…アタランテが動くぞおおおおおおおおおおおっっっ!!!
過去の回想とかでヒッポメネスでねえかなぁ!?
上から聞こえてきた声に、そこにいた者の視線が同時に集まる。
壊れかけた街灯の上には一人の男が居座っていた。賢者、もしくは隠者のようなローブを着込む青い髪の飄々とした男が一同を俯瞰していた。
「貴様、キャスター!?」
「応よ、ご同輩」
街灯の上から飛び降り、立香の横へと降り立った男、キャスターはべしべしと立香の背中を叩いた。
「あいたっ!?」
「いいねぇ坊主。窮地にこそ闘争を選ぶ姿勢ってのはケルトの戦士にとって非常に好ましいぜ。気に入った、あんたとは仮契約ってことで契約しようぜ?」
「え? えぇ?」
突然の申し出に困惑する立香だが、キャスターは朗々と笑いながら彼らの後方へと視線を向けた。
「それにほれ、他の連中のお出ましだ」
立香達の後方、目を凝らせば見えてくる二つの人影。どちらも黒い霧を纏ったような姿をしていた。高速で迫ってくる影達に立香達の頬に冷たい汗が流れる。
「ランサーにライダーか。ここらをうろついていた奴ら全員集合だな」
「呑気に言っているつもり!?」
一番顔を真っ青にしている所長が泰然と構えるキャスターに吠えたが当の本人は肩をすくめるだけだった。
「さて、どうする坊主? 状況は変わっちまったが先程に口走った通りに動くか?」
「───勝てますか?」
状況は一転した。一体に対して二騎、二騎から三騎へ、一体から三体へ。この悪環境に対して、無様に叫ばずに冷静になろうと平然を装う若い少年はきっと肝が据わっているに違いない。額の汗は変わらず流れ続けているが目は決して逸らしていない。まっすぐと前方と後方の敵性存在を見据え続けている。
その上で若きマスターは勝利か、敗北の二択を選ぶだけに他の選択を
キャスターに、ヒッポメネスに、マシュにマスターは問う。
自信はあるかと? 勝ち残る為に戦えるかと。
そんな無茶無謀に近い選択をした立香に所長は口を開けるが、マシュは一瞬唇を噛み締めたが瞳に決意の火を灯した。ヒッポメネスは静かに頷いた。キャスターは獣の如く笑った。
「…全員、勝ってくれ!!」
「「「了解!!」」」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
○ ○ ○ ○ ○
「ホぅ? 貴様ガ私の相手カ?」
「……っ!」
「んじゃま、俺たちはこっちだな」
「そうですね、やってやりましょう」
「キャスター…! こコデ、貴様諸共屠っテクレヨう!!」
「ふ、ふふフふふふふフフ」
戦場は二つに分かれた。
敵のアサシンに対してマシュが立ち向かう。マシュの後ろには立香と所長が立っており、彼女をフォローしながら戦う本来のマスターとサーヴァントの戦いで挑むつもりだろう。
そしてそのマスター達から僅か離れた場所ではキャスターとヒッポメネスが並んで立ち、後ろから追ってきた二体のサーヴァントである───槍を持った男の影をしたランサーと、艶かしい女性の影をしたライダーを待ち構えた。
「アサシン…いや、あっちにもアサシンがいるから真名で呼ばしてもらうが、あいつらに宝具はねえぞ」
「…正規のサーヴァントじゃないから、いや、それ以前の問題からか」
影の姿をしたサーヴァント達からはサーヴァント特有の気配を感じられない。若干にはそのような匂いを漂わしているが違う。サーヴァントの形をしただけの魔力の集合体、体裁だけ整えたサーヴァントの影。つまり、あれはシャドウサーヴァントといったところだろう。英霊でもないから宝具を所持していない。宝具が使えるわけがない。サーヴァントに劣る敵性体なのだろう。
「どうやらあちらのお嬢ちゃんはワケありのようだが、あの坊主と姉ちゃんがいるから問題ない。んでこちらは…」
