機動戦士ガンダム UC.0094 -巨人の末裔-   作:一一人

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注意:このお話はオリジナル要素、独自解釈を多分に含みます。苦手な方はご注意いただいた上でお読みください


第四話「予兆」

 母艦である〈レオントキール〉とその艦載機部隊を失ったターツァ以下三人のターツァ隊は、ファムと後に合流したルイーズの計らいでムサカ級〈アルストロメリア〉に身を寄せる事となった。

 宙域を去る前、1人でも生存者がいないかと各種センサーに目を走らせたものの、努力は虚しく〈レオントキール〉所属のクルーは全滅、直援に下がらせたMS達も消息不明という事実を改めて突きつけるだけだった。その一方で、幸か不幸かターツァが仕込んでおいたプログラムによって艦内の監視カメラの映像がターツァの〈リゼル〉にバックアップされていたために、〈レオントキール〉でなにがあったのかを知る事は出来た。勿論、ファムはあの時艦の中に居た為、あの惨状はその目に焼き付いていたのだが。

「……」

 格納庫内で煌めくマズルフラッシュと飛び散る鮮血。力無く漂う作業員がカメラを横切る。

『……』

 艦内通路は停電のためにリフトグリップが作動せず、ノーマルスーツに備え付けられているワイヤーガンを駆使してなんとか移動するクルー。その反対からはラキアと思われるノーマルスーツの男が壁や天井に設置されたステップを蹴りながら迫る。格納庫内と同じように、ラキアの構えたカービンが火を吹き、次々とクルー達が殺されて行った。

『……』

 独房前についたラキアはアラートセキュリティによって認証レベルが下げられていることを利用して、易々とグローレンが収容された独房へと入っていく。独房内の監視カメラはセキュリティレベルが高く、ターツァのプログラムではハックできなかったものの、一連の映像はこの事件の犯人がラキアであり、その目的がグローレンの拉致、あるいは奪還であった事を物語っていた。

「なんで……なんでラキアが……!」

 人を挑発するような言動で、度々衝突する事があったとはいえ、イオリはラキアを大切な戦友として認識していた。

『……』

 答えのない沈黙に苛立ち、イオリはウィンドウに映る黙ったままのターツァを睨めつけた。

「答えてくれよ!ターツァさん!アンタ……アンタは知ってたんだろう!?ラキアが裏切る事、あの訳わかんねえ連中が襲ってくる事をさぁ!?」

 しかし、答えは帰ってこない。黙り続けたターツァがきつく目を閉じ、空を仰いだ。一瞬、自分の声が無線に乗っていない事を疑ったが、ファムとクリスティーナが自分へと視線を向けているところを見るに、その可能性はゼロだった。

「なんで黙ってんだよ……少しでも良いから教えてくれれば良かったじゃねえか!そしたら……せめて……艦の皆が死ななくても……」

 震える言葉を紡ぎながらも、溢れる涙に口が閉ざされる。

『すまない、話は後でだ。そろそろ着艦作業に入る」

 申し訳なさそうにかけられたファムの声にイオリは口を噤む。ターツァも一言も声を発しないまま、ファムが促した通りに着艦作業の確認作業を始めていた。

 イオリは釈然としないままだったが、初めての艦への着艦とあり、流石にその指示に逆らうわけにも行かなかった。濃紺の世界が広がるモニターに映る鮮やかな緑色をした船体に視線を向けると、仕方なく手元のコンソールからレーザー通信の同期作業をさせはじめた。

 そう言えば、イオリは思い返す。少し前にファムが訪れて以来、イオリにとってその場の空気にファムは欠かせない存在になっているように思えた。どこか懐かしい感覚。そんな不確かな言葉でしか表現出来ない感覚に、自分は安らぎを感じているのであった。

『どうした、イオリ』

 不意のファムの声に我に返る。どうやらモニター越しだが、ファムの顔を見つめていた格好だったらしい。「なんでもない」と告げると、ヘルメットを外して誤魔化すように汗を拭った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 医務ユニットのベッドでグローレンが目を覚ましたのは先の戦端が閉じてから10時間後のことだった。

 天井のライトを眺めながらグローレンは朧な記憶を少しずつ辿っていく。

「お目覚めですか?」

 不意に耳に入った声に、グローレンは声の方へと振り向く。音もなく開いた扉の向こうに立っていたのは、黒色の連邦軍の士官服に身を包んだラキアだった。だが、グローレンはラキアではなく「ディエゴ」と呼んでいた。

