大冠彩る七の一   作:つぎはぎ

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…ふ、沖田は諦めたよ




ワイバーン襲来

 空を覆う、影の大群。

 それを最初に気づいた者は鳥の大群だとすぐに見切った。

 だがそれらは、瞬く間に田畑を焼き尽くし、人々を食い尽くし、恐怖の底へと叩き落とした。

 

 その大群を率いる者達は、それらよりも悪魔だった。

 

  音よりも早い剣を振るう可憐な剣士

 

  幾万の杭を放つ吸血鬼

 

  血の匂いを振りまく侯爵夫人

 

  苦渋を顔に浮かべる巨大で甲鉄の影の上に座する女

 

 その悪魔達の後ろでケタケタと嗤い、黒い炎で空と大地を呪い焦がす───汚れた聖女がいた。

 

 

 

 ある日を境に、フランスは地獄と化した。

 王は死に、民達の心の拠り所たる教会も無残にも破壊され尽くした。

 女の嗤い声が暗い煙に満たされた空に響き渡る。

 

 それはさぞ痛快に、さぞ爽快に、さぞ愉快に。

 

 どうすることもできない。我々は逃げることしかできない。皆で集まって、終わるその時まで必死に生き延びなければならない。

 

 あぁ、今日も奴らがやってくる。奴らが我々を貪りにくる。

 女が、裏切られた女が、みんなで裏切った女が復讐にやってくる。御伽噺の中から引っ張り出してきた怪物を従え、今日も我々を付け狙う。

 

 

 

 誰か、助けて

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「あれは…!?」

 

 立香が目にしたのは、あり得ないものだった。

 空を覆うほどに大量に群れる鳥に似た何か。それには鱗があった。翼があり、尻尾もあった。角もあり、牙もある。

 幻想の中にのみ存在し、かつて地上にいたとされる生物。

 神話の中で生息し、物理法則により世界が移り変わっていくと同時に世界の裏側に消えていった幻想種。

 

「ドラゴン…!?」

 

  ───オオオオオオオオッッッ

 

 大地を揺るがす咆哮が四方から響き渡る。

 その咆哮が聞こえた瞬間、街の中が阿鼻叫喚の渦と化した。

 

「き、来たぁ!?」

 

「助けてくれ! 生きたい!!」

 

「お母さん! お父さん!? うわあああぁん!!」

 

 混沌が渦巻き、泣き叫ぶ民達。先ほどまでヒッポメネスを囲っていた兵士達も彼を忘れ、空を滑空してくる恐怖達に武器を向けていた。

 矢が空に放たれ、逆さの雨と化す。しかし、上空を飛空している彼らに届くのは難しかった。

 

「先輩! あれはワイバーンです!」

 

 マシュ達は既に武器を展開し、立香を守る形で陣を作っていた。

 アルトリアとエミヤはいつでも飛び出せるように聖剣と弓を構えている。マスターである立香はワイバーンの衝撃に僅かに固まっていた。

 

 その隙に、ワイバーン達が動き始めた。

 

「しまっ…!?」

 

 指示を出し遅れた。立香の目には大きな口から涎を垂らし、恐怖に歪む兵士に喰らいつこうとしているワイバーンの姿。あと一秒も満たない瞬間に、酷い光景が生まれる。

 

 だが、その光景が生まれることはない。

 

「とりゃあ!!」

 

 ワイバーンが、盛大に吹き飛んだ。

 

 ワイバーンを吹き飛ばしたのは、可憐な騎士だった。手には大きな馬上槍。その騎士が跨るのは駿馬ではなく、大きな鳥に似た幻想種。

 体の半分が鳥で、下半身が馬という“あり得ざる幻想種”。名をヒポグリフ、グリフォンと雌馬より生まれた怪物だ。

 

「シャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ!! 散って舞うよ!!」

 

 高らかな宣言。その可憐な容姿とは裏腹に勇猛な行動に皆の目が集まる。

 

「あ、散らないけど」

 

 てへへ、と舌を出して戯けるがすぐに真面目な顔に戻った。

 

