計画実行が目前に迫ったある日の夜、永琳が私の寝室に入ってきた。読んでいた本を閉じて目を合わせると、永琳が言った。
「ねえ、朝日も私たちと一緒に月へ行かない?」
「……私には行けないよ。街の守りのこともあるし」
永琳の問いに私が少し間をあけて答えると、永琳がため息を一つついた。
実は、この誘いはこれで二度目だ。一度目は、防御壁の準備のために永琳と二人で馬に乗った時。休憩してる時に「考えておいて」と言われていたのだ。
「……やっぱりそうよね。はあ……依姫たちが悲しむわ」
「悲しんでくれるかな?まだ会って一年くらいしか経ってないけど……」
「依姫、朝日との特訓を結構楽しんでたのよ。もちろん、豊姫もね。」
二人とも、私との付き合いを楽しんでくれてたのか。嬉しいけど、別れることを考えると複雑だ。
「それに、二人とも朝日がこのまま一緒に月に来ると思ってるわ」
「……永琳から言ってないの?」
「言えるわけないでしょ。最近はただでさえ会えないんだから」
「ですよね。……明日言ってくるよ」
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というわけで翌日、特訓ついでに月へ行かないことを話したのだが、案の定理由を尋ねられた。私は地上が好きだからという理由で納得はしてくれたのだが、二人にとっては一緒に月へ行けない悲しみよりも、私が一人で生きていけるかどうかの心配の方が大きいようだ。
これでも、神の力を使役することができる依姫と、瞬間移動できる豊姫の二人とで一年間特訓してきたのだ。それなり、いや、結構きつい特訓ではあったが、身に付くことも多かった。エネルギーも上手く攻防転用できるようになったし、大抵の妖怪には負けるどころか傷一つ負うこともないだろう。
今の私は、学んだことはなかなか忘れない。一度体に覚えさせれば、そのまま技術として扱うことができるのだ。そのことを言うと、二人にため息をはかれた。
「いえ、確かに飲み込みは早かったですが……。一人で残るというのは流石に心配です。もっと教えたい技があったのですけど」
と言うのは妹の依姫。赤い瞳をした少女で、薄紫色の長い髪を、黄色のリボンでポニーテールにして纏めている。彼女は訓練に熱が入りやすく、よく模擬戦になってはボコボコにされたものだ。おかげで戦闘技術は上昇したけども。
「まあまあ、依姫。確かに朝日は十分強いし、もう会えないというわけではないんだから……ねえ?」
こっちは姉の豊姫。金色の瞳の少女で、腰ほどもある長さの金髪に白い帽子を着用している。彼女との訓練は依姫ほど厳しくはなかったけれど、瞬間移動で逃げられて攻撃が当たらず苦戦した。彼女との訓練のおかげで編み出せた技もあるので、その点は感謝しているけども。
「私たちの寿命はないに等しいから、またいつか会えるよ」
「……そうですね。名残惜しいですが、しばらくはお別れですか」
「また会う時までさよならねえ」
依姫は私という
「それじゃあ、またね!」
私の言葉を最後に二人と別れる。ちなみに、最後の模擬戦では依姫に勝つことができた。能力なしの体術戦だったけど。
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とうとう、計画を実行する日。私と永琳の二人は今、街を囲む壁の上に立っている。
「……いよいよ、だね。計画は予定通りに進んでるの?」
「完璧よ。そして……こっちも、ある意味予定通りね」
永琳の言葉で、前を向く。遠くの森に目を向けると、森全体に大小様々な影が見えた。
危惧していたことが現実になってしまった。妖怪の大群が街の襲撃に乗り出したのだ。
「準備が無駄にならなくてよかったよ。他の人はもう乗り込んでるんだよね?」
「ええ。後は私だけ」
「もう行ってきなよ。見たところ、強い力を感じるのはあんまりいないから、役目は十分果たせそうだよ」
「……そう」
それっきり、永琳は黙り込んでしまった。どうしたのかと永琳の方を見ると、目が合った。
永琳と私の視線が交わる。二人とも無言で、だんだん風の音も聞こえなくなる。そのまましばらく見つめあっていると、永琳の方から口を開いた。
