ブラック・ブレード 黒の刃   作:豆は畑のお肉

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君の名は

洗う。洗う。洗う。ひたすら洗う。

顔の汚れでは無く、

恐怖を振り払う様にーーー

不安を取り除く様にーーー

将馬は手を動かし続ける。

 

何時までそうしていたのか。顔がヒリヒリと熱を帯び、手がジンジンと疼いているのを感じ、将馬はようやく現実逃避から帰還した。

 

(あれ?さっき見た時よりも顔が大きいような……?というか、何故こんなにも頬と手が痛いんだ⁉︎冷水に手をつけると痛みを感じるけど、こんなに痛かったか?くそッ、何の為の筋肉だ!筋肉質になると痛点も鍛えられたりしないのかよ。)

 

自分の隆起した筋肉にぶつぶつとイチャモンをつけながら、将馬は顔を上げ蛇口を捻り、水を止める。

顔を拭こうと思いタオルを手にしようとしたが、あれだけ(正確な時間は判らないが10分ぐらいは経っていそうだ)洗顔したというのに、顔がほとんど濡れていない。

 

ーーわけがわからない。これ以上俺を混乱させないでくれッ!

 

と思ったがこちらの方は踵を返したら即解決した。

床が水浸しとまではいかないまでも、ビショビショに濡れていたのだ。

が、同時に何故顔を洗う水が自分の後ろの床に飛び散っているのかという新たな疑問が生まれるのだが、将馬は考えるのを止めた。

 

(ワンアクション起こす度にポンポンポンポン疑問を作るんじゃねぇ!なんなんだこの家は!?こいつ、見た目のわりにインテリで主食は謎だったんじゃないだろうな?そう考えればこの筋肉もドーピングコンソメスープの恩恵っぽいな……。まさかッ!俺は漫画の世界に入るのか⁉︎ここはネウロワールドなのか‼︎?)

 

疑問の大半の生産者は理不尽に憤り、当たらずとも遠からずな推理を展開する。己の妄想に「マジかよ…」などと言いながら、洗面所を後にしようとドアに向き直ると、将馬はドアが半開きになっていることに気づく。疑問よりも先に視線を下へやると、所謂美少女という奴が、何やら考え事をしながら廊下に立っていた。いや、正確には美幼女?だろうか。

 

落ち着いた色の長袖のワンピースとスパッツ。色素の薄い髪色のショートヘアーに、ぱっちりとした目元。10歳前後のように思えるが、どこか冷めた雰囲気を纏っているせいか、見た目よりも若干大人びて見える。

 

………どうやらこの謎ハウスには幼女まで完備しているらしい。

その筋の紳士からは入居志願者が殺到してきそうだが、生憎と将馬は、正常な嗜好を好む健全な男児だ。

 

(家の中に幼女か…………。これは、もう流石に認めなくちゃいけないのかなぁ。)

 

将馬は大きなため息を吐くと、目の前の幼女を見つめながら考える。

 

(間取りは似てても俺が住んでいた場所とは別の家。腋が閉まらないほど発達した筋肉とチンピラみたいな顔の持ち主に。そして、俺の家に幼女なんていなかった。どんな珍現象かわからんが、これらの状況から考察すると、だ。俺の魂というか精神というか、そんな非現実的な物質だけが、どこか別の場所の人物に乗り移った……。)

 

考えながら将馬は唸る。

 

(俺はこんなガキの空想のようなこと、本気で起こると思ってんのか?でもこんぐらいぶっ飛んだ展開じゃないと、今の状況の辻褄が合わないし……。大体、こんなある日突然成り代わるっておかしくないか?普通、神様っぽい奴が適当な理由で行なって、そのお詫びとして素敵能力をプレゼントしていざ!って流れだろ?)

 

いるんなら自分、精一杯務めるんでもっかいチュートリアルからやり直してくれませんか?

心の中でいるのかどうかわからない神とやらにコンタクトを取ろうと躍起になる将馬に、おずおずと声が掛けられる。

 

「あ、あの……えっと、その………おはよう、ございます、将監さん……。」

 

先程から廊下で立っていた幼女がこちらを探る様に、上目遣いで遠慮がちに挨拶をしてきた。

 

(将……なんだって?この子今、将なんとかさんって言ったよな……。

もしも、もしもだよ?将“馬”って言ってたとしたら、やはりどこかに連れらてた挙句、改造されてムチムチボディになったってことか⁉︎)

 

将馬はもしかすると、精神だけが移ったなどという意味不明な現象ではなく現実的な手段(改造も十分非現実だが)で、今の環境に置かれている可能性の出現に気分が高揚する。

 

(現実的な手段であればその対処法も存在するのが筋‼︎落ち着け、落ち着くんだ将馬。この千載一遇のチャンスを逃すな!慎重にこの子に名前を聞き返すんだ!そう、恐れるな。たかが名前を聞き返すだけだ、クールにいけ!クールに‼︎)

 

意を決し、名前を聞き返そうと眉間に力を込めた将馬の目に、目の前の彼女が、警戒心を強めた瞳でこちらを見ているのを捉える。

よく見れば、少し怯えている風でもあった。

 

(しまったッ⁉︎逡巡している間が長過ぎて、不信感を持たれてる!いや、駄目だ落ち着け!狼狽えてる場合じゃない。焦るな、ゆっくりと静かに素早く慌てずにこちらの用件を伝えるんだ!)

 

将馬は眉間に入れた力を増し、彼女に口を開こうとするもますます彼女の警戒心が強くなっていく。

実は、不自然な会話の間では無く、将馬が眉間に力を込める度に、睨み殺さんばかりの眼力が夏世に向けられているため、彼女は警戒しているのだ。

それを見た将馬が焦り、目に込めた力を増すので更に夏世は警戒を強めそれを見た将馬が………と悪循環しているのである。

 

(くそッ、何故だ⁉︎なんで自分の名前を聞くだけでこんなに難易度が跳ね上がってるんだ!マズイ、マズイ、マズイマズイ‼︎)

 

最早クールさのかけらもない形相で、将馬は必死で夏世との対話を成立させようとする。

 

(斯くなる上は!必要最小限の単語を並べてこちらの意向を伝えるしかない‼︎言葉さえ話せば分かり合えるはずだ!こちらに悪意がないこともアピールしつつ会話を試みる、これだ!)

 

一刻の猶予もないと判断した将馬は乾いた唇を舌で湿らせ、即座に言葉を紡ぐ。その際両手を広げ、無害アピールも忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

凶悪な人相で舌舐めずりをしながら、男は両手を広げこう言った。

 

 

「小娘……俺の名を言ってみろ。」

 

もう滅茶苦茶だった。

 

 


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