俺達と神達と空想神話物語   作:赤色の魔法陳

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「「「「暑い~」」」」

神「まだ春だろ、こっちは!」

零「暑さのあまり展開を忘れた」

卯「キミ重症のはずだけど」

零「そういうウィッチさんだってバニー...」

卯「それ別に言わなくても良いよねー?ちょっとこっち来なさい」

翔「さ、さて今回は熱い展開になって...ないですね別に」

霊「珍しく恋愛事情が書かれてるからそこ見てね」


生きていれば

「一班、二班銃撃用意‼」

 

 フェンリルを惹き付けながら私は各班に命令を下す。命令を受けた部下が素早くフェンリルの左右へと移動し、霊子の結合を弱める弾丸を連射した。

 

 前足が胴体から分離し、呻き声を上げながらフェンリルは崩れる。その隙に部下がその巨体をロープで縛り上げ身体の自由を無くした。

 

 私は這いつくばるフェンリルの鼻の先から飛び上がり、鉄の強度まで硬化させた足を首元へ振り下ろした。

 

 フェンリルの首が身体から切り離され断末魔の悲鳴を上げながらその獣は朽ちた。

 

「お仕事ご苦労さん」

 

 首が飛んでいった方向から馴染みのある声がした。虎柄のスーツにタイガーマスク、中身を知っていれば素人のコスプレにも見えなくはない。

 

「どうも」

 

 私の...いや私達の社長の美神 寅次だ。その手には戌を引きずっていた。

 

「ったく、脱出しようとしたらこの戌が上に落ちて来くるし、おまけにのびているし。取りあえず転がしとくか」

 

 そう言ってマスクを取ろうとする寅次に小走りで駆け寄り彼の顔の横ぎりぎり目掛け拳を叩き込む。周囲の悲鳴が上がる中、彼だけが

 

「危ねっ、サンキュー」

 

 と感謝の意を私に伝える。そして最初は不審に思っていた部下達もやがてその意味がわかったようだった。

 

 彼の顔の横、私の拳の先には朽ちたはずのフェンリルの首が口を開いていた。恐らく既に意思は消え暴走状態なのだろう。

 

「形態変化・針」

 

 フェンリルの口の中に入れた手に入れる力の量を調整し、手全体を鋭利な剣山へと変化させて、フェンリルの内部から霊子の結合を絶ち切るように破壊した。

 

 砕け散った霊石の破片が飛び散り地面に落ちる中、偶然にも一欠片が彼の後頭部に直撃し私の額に頭を垂れる形になった。

 

 身長は私が165㎝で彼が175㎝なので周りから見れば彼が頭を下げて私の額に口づけをしたかのように見えなくもない。事実、部下の何人かは歓声を上げていた。

 

 心臓の音が高鳴る。彼の吐息がすぐそこに感じられて夕焼けに染められたように私の頬は紅く火照った。しかし、この数秒にも満たないような間に耐えられなかった私の口から出た言葉は、

 

「邪魔、セクハラで訴えますよ社長」

 

 そんな思ってもいない言葉。それと共に額だけで彼の頭を押し返した。彼は仰け反り、倒れるギリギリで体勢を戻して頭を抱えた。

 

「不用意な事故だろこれは⁉あぁ頭痛ぇ」

 

 そう言った彼の顔は夕焼けには染められていなかった。私だけが勝手に想像していた事を思うと恥ずかしさで再び顔が火照ってくる。

 

 ずっと長い片想い。十年以上足っても好きの一言も言えず、二人とも大人に成ってしまった。若さに任せて言ってみてもいいが恐らくそれは許されない。

 

「帰るぞ、美空」

 

「はい」

 

「何で不機嫌そうなんだよ、謝るってさっきのことは」

 

 それでも、生きていればそのうち言える日が来るのかもしれない。身分の差を越えたドラマチックな展開が。そう考えてると言うことは自分もまた卯一様のように若いなと感じた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 一筋の光さえ見えない闇の中。生きてるのか死んでるのかさえわからない感覚。金縛りのように自分の意思に反して動かない身体。直前の記憶は床が抜けてどこまでも落ちて行く映像。

 

……私にもようやく終わりが来たのか

 

 死角から光が入ってくる。俗に言う天からの迎えというやつだろうか。徐々に光は大きくなりやがて私の顔を照らしてゆく。

 

 少し冷たい風が吹いた後に光の横から顔を覗かせたのは時神 翔だった。まるで失くし物を見つけたかのように安堵した表情をした彼は必死に私の上に覆い被さる瓦礫の破片をどかしていく。

 

……何で...

