紫煙を薫らす   作:柴猫侍

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十一話

 斬魄刀『朧村正』。

 解放すれば、刀剣が千鳥槍の形状に変化するほかに、相手に幻覚を見せるという能力を有している。

 ただ、その発動条件には相手に自身の霊圧を送り込むという過程を経なければいけない上に、紫音が頭に思い浮かべる想像を映し出すが故に、所有者の集中力が途切れてしまえば幻覚もまた無に帰す。

 

 言うなれば、『幻滅する』といったところか。

 

 一見、相手の近くの主導権を握れるということにアドバンテージだと考える者も居るだろうが、あくまでそれは戦闘中常に余裕を覚えることができる状態であることが必須である。故に、未だ実戦経験が無い紫音にとっては『無用の長物』とまではいかないまでも、今は扱い切れるものではない。

 更に、能力はあくまで幻覚を見せるだけ。直接的な殺傷能力は皆無だ。つまり攻撃は紫音の手によって行わなければならない。

 

 そして大きな弱点が一つ。

 というよりも、幻覚を見せる類いの能力に通ずるものであるが、無差別な全方位攻撃で突破される可能性があるということだ。

 

「つまり、其方の千本桜を適当に振り回していれば、隠れている私を斬り裂くことも可能という訳だ」

「……成程」

 

 端的な説明を耳にしていた白哉は、漸く耳にした友の斬魄刀の能力に頷く。

 紫音らしいと言えば紫音らしい斬魄刀だが、扱うには己が千本桜を扱うのにかかった時間よりも多くの時間を掛けなければいけないという印象を受ける。

 

「まあ、無知の虚であれば鬼道で戦った方が早いというのが私の感じていることだ」

「難しい能力(チカラ)だな」

「まあ時間の問題だろう。斬魄刀というのはそういう物ではないのか?」

 

 やけにあっけらかんとした態度で応えてくる紫音。

 そこまで悩んではいなさそうだ。ならば結構と、白哉は息を吐く。

 

 海燕の『捩花』による波濤を喰らってずぶ濡れになった後、昼休憩中には乾かなかった為に、未だこうして隊舎裏修行場の丘の上で日和見がてら服を天日干しにしている紫音。

今は上衣を青々と生い茂る草むらの上に広げている。あと十分も経てば乾く事だろう。そうなるまでの間、紫音は半裸に羽織を羽織るという、まだこの季節には寒そうな恰好になっているが、延々と掌に灯している『赤火砲』で暖をとっていた。

 

本人曰く、鬼道は日常生活でも使えることから非常に便利らしい。

 一つの家の当主とは思えない庶民的な考えだが、敢てツッコまない。

 

 それは兎も角、鞘に納めた斬魄刀を手に握る紫音は、項垂れる様な様子で自身の斬魄刀を凝視する。

 

「……だが、少しばかり羨ましいな」

「なに?」

「其方はすぐに千本桜を扱えたのだろう?」

「……すぐに斬魄刀を扱える程、私は器用ではない」

「それもそうか」

 

 椅子に座っていたならば、『ガタッ』と音を立てて腰を上げていたところだっただろう。

 多少不器用なのは自覚しているが、他人に言われるとなるとどうにも腑に落ちない。しかし、いつもの揶揄い癖だと結論付けて、何とか草の上に腰を下ろす。

 その様子を見てクツクツと笑う紫音は、青空を仰ぎながら言葉を続ける。

 

「其方は天才だ。誰もがそれを認めるだろう」

「……私はそんな―――」

「本人がどう思おうと、客観的に見た場合はそうなるのだ。其方の露ばかりの努力は、他人の必死の努力を容易く上回るのだろうな」

「それは……」

「済まない。気を悪くしないで聞いてくれ。ただ、人には誰の所為でもない不平等というのがあるのだ。それが世の常だと言ってもいい」

 

 綴られていく友の言葉に、思わず言葉を喉に詰まらせる白哉。

 なんとなしに気まずい空気になってしまい、スッと視線をずらす白哉に対し、紫音は笑みを浮かべたままだ。

 

「其方は才に恵まれている。私は其方よりも才は劣っている。だがな、私はそれを言い訳にして、其方の背中ばかりを追っていたくはない」

「……なに?」

「言い訳は見苦しいだけだろう?」

 

