大冠彩る七の一   作:つぎはぎ

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状況推理

 

「あぁ、ちょっとまって…、息が…」

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

 息絶え絶えといった様子の立香にマシュが駆け寄った。無理もない。ヒッポメネスが連れてきた少女を狙った民達から逃げるために森の中まで全力ダッシュを行なったのだから。

 

「ヒッポメネス、突然の行動だったため君に従ったがあまり褒められたものではないと思うが?」

 

「すいません、ちょっとあまりにも見るに堪えなかったので…。それに、彼女は味方だったと思うので」

 

 少しだけ目がきつくなったエミヤに謝り、ヒッポメネスの目は連れてきた少女に向いた。

 

「やあ! 久しぶりだねジャンヌ!」

 

「あの、すいません。あなたは…?」

 

「うん、そうだけどどうしたんだい? まるで初対面みたいによそよそしいじゃないか」

 

「ええ、少なくとも今の私はあなたとは初対面です」

 

 申し訳なさそうに目を伏せる少女に、アストルフォの頭上に疑問が浮かんでいた。

 

「んー? どういうこと?」

 

「アストルフォ、それが正しい反応だよ」

 

 アストルフォの横を通り抜け、ヒッポメネスは彼女の目線を合わせて手を差し出した。

 

「初めまして―――ジャンヌ・ダルク。今回の召喚も、君はルーラーということでいいのかな?」

 

 ヒッポメネスの説明だと、彼女、ジャンヌ・ダルクとは前回参加した聖杯戦争で共闘した仲だという。その際、ジャンヌはルーラーとして聖杯戦争の裁定者として戦場を駆け回り、その戦いの中心物として尽力した。アストルフォとは彼のマスターを巡り、色々とあったらしいが、それを語るのは自分ではないとヒッポメネスは微笑んでいた。

 そんな経緯もあってヒッポメネスは彼女が人理焼却に手を貸す人物ではないと瞬時に理解、判断し、彼女を連れてきたのだ。

 事実、ジャンヌ・ダルクは有益な情報を持っていた。この年代のこの時期はジャンヌが火刑によって処刑されてから数日経った頃らしい。

 そして、彼女が死んでから大きな問題が起こった。突如フランス全体に姿を見せたワイバーンと、ジャンヌ・ダルクと瓜二つの顔をしている『竜の魔女』が現れた。

 

「竜の魔女かぁ…」

 

「どう思いますかアルトリアさん」

 

「…彼女の話と街の住民の様子から考えるに、冬木の時の私同様、オルタ化したジャンヌ・ダルクだと思います」

 

 アルトリアは厳しい顔でそう断言した。この特異点において、歴史を大いに狂わしているであろう存在『竜の魔女』。無限にも近いワイバーンを率い、フランスの各地を強襲し、強襲した場所には血と絶望を残すと民心を扇い、恐怖を掻き立てている。

 聖女から一転し、魔女に墜ちた女の顔の造形は本人と相違がないと。兵士から罵声とともに聞いた彼女が語ったことから恐らくだが、間違ってはいないだろう。

 

「さしずめ、ジャンヌ・ダルク・オルタか」

 

「まさか、オルタ化したサーヴァントとまた戦うことになるとは…あ、すいませんアルトリアさん」

 

 構いませんと頭を振るアルトリア。

 

「だが、これで大まかに敵の目的は把握したな」

 

「それは、やはり…」

 

 エミヤの確信に近い推測に、マシュも察していた。かの聖女の反転。ジャンヌ・ダルクが百年戦争という長舞台において、最大級の知名を得ているのは勿論それ相応の功績があるからだ。

 オルレアン奪還、そして火刑。異端審問にて火刑をつきつけられ、その火刑が実行される間、彼女は筆舌に尽くし難い拷問を受けた。

 戦争の功労者というのにイングランドに捕縛された彼女を、フランスは助けなかった。酷い仕打ちと屈辱の日々、しかし、彼女は唯の一度も誰も恨まなかった。火刑という、足の末端から焼けただれていく無惨な処刑だとしても、彼女は神を恨まなかった。

 もし、そんな彼女が反転化するというのなら、なにを行うのか?

