バグ・クラネルの英雄譚   作:楯樰

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タグに地雷要素を沢山付けてハードルを下げることで、高評価が貰いやすいと言う話を何所かで聞いた。
これで完璧。


ベル・クラネルがバグるまで

 ―――ベル・クラネルの祖父が亡くなった。

 

 その悲報はベルの元に届き、唯一の家族を失う悲しみをもたらした。

 

 谷の奥深いところへ落ちていったとの話だった。

 

 物心つく前から両親の顔を知らないベルにとって、彼は祖父であり父でもあり、そして何よりも目標であり英雄だった。

 

 ベルに漢というモノを教えてくれた人だった。見せてくれた人だった。聞かせてくれた人だった。その背中に憧れを抱いた。悲しんだし、涙も止まらなかった。

 

 でも悲しいからと言ってウジウジとしては居られない。こんな姿は見せられない。

 

 ―――そうだ、オラリオに行こう。

 

 そう決意したベルが、昔祖父が書いて読み聞かせてくれた英雄譚を引っ張り出して、持っていこうと思ったのは普通のことだ。

 

 例え網膜に、脳裏に焼き付いている物語でも、祖父の遺品だ。その一頁一頁にいろいろな思い出が詰まっている。持っていかないわけが無い。

 

 家にあったそれらをかき集めつつ、中身を確認する作業を並行してやっていく。何冊か足りないことに気がつき、家中ひっくり返して探して残りを見つけた。食器棚の上に箱に詰めて入れてある。

 

 

 

 少し手が届かない位置にあるそれを、椅子を近くまで持ってきて踏み台にして手を伸ばす。

 

 

 

 ―――寿命だったのだろう。

 

 

 

 椅子の足が折れ、箱を手にしたベルの体は気持ちの悪い一瞬の浮遊感を感じて崩れ落ちる。

 

 手に持った箱はそれなりに重く。

 

 顔面へ落ちてきたそれと、床との間に挟まれてベルは頭を打って気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

「―――思い出した」

 

 気絶から目覚めたベルが感じたそれは、まさしく思い出したという感覚。忘れていた大事なことを思い出したときのリセットされた感覚。

 

 何か忘れているという強迫観念のようなもどかしさを、物心ついたときから感じていた。それがすっきり、さっぱり解決していた。

 

 そして思い出した知識はまるで知らないはずのモノばかり。ありとあらゆる概念が、間欠泉のように湧いて出る。

 

『ビル』という建造物。それが乱立する『都会』。一瞬で町と町をつなぐ『電車』。『自動車』という人が動かす乗り物。まるで魔法のような、でも魔法を使わない『電化製品』。

 

 それはまるで異世界の景色。

 

 絵本ではなく紙芝居でもない『漫画』という読み物。まるで生きているかのように絵が動く『アニメ』。まるで自分が物語の主人公のようになれる『ゲーム』。

 

 そして何よりも、様々な媒体で描かれる「物語」は、今まで読んで聞かされた物語よりも鮮烈にベルの心臓に抑揚を呼び起こさせる。

 

「―――かっっっこいい!!」

 

 語彙の少なさをベルはもどかしく思う。

 

 数多の名言を生み出していく主人公達。主人公に負けない濃いキャラクター達。こんな物語は知らなかった。こんなヒーロー達を―――英雄達を知らなかった。

 

 少しでも彼らに近づきたい。少しでも彼らを追いかけたい。

 

 思い出した記憶とも言うべき知識で、この感情、この想いが中二病という一過性の病気なのだと理解した。

 

 だがそれでも構わない。こんな鮮烈な物語にあこがれない奴は男ですらないとまで今、思っている。

 

「常にイメージするのは最強の自分、か―――くぅぅぅ………!!」

 

 ある物語の英雄に至った未来の主人公が、凡人でしかなかった過去の自分に語った、己の強さの秘訣。

 

 純粋なまま汚れを知らないベル・クラネルにとって、この言葉は劇薬だった。原初の英雄願望は容易く塗り替えられる。

 

「まずは身体を鍛えなきゃ、だよね。オラリオに行くよりも」

 

 

 

