「いらっしゃいませ!」「「いらっしゃいませー!」」
外から見ただけでも繁盛しているようだと思ったが、中に入るとなお、その盛況ぶりが熱気となって伝わってきた。
リリと訪れたのはモルドに勧められた店だ。スリをしてきた人間に教えられたにしては、良い店であることが伺える。冒険者のような無頼漢たちが集まるというのに、店員が綺麗な女性だけで、彼女たちが活き活きと働いているのがよい証拠だ。
「二名様ですね。カウンター席でもよろしいですか?」
「はい」
「では案内しますね!」
………案内をしてくれる、笑顔の可愛い髪の毛を後ろでお団子にしてちょこんと少し垂らしている彼女など、幾人かを除けば、実力者の方が多い。厨房で料理の腕を振るっている女主人は軒並みいる実力者の中でも飛びぬけて強い。腕っぷしが強いお蔭で女性が安心して働けているのかもしれない。
―――ワンパンで勝てる自信はある。だが舐めてかかると危ないかもしれない。
と、戦力の分析をしに来たんじゃないと気が付いて戦闘狂な自分を抑えた。
「………ベルさま、ベルさま」
「なに、リリ」
「ここ、『豊饒の女主人』ってお店じゃ………」
「そうだよ。最近、親切な人に教えてもらってさ。一度来てみようと思ってたんだ」
「………お高いそうですよ? 従業員も一人一人が強いという噂ですし」
「食い逃げしなきゃいいだけじゃないの? 大丈夫大丈夫。流石に今日一日の収入が無くなる程じゃないだろうから」
「それはそうなんですが………」
リリと小声で会話しつつ、案内をしてくれている女の子の頭の後ろで揺れる髪の毛に目が惹きつけられそうなるも周囲に目を凝らす。案内をしてくれている女の子も含めてだが、話の通り本当に綺麗どころが多い。
等間隔に置かれている多人数掛けの机からは、酒と食事に酔う冒険者たちの声が飛んでいた。若草色を基調とした揃いの服に白のエプロン、フリルのついた白いカチューシャを身につけた給仕の女の子たちはその間を縫って、注文や食事、酒を持って動いている。店員の一人がエルフだが………。
エルフは人との接触を嫌うと聞いていたが、此処はオラリオ。色んな人が集まってくる、と納得した。
カウンターの席までたどりつき、荷物を床に下ろして席に着く。
「ご注文があれば承ります。当店、本日のオススメはパスタですが、どうなさいますか?」
「うーん。じゃあ、それで。リリは?」
「あ、リリも一緒でいいです」
「かしこまりました。―――ご注文はいりました! 本日オススメ二つです!」
「あいよー!」
「それでは出来上がりましたらお持ちしますね。ごゆっくりどうぞ」
丁寧なお辞儀をした店員を見送って、料理を待つ。
隣で手持無沙汰なリリがメニューを見て渋い顔をするのを見て、ちゃんと奢りだからと安心するように言う。メニューにあるどの料理も高いが、払えないことはない。
カウンター席だけあって、少し椅子に高さがあるためリリの足は宙に浮いている。足を揺らしているのをベルが見ていると、見られていることに気が付いたのか、そっぽを向いた。素っ気ないフリをしているが、一瞬だが顔を赤くしていたのをちゃんと目撃している。
「はい、おまち。女主人特製スパ、二人前だよ」
ずい、とカウンターの奥から出されたのは山盛りのスパゲティで、ミートソースの間から肉団子が自己主張している。女主人にフォークを手渡される。
「んー匂いだけでもお腹いっぱいになりそうです」
「本当。とってもおいしそうだ」
「そりゃそうだ。アタシが作ったんだからね! さ、冷える前に食べちまいな!」
女主人にも催促され、パスタに三又の穂先を突き込んだ。スパゲティでソースを絡め、口に運ぶ。
それは肉汁のうま味が口の中で爆発したようであった。
「………美味い」
噛み締めるように一言呟く。語彙力の乏しいことがなんとも口惜しい。美味しいとだけしか言えない自分が情けない。冒険者向けと銘打っているだけのことはある。昨日訪れた店よりかは幾分か値は張るが、品が残る程度にボリュームがある。