「さあ、みんな逃げて逃げて!! ここにいると危ないよー!!」

 

 それだけ言うとヒポグリフの腹を蹴り、空へと舞い上がる。

 

「ここは僕の出番だ! とりゃー!!」

 

 

 

 

 

「…すごっ」

 

 頭上では、一方的な蹂躙が始まっていた。

 ヒポグリフに騎乗するアストルフォが黄金の馬上槍を振るう度に、一撃でワイバーンが墜落している。

 立香がワイバーンに気を取られている隙に、彼は自己判断で既に飛び出していた。理性蒸発という、本能に正直な彼だったからこその行動。アルトリアやエミヤ、マシュはマスターの安全をまず優先したが為に、その場に留まった。それを非難することはできない。サーヴァント、そしてカルデアにとって何よりも優先すべくは最後のマスターである立香だ。彼らは何も間違っていない。だがアストルフォを非難するのも違う。彼の行動が、一人の兵士の命を救ったのだから。非があるとしたら、指示が遅れた自分だと立香は己を戒める。

 

「…アルトリア、エミヤ」

 

次は、こうなるまいと決心する。

 

「行ってくれ!」

 

「はっ!」

「了解した!」

 

 アルトリアとエミヤが飛び出す。

 最強の聖剣と無限の剣製が地上に堕ちたワイバーンへと一瞬で詰め寄り、一息で袈裟斬りにした。

 アストルフォを避け、地上へと近づくワイバーンも難なく絶命させる。遠くへ迂回しようものならエミヤの矢が急所を撃ち抜く。

 

淵源=波及(セット)!」

 

 膨大な数に、対処しきれなかった数匹が街の中の民達に迫ったが、これらもヒッポメネスの手により骸となる。槍と小剣が肉体を分断させた。

 

「ねえ! マスター!!」

 

「なにアストルフォ!」

 

「宝具使っていいー!?」

 

 上空を巧みなヒポグリフ裁きで舞っているアストルフォが叫ぶ。手には、小さな角笛が握られていた。

 

「やってくれー!!」

 

「りょーかい!! こっちだー!!」

 

 ワイバーンの群れの中心で暴れ回っていただけあり、ワイバーンの目の敵は全て、アストルフォを集まっていた。彼を食い殺そうと群がるが、囲まれる前に高速で飛ぶヒポグリフを捉えられない。

 一つの帯になる様になったワイバーン達を見て、アストルフォは手綱を引いて、急停止をかけた。

 

「よーし並んだな!!」

 

 角笛が大きくなり、抱え込むように持ち直した。息を大きく吸い込み、角笛の吹き込み口に一気に吹き込んだ。

 

恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)!!」

 

 広域破壊兵器と称された宝具。

 その音波は神馬の嘶き、竜の咆哮と同等の魔音。相手は竜、だが純粋な竜種ではなく亜竜と呼ばれる、量産が可能な劣等種だ。

 魔笛より放たれた音波は彼らの肉体をズタズタにし、翼の翼膜を破いた。

 飛行手段の主たる翼が無くなり、大きな爬虫類と化したワイバーン達は一斉に地面へと墜落していく。

 その様子をアストルフォは見て、胸を張った。

 

「どんなもんだい!」

 

 

 

 

 

「ははは、やるなぁアストルフォ!」

 

 機動力において、他のクラスに追随を許さないライダー。その見本として、アストルフォは実に魅力的だろう。馬上槍に魔導書、魔笛に幻馬。彼自身の戦闘能力は乏しいが、相手がサーヴァントでなければなんとも心強い。

 

「ヒッポメネス! 右翼に残り五ほど来ます!」

 

 アストルフォの活躍により、殆どのワイバーンは沈黙した。残りは地上にいる三騎だけで対処可能となった。

 

「はあああぁ!!」

 

「喰らえ!」

 

 街を襲う、ワイバーンも両手の指で数えられるほどに減ってきた。

 ワイバーンの襲撃により、恐怖に飲み込まれていた民達も突然の英雄の活躍により平静を取り戻しつつあった。

 だからこそ、突然のことに対処しきれなかった。

 

