機動戦士ガンダム UC.0094 -巨人の末裔-   作:一一人

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注意:このお話はオリジナル要素、独自解釈を多分に含みます。苦手な方はご注意いただいた上でお読みください



第六話「真実」

「〈フレア・インレ〉ユニット大破、消滅。コアは離脱した模様」

 カメラを横切るように伸びた一筋の光条が発した電磁波がもたらした影響は甚大だった。

 〈ジャミトフ〉の艦橋に置かれた観測機器の殆どが機能停止か機能不全に陥り、観測員が右往左往する。その中で艦橋の後方、奥まった部分に設置されていた新型CICシステムの観測員だけが冷静に状況を伝えていた。

「敵艦、艦載機は健在。友軍主力部隊の撤退を確認。……しかし、宙域のミノフスキー粒子が電磁波干渉を受けて正常の波形を保っていません。こちらでも観測できるのはここまでです」

 新型CICシステムを動かしていた1人が声を上げた。艦橋にいる他のクルーにはない技術屋の空気を漂わせた彼は、実際その新型CICシステムの開発に携わっている人間だった。

「まあよい。旧来のシステムが見ての通りの以上、そこまでの観測が出来ただけでも充分だ。次世代の艦にはぜひ搭載したいものだな」

 ニーゼスはあくまでも平静を装った声で答えたのであった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「なんですって?」

 戦闘後のメンテナンス作業が始まろうかという〈アルストロメリア〉の格納庫に響いたのはファムの鋭い叫びだった。

 〈アルストロメリア〉への帰還後、コクピットから飛び出したファムはその場にいた整備員から人伝に〈シルフレイ〉が〈ジャミトフ〉の艦載機に回収されたことを聞いた。

「それで、イオリは無事なのか!?」

 とそこまで口にしてファムは目を見開く。今自分は〈シルフレイ〉の安否ではなく、それに乗るあの少年の安否について気を巡らせていた? 

 馬鹿な、確かに彼とは何度か戦場で背中を預けあった仲ではある。だが、長年追い続けていた〈シルフレイ〉、特にその中に取り込まれたかもしれないマユの事より先に彼のことを……。

 そこまで巡らせた思考は「ええ、そのようです」と返ってきた報告に一度閉ざされる事になった。

「出張ったままの観測班(アイザック部隊)からの情報では“〈シルフレイ〉の損傷は大きくない”との事で、恐らくはパイロットも無事であるかと」

「そうか。それならいい」と残したファムは、先の動揺を悟られまいとその場を後にした。

 

 その頃、〈アルストロメリア〉のブリッジではサンダースをはじめとした艦の責任者達によって会議が設けられていた。その内容はと言うと至極簡単で、この後の身の振り方についてであった。

 当然だ、ここに至るまでにファムの執念による追跡があったといえども、この事態の責任の殆どは居候の身であったターツァにあり、そのターツァは先の戦闘で戦死している。もうこれ以上この事態に首を突っ込まない、突っ込みたくないというのはごく当然の考えであった。そして、それはこの艦のクルーの大半の考えでもあった。

 しかし、艦長であるサンダースはというと「うーむ……」と思案したきりであった。

「艦長……!」

 副長のアビーが決断を迫る声を上げるが、サンダースはその視線をあげることは無かった。

「遅くなりました」とファムがブリッジに入ってきたのはその時だった。

 彼女に向けられる視線は敬意の中に少なからず訝しむ色が含まれていて、ファムはそれを知りながら務めて平静を装っていた。

 沈黙が支配する部屋の中にドアの閉まるエアの音が響くのを合図に、「サンダース艦長、“目標”が敵艦に捕縛された事は」と敬礼とともにファムは切り出した。

「ああ、聞き及んでいる」

「では早急に……」

 サンダースの返事を知っていたかのように畳み掛けるようにファムは口を開く。しかし、それは「あなた、いい加減にしなさいよ……!」と続いた声にかき消されていた。

「ウィル女史……」

 ウィル・テンディース、〈アルストロメリア〉に乗り組む参謀部の人間だった。

 ジオン残党勢力の多くが寄合所帯である現状では各戦力単位の連携が強くとも、ジオン共和国、或いは袖付きの中枢戦力からの指示に背くような事態が不安の種である事は言うまでもない。今でこそフル・フロンタルというカリスマによる求心力が働いているものの、それ以前より組織されている残党勢力には上位組織からの監視役兼参謀秘書としてウィルのような人間が艦に配置されることがあった。

