大冠彩る七の一   作:つぎはぎ

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種火とQPがほしい、切実に


定まる狙い

  冬木で出会ったキャスター。

 

  真名をクーフーリン、だと思われる。

 

  アイルランドの光の御子、クランの猛犬、ケルト神話における大英雄。影の国の女王スカサハに師事し、ルーン魔術や槍術と様々な知識を学び、因果逆転の槍を授かり数多の戦場で無双を誇り、生きて帰った伝説の戦士だ。

  本来ならばランサーとして召喚されるべき英霊なのだが今回の聖杯戦争ではキャスターとして呼ばれ、槍がないと本人は嘆いている。

  この嘆きを聞き、立香は素直にこう思う。

 

  槍が無くともすごく強いと。

 

  新米マスターであり新米魔術師である立香は知らないがキャスターの彼は弱体化している。戦闘続行能力こそあるものの、ランサーとして呼ばれた彼とキャスターの彼を戦わせると間違いなくランサーの彼に軍配が上がるに違いない。

  それほどまでに魔槍を手にした彼は強いのだ。無知であるからこそ、立香はキャスターの彼に純粋に感嘆しているのである。

 

  そして、こう思う

 

「ほーれほれ、右から左から敵が来るぞー」

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!! マシューーー!!」

 

「は、はい所長!!」

 

  ランサーで召喚されてもこの巫山戯(イカレ)具合は変わらないんだろうなぁ、と。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「まったく無茶するなぁ」

 

  今頃自分のマスターは酷い目にあってる頃だろうと思いながら崩れた棚から食べられそうなものを物色しているヒッポメネスがいた。

  ヒッポメネスがこうしているのには勿論理由があった。それは十数分と少し前、燃える冬木の街の中を歩いている最中に立香が道の真ん中で膝をついてしまったのである。

  原因は魔力の不足。ヒッポメネスの召喚からエネミー、サーヴァントとの戦闘で魔力と体力の消耗。加えて高温の街の中を歩くときたら並の男性でも参ってしまうだろう。

  一旦休憩する流れになったのだが、マシュを除き純粋な人間は立香とオルガマリーだけである。喉が乾くし、腹も減る。カルデアから補給物資が届くが物資が支給されるゲートには少し遠い。

 なので崩れた街から食べられる物を探そうということになった。そうなれば気配遮断スキルを保持するヒッポメネスが行くことは当然だった。

 

 まあ、ヒッポメネスが離れる寸前で「ちょいとお嬢ちゃんの宝具使えるように追い詰めるから手出しすんなよ? ああ、大丈夫大丈夫。死ぬことはないからな、うん」といい笑顔をする大英雄がいたが碌なことにならないと、ない筈の直感スキルが働いたが。

 

  一応命は大丈夫(保証はしないが)とは言っていたし、そこまで馬鹿じゃないだろうと信用したが…正解だったかどうかは帰ればわかるだろう。

  コンビニだった場所で瓦礫を掻き分けながらヒッポメネスは食べられる物、できれば精がつくものを探す。

 

「今の所、無傷のペットボトルと乾パンはあったから先ずはいいけど…マスターは思春期の男の子だからなぁ、いっぱい食べるよね」

 

  もう少し必要だろうと、ヒッポメネスは瓦礫を再度退けて物色を続ける。やはり肉、肉が一番だ。後はリンゴ。アタランテの大好物だからイケるイケる。肉系かリンゴ系の食べ物を探すことにし始めたヒッポメネスだったが

 

 

 

  空から飛来して来る赤い彗星に彼は気づかない。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  冬木の街から離れた山の山頂、その山頂の崖近くに一人の男が弓を持って眼下の燃える街並みを俯瞰していた。

  この男の正体はこの聖杯戦争においてアーチャーのクラスに召喚された英霊だ。シャドウサーヴァントとなりつつも、()()()()()()()()()が座している近くに常に佇んでいる。

  アーチャーは街の空気が若干変わったことに気づき、本来いる場所から離れ、こうやって街を見下ろしていたのだが。

 

  敵サーヴァント発見

 