「やめてください、それは研究所での名前です。今はラキア、ラキア・シュヴァルツサザン。貴方がそう名付けてくれたんですよ」

 口元を緩めたラキアはそう言いながら部屋の中へと歩を進めた。

「……そういえばそうだったな」

 今でも忘れることのない、ニュータイプ研究所での日々。子供の頃には想像もしなかった過酷な苦痛に塗れた生活は今でも細胞の一つ一つが記憶していて、それを忘れさせまいと常に自分の身を蝕むように、その痕を刻みつけてくるのだった。

 いや、自分の苦痛などまだ可愛い方だ。自分が彼らにした事の方がよっぽど過酷な苦痛であったはずだ。

 恨まれこそしても、自分はあの生活を恨むことは許されない。その決意を思い出させるのがこの男、ラキア・シュヴァルツサザンだった。

「……私が生きていて、君と話ができているということは……すべて計画通りに?」

「ええ、ターツァ・ブリッジスによって〈シルフレイ〉のセキュリティが破られたことを除いては」

「そうか……」

 ティターンズ残党の中でも身分を偽り、連邦軍のテストパイロットになりすましていた自分に声がかかったのは、ティターンズが崩壊してからすぐの事だった。

 戦時中からティターンズの敗色を感じ取っていた一部の官僚の手によって進められていた、ティターンズの意志を遺すための計画、「巨人の末裔」計画のキーパーソンとして抜擢されたのだ。

 ニュータイプ研究所の中でも極秘で行われていた、TR計画に便乗したTRX計画に徴用されていたグローレンは、元々は最初期の人工ニュータイプ研究の数少ない成功例の中の、さらに一握りの生存者だった。他の成功例の数人はニュータイプ能力による膨大な情報に脳が耐えられずに発狂したと聞いている。

 一年戦争末期にMIA判定を受けていたものの、何らかの形で生き延びていた者の中から選出されたパイロット達を対象に行われたその実験によって、グローレンはニュータイプ能力を獲得していた。しかし、その技術自体は成功率の低さや術後の生存率の低さなどが指摘され、後に対象が戦災孤児に移っていく事になった。グローレンはその経歴などから復隊を認められず、そのままニュータイプ研究所に抑留され、成り行きで研究に従事することになった。

 その能力から研究所の被験者である子供たちから好かれていた事や、扱い易い経歴を利用されて、次々と汚れた役割を押し付けられるようになっていった。その結果、TRX計画の主要メンバーとなり、グリプス戦役後にもその価値を見出されることになったのである。

 件の計画の要として二ーゼス・アリューゼを筆頭として構成された第十四独立艦隊と、アナハイムエロクトロニクスの傘下にあるクロウズインダストリーが抱え込んだ旧ニタ研関係者による兵器開発部門がまとめ挙げられた。元組織の巨大さ故の大掛かりな下準備の段階ではグローレンは後者に配属されていた。

 しかし、旧ニタ研派による不穏な動き、またグリプス戦役時の一大スキャンダルであったその存在は当初からの懸念事項であり、はじめから決起前に処理される手筈であった。そこでこの計画の鍵になる機体とグローレンを第十四独立艦隊へと横流しさせるために運用試験が偽装され、ネオ・ジオン残党までもを利用した茶番が繰り広げられたのである。

 その際に、グローレンの素性は実働要員には公開されておらず、彼らはあくまで〈シルフレイ〉のテスト用のモルモットとして扱っていた。それ故に計画になかった、グローレンへの負担を無視した運用を強要した為に、粛清の時期が早められたのであった。

 結果として想定される事態の範囲内で進められていた計画だったが、完遂される直前に、運悪くも頭の切れる人間によって妨害された形となった。その一方で、当然そのような妨害もある程度は見越して計画は準備されていたために、未だ二ーゼス陣営には余裕の空気が流れていたのであった。

「それはそうと、次の戦闘で〈例のユニット〉を使用したいんですけれど、最終調整を手伝って頂けませんか?どうやら本隊の技術屋達では手に余るようで」

 思い出した様にラキアが口にした時点で、グローレンは一種の覚悟を決めていた。正確に言えば彼がこの部屋に入ってきた時点でその目的はおおよそ検討がついていたのだったが。

「〈フレア・インレ〉を使うつもりか?」

「流石ですね、プロフェッサー。その通りです」

「許可できん。〈シルフレイ〉が無き今、コアユニットに使えるのは〈バーザム〉だけだが、〈シルフレイ〉が無くては〈フレア・インレ〉を手懐ける事は出来ん。仮に出来てたとしても、それではお前の身体がもたんぞ」

 〈フレア・インレ〉。TRX計画が生んだ最終兵器。それを扱う為にこそ、〈シルフレイ〉の確保が必要であることはラキアも知っているはずだった。事実、その言葉を聞いたラキアは知っていると言わんばかりの笑みを浮かべた。