 そのような背景があり、ウィルの発言は艦の中でも艦長に近い、時によってはそれ以上の権力を持つ。旧世紀の社会主義国家にあったような政治将校に似た職務である。

 ファムが〈アルストロメリア〉における求心力と言えども、この混乱の中で、そんなウィルに鉾を向けられたという事はつまり、今のファムの発言はなんの力も持ちえないのである。

 だが、そうなるであろう事はファムにとっても織り込み済みの事だった。

「ん、ファム大尉。それは?」とサンダースが目を向けたのは、ファムが手に持っていた数枚の記録フィルムと小型のメモリディスク。ファムはその指摘に待ってましたとばかりにサンダースに手渡した。

「これはターツァ大尉が遺したものです。ご覧下さい」

 説明と共に1枚目をサンダースに示したファムは、同時にメモリディスクを部屋のモニターへと繋いだ。

「……これはMS?」

 フィルムに映し出されていたのは、サンダースが口にした通りMSに違いなかった。だが、その口調の通りそれをMSと呼ぶには些か抵抗がある。

「随分と小さいな。……それでこれが?」

 驚きの混ざった声で呟いたサンダースはファムに先を促す。報告がこれだけではないことを知っていると言わんばかりの口調だった。

「RX-124、通称〈ウーンドウォート〉と呼ばれるこの機体はティターンズ時代に設計、開発がされたものです。ご覧の通り小型の機体ですが、性能面では並の量産機の比ではないと聞きます。しかし、問題はそこではなく、この機体の最大の特徴にあります」

 続いて2枚目のフィルムをサンダースに差し出す。

 受け取ったサンダースは映された物を見るなり目を見開いたきり、口を開かなかった。その様子に集まっていた他のクルー達もそれをのぞき込んだ。

「いいですか、ターツァ大尉が残した資料によれば……」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 うっすらと開いたイオリの視界に、最初に飛び込んできたのは嫌なくらい真っ白な天井だった。同時にベッドの傍らに置かれた医療機器の存在も目に入る。先の戦闘が終了してどれくらい経っただろうか。肉体の意識が失われたあとも、感覚的に自分の身に何が起きているのかを近くし続けることが出来たのは先の戦闘での一種の“覚醒”のおかげか。その影響なのか揺蕩う意識はイオリ自身の過去を回想していた。“忘れさせられていた”過去を含めて。

「……なるほどな」

 意識を取り戻したばかりの体は感覚がぼんやりとしている。その一方で手足につけられた枷が生む重さを感じ取ることは出来た。

 忘れていた、正確には書き換えられていた過去を思い出したイオリはその思考、精神に同様の重さを感じていた。

 “覚醒”によって得られた情報が正しければ、自分はラキアと同じく強化人間である。一年戦争の戦災孤児として赤ん坊のうちに孤児院に引き取られたイオリは、6歳の誕生日にティターンズの工作員によって養子縁組を偽装されてニュータイプ研究所へと連れていかれた。

 イオリが強化人間にされたのは地上の施設である事は覚えていたが、具体的な地名までは定かではない。しかし、あまり良好な成績を残せなかったイオリは後に宇宙へと上げられることになる。その先が〈ネビロス〉だった。そこでの記憶もはっきりとしていない。そこを後にする時に施された記憶処理が一番強かったのだろう。その後士官学校に送られる訳だが、その段階で与えられた偽りの記憶が今のイオリを作り、ターツァやラキア、クリスティーナ達との生活が始まる。

 今まで薬なのか何かの暗示なのか、完璧に忘却の彼方へと追いやられていたその記憶は、蘇るとともに今までの擬似記憶を上から痛いほど鮮明に塗り替えていく。

 確かに戦災孤児だったことは間違いではないが、まさか自分自身も強化人間だったなんて、疑ったことすらない事実が自我を容赦なく叩きのめそうとする。気を抜こうものなら一瞬のうちに発狂していたやもしれない衝撃をなんとか飲み込んだイオリは、今度は成り行きとはいえターツァを手にかけてしまった後悔に苛まれることになった。