  既に人が生き絶えた街で動く、国も時代も違う服装を着る獣の耳を生やした青年の姿を捉えた。

  一目見ただけでサーヴァントと理解し、空気が変わった理由を把握した。

  彼の行動は早い。手には剣、いや剣を無理矢理捻じ曲げた矢が収まっている。それを弓に番え、遥か遠くにいるサーヴァントへと狙いを定める。

  あちらはこちらの気配に気づかず、コンビニであっただろう建物の中で瓦礫の撤去作業に勤しんでいる。正に格好の獲物、指を離し穿とうとした時、アーチャーの指が止まる。

  狙っていたサーヴァントも動きが止まっていた。

  気づかれたかと一瞬思ったが、どうやら違う。こちらに気づかず、何かに集中しているようだ。

  何に注意していると観察するが、手に何かを持っている。

  持っていたそれは情報雑誌だった。十代から二十代の男女が愛読書としていたメジャーな雑誌。コンビニの棚によく並んでいた雑誌だ。その雑誌を何故か持って固まっている。

 

  やたら俗物なサーヴァントだな、と呆れた。

 

  こんな戦場で何をしているのだと、嘲笑いながら狙いを再び定める。相手は一切こちらに気づいていない。しかし、ふと相手の口元を見ると独り言を口ずさんでいる。

 

 

 

  ───カノジョにしてほしい、コスプレランキング?

 

 

  唇の動きで、何を言っているのかを大まかに理解できる。

  まるで頭上に雷が落ちたかのような衝撃を受けたかのように、サーヴァントは一心不乱と雑誌を読み漁り始めた。

 

  ───マホウショウジョ…!? アイドル……!? ドスケベイショウ…!?

 

  一つ一つに天啓を得たと言わんばかりにオーバーリアクションを続ける男。目が血走りながらも雑誌を読み終えると、丁寧に雑誌を地面に置き、男は天を仰いだ。

 

 

 

  ───ミニスカサンタ、イイブンメイ

 

 

 

  …ふむ、彼とはきっと気があうことだろう。

 

 

 

  だが話は別だ偽・螺旋剣。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「うおぉっ!?」

 

「先輩!!」

 

「な、何!?」

 

「フォー!!」

 

「ちっ! アーチャーの野郎か!!」

 

  キャスターによるパーフェクト宝具教室を終えた立香達は息絶え絶えとヒッポメネスの帰還を待っていたのだが突然街の一角で大きな爆発が巻き起された。立香達から少し離れたところに大きな閃光が生まれ、それに続き衝撃と土煙が押し寄せる。咄嗟の判断で物陰に隠れたものの、あまりの衝撃に足元が未だに揺れている。

 

「あの野郎、セイバーを守ってたんじゃないのかよ!」

 

「アレがアーチャーの攻撃なの!? というか狙い外れているじゃない!!」

 

「…違います! 狙いは私たちじゃなくて」

 

「ヒッポメネス!!」

 

  丁度爆発が起きた地点にはヒッポメネスが物資の確保へと目指していた場所だ。つまり、アーチャーは単独で動いているヒッポメネスを見つけ、狙撃攻撃を行ったということで。

 

「ヒッポメネエエエエエエ「死ぬかと思ったぁ!!?」ス!?」

 

  死んだかと思われたヒッポメネスはこちらへと必死に全力疾走してきていた。

 

「あぁ、マスター。ただいま」

 

「ちょ、ヒッポメネス! 大丈夫だったの!?」

 

「いやぁ、荷物まとめていたら背中から気配を感じて、後ろ見たら剣みたいな矢が来ていてさ。死ぬかと思ったよ」

 

  そう軽々と言い放つ彼に、皆が安堵のため息を吐いた。あの様な爆撃を放つアーチャーからの一撃からよもや無事生還できるとは思わなかった。「ミニスカサンタが…」と呟いたような気がしたがきっと気のせいだ。

 

「やるじゃねえか。なんだかんだアサシンのサーヴァントとして不意打ちは喰らわねえってか?」

 

「いやぁ、ただ単純に弓矢の脅威は生前教え込まれているので過敏なだけですよ」

 

