俺達と神達と空想神話物語   作:赤色の魔法陳

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 夏とジオウが終わりましたがこの世界はまだ春です。やっとバトルパート。


僕と私の約束(前編)

「あ、翔か?一応こっちも装備は整えたが、今ちょっとまずい状況でな。取りあえず明日には間に合わせられるから切るぞ」

 

 そう言ってウィッチさんのGod-tellに掛かってきた翔からの着信を切る。気づけばもう雀が鳴いている、時刻は午前六時半を過ぎていた。

 

 瞼が重い、頭がクラクラする。結局自分は寝たのか寝てないのかどうかわからない。が、少なくとも今俺の傍らに寝ている人はちゃんと寝れたのだろう。安らかで美しい寝顔をしていた。

 

 昨晩、あのやり取りをした後で俺は眠りに着いた。夜、声がすると思って起きると部屋に彼女の姿はなかった。しかし、彼女の部屋から何かうめき声のようなものが聴こえた。

 

 ベッドを抜け出し、廊下に出て彼女の部屋のドアの前へと歩いていき耳を澄ませたがやはり彼女の声で間違いはない。様子を見に入ろうかと思ったが、ただでさえ女性の部屋である。そういう行為とかの場合入って気まずくなるのは目に見えている。

 

 やはり、戻るかと思った次の瞬間、彼女の声で助けて、と聴こえたので俺は後先考えずドアを開けて中に入った。すると、掛け布団を蹴り落としたのか、上に何も掛けていない彼女が汗びっしょりで片手を上に掲げ助けを乞っているようだった。

 

 悪夢にでもうなされているのか、顔や身体を何度も左右に動かし、苦しそうに何度も悶える。流石に見ていられず掲げた手を握りティッシュで汗を拭ってあげた。

 

「……ごめんなさい、ごめんなさい‼...私のせいで...」

 

 うなされた彼女は取り憑かれたかのように何度も謝り、苦しむ。もしや少し前の俺のような悪夢を見ているのかもしれない。俺は何も知らないし、彼女も何も言わないが過去に何かがあってそれが夢に影響している可能性はある。

 

 それに俺が天照大御神の力を手に入れた後も変な夢を見た。彼女はラファエルの力を手に入れたのだから同じ状況が起こっても不思議ではない。そうなると、あの~ノ書と言う本の中の神力を手に入れた時、悪夢を見るという反動が存在することになる。

 

「後...輩ク...ン、行かない...で」

 

 夢の中の彼女が夢の中の俺に助けを求めている。今の俺が何をしても彼女の夢は変わる事はないだろう。だが、今の俺にできる事は...

 

「大丈夫ですよ、ここにいますから。安心してください」

 

 手を強く握る事しかない。これで彼女の不安が少しでも和らぎ安らかに眠れるなら。もしかしたら、あの時も彼女はうなされる俺の手を握ってくれていたのかもしれない。心なしか少し表情が落ち着いた気がした。

 

──そうして朝になったという事だ。途中から記憶があるようでない。寝落ちしたのかもしれないし、していないのかもしれない。だけど気づけば彼女の手も俺の手を握り返していたし、俺もずっと離してはいなかった。それだけは確かな事だ。

 

 しかし、

 

「そろそろ準備しない...と?」

 

 立ち上がろうとしてドタン、と彼女のベッドの上に倒れてしまう。何とか彼女を下敷きにしないように避けたがもう起き上がれそうになかった。徐々に意識が薄れていく。

 

……後で準備しなきゃな

 

 そんな事を思い浮かべながら、美しく眠る人のすぐ側で俺は目を閉じた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「取りあえず食料はあるし、最悪俺か母さんが勝ってくれば良しと」

 

「じゃあついでに霊香ちゃんのバースデーパーティーもしましょうか」

 

「え!...でも」

 

「一年に一回きりの大切な日でしょ。それを命日なんかにさせないわ」

 

 嬉しさで少し心が舞い上がってしまった。誰かに誕生日を祝って貰える事がこんなにも嬉しいとは思わなかった。目の前に危険が迫っているのになんて不用心な面持ちなのか、と昔の私なら言うだろう。それほどまでに私の心は変化していると言うことだ。

 