「正しくサーヴァント、だから問題ないってわけですか」
「そういうことだ。…行くぞ!!」
「了解!!」
同時に二騎は駆け出した。迫り来る二体のシャドウサーヴァントに、キャスターはランサーへと杖に炎を灯して突撃し、ヒッポメネスはライダーに一定の距離に近づくと槍を投擲の構えへと変えた。
「───
ヒッポメネスのスキル、『魔力放出』。ヒッポメネスのこのスキルは他のスキル保持者達とは毛色が違い、常時解放ではなく一時的に解放するものである。これによりステータス補正はかからないものの、魔力を纏ったその一撃は放出量と推進力は桁違いだ。
「っ!?」
音速を突き抜ける槍の投擲にライダーは回避する。不意打ちからの一撃ならば深手を負っていたかもしれないが正面からの馬鹿正直な一撃を避けられないはずはない。
だが、そんなことはヒッポメネスも承知の上だ。これは単なる牽制だ。ヒッポメネスは槍を扱うが、所持する武装は槍一本だけじゃない。
「はっ!!」
「くっ!?」
小剣を逆手に持ってライダーへと斬り込む。釘のような形をした剣で対応するライダーと鍔迫り合いへと持ち込む。近距離での剣と剣の押し合いで中心に火花が散る。
「ふ、ふふふ!」
「───」
力と力の比べ合いで、押し出したのはライダーだった。影で朧げながらも細い腕によらず、その剛力はヒッポメネスの背を逸らして行く。
「そのまマ、平らゲてしまいマショウ」
チロリと唇を舌でなぞる仕草は男の劣情を駆り立てるだろう、しかし、目の前の存在は男を血の一滴まで絞り尽くし殺してしまう怪物の化身のようだ。このままだとヒッポメネスは押し倒され、そのまま釘剣で凄惨に殺されてしまうだろう。
「
「な、ガァ!?」
が、仮にも彼は英霊だ。反英霊でもない、真っ当なギリシャの一端の英雄だ。この程度の危機ならば覆す。
一言彼が呟くと小剣から大量の魔力が噴射され、釘剣に小剣を押し当てたままライダーを地面へと叩きつけた。
「《戻れ》」
擲った筈の槍がヒッポメネスの手元へと円を描きながら戻ってきた。小剣で相手を抑え、戻ってきた槍を刺突の構えにして下へと、ライダーの心臓へと穂先を固めた。
「
最後の足掻きと腕を伸ばし、ライダーはヒッポメネスの顔を掴もうとした。
「か、はっ」
それよりも先にヒッポメネスの槍がライダーの心臓を貫いた。
槍を通じて手に感じるライダーの心臓の鼓動が止まると同時に、ライダーの肉体が崩壊し、靄が霧散するように消えて行く。
「おー、中々の手際だ。悪くねえな」
「そちらも終わったようですね」
軽々と瓦礫の山を越えて、キャスターがヒッポメネスへと近づいてきていた。そのキャスターの後ろで燃え盛るランサーがいたが、すぐにライダー同様に塵と消えて行く。
「アサシンのクラスと聞いてチマチマやるもんと予想していたが、いい意味で裏切ったくれたもんだ」
「ははは、それは良かった。暗殺はしたことないですけど、まあ少しはやれるということで」
「暗殺したことがない? …あー、お前ヒッポメネスだったか。奥さん騙して徒競走に勝ったっていう奴だな」
「その時、僕の宝具である秘宝を明かすまで隠し持っていたことが、アサシンの適正があると認められたみたいなんですよねぇ」
「なるほどねぇ。このクラスだとドルイド僧としてなっちゃいるが、俺の使うのは北欧出生のルーン魔術だからな、そんなこともあるわけか」
納得したと頷くキャスターを尻目にヒッポメネスは視線をマスター達へと向ける。大楯を振るい、俊敏に動き回るアサシンに必死に喰らいつくマシュとそのマシュの後方で見守りながらも時折指示を出し、フォローしている立香達がいる。
その様子を見て、ヒッポメネスは槍と小剣を持ち直した。
「あー、待て待て待て」
しかし、そのヒッポメネスの肩にキャスターの手が置かれた。
「あの嬢ちゃんはサーヴァントか?」
