Fate/EXTRA 虚ろなる少年少女   作:裸エプロン閣下

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なんかスランプ入ったのか、夏休みに入って気が抜けたのか、いまいち自分の文章に自信が持てず、結構時間食いました。
どちらにしろ、残念ながら六日目のイベントはいまいち出来が納得できず、あえなくボツ。淑やかな藤乃、式のチョイデレは残念ながら二回戦へ。

ちなみに今回、12000字越えなので長めです。


嵐海踏破

 かつ、かつ、と二組の足音が廊下に響く。いつもはマスターやNPCたちによってざわめいている校舎も、今日ばかりは物静かなもので、窓から射してくる茜色の夕日もそんな空間に調和しており、どこか寂寥にもした気持ちを抱かせる。

 

 かれこれ今日で地上と離れて一週間と四日目だ。人によっては郷愁の思いも抱くかもしれないが、生憎自分は故郷というものを覚えていないため、感じ入ることはない。自分の傍で(はべ)るように付き従う少女も、境遇は違えど思いは一緒だろう。

 

 階段を下り、一階へ移ると普段は使われることのない、鎖が万遍無く巻きつかれた用具室の前に立ちふさがるように一人の神父がいた。神父がこちらに気付き、視線を向けると、酷く愉快そうに微笑を浮かべ頬を歪ませる。

 

 傍らの少女がそれに顔を歪ませ、自分は思わず拳を握りしめた。会った当初から変わらぬ神父の異常性を再認させる、全身を舐めるような視線に耐えつつ、意を決して神父の前に立つ。

 

「ようこそ、決戦の地へ。身支度は全て整えたかね? 扉は一つ、再びこの校舎へと戻るのも一組。友と殺し合う覚悟を決めたのなら、闘技場(コロッセオ)の扉を開こう」

 

 友と、の部分で戦慄が走り思わず固唾をのみ、背筋にじわりと汗を感じる。

 そして、それと同時にふと日常(よせん)のことを思い返す。口が悪く、性格もひねくれているが、予選で過ごした日々は決して忘れられるものではなく、例えムーンセルから与えられていただけの役割にしても、彼が自分の――岸波白野の友人であったことに変わりはない。

 

 本音を曝け出してしまえば、自分は戦いたくない。だが……。

 

 視線を、自分の隣りに立つ少女へ移す。

 

 両儀式。記憶喪失で願いも覚悟を忘れてしまった自分と違い、願いも覚悟もないただ巻き込まれただけの少女。こうなってしまった理由は多々あるし、偶発的な要素ばかりであったが、彼女をこんな戦いに巻き込んだ原因の何割かは自分にある。だからなのか、自分は彼女を帰したいと強く願っている。それだけが今の伽藍堂(がらんどう)な自分にある願いだ。

 

 ――だから、たとえどんな結末を迎えるにしろ、願いのために逃げることだけは絶対に許されない。

 

 自分の心情を告げると、少女が息を呑み、神父が感嘆の息を洩らすのが分かった。

 

「――いい答えだ。では若き闘志よ。決戦の扉は今、開かれた。ささやかながら幸運を祈ろう。再びこの校舎に戻れることを。そして――存分に、殺し合い給え」

 

 そういい神父は横にずれる。口ではああ言っておきながら、神父の顔には軽薄な笑みが浮かんでおり、これからのことを思い楽しんでいるのが窺える。

 

 そんな神父を二人して冷たい視線で一瞥し、雁字搦めに縛られた用具室に端末を向けると、鎖は弾けるように解かれ、一瞬淡く発光するとエレベーターへと変形し、扉が開かれた。

 

 扉の先は全てを呑みこんでしまうような黒一色で、中の様子が一切窺うことができない。そんな常闇の空間に、怯えることなく自分たちは足を踏み入れる。

 

 そして校舎と戦場の境界線で、

 

 ――勝とう、式。

「ええ、絶対に勝ちましょう」

 

 勝って再びここへ戻ると、静かに誓う。

 

 

 ※※※

 

 

 自分たちが入ると扉が閉まり、無骨な重苦しい音と共に浮遊感を感じる。エレベーターが動き出したのだ。随分下へ行くようで、脇にある回数表示は狂ったように1から9を行き来していた。回転率の速さから、下りる階層は100や200ではなさそうだ。

 

 そして視線を正面に戻すのとほぼ同時にエレベーター内の電気が点き、透明な壁を間に挟んで慎二とライダーの姿が、自分と式と相対するように現れる。

 

