あ、新章開始です。
天界ノ書
初めて依頼させていただきます。神事屋M-S様。
私は南街博物館の三田と申します。
突然で申し訳ないのですが二十二日の午前九時から午後九時頃まで天界ノ書の展示されているスペース内のガードマンを依頼させていただく存じます。
人数は三名程いらっしゃれば十分です。
当日は入館料金は無料とさせていただきますので恐縮ですが受付まで一声お掛けください。
四月十四日
「って言う依頼内容が届いたんだよね」
私は朝ごはんの豆腐に醤油を掛けながら空いた手でGod-tellをいじり、白飯を口に頬張ろうとしていた後輩クンにネットに届いた依頼内容を説明した。
依頼主は書いてあるように南街博物館の者らしい。南街博物館と言えば古事ノ書のあった場所だが、あそこには天界ノ書も保管されている。それよりも依頼される仕事と言えば猫探しとか買い物の手伝いが多かったのに急に大仕事が舞い込んで来たものだ。
「...天界ノ書ってもしかして古事ノ書みたいに神の世界観に飛べるんじゃ、確か古事ノ書以前に書かれているって聞きましたし」
おぉ、予習バッチリだね♪その通り、天界ノ書は私達が次に神代の世界に飛ぶ為の本。だからこれは千載一遇のチャンスでもある。
「まさか...ガードしたついでに研究と称して天界ノ書を...」
う...そこまで予想済みか。運動能力の高さから体育会系かと思ったけど頭は回るらしい。いや、その考え方は失礼か。
私が明後日の方向を眺めていると彼は呆れたように
「いやもうそれただの犯罪じゃ...有名になる前に犯罪者になったら入れる所も入れなくなりますよ⁉」
「甘いねぇ、そんな綺麗事じゃ生きて行けないよ?流石に冗談だよ、他にも書物はあるし、今回は下見だよ、下見」
まぁ、冗談って言えば冗談だけどその方法は最終手段としてとらなきゃいけない事も考えなければいけない訳であって。そもそも君を生き返らせる為なんだケド。
……犯罪者ねぇ...一理あるなぁ。痛い所を突いてくる...
「ともかく丁度三人だし、来週翔君と私とキミで行こう」
※ ※ ※ ※ ※
四月二十二日、土曜午前七時。私達は『赤車』で博物館の近くまで行き、人通りの少なく電柱に付けられた監視カメラの死角になる所で車から降りGod-tellにしまったあと、そこから歩いて向かった。
「そう言えば、翔。何の部活に入ったんだっけ?」
「弓道と悩んだんですけどサッカーにしました」
「良いねぇ、うちの高校は強かったし、両立頑張って♪」
「はい!」
ちなみに翔君は両親に神事屋に入る事を言ったら、私学だし勉強には困らないから社会見学だと思って励みなさいと言われて許されたそうな。それにしてもサッカー部か、足技がうまくなってくれれば戦力的にも申し分ない。
そんな他愛ない会話をしていると、目線の先に南街博物館の看板が入る。更に歩きエントランス前まで来たのだが従業員がポスターを剥がしたりと忙しく動いていた。
「何かあったんですかね?」
「盗難とか?」
まさか、と思い回転扉を押して受付まで向かう。しかし、人はいなかった。後輩クンが呼び鈴を連打すると、受付嬢らしき人が奥から出てきたので
「あの、依頼された『神事屋M-S』なんですけど...」
と以前から作って置いた名刺を渡しながら尋ねると
「えぇと、『神事屋M-S』様ですね。三田から聞いております。その、申し訳ないのですがガードマンは必要なくなりましたので手数料だけ支払わせていただきますので、お引き取りください」
と言って受付嬢はレジからお金を出して数え始めた。
「いやいや、何もしてないのに貰うのはおかしいですよ!何かあったんですか?」