「しかし、何事も試運転が必要でしょう?〈シルフレイ〉が揃ってから〈フレア・インレ〉が動かないとなったら貴方だって困るはずだ」

 グローレンの反論を予測していたのか、ラキアは準備していたかのようにまくし立てる。

「だが、お前にいなくなられるよりは……」と言いかけたグローレンを制するようにラキアは「私がどうなろうと知りませんよ。代わりはいくらでもいるんですから」と吐き捨て、要件は済んだとばかりに踵を返す。

 そんなことは無い。お前はお前しかいない。代わりなどいるものか。そんな言葉が胸中に浮かんだが、グローレンはそれを声として発する前に、ラキアは部屋の扉を開けていた。

「ドクターの許可が降りたらすぐにハンガーに来てください。メカニック達が喜びますよ」

 そう言い残して扉を潜ったラキアの背中にグローレンは何も言うことは出来なかった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……そんな、そしたら、ラキアもティターンズに作られた強化人間だったて言うんですか!?」

 同じ頃、〈アルストロメリア〉のブリーフィングルームに集められたイオリ、クリスティーナ、ファムとルイーズ達はターツァの口から彼が知る限りのことの経緯を聞かされていた。それらの話は殆ど正確で、ターツァの情報能力の高さを知ることが出来たが、お互いに素性を語ることのなかった事からイオリはターツァへの信頼が根底から揺らぐのを感じていた。しかし、同時に艦や隊の空気を考えて行動していたリーダーらしさに妙な感心も綯い交ぜになり、イオリはそこで考えるのをやめた。

 乗りかかった船である上に、イオリにはラキアの行動に追従する気は当然のように無かった。

「なるほどな。〈シルフレイ〉を動かしていたのがあの男だったことも納得が行く。しかし、それはつまり……」

「ああ、恐らく君の探している人間はもう既に……」

 二人の会話に、イオリは〈レオントキール〉の中でファムと交わした話を思い出した。

『探している人がいる』

 ファムの出自と今回の一件に根幹から関与している男グローレン。そして、ファムが探している少女『マユ』。

 ターツァはファムがマユを探していることを知っていて、グローレンやファムの経歴にまで関知が及んでいる。いったい、ターツァは何者なのか。一度封じ込めた不信感が再び首をもたげるのを感じながら、その思考を消す様にファムに対して感じる妙な感覚について考えるようにした。

「ファム中尉、機付長がお呼びです。そちらの方々を連れて格納庫に来て欲しいそうで」

 不意に姿を見せた下士官がファムへ伝える声に遮られ、再びイオリは意識を戻した。

「ふむ。との事だが、構わないかな?」

 ファムに視線を向けられたターツァは無言で頷き、手すりに引っ掛けておいたヘルメットに手を伸ばした。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「泳がせておけ、こちらの準備も万端ではないのだ」

 画面越しに〈アルストロメリア〉への対応を訊ねたラキアを、ニーゼス・アリューゼはそう切り捨てた。

『しかし、向こうには〈シルフレイ〉の手綱を握りうる人物がいます。静観すべき事案ではないと考えます』

 尚も食い下がるラキアに「早計だな」とニーゼスは冷たい言葉を吐いた。

「窮鼠猫を噛む、と言う。脅威になりうるのであれば、その隙すら与えずに一気に潰せ。いくらモルモットとは言えども、私が教えた兵法ぐらい覚えているだろう?」

 無線を隔てて尚も鋭さを失わない声と視線がラキアを貫く。手元のコンソールモニターに映るデータをモニターに見えるように動かしながらニーゼスは続ける。

「そして、君は猫ではなく、兎になる」

『……はっ』

 しばしの間を置いて帰ってきた返事を最後にニーゼスは通信を切断した。ドゴス・ギア級改〈ジャミトフ〉の指揮座に腰を据えた二ーゼスは深く息をつく。

 ドゴス・ギア級大型戦艦を元に、次世代に向けた新機軸のモビルスーツ運用艦を開発するという構想によって建造された〈ジャミトフ〉は原型の艦に比べ、サイズダウンこそされているものの、モビルスーツの運用能力と火力はドゴス・ギア級と同じ水準とされ、将来的には〈ゼネラル・レビル〉と艦隊を編成する予定である大型艦である。その試験艦である〈ジャミトフ〉はニーゼスの思惑によって第14独立艦隊に運用試験という名目で配備されていた。

