俺達と神達と空想神話物語   作:赤色の魔法陳

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神「今回どうした?何か恋愛要素入ってるぞ」

巳「青春だね~、てぇてぇ」

卯「巳羅姉!?とうとうここにまで来たの?」

巳「来ちゃった。ん、何“神”って?」

零「あー、それはっすね大津さん...」

巳「よう、零矢。今回はよろしくな」

卯「えっ、何?何で後輩クン?ちょっ、何で~!!」




翔「えっ、僕達は?」

麗「あ、どうぞ」


未来科学エキスポ

「あ、麗華!お前昨日帰ろうって電話したのに」

 

 五月十日水曜日、零矢は購買にでも行こうかと授業が終わった昼休みに廊下に出ると、先の授業は移動教室だった麗華と出くわしたので昨日の事を訪ねた。

 

「あー...すまない。私も翔も着信に気付かなくて」

 

「やっぱりか...なんか“神”がこれに夢中だからとか言ってたがこれ何だ?」

 

 零矢は昨日“神”がやっていたように両手で狐の形を作り鼻の部分をくっ付ける。その手遊びが何を意図するのかを瞬時に察した麗華は

 

「は、はあっ!?私そ、そんなことしてないし!あの銀髪め...」

 

 と愚痴を垂れた。零矢がこの手遊びが何を意味するのか麗華に訪ねると

 

「私に言わせるの...?そう言うのはウィッチさんとしなさいよ...」

 

 と言われ蔑まれる。する、というのが引っ掛かった零矢が一体何をするのかと詳しく聞こうとすると、背後から声を掛ける人物がいた。

 

「お、よく来た書記。早速...あ」

 

 生徒会長武田 弥生である。弥生は転校生の麗華を認知しており、麗華も弥生を生徒会長として一応その存在は把握していたがお互いに面と向かうのは初めてだった。

 

「えっと、転校生の破神...」

 

「一昨日から虹神」

 

「あっ!ごめんごめん。あ~この前の電話の?」

 

 と弥生は交互に麗華と零矢を指し、零矢の方に確認の眼差しを向けて来る。電話の相手という意味ではあっているので零矢が頷くと、何かを察した弥生は

 

「うちの書記がお世話になってます。ちょっと口悪いけど優しい子なので」

 

 と言って麗華と握手を交わした。麗華は弥生の行動に一瞬戸惑ったが

 

「いやこちらこそ。書記さんにはいつも助けてもらって」

 

 と言ってからかうように零矢を見ながら言った。そのやり取りを保護者かと思いながら、共通の知り合いがこれ以上関わると面倒な事になりそうだと零矢が二人を離すと、弥生が

 

「どうよ、私のナイスフォロー。あ、これ一つ貸しね」

 

 と耳打ちしてどこかへ去っていった。何のフォローかわからず零矢が首をかしげていると、麗華が少し笑いながら言う。

 

「お前その目付きの悪さで生徒会だったのか」

 

「悪いか?」

 

「いや、以外だなと思って」

 

 それはそうだろう。学年の過半数は零矢の名前を聞くだけで不良だとか反社の繋がりがあるだとか証拠のない噂を話すだろう。いくら転校生で学校内の事情を知らない麗華だって一ヶ月程経てば流石にその噂は耳に入る。

 

 ちなみに零矢は普段の素行は至って真面目であり成績も上の下という優等生という括りに入れてもおかしくはないのだがその成績の良さも、調子に乗ってるだとか教師を脅してるなど言われる始末である。

 

「おー!零矢。それと...えっ!破神さん!?」

 

 だがそんな言われようであっても零矢に普通に接してくれる人物が弥生の他にもう一人いた。零矢と同じクラスに在席し、現バスケ部エースの伊達 真である。

 

「私は虹神、えーっと零矢、この人は?」

 

「こいつは伊達...」

 

「伊達 真です!以後お見知り置きを!!」

 

 零矢の紹介を遮り真が麗華に握手をするために手を差し出す。何だか告白の瞬間みたいな絵面に弥生とは違った意味で困惑しながらも麗華は真に握手をした。

 

 女子の手に触れる事ができて満足したのか真はしばらくその手を見つめていたが、我に返ると零矢に

 

「いつの間に知り合ったんだよ?」

 

 と耳打ちをする。零矢はため息を着くと

 

「お前麗華は止めとけ。ちゃんと可愛い系の彼氏がいるんだから」

 

 と零矢は麗華にも聞こえる声量で言った。その言葉に驚いた麗華は零矢に肘を入れながら馬鹿、と呟いた。そして零矢を引き寄せると

 

「一緒に住んでるって事がバレたら一大事なんだから変なこと口走らないで!そっちもJDと同棲してるってばらされたいの?」

 

「悪い、ってかこいつ相手に流石にそれはヤバい...」

 

「そもそも翔は彼氏じゃ...」

 

「あっ、麗華さん!!先輩!!何してるんですか?」

 

 忠告している最中に当の本人である翔がどこからか割り込んで来た。今の話を聞かれたと思った麗華は頬を赤らめながら

 

「いやいや何でもない、べっ別に私と翔がそういう関係とかそういうのじゃ...」

 

「そういう関係?」

 

「あっ、いやその変な意味じゃなくて」

 

 と弁明するが周りからみれば麗華は完全に恋する乙女のような表情をしていた。初めてあった時はほぼ無表情だったのにすっかり喜怒哀楽を取り戻したなと零矢が安堵していると

 

「何言ってるんですか?僕と麗華さんは一緒に住n」

 

「わーっ、わーっ!あっ、一緒に飯食う約束してたの忘れてた!購買のパン売り切れる前に買いに行かなきゃ!ほら、レッツゴー!!」

 