 反射的に顔を上げた白哉の瞳に映ったのは、空で燦々と輝く太陽のように晴々とした笑みを浮かべる紫音の顔だ。

もっと、陰鬱な顔を浮かべているとばかり思っていた。だが、実際は先程昼休憩が終わって去って行った海燕を彷彿とさせる快活な笑みだ。

 

「私は面倒な性格でな。自身の才を肯定されたく、挙句否定もされたい矛盾を抱えているのだ。『お前は所詮その程度』と罵られる一方で、『お前はまだ高みを目指せる』と擁護されたい」

「そうなのか?」

「人間、程々に叱咤激励されたいというものなのだ」

「……人間らしくていいではないか」

「……其方もそういう事を言うのだな」

「変か?」

「それも人間らしくていいだろう」

「……ふっ」

「ほう、其方の笑うなど珍しいな。明日は雨でも降るのではないか?」

 

 だんだん話を可笑しく思えてきた白哉が一笑すれば、すかさずそれを紫音が揶揄う。

 一重に『人間らしい』と言っても、実際は非常に難しいものだ。感性も才能も人それぞれ。立場を同一として見ることも非常に難しいものでもあり、ある者にとって些細な一言は、他人の心を抉る言葉になり得る。

 

 人間は、なまじ知性を持ったが故に懐疑心渦巻く社会の中で生きていく。時には疑心暗鬼になり過ぎて人間不信に陥り、時にはある存在を盲信してしまう。

 どうにも複雑なこの世界。他人を思いやろうと思おうものなら、自身の心労がかさ張っていくばかりだ。

 独りで生きていくには少々草臥れ易い世の中であるが、せめてもの救いは、愚痴を零せる相手が居るということだろう。

 

「雨でも構わぬだろう」

「そうか。う~む……春雨の日に咲き誇る傘の華。これもまた一興だな」

「……よく毎度そのようなコトが頭に浮かぶな」

「寝る前に妄想を奔らせるのが日課だからな。想像力を鍛える一環だ」

 

 斬魄刀を掲げる紫音は、真面目なのかそうでないのか分からないような声色で告げる。

 

「……その気になれば、真冬に満開の桜を咲かせることもできそうだな。兄の斬魄刀は」

「ああ、そうだな。それも面白いな。だが、私は頂けないな」

「なに?」

「花見をするなら本物に限る、ということだ」

「……良く分からぬな」

「其方が粋でないだけだ」

 

 指を慣らすようにして掌中の『赤火砲』を霧散させ、乾かした上衣をさっさと着込む紫音は、『そうだ』と一声上げて白哉に問いかける。

 

「其方、女の肉親は?」

「……母上も婆様も、私の物心付く前には」

「そうか。なら、其方が妻を娶った時の為に、一つばかり助言しておこう。贈り物は季節に(あやか)っておくといいらしい」

「妻も居ない兄に言われても、説得力がないのだが」

「私の母上がそう言っていたのだ」

 

 屈託のない笑み。

 その表情に、一旦呆気にとられた白哉は瞠目するが、すぐさま我を取り戻し口角を吊り上げた。

 

「……そうか」

「ああ。其方が妻を娶った時は、盛大に祝ってやる」

「私もそうしよう」

「いっそ、どちらが先にコレを見つけるか競うか?」

 

 小指を立ててみせる紫音。対して白哉は『品が無い』と一蹴する。

 瀞霊廷ではよほど家柄がいい貴族でなければ婚姻の式は行わない。だが、逆に言えば宗家の跡取りの結婚ともなれば、盛大に式が挙げられることは決定事項だろう。

 

「だが、女に所縁の無さそうな其方が結婚するのは……」

「……なんだ」

「想像がつかぬな」

「はっきり言うな」

「見合いでもなければ交際もせぬのではないか?」

「……無いとは言い難い」

「だろうな」

 

 全く、此奴はズケズケと。

 

 あっけらかんとした態度で言い切る様に、時折無性に腹が立ってくる。

 

「其方には父も……()()()居るのだから、これ機に夫婦の馴れ初めでも聞けばいいのではないか?」

 

 わざわざ『祖父』と言い足した紫音に訝しげな表情を見せる白哉であったが、それよりも父や祖父の馴れ初め話とは―――。

 