  あの様な爆撃を放てずとも筋力Aクラスの一撃を放つ狩人を見てきたおかげでヒッポメネスは弓矢の脅威にはかなり反応しやすくなっている。恐怖とは時に役に立つものだ。

 

「というかあの爆撃、宝具クラスじゃありませんでしたか?」

 

  ヒッポメネスは先ほどの一矢に膨大な魔力が宿っていることに一瞬で気づいた。あれほどの爆撃が通常攻撃手段だとしたらあのアーチャーはギリシャの大英雄クラスだ。シャドウサーヴァントだとしてもこちらが勝てるとは到底思えない。

 

「あー、あのアーチャーはよくわかんねえいけ好かねえやつでな。真名は分からねえが能力は分かっている。少なくともさっきの様な真似は容易くできるもんじゃねえよ。接近戦に持ち込めば勝てる勝てる」

 

  そう軽く言い放つキャスターにヒッポメネスは情報が揃っているなら大丈夫だと納得した。だが、それでも納得できないものもいる。

 

「勝てる、じゃないわよ!!」

 

  それは誰よりもこの特異点探索に責任感を感じている所長だった。

 

「シャドウサーヴァントだから楽観視できていたけれど、アーチャーがあの様な攻撃を放つならこちらがあなたのいう聖杯を守っているセイバーの元にいけないじゃない!!」

 

  この特異点における変異の中心は聖杯にある。その聖杯があるのは近くの山の洞窟の中らしい。しかも聖杯を守っているのはセイバーのサーヴァントとのことだ。だが、聖杯に近づくには先ほどのアーチャーの射撃を掻い潜らなければならない。あの様な遠距離爆撃を放つアーチャーからだ。

 

「マシュが宝具を使えるようになったから防げるでしょうけど宝具はそう連発できるものじゃないわ!」

 

「ま、そりゃそうだわな」

 

「それじゃあどうするつもりなのよ!」

 

「当初の予定じゃ洞窟に引きこもっているアーチャーを倒してから、セイバーに挑むつもりだったがこうなりゃ予定変更だ」

 

  キャスターの視線が所長から、ヒッポメネスへと向けられる。

 

「おいヒッポメネス。お前、あいつ引きつけられるか?」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  外してしまった。だがそれだけであった。

  アーチャーは淡々と弓に再び矢を番えた。鷹の目の様に鋭い瞳があのサーヴァントの他、三騎のサーヴァントと人間二人を捉えていた。物陰に隠れたが、物陰ごと撃ち抜くのは容易い。

  このまま聖杯戦争から退場願おうと弦を引き絞ったのだが。

 

  全員が此方へと一斉に駆け始めた。

 

  捨て身の作戦か?弓兵に対して無茶無謀があり過ぎる。隠れても撃たれると思い、一気に距離を詰めにきたのか。

  あの気にくわないキャスターにしては短絡過ぎるが…。考えている暇はない。

  捉えている三騎のうち、盾を持った少女のサーヴァント。あれは()()()()。本能的にそれを悟った。セイバーに近づけてはいけないサーヴァントだ。先にあのサーヴァントを片付けておくべきだと、アーチャーは狙いを定めて───

 

  ()()()()()()()()で矢を放つ。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「ヒッポメネス!!」

 

「なんだいオルガマリーさん!」

 

「確実にやりなさいよ!? これは貴方頼りなんですからね!!」

 

「任せて! 立香君! 魔力は保たせそうかい!!」

 

「まだイケる!!」

 

  キャスターの案で山まで全力疾走という頭がいいとは思えない作戦に乗ったカルデア一行。山に近づくことで分かる山頂にいる人物。視力を強化する術を持たない立香以外の人物がアーチャーの姿を捉えている。距離があり過ぎて豆粒の様にしか見えないが、それでも魔力が凝縮していくのは理解した。

 

「そろそろ奴さん矢を放つぞ!」

 

「分かった!!」

 