 禁句を口にしそうになった翔の口を手で塞ぎ零矢は二人を連れて真の前から立ち去って行った。一人輪に入れず立ち尽くしていた真は、

 

「俺が行った時売り切れ間近だったのに、今から行っても無いだろ」

 

 と言いながら戦利品であるラスクを口に含みながら教室へと戻ったのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「マジで危なかった...お前気をつけろよ」

 

「すみません...」

 

 零矢は翔と麗華を人気のない使われてない机や椅子が並べられたままの屋上の入り口の踊り場まで連れていった。そして階下を確認して誰もいない事を確認すると

 

「取り敢えずお前らが一緒に住んでるって事は学校ではこの三人の中だけの秘密な」

 

「後お前がウィッチさんと同棲してることもな」

 

「あぁ...それも秘密で」

 

 と約束事を決める。昨日の事もあり零矢にとって卯一との関係を探られるのはこりごりであった。しかしそれは他の二人にとっても同じ。

 

 麗華は

 

……翔が彼氏に...と言うかやっぱり私は翔に惚れているのか?

 

 と心の中で自問自答を繰り返していて、翔は

 

……話の内容聞こえてたけど麗華さんがもし彼女だったら...この前僕の顔をガン見してた時にちょっと可愛いって思ったけど...でも僕達は家族だし...

 

 と内心舞い上がり、この場で零矢の存在がお互いが暴走しないための緩衝材だったのだが勿論鈍感な零矢がそれを察する事もなかった。

 

 誰も口を開かない時間が数分流れ流石に全員が気まずさを感じている中、その空気を壊すべく零矢が制服のポケットからGod-tellを取り出すと

 

「この三人でメッセージのグループ作っておかないか?学校内でなんかあった時に、別に神事屋関連じゃなくても連絡用として」

 

 断る理由もないので二人はGod-tellを取り出しながら零矢の端末から来たグループの紹介を承諾する。そんなこんなで各自がそれぞれの教室に戻ろうとした時に翔が零矢に尋ねた。

 

「あの聞いていいかわからないんですけど...先輩過去になんかあったんですか?入学当初から三年の神木っていう先輩は関わらない方がいいとか噂をたくさん聞くので」

 

「私も隣のクラスの神木という奴には話し掛けない方がいいというのは言われた。それに校長の取り調べの時にもまるでお前の事を言っているかのように友達は選んだ方がいいって」

 

 零矢の階段を降りる足が止まる。二学年下にも噂が経っているのは当然とは思っていたが大分深刻そうだと感じた零矢は二人の方を向く事なく

 

「まあ、そういう事だからこれからはお前らに変な噂が飛び交わないように話すのはここだけにしようぜ。会長や真は事情を知ってるから周りに話さないだろうし」

 

 と言って再び階段を降りていった。零矢が抱えている闇を垣間見たような気がした二人はしばらく零矢が立っていた場所を見続けていた。

 

 ふと踊り場に目を戻すと初めて来たにしてはやけにスペースがあり、まるでいつも誰かがここに来ているような雰囲気がしていた。

 

「零矢先輩、もしかしていつもここに来てるんでしょうか?」

 

「あいつが人に尽くしている理由ってまさか、学校では誰かに非難しかされないことの裏返しなのか?嫌われるあまり誰かに好かれたい思いがあって、それで私達を助けて...」

 

「もしそうなら、先輩にとってウィッチさんは」

 

「うん...あいつにとっての初めての理解者だから、あんなに仲が良さそうに見えるんだろう。その一方で彼女も零矢を理解者と認知しているからお互いに依存しているのかもしれない」

 

 これ以上の予想は二人にまた会った時に支障をきたすであろうと判断した翔と麗華はそこから何も喋らず階下へと降りた。そして階段の場所で別れを告げると各々の教室へと重い足取りで戻っていく。

 

 ふと麗華が三組を見ると物悲しげな表情で一人コンビニの袋からおにぎりを取り出して食べる零矢が見えた。あのまま一人にして良いのだろうか。慈悲の念と言うべき物が麗華の中に浮かび上がる。

 

「誰かに用ですか?」

 

 長く居すぎたため、麗華はショートカットの女子生徒に話し掛けられる。咄嗟に話し掛けられ何と返していいかわからず麗華が黙ってしまうと、その女子生徒は麗華が人見知りだと思い申し訳なさそうに謝ると麗華の視線の先を予想して用のある人物を言い当てた。

 

「もしかして神木君?ってことは生徒会に用なのかな。彼、私の隣の席なんだけどこの前のテロ事件の時に助けてくれた良い人だから彼の悪い噂ばかりに耳を傾けないでね。入り辛かったら呼んであげようか?」

 

「いえ、少し考え事をしてただけなので。彼が良い人なのは私も知ってますから、お気遣いありがとうございます」

 

 丁重に断りながら麗華は三組から去って行った。それを見送るように立っていた女子生徒――夏川(なつかわ) 智実(ともみ)は麗華の事を転校生だと思い出し、彼女が転校して来てから事件が立て続けに起こったのにいつ知り合ったのだろうと不思議に思いながらも詮索するのを止め教室に入った。

 

 

 ※ ※ ※  ※ ※

 

 

 放課後生徒会室に五人の人影が会った。

 

 三年はセミロングの黒髪に暑いのかブレザーを脱いでYシャツ姿。頼まれた仕事を完璧にこなす教師から見れば理想の生徒である現生徒会長、武田弥生。

 

 対して制服をきっちりと着込みロングの黒髪に眼鏡と清楚で真面目な雰囲気を受ける格好で、頼まれた事を疑うことなくやろうとする弥生のブレーキ役の副会長、上杉(うえすぎ) 麻奈(まな)

 