 慎二もライダーもこちらとは対照的に、今までとなんら変わりない享楽的な笑みを浮かべていた。前者はこれがゲームであるという精神的余裕と自分が勝つことを疑わない楽観視から。後者はこれからの戦いを考えての高揚感からだろう。

 

「なんだ、逃げずにちゃんと来たんだ。ああ、そういえばそうだったね、学校でも生真面目さだけが取り柄だったっけ。でもさ、学校でも思ってたけど、空気読めないよねホント。せっかく僕が忠告してやったのに」

 

 とりあえず、空気が読めないとか、慎二にだけは言われたくない。

 まあ、それはさておき。慎二からは緊張というものが一切感じられず、それどころか学校で友達同士が語り合うような――実際、そのとおりなのだが――軽さでこちらに話しかけてくる。その軽さに思わず、こちらが間違っているのでは、という錯覚すら感じてしまう。

 

 無論、それは本当にただの錯覚であり、間違っているのは慎二のほうである。ただ、それを指摘しても慎二は改めないだろうし、その行為に大した意味はない。既に賽は投げられたのだから。

 

「まあ、誰が相手であれ関係ないか。僕には誰も勝てやしないんだから。僕と僕のエル・ドラゴは無敵だからね」

 

 慎二のそれは、強がりではなく本気の発言だ。既に知られているということもあるが、自信満々にサーヴァントの真名を明かすのも負けることを疑ってないからだろう。

 

 井の中の蛙、大海を知らず。慎二の実力は確かに本物だ。だが、それと同程度の力量を持ったマスターは決して少なくないし、この聖杯戦争でもっとも重要なのはマスターではなくサーヴァントだ。

 

 自分が今まで見たライダー以外のサーヴァントは、レオのガウェイン、凛のランサー、藤乃の中華風の武人の3人のサーヴァントだ。そして彼等に比べれば、慎二のライダーの実力は二回りも三回りも劣っている。こういってはなんだが、自分の見立てでは慎二がこの聖杯戦争で勝ち抜けるとは思わない。そしてここで躓くようなら、自分もまた――。

 

「へえ……。ついこの間負けかけた癖に、良くそんなことが言えるわね。それにフランシス・ドレイクはとても戦闘に向いたサーヴァントとは言えないわ」

 

 それまで黙っていた式が初めて口を開く。どうも慎二の軽口に付き合うのに疲れたのか、口調がきつく、顔もいつも以上に不機嫌で、そして本人は気づいてないかもしれないが、踵が苛立ちを示すようコツコツとリズムよく床を叩いていた。

 

「う、うるさい! 今度はあんな風にはいかないぞ! それに、そっちこそ凡百の英霊どころかただの人間じゃないか!」

 

 それに顔を歪ませ、叩き付けるように反論を返してくる。どうもそのことは図星だったらしい。

 しかし、何時の間に式のことを調べたのだろう。確かに式は普段から実体化はしておらず、着ているのが着物ということで校舎内での知名度は高いが、それでも英霊ではないと断定するには情報は少ない。実際、マスターのアバターを変えるより、サーヴァントの服装を変えるのはパスが繋がっている分比較的簡単だ。

 

「そっちが情報収集していたように、こっちもそれなりには調べてるんだ。ま、僕みたいな天才からしてみればその程度、簡単すぎることだけどね」

「とかいって、一昨日負けた後散々調べたのはどこの誰だったかね」

「な、変なことをいうなライダー!」

 

 得意げな笑みを見せていた慎二だが、ライダーの茶々ですぐさま顔を赤くする。矛先を向けられたライダーは慎二を気にせずひたすら酒を呑みつづける。その量は壁で遮られているにも関わらず、こちらも思わず酔ってしまいそうなほどだ。

 

 ………………………………………………………………酒?

 

「て、お前何酒飲んでんだよっ!!」

「そう騒ぐなよシンジィ……。頭に響くだろう」

「お前そんなんでこの後戦えるのかよ……って、寄るな! 酒臭っ! お前一体いくつ呑んだんだよ!」

「戦えるさぁ。そもそも素面で楽しめるかっての。海賊の戦ってのは大抵撃ち合った後に相手の船に乗り込んで、色々甲板(かんばん)にぶちまけながらやるもんさ」

「……戦えるなら文句はないさ。あとそんな話よりさっさと質問に答えろ! お前の酒代誰が出してると思ってんだよ!」

「アッハハハハ!!」

「いいから答えろよぉぉぉ!!」

 