 昔の私ならあり得ないはずの幸せ、こんなに感じてしまってバチが当たりやしないかと思うほど私の心は満たされていた。この幸せを終わらせない為に私は戦う、まるで愛の戦士のような覚悟を決めた。

 

「じゃあ、僕がケーキ買って来る!」

 

 そう言って翔はすぐに出掛けて行った。まだ誕生日は明日だというのに。薫さん曰く彼も喜んでいるらしい。しばらく振りにあんなに嬉しそうにしているのを見たから、それもきっと私のおかげだと言ってくれた。

 

 もしかして生き延びれるのかもしれない、妖美卯一も神木零矢もいる。魔王装備も二つある、戦力は十二分にもあるはずだ。

 

 やがて、家の固定電話が鳴り響く。薫さんがそれに応対した。だがしばらくすると徐々に顔が青ざめている。それを不審に思った針太郎さんがスピーカーにすると、そこからは先程の幸せを正面から壊すような言葉が飛び出して来た。

 

「時神翔は預かった、そこに破神霊香がいることはわかっている。三十分後に北街のスラムへ来い、来なかったら命はないと思え」

 

 単なる脅迫電話の類いではないとすぐにわかる。奴らだ。私の居場所などとうにわかっていたらしい。籠城することなど目に見えていて、私以外の誰かが外に出た瞬間人質に取るつもりだったのだろうか。完全に浮かれていた。

 

「……私が行きます」

 

「ダメよ‼明らかな罠じゃないこれ」

 

「それでも、翔を殺させる訳にはいきません」

 

 私は彼から受け取っていた妖美卯一の連絡先を渡し、すぐにここに掛けて状況を説明するようにと二人に言った。

 

 居間にかけられた時計を見る。時刻は午後四時半、向こうについたら丁度夕焼け辺りの時間帯になる。しかもあそこは視界が悪い、何人で待ち受けているのかもわからないので圧倒的不利な状況だ。

 

 それでも、私を救ってくれた彼を絶対に助け出す...例え私の命と引き換えになったとしても。

 

「お世話になりました......行ってきます」

 

「必ず帰って来るのよ」

 

 私はそれに返事をせず時神宅を出た。もう帰る事はできないだろう。だから振り返らず一直線に駅を目指す。帰りたいと思った瞬間、戦闘に隙が生まれる。だから全て振り切るように、置いてくように走った。

 

 駅に着き、改札を通り、閉まりそうになるドアへ駆け込みそこで堪えられなくなって静かに涙を流した。かつて私を拾ったボスはこの世に神などいないと言ったがいたら呪っているだろう。ようやく手に入れた幸せを途中で取り上げるのだから。

 

 それでも泣いてるだけじゃ彼は助けられない。電車を降りると駅の時計の長針はⅩを指している。約束の時間まで残り十分。走ってギリギリというところか。私は翔が無事な事を祈りながら、住宅街を駆け抜けた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

……迂闊だった、あんな所で襲ってくるなんて。でも期限までまだ一日あるのに何でこいつらは動き出したんだ?

 

 僕はケーキを買いに外に出てからしばらくして背後に気配を感じた。振り替える前に頭部を強打されて意識を飛ばされ、気がつくと両手足を縛られ猿ぐつわのような物をはめられ、地面に転がされていた。

 

 現在僕の視界には人っ子一人もいないし、気配すら感じないのだが、恐らくどこかに潜んでいるのだろうか?それにこの建物の感じ、前に来たようなスラム街と似ている。もしや北街まで連れてこられたのか?

 

 その時、僕は戦慄が走ったのを確かに感じた。北街、つまり人気のない場所に連れてこられたということは、霊香さんだけを呼び寄せる為である。例え彼女が戦力を持ってようが単身ならそれはたかが知れている、十分対応は可能だろう。

 

 日付をずらしたのは余裕を奪うためか、または対策を完全に立てられる前に彼女本人を手に入れて姿を消すためか。両方の可能性もあるが、後者は完全に当てはまってしまっている。

 

 しかも今朝の電話で先輩方の状況が悪いと聞かされたし、確かウィッチさんは授業が入っているから対策を練るなら早くても十八時過ぎと言っていたから彼女の援護は絶望的と考えられる。それを言うと、一人で来いと言われているなら零矢先輩も絶望的か。