 過去に起こした事件以来素行は良いのに目付きが悪く有らぬ噂が絶えないが欠員補助の為に弥生にスカウトされた書記、神木零矢。

 

 二年は、本来の黒より色素が落ちたような茶髪のYシャツ姿、捲った腕にはミサンガやらブレスレットが見える会計(たちばな) 頼斗(らいと)

 

 中華料理店で働いていそうな左右に一つずつあるお団子ヘアーでブレザーではなくベージュのカーディガンを羽織り、少々気だるそうに座っている庶務、(ひいらぎ) (はな)

 

 こうして全員が正式に揃うのも入学式以来である。と言っても零矢が怪我で学校に来れなかっただけで他の四人は集まっていたが。だが召集があったから集まっただけで誰一人口を開けようとしなかった。

 

「えーっと...もう一ヶ月だけど生徒会執行部に入りたい一年生っていない?」

 

 誰も喋らないという静寂を壊す為に弥生が口を開く。それを聞いて麻奈が自分の机の端に置いてある用紙を何枚かめくるように確認してから

 

「いないですね」

 

 と冷たく言い放った。その理由はここにいる誰しもがわかっていた。当人を除く全員がその人物の方に目線をやる。それに気付いた当人はなげやりに謝罪した。

 

「俺のせいなんだろ」

 

 一年生の間で既に広まった噂。大抵の生徒が関わりたくないと思うその当人が所属している部へ入る程、度胸のある者はいなかった。

 

「それしか考えられない」

 

 麻奈が零矢の方を向きもせず言った。そもそも麻奈は零矢に対しそれほど良い感情を抱いていない。欠員補助の為に弥生が入部を進めた時でさえ最後まで断固として反対していたのは麻奈だった。

 

 零矢が執行部に入れたのは弥生の人望の厚さのお陰と言っても過言ではない。不良と囁かれている生徒をスカウトするなど部内どころか教師陣からも反対の声が上がった。それを一人で説得したのが弥生であり、そこから彼女の人望の厚さが伺える。

 

 実際零矢も執行部に入って以降これといった問題も起こすことなくボランティアなどに精を出し徐々に模範的な生徒へと変わっていった。その勤勉さは麻奈はきちんと評価はしている。しかし、零矢が入った事による執行部の信頼が落ちた事は事実であり、これ以上落とさない為には零矢を追い出すしかない。

 

 しかし生徒代表としてそれはやってはならない事である。だから麻奈としては零矢に自主的に退部してもらう必要があった。零矢もこれ以上執行部に迷惑をかけるのを防ぐ為、自分が悪役を買って出てそれを執行部が裁く事で信頼を取り戻させるべきかと悩んでいた。皮肉にも麻奈と零矢の思惑は一致していたのである。

 

「まぁ零矢先輩の噂は俺らが入学した頃からもありましたし」

 

「流石に不良校相手に暴力事件を起こしたのは擁護できませんが」 

 

 二年の二人が擁護とも批判ともとれる言葉を口にする。零矢が入部したのは二人よりも後であり、当時は二年は三人所属していた為一年だった二人はほぼ書記か会計に就く事は確定していたが選挙で当選した弥生が書記に任命したのは零矢だった。その為、庶務となった花は少なからず零矢を恨んでいる。

 

 一方頼斗も零矢を擁護する発言をしたのも零矢が抜ければこの部の実権は女子が握る事になり、男子が自分一人となるのを防ぎたいが信用も取り戻したいというジレンマに挟まれた結果であった。頼斗が尊敬しているのは転校が原因で抜けてしまった男子生徒であり、年が上でも実績では勝る零矢を先輩とは思ってもいなかった。

 

「大体一年次の部活体験週間に見学に行った格部活の備品破壊及び選手に怪我を負わせ、二年次には伊達と共に近隣の不良高校生徒三十人あまりに鈍器を持って暴走し警察沙汰になったあなたをなぜ会長がスカウトしたのかが不思議でしょうがないですよ」

 

「まぁまぁ書記の武勇伝は置いといて」

 

 三人ともなぜ弥生が零矢をスカウトしたのかがわからなかった。三人にとって私学しかも進学校の神聖学園で前述のような事件を起こした生徒が退学させられていない時点で不思議なのだ。聞いた話によれば零矢の両親が学校に圧力を掛けているわけでもないらしい。

 

「今週末のボランティアの件なんだけど、書記にはまだ話せてないけど各自メンバーを募って来た?」

 

 弥生は零矢以外にボランティアに必要な人数を満たす為に二、三人程募って欲しいと伝えていた。勿論会長を含めた四人全員が信頼できる複数の友人をそのボランティアに誘っていた。

 

 週末に南街で開かれる未来科学エキスポは最新の科学技術の説明やそれらの展示品の他に新たに発見された書物や壁画等の解説など文理問わず様々な分野に渡り色々なイベントが催される。勿論推定入場人数は数万人を越えて降り、各高校には十五人程ボランティアが募られた。

 

「今言ったばかりでなんだけど書記は誰か誘う?」

 

「とは言っても...」

 

 零矢にとってそれは酷な質問であった。そもそも零矢誘ったところで承諾してくれるのは真ぐらいしかおらず、真ですらこの執行部内の人物から嫌われている為、流石に申し訳ない。となれば誘えるのは麗華と翔の二人だが自分と関わると二人にも被害が及んでしまうと思った零矢は二人の名前を出す事はなかった。

 

「いないからな...友達少ないし」

 

 その発言を誰も否定する事はしなかった。普通に考えれば当たり前である。例えこんな仕打ちを受けたとしても零矢は自分を今の生活に繋ぎ止めてくれた弥生を裏切らない為に執行部に所属し続けていたのだ。

 

「まぁ取り敢えず流れの説明をするね。当日は八時に...」

 

