バグ・クラネルの英雄譚   作:楯樰

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ベル・クラネルは怒らない

 オラリオに来て見たのは、大通りを行きかう賑わい。異世界の知識には、人の波と言えるような景色があったが、それでも感嘆の声をあげて一時、その場に立ち止まる。

 

 町の中心に見えるバベルは、知識に見た『都市』にある建物の何よりも高く、何よりも大きい。異世界に『神』の姿をみることは無かったが、確かにこの世界には神様がいるのだと実感した。

 

 人とぶつかって正気に戻る。咄嗟のこととはいえ、鍛えられた動体視力でぶつかった相手はわかる。すみませんと会釈するが、「気を付けろ!」と吐き捨てられ、ヒューマンの男は一瞥もせず去って行った。

 

「ん? ………あれ、ない」

 

 流石に、80万ヴァリスもの大金を一纏めにして持ち歩けない。小袋にわけて持っていたが、腰につけていたその一つがなくなっていた。一つあたり、大体8万ヴァリス。小銭とはいえない金額だ。呆ける前は、確かに腰に重みを感じていたのだ。―――思い当たる節は一つ。

 

 一瞬だったが顔はわかる。男が去って行った方向に向けて、駆けだした。

 

 

 

「わ、悪かったよ! だから―――ひぃっ!?!?」

 

 男はすぐに捕まえた。それなりの抵抗はされたが鍛えている自分に死角は無い。胸倉をつかみ、項垂れる身体を持ち上げてボコボコになった顔に話しかける。

 

「貴方の見立て通りお上りだから、貴方の知るオラリオの情報全て吐けば許してあげるよ」

 

「わ、わかったよぉおおお!」

 

 想像通り、お上りさんだと思ってスリを働いたのだとか。魔が差したとはいえこの男、モルド・ラトローにとっては不幸だったかもしれないが、自分にとっては運が良かった。Lv.2というそれなりの冒険者。この程度であれば【ファミリア】に入らずともダンジョンに潜ってみてもいいということが判ったのだから。

 

 モルドの実力以外にも、基本的なオラリオとダンジョンの知識におすすめの宿場。食事と酒のおいしい店からおすすめの食べ物まで。モルドが知りうる限りのことではあるが、色々と聞き出せた。思いがけない収穫だ。情報料として8万ヴァリスはあげても良かったが、先に盗っていったのはモルドなので返してもらう。

 

「ありがとう、モルドさん! また会いましょうね!」

 

「………(ぶるぶる)」

 

 路地裏で笑う兎にモルドは恐怖した。

 

 

 

 色々と情報をくれたモルドを路地裏に残して、モルドが勧めてきた宿ではない、綺麗に掃除された宿をとった。流石にスリをするような人間の勧めてくれた宿に泊まる愚行をするつもりはない。手広く商売をしているらしい【ヘルメス・ファミリア】が経営している宿だ。何でも旅人の神でもあるとかで信用できる。

 

 全個室制で『Lv.3冒険者でも壊せない』という触れ込みの鍵が付いている。その分、他の宿屋とくらべ割高だったが安全のためには背に腹を変えられない。貴重品を部屋に仕舞って、手持ちに20万ヴァリスだけ持って宿を出る。

 

 流石に無手で挑むのは無謀というもので、ちゃんとした武器を買うつもりをしていた。【ヘファイストス・ファミリア】製が良いらしいが、バベルに出ている店舗以外にも掘り出し物があるかもしれないとのことで、【ヘファイストス・ファミリア】の駆けだしたちの作品が置いてある8階に行くことを決めた。

 

「ジャガ丸くん、塩味を一つ」

 

「はーい。………お待たせしましたー、ジャガ丸くん塩味一つ」

 