「……気まずいだろう」

「くっくっく。なに、盃でも傾けながら飲めば、面白いように語ってくれるだろう。親子三代、縁側で酒を酌み交わすというのも一興だろう」

「酒は……」

「なんだ、下戸か?」

「下戸と言うよりも、口にしたことがない」

「成程。なら、酒を飲んだこともない其方の為に飲みやすいのを用意してやろう」

 

 ピッととある場所に指を差す。

 指の先を目で追えば、既に花を散らしている木が目に入った。細い幹ながらも、天を衝かんばかりに枝を生やす木は、黒々とした光沢を放つ樹皮を有している。

 

「梅酒だ。これから食前酒に一杯どうだ?」

「……頑張ってみよう」

 

 銀嶺も蒼純も酒を飲む性分ではないが、全く飲めないということはないだろう。

 そんなことを思いつつ、白哉は“従兄弟”が用意してくれるという梅酒がどのようなものなのか、想像を奔らせるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それから数日後。

 

「はい、では此方へ……」

 

 片手に売り子のように看板を携え、あちこちを迷子のようにふらついている者達を手招く。

そんな紫音の導きに、老若男女問わず集まってくるが、如何せん恰好が死神達のそれよりも洋風だ。

 

 それもそうである。今ここで紫音や他の死神達が誘導しているのは、現世で死に、成仏や魂葬といった手段でやって来た魂魄たちであるのだから。現在紫音が居るのは、現世と尸魂界の中間地点という所に点在する場所―――言うなれば、輪廻の輪の中間点に位置する場所とでも言おうか。

 基本、成仏や魂葬された魂魄は、尸魂界に辿り着く前にこの空間に辿り着く。そして、空間に待機している死神達が、文字通り迷える霊たちに整理券を手渡し、流魂街のどの区に住むかというくじ引きを行わせるのだ。

 かなり事務的な仕事だが、この管轄は鬼道衆が請け負っている。日本だけに限れば、一日に千では足りない程の人間が死に至っている訳だが、そのまま成仏してやってくると仮定して大体一日に千以上の人間がやって来るのだ。

 

 地味、且つ大変な仕事。

 

 中には騒ぎ立てる十一番隊のような荒くれも居る訳だが、その時は鬼道で縛るなりして無理やりくじ引きの列に並ばせている。強引とも思えるかもしれないが、年中無休三百六十五日二十四時間対応しなければいけない仕事である為、こうでもしなければ人を捌けないのだ。

 派手さは無いが、精神的に疲れる仕事。一日立ちっぱなしということもあり、足にもくる。

 如何にも新人に任されそうな仕事であるが、鬼道衆であれば誰しもが通る道。欠伸を必死に堪えながら、最後尾を担当する紫音。

 

(最近は何故だかどうしてか、やって来る魂魄の数も多いな……)

 

 チラリと魂魄の列を眺める紫音は、くたびれた様子の壮年の男性ばかりが列に並んでいるのを見て溜め息を吐く。軍服ばかり着ている様子だが、現世ではまた戦争でも行っているのかと呆れる。

 煙管で一服しながら仕事はできない。ポケーッと頭の中で色々と妄想しながら、どんどんやって来る魂魄たちを整列させていく。

 

 するとそこへ、死覇装を身に纏った赤毛の女性が一人やって来る。

 

「交代の時間でーすっ!」

「む? 分かりました。では、後はよろしくお願いします」

「はーい」

 

 軽いノリで看板を受け取った女性は、紫音に代わって売り子のように魂魄の誘導に精を出し始める。

 一方、六時間の魂魄誘導を終えた紫音は疲れた様子で専用の穿界門を潜り、瀞霊廷に戻った。紫音が此処にやって来たのは明朝六時。となると、今頃瀞霊廷の死神達は昼休憩に入っている頃だろう。

 今日も屋敷の給仕が作ってくれた弁当がある。衆舎の片隅で風呂敷に包まれている弁当を思い浮かべれば、今にでも腹が鳴りそうだ。

 

 しかし、そこへヒラヒラと舞うように一匹の蝶がやって来る。

 一見、漆黒の羽を有す揚羽蝶であるが、その実は死神たちにとっての伝達手段の一つでもある地獄蝶だ。

 禍々しい名ではあるが、彼の蝶が請け負う仕事は伝達以外には、断界を安全に通ることができるように死神たちを案内することなどなど。

 

『魂魄誘導の任をしている鬼道衆に伝達します。現世・長岡町にて担当死神が虚との戦闘で負傷。医療要請が入っておりますので、一人回道を扱える者が現地に赴くようお願いします』