 ……可笑しい。これから戦う空気だったというのに、明らかにそんな雰囲気でなくなっている。上機嫌に笑って見せるライダー、それに対して若干涙目になりながら怒鳴りつける慎二。先ほどとは違い、今度こそ本気で自分の心持ちが間違っている気がしてきた。

 

「ま、いいじゃないかこの程度。アンタも覚えときな。酒でもなんでも、好き勝手に食い散らかせるのが悪党の利点さ。しけった花火なんざ誰も喜ばないよ。あんたも悪党なら、派手にやらかせばいいんだよ!」

「誰が悪党だよ! ぼ、僕をお前なんかと一緒にするな! この脳筋女!」

「はっはっは! いいね、その悪態は中々だよ慎二! アンタ、小物な癖に筋はいいのが面白い!」

「ちょ、やめろ、やーめーろーよー! 頭撫でるな、この莫迦! それと酒臭いって言ってるだろ! 酔っぱらってるだろお前!」

「…………今、猛烈に帰りたくなったわ」

 

 うんざりとした表情を式が浮かべる。実は自分の心境もそんな感じだったりする。エレベーターに入る直前、格好良く決めたのはなんだったのだろう。あの神父もまさか、こんな状況に陥っているとは予想できてはおるまい。

 

 頭を撫でられ、照れ隠しに腕を振り回す慎二を見ていると、これもまた日常(がっこう)での一コマのように思えてしまう。もっとも、これが普通の学校なら大量に散らばっている酒瓶と漂うアルコール臭が存在していいはずないのだが。

 

 と、そんな風に慎二たちがじゃれ合っていると、轟音と共に重力が自分たちを襲う。エレベーターが止まったのだ。いつの間にか終着点まで来ていたようだ。

 

 さすがに慎二たちもじゃれ合うのをやめて、こちらに向き直る。

 

「……ふん。僕とエル・ドラゴの無敵艦隊の力を味あわせてやるよ。言っとくけど、手加減なんかしてやらないからな。ま、せいぜい一回戦で僕と当たったことを悔やむんだね」

 

 それまでの醜態をなかったことにしようと、キザっぽく前髪を払い、微笑を携えて慎二がエレベーターから出る。

 

 自分もそれに習う様に歩みだし、エレベーターの扉の一歩手前で足を止め、思い残したことが無いように昔を回顧する。

 

 そんな中、ふと思う。予選での出来事が地上で、普通に高校生としての生活を送れていたら、きっと自分と慎二は殺し合うことなく今も、そしてこれからも先ほどのような日常を謳歌していたのだろう。

 

 ただそれはもうあり得ない話。例えどれだけ仲が良くても、願いが似ていようと、この聖杯戦争で互いの道が交わることはない。

 

 弱音を吐きだすように深呼吸をして息を吐く。そうして自分は再三の覚悟を決めて、ついに戦場へと降り立った。

 

 

 ※※※

 

 

 決戦の場は奇しくも自分と慎二が二度目に戦った時同様、沈没船だった。しかしその大きさは段違いで、優に二倍以上のサイズを誇っている。

 

「また船か、いい加減飽きたんだけどな……。まあいい、さっさと終わらせて帰るか」

 

 自分と慎二が船の中心で互いに向き合うように立つと、式が着物の帯からナイフを取り出し、それと同時にライダーが右手でクラシックな拳銃に、逆の手で近接戦闘にカトラスを抜く。互いに構えていないにも関わらず、決して隙を見せない様子から、いつ斬り合っても可笑しくないと悟る。

 

「はん、弱い犬ほどよく吠えるってね。もうすぐ変えようのない現実ってやつを見せてやるよ。何もゲームの話だけじゃないぜ? 生きてるのが耐えられないくらいの赤っ恥をかかせてやるよ!」

「おや、勝つだけじゃなく、恥までかかせると? 強欲だねぇ慎二。いいよ、ロープの準備をしておこう。マストに吊り下げるなり、好きにするといい」

「間違っても手は抜くなよエル・ドラゴ。この僕に歯向かったんだ、欠ける情けなんて一つもない」

「はん、情けなんざ持ち合わせてないっての。アタシにあるのは愉しみだけさね。出し惜しむのは幸運だけだ。命も弾も、ありったけ使うから愉しいのさ! ましてやこいつは大詰め、正念場ってやつだ。さあ破産する覚悟はいいかい?」

 

 一歩、ライダーが相変わらず、隙を見せることなくこちらに詰め寄ってくる。と、同時に高まる闘気に、知らず冷や汗をかいてしまう。

 

「……手を抜いていた、ってわけでもないよな」

 

