紫煙を薫らす   作:柴猫侍

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二十五話

 

 すっかり日も暮れた酉の刻。朽木邸の庭園からは、辺りに良く響く鹿威しの音が鳴り響いてくる。水がせせらぐ音というものは人の心を落ち着かせてくれるものだ。

 今から話すことを鑑みれば、人々も眠りにつき、心安らぐ音色が響き渡るこの時間帯が相応しいのだろう。

 

 紫音は、銀嶺に呼び出されていた。

 

 わざわざ彼の方から呼び出してくることなど滅多にない為、よほどの吉報か、またはその逆か。

 しかし銀嶺の性格を鑑みるに当たり、前者はあり得ない。

 見合いなどであれば話は別になるだろうが、それでも結婚を急ぐような歳でもないだろう。

 正座で佇む銀嶺を前にした白哉は、その厳かな雰囲気を身に纏う彼の痛い程の視線から気を逸らすべく、そのようなことを考えていた。

 

「……入れ知恵したのは、お主か?」

「はて、何のことでしょうか」

 

 静かながらも、紫音を問い詰めるかのような厳しい口調。

 気を抜いてしまえばビクリと肩を揺らしそうになるほどの声色であるが、敢て紫音は平静を装った。いや、ここで平静を装える程度の余裕がなければ、これから始まるであろう問答には耐えられぬであろう。

 呆けてはみたが、銀嶺の問いが何を意味しているのかは一瞬で理解できた。

 その答えを示すかのごとく、銀嶺は腕を組みながらフンと鼻で溜め息を吐いてから口を開く。

 

「流魂街の者と白哉が結婚するように差し向けたのは、お主かと訊いておるのだ」

「成程。そのことについてですか。私の義理の妹に、なにか差支えがございましたでしょうか?」

「……余り戯けたことは抜かすな」

「ほう、戯けたこととは一体?」

 

 まるで義憤を覚えているかのような言い草だ。

 尤も、貴族の当主としては元より紫音が緋真を養女として家に迎え入れることは受け入れがたかったのであろう。こうして面と向かって銀嶺と話すこと自体も、かなり久し振りのことだ。

 間を開けても尚、彼の威厳というものは衰えない。

 

「貴族であるならば理解しておるじゃろうに。流魂街の者の血を貴族に入れるは掟に反するぞ。それを理解しつつ、何故家に迎え入れた。あまつさえソレを白哉に娶らせようとは」

「人聞きの悪いことです。私は只、彼等の道の先に幸多からんことを願いつつ、それを後押ししたのみ」

「それがどれだけ軽薄な振る舞いであったか解らぬ程、お主も馬鹿ではなかろう」

「霊術院時代では座学は得意でしたが」

「……目上の者に対し、神経を逆撫でるような物言いは止せ」

「……畏まりました」

 

 ニヤッと不敵な笑みを浮かべる紫音だが、心中では今すぐにでもこの場から逃げ去りたい気分に駆られていた。

 白哉曰く、もうすぐ隊長を引退するらしいが、それでも尚実力は銀嶺の方が一枚上手の筈だ。そのような相手に対して、わざと神経を逆撫でるような物言いをするというのは非常に胆力が要ることであったが、こうして窘められた以上は止めた方が良いだろう。余り怒らせて、真面に会話ができなければ本末転倒だ。

 素直に頭を下げて、そのことについて謝罪すれば、銀嶺は呆れたような溜め息を吐き、それから茶を啜る。話は長くなる。今の内に喉を潤しておかねば、年も取っているのだから喉が持たなくなるだろう。

 

「……ふぅ。白哉が先日、儂に『結婚したい女性が居る』と言ってきた」

 

 事の顛末を語るように、銀嶺が一方的に話し始める。

 

「どこぞの貴族の女かと儂は思うた。しかし、どこの家の女性でも彼奴の愛した女であれば、祝福する気持ちになった。じゃが彼奴が言うに、彼奴が妻に娶りたいというのはお主が流魂街より迎え入れた女と言うではないか。成程、儂はお主と彼奴が繋がっているのだと確信したよ」

 

