機動戦士ガンダム UC.0094 -巨人の末裔-   作:一一人

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注意!
オリジナル機体や独自解釈を含む小説です。原作と矛盾する点などがある場合があります。その旨をご承知ください。
また、この回は本編への導入部分としてプロットに書いたものです。今後投稿する本編の進行によって加筆修正がなされる場合があります。


第零話 「胎動」

  ほとんどの書類に目を通し終わったあと、グレッグ・ホーキンスは大きな伸びをした。細かい事務作業をしているとどうも肩がこる。宇宙ではさほど酷くなかった持病の肩こりも、1G下、コロニーではなく本当の地球の重力下では特に酷かった。

「おつかれさん。もうあがっていいわよ」

  通りすがりに肩を叩くのは、ルーシー・ワトソン。ブロンドの髪が特徴の、連邦軍地上監査隊の敏腕監査員だ。

  今二人がいるのは、旧アジアのとある連邦軍基地。かつてティターンズが拠点としていた施設の一つだ。多くの装備や資料が持ち出されているが、“例の計画”関連だけは何故かここに残されていた。

「この仕事も、もう終わりですね。あとはアナハイムが引き継ぐみたいですし」

「あら、そうでもないわよ?」

  ルーシーは意味ありげにそう呟くと、手際よく壁際に設置されていた端末を操作する。

「先輩?」

  幾重にも施されたセキュリティロックを解除すると、そのデバイスがあった壁自体が、大きな音をたてて扉のように開いた。すでに錆が回っているのか、耳につく金属音をあげる。

  ルーシーはその扉の向こうに続く通路を進む。置き去りにされたくはないので、グレッグもその後に続いた。

 

  はたして、二人が辿りついたのは格納庫の一角だった。他のブロックからは入れないようになっている、非常に巧妙に隠された場所だった。

「先輩、これは……」

  そこにあったのは、宇宙世紀に生きる人間ならば誰もが一度は聞いたことがある、伝説的な名前をもつモビルスーツ。

「ええ、〈ガンダム〉よ」

  二つの角に、二つの目。連邦機らしい角張ったシルエット。それは紛うことなき〈ガンダム〉だった。連邦軍が作り上げたモビルスーツだ。勿論、ここにあるのはRX-78そのものではない。限りなくそれに近い意匠を含んだ別の機体だった。

「RX-178ガンダムTR-0〈アダムス〉。TR計画の始祖でありながらにして、計画から外れた番外機」

「こんなものが……」

  感慨深げに見上げるルーシーの横顔に、グレッグは一つの疑問が浮かんだ。

「……ところで先輩、なぜこの事を……?」

  ニヤリ、ルーシーはそう形容するのがふさわしい不気味な笑みを浮かべた。グレッグはルーシーとミドル・スクールからの付き合いだったが、ルーシーのこの様な表情を見たことは無かった。

  ……いや、それは間違いだ。

  UC.0084年頃に、ルーシーは一時期行方知れずになった事があった。もちろん、無事に帰ってきたのだが、ルーシーはその時のことを一切語ろうとしなかった。それ以降、ふとした瞬間に今までに見せなかったような表情をすることがあったのだ。

  もしかすると……。グレッグは一抹の不安を覚えた。そして、直後にそれが正解であることを悟った。

「先輩……」

「動かないで。じっとしていれば危害は加えないわ」

  後頭部に突きつけられた冷たい鉄の口が全てを物語っていた。

「あの時、なにがあったんですか」

「なにも」

「嘘だ」

「嘘よ」

  耳が痛くなるほどの沈黙が襲う。

「目的だけは、教えていただけませんか?」

「そうね……」

「強いて言うなら、ティターンズの再興」

  やはりか。グレッグは逸る気持ちの中で妙に納得していた自分の思考に驚いた。同時にルーシーというかけがえの無い先輩を止めないといけない、という使命感に駆られた。

「それは、あなた個人の目的ですか?それとも……」

  すこしでも隙を見つけるために咄嗟の質問を口にする。無限にも感じる時間の中で、実際に行動に使える時間は非常に限られていた。そして、その糸口は一度見失ってしまえば二度と現れないことも心得ていた。