 自分が思っていたことを式が代弁するように告げる。そう、ライダーが劇的ではないが前回よりも強くなっているのだ。まさか改竄だろうか。確かに橙子さんも青子さんも立場は中立、頼まれれば断るわけにはいかない。それがムーンセルとの契約だし、可笑しくない。

 

「そうだ、僕のライダーは金を積めば積むほど強くなる! 昨日お前たちがアリーナにいない間に散々強化してやったんだ!」

 

 しかしその考えは勝ち誇るように語る慎二に否定された。

 昨日――六日目は朝早くからアリーナに籠り鍛錬に勤しみ、夕方前には学校へ戻り夜食を奮発して鋭気を養った日だ。いつも慎二は自分達より早くアリーナに入っていたため、鉢合うこともあるだろうと思っていたが、五日目も六日目も普段自分たちが入る頃になっても来なかったため、これ以上情報を取られないためマイルームに籠っていると結論付けていたのだ。慎二は自分達より早くアリーナに来る、という先入観に囚われていたらしい。そんな自分の浅はかさに思わず心中で自虐する。

 

「そんなことはどうでもいい。オレはお前を倒してさっさと帰りたいんだ」

 

 そんな自分の胸中とは裏腹に、どこか活き活きとした様子で式がライダーとの距離を詰める。先ほどのライダーとは対照的に、挑発するように隙を見せる。素人の自分にも分かるほどで、誘いとは思えないほどだった。

 

 その証拠に、ライダーが瞬きする間もないほどの速度で式の隙に照準を合わせ、同時にしまったと言わんばかりに顔を顰める。顔を顰めたのは、憶測だがカウンターを警戒してのことだろう。今のライダーと式の距離感は推定3メートル程で、それは式なら一歩で詰めれる距離だ。

 

 しかし定めてしまった以上、後には退けない。迂闊に引き金を引けば瞬間式が襲いかかり、距離を取ろうとすればこれまた同様。確かにこの状況がこのまま続けば、徐々に式が距離を詰めて自分の間合いまで近づけば決着は着くだろう。

 

 睨み合うこと十秒、式が僅かに詰め寄る。その動作にライダーはピクリと反応するが、結局何もできず再び睨み合うに入ると、式はライダーが何もできないと察して続けて二歩、三歩と詰め寄る。

 

「威勢がいいねお嬢ちゃん。それはちょっと迂闊じゃないかい?」

「でも、動けないのは事実だろう」

 

 ライダーの挑発的な発言に笑みを浮かべてそっけなく返し、さらに一歩。そこでこの膠着状態に入って初めてライダーが目を伏せ、首を真横に振った。その様子に、背後から黙って見ていた慎二が何かを言いたげに口を広げようとした。

 

「なら結構。そんじゃあ、一切合財、派手に散らそうじゃないか!」

 

 瞬間、ライダーが始まりを告げるように叫び、開眼と同時に引き金を引き絞る。式は指の僅かな動きを見逃すことなく、紙一重で避け残像が見えるほどの速さで駆け抜ける。

 

「――これで!」

 

 獲った――と見越した一撃は、下から飛ぶように飛来してきた拳銃により、回避を余儀なくされ決めることができなかった。推測だが、一度撃った銃を捨て、足元に落ちた際に蹴り上げたのだろう。さらにもう一つの銃を取り出して、詰められた距離を離すように足を狙う。何とかかわすことができたが、その際に体勢を崩す。

 

「これで追撃は終わり――なわけないよなっ!」

「砲撃用意ぃ!」

 

 そこからさらに8門のカルバリン砲が現れる。式の体勢はまだ崩れたまま、この一撃を受けるわけにはいかない!

 

 反射的に腰に差していた礼装・守り刀に魔力を通し剣先をライダーに向けると、現れた魔力がライダーへと向かっていく。式のみに集中していたライダーは咄嗟に迫ったそれに反応ができず受ける。

 

「この程度なら屁でも……ッ!?」

 

 ライダーの言うとおり、自分のような碌に魔術も使えない奴の攻撃なんて痛くもかゆくもないだろう。だが、この礼装は相手の状況次第で麻痺させることができる効果がある。そして今がその効果を発揮する時だ。

 

「岸波の癖に……手間かけされるなよ!」

 

 しかし、自分が式の援護をしたのと同様に、慎二もまたライダーの援護のためすかさず麻痺を回復させ、硬直が解け、砲撃が放たれ式がいた周囲一帯を煙が覆う。

 

 情けない事に、自分はその際に生じた爆風で吹き飛ばされる。幸いタルがクッション代わりになったことで、そこまでダメージは受けていない。

 