 瞼を閉じる銀嶺。

 彼が想っていることは一体なにやら。その瞼の裏に映す光景は如何なるものであるのか。

 

「彼奴の幸せを願うのは家族として当然のこと。じゃがのう、儂たちは貴族。ましてや瀞霊廷の貴族の模範となるべき四大貴族が一じゃぞ? その跡取りともあろう男が掟を破り、流魂街の者を娶ればどうなると思う? 朽木家の名が穢れ、貴族らの風紀が乱れることは目に見えとるじゃろう」

 

 銀嶺の言う通りだ。だが、それを押し退ける覚悟で自分達は緋真を貴族の家に迎え入れたのだ。

 例え批難されようと、愛した女を迎え入れることが叶うのであれば。

 そんな覚悟も、朽木銀嶺という男を前にすれば鉄塊を乗せられたかの如く押し潰されそうな気分になる。一言一言の重みが自分たちとは段違いだ。

 

「彼奴は昔から直情的な部分があった。今回に限りは若気の至りということで赦しておいたが……」

「―――『赦す』とは、一体なにを示しているのでしょう?」

「……何?」

「銀嶺殿の言う『赦す』という言葉に含まれる意味。是非とも教えて頂きたいのでありますが」

 

 鉄のような言葉を押しのけ、紫音が漸く口を開いた。

 今まで俯いていた顔が見上げられ、覗く眼光は一切の言い逃れを許さぬような鋭さを有している。

 

「……『諦めろ』。儂はそう言った」

「成程。緋真を伴侶にすることを諦めろと」

「うむ。妥当じゃろうに」

「では、緋真とは一度対面なさったということですな?」

「一度たりとも会うてはおらぬ」

 

 きっぱりと言い切られた。

 『顔も見たくはない』とでも言いたいのか。そう言えば、緋真が柊家の養女となってから、彼女と銀嶺が共に居る場面は一瞬たりとも見た覚えはなかった。

 つまり彼は、孫の愛した女と話そうとも、会おうともせずして、彼女のことを否定しようというのか。

 

―――沸々と、胸の奥で何かが煮え滾ってくるのを紫音は覚えた

 

 だがグっと堪える。ここで激情のままに言葉を吐いたとしても、事態は何も好転はしない。

 白哉のことだ。恐らく銀嶺に一言だけ告げられ、それでその場は引き下がったのだろう。

 口下手な彼が銀嶺を上手く言い包められる訳もない。となれば、なんとか自分が彼と義妹の為に頑張らなければならない。

 

 そもそも、以前白哉に伝えたように婚姻の手続の一つに、夫婦立ち合いの下、当主が婚姻認可状を提出せねばならないという工程があるのだ。それは四大貴族であるが故の手続。つまり、是が非でも当主である者―――銀嶺に白哉と緋真の仲を認めさせなければならない。

 しかし、それを為せるだけの話術が白哉にあるとは到底思えない。

 やはり今、この場面でしか銀嶺の彼らの恋仲を認めさせるしかないのだ。

 

「それは流石に筋が通っていないのではありませぬか? 今は柊が家の者……婚姻を認めぬにしても、一度会って断りをいれるというのが筋」

「いくらお主の義妹だとしても、流魂街の者であるということに変わりはない。儂が貴族として通すべく筋合いも持ち合わせる必要もないじゃろう」

「いえいえ、その女の兄……そして家の当主が目の前に居るのです。少々不躾では?」

「であれば、お主が行ったことはなんじゃ? 不躾、且つ軽薄な振る舞いじゃったのう」

 

 一拍の静寂。

 余りの静寂に吐き気を覚えてしまう。最早外から聞こえてくる鹿威しの音など耳には入ってこない。

 息を継ぐことさえも忘れて、銀嶺の瞳を見つめる。年老いて色彩が薄れていった瞳だ。

 

「下がれ。これ以上の問答は不要じゃ」

 

 トーンが低くなった声で銀嶺が言い放つ。

 その時、やけに心が軽くなったことを覚えた。ここから立ち去れることに対しての安心感か。それとも銀嶺が自分を見限ったような言動に対して、一種の自暴自棄のような感覚を覚えただけなのか。