「…いや、デミサーヴァントという英霊と人間の融合体です」
「成る程、つまりは戦士としては初陣なわけか」
キャスターの目に焦りも高揚もない。冷静に戦いを分析している。その目は武人、賢者や隠者といった俗世から離れたものではない戦場に生きた者の色を帯びていた。
「なら、益々あんたが行かないほうがいい。あの程度の輩に殺されるならこの後も死んだも同然だ。これぐらいの戦場を生き延びる術をここで得たほうがいい」
つまり、この先にシャドウサーヴァントなんて
キャスターはヒッポメネスと違い立香に召喚されたサーヴァントではなく、元々この聖杯戦争に参加していたサーヴァントに他ならない。あのシャドウサーヴァント達に顔を知られていた辺り、あのサーヴァント達も元は正規のサーヴァント達だったのかもしれない。だが異変の影響によりあの姿へと堕ちた。
このキャスターはその異変の原因、もしくはこの特異点最大の敵を、実力を知っている。だからこそヒッポメネスに手を出させず、新人サーヴァントと新米マスターに戦いを学ばせたほうがいいと提案している。
そして、ヒッポメネスは。
○ ○ ○ ○ ○
「くっ、っぅ!!」
「く、クく。鈍重、愚鈍。まさに愚昧デアルなァ!」
機敏にして俊敏。まさにアサシンのクラスに相応しき敏捷さである。目で追うことはできるが、体が追いつけない。身体能力が足りていないわけではないが、その身体を駆使する為の経験が足りない。
戦い方は分かる。一体化してくれた英霊の霊基が教えてくれた。大楯の振るい方も知識として自然に溶け込んでいる。だがその全てを引き出せていない。
盾を振るおうにもその前に妨害される。防戦一方で、投げかけられる侮蔑が棘になって心に刺さる。
「マシュ! やり返しなさい!相手はアサシンよ! 暗殺を捨てた暗殺者に負ける道理はないわ!」
所長の言葉は的確なのかもしれない。だが、相手は仮にもサーヴァントだ。英雄という非人間。人間という領域を軽々超えている。
そんな人物に自分は勝てるのか?
その疑問がじわじわと肉体を拘束する。関節の可動域が狭まり、筋肉が萎縮する感覚に襲われる。
駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ。これ以上重くなっては駄目だ!
そう心で理解していても芽吹いた感情が肉体を侵食する。
駄目か、駄目なのか?
自分では駄目なのだろうか?
この特異点以外では一度も外に出たことがない自分では力不足だったのだろうか。
そう思うと涙が出そうだ。込み上げてくる涙を防ごうと固く瞼を下げてしまいそうになり
「マシュ!! しっかり前を見て!!」
「ちっ」
投擲し終えた体勢で舌打ちをするアサシンの姿を見て、ぞっとする。あのままだとあのナイフは間違いなく自分に突き刺さっていた。マスターの叱責が無ければ、死んでいた。
「マシュ! あいつの言葉なんて気にするな! 君は遅くない! というか軽そうだし、柔らかそうだ!!」
「フォウフォーウ!」
「あなた馬鹿なの!? そういう話じゃないわよ!」
まるでドクターロマンに見せてもらったコントのようだと思った。先輩がボケで所長がツッコミ。実際頭を叩かれているのだから。
「痛い!と、とにかくマシュ!君ならやれる!!理由とかそういうのはないけど、とにかくやれる!!」
応援、なのだろう。拙いが必死にこちらを応援してくれているのが分かる。勝てる根拠は分からないし、明確なことも伝えられていない。でも、気持ちはしっかり分かる。
「君は俺のサーヴァントだ!! 俺は君を信じる!! 絶対に勝てると信じている!! だから……絶対に勝てる!!!」
「───!!」
なんて、言ったらいいのだろう。
とても、そう、とても嬉しい。
嬉しいのだが、また違う嬉しさだった。
ただただ本心だけを口にして、偽りなんて一ミリもなく、信頼だけを込めた声援だ。
