大冠彩る七の一   作:つぎはぎ

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最悪、最低だ

 

 

「狂化だって?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 敵のバーサークアサシンの攻撃を躱しながら、全部の回線を使って情報を開示したロマン。その情報を聞いていたヴラドも肯定した。

 

「我らは狂化している。そのため、この高揚感から逃れられないのだ」

 

 血を啜るたびに込み上げる美味、敵を殺すたびに感じる快感、生前にはない心の邪悪が剥き出しになる。

 

「かつてのあなたではないのですね…」

 

「ああ、だから以前のように私の頭を容赦なく踏み潰すがいい。黒のバーサーカー」

 

「・・・・・」

 

 戦いは拮抗から優勢へと傾いていく。狂化の影響から生前に発揮されたであろう真の実力は鈍っているのも原因の一つだろう。騎士王というトップサーヴァントがいるのも一つだろう。

 

 最初は勝利に自信を持っていたジャンヌ・オルタも顔色が悪くなっていく。

 

「しつこいのよ! この女!」

 

「逃がしません! 私!」

 

 敵の大将であるジャンヌ・オルタもジャンヌ本人に対しては優勢を見せているが、頑丈な耐久で何度倒されても食らいついてくる。そのせいで指揮を上手くとれていない。

 

「なるほど、君は祈りで竜を鎮めた聖女マルタだったか」

 

「…ええ、その通りですカルデアのアーチャー」

 

 バーサークライダーとして召喚されたマルタの横には、亀によく似た堅牢な竜が鎮座している。投影された剣の投擲さえも傷つかず防ぎきる硬さにはエミヤも目を細めている。

 

 アーチャーの攻撃手段である『壊れた幻想』も通じず、膠着状態が続いていた。

 

 一方、アルトリアとヒッポメネスは三騎とにらみ合いの状態になっている。

 

 ヴラド三世とバーサークセイバー、バーサークアサシンとの対峙に、尚、アルトリアは最強を保っている。

 

 アルトリアと合流し、ヒッポメネスは彼女のサポートという形に戦い方を変えている。水流を操り、壁として攻撃を防ぎ、地面をぬかるみに変えて敵の動きを阻害するなどの、小細工ながらも効果がある戦法で相手の調子を崩していた。

 

「ロマン、マスターの方に敵の援軍が現れたということですが」

 

『大丈夫、そちらはマシュとアストルフォが対応している』

 

 敵はアーチャーだと聞く。その存在に一瞬肝が冷えたが、二騎が対応しているなら焦る必要はない。

 

 いや、今こそが好機なのだろう。

 

「ロマンさん! 敵のアーチャーがこちらに接近したら報告してください!」

 

『ああ、分かった!』

 

 そういって再び敵と向き直す。この状態が続けばカルデアは勝利することは明らかだ。それに敵も理解しているだろう。だから敵もそれに対応するため、何かしらの策を講じる。さらにサーヴァントがくるなら戦況は一転する。

 

 それは不味い。だから、できるなら、ここで決着をつける必要がある。

 

 それを可能とする策はある。元々、奇襲が無ければ、迎撃の体勢が万全なら()()から敵を全滅できた。

 

(アストルフォ、早く連れてきてくれ)

 

 即急に特異点を解決できる、その事実にヒッポメネスの心は熱くなっていた。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 低空飛行で駆け抜けるヒポグリフの背中から追いかける()()の背中をアストルフォは見ていた。

 

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)!」

 

 宝具の真名開放。次元の跳躍。本来ならありえない存在である幻馬は一時ではあるがこの世から消失し、再び現れる。

 予測不能な出現からの槍を構えた突撃。

 

 それを難なく回避される。

 

「はぁああああ!!!」

 

 予め誘導し、待ち構えていたマシュの盾による奇襲。廃墟の影から、死角を突いた一撃。

 

 それさえも、獣の如き俊敏さで躱される。

 

 敵のアーチャーは移動しながらも攻撃を失敗した二人へと矢を放つ。高速の移動による射撃は多方向からの同時発射だと錯覚させる。

 矢を防ぎ、なぎ払っている暇ができた瞬間に敵との距離は開き、何度目かの矢の雨が降り注ぐ。

 

「だー! もー! なんて奴だ!」

 

 弓兵の厄介さは重々承知していたアストルフォだがこちらと同等、もしくはそれ以上の高機動からの射撃にうんざりしてきた。

 一射ごとの威力は決して高くない。だが少しでも姿を見失い、時間ができれば高くない耐久を穿つ威力を見せてくる。

 

「ドクター! 相手の位置を!」

 

『後ろだマシュ!』

 

 すぐに振り返ると、そこには目の前に接近していたアーチャーの姿があった。

 あ、と声を漏らしていると敵は矢を持って鏃を首元へと振り下ろそうとしていた。

 

「でりゃあ!!」

 

 そのアーチャーの頭上。ヒポグリフごと舞い降りたアストルフォは槍を薙ぎ払う。

 槍の切っ先が触れるか触れないか、そのギリギリを敵は避け切った。そのまま後ろへとバック転の要領で下がった。

 