 その会話を生徒会室の外で耳を立てて聞いていた者がいた。麗華と翔である。二人としては弥生が零矢に普通に接していた事で生徒会では彼は上手くやっているのだろうと推理し仕事の様子を見に来たつもりだったがぞんざいな扱いを耳にし、彼はここでも虐げられてしまっている事を実感した。

 

 零矢の過去の事件は概ね噂通りであった。過去に様々な部活の備品を壊し、大会に出場が決まっていた選手に怪我を負わせたとんでもない野郎が三年にいる。不良相手に喧嘩売った馬鹿が隣のクラスにいる。などというものだ。

 

 二人としては自分達を何度か助けてくれた零矢の事を信じたいが火のない所に煙は立たない上、彼と共にいる時間は執行部の方が長い為、迂闊に口出しは出来ない。このままドアを蹴り破った所で零矢に迷惑がかかって終わりだ。

 

 何か解決の糸口はないかと麗華が考えを巡らせていると翔がドアの横に置かれた机の上のプリントを見つける。そこには未来科学エキスポでボランティアをしてみませんか、と大きな文字でレイアウトされた申し込み用紙の様だった。

 

 二人はすぐに備え付けてあったボールペンを持ってその用紙に名前を書き込み、昼休みに作ったグループに口裏を合わせろという趣旨のメッセージを送る。翔が予知を使って零矢がメッセージを確認する時間を把握し、そのタイミングに合わせて麗華が生徒会室のドアを開けた。

 

 話の途中で急にドアが開き、零矢も含めた全員が二人の方を見て固まった。最初に反応したのは麻奈だった。

 

「破神さん...どうかしたの?」

 

 麻奈は麗華と同じ四組だった。だが特に親しいという事もなくお互いに喋った事もない。麗華と翔が同時にボランティアの申し込み用紙を見せるとここに来た理由を察したらしく

 

「あぁ、私が朝の会で言っていたのを覚えてくれていたのかしら。何となく話し掛け辛かったのだけど同じクラスの人がいるのは心強...」

 

「勘違いしてるようなので言いますが別にあなたの連絡を聞いて参加するのを決めたのではなく、そこにいる目付きの悪い“友人”に頼まれて持って来たんです」

 

「あ、僕もです」

 

 メッセージの意味を理解した零矢は二人が先程の会話を外で聞いていた事に気づく。問題はどこから聞かれていたのかだ。ボランティアの説明なら構わない、しかし過去の事件のところから聞かれていれば二人からも拒絶されてしまうかもしれないという恐怖が零矢の中で沸き起こる。

 

「知り合いだったのね」

 

「バイトの同僚なので。そこでボランティアの件を聞いたので日頃お世話になっている彼の為にも参加しようかと」

 

「なら...彼が起こした事件もご存じかしら。一年の...」

 

「別に?話してもらわなくても結構です」

 

 麻奈の言葉を無理矢理遮るように麗華が声を荒げる。突き放されるような言い方で流石にカチンときたのか麻奈の表情は作り笑いから一変、無表情へと変わった。

 

「先輩の過去に何があったかは知りませんが、僕達は“今”の先輩を知ってます。あなた達のように過去に囚われたりしていない」

 

「過去の零矢がどうであれ私達は今の零矢に助けられた。それでも私達と零矢の絆を絶ち切るような事を教えようとするなら...あなた達がしている事はそんじょそこらで噂を振り撒く無知な大衆と一緒、違う?」

 

「まぁまぁまぁまぁ!これ預かるから、ついでに話聞いていって。書記お茶出してあげて!」

 

 今にも口喧嘩が始まりそうな雰囲気を打破する為に弥生が麗華と麻奈の間に入って二人をたしなめ、空いていた席に麗華と翔を誘導し、仕事内容が書かれたプリントを渡す。そこにお茶を作り終えた零矢がウエイターのように盆を持ってやって来た。

 

「お前ら、昼に言ったろ。俺に関わるとお前らまで変な噂が立てられるって。なのに何で?」

 

 と零矢が二人に小声で訪ねると、二人は

 

「別に噂程度どうだっていいし」

 

「大事なのは今どう生きてるかですし。ね、先輩」

 

 と返し、出されたお茶を一気に飲み干すと配られたプリントに目を通した。零矢は感謝の気持ちを後でこの二人に言おうと思いながら立ち上がると自らの席に戻っていく。それを弥生は微笑みながら眺めると、二人の為に始めから説明するのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 五月十三日土曜、無事に開催された未来科学エキスポの会場内に、ボランティアと書かれた名札をぶら下げた赤茶の髪をした大学生が立っていた。その人物は来る人々にこんにちは、ようこそ、等他愛もない言葉を投げ掛けていた。

 

「妖美さん、休憩入って良いよー」

 

「はーい」

 

 その大学生妖美卯一は軽い返事をした後で首に掛けていた名札を所定の位置に置き、薄桃色の自分のハンドバッグを肩に掛けると外に出て地図を広げた。

 

……著名教授の説明も聞きたいけど、やっぱりお目当ては『箱舟ノ書』の展示かな。取り敢えずどんな見た目なのかとか押さえておきたいし

 

 卯一がこのボランティアに参加したのはこの『箱舟ノ書』の展示目当てだった。このボランティアに参加すれば提示するだけで基本どの講義や説明会等、予約が必要なものも特別席を設けてもらえるカードをもらえる。それは理系生にとっては喉から手が出る程欲しいものだったが、彼女だけは違った。

 

 卯一が『箱舟ノ書』の展示スペースへ向かって大通りを真っ直ぐ歩いていると、背後から声を掛けられた。

 

「よっ、卯一。頑張ってる君に元気をフルチャージだ」

 

