Fate/EXTRA 虚ろなる少年少女   作:裸エプロン閣下

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遅れました。原因の5割はゲームです。ノースティリスにいったりパリに行ったりしてました。あと久々にエリア11にも。結局ロスカラR2は出なかったな……。

もう5割はフラグ設置です。こういうのってよく考えて張らないと、全体のバランスが崩れるので時間がかかりすぎました。まあ、崩れてるかもしれませんが……。考えなしにやるとこういうツケが来るな……。

それはそうと、EXTRAも空の境界同様に全七章+αなんですよね。映画化したらいいな……。


樹毒空間

 雷雨を越えた航海。しかしその代償は決して軽くなく。

 

 次の難関は姿を見せぬ狩人。心に宿した黒い影、騎士道の裏に隠れた死角。

 

 狩人は其処に忍び、耽々と命を狙う。

 

 奇襲奇策策謀謀略。戦争の重み(いみ)を知れ。

 

 

 ※※※

 

 

 普段は訪れない、かつて自分が普通に授業をしていた教室へやって来る。以前少し覗いた時は少なくとも十人ほどいたはずだが、現在教室にいるマスターは二、三人程度しかいない。その二、三人も頭を抱えて机に突っ伏したり、忙しなくうろうろしている様子から未だに悩んでいるのだろう。

 

 斯言う自分も、ここに来た時点で彼らと同じように悩んでいるのだ。

 自分の席を通り過ぎ、隣りの慎二の席へ向かう。机は几帳面に整えられ、慎二の性格が表れていた。だが主を失った以上、この机が整えられることはない。そう思うとしんみりとした寂寥の念を覚える。

 

「……つらい?」

 

 戸惑いがちな式の問いに言葉を発することなく首肯で答える。撫でるように机に触れるがそこに熱は無い。ただ無機的な冷たさがあるだけで、慎二がいたことを告げているのはもうこの机の様子のみ。しかし、その机もいずれ荒れて慎二がいた時の様子を失うのだろう……。

 

 ズキリ、と胸が痛む。自分は願いも覚悟もあって戦ったつもりだ。そしてその結果、式が、そして自分がまだ生きている。だからこの結果を悔やむことはない。悔やむということは、自分たちではなく、慎二が生きているという選択肢を望むこと。それもまた、背負った重さに潰れるのと同様に、慎二の死を冒涜し、彼の死を無意味にしてしまうことだ。だから自分は逃げるわけにもいかないのだ。そのためにも、自分はこの二回戦の間に、自分なりの答えを見つけなければ――。

 

 そう決意を新たにすると、急かすように端末が鳴り響く。それは自分の者だけではなく全員一斉に、だ。時期を考えれば誰もが思い当たるだろう。つまり――、

 

「対戦相手の発表ね」

 ――だな。

 

 式と顔を見合わせて、名残惜しげに慎二の机を一瞥し、廊下へ出る。今鳴ったばかりだからか、あるいは気力のある人間が欠けているからか、掲示板の前にいるのは10人にも満たない。

 

 掲示板は以前自分が見た時と同じく、飾り気も何もない真っ白な紙の中央部分に自分と対戦相手の名前が書いてあるだけだ。おそらく、見る人によって映る内容が違って見えるのだろう。便利なものだ。

 

『マスター:ダン・ブラックモア

 決戦場:二の月想海』

 

 名前からして、ヨーロッパの方なのだろうと当たりを付ける。思い出せば、聖杯戦争のマスターは世界中から参加しているのだ。レオが転校生であり、知ってる人たちがNPCも含め日本人ばかりだからすっかり忘れていた。

 

「ふむ……。君が次の対戦相手か」

 

 そう遊びのない重い言葉で告げてきたのは、いつの間にか隣りに立っていた老人だった。

 軍人らしい黒い衣服に緑の鎧と、迷彩服を思わせるカラーリングに、年季を感じさせる白髪と髭。凛とした立ち振る舞いだが式とは違い、レオのサーヴァントであるガウェインを思わせる出で立ちからは彼同様の騎士らしさがあり、衰えというものを感じさせない。むしろ年を重ねることでより深みを感じさせられる。遊び気分で来た者とは違う、凛のような戦争を生業とする本職の人間だろう。