 

 身体を動かして確認すると、どうやらGod-tellは盗られてはいないらしい。だが口や手が塞がれているせいでマイクを召喚できない。しかし何とかして霊香さんが来る前に身体を自由にしておかなければ戦闘に置いて彼女の足手まといになることは確定だ。ただでさえ不利な状況なのにそれは何としても避けなければならない。

 

 藁にもすがる思いで周りを見回すと、近くに以外と大きなガラスの破片があるのが見えた。地面を転がりつつ、その破片で手を縛る縄を切ろうとするがそう上手くはいかない。しかし、そうこうしている内に今までの事が嘘のように簡単に縄が外れた。特に気には止めず足の縄も外し身体を自由にする。

 

……予知しながら脱出して霊香さんと合流を...

 

 その瞬間、生物的本能とも言うべきものが僕に危険を知らせた。予知するまでもなく、何かがすぐそこにいるのがわかる。恐らくそれは人の形をしているのだろうがおぞましいものに感じられた。

 

「解くのが遅い...トーシロだな」

 

「わざと緩く結んであげましたのにね」

 

 前方、霊香さんよりも長い黒髪を携えたスレンダーの目付きが鋭い女性。後方、マッシュルームヘアーで穏やかな印象を受けるグラマーな女性。一見相反した二人だが、共通点は身体を覆う黒いマントと素人でも感じられる身の毛もよだつような殺意。

 

……予知で逃げ切るしか...

 

「おっと、能力は発動しない方が良いぞ」

 

「発動したら殺しちゃいますからね」

 

 予知までは見抜かれてないだろうが発動しようとした事はバレたらしい。だがこの状況下ではどのみち殺される未来しか見えないだろうが。

 

「……今何時ですか?」

 

「ん、十六時五十分、『翠女神』が来るまであと...」

 

 今しかない、僕は脇目も振らず右へ走る。取りあえず相手に隙さえ作れれば後は予知を使って...

 

「グハッ‼」

 

 急に身体の左が痛みを覚えた。気づくと壁に身体を叩きつけられていた。おかしい、僕は走っていたはずだ。右を見ると、長髪の女性が掌をこちらに向けていた。

 

「あ、力入れすぎた」

 

 どういう事だ?普通この体型の女性に突き飛ばされたってこんなにはならない、というかあの一瞬で追い付いたって事なのか?各が違い過ぎる、とても僕が敵う相手じゃない。

 

「あ~、ダメじゃないですか。人質にそんな事しちゃあ」

 

「だって逃げるから...」

 

「私が調教しますから『兎』ちゃんは手を出さないでください」

 

 短髪の女性は僕に手を当てた。すると徐々に身体が楽になっていくのを感じた。これは回復されているのか?やがて傷が完全にふさがり、体力も全快した。これならまた逃げるチャンスはあるかもしれない。

 

「はい、こっち見て」

 

 短髪の女性に顔の向きを変えられる。警戒心を解くためか僕に対して笑顔を向けながら話す。

 

「もう逃げないってお姉さんと約束できるかな?」

 

 嫌というほど子供扱いされているのがわかる。流石にここまで下に見られると腹が立ってきた。しかし、今はその感情に身を任せる事はしてはならない。例え僕を回復してくれたとしても、この人達は霊香さんを殺しに来たのだ。つまり敵である、だから簡単にはいというわけにはいかない。

 

「嫌です、僕は子供じゃない」

 

 僕を人質として使うなら恐らく身の安全は保証されているし、最悪この人が回復してくれるから死ぬ事はない、だったら...

 

 グリン、と急に顔の向きが変わる。その後に頬を鈍器で殴られたかのような痛みが襲った。

 

「いっ⁉たぁッッ‼」

 

 焼けるような痛みに思わず涙が出てくる。ただのビンタがここまで強いなんて思わない。

 

「よしよし痛かったですね、お姉さんが治してあげますからね」

 

 そう言って僕を回復した。まさか、この人...