 そして、その〈ジャミトフ〉に乗る二ーゼスはラキア達が乗る〈ダフニー〉、〈ナーシセス〉の後方に陣取り、戦場を眺めていた。

「デヴォンへの定時連絡は?」

 指揮座の後ろに控えていた部下に声を投げる。

「抜かりなく。“当初の計画”通りの報告をしてあります」

「それでいい。〈繭〉が向こうの手に渡ったのは計算違いだったが、今からでも巻き返せる範囲の誤差だ。この計画は全て我が手中にあると言っても過言ではない」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 轟沈した〈レオントキール〉の予定していた航路通りにサイド1方面への航路を取るムサカ級〈アルストロメリア〉の格納庫は、他の同型艦とは異なった改造を受けていて、本来のMS搭載数が6機のところ、7機を収容してなお多少のスペースができるようになっていた。さらに艦体後方に増設のコンテナがもうけられていて、そこに哨戒用のアイザック小隊が収容されていた。

 その反面、格納庫の拡張によって搭載できる貨物量は少なくなっていて、二個小隊のパイロット、整備班、ブリッジ詰めのクルーの食糧を積み込むのが精一杯という有様だった。さらに言えば、パイロット達の居住スペースも狭く、先の戦闘で二人を失い余裕が生まれていたとはいえ、イオリは自分達の来訪は拒絶されるものだと想定していた。ところが、格納庫へ向かう最中にすれ違う数少ないクルー達にそんな色は見えず、前を行くターツァはさて置くとして、イオリとクリスティーナは顔を見合わせていた。

 というのも、〈アルストロメリア〉に着艦する直前、にイオリとクリスティーナは一連の騒動についてお互いの考えと立場を共有していた。ファムから言われた「いざと言う時は自分に従え」という言葉が頭から離れなかったイオリは、こっそりと無線機をクリスティーナに託していたのだ。機体についている無線機でも秘匿通信はできるが、ターツァが隊長権限を持っている事や時折謎めいた行動を見せる事から念のために準備したものだった。

 さらに言えば、二人は各MSに備えられていた自動拳銃を隠し持っているのだが、ボディーチェックされる様子も一切なかった。

 泳がせているだけとも取れるが、ファムたちも、ターツァさんもその行動の真意がまだ見極められておらず、イオリには真相を推し量ることは出来なかった。

「おーい、姐さん!こっちっす!」

 格納庫へ通じる重いエアロックの扉をくぐると、ノーマルスーツの上半身を着崩し、左腕にギプスを嵌めたラフな格好の男が手を振っていた。その前には白髪が混ざった、幾分か歳を重ねていそうな、それでいて背筋の伸びた、作業服の屈強な男が手に持ったバインダーを睨んでいる。

「ルイーズ、怪我の調子は?」

 床を蹴って、その二人に近づくファム。白髪の男からバインダーを受け取りながらルイーズと呼んだ男の腕を小突く。

「へへ、大したことは無いですよ。ってて……」

 その相貌に似合わず、にかーと無邪気な笑みを浮かべたルイーズは白髪の男をファムに任せて、器用に身を捻ってイオリ達の目の前へ流れてきた。

「ありがとうございます。うちの姐さん、真面目すぎてたまにあるんですよ、ああいう事」

 そういうなり、ルイーズはターツァ達3人に深々と頭を下げた。

「いや、こちらこそありがとう。我々のような君達の敵を快く受け入れてくれて」

 ターツァはルイーズが差し出した右手を握る。

「まあ、うちはネオ・ジオンの中でも異端中の異端、“やむなく”ネオ・ジオンに与している人間の拠り所でね。その中でもカリスマなんですよ、あの人は。あなた方が銃口を向けるまでは信頼する、それが姐さんの意向なんで」

 しかし、そう返したルイーズの言葉は「なんですって?」と格納庫に響いたファムの声に遮られた。

「それは認められない。ジオンの機体を彼らに使わせられないし、錦の御旗としての役割が私にある事も承知ではあるが……。アレに乗るのは、乗れるのは私だけしかいないッ!」

 咄嗟にターツァが声を荒らげたファムと圧倒される白髪の男の間に入ったが、それをかき分けてでもファムは白髪の男に詰め寄った。

「あの機体は私とマユを繋ぐ唯一の……!」

 乾いた鋭い音がファムの声を遮った。正確にはターツァが平手でファムの頬を張ったのだ。その衝撃でファムは口を噤む。

「ターツァさん!?やりすぎですよ……!」

 ここはジオンの艦の中、そしてファムはそこのカリスマだという話を先程聞いたばかり。そんな状況でファムに対して手を上げるなんて行為は自殺するに等しいものであった。しかし、ファムの反応は思いの外に冷静なものだった。