 

 そしてその鋭い眼光がこちらを射抜く。まるで心臓を掴まれたような気分になり、思わず震え上がりそうになったが、藤乃の武人のサーヴァントを思いだし何とか耐える。この老人も確かにすごいが、それでもあの武人ほどではない。

 

「なるほど……。若く、実戦経験も無いに等しく迷いもあるが、覚悟ははっきりしているようだ」

 

 そう呟くと、感心したように威圧するかのような視線を和らげ、髭を撫でる。この時点でいつの間にか止めていた息を吐いて、肩の力を抜きたかったがそれをすれば相手の評価は一気に落ちるだろう。舐められるのは嫌だったためそのまま虚勢を張り続ける。

 

「だが……どうにも君たちの間には僅かな齟齬があると見える」

 

 その言葉に反応したのは自分ではなく、式だった。いつも通りの毅然とした振る舞いが乱れる。何のことかわからず、一瞬呆けていた自分にもわかるほどの反応だった。

 

「では失礼する。決戦場で戦えることを心待ちにしている」

 

 そしてこちらの様子など知らぬと言わんばかりに身を翻し、老騎士は去っていった。その姿を見送り、ようやく息を吐いて肩の力を抜くと、すぐさま式に向き直る。式はこちらと目線を合わせようとはせず、視線を忙しなく動かしている。自分にはその様子だけで、先ほどの言葉が真実なのだと十二分に理解できた。

 

 幾度となく視線を迷わせる式の両肩に手を乗せ、やや無理やりに目を合わせる。その強引さに驚いたのか、式は目を丸くしている。

 

 齟齬がある、というのは自分と式の間でのことだろう。その齟齬がいったいどんな部分なのか、自分には分からないが、あの老騎士はきっと無関係、あるいは無意味なことを口にしたりしないと思う。となれば、それは自分たちの戦闘に支障をきたすのではないのだろうか。

 

「――なんでもないわ」

 

 そう告げてみたものの、素っ気なくあしらわれ再び目線を逸らされる。しかし、その表情が微かに思い詰めた物に変化したことを自分は見逃さなかった。彼女自身、自覚しているのだろう。

 

 ここで一歩、自分が式の心に踏み込めれば、もしかしたら心境を晒してくれるのかもしれないが……。一先ず今日のアリーナで様子を見て決めよう。

 

 トリガー生成の報告はまだ来ていないし、それまでに図書室で時間潰し用に本を何冊か借りて、食事を取って、一回戦でお世話になった人にお礼を言いに行くとしよう。ただし凛は除く。話したのは昨日の深夜で記憶に新しいことだし、式が問い詰めて嘘がばれてしまったら後で酷いことになる。主に自分が。

 

 さて、となると……。

 

 

 ※※※

 

 

「――それで君はお礼に来たというのか。律儀だな」

 

 吸っていたタバコの煙を肺から勢いよく吐きだし、自分が買ってきた『BASS レインボーマウンテンブレンド』を飲む橙子さん。その表情は呆れの色が濃いが、飲んだ瞬間には喜びの色も見えた。ここの飲食物はインスタントでも缶コーヒーでも本当に美味しいから、気持ちは分かる。

 

「ま、いいじゃん。紅茶くれたし。姉貴はコーヒーだけど」

 

 対して無邪気に喜び、買ってきた『正午の紅茶』をごくごくと一気飲みの勢いで飲み口元を拭う青子さん。どうやら自分のチョイスは間違っていなかったらしい。好みが分からないので自分の印象で決めたから実を言うと不安だった。

 

「まあ、それもそうだが……しかし驚いたな。一応アジアチャンプの間桐慎二に、素人以前の君が勝てるとは思っても見なかったよ」

 

 ……できれば今は慎二のことは出してほしくなかった。自分がほんの少し気鬱な表情になったのを橙子さんは目敏く見つけると、すまんと一言述べて話を切って捨てた。

 

「しかし……次の相手はダン・ブラックモアか……。まさか二回戦で老騎士にあたるとは君もつくづく運が無いな」

 