「やったか!?」

「そいつはフラグだよ慎二!」

 

 歓喜の声を上げる慎二とは対照的に、未だに周囲を経過するライダーが探るように視線を流し、不意にその場を飛び退くとその場にナイフが飛んで来た。

 

「チッ、勘がいいヤツだ」

 

 少し遅れて着物を煤けさせ所々に血をにじませた式が同じ場所に降りてくる。着地の際に放たれたライダーからの銃撃はあっさりと切り捨てる。

 

「もう銃撃は効かないか」

 

 そう零すとと銃を腰に戻す。カトラスのみを武器とし、正面に構える姿に一瞬騎士を幻視するが、獰猛な笑みがそうではないと明確に否定する。そのまま数値だけを見れば式より高い敏捷を誇るライダーは、互いの距離間を瞬く間に埋めて式へと迫り、通算三回目の鍔迫り合いを挑む。

 

 カトラスとナイフが打ち合う瞬間、互いの獲物が火花を散らし、両者の視線が交差する。今度は完璧な拮抗状態、下手なことをして僅かでも力を緩めれば、その瞬間相手の方へと天秤は偏る。

 

「アンタ、その目は普通じゃないね。アタシの商人としての部分がかなりレアだって告げてるよ! 高く売ってやろうじゃないか!」

「言ってろよ。逆におまえの船を沈めてやる」

「へぇ、落とせるのかい? アンタに不沈の黄金の鹿(ゴールデン・ハインド)を!」

「落とす? 違うな。殺してやるんだ!」

 

 勇猛にそう告げると式の瞳が蒼く染まる。それは、これまでの戦闘で使わなかった直死の魔眼。両儀式の奥の手だ。瞳の蒼はあまりにも冷めた色で、見る者に否が応でも死を思わせるその視線を向けられた途端、ライダーは飛び退いた。そして瞬間、カトラスの刃が半ばから切って落とされ、前髪がはらりと散る。

 

 ライダーはカトラスの断面を無感動に見つめたのち、何の感慨もなくそれを放り捨て、これまで見たことないほどにギラギラとした目を式に向け、おもむろに口を開いた。

 

「アンタ、殺すって言って見せたな――なら見せてやる! 慎二、宝具を使うよ!」

「ああ、見せてやれよエル・ドラゴ。僕の真の力ってやつをね!」

 

 宝具――それは英霊が持つそれぞれ違う最強の幻想。

 自分の頭がその言葉を認識すると同時に大きな揺れが発生し、タルや木箱があちらこちらへ行ったり来たりと転がる。船ではない、空間そのものが強大な力の発生によって揺れているのだ。

 

「掴まれ!」

 

 そして自分も、足を滑らせ船から落ちそうになり、すかさずやってきた式に助けられる。式は自分を背負ったまま、軽業師顔負けの動きでマストへ上がっていく。頂上に辿り着くころには揺れも収まっており、そこでようやく自分は気を落ち着け式にありがとうと告げる。

 

「――」

 

 しかし式にはそれに反応することなく、ただ眼前を見据える。釣られて自分も視線を向けると、いつの間にかライダーと慎二の姿は無くなっており、かわりに空には無数の大小様々な艦隊が点在していた。そんな中で、ただ一つだけ他を圧倒する存在感を宿した船がある。

 

「これがアタシの宝具――黄金鹿と嵐の夜(ゴールデン・ワイルドハント)さ!」

 

 響くライダーの声が全域に響き渡る。そしてそれに合わせて浮かぶすべての船がこちらに照準を定め、小船は燃え盛る火を携えて、こちらへ迫る。

 

 圧倒的な光景に、不意に自分の中に、敗北の二文字が去来する。自分たちに空を飛ぶ術は無く、また敵の猛攻を防ぐ術もない。逃げ場もなく、どうしようもない。ここまでか、という諦めの感情が自分の胸に広がっていき、心が折れそうになる。

 

「なに俯いてるんだよ。勝手に負けた気になるな」

 

 いつの間にか垂れていた頭を式に小突かれる。手加減は一切なかったようで、衝撃が頭の中で響く。顔を挙げれば不機嫌そうにこちらを見下ろしていた。そして、式の瞳には自分のような諦めの思いは無く、むしろここが勝負どころだと言わんばかりの熱を宿していた。

 

「あいつは一つだけ手を誤ったんだ。そしてあいつは片方の銃を放り、カトラスを失っている。だからここを切り抜ければ、オレたちの勝ちだ」

 

 そう告げる式の言葉に迷いは無く、自分はそれを聞いて、冷めていた心の内に再び熱が戻ると両の頬を叩き、気持ちを入れ替える。そして差し伸べられた手を取り、自身の足で立ち上がる。

 

 ――で、活路はどこにあるんだ?