 いや、違う。

 理解したのだ。

 

 

 

 

 

「―――何をそんなにも恐れているのです?」

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 思わぬ言葉に、背中を向けていた銀嶺が振り返る。

 

「何をそんなにも恐れているのかと伺っております。ましてや、会わずして相手を否定するという暴挙。とても銀嶺殿とは思えぬ焦燥ぶりに思えますが」

「戯けたことを……」

「何を恐れて目を背けようとしているのですか。家名が穢れることですか? 掟を破ることですか? それとも、白哉が悪女に誑かされているとでも? だとすればそれは心外です。緋真は貴族の妻に相応しいよくできた女だ。きっと、朽木家の名に恥じぬ振る舞いを見せてくれるでしょう」

「……儂が案じているのは朽木家の将来だ。そして、無論それは白哉の将来へと繋がる」

 

 そこまでして緋真を否定する理由は、白哉の為。

 成程、確かに理に適っている見方の一つかもしれない。死神の将来は長い。殉職を除けば、百年以上生きる者達はごまんと居る。そんな長い人生の中で、掟を破ってまで一つの恋を追い求めるような真似をしてほしくはない。それが銀嶺の言いたいことだったのだろう。

 だが、白哉に似て―――否、白哉が似たのだろう。白哉よりかは多いものの、口数が少ない銀嶺の真意を読み取るには、“深読み”と呼べるレベルまで考えなければならない。

 深読みとは、時に悲惨な勘違いを生む。故に日常生活ではできるだけしない方が良いことなのかもしれないが、紫音はここぞとばかりに“深読み”した。

 

「……成程、白哉の口数が少ないことに感けて、大した話をしていないのは理解しました。いつものことです。どうせ、背中越しで話したのでしょうに」

 

 朽木家の男に共通する事項。それは、こちらを向くように伝えなければ目も合わせずに、淡々と背中越しで語るというものだ。

 更には、その時目を瞑っていることが大抵である為、人の姿を見ようともしないという心根が露わになっていると言っても過言ではないだろう。

 

 恐らく白哉が緋真を妻に娶りたいと言った時も、仏壇に向かって瞼を閉じ、背中越しで会話をしていた筈だ。

 

「悪い癖です。銀嶺殿の父や祖父がどうだったかは知りませぬが、『背中で語る』というのは如何せん無理がありましょう。人と人が語り合う時は、確りと相手の目を見なければ」

「……何を言いたい」

「『背中で語る』というのは、口下手な父親の逃げ口上でしょうに。何故前を向こうとしないのですか? 何故相手の顔を見ようともしないのですか? 真に白哉の幸せを願うのであれば、確りと彼奴の目を見据えて窘めればよいのでは?」

 

 普段の飄々とした声色とは一変、ドスの効いた声色で畳み掛けるように言葉を並べる。

 

「『自分の父がそうだったから』と、その態度を真似て子や孫にまでそういった態度をとるのは当てつけ以外の何物でもないでしょうに」

「何を以てそう語る?」

「朽木響河とまた同じ過ちを繰り返す気か、朽木銀嶺」

「っ!」

 

 紫音が口にした名に、瞠目する銀嶺。

 かつて婿養子として迎え入れた男だ。若くして三席という立場に居り、その実力の高さ故に将来を見込まれていた男であったが、彼の力を妬む者の策略に遭い、牢獄に閉じ込められた。

 その一件を皮切りに彼は、今迄溜め込んでいた周囲の自分への嫉妬や欺瞞があるという疑心暗鬼を爆発させ、たった一人で何十人もの死傷者を出す反乱に打って出た。

 全ては、彼の心根にあった自信家という性質が起因したものだが、彼を止めることのできる立ち位置に居たのは彼の妻ともう一人―――銀嶺だった。

 

 次期当主とさえも嘱望(しょくぼう)され、過信していた彼を窘めるべく、敢て最低限にしか導く事は無かった。それが裏目に出て、最終的にはその手で自ら婿養子を殺す結果となる。