 その時、ようやくマシュはアーチャーの全貌を把握した。

 

「え?」

 

 その姿に、固まった。

 最初に思い浮かんだのは、()()()()だった。

 なにがとは言わない。自分達カルデアに所属しているサーヴァントの一人と特徴が似ていたのだ。

 

「いい加減、やられろ!」

 

 ライダーなのに馬から降りて、召喚してきた時から持っていた細剣を鞘から抜く。サーヴァントが所持していたもの故、その剣にはサーヴァントを傷つけられる力がある。接近戦で長物である馬上槍は不利と判断しての行動。

 

 だが敵のアーチャーは剣を持った相手でも弓と身体一つで対応した。

 

 弓の本体で剣を受け流し、蹴りを持って反撃する。軽やかな動きでもアストルフォは剣を乱さず攻めきる。シャルルマーニュが誇る勇士の一人に恥じぬ剣捌きだが、彼はライダーだ。剣の技術はアーチャーに届き難かった。

 

 その姿にマシュは呆けていたことに気づき、戦いへと参加するため走り出す。

 

 しかし、敵はマシュに気づき、アストルフォから間合いを取るとマシュへと疾走し始めた。盾を下から上へと振り上げるが、感触はない。どこに行ったと探すが、アーチャーはすぐ近くにいた。振り上げたマシュの盾の上に乗っていた。そしてそのまま盾を足場に廃屋の屋上へ飛んでいった。

 

「すいません、逃がしてしまいました!」

 

「それより、彼女はどこにいった!?」

 

 背中合わせとなり、相手のアクションを待つ。姿を探すが見当たらず、感覚を研ぎ澄ますが。

 

『いや! 大丈夫だ二人共!』

 

「ドクター?」

 

 いいことでもあったかのように気色を交えた声音に二人は首を傾げる。

 

『アーチャーは少し離れた場所にいるけど、偶然にも()()()()()()に入った!』

 

 アーチャーとの戦いは広範囲に戦場を広げる戦いだった。アルトリア達が敵の本隊と離れ戦っていたが、知らずのうちに接近していたのだろう。

 

『ヒッポメネスの()()だよ! 彼と騎士王の宝具の組み合わせ! これからそれで敵全てのサーヴァントを倒すぞ!』

 

 そうだったとマシュは思い出す。

 

 ステータスや戦闘能力が平凡な彼が誇る、理不尽極まりない収集誘導宝具。あの力と、騎士王の宝具たる聖剣の力なら…。

 

 一撃で、敵を粉砕できる。

 

 ロマンの通信は切れた、というよりヒッポメネスに伝達しているのだろう。

 これで戦いはその次の一撃によって終わる。そう思うと、何と凶悪な宝具の組み合わせなのだろう。

 

 だが、そこに致命的な弱点があった。

 

「だめだ!! ロマン! すぐに中止させるんだ!」

 

 アストルフォは知っている。あの宝具、というよりその持ち主であるヒッポメネスの決定的な弱点を。

 

 ヒッポメネスという人物の核とも言える存在。それに対し、彼は間違いなく使いどころを誤るのだ。

 

 すぐ近く、戦場の中心にて黄金の光が発生した。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 戦場は益々苛烈に増していた。

 エミヤの投影の爆破、ジャンヌ・オルタの炎、ヴラドの杭の破裂。さながら現代の戦場の光景とはほど遠いが、それ以上の熱が膨らんでいる。

 

 そんな戦場のなか、響く緩い声をヒッポメネスの耳は拾った。

 

『敵が近づいたぞ! 今だヒッポメネス!』

 

「―――アルトリアさん!」

 

「―――『風王鉄槌(ストライク・エア)』!」

 

 風の塊が見えぬ聖剣から放たれた。

 

「ぐっ!」

 

 破壊力をました暴風が敵と味方を分け隔つ。敵と味方に別れ、分かりやすい睨み合いの状況となった。

 

 カルデアとジャンヌ、そしてジャンヌ・オルタとそのサーヴァント達。一切の緩みなく、にらみ合う彼らの中、最初に動いたのはヒッポメネスだった。

 

「見よ、此れこそ運命の果実なり」

 

 ヒッポメネスの手に集まり神秘の光、高まる魔力。それを目にし、相手側は顕著に顔色を変えた。

 

「止めろ!!」

 

 それが誰の声だったかなど関係ない。ただ、一目で理解する。理解させられる。

 

 宝具の開帳。サーヴァントの切り札、そして必殺。それが今ここで放たれるのには必ず意味が有る。それを最も理解しているのはヴラドだった。

 

「百の顎の守護と女神の寵愛により賜りしこの秘宝」

 

 杭が放たれる、だが折られる。

 

 魔力弾が飛ぶ、矢で消し飛ばされる。

 

 流麗な剣捌きが繰り広げられる、しかし重い一撃で吹き飛ばす。

 

 竜が突進する、けれど七枚の花弁が盾となる。

 

 復讐の炎が燃え盛る、聖女の旗がはためく。

 

「三度投げれば麗しき狩人さえも振り返る」

 