 

「ああ、まず――」

 

 

 ※※※

 

 

「見ろよライダー! 圧倒的じゃないか僕の力は!」

 

 先程まで戦場だった沈没船が紅蓮の炎と煙に包まれたのを見て、旗艦・黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)で慎二が声高にそう叫ぶ。

 

「そりゃそうさ、ランクにすればAを超えるアタシが誇る艦隊は無敵さ。こいつを越えたきゃ聖剣の類を持って来るしかないさね」

 

 船首の先で慎二の高笑いと眼下の景色を肴に再び酒を呷り、誇らしげな笑みを浮かべてそう告げる。そうして飲んでいると、あることに気づき、眉をひそめて身を大きく乗り出す。

 

(どういうこった、炎の勢いが弱い……? 風は無いし、操作も誤ってない。なら何で……?)

「ん、どうしたライダー?」

「いや……」

 

 慎二が怪訝気な目でライダーを見るが、まともな返事を返すことなく、地上に意識を集中させる。

 

 『火を消す』こと自体は難しくない。水を掛ければ消えるし、強風で煽られれば勢いを増すことなく掻き消える。周りは電子とは言えど確かに海で、風も着弾の際に生じるし、普通なら単なる杞憂とも思える。

 

 そう、普通ならば。だがこれはライダーの宝具であり、そこから生まれた以上、船はもちろん、炎すらも宝具の範疇だ。ならばたかが水を掛けられた程度、風で煽られた程度で消えるはずが無い。それらが消えるとしたらそれは、人の手でしかありえない。

 

 そしてその人というのは勿論――、

 

(あいつらはまだ生きている!?)

 

 そのことに気づき、船首から飛び降りると、船が大きく軋んだ音を立てる。長年船で暮らしてきたライダーには、それが船の要である竜骨部分が切り落とされたことによる全体の軋みであると察し、事の重大さを知った。

 

 船において竜骨部分は最重要部分であり、ここを損傷すると船全体がダメになる。つまり事実上、この黄金の鹿号は壊滅状態だ。そしてこの船は小船や炎とは比較にならないほど強固な幻想であり、それを破壊できるのは間違いなく、

 

「――捕えたぞライダー!」

 

 すべての死線を見抜ける両儀式しかありえない。甲板を無理やり突き破って出てきた式に銃口を向けようとするが、腰から抜くよりも早く式の一撃が自身の足に入り、全身の動きが痙攣(けいれん)したかのように震え、満足に動くことができなくなる。

 

 先ほどの守り刀の一撃と似た現象であるが、突然の奇襲であることも相まって慎二は即座に対応できず、

 

「やれやれ……こいつはしてやられたねぇ……」

 

 式の振り向きざまの一撃を避けれず、ライダーはされるがままに死線を断たれる。都合三度にわたる英霊と人間の戦いは、人間に軍配が上がることとなった。

 

 

 ※※※

 

 

 式がライダーの死線を断つと同時に周りの船と煙幕、炎が掻き消え、自分たちは所々に穴が開き燃え滓が散らばる沈没船へと再び降り立つ。

 

 

 

 式が言った活路とは、ライダーが無敵艦隊を破った火計の船に在った。

 ライダーは火で敵の逃げ場を奪い、その後に大砲の一撃で自分たちを倒すつもりだったのだろうが、もし式が火でも殺せる(・・・・・・)と知っていたら、絶対にそんな真似はしなかっただろう。ただの砲撃であれば自分たちはライダーたちの船へ行くことも無く、あえなくこの船と共に海の藻屑と化していたのだから。

 

 あの時、式は迫る小船の火を殺し(・・)、小船に飛び移るという動作を何度も繰り返すことでライダーの旗艦まで接近したのだ。ある程度の高さに来たところで旗艦に追随する他の艦隊に飛び移り、万が一にも他の船に逃げられないよう、竜骨を切り落とすことで多大な損傷を与え、周りの船より高度を下げることで孤立させたのだ。

 

 そして自分の船に侵入されたことでライダーが僅かなりとも動揺を見せれば、式がその隙を逃さず、スキル[足を払う]を発動して動きを止め、その隙に死線を断てる。慎二も当然いるだろうが、宝具の使用で勝利を確信した慎二なら咄嗟に判断できないと見ていた。