  キャスターとマシュを先頭に走る一行とは別に、ヒッポメネスは離れた位置を走っていた。住宅やマンション、ビルの屋上を駆けてできるだけ目立つ様に走る。

  山頂から滾る魔力の光子、あの雷ににも似た光が最高潮に達した瞬間、あの爆撃が放たれる。それについて、ヒッポメネスは恐怖を覚えない。恐ろしいのは確かだ、しかし、たった一矢ならとても容易い。

 

  光が最高潮に達したのを見た。

 

  ヒッポメネスは手を翳す。

 

  掌に一つの黄金の光が収束し、果実の形を成し、色褪せない魔性の魅力を振り撒き始めた。

 

 

 

「喉を鳴らせ!!『不遜賜わす黄金林檎』(ミロ・クリューソス)!!」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「純潔の狩人の夫か!!」

 

  アーチャーは叫んだ。沈黙を貫き通していたはずの彼は()()()()()を目にした瞬間思わず吼えてしまった。

  照準はあっていた。外すはずがない。照準を()()()()()()()()のだ。あの果実を目にした瞬間意識が全てそれに持っていかれた。

 

  ギリシャ神話において口にすれば不老不死を約束する黄金の果実。それを保持する英雄は聖杯から与えられた情報で絞られるのは三人だ。しかし、アーチャーはその三人から一人をすぐに摘出した。

  黄金の果実によって生み出される魅了の光沢。あの果実を目にした瞬間、あの果実から()()()()()()。圧倒的な存在感とこみ上げてくる食欲。サーヴァントとなった身で不必要な欲求を感じている時点で効果は明らかだった。

 

  黄金の果実に魅了の能力を付加させられる逸話は、純潔の狩人の夫しかいない。

 

  ギリシャ神話の英雄、ヒッポメネスだ。

 

「なんとも弓兵(こちら)に優しくない能力だ」

 

  やれやれと嘆息しながら、アーチャーはこれ以上の射撃に意味はないと悟った。

 

  ならば、と。

 

  彼は弓を捨て、両手を翳した。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「いよしっ!!」

 

  マンションの屋上から飛び降りると同時に頭上スレスレでこちらへと飛んできた矢が通り過ぎた。矢が飛び出す瞬間に宝具で意識をこちらに集中させ、狙いを変える作戦は難なくうまくいった。後方で強烈な爆発が引き起こされたがそれを気にも止めず、ヒッポメネスは立香達の元へと戻っていく。

 

「お疲れ! ヒッポメネス!」

 

「黄金の果実…、奥方に徒競走で勝利した逸話ですね!」

 

  合流した途端、立香とマシュに快く帰還を賞賛され二人とハイタッチする。

 

「これであの野郎は弓は無意味だと悟ったはずだ! 面倒なことをされる前にとっととカタをつけるぞ!」

 

「───面倒とは言ってくれるな、キャスター」

 

  道の先に黒い影が降り立った。

  今まであった他のサーヴァント同様に黒い靄に包まれてはいたが両手には剣を持ち、自然体で構える姿は他のシャドウサーヴァント達とは違うと自然と分かってしまう。

 

「よう、騎士王の信奉者。やっと薄暗い洞窟から顔を出しやがったか」

 

「場所が場所でね。だが君達があそこに辿り着けても地面の下だ。墓を掘る手間も省けるというものだろう?」

 

「けっ、相変わらず捻くれた野郎だ」

 

  互いに睨みつけあいながら喋るキャスターとアーチャー。心底相性が悪いようだが、それよりもカルデアの一行はキャスターの言葉に聞き逃せないものを聞いてしまった。

 

「騎士王!? 貴方、いま騎士王って!?」

 

「それはあとで説明する。まずはあいつの相手だ」

 

  ビッグネームに思わず度肝を抜かれたがマシュとヒッポメネスは素早くキャスターと並び立った。

 

「まあ、分が悪いが問題はない。精々二騎は脱落させてみせよう」

 

「ほざくじゃねえか。正規のサーヴァントだった頃ならまだしもそんな姿のてめえにできんのか?」

 

「キャスターの状態の君に言われたくないがね。クーフーリン」

 

「───いくぞ、てめえら!!」

 

「「はい!!」」

 

 

 

 

 

 






ミニスカサンタ、イイブンメイ(にっこり)



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