 だが、唯一の救いは彼の今際の念が恨みではなかったことだろう。ターツァの最後の言葉は直接届くことは無かったが、感応野が全開になっていたイオリに念として届いていた。

 すまない。出撃前のような謝罪から始まったその言葉はイオリが思い出した自分の過去を補完すると同時に、ラキア達が何をしようとしているのかを知らせた。

「ティターンズの再興……」

 ラキア達が引き連れていた機体、〈バーザム〉を見れば自ずと答えは導かれるのだったが、そんな馬鹿げた話があるとは夢にも思えなかった。

 しかし、一方ではジオンの再興を目論む人間もいるわけで、多かれ少なかれそのような人間が現れることは不思議ではなかった。そして、その為に彼らが向かう先は……。

 そこまで考えて、イオリはため息をついた。

「なあ、あんたいつまでここにいるつもりだよ」

 虚空に向けて投げかけた言葉は、広くはない部屋に僅かに反響し、自分へと帰ってくる。

 “仕方ないじゃない。私にはもう身体がないんだから”

 それに返事を返したのはか弱い少女、マユの声だった。尤も耳に聞こえる形での声ではなく、あくまでイオリにしか聞こえることの無い“念”に近い代物だったが。

 〈シルフレイ〉の中でお互いに共鳴した二人は“覚醒”の際に意識を交わらせていた。その結果として輪郭がぼやけた二人の意識は収まるべき器がひとつしかない為に、イオリの身体の中に入り込むしかなかったのである。

「そんな莫迦な話があるかよ……」

 だが、ありえるのだろう。先の戦闘で得た既知や開けた視野。人間の可能性は無限大である……。

「目が覚めたか」

 そんな思考を遮るようにかかった声に顔を向けると、重々しいエアロックの扉を潜ったラキアがそこにいた。

「……久しぶりだなクソ野郎」

「再開の挨拶にしては随分な物言いだな」

 その顔を認めるなり睨めつけたイオリに苦笑混じりに返したラキアはベッドの脇に置かれた端末を手に取った。イオリがこの艦、この医務室に運ばれて以来のバイタルデータが記録されたそれをしばらく眺めたラキアは「観たんだろ?」と口を開く。

「は?」そう聞き返したイオリが1度外した視線をもう一度ラキアに向けると、彼の目は一切の感情を抜きにした空虚な黒を湛えていた。

「観たんだろ?」

 繰り返すラキアの声、今までのおどけた様子やイオリと敵対して以来の冷徹を演じる様子が一切なく、その事実の正誤についてただ確認しているに過ぎない無機質なものだった。

「……」

 無言を返事にしたイオリに、それを肯定と認めたラキアは「おっかしいよなァ……」口元を綻ばせた。しかし、それは笑いではなく自嘲の気配を漂わせた呟きで、その証拠にその眼はなにも見ていなかった。

「なんで俺たちはこんな目に遭わなきゃいけなかったんだよ……!? いつまでこんな思いを続けなきゃいけないんだよ!!」

 堰を切ったように流れた言葉はただただ姿の見えない誰かへの呪詛でしかなかった。その言葉を吐いたところで何も変わらない、何も変えられない、誰にも届かない。それをわかっていながら飲み込むことの出来ない弄ぶ感情は行き場を失って言葉の奔流として吐き出されるしかなかった。