 敵の一斉攻撃も頼もしき前衛が全て引き受けてくれる、戦火の渦中でも守りきる鉄壁の陣のなか、一切の乱れなく詠唱は完成された。

 

「さあ喉を鳴らせ―――『不遜賜わす黄金林檎(ミロ・クリューソス)』!!」

 

 解き放たれた神秘の果実。その果実の魔性は、四方に広げられる。

 

 天へと浮かぶ三つの黄金。円を描くように、みせびらかすようにそこに座す神々の奇跡はそこに証明される。

 

 生物、欲、自我がある限り一切の例外なく作用するその宝具の全力開放は、淀みなく発揮された。

 

「な―――」

 

「くっ―――」

 

 決して、自分から動いたわけではない。断じて、近づこうなどと思ったわけもない。

 敵全員は宝具の阻止が無理だと理解した瞬間、退避する気で身構えていた。どのような効果でも抜けきってみせようと覚悟した。

 

 だが、自然と、あまりにも自然に体は動いていた。

 

 目にした瞬間、心が奪われそうになる。本能が理性を上回る。その瞬間に身体の駆動は加速する。

 その黄金の林檎、三つの果実の元にその場にいた魔女と魔女の配下は集まっていた。収束され、肉体を魅了という鎖で縛られてしまった。

 敵が見ているのに、こちらに剣を構えているというのに、目が離せない。ただそこにあるちっぽけな三粒に囚われてしまう!!

 

「ふ、ざけるなあああああああああ!!!」

 

 復讐の、報復の魔女が叫ぶ。まだ自分の怒りは収まっていない。胸を蝕むこの煮え滾る邪悪は無くなっていない。

 

 なのに、なのになのになのに!!

 

 こんな、目を離せなくて殺されてしまったなんていう情けない結果、認められるわけがない!!

 

 必死にもがき、抵抗を試みるジャンヌ・オルタを見て、ジャンヌは複雑な感情が渦巻いていた。

 

 ここで逃す気はない。むしろ、これでよかったのだ。反転した自分、復讐に走った末路。これ以上被害が出ず、終われるなら願ってもいない。覚えがない怒りは鎮められ、流れた血は元通りになる。

 

 だが、非常に浅ましいが、自分が始末をつけるべきだったとジャンヌは考えてしまう。

 

 その見当違いな感情を振り払い、横を見る。

 

 

 

 幾重の風に隠されていた聖剣が、姿を見せた。

 

 

 

 その光は、黄金の輝きとは違う。神々の奇跡とは違う。

 あれは、祈りの光。

 美しい輝き、強き色。

 

 ああ、なんて、なんて惹かれるのだろうか。

 

 それを手にしているのは、小柄な少女。騎士鎧を身にまとう王の風格を纏う者。

 

 剣には理想が、光には願いが。無辜なるものを、邪悪なるものから守護するためにある剣と光は輝きを増す。

 

 息を吸い、天へと剣を掲げようとした。

 

 

 

 黄金の林檎が、消滅した。

 

 

 

「「「なっ!!?」」」

 

 これに驚いたのはカルデアの面々だった。

 

 突如消えた林檎の宝具。その宝具を利用した、一撃による敵の掃討。これは単純ながらも強力な策だった。如何なるサーヴァントであろうと聖剣の一撃を以て屠ることができるその最強は、不動の確実となれる。

 

 だがこの危険性は勿論、敵側からしたら軽視できないし、即刻取り除かねばならないのだ。ヒッポメネスの実力は高くない。真っ当な戦士と戦えば、負けてしまう。

 

 だから一つの特異点で、一度しか使えない策だとしている。

 

 それが、一瞬で瓦解した。

 

「散開しなさい!!」

 

 謎の好機に、敵は離散した。それぞれが集まらず、離れた位置で構え直していた。

 

「ヒッポメネス、なぜ宝具を!」

 

 敵味方関係なく、皆がヒッポメネスに注目していた。ある意味、一番危険性があるサーヴァントを見ていた。

 

 その本人は、ただ、死んだように固まっていた。

 

 顔は驚愕に、けれど、絶望してるように。

 

 その視線は一つに固定されていた。

 

 それに釣られて、皆もその視線に沿う。

 

 

 

 そこにいたのは、バーサークアーチャーだった。

 

 

 

 魔女の配下達はそう呼んでおり、広範囲で高速に動く優れた弓兵だと認識している。

 

 カルデアの面々は敵側のアーチャーだと認識し、改めてその姿を見て、何かを悟った。

 

 

 

 翠緑の衣服に、体躯と同等の大弓を持った、野生の美しさが形になったような少女。

 

 整った顔立ちに、滑らかな流線をした身体。一目見て、心奪われても変ではない、それほどに美しい女だった。

 

 しかし、目は魔女の配下達同様に淀み、濁っていた。

 

 目の下の隈は色濃く、苦渋を無言で語っている。

 

 そんな有様を見て、そんな絶望を見て、そんな

 

 そんな懇願するような目は、ヒッポメネスへと向けられていた。

 

 

 

「アタランテ?」

 

 


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