バグ・クラネルの英雄譚   作:楯樰

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バグ・クラネルは理解したい

「そう拗ねないでよ。冗談が過ぎたって。ごめん」

 

 霧深いダンジョン10階層を進む、視界が取れずヘルムを外したリリに続いていく。今はリリが前に立ち、バックパックを自分が背負っていた。すっかりサポーターと冒険者の立ち位置が入れ替わっているが、リリの戦闘は中々どうして様になっていて見ごたえがあった。元々種族的にも足の速いリリが重量を伴って武器を振るう様はさながら台風である。

 

 自分にできなかったことが出来るようになって少し気分が高揚しているようだが、ジャガ丸くんの一件からリリからの当たりは強い。

 

「ベル様のことなんて知りません! あんな風にリリを苛めて楽しいですか! もうちょっと自分のお金を大切にしてください! リリなんかに使わずに!!」

 

「ごめんごめん。ほら、許して。ね? 怒るとお腹が減るよ?」

 

「もー! ベル様と一緒にしないでください!」

 

「えー!」

 

 所持金が心許ないといっても奢れないわけではないのだから、別にいいじゃないかと思ってしまうのは悪くない。と、そんなことを言ってしまえばまたもや、天然ジゴロだとか言われてしまいそうなので言わないでおく。

 

 ―――リリ自身は戦闘の才能がないと嘆いていたが、そんなことはない。モンスターを鎧袖一触で中の魔石ごと粉砕している。一式そろえるための金額もあって、重装備をするという発想が無かったのだろう。出会う前のリリの生活を聞く限り、手に入れることが困難だったはずだ。守銭奴な性格も災いしているのだろう。

 

 自分からの収入で今は懐が温まっているだろうが、そのお金も【ファミリア】退団の資金に加えるそうだ。どれだけあればいいのかわからない、もっと必要なはずと言っていたのが印象に残っている。

 

 危険だと思った。このままだとリリは搾取されるだけ搾取されてしまうだろう。―――助けたいと思うのは、駄目なことだろうか。

 

 緩慢なオークが鋭く振るわれた巨槌に吹き飛ばされるのを見た。薄暗くてよくはわからないが、リリの耳が少し赤くなっているように見える。

 

「もう、良いですっ! 天然ジゴロのベル様なんて知りませんっ! そうやって魔石拾いしてればいいんです!」

 

「天然ジゴロって、そりゃないよ………。それに本来ならサポーターはリリだし」

 

「………ベル様が今日は代わると言ったからですよ」

 

「うん。………そうだね」

 

 異世界にある物語の英雄たちが幾らそうでも、そういうところは見習いたくはないところだ。羨ましいなぁと思うが、自分は一人一人と真摯に向き合いたいのだ。率先して真似をしようとは思えない。だから少し複雑だった。

 

 リリに変わってサポーター役に徹している。魔石を拾うだけなのだが、ひどく参った。意外と大変なのだな、とサポーターの役割の重要性を再確認する。

 

「………分かってたつもりだけど、サポーターって惨めな気持ちになってくるんだね」

 

「っ!」

 

「リリは凄いな………こんな大変な仕事、僕には続けられそうにないよ」

 

 インプがリリに殴られてバラバラになる。モンスターの血が付着したハンマーを持つリリの姿は猟奇的ですらあったが、この薄暗い中でもわかる程度に赤い顔を見れば、自分の迂闊さに気が付いた。

 

「………その、ありがとうございます」

 

「うぐっ………」

 

 また怒られると思ったがそんなことはなかった。効果は抜群だった。

 

 

 

 11階層までならリリに案内はいらないはずだが、時折リリは立ち止まる。

 

 嬉々として振るっていた槌を降ろして俯く。

 

「リリ?」

 

「………なんでもありません。行きますよ!」

 

 何か思うところがあるというのは見て取れた。

 

 控えめな彼女は何処に行ったのだろうかと、少し寂しくもあった。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 本日の稼ぎ、約7万とんで600ヴァリス。12階層までだったが、昨日、ベルが稼いだ額と比べれば天と地の差だ。

 

「では、ベル様。約束通りの半分です。………本当に、本当にリリはお返ししなくていいんでしょうか」

 

 上級冒険者と自身の差でもある。本当に罪深いことをしてしまったのだと実感してしまう。

 

「いいよいいよ。リリが盗ったっていうお金はリリが持ってて。というかあげたんだし。お金を使うことはあんまり無いから、僕のことは気にしなくていいよ」

 

「ですがっ! リリは!」

 

「もう、しつこいなぁ」

 

 しかし、この人はそんな意も解さない。なんなのだ、と問うても恥ずかしくなるような事しか言わない。許しはしてくれた。しかし、むくむくと成長してきた良心が自分自身を赦さないのだ。

 

 ―――どうすればリリはリリを赦せるのでしょうか。

 

「なんでも、なんでもします! リリにできる事で償いが―――」

 

「ストップ。それ以上はダメだよ? ………僕が、もしリリのことが欲しいって言ったらくれるの?」

 

「っぐ………! そ、それは………」

 

「無理でしょう? 僕が許すって言ったんだから。それに、リリはもうしないって言ったじゃないか」

 

「………そうなのですが、でもっ!」

 