 復讐、それひとつしかないだろう。

 自分を救わなかった裏切った祖国への報復。心の奥底に秘めたる人としてまっとうな復讐心が牙を剥くに違いない。

 

「敵はオルレアンを本拠地として構え、そこから中心に戦火を広げています。あまり長引かせては多くの民に被害が被るでしょう」

 

「だけど…本当にまずいな。あんなにワイバーンがいるってことは間違いなくいるよなぁ…」

 

 ヒッポメネスのため息にみんなの目が集まった。

 

「ああ、いや。相手は確か聖杯を持っているんだよね? 聖杯を使えばワイバーンぐらい幾らでも生産できるかもしれないけど、ただ単純にそうしているなら非効率すぎるんだ」

 

「非効率?」

 

 立香が首を傾げているがマシュ、そしてエミヤまでもがそうであった。しかしアルトリア一人だけがヒッポメネスの言葉に納得していた。

 

「マスター、貴方は竜種という生物をどう捉えていますか?」

 

「え? えっと…最強の生物かな?」

 

「はい、その認識で間違いないでしょう。しかし、かの幻想種の最大の特徴は()()()()()()()()()()()()できることなのです」

 

 魔力というエネルギーはすぐに生成できるものではない。人が生まれ持った魔力の上限は血筋や才能に左右されやすいが、一瞬で回復できる特殊な体質の持ち主は現代、ひいては神代においても希少であったであろう。それほどに魔力の生産というのは難しいのだ。

 だが、竜という幻想種の頂点にはそんなこと些細なものなのだ。

 

「生命の源に近しい魔力を瞬時に生成できる竜種にはもう一つ厄介な能力が。それが、単体で子を生み出せることなのです」

 

「「なっ!?」」

 

 立香とマシュの絶句に対し、エミヤは冷静に納得していた。

 

「無限に近い魔力の生成と仔竜たるワイバーンの生産か。そこから導き出せることは」

 

「はい。間違いなく、何かしらの竜がいることでしょう」

 

 竜の単体産出能力は神代において、あまりにも有名な話だ。それゆえに神代の者は竜を恐れ、必死に狩り続けた。神代に生きたヒッポメネスと神代最後の時代、土地に生きたアルトリアはその話を知っていて当然であり、立香達が知らなくて当然だった。

 

「ヴォーティガーンがいるのなら、一度対峙した私ならば気づくはずなので除外でしょう」

 

「ラドンなら、対処できるかも。かの竜は黄金の林檎の守護竜。僕の林檎を見たら食いつくだろうけど、僕は惹きつけるために戦闘離脱しなくちゃだめかな?」

 

「…竜って、やっぱりこわいんだなぁ」

 

「あの…、ではこれからの方針というのはどうしましょうか?」

 

 マシュがおずおずと律儀に手を挙げるのを見て、立香は頷いた。

 

「んー、敵の本拠地が分かって、敵には何かしらの竜がいる。加えて、敵にはサーヴァントがいるんだよね?」

 

「それは間違いないだろう。これはかなり変則的だが聖杯戦争だ。サーヴァントはいる」

 

 敵の戦力。ジャンヌ・ダルクのオルタ化したサーヴァントと他数名? そして、竜種とワイバーン。ワイバーンは竜がいる限り、幾らでも生成可能。

 

「えー。ちょっとまってくれ…」

 

 もし、このままオルレアンに突撃したとして勝てるのか。こちらには現在六人のサーヴァントがいる。皆それぞれ能力が違うものの決して弱いことはない。とくにアルトリアはトップサーヴァントという破格の英霊だ。彼女の宝具なら、大概のサーヴァントに打ち勝てるらしい。

 だが、それでも楽観視できない、相手のサーヴァントは何名いるか、どんな能力の持ち主なのかわからない。幾ら皆が優秀でも数の暴力という現実の前では塵となる。

 早く特異点を解決することは重要だ。長引けば長引くほど、被害は拡大し人理の修正が追いつけないほどになってしまえば元も子もない。

 考えれば考えるほど深みにはまるとはこういうことなのだろう。実行か保留か。その選択に立香は追い詰められていた。

 

「マスター」

 

 そんな彼にアルトリアが声をかけた。

 

「全てをここで決める必要はありません」

 

「え?」

 

 まっすぐと、翡翠の双眸が彼を見つめている。

 

「確かに、今この地では竜の魔女なるサーヴァントが猛威を奮っています。今、この時でも私たちが見えぬ場所で血が流れているでしょう」

 

 知らぬどこか、見えぬ何処かでワイバーンの牙と爪と炎が誰かを焼き尽くしている。それを思うと、胸が痛くなる感覚を立香は覚えてしまう。そんな立香を見ながらも、マシュも同じ感覚に陥っていた。

 

「私たちには力があります。あの竜達を屠れる埒外の力が、無辜の民の希望となれる力が。それを束ねる貴方は、間違いなくこの時代で民草の光でしょう」

 