 どこぞのエナジードリンクのCMのような謳い文句でただの清涼飲料水を渡される。その人物はロングの黒髪にまるでお節介な怪人が憑依したかのように一部分だけ緑色のメッシュが入っていた。

 

「ありがと、景子」

 

 御門(みかど) 景子(けいこ)、卯一と同じ理系生であり数少ない同学年の友人である。景子にはボランティアの仕事があると事前に伝えていた卯一は説明会を一緒に聴きに行こうと声を掛けていた。

 

「説明会にはまだ時間あるけど?ってか引っ越したんでしょ、今度お邪魔してもいい?」

 

「あー...私行きたい所あるから後でまた連絡するね」

 

 家に来られると零矢と同棲状態になっている事がバレてしまう。卯一にとってそれはあまり知られて欲しくはない事実だ。卯一の頭に以前の巳羅の姿が浮かぶ。あのように色んな人物から責められれば零矢の身が持たないと思ったからだ。

 

「了解。あ、アイツ等も来てたから気を付けなよ」

 

「...わかった」

 

 アイツ等と言う単語を聞いた瞬間、卯一の顔から笑みが消滅した。まるで魂が抜け出して空っぽになった身体のような無表情で卯一はその場を去っていく。

 

……卯一、何とかしてあげたいけど...私達じゃどうにも

 

 悔しさで景子は拳を握り締める。友人の力になりたい、だが力になれる程権力とも言えるべきものを持っていない己の無力さに景子は苛立っていた。

 

 アイツ等と言われてそれが誰を指しているのかを痛感している卯一は身震いするように肘を触る。捲った白い腕は少し鳥肌になっているのに気づき、卯一は慌てて袖を引き下げた。

 

 この広い会場で会うはずがない、そう思った卯一は何とか気を取り戻し、前を向いて歩きだそうとすると

 

「...ッ!!」

 

 運悪く前からアイツ等と呼ばれた人物達が目に入った。向こうはまだ卯一には気づいていない。しかし、卯一の心拍数は跳ね上がり、呼吸も激しくなっていく。

 

……来ないで来ないで来ないでッッ!!

 

 何度も卯一は心の中で叫び続けた。気が狂いそうな程の意識をギリギリの所で平静に保ちながら卯一は肘を握る手を強くする。すると

 

「Be quiet」

 

 と言う発音がして誰かに手を握られた卯一は藁にもすがる思いでその声の通りに息を潜めた。するとすぐ近くまで来たアイツ等と呼ばれた人物達は卯一に全く気付く事もなく脇を通り抜ける。その際に

 

「それにしても是野(ぜの)さん、あの...兎?みたいな名前の彼女はどうしんですか?」

 

「あー、アイツ?今時俺の誘いを断るって珍しいよね...ま、噂振り撒いたお陰で大学には居辛くなってるだろうし、すぐに頭下げにくるでしょ」

 

「それで身体の関係を持つと、容赦ないですね」

 

「ま、今までもそうしてきたし。余裕でしょ」

 

 という会話が聞こえ、卯一の嫌悪感は最高点に達した。今息を潜める為に口を塞いでいなければあまりの吐き気に嗚咽を洩らしてしまいそうだった。まさに吐き気を催す邪悪である。

 

「ウィッチ、少し木陰に行きましょう」

 

 手を握った人物が卯一を木陰へと誘導しベンチへと腰掛ける。そして辺りを見回すと誰も二人に注目していないのを確認し

 

「解除」

 

 と呟いた。すると建物のガラスにうっすらと二人の姿が浮かびあがり、徐々に濃くなっていくと周りの人間と変わらないようにまでなった。

 

「ハァッ...ありがとう、クリア」

 

「お構い無く、今日はウィッチのボディーガードみたいなものですから」

 

 少しフワッとパーマを掛けたブロンドヘアにアメリカ系の鼻が高い美人の顔立ち、透明感のある笑顔が眩しい同学年の教育学部の文系生、クレア・スミレ・エルドラド。本名はクレアだが卯一からはその能力に合わせクリアと呼んでいる。クレア自信もその呼び方は気に入っていた。

 

 クレアの能力は透明化(インビジブル)。身体の表面を周りと一体化する程に透けさせ、周囲の景色に溶け込む事が出来る。周りの人間からは視認不可能だが存在自体が消える訳ではないので触れる事は出来る。

 

 そしてクレアの能力は自分以外にも使う事が出来る。厳密に言えば、クレアが素肌で触れているものは自身が透明化した際にその影響を受けるということであり、実際服だけが浮いているように見えないのはこれが理由となっている。

 

 だがその判定はかなりアバウトなもので例えば卯一の身体に触れた状態で透明化した場合、素肌で触れているのは卯一自身であるため消えるのは卯一だけで彼女の服は消えないはずである。しかし前の通り、卯一は服を含め視認不可能となっている。また、服だけを掴んだ場合も卯一があられもない姿になる事はない。どうやら掴んだ者が着ている物は本人と共に透明化するようである。

 

 クレアの能力を知っているのは今現在二人、卯一と巳羅でありそれ故に是野と呼ばれる男から身を隠す為に普段から卯一には巳羅かクレア、二人とも用がある場合は景子が常に横についている。

 

 元々是野には良い噂など一つもなく親が有名ブランド店『ZENON』の社長であり、何をしても親が揉み消してくれるだろうという環境で育った為、大学内でいくつもの女性に関係を迫り断れば陥れてまで自分の者にしようとするという下劣極まりない奴であった。

 

 被害に遭っても親が親な為に泣き寝入りした女性も多いらしく、大学も圧力を掛けられているせいで取り締まる事が出来ず、半ば野放し状態である。

 