 

「あれ?涙目ですね。子供だと思ったから優しくしたのに。あれ子供じゃないんでしたっけ。じゃあお姉さんの言っていることわかりますね?」

 

「ふっざけ...」

 

 再び首の向きが変わり同じ痛みが襲って来た。間違いない、この人の調教とは心が折れるまでダメージと回復を繰り返し、自らを上と称する事で自尊心を打ちのめし相手を服従させる事だ。

 

「口の聞き方には気をつけましょうね。はい、どうです?約束できるかな?」

 

 となれば嫌と言わず、かといって服従もせず無言を貫けば良い。絶対に答えないという意思を持ち僕はこの人を睨み付けた。

 

「はい3、2、1」

 

 カウントを始めた。これはまさか...

 

「質問には答えましょう」

 

 再び頬を叩かれる。しかも今回は回復無しで同じ場所を叩かれた。感じる痛みのレベルが違う。顔の半分が焼けているような痛みに地面に倒れ悶える。身体が熱い、顔が動かない。おかしくなってしまいそうだ。

 

「あ~あ、壊れるぞ。その人質」

 

「壊すんですよ、『翠女神』を壊すために」

 

「相変わらず見た目と相反したサイコぶりだな」

 

 どういう事だ?僕を壊して霊香さんを壊す、僕を恐怖で支配してそれを彼女に見せつける、そして彼女の自尊心すら破壊して最終的に殺すという筋書きだろうか。

 

「……ふっざけんな...」

 

「あらあら、まだ叩かれ足りないんですか仕方ないですね、本当は嫌なんですけど」

 

 そう言って僕を起こさせ、再び顔に手を添えた。それだけで頬が痛む。本当は叫んで逃げ出したい、でも霊香さんを殺させるわけにはいかない。彼女が死んだら、あの真実さえ...

 

「はい、力抜いて。せーのっ」

 

「ちょい待ち、御姉様方。『翠女神』のお出ましだ」

 

 叩かれる寸前でいがぐり頭の男性がこの人の手を掴み、叩かれずにすんだ。しかしお出ましということは...

 

「……お前ら...殺す」

 

 そこには今までに無いほど目を見開き殺意のこもったオーラを放ちながら修羅の顔をした翠女神こと霊香さんが立っていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 たどり着いたその場所で始めに見たのは翔の腫れた顔、その周りにいる死神達。何が起きていたかを瞬時に理解した私は憎しみが限界を超えて自分でもわからない顔をしてこう言っていた。

 

「……お前ら...殺す」

 

 私だけならいい、私だけが傷つくなら。だけど関係の無い彼を狙って傷つけてぼろ雑巾のようにするなら、私は死神さえ倒してやる。

 

 すぐさま彼を掴んだ『天使』の方へ走り出す。しかし、高速化した『音速』の攻撃をお腹に受けて元いた場所よりも遠くへ吹き飛ばされた。

 

 『音速』...確か名前の通り自身を音速の速さまで加速化する事ができる奴だったはず。全力で走ればそれだけで街を破壊できる故、本気の速さではない。まずはこいつの動きを封じない限り近づく事は容易ではないだろう。なら...

 

粘着壁(アヒージョン)

 

 霊子の粘着性を高め、触った物を絡めとるこの壁でカウンターをすれば良い。わざと守りの緩い場所を作りそこに設置する。そして『音速』に対して構えをとった。

 

「カウンターか?やってみろよ!」

 

 再び高速化し視界から消え認識が不可能になる。わずかだが風の動きで近くにいることはわかるが正確な場所までは把握できない。後は手筈通りわざと隙を作り、そこに打ち込ませるだけだ。徐々に風が近づいて来る。悟られないように、慎重に...

 

「私もいること忘れてない?駄女神さん?」

 

 前方にいたはずの『兎』が既に攻撃範囲に入っており私の肩に回し蹴りを入れようとする。咄嗟に前面に対して霊子の壁を作るが、それによって背後に隙が出来てしまった。気づいた頃にはもう遅い。

 

「こっちも忘れてないか?オラッ‼」

 

「ッ‼うわっ‼」

 

 背中に蹴りを入れられ、体勢が崩れ壁の外側に出てしまった。そのまま『兎』の回し蹴りを喰らい地面に転がる。

 

「霊香さん‼」

 

「はい、静かにしなきゃダメよ」

 