 半ばまで飲み干した缶コーヒーを机に置き、再びタバコを口に咥えると、橙子さんはこちらに同情するような視線を向けてくる。カスタムアバターを使っていることといい、歴戦の戦士としての振る舞いから只者ではないとは思っていたが、橙子さんも知っているということはやはりかなりの腕なのか。

 

「ああ。サー・ダンは退役しているものの、名のある軍人だ。西欧財閥の一画を担う彼の大英帝国の狙撃主で、現役時代は匍匐前進で1キロ以上進んだのちに敵の司令官にヘッドショットを決めるなど日常茶飯事の男でな。メンタル面ではこの聖杯戦争の参加者の中でも2、3を争うくらいだろう」

 

 1位は当然レオということか。本当にレオは規格外だな……。

 しかし、何で自分ばかり強い相手に当たるんだろう。カスタムアバターを使ってる人なんて全体の10分の1程度しかいないのに。改造で自分の幸運を改造出来たらな……。

 

「ま、元気だしなよ。一回戦の、えっと……間桐君だってあなたたちからすれば相当格上だったんだし。姉貴も改造だけは(・・・)一流だしきっと何とかなるよ」

「まるで私がそれしか能がないように言うのだな。紛うことなく破壊しか出来ない能無しの癖に。NPCの改竄で失敗して、処理性能を80%もダウンさせた女がほざいてくれるな。ムーンセルから苦情が来てたし、そろそろ本気で追放されるんじゃないか? お前は居ても害しかないし」

「う、うるさいわね! その時は月なんて破壊してやるわっ!」

「おいおい……とんでもない結論出したな」

 

 現状に嘆く自分そっちのけで口論を始める青子さんと橙子さん。それを相変わらずだと思いながら眺める自分に、長椅子で船を漕ぐ式。昨日はあまり寝てなかったらしいし、仕方ない。しかし無防備だな……。

 

 とりあえず、こういう時の対処法は『傍から眺める』ということは学んだ。さすがに口から肉体によるものに変わるようなら以前と同様に仲裁するが、この程度なら放っておいても問題ない。どうせ橙子さんの方が上手だから、最終的に青子さんが論破されて唸ることになる。

 

 そして一分後、予想通りの結果となった。

 

 

 ※※※

 

 

 ――それじゃあそろそろ失礼します。

「いやむしろ、此方こそ見っともない所を見せて失礼したな。二度とこんなこと無いように言い含めておくよ。では、またな」

 

 目を瞬かせ、気だるげに欠伸を零す式の手を引いていく。いい笑顔で語る橙子さんに青子さんが何か言いたげにしていたが、先ほど論破されたことがまだ後を引いているのか、悔しそうに顔を顰めてうぐぐ……と唸るだけでそれ以上口にしようとはしなかった。

 

 寝起きで緩やかな歩き方をする式に合わせて、自分もまた同様の歩き方をする。薄暗い教会内では雰囲気も相まって眠気を増進しているのだろうが、外に出ればまだ四時頃なので目も覚めるだろう。しかし花壇で眠るのも心地よさそうだ。すべてが終わったら寝てみたい、とのん気に思う。

 

「ああそうだ、最後に一つ教えてくれ」

 

 そんな目出度すぎる思考に耽っていた自分は橙子さんのセリフで現実に戻される。彼女は軽いことのように言ったのだろうが、腑抜けていた自分には少しばかり鋭く聞こえて、つい背筋を伸ばしてしまう。

 

「何故私にはコーヒーで、青子には紅茶だったんだ?」

 

 単なる疑問か、扱いの格差を感じたからか。質問の意図は分からないが、大したことではなさそうで、ここで嘘をついて『売り切れてたから』といっても決して追及はされないだろう。ただ、その質問が先ほど鋭く聞こえたことも相まって重要そうに思えていたので、自分は素直に答えて教会を去った。

 

 

 ※※※

 

 

「ふむ……」「へえ……」

 

 岸波白野の答えを聞いて、知らず橙子は感嘆の息を洩らした。それは青子も同様で、シンとした静けさの教会で二人分の息遣いが響いた。そして同じような反応をしたのが互いに気に入らず、再び同じタイミングで鼻を鳴らして彼の答えを頭の中で反芻する。