「ヒッポメネス! まだそちらに生き残っているぞ!」

 

 一番最初に気づいたのはエミヤだった。

 アストルフォにより堕とされたワイバーンの一匹が、翼を喪ってもなお体を引きずって暴れ始めていた。

 四つ足でもがく様に突進していく。それも、子供や婦人達が集まっているところへと。

 

「くそっ!!」

 

 ヒッポメネスが槍を投擲する構えを取る。

 槍がギリギリ届くか、間に合わないかの瀬戸際。魔力を急ぎ練り、放つ、その寸前。

 

 金色の髪を束ねた少女が、ワイバーンの首へと()を突き刺した。

 

「…あれは」

 

「ふむ、サーヴァントかね?」

 

 紫の衣服の上に鎧をつけた、清らかな雰囲気を放つ少女。突如現れた、その少女からはサーヴァントと独特の気配を放っていた。全てのワイバーンを放ち、ヒッポメネスの元へと集まったエミヤとアルトリアはそのサーヴァントである少女へと視線を集めた。

 

「ま、魔女!」

 

 婦人と子供達を守った少女の容姿を見て、誰かが叫んだ。

 

「竜の魔女、竜の魔女が来たぞー!」

 

 収まった筈の恐慌が再び、湧き上がった。婦人と子供達は救世主である少女が急ぎ逃げ、男達は武器を持った。サーヴァントの少女を囲む者達の目は、皆怒りに満ちていた。

 まるで、家族の仇、国の敵のように。

 

「…っ!」

 

 少女の顔が悲しみに歪んだ。

 

 その顔を見たヒッポメネスは、一歩踏み出した。

 

 

 

「マスター、大丈夫だった?」

 

「うん、マシュが守ってくれたから」

 

「シールダーの役目をしっかり果たしました!」

 

 街の外でマシュと共にアストルフォと合流した立香は、他のサーヴァント達の帰還を待っていた。

 

『あのワイバーン達は全滅。こちらに敵対している存在はいないね』

 

 ロマンもモニターにて確認しているが、今の所安全なこだと太鼓判を押した。

 中世の時代に、幻想種のワイバーンが現れた。この特異点において、最初に発見できた異常な事実。

 この時代に何が起こっているのか、何が起きたのか、謎がますます深まった。

 

「とにかく、街の人たちから話を聞こう。何かわかるかも知らないし」

 

「はい、アルトリアさん達の帰還を」

 

『あれ? ちょっと待ってくれ』

 

 ロマンのモニターに、可笑しなものが映されていた。

 

『なんか、大人数がそちらに接近してくるんだけど…』

 

「え?」

 

『距離的に、そろそろ目視できるんだけど…』

 

 街の方へと立香達の目が向く。

 ドドドっ、と土煙が舞いこちらへと接近してくる。というか、ヒッポメネスとアルトリア、エミヤがこちらへと走ってきている。

 

「マスター! 逃げるよ!」

 

「え? えぇ?」

 

 そう叫ぶ、ヒッポメネスの横には見慣れぬ少女がいた。その少女はヒッポメネスに手を引かれているため、ヒッポメネスと同じ速度で走っていた。

 

「あ、あの!?」

 

「とにかく退却っ!!」

 

 その少女の後ろ、主に土煙を上げている集団は、街の兵士たちだった。

 

「待てぇぇぇぇぇ!!!」

 

「竜の魔女を渡せ!!」

 

「ぶっ殺してやる!!」

 

 つまり、こういうことなのだろう。

 ヒッポメネスが手を引く少女が、何故か兵士たちに狙われていて、それをヒッポメネスが助けているのだろう。

 

 

 

「あーーーーーー!!!」

 

 

 

 横にいたアストルフォが大声で叫んだ。まるで、長年会っていない知人に、バッタリ再会してしまったみたいに。

 

 

 

「ジャンヌ!!」

 

 

 

 その少女を、ジャンヌと。オルレアンの聖女の名、ジャンヌ・ダルクの名を叫んでいた。

 

 




謎のアストルフォ推し


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