 その所為で彼の妻―――己の娘を神経衰弱で死に至らしめ、彼らの間に産まれた紫音にも充分な親の愛を注ぐことができなかったと、今でも悔やむ時があった。

 

 それを示唆されているかのようで、銀嶺は硬直する。

 真っ直ぐ射抜くかのような紫音の眼光に射止められ。

 

「私は、会談もせずに相手を否定するような軽薄な振る舞いをする朽木家当主は断じて認めぬ。是が非でも緋真と白哉を交え、会談してもらおう。是が非でもだ」

 

 恐ろしい執念を垣間見たような気がする。

 今迄、一度たりとも見たことのないような孫の瞳。

 

 孫として、祖父の態度に対する悵恨(きょうこん)

 

 兄として、妹への言い様に対する義憤。

 

 親友として、彼が真に愛した女性と共になれるようにという嘱望。

 

 これら三つが混じり合った紫音は、銀嶺程の男でさえも息を飲む形相を浮かべていた。夜である以上、大声を上げることはできないと声量は抑えたのだろう。それでもこの迫力。昼間に呼び寄せていたならば、どれだけの圧が発せられていた事か。

 

「……相分かった。時間が取れ次第、一度会談することにしよう」

「恩に着ます」

「どの口が言う」

 

 はんっ、と呆れるように鼻で笑った銀嶺は、手の所作で紫音に今居る部屋から立ち去るように伝える。

 それを見て颯爽と立ち去る紫音を見送った銀嶺は、遠い場所に離れたのを確認してから深い溜め息を吐いた。

 

「まったく……随分愛されているようじゃな、その緋真とやらは」

 

 なんとなしに呟く。

 同時に、先のあれ程までの執念深い紫音の態度に合点がいった。

 

 

 

 成程。惚れた女を蔑ろにされれば誰でも怒るだろう、と。

 

 

 

 ***

 

 

 

 五年後、朽木家祭祀殿。

 朽木家の先祖の御霊を納めた霊廟の前に祭殿を建て、そこを祭祀の場としているのだ。親族の会議、挙式、葬儀に至るまで……と、そのような場に佇んでいるのは隊長羽織を身に纏う白哉の姿。

 

 朽木白哉は、六番隊隊長に就いた。

 

 元より持ち合わせた才能に合わせ、何よりもその日々の精進を忘れない姿勢が実り、見事隊首試験にも合格して引退した銀嶺の後を継いだ。

 更には当主ともなり、以前よりも仕事に時間を割く割合も多くなった。自分の時間など二の次。

 そんな彼には献身的な支えが必要だった。故に、一人の女性が彼の身に寄り添うことが決まった。

 

 姓が『朽木』となった緋真。

 

 晴れて彼等は夫婦となったのだ。度重なる合議の下、彼女が白哉の妻になることが決定したのが二か月前。家臣の一部は最後まで流魂街の者を家に入れまいと必死であったが、銀嶺や蒼純、そして分家当主であり緋真の義兄である紫音の強い勧めで籍を入れる事となったのだ。

 が、婚姻が決定するよりも前に確認していた手続の通り、全ての手続を終わらせる為にかなりの時間を要した。

 そして今日、全ての手続を完遂したのだ。

 

 だというにも拘わらず、白哉の面持ちは神妙なものである。

 霊廟をじっと眺め、何を考えているのか。

 

「花婿がそのような顔をしているとは何事だ」

 

 ふと後ろから友の声が聞こえてくる。

 振り返れば、朱傘を差して妖しい笑みを浮かべている紫音が居るではないか。誰よりも緋真と自分の婚姻を推し進めてくれた旧友。感謝してもし切れない。なにせ彼が自分も含め、銀嶺や緋真を交えた会談を開いてくれたのだから。

 当初、結婚については否定的であった銀嶺も、実際に緋真と会ってからは考えが変わったようであり、かなりの時間は要したものの婚姻を認める形に折れてくれた。

 蒼純もなにか思うところがあったのだろうが、『息子が愛した女性であるならば』と言ってくれた為、最終的には親公認の仲となった訳だ。

 