 オラリオに行くのはもう少し先延ばしにしようと、あっさりと決意を翻した。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

 ベルが異世界の知識というべきものを手に入れて、初めの一ヶ月。身体を鍛えようと志してまず、腕立て伏せ、上体起こし、スクワットという三つの筋肉トレーニングを100回ずつした後、10(キルロ)くらいを走り込む。これを毎日欠かさずすることにした。勿論、毎日三食きちんと食べることは忘れない。

 

 これをした趣味:ヒーローの主人公(ヒーロー)は英雄と言って遜色ない力を手に入れている。

 

 その鍛錬にエアコンを使わない、というのもあるようだが、そもそも無いので問題はない。

 

 禿げないことを祈るばかりだが、圧倒的な強さが手に入るなら、髪の毛ぐらいどうってことは無い。というか、全て(髪の毛)を救ってこそ真の英雄だ。………常にイメージするのは最強の自分であり、その最強の自分に髪の毛はある。

 

 そのトレーニングは苦行といえた。

 

 一日目はなんとかできた。二日目も苦しかったが何とかできた。三日目も頑張った。四日目で一食抜きそうになった。五日目で止めそうになったが、やりきった。六日目、全身をひどい筋肉痛が襲ったがやりきる。七日目で血反吐が出そうだった。八日目に嘔吐した。九日目、ひどい便秘に襲われた………。

 

 そうして一ヶ月続けて習慣化した。心なしか筋肉が付いたように感じる。地面に軽くパンチすれば、大きな音を立てて凹んだ。

 

「………ベルよ、君のお爺様のことは残念じゃった。だが、そろそろ―――」

 

「はぁ、なるほど」

 

 どうやら村に収める税金を、今まで祖父が自分の分まで払ってくれていたようだ。取り立てに村長がやってきたことで判明した。「オラリオに行きたいんじゃなかったか?」と払わなくても良いという選択肢を用意してくれたが、それは不義理だ。

 

 あの英雄なら何というだろうか。

 

 そう考えてどうにかしてお金を稼ぎ、村長に払うと決めた。

 

 村の外はモンスターが居る。偶に農作物を荒したり、村の人が襲われている。困っている人がいる。

 

 ―――なら、予行演習だ。オラリオに行けばダンジョンに潜ることになる。ダンジョンには、村の付近で見かけるゴブリン以外にも、もっと沢山のモンスターが居ることだろう。

 

「気にしなくてもいいんだがなぁ………。本当に、オラリオ、行っても良いんじゃよ?」

 

「お願いします、自警団に入れてください!」

 

「いや、ホント。マジで行ってもいいんじゃって」

 

「お願いします、自警団に!」

 

 かつて死の恐怖を与えられたというのに今はその恐怖を感じない。

 

 より具体的には、

 

 ゴブリンは皆殺しだヒャッハー!

 

 と、そんな具合に昂っていた。

 

 

 

 Ξ-Ξ-Ξ-Ξ

 

 

 

「ふぅ。こんなものかな」

 

 いつも通り、筋トレついでに小鬼を殴る蹴る。血飛沫とクレーターが出来た。時折、拾った木の棒を加工した木刀で首を、四肢を切り裂く。一振りで三度斬るという燕返し。絶対に防げないという三段突き。知識にある技をゴブリン相手に繰り出していく。

 

 大体知識にある通り行えたのに満足したが、木刀が三段突きに耐え切れず木端微塵に破砕する。初めの内こそ返り血を浴びていたが、今ではもう返り血一滴浴びていない。

 

 既にあの時見た祖父の背中は超えた。今日あたりでこの近辺にいたゴブリンはあらかた皆殺しにした。

 

 無理矢理にでも自警団に入り、農作業の時期には手伝いもしつつ。「ゴブリン殺すべし、慈悲はない」といった具合で村の安全に貢献してきた。

 

 お給金も貰い、なんとかその月々の支払いは滞りなく行えている。

 

 

 

 既に祖父が亡くなって季節は廻り、十ヶ月が経とうとしていた。

 

