く立ち回っていた事に本を回収したGD達は驚きながらもこの二人が死神部隊が言っていた邪魔者だと確信する。それならばコピーだけに任せず自分達が首を取って爆団長に捧げる、それが爆団長への恩返しになると考え、懐から預かっていた小型爆弾を取り出す。そしてそれぞれ近くにいたコピーに張り付けた。

 

 爆弾を付けた二体のコピーが他の個体に混ざってジリジリと近付いていくと遠くから爆発音が鳴り響く。それは最初の爆発が起きた方向で卯一と翔は麗華とクレアに何かあったのではないかと心配になるが、続けざまに連続で爆発音が鳴り響く。

 

 GDの二人は爆発が予定の時刻よりも早いことから爆団長が誰かと戦闘しているのではと予想し、コピーに合図をして爆発の方向を向いている卯一と翔に一斉に襲い掛かるように指示する。

 

 咄嗟に翔が予知を行い、コピーが爆発する未来を視る。だがそんな事を露知らず目の前の敵に対応し続ける卯一を放って置けるはずもなく翔は

 

「コピーのどれかに爆弾が付けられてます!」

 

 と卯一に告げると卯一はすぐさま着ていた白衣を脱いで二人とコピー達を分ける様に前方へ投げる。

 

「防御モード!!」

 

 と卯一が叫ぶと瞬時に白衣が二人を囲える程の大きさに拡がり球体の様に二人を包み込もうとするが、完全に包み込む前にGD達は起爆のボタンを押した為、爆風で二人は白衣もろとも吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐわっ!!」

 

「キャッ!!」

 

 翔は景観の為に植えられていた樹に身体を打ち付け、卯一は地面を転がった。爆発の熱は白衣で完全に防いだが身体を樹や地面に打ち付けたダメージは流石にTシャツだけでは抑えきれず二人は意識を失う。

 

 それを見たGDの二人組は数秒前に電話が掛かってきた爆団長に、 邪魔者二人を瀕死状態にさせたと嬉々として報告する。そして完全に息の根を止めようとポケットからナイフを取り出すと二人に近付いていくが

 

「何で私の行く所に湧いて出るのか...」

 

 という声と共に頭上から降ってきた何者かに吹き飛ばされて女性の方は手にした箱舟ノ書を離してしまう。コピー達がその者を捕らえようと向かってくるのを

 

「失せろ」

 

 という言葉と共に吹き飛ばすとその者、雨雲林は気絶している二人に向き直る。恐らくまだ死んでいないと踏んだ林は風を操り転がっている二人を浮かせる。そして物陰から事を伺っている男に声を掛けた。

 

「突っ立ってないで手伝え、勇」

 

 呼ばれた勇は恐る恐る出てくると林から投げ渡された白衣と箱舟ノ書を受け取る。それを確認した林はGDの二人組とコピー達を海の方向へと吹き飛ばすと残った三人を連れて飛び上がった。

 

 浮遊していると先に意識を取り戻した卯一が動こうとするのを林がなだめるとまだ零矢と麗華、他にも知り合いが現場にいる中で私が退くわけにはいかないと言うが、瀕死の状態の卯一が戻ったところで足手まといになるのは目に見えていると林は断る。

 

「はは...そうだよね、私なんて力もないただの足手まといか...」

 

 と呟いているとマイクから零矢の声が聞こえて来た。その声を聞くだけで憂鬱な感情を吹き飛ばしてくれるような安心感を卯一は感じたが、零矢の言葉でその安心感は潰える。

 

「そっちは大丈夫ですか!?こっちは後二ヶ所、爆弾を処理すれば終わりです。最後の一ヶ所は最悪『紅蓮の剣』で何とかします」

 

「待...って、ダメ...魔王装備は使っちゃ」

 

「おい、降りるぞ」

 

 魔王装備を使おうとする零矢を止めようとするも急降下により声が出なくなり、そのまま通信が途切れる。人気の無い場所に着地すると卯一は再び通信を復活させマイクに呼び掛ける。しかしその思いも虚しく

 

変身ッ!!

 

 という掛け声の後で爆発音が鳴り響きノイズが入ったかと思うと再び通信が途切れた。同時刻にある出入口の方から爆発音が鳴り響く。卯一はすぐに巳羅に連絡を取ってその場所へと向かわせた。

 

……何で...何で私の言うことを聞いてくれないの?どうして皆自分勝手なの?私が力が無いから、弱いからそんな奴の言うことなんて聞きたくも無いからなの?

 

 そんな自問自答を繰り返しながら卯一は膝を着くとふと自分の頬に涙が流れているのに気付いた。

 

 もっと力があれば首謀者を捕らえる事が出来たかもしれない。もっと冷静であればどのルートを辿れば全ての爆弾を処理出来ると指示を出せたかもしれない。もっと慎重であれば不審な顔無しどもの動きに対応して気絶せずにすんだかもしれない。

 

 そんな自負が卯一の心の中を真っ暗な闇に包み込んだ。卯一が何よりも悲しかったのは信じていた零矢が自分の制止を振り切って魔王装備を使ってしまったことだった。

 

 林にも言われた通りの力の無さを痛感する。零矢も麗華も翔もクレアも皆が心の奥では力を持たない自分を是野のように嘲笑っているのではないかとまで卯一は考えるようになってしまった。

 

 涙を拭いながら立ち上がると卯一は林の元に行き礼を言うと初対面の勇から白衣と箱舟ノ書を受け取り、気絶した翔を起こす。そして重い身体を引きずるように巳羅に指示した出入口まで歩いて行った。




林「次は私が行ってやろう」

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