 

 彼の身体と同じぐらいの大きさの瓦礫を獣の如く叫びながら動かし私を地面から引きずり出した。上手く立てない私の肩を首に掛け彼は耳に付いたマイクに向けて子供のように話す。

 

「見つけました‼大丈夫そうです」

 

……何で...

 

 そのまま彼は話し相手に迎えに来るように手配すると私の方を向いて微笑んだ。よく見ると、身体中の服や皮膚は擦りむけまるで砂埃を被ったように汚れている。余程長い時間この瓦礫の中を探していたのが見てとれた。

 

 私はゴムが外れ半ば血で赤く染まった髪を顔の前に寄せ意図的に彼と目線を合わせないようにした。恥ずかしさなどではない、ある種の恐怖を感じたからだ。

 

 勿論今までだって命の危機による恐怖を感じた事は何度かある。しかし、これはその類いではない別の何か、精神力の強さによる絶対に曲がることのない信念とも言えるべきものがそれを持たない私を嘲笑うかのような恐怖である。

 

 その恐怖も見ず知らず、彼は残酷にも笑い掛ける。耐えられなくなった私は彼の肩から腕を抜き半ば八つ当たりの体で彼を突き飛ばした。

 

 間の抜けたような声をあげ、腰を付いた彼を私は最低にも見下す。そんな私を彼は不思議そうに見上げた。

 

 ぽつり、と空から雫が髪をつたって流れ落ちる。やがてそれが音を上げながら降り注いで来るまで私達はずっとお互いの心情を観察するように見つめあっていた。

 

「……何で私を助ける?生かす?何のメリットがお前にあると言うの?」

 

 先に口を開いたのは私だった。ずっと心の中につっかえていた疑問。私の不機嫌の原因。確かに日中助けてくれたのはありがたい。しかし私は頼んだわけじゃない。簡潔に言えばその真意がわからないのである。

 

「いや...袖振り合うのも多生の縁って言うじゃないですか。流石に放っておけないと思って」

 

 何だ、ただの迷惑行為か。そう言って人を助ける自分を美化する一方的な行為、わかっていたような気はするがその方が断然ありがたい。

 

「……じゃあもう関わるな。私はここに死にに来たんだ。私の事を思うならばどうか放っておいてくれ」

 

 偽善行為を突き付けるように私は彼に言い放った。これで少しは彼に響いたと思ったが彼は少し間をおいた後で口を開いた。

 

「本当に死にたいんですか?食べ物まで探してたはずなのに。霊香さんの言ってる事がやってる事と合ってないっていうか」

 

 言われて衝撃が走る。確かに私は死を求めていたはず、しかし思い返せば明らかな遅延行為をしている。もし本当に死にたいならいつだってできたはず。それなのに生きていると言うことは無意識下で何かが私をこの世に繋ぎ止めていることに他ならない。

 

「……そんな...ことな...い」

 

「本当に?」

 

「うるさいッ‼」

 

 自分らしくもなく声を荒げてしまった。彼は私が感情を表に出したことに驚いたのかしばらく怖じ気づいてしまったように見える。

 

 正直もはや自分らしさというのも無くしてしまった。自分のアイデンティティーさえわからない。だから、辛いから、処刑される日が怖いから、飢餓になるのが怖いから私は死を選ぼうとした。楽な死を求めた...はずなのに。

 

「何で‼何で何で何であなたみたいに平穏に暮らしてる奴ばっか生き残って、私みたいに認められないままの人ばっか消えてくの‼私の人生って何の意味があったの?何で生きて来たの、何で息してるの!……もうわからないの...お願いだから殺してよ。優しくするぐらいなら殺して‼」

 

 呼吸が荒くなり肺の奥底が熱くなる。異常なまでの気持ち悪さを雨の匂いが増幅さえ、堪えていた心の中のどす黒い物を吐き出さなければ、本当に私は壊れる、そう切に思う。

 