「だったら、なおさら…」

 

「しかし」

 

 立香の言葉を遮り、アルトリアははっきりと言い放った。

 

「すべて、あなたが背負うことではないのです」

 

「…え?」

 

 その言葉に、立香は固まった。人類最後のマスター。それは、この世界で唯一の希望といっても過言ではない。人類の未来、人々の命を背負うこととなってしまった。その責任はあまりにも重い。立香は頑張ると、やるしかないと言い放った。それに嘘はない。みんなに期待されてこの場に立ったのだ。なればこそ、自分は誰よりも頑張らなけらばならないと決心したのだ。

 だが、それをバッサリと切り捨てられた。

 

「マスター、貴方の決意を我々は知っています。サーヴァントを従えている長として、自分を律し、我々を知ろうと努力してくれている。その決意を決して否定しません。ですが、戦っているのは私たちだけではないのです」

 

 立香達の時代において、ここは過去なのだろう。既に終えたかつての人々、交流すること自体がありえない民衆。

 しかし、彼らは今、この場において生きている。

 

「ここは過去()()()現在なのです。今である限り、皆懸命に生きているのです。敵が攻めてくるのであれば、戦い。傷ついたなら癒す。貴方だけが、私達だけが、戦っているのではないのです」

 

「あ―――」

 

 そうだ。なんて勘違いをしていたのだろう。ここは確かに歴史の中なのかもしれない。しかし、同時に今なのだ。これより先、どんな未来が決まっているとしても、皆それぞれが戦って生きているのだ。

 目の前の脅威が現れたのなら、自分が、みんなが力を合わせて解決する。そんな当たり前のことを、何を勝手に自分だけの問題にしていたのだろうか。

 

「うん、ごめん。勘違いしていたみたいだ」

 

 自分が戦っているんじゃない。マシュと、ヒッポメネスと、アルトリアと、エミヤと、アストルフォと共にここへやってきたのだ。自分は彼らに力を貸してもらいながら、一緒に戦うのだ。そこに現地にいる人にも力を貸してもらう。あの特異点Fのキャスターみたいに。

 

「…力を貸してくれるサーヴァントはいるのかな?」

 

「断言はできないが、ここは戦争だ。我々に協力してくれるもの好きもいるだろう」

 

「まあ、会ってからのお楽しみかな?」

 

 皮肉気味だが希望を示してくれるエミヤ、おどけながらも可能性はあると肯定するヒッポメネス。

 

「―――いると思います。先輩に力を貸してくれるサーヴァントが、きっと」

 

 こちらを信頼して、断言してくれるマシュがいた。

 

「―――よし! まずはサーヴァントを探そう!」

 

 これで最初の行動方針は決まった。マスターの危うかった心の淀みがなくなったことに、皆が安堵した。

 

 

「それで、そろそろ止めようか」

 

「…まあ、いい加減に止めなきゃだめだよね…」

 

 皆が作戦会議を始める前に、アストルフォは彼女にこう言っていた。

 

『え? 記憶がない? なら何があったか教えてあげるよ!』

 

 そう言って彼は作戦会議に参加すると言っていたジャンヌを引きずり、少しだけ離れた場所で昔話を語っていたのだ。

 まあ、途中で参加するだろうと放置していたのだが、未だ一向にこない。しかも、なんかうるさかった。

 皆が同時に振り向くと、二人のサーヴァントが取っ組み合っていた。

 

『そんなわけありません!! わ、私がそんな破廉恥なことを…!!」

 

『いーやほんとだね! 君はボクとマスターの寝室に飛び込んできたんだぞ! 仲良くベッドに入っていたときに!』

 

『私の記憶がないことをいいことに虚言はやめてください!』

 

『なら確かめてみたらどうだい! 君のスキルに啓示があることは知っているんだぞぉ! それで嘘かどうかはっきりする!』

 

『ええ、いいですとも! やってやろうじゃないですか!? …な、なな!? 主よ、お待ちください!?』

 

『はっはっはっ! どうだい! 参ったか! ちなみに君は僕の全裸を見て、局部をガン見していたということがあったり』

 

『きゃあーーーーー!? 煩悩退散! 煩悩退散!』

 

『おおっ!? やるのかいいだろう! ボクは野生児だ! 結構やれるぞ!!(シュッシュッ)』

 

「…あの、ヒッポメネスさん。二人は聖杯戦争でなにが?」

 

「んー、一人の男を取り合った仲かな?」

 

 

 





ジャンヌファンのみんな、すいません!

こんなぐだった子にしちゃいました!?

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