 

『青子さんはコーヒーより紅茶の方が好きそうだった。橙子さんはどっちもいけそうだったけど、コーヒーの方が飲み慣れてる気がした。あと、同じものだとケンカしそうに思えたから』

 

 それが彼――岸波白野の答え。1から10まですべて彼の想像だが、それは間違いなくあっていた。青子は元々コーヒー党であったがある時期から紅茶党へと移り変わり、どちらでもいける橙子は最近は社員の一人が頻繁にコーヒーを入れてくれることもあってややコーヒー党に寄っていた。そして同じだとケンカになる、という見解も先ほど同じタイミングで同じ行動を取ったのが気に食わなかったように、それが火種となりケンカが起きても可笑しくなかった。今は先ほど青子が負かされたこともあって起きなかっただけで、それ以前なら確実に起きていた。

 

 ――観察眼、にしては精度が段違いだ。そもそも私たちはここに来てからコーヒーや紅茶どころか、飲食物に関しては一切摂取していないし、話題にした覚えもない。もはや神懸かり的な見抜きだ。

 

 ――彼と会ったのはこれで三度目。それだけでこっちの趣味嗜好を完全に掴んだとは思えないし、調べるのも彼程度の技量じゃ無理。人伝に聞くのも、そんな細かい所まで知っている人間がここにいるとは思えない。

 

 本来あるべきの静けさが、痛いほどに教会を満たす。今この空間は、紛れもなく他の空間から隔絶されていた。

 

「……青子、私は本格的に調べてみようと思う。お前も手伝え」

 

 そんな空間に一石を投じたのは、意外なことに橙子だった。青子はそれに突っかかることなく受け入れる。それは青子自身、橙子に頼もうと思っていたことだった。

 

「彼、普通じゃないわね。悪人ってことはなさそうだけど、野放しにしとけそうもないわ」

 

 

 ※※※

 

 

 眠そうな式の頬をいじること十秒、ようやく目を覚ましたところで端末がけたたましく鳴り、第一暗号鍵(プライマトリガー)が生成されたことを確認する。夕食にはまだ早いが、以前みたいに凛と鉢合わせする可能性はできる限り潰しておきたいので手軽なもので済ませておいた。

 

 性格的に凛はこちらのことを心配しているだろうけど、もうしばらく時間を置きたい。大方屋上にでもいるだろうし、三日くらいしてから会いに行くとしよう。その時は、拳の一発くらいは覚悟しておこう。

 

 などと考えながら廊下を歩く。ほんのつい最近まで賑やかだった学校は、全体の人数が半減したことに加え、時折見かけるマスターたちが完全に意気消沈している所為で暗い雰囲気を醸し出している。

 

 無理もない、何しろ昨日の今日だ。殺した方も、殺された方も、これが本当の殺し合いだと思っていた者なんて、レオや凛などの極一部だろう。大半は遊び気分で参戦し、人を殺してしまったという罪の意識と、『自分もああなるのでは』という死の恐怖に怯えているのだろう。今の彼らには欠片ほどの覇気も緊張感も見て取れない。ただ在るだけで無い(・・・・・・・)ようなものだ。

 

 今なら凛が初めて会った時、自分たちを叱っていた気持ちが分かる。自分たちも傍から見たらあんな風に、抜け殻みたいに佇んでいたのだろうか。ふと、すれ違った生徒が自分に見えた。人の振り見て我が振り直せ、というが今の自分にとって、彼等の苦悩が他人事ではないことを再認する。もし自分の隣りに式が居なかったら、覚悟が無ければ、自分もあんな風になっていたのだろうか。

 

 脳裏に浮かんだ光景を頭を振って追い出す。いまは弱音を吐く時でも、厭世観に浸る時でもない。こんな気持ちでは、勝てるものも勝てなくなる。軽く深呼吸して気分を入れ替えて、力強い一歩を踏み出して――、

 

「……何か聞こえるわね。これは……」

 ――ダン・ブラックモアと、そのサーヴァントかな?