私は必死に止める。それはそうだ。働かないでお金を貰うなんてうら...いや、おかしい。手数料と言ったって、受付嬢が数えているのは千円札ではなく一万円札だ。博物館側に何かが起こったのは明確だった。
「実は...ガードしてもらう予定だった天界ノ書がこの前の水曜日の夜に保管場所から盗まれまして。職員一同公にならないよう必死に手掛かりを捜しましたが見つからず、現在休館の準備を総出で行っているのです」
まさかの盗難だった。しかも超重要品の天界ノ書。しかし、これはチャンスなのではないか?博物館側より先に見つけてマシーンで神代の世界に飛び神力を手に入れた後で戻す事が出来ればギリッギリ法には触れない。
「なら、こんなのはどうでしょう?依頼内容はガードマンでしたが、改めて私達に天界ノ書を盗んだ犯人探しを頼むと言うのは?」
私がそう提案すると受付嬢は悩んだ後で上の者に聞いてみます、と言って奥へ消えていった。しばらくすると白髪混じりの髪を七三分けにした大柄な男性が出てきた。
その男性は三田と名乗ったのでこの人が今回の依頼主だとわかった。しかし何でこんな実績のない団体に実力が伴うであろうボディーガードなど頼んだのか不思議だった。何か裏でもあるのだろうか。疑ってもしょうがないが。
「事情は聞きました。お願いしてもよろしいですか?」
「はい、喜んで」
「恩にきます。こちらへどうぞ」
そうして私達は関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアの向こうへと通され、しばらく進んだ先にあった会議室のような場所に案内された。そこで彼の携帯から一つの動画を見させられる。それは天界ノ書が保管してあった場所の防犯カメラの映像だった。
そこには二人のガードマンが退屈そうに入り口に立っていた。だが二人ともスーツの上からでもわかるほどに屈強な体格なのでもしかしたら空手や柔道の有段者だろうか。
下に書かれた時間が二十時十分を過ぎた頃何やらガードマン達が騒ぎだした。丁度カメラから死角になっているが誰かが立っているらしい。すると画面下にマントを深く羽織った者が表れた。
その者はガードマンの注意をもろともせず、瞬時に一人のガードマンに近づき、手刀の一撃で意識を狩り取った。そしてもう一人がうろたえている間に近づき、こちらは蹴りの一撃で沈めた。そして、カメラの下まで歩み寄るとこちらに何かを投げ...そこで映像が途切れた。
「これが十九日の事です。幸い二人とも軽傷で済みましたが、彼らは柔道の有段者です。それを一人で、しかも一撃で沈めるなど、並の者ではないと推測されます」
「犯行予告とかは?」
「そのような物は一切、ありませんでした」
と、なると怪盗等ではない。一番厄介なのは転売目的の泥棒だ。売られたが最後、天界ノ書は見つかっても犯人はわからずじまい。つまり私達は博物館に戻った天界ノ書を盗む事になってしまう。
「わかりました。とりあえず公にならないよう調査します。あ、報酬は後払いで結構です」
三田さんは丁寧に頭を下げてくれた。なんだか探偵になった気分だ。もちろんハーフボイルドですが。
私は監視カメラの映像を自分の携帯へと移す。取りあえずここにいても従業員の人達の邪魔になると思い研究室へ戻ることにした。
※ ※ ※ ※ ※
例の画像を拡大し、画質を改良して見たがやはり顔までは映ってなかった。マントを羽織っているので予想になってしまうが、身長は百六十前後というところか。しかし体格から男か女かまでは流石にわからなかった。
「んー?」
私の後ろで共に画像を見ていた後輩クンが唸る。
「どした?後輩クン」
「こいつ、もしかして...」
思い当たる節があるのか彼がその人物の名を言おうとした時、翔君が遮って言った。
「学校にいたマント人間じゃないですか⁉」
……マ、マント人間?どんな学名?