「でもはなし。僕の自己満足かもしれないけど、ちょっとでもリリの事を助けたいんだ。お願い」

 

「………ベル様」

 

 そんな言い方をされてしまっては、何も言えないではないか。本当にずるい。

 

 自分自身の力で稼いで手に入れたお金。でも、それはベルの支援があってのことだ。

 

 昨日、すでに宝石に換えてしまい貸金庫へ入れたお金よりも遥かに少ない。

 

 だが、今日稼いだこのお金は昨日の大金の重みよりもずっと重い。それは金額が半分以下になってもだ。

 

 なんでだろう、と手に握りしめた袋を見ていたら視界が霞んできた。

 

「あの、リリ?」

 

「ううっ………! ベル様なんて知りません!!」

 

「えぇ!? 今日の夕食は―――!?」

 

「お一人で! 今日リリは用事がありますので!!」

 

 堪らなくなって顔を背けて逃げ出してしまう。「明日は朝ごはん一緒に食べよーねー」と大声で恥ずかしげもなく自分の背中に告げたベルを横目で見て、下宿先に戻った。

 

 

 

 手に握ったままだった3万5300ヴァリスが入った袋を備え付けの小棚の上に置く。今日プレゼントされたハンマーと鎧が括り付けてあるバックパックを床におろすと、床板が嫌な音を立てた。

 

 また泣き出しそうになっていたのを誤魔化すためとはいえ、用事があると言って夕食の誘いを断ったのは良くなかったかもしれない。きゅうーと情けない腹の虫が鳴る。

 

「はぁ………」

 

 なんて人に出会ってしまったのだろうか。今まで会ってきたどんな人よりもお人好しで、優しい人だ。あの老夫婦の一件から、誰にも頼らず甘えずに生きていこうと決めたはずなのに、つい心が絆されてしまう。

 

 ―――頼ってもいいですか、と。甘えてもいいですか、と。

 

 そんなことをつい考えてしまう。

 

 自分は既に天涯孤独の身だ。顔も忘れてしまった両親は幼い自分を残して死に、自分に血の繋がった人は居ない。だから、兄という言葉には無縁だが、………もし居たらあんな感じなのだろうか。

 

 随分と恥ずかしいことを考えていることに気が付いて、羞恥心を誤魔化すためベッドに前のめりに倒れる。埃が舞って少し咳き込んだ。

 

「はぁ………リリは」

 

 今日、自分は嫌っていた筈の冒険者になっていた。今では冒険者にも色々いるのだと認識している。ことごとく理不尽に遭っていたのは巡り合わせが悪かっただけなのだと、あのお人好しに教えてもらった。―――しかし、自分はサポーターとして雇われたのだ。依頼主の要望に応えるという理由だけで、役割を交換したのはおかしなことだった。

 

 やはり今日の自分はおかしい。あんな二日ほど一緒に居た程度でしかない人の前で泣き出すなんて今までなかった。

 

 罪の意識を感じて、弱音を吐いて。言われるがまま、自分の可能性に気が付いた。………きっと自分がおかしいのは、全てベルが優しすぎるからだと言い訳する。

 

 だが、楽しくなかったわけではない。むしろダンジョンに潜ってきて一番楽しかった。心が、体が。冒険を。未知を求めていた。お金に変わる魔石を持った、モンスターを倒さんと欲していた。

 

 寝返りをうって天井を仰ぐ。

 

「冒険者は嫌いです。………でも、」

 

 ―――ベルの事は嫌いじゃない。嫌いなのは卑しい奴らだけだ。………そして、それには自分も含まれている。

 

『冒険者なんてっ大ッ嫌いです!! あんな奴らに寄生しなきゃ生きていけない、リリはッもっと嫌いです゛っ!』

 

 そう言って彼の腕の中で泣いて。ベルは抱きしめてくれた。

 

『大丈夫。大丈夫』

 

 そういって頭を撫でてくれた。

 

 今思えばあんな恥ずかしことがなんで出来たのかわからないが、やはり彼が優しかったからだろう。人目が無かったことも一因のはずだ。

 

 つい、天然ジゴロと罵ってしまったのが悔やまれる。

 

 ―――ベル様はただ優しいだけなのに。

 

 今日一日だけでもそれは顕著だ。………少しだけ、本当にそうなんじゃないかなと、ジャガ丸くんの屋台での一件を思い出したが世辞だろう。全員が全員整った顔立ちをしている神々に麗句を送ったとしても、神々にとっては当然の事でしかない。

 

 初めて受けた他者からの善意は本当に心地よいと、今日一日を振り返って、朝方に見た鍛え上げられた身体を思い出してしまう。

 

「―――凄かったです」

 

 思わず指の間からガン見したほどだ。ベルは着痩せするのだろう。言ったら触らせてもらえないだろうか、と思いついてしまって、はしたない自分に悶えた。

 

 

 

 それは兄に抱くべき思いとは別ものだ。リリは初めての感情に戸惑い、悶々とする。だがその間にも夜の帳は下りていき、何時しか訪れた眠気に彼女は身を任せた。

 

 




元々前話と合わせて1話だったので少し短めです。
明日の投稿は今日の出来具合次第で。


感想&評価励みになってます。
一日で2万UAなんて初めて見たぞぅ。
慢心するなよ自分。

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