「愚問ね、後者よ。もしかすると同志は貴方の傍にもっといるかもしれないわ」

  グレッグに、その返答がどこまで信憑性に足るものか判別はつかなかった。ティターンズは連邦の恥ずべき汚点として、とうの昔に関係者の殆どが何らかの処罰を受けていたからだ。しかし、先のジオンがそうだったように逃げ延びたものがいたことも承知している故に、特段その手の話に詳しいという訳では無いグレッグには、明確な判断をする事が出来なかったのだ。

  だが、それを真実ととってもブラフととっても、今の状況下においてその事実が表面化する可能性は限りなく低いと考えられた。多かれ少なかれ血を流す事態になったとしても、今の自分のように個々の行動の巻き添えが犠牲になるだけで、本部が本腰を入れれば一瞬で摘み取ることが出来る芽でしかない。

  一瞬のうちにそれだけの思考を巡らせたグレッグが次に見たのは、ルーシーが〈ガンダム〉に向けて駆け出した後ろ姿だった。

「待ってくれ!先輩!」

  声の限り叫ぶが、当たり前だがルーシーは振り返らなかった。

  ルーシーはコクピットから垂らされた昇降用のワイヤーに足をかけて上昇する間にもグレッグに銃口を向けていた。仮に逆らって動き、発砲されても当たる距離ではないのは明らかだったが、グレッグはそれをしなかった。

  理由は本人にもわからなかった。そうしたところで止められないという一種の諦念か、あるいはルーシーへの恋愛感情か。

  ルーシーがコクピットハッチの向こうへ消えるとすぐに〈ガンダム〉特有のツインアイに明かりがついた。だが、〈アダムス〉はそこから動くことは無かった。

 代わりに、グレッグが見守る中で〈アダムス〉は大きな爆炎をあげた。自爆だった。

 

 呆気に取られる暇すらなく、目の前にいたグレッグは爆風で吹き飛ばされていた。

 辛うじて息を続けていたが、生きている方が逆におかしいほどの火傷を受けた上、吹き飛ばされた衝撃で内臓や骨にも深刻なダメージを負っている。グレッグ自身、生き延びるつもりはなかった。

  程なくして、衝撃と熱で脆くなった施設はどこからとも無く自壊した。瓦礫が降り注ぐ中、グレッグは伸ばした手の力を失った。薄く開かれた瞳から光が消え、細くなった息を止めた。

 

 

  数日後、地球圏の新聞にこの事故の記事が載ることになる。もっとも情報局の横槍が入り、大した情報は載せられてはいなかったのだが。

「あらかじめ細工をしておくとはね。よくバレずに済んだもんだ」

  その記事に目を通した男はコーヒーを啜りながら呟いた。ゆったりとした椅子に身を投げた細身の男は、目にかかったボサボサの茶髪をかきあげ、机に置かれていた眼鏡をかけながら手元のモニターに視線を向ける。

「マユ・フックシューズ、ねぇ……」

 映された白髪白眼の少年とも少女ともとれない子供の写真を一瞥すると、画面をスクロールさせ、今度はMSが表示されたページを開く。

 TR-Vと記されたその機体の下にもマユの名前が見受けられる。

「ひとまずは彼らに任せるしかないか……」

 男は部屋の入口に立っていた女、ルーシーに声をかける。

「……」

 無言で頷いた彼女はそれだけを返事にし、部屋をあとにした。それを見送った男はため息混じりの笑みを浮かべ、反対に窓の外へ視線を投げた。そこには高い空と果てしなく広がる南の海だけがあるのみである。

「さて、神はどちらへ笑うかな」

 その呟きに答える者はいない。




この度は本作を読んでいただきありがとうございます。
本当は本編ができた後に投稿する予定だったのですが、あまりにも本編が進まないので、自分に発破かける意味で投稿しました。こんな感じの世界観で進めてまいりますので、どうかお付き合い下さい……。

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