 彼を掴んだ『天使』が手を彼の頬に当てると彼は恐怖を感じているようにその手を見た。顔の腫れの原因はあの女か。這いずるように彼の方へ向かおうとすると、『兎』に足で身体を横にされ、蹴りを入れられる。

 

「ぐふッ...ガハッ、ゴホッ」

 

 口から血がにじみ出てくる。こいつら私が手を出せないようにして一方的に蹂躙するつもりか。これだから死神部隊は嫌いだ。

 

粘着壁(アヒージョン)

 

「なっ⁉」

 

 『兎』が蹴りこむ手前に粘着性の壁を生成し片足を拘束し、もう片方を蹴って体勢を崩させる。そして壁を分解した際に出た霊子を右拳に収束させ前に踏み込んだ。

 

霊魂ノ拳(フィスト)ッ‼

 

「グッ‼」

 

 命中寸前で『兎』はマントを使って私の攻撃の威力を下げた。だったらもう一発入れれば良い話である。腕の霊子の結合を解き、次は左足に収束させた。

 

「霊香さん後ろに蹴って‼」

 

 翔の言葉に一瞬耳を疑うが、彼が恐怖の中あの女に気づかれないように能力を使って知らせてくれたのなら間違いはないだろう。すぐに左足を浮かせ、何もいないはずの後方へ蹴りを入れる。

 

霊魂ノ脚(レッグ)ッ‼

 

 それはまるで透明なものにあたったかのような手応えを感じさせた。高速化した『音速』が攻撃を仕掛けようとしていたらしい。蹴りは見事に腹部に命中し、彼を廃墟の壁まで吹き飛ばす。

 

「静かにしなきゃダメって言ったわよね?」

 

「霊香さん次また後ろ‼」

 

 『天使』の警告を振り切り彼は再び私に叫んだ。振り向くと体勢を立て直した『兎』が蹴りの体勢に入っていた。今から対応するには到底間に合わない。

 

「ロー‼」

 

 彼の叫びと共に自分の顔の高さ程に地面と水平に壁を作り、そこに手をかけて飛び上がる。予想通りローキックをしてきた『兎』の足を避け側頭部に蹴りをいれた。

 

 脳に振動が伝わったのか、『兎』はよろけ地面に倒れた。彼のおかげでこの短時間で死神部隊を二人も戦闘不能にまで持ち込めるとは正直驚きである。

 

「え?嘘⁉『音速』、『兎』ちゃん?」

 

 後はあの『天使』とかいうたいそうな名前が着いた女だけだ。あいつだけは流石に半殺しぐらいしてもバチは当たらないと思うのだが、どうだろうか。

 

「もう‼だから回復してから行こうって言ったのに意地はるから‼」

 

「負け惜しみはよせ」

 

「違います~!私達は日課の訓練をしてから来たんです。用は体力がない状態で来たの。ほらっ」

 

 そう言って『天使』は翔を私に向かって投げ飛ばす。それを抱き止めていると、既に彼女は『兎』と『音速』を抱えていて、

 

全快(フルヒール)。はい、いってらっしゃい」

 

 二人を回復した。翔とのコンビネーションでギリギリな状態だったのにそれは相手の体力が疲弊しきった状態でだったので、体力が全快した二人相手には苦戦を強いられるなど嫌でもわかる。

 

「……翔、逃げるよ」

 

 私は彼の手を引き、走り出す。後方からの攻撃なら彼の能力で避ける事はできるし、前に回られた場合は私が対処すれば良い。それに勘と言うのかわからないが嫌な感覚がずっと続いている。あいつら、何かを待っているかのように戦闘を長引かせていたような気がした。もしそうなら待っているのは恐らく...