「いや……いいんだ。私が冷静さを欠いたのが悪い。すまない、ネルソン整備長」

 頬を擦りながらファムは息を吐く。

 一呼吸おいてから、「しかし、戦力は少しでも多いほうがいい。私の〈ジャ・ズール〉ならアームレイカータイプだが、誰でも、それこそ連邦の人間でも使えるはずだ」と改めてターツァと白髪の男、ネルソン整備長へ顔を向けた。

「君の言っていることも、君の気持ちもわかる。だが、それ以前に『君』という人物が〈ジャ・ズール〉という機体に乗る事に大きな意味がある、という事を君は弁えるべきだ。君の〈ジャ・ズール〉は、アクシズ時代の“騎士”専用機の流れを汲むMSだ。それに乗るのは、乗れる資格があるのは、この中で君しかいないのだよ」

「しかし……!」

 兵力の乏しいジオン残党軍は、連邦軍以上に象徴的な存在が必要とされている。例えばかつてのシャアのようなエース。あるいはデラーズのような信頼の厚い指揮官。そしてその両方の素質を持ったハマーン。

 彼らのように歴史に名前を残す程ではなくとも、各戦術単位を率いるのにもそれなりのカリスマ性が必要になる、というのは容易に想像がついた。この所帯の中ではファムがその役割を担っていた。

「それに、だ」

 ネルソンの説得に付け加えるようにターツァが口を開いた。

「戦力の心配はいらない。〈シルフレイ〉の認証はイオリでも解除できるからな」

「なに……?」

「……??」

 唐突に会話の中で名前が出されたイオリは目を白黒させる。ファムや彼女の探していた妹分たちのために開発されたようなあの機体の認証を、開発に携わったグローレンならまだしも、普通の人間であるイオリが外すことなど不可能なはずであった。

「まあ、とにかくやってみればわかるさ」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 プンツォリン基地へと到着してすぐに、デヴォンにはニーゼスからの通達が書面で告げられた。

「まったく……」

 その文書には、デヴォンの腹心による報告にあった細かい情報が一切なく、「全て順調」という事だけが記されていた。既にこちらが内情を知っていると勘づいた上での報告なのか、それともただ単にデヴォンを見くびった行動なのか。本心は不明だが、いずれにせよニーゼスのデヴォンへの心中に良心はなく、前者であれば「裏切るならば好きにしろ」、後者であれば「後方の貴様に伝えることなどない」という事だろう。

「なら、好きにさせてもらいますよ」

 呟くと、デヴォンは愛用の液晶タブレットを取り出す。ロックを外して開かれた画面から呼び出したのはよく使う連絡先が網羅されたアドレス帳。その中の一つ、ヘルメス商会と表示された項目を開く。

 続いて浮かぶウインドウにパスワードを入力すると、出てくるのは“互助会”と記された連絡先の羅列だった。

 一年戦争以来、正しくはそれよりはるか昔旧世紀から続く“互助会”と呼ばれる組織。起源をユダヤ系の秘密結社に持つこの組織は、世界中に一定数の構成員を抱え、人類史をデザインする権力の一つとして大成してきた。旧世紀における大戦では連合国と枢軸国の両者に伸びるパイプを用いて、戦後社会を形作ったとも言われている。宇宙世紀と呼ばれる、国家や人種の枠組みが取り払われたこの時代において、“互助会”は既に過去の遺物であったが、悲しくも繰り返された戦争、一年戦争において枠組みを無視した影響力は再び注目されることになった。世界の流れを変えることは出来ずとも、未来に「スペースノイド」あるいは「ニュータイプ」という人類の希望、可能性を残すために活動を行ってきたのである。

 デヴォン自身も連邦軍所属の役人ながらその活動の一端を担っていた。また、その一方でニーゼス達のようなスペースノイドの敵となるティターンズ残党への便宜も図っている。“互助会”ともニーゼス達とも違うとある目的の為に行ってきた活動も正念場に至ったという頃合か。

 “互助会”を代表して〈ティターンズ残党〉に忍ばせた間者は先の通達以降音信不通。恐らくはニーゼスの差し金で口を封じられたのだろう。〈レオントキール〉に出向いていた者達もラキアによって艦ごと消し去られている。

 ふと、視線を外に投げれば、基地内を流れる川の流れが目に入る。地球の中だけでは飽き足らずに宇宙空間にすらも人工的な構造物を持つ人間だったが、自然の持つ独特の魅力に魅せられるのはやはり生き物としての性なのか。

 若くして“互助会”の一員として名を連ね、宇宙世紀一〇〇年の節目を見据えた歴史のデザインの一部に関わってきたデヴォンだったが、或いはその歴史もこの川のように流れるべくして流れているものなのではないかという漠然とした喪失感を覚えていた。ニーゼス、デヴォンが謀を巡らす事すらも、歴史や時代がそのようになるべくしてなる様に導いているのではないかという気にすらなってくる。