 途中、教えられた『ジャガ丸くん』を昼食代わりにツインテールの可愛い売り子さんから買って、バベルに足を向ける。これははまりそうだ、と揚げたてのソレを四口ほどで腹に収める。帰りに買う事を決意して、無事に帰ってくると意気込んだ。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 掘り出し物の中から、極東の方で主に使われているという刀を購入。鑑識眼は養われていないが手に良く馴染み、重心も程よい。何よりも『知識』にあった『日本刀』それそのもので興味が惹かれた。燕返しを行えば、木刀で行うよりもスムーズにできる。流石に耐久力がわからないので、三段突きは控えるが、良い刀だと感じる。鍛えた人の名も、銘も打ってなかったが、その値段は7万とんで100ヴァリス。即金で支払い腰に差した。

 

 他にも運命的なとも言える出会いをして、軽くて丈夫なフルセットのライトアーマーを見つけた。『兎鎧(ピョンキチ)』という名付けのセンスを疑うような銘が付いていたが、12000ヴァリスというお手頃価格で購入。

 

 そのほかにも潜入予定である18階層の安全地帯までに出てくる、『ヘルハウンド』という敵への対策のため『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』という耐火性の着流しを別テナントで購入。

 

 装備していた胸鎧を外し、着流しに袖を通す。その上に胸当てを装備しなおす。少々不格好だが冒険者らしくていいんじゃないかと胸がおどる。

 

 その他、持っていた水筒に綺麗な水を継ぎ足したり、保険の為にポーションを一本購入。

 

 これで残金はゼロに。帰りのジャガ丸くんは魔石を売った金で買うことにする。

 

 昇降機に乗ってバベルの1階へ。こうしてダンジョンへ初めの第一歩を踏み出した。

 

 

 

 ―――出会い頭、見慣れたその顔を頭ごと身体から切り離す。首だけになったゴブリンは何が起きたか分からずに、自分の背中を見てそのまま息絶える。体から魔石を取り出され、切り離された頭と一緒に身体は灰塵に変わった。

 

 一連の動作が慣れた頃、手に持った刀を見やる。買ったばかりだと言うのに、やはり刀は手に良く馴染んだ。しかし重さの違いがあるので、万全とは言い難い。三段突きも控えた方が良いだろう。

 

 現在4階層。ゴブリンや、オラリオに来る道すがら蹴り殺したコボルトなどがいた階層だ。次の階層からモンスターの排出頻度が増え、キラーアント、ウォーシャドウといった厭らしい敵が増えるらしい。

 

 ゴブリンやコボルト相手に緩んだ気を引き締める。

 

 ―――降りた直後にウォーシャドウという毛色の違う魔物に出会って、驚いた。アサシンのように洞窟の陰から飛び出してきて、刃物のような腕を振り下ろそうとしていた。咄嗟に胸のあたりを一突きで三回突いて切り抜くと魔石を残して霧になって消える。咄嗟にやってしまったが、一応三段突きが出来る耐久力はあるようだ。それでもかなり摩耗することには変わりない。極力控えるべきだろう。

 

「モルドさん曰く、気を付けなきゃいけないのはキラーアント、だったかな」

 

 まだ会ってないそのモンスターは瀕死になると仲間を呼び寄せるらしい。Lv.2の冒険者でも、集られたら危ういとのこと。20万ヴァリスが入っていた袋に回収した魔石を詰め込んでいるが、そろそろ一杯になりそうだった。このまま18階層まで降りても、倒した敵の魔石が回収できない。

 

 今までの傾向から、強い敵からはより大きい魔石が出てきているようで、同じモンスターでも階層ごとに手に入る魔石の大きさも異なっている。今持っている魔石がどれくらいで売れるのかは査定に出さないと分からない。だが、それなりの額にはなるだろう。

 

 一人前に働けていた証拠でもあったが、月々5万ヴァリスの請求を受けていた所為で、貧乏性という自覚がある。結構お高い値段がした『火精霊の護布(サラマンダー・ウール)』も本来しちゃいけない事だろうが、値切って買っている。

 

「あーあ、残念。………今日はこの辺にして帰ろう」

 