「あの時見てたのお前かよ。えっと、ミケを探した時に遭遇したGDの事です」
学園にも入って来たと言うGDか。となると、犯人は以外に近くにいる可能性が高いかもしれない。特に怪しいのは後輩クンが言っていた転校生だ。三年のこの時期、しかも木戸先生と入れ替わるように入って来た辺り、GDと何か関連性があるのかもしれない。
「後輩クン、転校生の名前なんて言ったっけ?」
「転校生?あぁ、破神霊香の事ですか?」
「その子、どこ住んでるの?」
「わからないですよ、そんなの。でも身長は百六十ぐらいあったと思うんですが...」
取りあえず、容疑者最有力候補は見つけた。しかし、十七、八歳で戦闘集団に入るなんてあり得るだろうか?それよりも前から属して戦闘教育を受けている、洗脳にも近い状況なのだろうか。
仮に犯人が破神霊香だとしても三日前に盗まれた天界ノ書を所持している可能性は五分五分か。既に仲間に手渡したかも知れないし。
「OK、あまり良い案とは言えないけど後輩クンは月曜から破神霊香をマーク、出来ればこの地域に住んでる生徒に水曜日の十九~二十一時にアリバイがあるかを聞いておいて。翔君は適当な理由付けで家を探して。私はガードマンに詳しく話を聞いてみる。以上、解散‼」
※ ※ ※ ※ ※
四月二十四日月曜日。
時刻は正午を過ぎたあたりだ。既にガードマンからの新しい情報は手に入っている。犯人はカメラを壊した後、天界ノ書を持ったまま駅と真逆の方向へ走って行ったらしい。
実際、道端の監視カメラの映像を“神”にハッキングしてもらって調べたが、博物館付近の二台には映っていたがそこからは映っていなかった。監視カメラの位置は把握済みという事か。
と、なるとこの付近の地理に詳しいだろうから近くに住んでるまたは仕事等の用で来てる人物の可能性が高い。その場合候補が多過ぎるが。
因みに後輩クンからの情報は残念ながらこれと言ったものはなかった。十九~二十一時のアリバイなど無い学生はほとんどである。だが翔君からの情報には手掛かりがあった。
破神霊香は神聖学園の通りを挟んだすぐ向かいにある学生寮に住んでいるという。学園は博物館から見て駅から真逆の方向だ。
……これはひょっとしてビンゴでは...?
※ ※ ※ ※ ※
同日時刻十八時。
午後に授業が入って無い後輩クンが学生寮に聞き込みに行って手に入れた情報をメモした紙を持ちながら話し始める。
「つー事で、聞いて来た情報を言いますね。学生寮で十九日の午後十九~二十一時の間出掛けてた女子生徒は三人いました。破神もその中に」
「それで?」
「二人は買い物をして袋を持ったまま帰って来たらしいですが、破神は散歩と言って何も持たずに帰って来たそうです」
これはほぼ黒ではないか?問題は手ぶらだったということだが。確かに付近で盗難事件が起き、その事件で盗まれた物と同じ物を持って帰ってきたら自分が犯人だと言っているようなものだ。実際被害届を博物館が出さなかったから良かったものの犯人ならばそのリスクは流石に警戒しているはずだ。
となれば天界ノ書はどこか別の場所に隠して起き、後で取りに行ったという事か。後は決定的な証拠さえあれば確定で犯人になる。何か上手く事が運び過ぎて変な気はするが。
「ってよく女子寮でそんな事聞けたね。普通怪しまれるでしょ?」
「あぁ、知り合いがチンピラに絡まれた時に助けてくれた人を探しててお礼がしたいからその時間帯に出歩いてた人いますか。って聞いたんです。まぁ、管理者はいきなり目付きの悪い男が女子寮に入って来て何事かと思ったと言われましたが」
……うぅ、何かそれはわかる気がする...
初めて会った時からどことなく感じてはいたが彼の目付きはお世辞にも良いとは言えない。普段の顔が少し睨んでいるように見えるし、恐らく本気で睨めば目だけで子供を泣かすことなど簡単だろう。
別にいつも機嫌が悪いわけではなく、彼の感情も豊かなので目で損をしていると言えばそうなのだが...まぁ私は内面を知っているので避けたりなどしないのだが...ちょっとカッコ...コホン、思考が反れたようだ。
「で、明日どうします?」
「それなんだけど翔君にも協力してもらって...****」
「……上手く行けば良いですけどね」
「まぁね♪さぁディナータイムよ」
※ ※ ※ ※ ※
「……あぁ、
用件を伝えた後、God-tellを切る。傍らにある天界ノ書を見つめながら、溜め息をついた。逃げる途中に適当に選んだ民家の倉庫に入れて置いて正解だった。回収の際はその家のインターホンを鳴らし、家の者がそれに応対している間に倉庫に忍び込み回収する。
それを学校の鞄に忍び込ませ適当な参考書のカバーを掛ける。受け渡しは明後日、それまでにこの回収して来た天界ノ書を管理しておかなければいけない。
……嗅ぎ回り出したか...動くなら明日か、それともまだ様子見か
首もとのペンダントに触れる。弓の形に形作られた翡翠色のペンダントトップに指先を絡ませる。
……久し振りに使うのかな...
ふと、壁にかけた時計を見ると時刻は二十三時をまわっていた。
※ ※ ※ ※ ※
「出来たわッ‼何だっけ?名前」
「
「相変わらずひどいネーミングセンスね。じゃあ、明日よろしく」
「はーい。眠いからもう寝る」
──それぞれが動き出す──