こんな弱いサーヴァントなのに、デミサーヴァントなのに、こんなにも劣勢なのに、こちらが勝つことだけ信じてくれている。
思えば強い先輩だ。
訓練もされたわけでもなく、ただの数合わせのためだけに召集された一般人なのにそれを卑下することもなく、ただ役に立てればいいと逃げ出さなかった。
自分が死にそうだったのに逃げだす素ぶりなんて一切見せず、ただ側にいて手を握ってくれた。
そんな人が、マスターになった。
そんな人が、サーヴァントとして認めてくれた。
そんな人が、信じてくれている。
「マシュ・キリエライト!! 行きます!!」
盾を握りしめ、前へと踏み出した。
「愚か者、血迷っタか」
侮蔑の色を完全に隠さず、アサシンはナイフを再び投擲する。あの愚か者のことだ。馬鹿正直に盾で防ぐだろう。その次に懐へと忍び込み、心臓を握りつぶしてくれよう。
「はぁ!!」
「なっ!?」
そんなアサシンの想像を易々とマシュは超えた。確かに彼女はデミサーヴァント、シールダーと呼ばれる盾のエクストラクラスのサーヴァントだ。
彼女は学習する。この短期間の決戦で学習した。盾のサーヴァントだからと言って、全てを防ぐ必要はない。構える必要はない。
避ければいい、ただそれだけの簡単なことだ。
スライディングで滑り込むように躱し、瞬時にアサシンの懐へと近づいた。
「やぁ!!」
「ぐあ!!」
アサシンの上半身を下から盾で殴り上げ、上空へと放り出す。強烈な一撃で体が硬直し、反撃の思想を奪う。マシュも殴り上げると同時に飛び上がり、盾を空中で構え直した。
「くらっ、て!!」
彗星のように突撃する。盾の面による圧倒的な一撃はアサシンの肉体は押し潰し、そのまま地面へと凹ませる。地面には盾を中心とした亀裂が走り、コンクリートを割った。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
マシュがそっと盾を持ち上げると盾の下から黒い靄が霧散して消えていく。そこには誰もおらず、しかし誰かが残っていたことは確かだった。
「マシュ〜〜〜!!」
立香先輩が手を振りながらこちらへと駆けてくる。肩にはフォウが載っており、それに続いて所長もくる。
それを見て、ようやく理解する。
「勝ったんだ…」
これが初めてのサーヴァント戦。自分とマスターの初戦。辛勝だったが、自分達で勝ち得たものだった。
「…せんぱーーーい!!」
とにかく報告しよう。しなければいけない。私は、私達は…。
「勝ちました!!!」
○ ○ ○ ○ ○
「よかったよかった」
ヒッポメネスは安堵のため息をつきながら槍を下ろす。マシュが本当に危機的状況に陥った場合、ヒッポメネスはフォローしようと常に投擲の構えをとっていたのだ。
一回だけ本当にヤバくて投げようとしたが、なんとか危機は乗り越えれたようだ。
「まあ、まずまずだな。あとは宝具が
「あー、やっぱり気がつきました?」
「そりゃ気付くだろう。本当にやばければ切り札を切るもんだ」
マシュは宝具を使えない。一体化したサーヴァントの真名を知らない、ゆえに使えないと思っているのだろう。
「宝具については道中で使えるように鍛えてやるか。真名を知らなくても宝具っていうのは
「ははは、そんなもんですかねぇ?」
スパルタなキャスターにヒッポメネスは苦笑する。どうあれマシュを強くしなければならないというのは理解できた。あとは、あまり無茶なことをしなければいいなぁとヒッポメネスは気楽に考えた。
「それじゃあそろそろ戻りましょう。いい加減帰らないとオルガマリーさんに怒られそうですし」
今戻っても結局は遅いと怒られる羽目になるのだがヒッポメネスとキャスターは笑って流し、更に怒りを買うことになるのである。
ノッブが帰ってくるね。
沖田さんほしい。