「……それじゃあ、行くわ。またいつか会いましょう、朝日」
「……うん、またね、永琳」
最期の挨拶を交わして、永琳はロケットのある方へ歩いていく。妖怪の方を見ると、距離が結構縮まっていた。そんなに長いこと見つめあってたのかと考えると、少し恥ずかしくなってくる。
ぱしっ!と両手で顔をたたいて気合を入れなおす。
「さて、始めますかあ!」
その一言と同時に、私は街と妖怪を隔てる巨大な白い壁を展開した。
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永琳が行ってから20分ほど経過した、のだが……。
「やることがないよ……」
とても暇だった。私は壁を維持するだけでいいので、やることがないのは当然だ。
妖怪たちはすでに街の外周へ到達し、今は私の壁を突破しようとしている。だが、壁のエネルギーを一気に削り取るほどの威力をもつ攻撃を繰り出せる妖怪はいないようだ。それでもかなりの大群なので、攻撃され続けると流石に壁のエネルギーも減少してくる。
「ロケットはもうすぐかなあ」
永琳は街の中にも念のためのトラップを仕掛けておくと言っていたが、この調子だとトラップが発動されることはなさそうだ。
そろそろエネルギーを供給したほうがいいかな、なんてことを考えていると、後ろから轟音が聞こえてきた。振り返ると、ロケットが空へ飛び立っていくのが見える。
「……ああ、これでしばらくはさよならだね。……ッ!?」
感慨にふけっていると、とてつもない悪寒を感じた。今までに感じたことのない、明確な「死」を。瞬時に壁に使っていたエネルギーを全て私の周りに集める。私の体を包むように集められたエネルギーを全力で堅くする。
「一体、何が……!?」
――――瞬間、街の全てを白い光が包み込んだ。
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――――何があったのか、わからない。
私の周りの壁はまだ保っているが、私を包み込んだ瞬間にかなり削られてしまった。エネルギーが削られるということは、何らかの攻撃が加えられたということだ。
だが、もう悪寒はしない。私にとっての危機は去ったということだろうか。
卵のように私を包むエネルギーを透明にして周りをみると、私の視界には信じられない光景が映った。
「何も……ない……?」
森も、妖怪も、街も。何もかもが消滅し、焼け野原のようになっていた。
「どういう、こと?」
フリーズしていた私の頭が、ようやく動き出す。周りを調べると、すぐに異常に気がついた。
「エネルギーが、なくなってる……」
そう。常に地面から湧き出ていたエネルギーが、ここら一帯から消失していたのだ。このことから、私はすぐに一つの結論にたどり着いた。
「爆弾かなにか……それも、とてつもない威力の」
この現状を作り出したのは妖怪ではない。彼らも自らを巻き込んでまで街を破壊しようなんてことは考えないだろう。私ではないし、永琳が街を消そうとするとは思えない。するにしても、警告はしてくれるはずだ。たった一年ではあったけど、私たちの距離は確かに縮まっていたのだ。
おそらく、街の人間の誰かが、自分の残した文明を穢れの存在である妖怪たちごと無くすべく、ロケットで飛び立った後に爆弾を落としたのだ。その威力は、確かに妖怪を消すには十分だったろう。
エネルギーが消滅して、植物が育たなくなった不毛の地。永琳たちと暮らした場所がそんな風になってしまったのは、とても残念だ。
森の向こう側まで土が剥き出しになっているから、私の能力を使っても、回復させるには長い時間がかかるだろう。
「時間はたくさんあるんだし……、私にしかできないことだよね。」
決めた。ここに住もう。どれだけ時間がかかっても、この場所に自然が戻るときまで。
次に永琳に会ったときに文句を言ってやろう。
そうと決まれば、気が楽になってくる。
「よし!生活するには、家からだ!」
荒れ果てた大地を再生させるべく、私のサバイバル生活(飲食不要)が今、始まる!
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