 

「霊香さん前‼」

 

「今度は鬼ごっこか?俺の足から逃げれると思うなよ」

 

 前方に『音速』の姿が現れる。すぐに臨戦態勢に入るが彼が私の腕を引っ張り後退させようとする。が、体勢を崩すわけにはいかずその場で踏みとどまってしまった。

 

「さっきのお返しだ!」

 

 背後に迫っていた『兎』が私の右肘目掛け、蹴りを入れる。関節が逆に曲がり、鈍い音が響いた。手に力が入らなくなってしまった私は彼を離してしまい、そのまま彼は『兎』に連れ去られてしまう。

 

 すぐに前方に壁を生成して『音速』の動きを止め、振り返って翔を追おうとするが、

 

「させねぇよ?」

 

 すぐに『音速』に回り込まれてしまった。粘着性の壁を生成し再び動きを止めさせようとする。思惑通り引っ掛かってくれたので彼を飛び越えて追おうとするが、

 

秒速100発の弾丸(マシンガンストライク)ッ‼

 

 背後からまるで機関銃に撃たれているかのような衝撃と痛みが全身を襲う。霊子の壁でガードしているものの全ての攻撃をいなす事はできなかったようだ。衝撃と風圧で壁に叩きつけられ吐血しながら地面に落ちた。

 

 その隙に彼は手を引き抜き、身体を自由にすると、すぐに私の近くまで来て、腹部の所から蹴りあげて宙に浮かした。

 

「ガハッッ‼」

 

「そんじゃもう一発...」

 

 蹴りこまれる彼の足に目掛け壁を生成しなんとか動きを止める。

 

「あん?片方止めたところで、もう片方...」

 

……違う。私が止めた理由は防御のためじゃない

 

 彼の後ろにから殺意を押し込めもの凄いスピードで走ってきた影が、彼が振り向く瞬間にみぞおちの辺りに拳を入れて、生成した壁ごと吹き飛ばした。

 

……防御じゃない、サポートのためだ。神木零矢の...

 

「なんだ?テメェ」

 

「破神霊香、話は後だ。翔の方に行け。こいつは俺がやる」

 

「わかった。そいつは速い、気をつけろ」

 

 私は忠告をして走り出す。神木零矢なら足止めぐらいならできるだろう。その間に翔さえ逃がせばなんとかなるかもしれない。以外に蓄積したダメージも大きいし、魔王装備は最終手段と考えるしかない。

 

「逃がすか‼」

 

 しかし、予想通り『音速』は私の前に回り込んで来た。進路を阻まれ私は構えをとる。

 

「ちょっと神木零矢‼何のために来たの⁉」

 

 しかし、次の瞬間まるでワープしたかのような速さで『音速』の後ろに影が回り込んだ。それは巫女服のような姿だったが前に見たのとは違い高貴な雰囲気を醸し出していた。

 

 太陽を模した金色のかんざし、首に掛けられた翡翠の勾玉、戦闘体制の為か腕は捲られ、手首にはブレスレットのように鈴が巻かれていた。

 

「前会ったときより喋るな、お前」

 

「そういう格好が好みなの?」

 

「馬鹿、天照大御神だっつーの」

 

 日本神話の最高神の神力まで継承しているとは、驚きだった。彼は『音速』の肩を掴み動きを制限した後で、私にマリンブルーのGod-tellを投げ渡す。私はそれを受け取ってから再び走り出した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ほらほら逃げてるだけじゃ彼女と会えないぞ?」

 

 拐われてからなんとか逃げたしたが、ずっと『兎』と呼ばれる方から逃げる事しかできていない。すると背中が壁に着いた。行き止まりだ。

 

「お前にもさっきのツケ、払ってもらう...」

 

言い終わる前に目の前に何かが落下して来た。天から降臨したかのような白く美しい羽は陰で黒く染まり堕天使のごとき印象を受ける。

 

「その必要はない。私が相手する。ツケは増やすけど、ね」

 

 冷静な表情を見てそれが霊香さんということがわかった。彼女は僕に銃を手渡す。よく見たら電気銃だ。自分の身は自分で守れということか。

 

 彼女の右腕を見ると、やはり普通と反対方向に曲がっており、剣は左手で持っていた。彼女は右利きのはずだ。やはり彼女でもこの状態だと二人相手はキツいという判断だろう。

 

「えぇ?もう戻って来たんですか、速いですね...」

 

 喋り出す『天使』と呼ばれる方に向けて引き金を引く。勿論当てるつもりではなく牽制だ。

 

「は?なめられてるんですか、私」

 

「辺り前でしょ、お姉さんぶったいい年したオバサンなんて僕らの年からしたら超なめますし。そこんとこ調べてから来れば良かったんじゃないんですか?」

 