 

 

 

 そして結果、戦況は式の思う通りに運び自分たちは逆転勝ちを収めることに成功したのだ。

 

「は……? おい、何してんだよ。立て、立てよライダー! 何寝てんだよっ!? さっさとあいつ等を叩きのめせよ!」

「あー、それは無理だねえ。立ち上がろうにも全身が殺されてるから指一本動かせないし」

「ふざけるな! まだたったの二撃じゃないか! それでも僕のサーヴァントかよお前! とんだハズレサーヴァントじゃないか!」

 

 ようやく現状を理解した慎二が、結果を認めないと言わんばかりに大仰な身振りと苛烈な口調を以てライダーを非難する。いつもならそれに軽口で返すライダーだが、今回ばかりはそんな余裕もなく呼吸と共に吐息を零すだけだった。

 

「く、くそっ! 僕が負けるなんて! こんなゲームつまらない、つまらない!」

「……見るに堪えないわ。私もこの有り様で疲れたし、帰りましょう」

 

 悔し涙を流しながらたたらを踏んだり、傍で転がっているタルを蹴飛ばしたりと、癇癪を起こす慎二に侮蔑の意を込めた視線を送り、式が踵を返す。勝敗が決した以上、戦意はもはや無いようで、口調も平素の物に戻っていた。

 

 自分もこの激闘で疲れており、早く休みたい気持ちもあり特に反発することなく校舎へ戻ろうと足を進める。

 

「あ……ま、待てよ、おい! おまえに話があるんだ。僕に勝ちを譲らないか? だだ、だってほら、君は偶然勝っただけじゃないか! 二回戦じゃ絶対に、100%負ける。でも、僕ならきっと勝ってみせる」

 

 そしてそんな自分たちを引き留めようと、そんなことを慎二が提案してくる。さすがにその発言には自分も呆れてしまう。いい加減、一言きつく言ってやろうかと思うと、式がこちらの袖を掴んでぐいぐいと引っ張っていく。

 

 構う必要はない、と言いたいのだろう。

 

「あ、オイ待てよ! こんな簡単な計算も分からないのかよ! 聖杯を分けてやるって言ってるのに!」

 

 どんどんと遠ざかる自分たちに逃げられまいと慎二がライダーをほったらかして走ってくる。ややつんのめるように手を伸ばし、それが肩に触れる瞬間――

 

「――は?」

 

 自分と慎二の間に入ってきた壁が、慎二の腕を跳ね飛ばす。こちらへ跳んできた慎二の腕は崩れるように消えていく。

 

「ヒ、ヒィィィイ! な、なんだよこれっ! ぼ、僕の身体が崩れていく!? し、知らないぞこんなアウトの仕方!?」

 

 そして壁の向こう側が赤く染まると、慎二の身体の端々が黒く変色し、紫の亀裂が慎二を蝕んでいく。突然のことで思わず慎二に向けて手を伸ばすが、壁に阻まれる。式に視線を送れば、蒼い瞳を瞬かせながら首を左右に振り不可能であると告げる。

 

「――聖杯戦争で敗れたものは死ぬ。アンタもマスターとしてそれだけは聞いてたはずだよな」

 

 そしてそれはライダーも同じだった。彼女は敗者がどういう末路を辿るか知っていたのか、死を覚悟していたのか、戸惑いは一切なく、その態度はさっぱりしたものだった。

 

「はい!? し、死ぬってそんなのよくある脅しだろ? 電脳死なんて、そんなの本当なわけ……」

「そりゃ死ぬだろ普通。今も昔も、西も東も戦争に負けるってのはそういうことだろ。舐めてんのかい」

 

 すべてを楽しむライダーが、初めて語気を荒げたことでようやく慎二が本気だと察する。それはあまりにも、遅すぎたことだった。

 

「大体ね、ここに入った時点でお前ら全員死んでるようなもんだ。生きて帰れるのは本当に一人だけなのさ」

「な……や、やだよ。今更そんなこと言うなよ……。ゲームだろ、これゲームなんだろ!? なあ!」

「…………」

「何とかいえよっ! あ、あぁぁ……、止まらない、止まらないよコレ! どうにかしろよ、サーヴァントはマスターを助けてくれるんだろ!?」

「無理に決まってるだろ。仮にあたしが万全の状態だったとしても、こればっかりはどうにもならないさ。でもま、善人も悪党も、最後には区別なく全員あの世行きだぜ? 別段、文句言うようなことじゃないだろ?」

「な……」

 