 卯一もその噂は耳にしており、最初は自分と同じ『聖なる力』の保持者なのではないかと疑ったがすぐに聖なるなんて言葉をつけるのには相応しくないなんてレベルではない程に外道という事が判明した。

 

 去年の事である。知り合いを介して接触してきた是野は慣れた口調で卯一に関係を迫ったが、既にその裏の顔を知っていた卯一は完膚なきまでに罵倒して振った。しかしその一週間後帰り際に路地裏に連れ込まれそうになり、抵抗していたお陰で駆け付けて来てくれた誰かに逃がしてもらえた。

 

 それ以来、卯一は友人だった巳羅、クレア、景子に頼み是野を自分に近付けないようにした。しかし、是野の裏の顔を知るその三人以外は誘いを断るなどどれほど高飛車なのか、秀才故に感情などないのではないかと訳も知らぬ輩から色々と噂されているのである。

 

 それに連れ込まれる際に強く腕を握られた事が恐怖として身体に染み付き、男性に触れられるだけで鳥肌になり嫌悪感が沸き上がってくる程に男性恐怖症になってしまった。

 

「午後の自由時間は大丈夫?」

 

「取り敢えず巳羅姉が付いてくれる。それに午後からは後輩の子達と合流するつもりだから」

 

「Boys?」

 

「3分の2はね。でも信頼できる子達だから平気。特にその内の一人の男の子は是野に比べて何億倍も良い子だから...」

 

 卯一の言葉が不意に詰まる。脳裏に浮かび上がるのは管理局に押し入った際に零矢と一緒にバイクに乗った時の会話だった。あの時、自分が不機嫌だからという理由で再び零矢を突き放すような事を言ってしまった事を卯一はずっと後悔していた。それでも普段通り接してくれる零矢に対し、申し訳なさが募っていた。

 

「どうかしました?」

 

「ん...ちょっとね、その子にキツい事言っちゃって。彼、凄く優しい良い子なんだけど私その優しさに甘え過ぎてるんじゃないかないかって...」

 

 その話を笑顔を崩さず聞いていたクレアはまるで探偵を気取るように指を顎に当てて少し考えると何かを閃いたように

 

「ウィッチはその子の事好きなの?」

 

 と言った。クレアとしてはジョーク混じりで元気付けようと思って言った言葉だったが卯一の反応は予想と違っていた。

 

「えっ!?わ、私がすっ、好き!?いやいや...えっ!?」

 

 と必死にナイナイ、とでもいうように卯一は手を横に振っているつもりだったが、クレアから見れば意中の相手を言い当てられて困惑のあまり、必死に否定しようとするただの可愛い女の子に見えた。

 

「いや、でもでももし私が好きだと“仮定”したら好きな男の子からは触れられても大丈夫って事なの?でも結局彼が好きって言ってるようなものじゃん!私達は協力関係で言わば姉弟...そう友人以上恋人未満の“好き”だよ!きっとそれだ!それが最適解」

 

 クレアは彼女の必死の弁明を苦笑いで聞いていた。別に卯一に彼氏が出来るのは喜ぶべき事だ。卯一の事だからきっと内面まで見て惚れたのだと予想出来る。是野の言いなりになるよりは何億倍もマシなのは考えなくともわかる。

 

「元気出て良かった。じゃあ行こうか」

 

「うん...あ、巳羅姉には今の事内緒ね」

 

「OK」

 

 ならば私はその彼氏と卯一が何の心配もなくイチャイチャ出来るように尽力しよう、とクレアは心に誓った。もし是野が卯一の身に何かをしようとしたならばその時は...

 

 クレアはポケットの中の何か金属のような物を握り締める。笑顔が消えないように表情筋に力をいれると空いた手で卯一の手を引っ張って道を進んで行った。

 

……ウィッチの為に私はもう一度修羅に...

 

 そんな覚悟を決めたクレアはそれを卯一に悟られないようにずっと笑顔を崩さないまま卯一の目的地へと向かった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「う~、こんなに人が多いとマフィアとか一人ぐらいいるのかな?」

 

 カジュアルな服装にサングラスをしてエキスポに来ていた巳羅は物騒な独り言を呟いた。今日は特別にこの場に用事が有った訳ではないが、卯一の働いている所に茶々いれに行こうという遊び心で来ていた。

 

 しかし、卯一は休憩中らしく大学生のボランティアが取り締まる受け付けには別の学生が立っていた。よって目的が達成出来ず暇になった巳羅は売店でレモンスカッシュとフランクフルトを買って食べながら大通りをぶらぶらと歩いていた。

 

……卯一に電話してもいいけど、何かばったり出くわしたい気分なんだよね。ってか今頃クレアといるだろうし...ん?あれ、アイツは確か...

 

 別の大通りへ続く道をふと眺めていると見知った顔が学生ボランティアと書かれたギブスを着た青年が見廻りなのか右手で持ったボードを眺めながら立っていた。

 

……アイツ、卯一と一緒に住んでる零矢って奴じゃないか!?アイツもボランティアやってたのか?

 

 高校生と大学生のボランティアは内容が異なる為、当日説明の場で出くわすなんて事は無かった。零矢と卯一はお互い午前中に用があって、午後の限られた時間内なら空いているからエキスポに集合という約束をしていた。しかしお互いにエキスポでボランティアをするとは言っていなかった。

 

 零矢の役目は特定エリアを数人で徘徊し不審物や用救護者がいないかなどであり、卯一は特定の講義の受付確認、エキスポの案内などのヘルプセンターのような役割をこなしていた。二人の活動エリアはかなり離れていた為、お互いの存在にはまだ気が付いていなかった。

 

……暇だし、アイツに卯一の近況を...ん、あの集団はまさか!?