 しかし、いずれにせよ今は“互助会”の立場である以上は私情での介入は出来ない。それどころか、下手に騒ぎを大きくして他の人間に勘づかれでもすれば、その後に為さねばならない“大義”にも影響を及ぼしかねない。

「今は“互助会”の手足に徹するしかない、か」

 液晶パネルに表示されたうちの一つの項目に触れると、画面は通話の待機画面に変化する。程なくして『私だ』という高圧的な女性の応答。

「デヴォンだ。シャトルを手配してほしい」

 それから少しの問答の末に要求の手配が整うと、デヴォンは先の出張で使用した鞄とは別のカバンに荷物を詰め始める。

 机の上に放置された端末の画面には地球を中心とした地球圏の概略図が写し出されていた。その中でL4の表示がある点が赤く点滅している。ラグランジュ4、サイド6。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

(Security Code accept……)

 〈シルフレイ〉のコクピットに座ったイオリは、解析されたセキュリティコードを打ち込む。コンソールを叩く音がやけに大きく聞こえ、ターツァをはじめとしたハンガーに集まる人々に緊張が走るのがわかる。

(Retina authentication will be performed……)

 網膜認証を指示する電子音に促され、イオリは辺りを見回す。

「メインモニターの上だ」

 下から響くターツァの声で上を向くと、赤いライトを灯す小型のカメラともセンサーともつかない装置が目に入る。

 恐る恐る、そのライトの元に眼を見開いた顔を差し出すと、小さな機械の動作音と続く小気味良い電子音が認証をクリアしたことを告げた。

「すごい、本当に動いた……」

 甲高い起動音と、自動的に操縦ポジションに変形し出した操縦席に感嘆の声を漏らすイオリ。

 コクピットハッチが閉まると、セミ全天周囲モニターが起動、周囲の様子が写し出される。

(イオリ、聴こえるか?コマンドモジュールから操作系が連邦軍のプリセットになっているか確認してくれ)

 機体外の集音マイクも高性能で、ターツァの呼びかけも機械類の轟音にかき消されることなくコクピット内に届いていた。

「えーっと、コマンドモジュール……」

 〈シルフレイ〉は自分が普段使っていた〈リゼル〉と同じく連邦軍の機体だが、ベースになっている機体が旧式の〈ギャプラン〉である為かOSは異なるものを使用していた。ユニバーサル規格に則ったオープンソースを使用している為、戸惑いながらも辛うじて思い通りに操作することが出来ていた。しかし、イオリは妙な既視感を覚えていた。

 どんなに思い出してもこのタイプのOSの機体に乗ったことは無い。訓練所時代、新兵訓練の実地研修、そして今の配属先。イオリはモビルスーツに詳しいわけではなかったが、少なくとも自分が乗ったことのある機体ぐらいは把握していた。

(どうした?そのOS、慣れないのか?)

 外からのターツァの声で我に返る。そうだ、今はこの機体の動作設定を済ませることが先だ。

「ごめんなさい、確認できました」

 慌てて返事をすると(そうか、ならいい)とターツァの訝しげな声が帰ってくる。

(あとは、俺の機体にリンクされている以前の戦闘データを登録するだけだ。降りてきていいぞ)

 どうやら、普通は専属の整備士が必要なパイロット毎の癖に合わせた調整も、搭載された人工知能が行ってくれるらしい。今後正式採用されるものの試験が行われていたようだ。

 ターツァに促されてイオリは手元のコンソールに指を走らせる。

 未だにイオリが〈シルフレイ〉の認証をパスできたのかの理由は判別としないが、これから強まるであろう追っ手からの攻勢を考えると、戦力が増える事は純粋に喜ばしい事だった。

 

 

 〈シルフレイ〉の認証が終わってしばらくすると、野次馬が集まっていたモビルスーツハンガー内に確認できる人影は恒常の機付の整備士たちだけになっていた。

 そんなハンガーの片隅に集まっていたのはターツァ以下3名と、ファム、艦長のサンダーク。

「ターツァ殿、この度はファム中尉を助けていただきありがとうございます」

 集まるなり、いきなり頭を垂れたのはサンダークだった。先程のルイーズといい、如何にファムがこの所帯の求心力であるかが伺えた。

「しかし、このままサイド1〈ロンデニオン〉に向かうと言うのは、ネオ・ジオンの艦である〈アルストロメリア〉には荷が重い」

 地球圏ではテロリストの烙印を押されているネオ・ジオン、あるいはジオン残党。〈ロンデニオン〉はロンド・ベルの拠点である故に、警備も生半可なものではない。無論、スイートウォーターの一件以来、ロンド・ベルの戦力も大きなダメージを受けているが、尚のこと本拠点のガードは固くなっている。