 さらりとそう告げられて、慎二は思わず二の句が告げられず、口を開けて一瞬呆ける。

 

「な、何わかったようなこと言ってんの!? おまえ悔しくないのかよ!?」

「そりゃあ反吐が出るほど悔しいさ。でもねえ、契約したときにアタシは確かにアンタに言ったよ、坊や。『覚悟しとけよ? 勝とうが負けようが、悪党の最期ってのは笑っちまうほど惨めなもんだ』ってねぇ!」

 

 目視が困難になるほど透けた状態で、愉快そうに笑みを浮かべ未練などないと、雄弁に言ってのける。

 

「はは、あんだけ立派に悪党やったんだ。この死に方だって贅沢ってもんさ。愉しめ、愉しめよシンジ」

 

 そこでライダーは地に臥せ嗚咽の声を上げる慎二から、自分たちに向き直る。

 

「そしてアンタらも容赦なく笑ってやれ。ピエロってのは笑ってもらえないと、そりゃあ哀れなもんだからな」

 

 ――そんなこと、出来るはずが無い。自分は例えピエロだとしても、他人の死を笑っていられるほど、剛毅な人間ではない。

 

「……さて、ともあれよい航海を。次があるのなら、もう少し強くなっていてくれよ? アタシの本業は軍艦専門の海賊だからねえ。どうにも自分より弱い相手と叩くってのは、どうも尻の座りが悪くていけない」

 

 ……確かに、自分たちは結果的に勝利したものの、まだ弱い。それは今回の戦いを通して学んだことだ。本来作戦は、背後で全体を俯瞰できる自分が立てなければならないものだ。自分は式以上に実戦経験が薄いのだから、一刻も早く慣れる必要がある。

 

「ああそうだ。ついでにそれ、貰っていってくれないかい?」

 

 ふと気づいたように、ライダーがこちら側の在る一画を指し示す。そこには最初、ライダーが蹴り飛ばした銃が転がっていた。あの猛攻の中でもあったはずなのに、傷一つない。

 

「……さすがにそのまま放置されちまうのはもったいないからね。撃てるんならそのまま使っていいし、インテリアとして飾っといてもいいさね。好きに使いな」

 

 最期の最後で、笑みを浮かべながらそんな他愛無い会話をして、ライダーことフランシス・ドレイクは消滅した。

 

「お、おい! 何勝手に消えてんだよ! 助けてくれよ、そんなのってないだろ!? そ、そうだおまえ! おまえが助けろよ! おまえが負けないからこんなことになったんだぞ!? 責任とって、早く助け――ひ、消える……! やだ、と、友達だろ? 友達だっただろ! 助けてくれよぉ!」

 

 目の前でライダーの消滅を見て、必死にすがりつくように壁に寄り掛かる慎二は、既に首元まで浸食されていた。消えるのも時間の問題だろう。友人が、死に瀕しているというのに、何も出来ない現状に少しでも抵抗するように拳を壁に叩き付ける。壁は強固で、たった一撃叩き付けただけなのに、僅かに血が付着していた。それでも、必死に抗うように拳を叩きつける。今度はピキリという音が響いた。無論、壁には傷は無い。

 

「あ、あ――消える、消えていく! なんで、おかしいぞこれ! なんでリアルの僕まで死ぬって分かるんだ!?」

 

「もう無理よ! 諦めなさい!」

 

 式の制止を無視して三度目の拳を叩きつける。バキリ、と音が響いて自分の手が歪み血が飛び散る。激痛が広がる。

 

「うそだ、うそだ、こんな筈じゃ……助けろよ、助けてよお! 僕はまだ八歳なんだぞ!?」

 

 今度は逆の腕を振りかぶり、叩き付けようとすると式に腕を掴まれる。沈痛な顔持ちで、必死に制止を呼びかける声を無視して拉げた拳で不器用に構える。

 

「こんなところで、まだ死にたくな――」

 

 四度目の拳をぶつける。同時に、壁が一瞬瞬く。

 

 やったか、という自分の思いは明確に否定された。後に残るのは拳を砕いた自分に、傷を負った式の二人だけ。そこには間桐慎二という少年がいたという痕跡は、何一つ残っておらず、完璧に削除されていた。

 

 

 

 覚悟はしていた。だが、死にたくない、と泣き叫ぶ友を、幼い少年を殺してしまったという事実は予想以上に重いものだった。

 

 

 ※※※

 

 

 両儀式 スキル

[足を払う]筋力ダメージ+スタン(A) 

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え、ライダーがまったく強くなってない? 気のせいですよw

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