 最早頬を伝う物が雨なのか血なのか涙なのかもわからない。私は立っているのも面倒になり膝をついて力なく座る。そんな私に彼は近づいて来てあろうことか胸ぐらを掴みもう一度立ち上がらせた。

 

「簡単に死にたいとか言うな‼人生の意味?そんなのまだ見つかってないだけでしょ?自分ばっか辛いと思って簡単に命を捨てるなら...あなたは永遠に認められないまま終わる」

 

 怒気を込めた叫びが私の頭の中に直接響く。しかし、その声は私の心には響かず、ただ否定することしかできない。

 

「偉そうに言うな‼お前と私じゃ生きてきた世界が違う、価値観が違う。無知のお前に教えるが私達『聖なる力』をもつ者に...未来なんてない」

 

「そんなのただの可能性でしょ?僕らの未来はまだ決まってはいない」

 

 いい加減綺麗事に飽きた私は胸ぐらの彼の手を外しもう一度突き飛ばした。泥水に身体を預けた彼の半分は泥で茶色く汚れる。

 

「何でそんなに未来に賭けられるの?未来なんて不確かな物があるから人は死を望むのよ...私みたいに」

 

 その問いに彼は立ち上がりながら確かな信念を持った目で、私に再び恐怖を与えながら彼は私を諭す。

 

「確かに未来は誰にもわからない、不安を煽り絶望を誘う。それでも...生きていくには未来に賭けなきゃいけない日だってある。そうやって自分達の未来を照らしていくしかないんですよ!あなたはそれから逃げてるだけだ」

 

 何なんだ、この覇気は。一体何が彼をここまで激昂させるのか。前の私ならすぐさま彼の首を跳ねて口を塞いだだろう。しかし、そうしたら私は人間として年下である彼に負ける気がした。いや...最早今の私に暴力面以外において彼に勝てる気はしなかった。

 

 自らの敗北を表すように私は膝を着いた。生きたいと思う時には死が迫り、死にたいと思う時には生が付きまとう。理不尽とはこういうものなのだろう。

 

 瞳から一筋の雫が流れ落ちる。それは雨に紛れ確認することは困難だろう。しかし、それさえも彼は見透かしているように思えた。

 

「あ!いたいた。もう二人とも泥だらけじゃない、喧嘩でもした?」

 

 そこに立っていたのは赤茶色のショートボブ、雨の日に似合わない白衣を纏って白いビニール傘をさし、どこかにやりとした表情の妖美 卯一だった。

 

「はい、タオルと傘。拭き終わったら車へ行きましょう」

 

 私達は差し出された傘をさし、タオルで顔や腕、足を拭いていく。やはり下着まで濡れてしまっていて妙に肌に張り付いて気持ちが悪い。それに髪も泥を含んで匂いがする。

 

 車へと歩く途中、私は彼の隣を歩くのがとても気まずく彼女の隣へと逃げた。すると、彼女は不思議そうな顔をして

 

「……何かあった?」

 

「……別に...今はあんまり話したくないだけ」

 

 彼女は察してくれたのか、そっか、と軽く答えその話題は避けてくれた。彼と他愛のない会話をしたあとで、神木 零矢の様態の会話になる。どうやら彼も来ていたらしく、そこで怪我を負ったが今は安静にしていて取りあえずは大丈夫らしい。

 

 今一人で寝てるから早く帰ってあげないとね、と彼女は子供が待つ母親のように言った。私はふと疑問に思う。寝てるだけなら一人でも問題無いのではないか、と。それに対し彼女はこう答えた。

 

「まあね、でも起きたとき誰も居ないのは寂しいものよ。特に彼はずっと独りだったんだから。誰かが苦しんでるなら誰かが寄り添わなきゃ。それは義務とかじゃないけど...まぁいつかわかるよ」

 

 何だか最後のところだけはぐらかされた気がするが普通の人とはそういうものなのだろうか。同じような場面だったから翔は私を助けた。そこに深い意味なんてのはない。生かされた、それだけの事だ。

 

「やっぱりウィッチさんと零矢先輩って付き合ってるんじゃ...」

 

「彼はルームメイト!私は彼氏なんて...まぁいつかはね」

 