 18階層まで行きたかったなぁ、と呟いて、初めて見たキラーアントを一匹瀕死にする。そうしてやってきたキラーアントたちを皆殺しにしたのを最後に来た道を引き返した。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 夕方。オラリオが赤く染まった頃合いになって、無事ダンジョンから地上へ帰還。

 

 しかし【ファミリア】に所属していない自分が、ギルドの換金所を使うのはまずい。現在バベルの前で唸っていた。

 

 自分は『神の恩恵』無しにダンジョンに潜っていた古代の勇者でもなければ、自殺志願者でもない。もし所属【ファミリア】を聞かれればアウトだ。自殺未遂とかなんとか罪状を叩きつけられて牢屋に閉じ込められるかもしれない。

 

「どうしよー。誰かに代わりにやってもらうわけには―――やってもらう、か」

 

 身長より大きいリュックを背負って、誰かを待っている様子の自分よりも小さい女の子を見て思い出す。サポーターという役割でダンジョンに潜る人の事。もう既に潜った後だが、そのサポーターを雇って換金を頼めばいいんだと。

 

 善は急げ。丁度目の前にはサポーターらしき人がいる。声を掛けてみよう。

 

「そこのサポーターさん、ちょっといいですか?」

 

「………はい?」

 

 ちらっと見えたフードに隠された顔が可愛らしかったから声を掛けたとか、そういう下心はない。ないったらない。

 

 

 

 リリルカ、と名乗ったサポーターにお願いしたところ、換金した額の一割を条件に引き受けてくれた。別に誰かを待っていたというわけではないらしく、自身の売り込みをしていて、今から帰ろうとしていたらしい。

 

 流石に怪しまれたが、事情を説明するわけにもいかず黙っていると、訳アリなのだと察してくれた。10歳くらいの女の子にしては勘が良い。

 

 ギルドの正面で待っているとお金が入っているだろう大きな袋と魔石の入っていた袋を持って出てくる。

 

「換金してきました、冒険者様。それで―――」

 

「じゃあ、これ換金してくれたお礼」

 

 2万ヴァリスの内、2000ヴァリスを手渡す。

 

「っ―――。あの、冒険者様? ………リリは換金してきただけですよ?」

 

「いや、だってそういう約束だったでしょ?」

 

「で、ですが………!」

 

 渋る彼女に持っていたお金全てを渡す。

 

「じゃあ明日から一週間サポーターをお願いしても良い? 2000ヴァリスじゃ少ないだろうから、合せて2万ヴァリスを契約金として受け取るってのはどうかな?」

 

 我ながら名案だ、と思って反応を待つ。

 

「………。いいでしょう。そのお金はありがたく頂きます」

 

 少し考えたそぶりを見せて、リリルカはお金を受け取った。

 

「じゃ、明日。時間は明朝。集合場所はバベル前のあの噴水で………いいかな?」

 

「わかりました。冒険者様改めましてベル様。今日から一週間、よろしくお願いします」

 

「うん。よろしく、リリルカさん」

 

 去って行く彼女の後姿を見る。可愛いサポーターを雇えたという喜びを隠せそうにない。今日の稼ぎを全て彼女に渡した訳だが、しかし口約束だけだ。だけど明日彼女が来ないことは無いだろう。

 

 サポーターは信頼ありき。大事なものを預ける訳だから、悪評がたてば仕事がなくなる。モルドもそう言ってた。彼女の気配を覚えて帰路につく。

 

 夕食代わりにジャガ丸くんを買おうと並んでいると、一文無しだと言う事に気が付いて慌てて宿へお金を取りに帰る。しかし、戻ってくるころには屋台は終っていた。

 

 気落ちしながらも三食はきちんと食べると決めているので、別段安くもなく高くもなく、看板娘も居ない。そんな極々普通の食事処を見つけて、その日の夕食を済ました。

 

 




17/3/15 サブタイトル変更
17/3/15 全地の文を一人称に変更
    追記修正
17/4/9 「兎鎧Mk-2」から「兎鎧」に修正

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