「ぶっ殺しますわよ、クソガキ」

 

 我ながら凄い煽りだったがとうとう本性を現したようだ。『天使』の方には捕まらない限り僕でも立ち回れる。もう一度牽制の為にすぐ近くに撃ってから、後ろを向いて走る。

 

「くっ、待てクソガキ‼」

 

 廃墟の壁を蹴りながら上手く物陰をに入り相手を翻弄する。彼女が僕の姿を見失っている内にワイヤーを召喚して丈夫そうな配水管に引っかけ、天井に登る。GK銃を召喚してGod-tellをセットしているところで彼女に追い付かれた。

 

「逃げたつもりか‼」

 

 電気銃の方で再び射撃する今度は勿論当てる気だ。しかしマントを使って巧みにながされてしまった。

 

「後十秒‼」

 

 僕は画面を見ながらそう叫ぶ。その視線を外した一瞬で距離を詰められ手首を蹴られて電気銃を落としてしまう。何とかGK銃の方は彼女に向けたが、

 

「歩きスマホなんてしてるからそうなるんだよ」

 

 と言われ、腹部に拳を突き出された。

 

「グフッ‼」

 

 しかしその手を絡みつけるようにして抱え、銃口を合わせる。

 

「引いてみな、まだ十秒たってないだろ!」

 

 その問いかけに僕は笑って答える。

 

「嘘、ですよ運任せの一撃(シークレットショット)

 

 額目掛け銃弾を発射した。ウィッチさんの話によればこれは意識を飛ばす程度の威力、つまりどれだけ至近距離から撃っても死には至るダメージにはならない。

 

 ぐるん、と上半身が仰け反った彼女は力無く倒れる。倒した、のか?僕が自分の手で。

 

「翔!今のは外れだ‼」

 

「え?当たりとかあるの必殺技...」

 

 “神”に聞く前に首を蹴られ、天井から落とされる。ちょうど土の場所に落下したから良かったがアスファルトだったら危なかっ...

 

「ッ‼」

 

 土煙の中から『天使』が現れまた僕の頭にまた蹴りを入れ今度は壁に叩きつけられる。血を吐いて倒れ、相手の方を見ようとするが首が曲がらない。骨がずれてるのか?

 

「いい様ですね、嘘つきの成れの果ては死ということですか。今なら治してあげますよ、私の調教付きですが」

 

 口調が元に戻った。僕が瀕死になって余裕を取り戻したってところか。しかし素直にお願いしますなんて言える訳がない。ただでさえ足手まといな状況で更に霊香さんの足を引っ張るわけにはいかない。

 

「質問に答えないってことは...」

 

 彼女が徐々に歩み寄ってくる。まるで絶望が近づいてくるように地面を伝って砂利を踏む音がする。土と血の臭いが脳から意識を奪うように強烈に感じられる。

 

 しかし、急にそよ風が吹き抜け場の空気を変える。身体が楽になるように、回復されているような感覚。やがて目の前に風が収束し霊香さんと同じような羽を広げた天使が現れる。

 

 ターコイズの頭髪に紅く燃えるような剣、夕焼けにも負けない程の白い神々しい羽を携えたそれは振り向くと、

 

「翔君よく頑張ったね、後は私に任せて♪」

 

 微笑みながら呟いた。その声からそれはウィッチさんということがわかった。もしかしたらここまで飛んで来たのだろうか。

 

 気づくと痛みは引き首も難なく動かせるようになっていた。取りあえず助かった、だが心のどこかで情けないという思いが芽を出す。どれだけ一人で戦おうとしても結局最後は誰かに助けてもらっている。

 

 例え能力さえ持っていても僕には零矢先輩のような運動神経もウィッチさんのような知能も霊香さんのような覚悟も無い。全て中途半端な状態でここに来てしまった。こんな事では誕生日を祝うなど到底できない、守るなんてなおさら...

 

「うあああっっッ‼」

 

 両手の銃を構え発砲しながら『天使』と距離を詰める。しかし、弾丸は全てマントで受け流され銃を蹴り飛ばされる。『天使』は足を上げた状態で腕を掌打の構えにする。どう予想したって、この後僕はこの攻撃を避けられない。結局...