 そこにテロリストと揶揄される組織の艦が単艦で突っ込めば、彼我戦力差を考慮することすら無意味なのは明確だった。

「ええ、それは私も承知です。ですから我々がサイド1に航路をとっているのはあくまでもポーズにすぎません。連中はロンド・ベルに類ずる外郭組織だとはいえ、今回の騒動は全て二ーゼスの独断であるのは明白です。あれは全体の意思ではない、そうであるはずがない。我々をサイド6に誘導したことがそれの証明だ」

「だが、その実情をサイド1の人間……ロンド・ベルの人間は把握出来ているんです?見せかけのつもりで、勘違いした外野に撃ち落とされるなんて冗談はやめて欲しいのだが」

「問題ないはずだ。このままサイド1に向けて航路をとっていれば、かならず二ーゼスは我々を潰そうとする。なぜなら、彼自身が本部にこの状況を知られることを良しとしないからだ。それを迎撃している間に、進路を変更、サイド6に向かって欲しい。もし、その前に本隊からの接触があれば、私のパスでこちらの話が通るようになっている」

 本当なら、〈レオントキール〉の正統な連邦軍の識別コードを使ってサイド1にレーザー通信なり連絡を取るのがベストだったが、現在位置とサイド1との間に存在する暗礁宙域がそれを邪魔していた。

 その事は〈レオントキール〉艦長のヴァッフにだけは伝えていたものの、二ーゼス一派の間者が相当数いる状況でこちらの手の内をすべて明かすわけには行かなかった。その点で言えば、自分たち以外に連邦軍の息がかかっているものが居ないこの環境は、これからの行動に置いては完璧と言えた。

「しかし、解せませんな。その二ーゼスとやらは何を企んでいるのか。連邦に反旗を翻して転覆させるでもなく、ただいたずらに引っ掻き回してるだけのようにみえる。回収した〈シルフレイ〉を手元に置く事が目的だとしても、いずれ騒動が公になればいくら情報操作してもただでも済まないだろうし、そもそもその犠牲を払う理由が〈シルフレイ〉にあるのか?」

 単に個人的に気になる、という風を装う言葉だったが、ひたとターツァに注がれる視線は明らかに鋭く、隠していることがあるのでは、という詰問の意味を暗に含んでいた。「それは……」と口を開きかけたターツァは「私が説明する」という予想外の声に制されていた。

「……ファム中尉」

「端的に言えば、連中の目的は〈シルフレイ〉ではなく搭載しているプログラム、[Bunny's-II]だ」

「ますます分からないな。たかだかモビルスーツのプログラムの為にここまで……」

「違う!このプログラムは……」

 不意に言葉を荒らげたファムはそこで言葉を切った。

 それを一瞥したターツァは「人の死を以て完成するプログラムなんだ」と続けた。

 予想外の言葉に絶句する一同だったが、悔しそうに俯くファムの様子から、それが出鱈目や妄言の類ではなく、事実である事を察した。

「強化人間の魂を吸い取り、それを持って完成するプログラム。その発端は当時開発されていた三号OS。そのOSも強化人間の死を持って完成するものだったが、偶然起きたその事象を意図的に再現して構築されたのがBunny's-Ⅱ……」

 しばしの沈黙。艦の機関音とMSの整備に使う重機の立てる鈍い音だけが場を支配していた。

 ややあってずっと口をつぐんでいたクリスティーナが「そんなのって……強化人間をわざと殺して、それで完成するって……狂ってる……」と漏らした声に一同は顔を上げた。

 “狂っている”。戦乱の世界の中で、人間の内なる醜さが露呈し、そしてそれが誰しもが持ち得るものだということは、ジオンのコロニー落としに始まり、連邦の条約違反の核開発、ティターンズの悪行、シャアのアクシズ落としとこの数年の間において立て続けに起きた凶行の中で誰しもが悟っていた事だった。

 だが、その中で人類は人類に失望しきれてはいない。なぜなら、自らがその狂っている一部だと気付いているからだ。その自らが犯したさらなる凶行を知りながらも、自分は違うと信じ、他人の狂気を“狂っている”と断じる。だが、その行為自体すらも正常ではなく“狂っている”世界を構成している事から目を背けている。否定してもそれが変わることは無い。自らの狂行で自らの首を絞め、それから逃れるためにさらなる狂行に走る。旧世紀から続く人類の負の連鎖は、そのステージを持て余す広さを持つ宇宙に広げてもなおも留まることは無かったのである。