 そうなるように取り持ってくれた紫音であるが、彼の差す朱傘の下には緋真が柔らかい笑顔を浮かべて佇んでいる。

 

「……どういう訳だ?」

「式は行わぬのだろう? だから……なあ?」

「はい……」

 

 にっこりと微笑みあう紫音と緋真。状況が呑み込めない白哉は、依然立ち尽くしたままだ。

 紫音が言う通り、白哉と緋真の婚儀については“先延ばしにする”方針が決まった。

 これは緋真の申し出である。彼女曰く、『心の底から素直に式を喜べる時が来るまで待っていてほしい』とのこと。それが何を表すのか、言わずもがな紫音と白哉の二人は理解した。

 故に、彼女の意志を尊重して式は見送ったのだが―――。

 

「なにもせぬというのも、心に区切りを入れるという意味で恰好がつかまい。だからこうして送り出しに来た」

 

 徐に朱傘を畳む紫音は、折り畳んだ朱傘の持ち手を白哉に差し出す。

 同時に緋真も白哉の下へ一歩前に出る。ゆらりと揺らめく彼女の前髪が、この時ばかりはどうしようもなく愛おしく感じられた。

 緋真と共にありたいという衝動に駆られる白哉。そんな彼を見てクスりと微笑む紫音は、緋真の背中に手を当て、柔らかく押し出す。

 

「幸せに」

「はい」

 

 それだけ。たったそれだけの言葉で、義妹を送り出す。

 それから朱傘も白哉の手に渡し、『緋真を頼む』と告げた。

 

「……だが」

「ん?」

「良かったのか? 兄は―――」

「ならば、尚のことだ」

 

 突拍子もなく重大なことを口走りそうになった白哉の言葉を遮り、紫音は彼の肩をグッと掴んだ。

 

「緋真を幸せにしろ」

 

 先程の『頼んだ』とは一変、命令するかのような強い口調だ。

 先の言葉が兄としてであれば、今の言葉は緋真を愛した男として、だろう。

 

 薄々感じていた事実。罪悪感を覚えないと言えば嘘になるが、寧ろより一層緋真を大事にしようとする気概が固まる。

 緋真の華奢な肩に手を置き、両袖に腕を入れる様に腕組みする紫音を見つめる白哉は、一瞬ばかり複雑そうな瞳を浮かべた。だが、すぐさま普段通りの真っ直ぐな瞳の色へ移り変える。

 

「相分かった」

「ふっ、其方のことだから『済まぬ……』とでも言うかと思ったぞ」

「……私を一体なんだと」

「ふ、ふふっ……!」

 

 紫音の言葉に笑いをこらえきれなくなった緋真が噴き出す。そんな彼女の姿を見た紫音も噴き出し、二人を見つめる白哉は茫然と佇む。

 そんな彼等を、ふと暖かい風が包み込んだ。同時に風に誘われた木々の葉が、一組の夫婦の門出を祝い拍手するかのようにザワザワと揺れる。

 そして木漏れ日は、彼らの行く先を明るく照らす。

 

 やがて白哉と緋真の二人は、祭祀殿の前の階段を共に下りていく。その際、日光で緋真が日焼けせぬように朱傘を差すという粋な計らいを見せた白哉に、紫音は思わず『おおっ』と感嘆の息を漏らした。

 あの白哉が女性に気を使えるとは。

 とは言うものの、結婚まで漕ぎ着けたというのだから、それくらいはしてもらわなければ困るというものだ。

 

 熱々、且つ新婚ほやほや。

 

 傍から見ればそれほど浮足立っているようには見えないが、長年連れ添った紫音であれば、彼らの高揚が目に見て取れる。

 長い階段を下りて、朱傘が赤い日の丸のようにしか見えなくなった頃、紫音は胸元に手を突っ込んで煙管を取り出す。

 

 唐突に、苦味を欲した。

 何故かと問われれば―――。

 

「甘々すぎて見ておれぬわ」

『ですね』

 

 斬魄刀の同意を得てしまうほどの光景を見届けた紫音は、いつものように紫煙を薫らすのであった。

 





次回、最終回です。

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