果たして、ソースとスパゲティだけでこれほどだ。肉団子はどれほどのものかと口に運ぶ。
「―――!!」
嗚呼、先ほどのが爆弾ならばなんになる。先のあれは導火線だった。これこそが真の爆発物だ。なんということだ。肉汁が。うま味が。口内で自らを主張し、暴れている。この調理における真のメインはパスタなどではない。我々だと。肉であるのだと。我々こそ主役なのだと。
いつの間にか注がれていたエールを呷る。ベルは喉を鳴らして流し込み、酒気を帯びた息を吐き出した。エールが肉の存在を胃の中へ送り出し、口の中はすっきりとしている。
一息つけた、と横を見るとリリも出された量の半分くらいは食べてしまっていた。………何処にあの量が入ったのか不思議だ。
「ところで、冒険者にしてはえらく可愛げがあるね。新米かい?」
「まぁ、そんなところです」
実際そのようなもなものだ。冒険者としての基本的なことが抜けていたりする自分に、リリは度々指摘してくれる。
「ベル様が新米でしたら他の冒険者様の殆どが新米になっちゃいますっ!」
「あはははー」
リリにしてみれば、強さに反してどうしてこんな事も知らないのか、と疑問を抱くに値する知識だ。だがそれが案外助かっているのだが、リリには伝わっていないようだと話に合わせて愛想笑いをした。
「結構結構。無用な争いを避けるのも冒険者として必要なスキルだよ。私はここの女主人のミア・グランド。………あんた、名前は?」
「ベル・クラネルです。こっちはリリ………というのは愛称で、リリルカ・アーデ。右も左もわからない僕には勿体ないぐらい頼もしいサポーターです」
リリはというと突然の褒め言葉にフォークを止めて、しばし唖然とした口を晒していた。いい顔が拝めたと思っていると、誤魔化すように食事を続ける。
「へぇ、そうかい。実力自体はありそうだけどねぇ?」
「………ええ、まぁ」
意味ありげに笑みを交わし、止めていた食事を再開する。
「そういえば。リリはお酒出してもらってないけど、いいの? リリは見た目通りの年齢じゃないと思うんだけど」
「はい。えっと、15歳ですね。お酒はちょっと苦手で………ん、ベル様?」
「なんでもないよ。リリのこと10歳くらいだと思ってたとかないから」
「べーるーさーまー!?」
袖を掴まれて揺さぶられる。
「あはははは!」
まさか年上だとは思っていなかった、とは思ったが別段気にする事でもなかった。リリが可愛いのには変わりない。
「いやー今日は驚いたぜ! 18階層まで行くつもりしてたんだが、ほら、手前のゴライアス! 【ロキ・ファミリア】の遠征から大分経つ。居ると思ったんだがなぁ、これがなんとあったのはドロップアイテムと無傷の魔石でよ!! いやー持って帰るのは苦だったが、儲けた儲けた!!」
臨時収入があったモルドは『豊穣の女主人』の一角で意気揚々として飲み仲間に今日あった出来事を聞かせる。
―――カウンターに居た白いヒューマンと栗毛のパルゥムはぎくりとした。
火照った頬に冷や汗を流しつつリリの分合わせて1500ヴァリスを支払って、伴だって店を出た。そんな『豊饒の女主人』からの帰り道。近くのテーブルから聞こえた話に、既にほろ酔い気分は吹き飛んでしまっている。
それでもアルコールによって体は熱く、夜風が火照った体を冷まして行き、心地よい。
リリの年齢以上に気になったことを話題に取り上げる。
「さっきリリが
「ええ、それがどうかしましたか?」
「………リリって
「っ!? あ、………えっとですね。私の
「へぇ、そうなんだ………」
リリが呪文を唱え、犬耳を見せる。じっとそれを見つめた。
「………忠告しておきますが、犬人は特に親しい人や敬愛する人ぐらいでないと触れさせませんよ? 凄く怒られますから、やめておいた方が良いです」
「へぇそう。でも、リリは違うもんね?」
「………。………ちょっとだけですよ?」