 

 ――動きが止まる。アリーナの入り口のすぐ傍で、自分たちの対戦相手であるダン・ブラックモアとそのサーヴァントが話し合っていた。降って湧いてきた幸運に、これ幸いと息を潜めて聞き耳を立てる。残念ながら、サーヴァントの方は死角になっているため、視認はできなかった。

 

「二回戦の相手を確認した。まだ若く未熟なマスターだが、戦士に相応しい子だ。一回戦の相手と同じだと決して思うな」

「へいへい、分かってますって。そも、俺はどんな相手だろうと手加減なんてしたことありませんよ。何しろ常に油断なんて出来ない状況下でしたし」

「なら良いが……。ともあれ、この戦いは連携が肝要だ。私の指示に従え。一回戦のような真似は二度とするな」

「あー、はいはい、分かりましたよ。ったく、俺から暗殺や奇襲を除いたら残るもんなんて絞りかすみたいなもんですぜ」

 

 愚痴を零すサーヴァントを叱咤するように睨み、二人はアリーナへ入っていく。

 

「暗殺、奇襲……。アサシンかしら……?」

 

 かもしれない。が、一応サーヴァントはセラフが相性を合わせて決めるので、明らかにあの老騎士に合いそうにないアサシンを配するとは思えない。おそらく、それに近いクラス、アーチャーかキャスターだろう。どちらにしろ、白兵戦に向いたサーヴァントではない。

 

「それで、どうするの。すぐ行く?」

 ……いや、少し時間をおこう。

 

 このままいけばアリーナですぐ鉢合わせになる。慎二とは違い、情報をぽろぽろこぼしてくれるわけでもないし二、三度の戦闘は覚悟しておくべきだろうが、それは今ではない。式のことで一抹の不安を抱えるこちらとしては初日では当たりたくない。

 

 …………しかし、相手が戦う気なら、こちらも準備を怠るわけにはいかない。もしあのサーヴァントが奇襲や謀略に長けた英霊ならば、不意を突いて仕掛けてこないとも限らない。それに対戦者発表の際、去り際にダンが残した言葉には、まるで『前回は戦えなかった』みたいなニュアンスが僅かに込められていた。

 

 英雄、と聞けば華々しい存在を思い浮かべる人が大部分を占めるが、実態は違う。ハサンと呼ばれた暗殺を専門とする者もいれば織田信長にチンギス・カン、白起といった歴史上にも類を見ない残虐な行為を行ったものもいる。また、策を以てどんな劣勢からも大逆転した策士も、見方を変えれば大量虐殺の指導者みたいなものだ。

 そしてその手の者はこちらが予想だにしない行動をとってくるわけだから、警戒はできても対処がし辛いのである。

 

 そういったことも考慮すると、自分が狙われる可能性もかなり大きいだろう。英霊クラスの式を倒すのと、ただの一般人の自分を倒すのでは段違いだし、十分あり得るだろう。特に真正面(ましょうめん)からのぶつかり合いに弱く、術策に長けたキャスタークラスなら合理的な判断をするだろうし、十分あり得る。

 

 それに、ダンもサーヴァントを律せていない様子だ。ダンは先ほども言った通り無関係、あるいは無意味なことを言ったりしないと思う。だからあのサーヴァントはダンの意向や命令をある程度無視して動ける立場なのだろう。

 

 決していなくなったわけでは無いが、廊下の人影はかなり減っているし、突然仕掛けてくることも無くはない。そうなると、マイルーム以外では終始気を張り続けなければならないだろう。難儀なことだ。二回戦の間はとても息が抜けそうにない。

 

 ――と、そろそろいいだろうか。

 

 端末の時間表示を見てみれば、ダンとそのサーヴァントの二人がアリーナに入ってかれこれ十分以上経過していた。一層はさほど広くなかったので、戻ってこなければ鉢合わせになることは無いだろう。

 

 式と共に扉に手を掛け、アリーナへと進入する。あまりにも場違いな想いだが、新たなアリーナの探索は、どんな心境でも心が躍るものがある。

 

 

 ※※※

 

 

 アリーナに入って、まず感じたのは殺風景だという僅かな落胆。色使いこそ青から緑に変化しているものの、やはり第一層は風景と言ったものが感じられない。まだ見ぬ第二層に期待しつつ、初の一歩を歩み出す。