「……それが理由か?」

「……」

 問いかけるイオリの言葉に返事はなかった。俯き、掻き乱したボサボサの髪が隠した表情は読み取れない。ただ荒い呼吸が、鈍く聞こえる艦の駆動音と共に響いていた。

「それが理由か?」

 再び問いかけたイオリは続く、乾いた音と衝撃に目をつぶった。一瞬の跳躍でイオリの胸ぐらを掴んだラキアの反対の手がその頬を殴っていた。

「昔からムカつくんだよ……! 俺より劣ってる筈の出来損ないが……!!」

 深くため息をついたラキアは、おもむろにイオリの拘束具を外し始めた。

「ニーゼス様がお会いしたがっている。着いてこい」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 格納庫のキャットウォークでクリスティーナは手すりに身を投げ、虚空を見つめるだけの時間を過ごしていた。目線の先には自分が乗っていた〈リゼル〉の修復作業の風景があったが、いくらユニバーサル規格とはいえ、予備パーツのないネオ・ジオンの艦では補修には限界がある。しかし、クリスティーナの憂鬱の理由はそれだけではない。〈レオントキール〉から共に逃げ込んで来た二人を同時に失ったのである。更にその原因が、気に食わない奴だったとはいえ、他の二人と同じく士官学校からの付き合いだった仲間の裏切りとあれば誰でも正常な精神状態でいられるはずがない。

 帰投してからというもの、何も口にしていないはずだったがお腹が減るという感覚すらしないし、何かを食べる気にもならない。 ここに来てから唯一の頼りだったイオリすらいなくなった今、艦に居場所などなく、ただただ格納庫で自分の機体を眺めるしか時間を使うことが出来なかったのだ。

「はぁ……」

 途方に暮れ、何度目かもわからないため息をついたそんな時だった。

「あのぅ……ちょっとお姉さん」

 背後から聞こえた声に驚きながらも振り向いたクリスティーナは眉を顰めた。作業用のつなぎを着た、ボサボサの髪が特徴の整備士が近づいて来る。

 辺りを見回して誰もいないのを認めたクリスティーナはその整備士が自分に話しかけていると理解した。

「えっと……なにか御用?」

 沈んだ感情のせいか、ぎこちない喋り方になりながら

「いえね? あの、ただの趣味なんですけど、さっきラジオを聴いてたらですね、いや、ホントは禁止されてるんですけど……それはいいとして、どうやらウチらが関わってる事って公になってないらしんすよ」

 視線を合わせずにまくし立てるように喋る整備士に、目を白黒させるクリスティーナを見て整備士は我に返ったように目を見開いた。

「あ、ごめんなさい! ウチ、エレナって言います。エレナ・ドーキンス。この艦でモビルスーツの整備やってます」

 慌てたように自己紹介をするエレナにクリスティーナは目を丸くしたが、すぐに「ふふっ」と笑みを浮かべていた。

「エレナさんね、よろしく。……それでラジオで聞いたことについて詳しく聞かせてもらってもいいかしら?」

 笑顔で促したクリスティーナに、エレナはラジオから聞いたことを書きなぐったメモ用紙を見せながら、様々なことを話し始めたのだった。

 それを要約すると、地球圏でのジオン残党の暴動は大小問わず、少なからずニュースで報道されるの常だが、連邦の艦が少なくとも2隻沈んでいるのにも関わらず、匂わせるような報道すら一切なされていないという。情報の遅れがあったと鑑みても最初の〈シルフレイ〉の稼働試験にまつわる騒動ぐらいはマスコミが掴んでいてもおかしくはないはずだ。

「……たしかに妙ね」

 軍縮が騒がれる昨今、再軍備を後押しするような報道は各社が控えているものの、実際問題自分の身に関わる治安上の問題に関しては平和ボケし始めているとはいえ世間が大きく関心を寄せる事柄である以上、少なくとも事象のあらましだけは頻繁に報じられている。いくら秘匿したい事実があるとしても、ジオン残党に襲撃された、という事実ぐらいなら何処かから流れてそうなもの。となると完全に軍の上層部で情報統制がかけられていると見える。

「なにか重要な情報になるかもしれない。エレナさんから言うのがまずくても、よそ者の私なら『部外者がなんか言ってる』程度でも誰かの参考になるかも……。とりあえずファムさんに伝えてみましょう!」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「情報の統制はバッチリかな?」