「ああ、狂っている」

 ひどく低く、そして小さい声でターツァは頷いた。そして、思いつめた重々しい視線をゆっくりと上げると「いや、正確には狂っていたんだ、俺自身も。だから俺は、私はケジメをつけなくてはいけない」と、嘆息とともに吐き出した。

 それは自分自身を殺し、決められた役割に縛り付けるような呪詛の言葉だった。

「待て、ターツァ。まだそれは……」

 その様子に何かを察したファムは、実際には何を言おうとしているのかをその能力で感じ取り、ターツァを制しようと顔を上げたが、そこから先はターツァの手によって遮られ、続く言葉が出ることは無かった。

「クリスティーナ、イオリ。そして、成り行きとはいえこの件に関わることになってしまったこの艦の人にも知る権利がある。

 全ては今から14年前、人類史上最悪の戦禍が過ぎ去った時から始まった―」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 地球と月の重力が均衡するラグランジュ・ポイント。その中の一つ、L4にはコロニー群サイド2とサイド6が設置されている。サイド2は一年戦争で壊滅、その後復興、サイド6は再編によって新サイド5と改められているなど、ここも例外ではなく宇宙世紀における戦禍の影響を受けた場所の一つである。

 遠い過去に読んだ資料の情報を思い出しながら、デヴォンは分厚い強化プラスチックの窓の外を眺めた。

 地球を発って半日。幸いにもL4宙域までほぼ最短でアプローチできるタイミングだったということもあり、このまま行けば明後日には目的地に到着するという算段だった。

 前回の定時報告以来、3度の規定時刻を迎えているがニーゼスとの連絡は一向に途絶えており、いよいよニーゼスは事を起こす時期に至ったと見える。最後の定時報告の観測位置からして目的地への到着は先回りできそうではあったが、自分自身もニーゼスと同じように腹に一物を抱えているという後ろめたさが、柄にもなくデヴォンに焦燥感を覚えさせていた。

 目的地はL4ジャンクション。

 月と地球の重力均衡地点の目印として宇宙航海の灯台になるように各ラグランジュ・ポイントに建設されてしばらくが経つ。いまでこそ自身の座標が正確にわかるように技術が発展しているものの、宇宙航海時代初期から存在するその建造物は一種のモニュメントとして多くの人々に親しまれてきた。

 しかして、その建造物の中に足を踏み入れたことのある人間は多くいない。更に、現在L4ジャンクションには当初は存在しなかった物体が係留されている。

 サイド6〈ネビロス〉の残骸。サイド6の15バンチコロニー〈ネビロス〉に極秘で建造されたニュータイプ研究所の遺構がそのポイントに繋ぎとめられていた。

 地球の反対側に係留されたそれは、地球上からは当然見えず、主航路の裏側である為に人の目に触れることは無かった。仮に見つかったとしてもデブリが流れ着いただけにしか見えないそれを訝しがる道理もなかったが。

 ティターンズ残党が最後の希望を残した〈ネビロス〉。必ずそこにある“それ”をニーゼス達は回収しに来るだろう。最悪の場合〈シルフレイ〉はくれてやっても構わなかった。後に破壊すればいいだけの話であるからだ。だが、〈ネビロス〉に眠る“それ”だけは何があってもニーゼスの手に落ちることは許されない。これはデヴォンの“大義”の為でもあり、そもそも“互助会”としてもそれを許すはずがなかった。

 一度ニーゼスの手に渡ればその後の処遇の点で“互助会”とデヴォンの間で食い違いが生じる恐れがあった。“互助会”にとってはL4に眠る“それ”は後の歴史に残す必要がなく、危険と判断すれば連邦の大部隊を動かして“それ”を破壊する算段を立てるはずだった。デヴォンが“互助会”に無断で宙に上がったのはそれ故の行動である。デヴォンの“大義”の為にも“それ”は存在していなければならなかった。

 戻れないところまで来た。それは実験部隊のクラップ級を沈めた時に既に覚悟していたはずのことだった。だが、これによっていよいよ自分は“互助会”との縁も切れようかという段階に差し掛かって、自分の足元が瓦解していく錯覚を覚えたのである。今まではその盤石の地盤が自分の首を絞めているようにさえ感じていたのに、それが失われる時になって初めて自分自身に不安を抱きはじめていたのだ。

「全ては“大義”のためだ」

 デヴォンは自身にそう言い聞かせるしか無かった。もう振り返ることは出来ない。人類の行く末のために、“大義”という名の狂気を自分の手で実現しなければならない。

 その決意を載せてシャトルは常闇を走る。一人の男の逡巡なぞ知らぬげに、地球は無二の輝きをもってそれを見送っていた。

 

つづく




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