 

 暇を持て余した巳羅は先日掴み掛かったばかりの零矢に話し掛けようと近付いて行くが途中で零矢があるひと方向をじっと見つめているのに気付き、その方向に目を動かすと忌まわしき是野とその取り巻きが騒ぎながら歩いているのが目に入った。

 

……チッ、何で来てるんだよ...どうせあのガキの事だから普段と同じナンパ気分か。親の七光りを受けて育つ事のなにが良いんだか

 

 親に頼るという事が大の苦手であった巳羅は是野が嫌いであった。何をしても親が尻拭いをしてくれる是野と違い、大津家は何か問題を起こしたら存続に関わるほどのギリギリをラインで存在している。勿論、巳羅が問題を起こそうならば家は即座にその生涯に幕を閉じるであろう。

 

 そんな心境であった為、似たような感情を持ち合わせた卯一とはすぐに仲良くなり、巳羅は一人暮らしの彼女の為に学費を負担したりしていた。巳羅にとって卯一は妹のような存在であり、同時に娘のようでもあった。だからその卯一を傷付けた是野は見掛ける度にどう殺してやろうかと考えるまでになった。

 

 だから巳羅は卯一のすぐ近くにいる零矢を完璧に信用している訳ではなかった。男など裏の顔は所詮ケダモノ、気を許せばすぐに襲うに決まっている。もし、零矢が是野と同じなら卯一からすぐに切り離すつもりでいた。

 

……どうせアイツも見て見ぬふりを...ってあれ?

 

 巳羅が離れた場所から眺めていると、零矢は騒ぎながら通行人の迷惑になっている是野のグループへと歩みよっていく。そしてそのグループに声を掛けると

 

「通行人の迷惑となっていますのでお静かに」

 

 と睨みを利かせながら注意する。零矢が着たボランティアのギブスを見て自分より格下の人間だと判断した是野は胸ポケットから札束を取り出すと

 

「お前面倒くさいからあっちいけよ、高校生だろ。これでゲームでも買って...」

 

 零矢に金銭を渡して追い払おうとするが零矢は是野の手をはたき金銭の受け取りを拒否した。宙にばらまかれた札を是野の取り巻きが必死に拾う中、零矢は是野の方を睨み続けながら

 

「誰もが金で動くと思ってるのか。現実にもこういう頭が悪いボンボンなんていたんだな」

 

 と皮肉をいうと是野は顔に皺を寄せながら

 

「お前俺が誰だか知ってんのか?ZENONの社長の息子だぞ!」

 

「知らねぇよ、どこの家が出身とか関係ないし。騒ぐなっていう公共のルール守って頂けますか?」

 

 ヤンキーのような口調と丁寧語を合わせた変な言葉で零矢は是野に注意をし続ける。騒ぎで周りにギャラリーが増え、流石に部が悪いと思った是野は取り巻きに声を掛けると渋々と去って行った。

 

 零矢はギャラリー達にお騒がせしました、と謝ると称賛の拍手が送る中、それを意にも返さず再び業務に戻った。その一連を見ていた巳羅は零矢に対して考えを改める。

 

……なるほど、ああいうちゃんとした男なら卯一がその家に身を置くのも納得出来る...か

 

 是野を追い払った事を誉めてやろうと巳羅が零矢の元に近付こうとすると

 

「もしかして...あの、あ名前わからないんですけど...ウィッチさんの知り合いの人...でしたよね?」

 

「坊や!?何でここに?」

 

 後ろから翔に声を掛けられる。巳羅はサングラスまで掛けて完璧に周囲に溶け込んでいたつもりだったが、翔から見ればまるで有名人のような格好で周りを伺っているようだった。

 

「いや少し騒ぎが起きてるって聞いたので...あれ、零矢先輩ですよね。何かあったんですか?」

 

「話すと長くなりそうだから本人に聞きに行きましょう」

 

 巳羅は翔を促し零矢に話し掛けた。翔が話し掛けてくるのは普段通りだったが巳羅が話し掛けて来たので零矢は驚いて距離を取るように後ろに下がった。

 

「お、大津さんッ?お、お久し振りです」

 

「管理局の一件以来だな、勿論あれから卯一には」

 

「何もしてません!」

 

「そうか」

 

 自分の両親への言い訳に恋人の振りをし、あまつさえ更に進んだ関係だと疑われたがそれを巳羅に言えば以前のように掴みかかられるかもしれない。そうすれば先程よりも騒ぎになってしまう。流石に馬鹿正直にその件を言いはしなかった。

 

「さっきの見てたぞ」

 

「あぁ...見てましたか」

 

「よくやったな」

 

「んッ!?」

 

 巳羅が零矢の頭を撫でる。身長がさほど変わらないのでその光景は姉が弟を誉めるようだった。流石に予想不可能だったその行動に零矢はおろか翔でさえもフリーズする。

 

 巳羅にとっては卯一にする時と同じような感覚でやっただけだが女性に対する耐性がほとんどない零矢は困惑のあまりその手を振りほどいてしまう。

 

 それに巳羅は驚きながらもすぐに慣れていないということに気付きゴメンゴメンと謝った。驚きながらも照れる様子に卯一の面影を感じた巳羅は続けざまに零矢の頬を掴む。

 

「えっ!?ちょっ...」

 

「卯一と感触が違うのか...」

 

 卯一との感触の違いを堪能した巳羅は再び手を離して先程よりも更に軽い口調でメンゴ、と謝る。一連の行動に理解が全く追い付かない零矢はただたじろいていた。

 

「流石に卯一と夜までの関係になっていなくてもこんなスキンシップは取ってるかなって思って」

 

「と、取ってませんよ!!まだウィッチさんの顔すら触った事無いですし!」

 