頭を撫でる程度にとどめておく。少しだけ、本能のままに愛でたくなりそうだった。
しかし、先ほどから気になっていたことが解決して、絶対に【ファミリア】に入ることを決意する。
憧れの魔法みたいなものが使える、というなら是非もない。ファミリアに入ればギルドにも堂々と行ける。―――この二日ダンジョンに潜ってやっていけたが、話を聞いて『
呪文が必要なスキルというのも興味深いが、もう一つ気になることがある。
「リリ、魔法は持ってるの?」
「………持ってません。ですが、あと一つ【
「へぇ………。そのスキル便利なのに勿体無い使い方してるんだね」
その【縁下力持】というスキルの効果を聞いて、使い道が色々ありそうだとベルには感じた。
Ξ-Ξ-Ξ-Ξ
「―――どういうことですか………? リリの、この、サポーターにしか役に立たなそうなスキルに、何か出来るのですか?」
「あ、う、うん………」
「………失礼しました。取り乱してしまって。………出来たら、教えてくれますか」
何も知らないくせに、という意思を表に出しそうになってリリは荒だった心を静める。サポーターとしての機能しかしそうにないスキルが本当に役に立つのであれば聞いておきたい。今後の為にも。
「そのスキルって、重ければ重いほど軽くなる、っていうスキルであってるよね?」
「………まぁ、そうですね」
「じゃ、リリは装備していると思えば大概の物は持てるわけだ」
「よく考えたことはなかったですけど、そうなのかもしれません」
「これは勿論のことだと思うけど、重装備をしても支障はないんじゃないかな。それこそ全身鎧を付けても普段通り動けたり。他には武器として重さを必要とする
「それはっ!? その、少し試しても良いですかっ!」
「う、うん………はい、僕の刀」
武器を持っていると認識するのではなく装備していると考える。受け取った刀を『装備している』と意識する。つい先ほど感じていた重さより―――軽くなった。
これなら力の少ない自分でも難なく振り回せる。
「すごい………」
「うん。それじゃ、僕を武器だと思って持ち上げてみて。全身に力入れて持ちやすくするから」
「は? 何言ってるんですか?」
本当に何を言っているのか分からない。とち狂ったのかとすら思う。ベルは続けた。
「自分を騙すんだ。人間は何でも武器にできる。手に持つ、という動作を装備したという認識に置き換える。そうすればそのバックパックや武器や防具といった身に着けるもの以外のモノでもスキルの補助が働くはずだ」
半信半疑のまま、ピンと背筋を伸ばすベルの腕を掴む。持ち上げようとしてもびくともしない。しかし、言われた通り思い込む。―――今握っているのは武器だ。ベル・クラネルという鈍器。それを自分は今『装備』している。
ベルが浮いた。
「あ、あれ? え!?」
人を持ち上げていると認識してしまった所為か、持ち上げていたベルが急に重くなり持っていられなくなる。だがしかし、一瞬だったが確かに持ち上げていた。
「凄いよリリ! まさか僕も出来るとは思わなかったけど!」
「え、ええ。リリも信じられません………!」
冒険者ではなくサポーターとしてやっていくことを決めるしかなかったスキルに、こんなことが出来たとは。色々と後悔が浮かぶが、自分の可能性が広がったと思うと心が熱を帯びる。
「じゃ、明日もダンジョンに潜るけど、その前にリリの武器とか防具とか揃えよう。雇っておいておかしな話だけど、明日のサポーターはお休みしてもらって………。ちょっとリリが何処まで出来るのか僕が気になるんだ」
明日も同じ時間にバベル前でと言って走り去るベルの後姿を見送る。
「………」
自分にのしかかっていた【
そろそろ書き直し済みのストックが切れそうです。
後6話ぐらい話のストックはあるけど、手直ししているうちにちょっと筋書きがずれてきてます。
微調整しつつ頑張りたい。
17/3/19 リリがお酒を頼むところを消去、加筆修正。神酒が原因で酒が嫌いでした(原作4巻79頁参照)