 この十ヶ月のうちに魔法が出ないか試してみたりしたが、残念ながら使えなかった。鍛錬が足りないのかと思い、より一層トレーニングに力をいれるも、ベルの思う魔法というべきものはやはり使えない。

 

 モンスター相手に傷一つ負わない体になって、拳一つで小山が消し飛ぶくらいにはなったが、彼のヒーローが言っていたように、これではつまらない。例え英雄譚に出てくる魔法のような一撃であっても、所詮パンチはパンチだ。

 

 魔法を諦めることなんてできなかった。剣術の先にあった三段突き、燕返しという事象飽和、多次元屈折現象が魔法の一端だと知り、出来るようにはなったがやはり違う。求めているものはこれではない。

 

 魔法とは何か。どこかの誰かは語った。

 

 曰く、万能。曰く、奇跡。曰く、ビーム。

 

 理屈はわからないが斬撃は飛ぶし、多次元屈折現象、事象飽和を同時に引き起こせるようになった。拳にのせることも出来る。だが、万能ではない。これで誰かは救えない。非殺傷設定なんてできやしない。

 

 魔法は魔法であるべきだと、神でも首を傾げるようなことを考えている。

 

 迷走しながらも村には貢献してきたつもりだ。しかし村の人間からは、兎みたいな外見をしていることや、モンスターたちを容赦なく首切りをする様子から『首切りバニー』だとか、『マーダーラビット』なんて呼ばれて畏怖されてしまっている。

 

「………うーん。もう、狩りつくしちゃったかな」

 

 仲の良いお兄さんが、夜更かしする自分への脅し文句である怖い兎だと言う事を村の子ども達はまだ知らない。

 

 しかし英雄とは得てしてそんなものだとベルは達観している。時に好かれ、時に嫌われるモノ。だから、これでいいのだ。

 

「ベルよ。ちょっといいか」

 

「あ、村長」

 

 話があると村長は言った。

 

 

 

 話というのは祖父が死ぬ前に自分に託した言葉があるという話だった。曰く、『―――もし儂が死んだらお前はオラリオに行け』とのこと。

 

「実はな、元々税何ぞ貰っていなかった。お前をオラリオに送るための方便だったんじゃ。もしも何かあればと、お前のお爺様からの遺言でな。………流石に、いい加減出ていってもらわねば困る。大恩のある、お前のお爺様に申し訳がない」

 

「はあ」

 

「これは今までお前から貰っていたお金、その全てじゃ」

 

「………毎月5万ヴァリスは流石におかしいなと思ってました」

 

「すまん。じゃがお前から貰っていたモノに手は付けていない。きっちり、ここに50万ヴァリスある。―――頑張って来い。お前の家はちゃんと見ておいてやるから」

 

「そうですか。そこまでしていただいたなら、行かないわけにはいきませんよ。―――行ってきます、村長」

 

 元々、オラリオには行くつもりだった。しかし生まれ育ったこの村で己を鍛える、というのは思いのほか快適で、中々出立しようと思えなかったのだ。

 

 毎日10Kのランニングをしても元気だなと思われるだけで済むのだから。

 

 丁度いいタイミングだった、と村長に感謝しつつ、家に戻る。必要最低限の荷物と、村長に貰った50万ヴァリスと貯金していた約30万ヴァリスを持って、村から出る。振り返って万感の思いを込めてお辞儀した。

 

 

 

「オラリオまで何日かかるかなー」

 

 オラリオへの道は叩き込んである。暢気にそんなことを言いながら走り出す。途中食事をとるために村に寄りつつ、音を置き去りにして、オラリオには一週間ほどでついた。

 

 

 

 ベルはオラリオの門をくぐる。

 

 この夢と欲望の街、オラリオで目指すのは英雄。物語で語られる英雄たちへの仲間入り。あと可愛い女の子たちと仲良くなること。

 

 ―――お祖父ちゃん。約束は守るよ。

 

 ―――ハーレム、作るよ。

 

 真面目な顔をしてベルは、誰もが聞けばバカにするだろう理想を一途に描いていた。

 

 




新作を投稿はしても一個も完結させないというクズっぷり。久々すぎて感覚忘れてます。
許してヒヤシンス。

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