(……タイミングが悪かったな)

 

 踵を返せば、紫音と同じく交代で戻ってくる先達がやって来て、同じく地獄蝶による伝達を耳にする。すると、皆揃って紫音の方へ顔を向けてきた。

 

「……私が向かってもよろしいでしょうか?」

「おおっ、そうか。では、よろしく頼むぞ。上官殿には私から伝えておこう」

「よろしくお願いします。では」

 

 伝達に来た地獄蝶を手招く。

 断界は地獄蝶が居なければ、危険な道を通らなければならなくなるのだ。間違っても、地獄蝶無しで断界を通っていけないということは、真央霊術院で耳にタコができるほど耳にした。

 普段、死神が現世に赴くために使用する正式な穿界門に向けて、そそくさと足を進めていく紫音。早く済ませなければ、昼餉が夕餉になってしまう。

 

(現世に赴くのは……霊術院の魂葬実習以来か)

 

 昔の頃を軽く思い出しながら、早々に治療任務を済ませようと疾走する。

 

(現世の街並みはすぐ変わるらしいからな……楽しみと言えば楽しみか)

 

 そんな中、移り変わっていく現の世の景色に思いを馳せるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――っと、此処でしたか」

「……申し訳ない。瀞霊廷からわざわざ応援など……」

「いえ、まずは怪我の治療を」

 

 伝達された情報を元に、建物の陰で蹲っていた護廷隊士を見つけた紫音は、少しばかり焦った様子で駆け寄っていく。肩の部分が大きく切り裂かれており、結構な量の血が流れている。

 掌を翳し、ポッと淡い光で負傷した部位を包み込む。

 すると、裂けていた皮膚はじわじわと癒えていく。回道は本職である四番隊にも負けないと紫音は自負しているつもりだが、治療を受けている隊士は紫音の回道に驚いた様子を見せる。

 

「素晴らしい手際で……」

「いえ、それほどでも……一応、包帯も巻いておきましょう。念には念を」

「かたじけない」

 

 『不覚をとった』と言う男性隊士は、死覇装の襟を掴んで引きおろし、大部分が言えた負傷部位を露わにする。同時に、男性隊士の貧弱な身体も露わになるが、特に気にする様子もなく、淡々と包帯を巻いていく。

 一分もすれば包帯も巻き終え、風邪をひかないように死覇装を着ることを促す紫音。

 

「……十番隊なのですか?」

「ん? ええ……一応」

「私は鬼道衆なのです」

 

 襟元に刺繍されている隊花―――『水仙』で、男性隊士が十番隊であることを見抜いた紫音は、自分もと襟元を裏返して鬼道衆の紋を見せつける。鬼道衆は護廷十三隊のように、部隊で掲げる紋が変わる訳でもない為、全員が鬼道衆の紋が刺繍された死覇装を身に纏っているのだ。

 他愛ない世間話とばかりに口にした話題だが、男性は陰鬱な様子で項垂れはじめた。

 

「そうですか。貴方はさぞかし鬼道が得意なのでしょうね……」

「……まあ、鬼道衆に属することができる実力程度は身に着けているつもりです」

「私などは戦闘能力が低いばかりに、その辺の木端虚にも手こずらされて……」

 

 どうにも、自身を悲観しているように見える男性に、深く詮索しないように気を付けて周囲を見渡す紫音。

 

「ふぅ。これで一先ずは大丈夫でしょう」

「……助かりました」

「私は柊紫音と申します。今後、任務を共にするかもしれませぬので、お見知りおきを」

「……十番隊無席・由嶌欧許。まあ、覚えてもらわなくても結構です」

 

 紫音が微笑を浮かべながら差し出した手を、『一応』と言わんばかりの表情で握り、握手を交わす由嶌。

 これで紫音の任務は終了だ。後はさっさと瀞霊廷に戻り、昼餉に―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あぁ、なんだぁ? 旨そうなのが二体居るじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、二人に大きな影が掛かり、頭上から酒で喉が爛れたような声が響き渡った。

 掛かる影には、一部分にぽっかりと孔が空いている。それが指し示す意味とはただ一つ。

 

 

 

 魂を喰らう悪しき霊―――虚

 

 

 

 救われなかった魂の成れの果てだ。

 


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