 シャトルのリクライニング昨日を弄びながらデヴォンが尋ねる。

「はい、連邦の情報部としても美味しい話では無いのでしょう。現場の後処理こそ丸投げですが、参謀本部には偽の情報を、報道には既に“鼻薬”を嗅がせているようです」

 淡々とした返答を投げるのは、デヴォンの隣に座り端末とにらめっこをする女性。かつて地上の執務室でデヴォンへの報告を行っていたルーシー・ワトソンだった。

「我社の諜報部はいい仕事をしてくれるね、流石だ。それに君も完璧な仕事をこなしてくれる。本当に頭が上がらないよ」

 デヴォンは半分茶化しつつ、もう半分は本心からの評価を口にしながらその視線を窓の外へと投げた。

 デヴォン達を乗せたシャトルはいよいよ目的地、L4ジャンクションの目前へと迫っていた。その途中、地上にいた間に今までに培ってきた様々なコネを駆使して自体を表沙汰にさせないように根回しをしていた。これはデヴォンの標榜する“大義”のためであると同時に“互助会”に対して、せめてもの償いのためでもある。そしてそれから……

「グローレン。君に死なれる訳にはいかない」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「待っていたよ、イオリ。イオリ・ノースフィールド」

 エアロックのドアをくぐったイオリを歓迎したのは簡易ベットに腰をかけ、そんな台詞を呟くグローレン・ベルバーグだった。

 ラキアに連れられてイオリが通されたのは、〈ジャミトフ〉の居住スペースの端に据えられた酷く味気ない個室。わざわざラキアが様付けをする程の人物がこんな所に? という疑問とあらためて向き合うこの事件の重要人物の酷くやつれた様子に違和感が湧き上がる。

「……貴方が」

 呟いたイオリは思わずその男を睨めつけていた。

「……そんな顔をしないでくれ。僕だって君とこんな形で再会するのは不本意なんだ」

「再会……?」

 薄く笑ったグローレンの言葉にイオリは怪訝な声を漏らした。

「……そうか。覚醒の兆候があったと聞いたがどうやら完全ではないようだね」

 なにやら納得した様子のグローレンはそう独りごちると、おもむろに腰を上げてイオリへ歩み寄りながら手を伸ばす。

 ぎくりとしたイオリは不意に言いえぬ恐怖に似た感情が過り、咄嗟にでた「やめろ」という声と共にその手を払い除けようとしたのだが。

「……!?」

 その手が触れた瞬間。目の前の景色が遠く飛び去ったのである。

 フラッシュバックする知らない光景。頭に響くのは聞き覚えのない優しい声。しかし、それらは段々と湧き上がる恐ろしい、この世のものとは思えない恐怖によって塗りつぶされていく。

 鼻を突き刺すような薬品の臭い、気の遠くなるような過酷なトレーニング。横たわった自分の頭に伸びてくる鋭いメス……。

 “イオリッ!! ”

 頭の中で弾けた声で、イオリはハッと周りを見渡す。味気ない部屋で、目の前に迫ったグローレンの手とそれを防ごうと持ち上げた自分の腕。そしてその様子を壁にもたれて眺めていたラキア。

「……どうやらその様子だとなにか思い出したようだね」

 呟いたグローレンの表情は、天井の照明が逆光のせいでよく見えない。しかし、喜びと言うより安堵に近いその声色にはどこか陰りがあるように思えた。

「……俺を、俺の身体を弄ったのも……」

 動揺を悟られないように、ショックで乱れた呼吸を整えながらイオリは呟くように声を漏らした。

「……」

 無言と小さい首肯を答えとしたグローレンは、その手を降ろす。

 未だ落ち着かない呼吸を整えながらイオリはグローレンを睨めつけた。薄く皺の刻まれた細いその男の表情は読めなかったが、何故かそこに悪い印象を見つけることが出来ず、その違和感からさらにイオリの思考は混乱と苛立ちに苛まれる。

「お前……一体なにを……」

 考えているんだ、と続けようとした言葉は「シュヴァルツサザン少尉、至急ブリッジへ。二ーゼス司令が及びだ」と響いた放送にかき消された。

「ふん……」

 イオリの様子を眺めていたラキアは興が冷めたと言わんばかりに鼻を鳴らし、部屋を出ていく。

 それを見送ったグローレンはどこか安堵した表情を浮かべていた。

「これでようやく話が出来る。……イオリ、落ち着いて聞いてくれ……」

 そう前置きをして口を開いたグローレンの話はとても衝撃的なものだった。

 

つづく




2年ぶりの更新……(´;ω;`)
書こうにも手が動かない、言葉が出てこない……
でもそろそろ終わりなのでもうちょっと頑張る……

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