 巳羅にとっては大真面目に聞いたつもりであったがそのようなスキンシップを取るのは巳羅の中だけの常識であり、それを受け入れていたのは卯一とクレアと景子だけ、男性にすらスキンシップを取った事が無いのに零矢にここまでちょっかいを掛けるのは既に零矢に対して弟のような感情が確立していたからである。

 

 しかし、巳羅の中では一つ疑問があった。若い男女が同じ屋根の下で共に暮らしているのだ。手を出すとまではいかないけれどもちょっとしたハプニングはあるはずだという自論を掲げ零矢をからかい続ける。

 

「...あのさ、一緒に住んでてほら...男子高校生が妄想してそうな事って起きて無い?」

 

「え...?」

 

「例えばさ、トイレに入ったらもう一人が既に入ってたとか...」

 

「家にトイレ二つありますし、お互い鍵掛けるのでそんな事ありませんよ?」

 

「えっ...じ、じゃあシャワー浴びようとして脱衣所で鉢合わせたり...」

 

「どちらかが入っている間はもう片方は食器を洗ったり掃除してるのでそんな事一度も...」

 

「かっ、家庭的だね!な、なら寝ぼけて一緒のベッドで寝ちゃったりとか...」

 

「あ...それはあり...ますね」

 

「「えっ、あるの!?」」

 

 巳羅も翔もどうせ無いと答えだろうると思った質問がまさかのYESだったので不意を突かれお互いの声が重なる。まだ触れあう仲でも無いのに同じベッドで寝たりしたなら起きた時どれだけ気まずいのだろうか、だが零矢と卯一の事なので起きた方が相手に気を遣っているのが想像出来た。

 

「あ、勿論何もしてませんよ!えっと、確か...そう、麗華って子の処刑予定日の前日に都合悪いって言ったんですけどその前の夜、ウィッチさんの部屋から苦しんでる声が聞こえて、心配になって部屋に入ったら彼女が悪夢にうなされて、それで横でずっと看病してたんです。それで朝になって眠気のあまり布団に倒れ込んじゃって、後で彼女に聞いたらびっくりしたけどありがとうって。寝言で大丈夫ですよって言ってたらしくて...ってこういう理由なんですけど...」

 

 まるであらすじのようにスラスラと全貌を話す零矢に馬鹿正直だなと思いつつも内容からして卯一の事を心から心配している事が受けて取れた。管理局の件で巳羅が卯一の助っ人に行った際に零矢に掴み掛かった時に卯一が零矢を庇った事から互いに信頼しあっていることに巳羅は気付く。

 

「お前...そんなにも卯一を好きなんだな」

 

「すっ、好きだなんてそんなっ!ウィッチさんとは大切なパートナーであって、あ、パートナーだと違う意味になるから...協力関係であって好きだなんて失礼な感情は抱いてない...です」

 

 もう図星じゃないか、お互い想い合ってるならさっさとくっついて幸せになれよ、とツッコミたくなるのを二人は堪えながら普段はキツい目線をした零矢が慌てふためいているのを面白がっていた。

 

「安心しろ、好きって感情が失礼な訳が無いだろ。お前が本気なら私がフォローしてやるから。な、後輩クン?」

 

「あ、ありがとうございます...大津さん」

 

「巳羅姉って呼んでよ。姉代わりとして接してくれていいからな」

 

 巳羅が可愛がるように再び零矢の頭を撫でる。悪い気はしないと零矢は思いつつも、自分には兄弟もいないのに姉代わりが三人もいるのはいささか多いのでは、と感じていた。

 

……姉貴にウィッチさんに巳羅姉...何で姉が飽和状態に?でもウィッチさんは姉って言われると...何か同い年のような感じだけど

 

「あの...結局何の騒ぎだったんですか?」

 

 一人だけ話から抜けていた翔が本題に戻した時には既に騒ぎから二十分が経過していた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「いやそれにしても人多いな」

 

「何で俺がお前と一緒にいなきゃいけないんだよ」

 

 エキスポに来ていた黒田勇は同行していた伊達真に愚痴をこぼす。クラスで一緒にエキスポに行こうと真が提案したがほとんどが部活で来られず、部活に属していない間城はバイト、金橋は勉強で空いているのは勇しかいなかった。

 

 そこにたまたま休みだった同じクラスのバスケ部が行くという事になったのだが真以外の部員は全員デートで来れないという。よってこの勇と真という滅多に見ない組み合わせとなったのであった。

 

 二人は一年から三年までずっと同じクラスなので面識はあったがそれほど親しいという訳ではなかった。それもそのはず、いつもクラスの中心にいるような真とクラスの環から外れて一人でいる勇、まるで住む世界が違うのだ。

 

 勇にとっては二年の事件で真の事を零矢と共に危険視していた。そもそも人付き合いが苦手な勇は一人でエキスポに行くつもりだったのに真が半強制的に誘う為、断ると色々面倒だと思い、渋々承諾したのだ。

 

「仕方ないだろ。他の奴らがデェトなんだから」

 

「お前に彼女はいないのか」

 

「いたらお前と来てないだろ」

 

「聞くまでもなかったな」

 

「うるせー!」

 

 真がスマホでエキスポに展示されている物を検索していると、勇は金髪の小学生ぐらいの女児が大通りから外れて人気のない路地の方へ歩いて行った。その先からは会場から出てしまうので展示品を見に来た訳ではなさそうだった。

 

……子供一人で路地裏は危険だろ、親は何してんだ

 

 思わずその子供が通って行った道へと続いて行く。真がようやく有名な展示品を見つけ、それを見に行こうと後ろを振り返った時には既に勇の姿はなかった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「芸術は爆発だって言うだろ、ド派手にぶちかましてやろうぜ。狙うは『箱舟ノ書』だからな」




ク「次回は私がお邪魔しますかね」





 今日からセイバーです!!楽しみ!!

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