 

 身体の正面から突風が吹き、後ろに持ってかれる。掌打が空を切り、すんでのところで喰らわずにすんだ。

 

「特攻なんてしないで翔君‼」

 

 やはり彼女に助けられたらしい。またしても自分の力じゃどうにもならないのか。誰かの足手まといになってしまうのか。

 

 そのまま彼女は『天使』に対し剣を振るうが余裕で躱されてしまう。素人目にも関わらず剣の扱いに慣れていないように見えた。

 

「あぁ‼もう、使いづらい‼」

 

 彼女は天使の姿から見慣れた人間の姿に戻るとGK銃を召喚して寸分の狂いなく銃弾を『天使』へと当てる。彼女にとっては剣よりも銃の方が使いやすいのだろう。

 

 華麗に銃を回し、着弾のタイミングを絶妙にずらして相手が避ける先に銃弾を当て着実にダメージを与えている。

 

「勘違いだったら聞き流してくれていいんだけど」

 

 相手に発砲を続けながら彼女は僕に話しかけた。

 

「もしかして自分は足手まといになってるって思ってない?さっきの特攻まがいの行動もそれを考慮すれば納得できるんだよね」

 

 発砲を止め、端末を銃にセットする。チャージ中に距離を詰めてきた『天使』に対して着ていた白衣を脱いで前方に投げ、視界を撹乱しその隙にブーツの踵を強く踏んで何かのスイッチを押した。

 

 『天使』が白衣をどかした瞬間に視界から消えるようにしゃがみ、ブースターのような物が露出したブーツの後方からエネルギーを放射した勢いで足払いをする。相手が浮かび上がる程の風圧が起こり体勢を立て直した彼女は宙に浮く『天使』に銃口を向けた。

 

運任せの一撃(シークレットショット)ッ‼

 

 宙に浮きろくに体勢も立て直せない『天使』は頭を下にしたまま、廃墟の壁に叩きつけられた。壁が衝撃に耐えきれず崩れ落ちる。あれが本物の当たりというやつか。

 

「そんなことないよ。君は私達が来るまで霊香ちゃんの命を繋ぎ止めてくれた。恐らく絶望的な状況の中で。それで良いんじゃない?例え他より戦う力が無くても君はその優しさで誰かを助けられるんだから」

 

 崩れた壁の中からさっきのダメージが嘘だったかのように『天使』がケロッとした顔で出てくる。

 

「あれは私が相手するから君は霊香ちゃんをその優しさで助けてあげて♪」

 

「誰を助けるって?」

 

 ドサッ、と僕と彼女の間に何かが落下した。それは、本当に天から堕落した正にその瞬間のような天使、霊香さんだった。

 

「霊香ちゃん‼...ッ‼キャッ⁉」

 

 介護しようとする彼女の肩を掴み、『兎』は後ろに投げ飛ばす。

 

「笑わせる、お前の相手は『天使』じゃない、この私だ‼」

 

 彼女の反応よりも早く『兎』は足を振り上げ、威嚇のように彼女の側頭部で止めた。

 

「……来た。私達のリーダーが」

 

 直後、生物的本能が悲鳴をあげる程の異様な感覚。立っているだけで生命を脅かされているような、これまでと比べ物にもならない殺意。ここまで人の心情だけで相手の感覚さえ変えることができるのかと驚いていると、投げ捨てられるように何かが飛んできた。

 

「ガハッ、ハアッ‼ハアッ‼」

 

「後輩クンッ⁉」

 

 頭から血を流し、息も絶え絶えな先輩だった。先輩が投げられて来た方向から何かが近づいて来る。マントを着たシルエット、背丈は低くそして何よりも気になったのは何かを引きずる音。

 

 それが夕焼けの光に照らされた時、それは鎌ということがわかった。しかしその刃の部分には血の色さえ見えない。あれを使わずに零矢先輩をここまで痛め付けたということか?

 

「執行猶予は終わりだ、処刑を開始する」

 

 戦闘に有利な零矢先輩と霊香さんは戦闘不能、残り二人で相手は四人どう考えても絶望的な状況、この状況でどう約束を守るのか。絶望の時は刻一刻と迫る。


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