 そう答える彼女の目に少し闇が宿るのが見えた。哀しいと言うよりこちら側のような、やはり天界で私が感じたのは間違いではなかった。彼女も深い闇を抱えて恐らくまだ誰にも伝えていない。

 

……やっぱり皆なにかしら抱えて生きてる、翔も卯一も零矢も。私だけじゃないんだ

 

「さぁ、着いたよ」

 

「失礼します」

 

「『運転手』⁉」

 

 車の前に着いたと思ったら助手席の窓が開き人間の姿をアンドロイドのような物が私の顔に近づきスキャンのような事をした。

 

「何だ、スキャンか。唐突過ぎるよ...」

 

 翔がスキャンされている内に彼女はそう言って扉を開け、私達に車に乗るように促した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

(おい‼姉貴ッ!しっかりしろよ‼)

 

 遠くから声が聞こえる。目の前に映るのは血だらけの少女を抱える少年─六年前の俺だ。大切な人が消えたあの忌まわしき日の映像。今までに何度夢に出ただろうか。呪いのように昔の俺の嘆きが耳から離れない。

 

 あの時の俺は何もできなかった、でも今は違う。鍛え、力を付け成長した。『聖なる力』もある。もう見てるだけじゃない。

 

 ふと、視点が昔の俺と重なる。見るにも痛々しい鮮血が彼女から俺の腕を伝い地面に流れ落ちる。その生暖かい体温が夢の中のはずなのに伝わってくる。

 

 雪のような白銀の髪の毛が汚されるように赤色に染まっていく。毛先だけでなく髪全体が赤色、否見覚えのある赤茶色へと変わっていった。

 

「ウィッチさん...?」

 

 横たわる少女は六年前のあの人ではなく昨日も会った彼女へと変わっていた。髪もいつのまにか短くなっている。

 

……これは夢だ、夢の中だ。本来この映像はあり得ない。俺の身体だって子供のまま...

 

 そこには少女を抱えた時の身体よりも成長し、まるで今の自分と同じような大きさの腕が見えた。

 

「嫌だ!こんなのは夢だ、たちの悪い夢だ!覚めろこんな悪夢!覚めてくれ‼」

 

 口ではそう言っているはずなのに身体が動かない。すると彼女が血だらけの腕を俺の頬に重ねる。あの日と全く同じ行動だった。

 

……やめろ、それ以上言わないでくれ!俺のそばからもう...

 

 あの日と同じ言葉で、同じような表情で綺麗で可憐な魔女は俺に呪いを掛ける。

 

 

 

(零矢...生きて)

 

 

 

「ハアッ!ハァ、ハァ」

 

「ゴメンッ!起こしちゃった?うなされてるから手を当ててたんだけど」

 

 自分の部屋のベットの上で目を覚ますとすぐ側に夢で見た彼女が座っていた。そこで俺は今に至るまでの経緯を思い出した。

 

「傷が開くといけないからしばらくは安静にね。えーっと上着、上着っと。あ、仕事屋の方は心配しないで。私と翔君と霊香ちゃんでなんとかするから」

 

 霊香ちゃんって破神 霊香のことか。何でそういう風になったのか知らないが今は何も考える気にはなれない。

 

 あの夢が俺の記憶を組み合わせたただの映像なら気に止めなくてもいい。しかし、前のように死ぬ前の記憶の可能性がある。だけど、俺はウィッチさんに前に会っていたという記憶がない。

 

「ウィッチさん...俺達前にどこかで会ったことありませんか?」

 

 ふとそんな質問を投げ掛けてみた。彼女はこちらを見向きもせず俺の着替えを用意しながら淡々と答えた。

 

「なぁに、ナンパのつもり?そんな事より早く傷治しなさい」

 

 何か上手くはぐらかされた気がするが...俺は彼女の事をほとんど知らない。もしかしたら既存の知識も当てにならないのかもしれない。

 

 それでも俺はこの人を信じる。この人が俺を助けてくれる限り、例え利用されようとも。この人を夢のようにはさせない。姉貴のように失わせはしない。

 

「了解っす」

 

 いつもの調子に戻って軽く返事をし、俺は再び布団を被った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          「「……ゴメン」」




──重なる思惑──

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