 

 すると――全身に纏わりつく不快な空気を感じ、背筋に冷たいものが走る。それと同時に、式の腕を掴み地を駆ける。空気の正体を脳で考えるより早く、脊髄が『ここにいてはいけない』という判断と『走れ』という命令を下していた。

 

 そして次の瞬間、空間は色を失い、空間は白骨を思わせる白に、パネルの枠組みのような部分は、毒々しい紫色に染められた。恐らくこれは毒、それも空間全体を支配するほど強力な物、宝具だろう。急激な変化に歩みが止まる。手を開いたり閉じたりして、毒の進行状態を確かめる。やや重く感じるが、まだ全身に行き渡ってはいないらしい。長居できる状態ではないが、動くだけなら大丈夫だろう。

 

「空間全体に毒を張るとはな……。今回の相手は随分強硬的だな」

 ――ああ。先ほどダンに注意されていたにも関わらず、ここまでするとは……。

 

 これが張られたのは自分たちが入ってすぐだ。自分たちの侵入を察知したのか、あるいはただの偶然か。どちらにしろ、相手は本気でこちらを殺しに来ていると見ていいだろう。

 

 ――しかしこのくらい大規模なものなら、どこかに基点があっても可笑しくない。それを見つけて破壊しよう。幸い毒は速攻性ではないし、歩けなくなる前に見つければ問題ない。

「そうだな。この毒は不快で気分が悪い」

 

 目的を決めて早足でアリーナを駆けまわる。普段はマッピング作業もかねて虱潰しに走るのだが、今回はそんな暇はない。主な道だけを通って脇道は少し目線を送るだけで済ませる。壁も床同様、半透明なのでただ見るだけでも結構な範囲を探ることができる。

 

 そしてその甲斐あって、起点らしきものを見つけることができた。壁と空白の空間を挟んだ先には、一本の樹があった。遠目からなのであまりよく観察できないが、樹の根元には一本の矢が刺さっていた。

 

「あれだな。にしても……あんなに堂々晒してるってことは挑発のつもりか?」

 ――かもしれない。冷静に考えればあの時、自分が式を連れているように、ダンも自身のサーヴァントを連れていたのかもしれないんだから。あの時のダンの言葉を聞いていたのかもしれない。

「だとしても、ただの霊体化ならおれには見えてるよ。あいつはもしかしたら宝具を二つ持っているんじゃないか?」

 ――それか、二つ合わせて一つの宝具という幅の広いタイプのものか。何にしろ、相手が奇襲向けの英霊だというのは確かだな。

「……面倒だな」

 

 溜息を零して目を伏せる式。確かにそういうことに慣れていない自分たちではなかなか対処しづらい相手だ。

 

 まあ、挑発してるかどうかはともかく、一先ずは基点の破壊を優先しよう。あれがいつまでも残ったままでは探索すらできそうにないし、多少の戦闘は覚悟してでも行くべきだろう。念のため、リターンクリスタルを端末から取り出し、いつでも使えるように準備しておく。

 

「……分かった」

 

 大まかな方向に当たりを付けて、自分を待たずに歩を進めていく式。傍目からすればいつも通りのように思えるが、その前の返事には僅かだが間があった。苦悩にしては重すぎず、戸惑いにしてはやや軽い。おそらく、躊躇(ためら)いだろう。

 

 しかし毒は式自身不快と言っていたし、それを排除することに躊躇う理由はないはずだ。となると……戦うことを躊躇っているのだろうか? しかし式はいつも戦いを楽しんでいる節がある。躊躇う必要なんてないはずだ……。

 

 今までなかった式の反応に戸惑いを感じる。もしかしてこれがダンのいう齟齬なのだろうか。

 

「どうした? 早く来いよ」

 

 どこか無機的に聞こえる式の声に、ようやく自分も歩き始める。……不安を抱えながら。

 




今回ちょっと切り方が変なのは、たぶん長くなるからです。あと、これ以上待たせたらいけないだろうな、と思って。

変なところがあったらどんどん指摘してください。真摯な対応を心がけます。

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