ハンマーヘッドの応接室。そこに鉄華団の主要なメンバーは集まっていた。
深刻な表情の彼らを前に、腕組みした名瀬はふうむと鼻を鳴らす。
「なるほど、そう言う状況なら確かめたくもなるか」
オルガたちには教えていなかったが、タービンスのような裏街道に片足突っこんだような輸送業者が仕事の途中で、預かった荷を改めるのは控えるべしという不文律がある。
正規航路を使う場合ならともかく、今回のような裏航路で運ぶ荷物の中には、所謂『ご禁制』の品が含まれている場合が多々ある。そう言う品は当然ながら送る方も受け取る方も臑に傷ある訳ありだ。そう言った相手を敵に回すのも拙いし、わざわざ火中の栗を拾うような真似をしたくもない。故に後ろ暗そうな荷は『見なかったことにする』のが一番無難なやり過ごし方であった。
そう言うわけだから、よほどのことがない限り輸送中に荷を確認するなんて事はやらない。そんな事情を知らないランディと鉄華団だからやったことだ。
まあ今回の場合、『荷物自体は問題ない』。この時代、武器そのものは別にご禁制の品ではないからだ。治安も悪く、海賊やそう言った類の存在が横行している昨今。自衛のために武器を持つことは場合によっては推奨すらされる。でなければCGS――ひいては鉄華団のような組織は存在することが出来なかっただろう。
問題は。
「何らかの資材って『偽装してた』ことなんだよなあ」
ランディがそう指摘した。もしただ単に武器が必要であると言うのならば、偽装する必要など全くない。逆に言えば『偽装する必要があった』ということだ。そう言う場合、大概後ろ暗い。
「これ受け取り先ってどうなってんの?」
「えっとですね……ドルト労働組合!? 代表者が……ナボナ・ミンゴ!? ナボナおじさん!?」
ランディに問われて受け取り先を確認したビスケットが、素っ頓狂な声を上げる。その反応に皆眉を寄せ、オルガが問うた。
「知り合いかビスケット?」
「う、うん。父さんの友人で、僕らもお世話になった人だ。けど、なんで?」
「……ちなみに聞いておくけど、ドルトの労働組合って武器いるほど物騒なとこか?」
「そんなわけないです! 武器なんて使うどころか見たことすらない人たちばっかりですよ!?」
食って掛かるようにランディに返すビスケット。彼はドルトコロニーの出身であったが、幼いころ事故で両親を亡くし、まだ物心つくか付かないかの妹二人と共に火星の祖母を頼って移住してきた。その頃から状況は変わっているかも知れないが……。
「そも労働者が住んでるドルト2って経済的に苦しいから、あんな大量の武器なんて購入する余裕があるのかどうかだって怪しいものです。なにかの間違いじゃあ」
「あるいは……届け先も偽装って可能性がある、か」
顎に手を当て、オルガが呟くように言う。これまで散々自分たちを騙したり利用したりする大人達ばかりを相手にしてきたので、今回のこと自体はさほど驚いていない。考えながら彼は名瀬に向き直った。
「名瀬の兄貴、今回の荷物について何か聞いていることはありませんか?」
「いや、特には何も聞いていないな。今回の荷物は、お前さんらが地球に向かうからって言うんで便乗させて貰ったものだ。確かに滑り込みではあったが」
肩をすくめる名瀬。しかしながら裏航路に便乗する荷物だ、どんな事情があってもおかしくはない。だがそれを口にするつもりはなかった。
(あるいはこのこと事態が、こいつらの試金石かも知れないからな)
自分は聞かされていないが、マクマードは何か事情を知っているかも知れない。だとすると、このことに対して鉄華団がどう対処するか。それを見定められている可能性がある。 そうでなくとも自分があまり口出しするのは控えておいたほうが良いだろう。この仕事は鉄華団が請け負ったものだ。まだまだ駆け出しとは言え彼らには責任というものがある。最低限の口出しと手助けに留めておくべきだと、彼はそう判断した。
そうやって名瀬が見守る中、オルガたちは深刻な様子で言葉を交わしている。
「じゃあ、送り主の方はどうなってる?」
「フォルクス・マーケット。火星を中心にして手広くやってる小売業者グループだね。資材も武器も、両方扱ってるからどっちだとしてもおかしくはない」
「だったらよ、『間違い』なんじゃねーのもしかして」
口を挟んできたのはシノだ。気楽そうに言う彼に対してそんなわけないだろうと言いかけたオルガだったが。
「んなわきゃねえ――」
「いや、そう言う可能性もあるか?」
「――ってええ!?」
代わりにと言うわけではないがツッコミを入れようとしたユージンが目を丸くする。オルガは至極真面目な表情で続けた。
「そもそもの注文が本当に資材だったとしたら、ドルトの労働組合宛でもおかしかねえ。何らかの手違いで荷物が入れ替わったんなら……」
「ありうるがなあ?」
オルガの言葉にランディはうーむと考え込む。基本捻くれている彼からしてみれば裏があるとしか思えない事態だが、そんな間抜けなことが起こってもおかしくないのが世の中だ。そしてそんな間抜けなことが原因でとんでもない事態を引き起こすのもセットだ大概。
疑い始めればなんでもきりがない。さりとてこのまま荷物をドルトに持ち込むわけにもと、少年達と奇人一人は頭を悩ませる。
と、そこでぽつりと発言するものがいた。
「聞いてみればいいんじゃない?」
その言葉にはっと顔を上げる全員の視線が向く先には、いつも通りの三日月。彼は何を悩んでいるのか分からないといった風情で再び言う。
「だからさ、そのくみあい? の人に聞いてみたらいいんじゃないかな」
しん、と応接室が静まりかえる。そして。
『それだああああああ!!』
爆発するように皆の声が唱和した。
「そうだよ受け取る本人に確認してみりゃいいんだよ! なんでこんな事に気付かなかったんだ俺ら」
「あまりにも基本過ぎて盲点でしたね! 穿ったことばかり考えてたせいかな」
「やっぱすげえなミカ! 良く気が付いた助かったぜ!」
「うん……うん?」
歓声を上げるオルガたち。三日月はやっぱりよく分かっていない顔で疑問符を浮かべていた。
「わざわざご連絡を頂けるとは感謝致します。鉄華団の皆さん」
イサリビのブリッジ。通信向こうから聞こえる弾んだ声に、オルガたちは少し戸惑う。
商売相手に対する愛想……と言うにはどうにも、浮かれすぎている感があった。やはり何かおかしい。少年達の嗅覚は的確に危機の匂いを嗅ぎ付けていた。
それをおくびにすら出さず、オルガは上機嫌のナボナと相対する。
「この度は我々の願いを聞き入れて下さり……」
「おっと、ご丁寧な挨拶痛み入りますが、少々込み入った事情がありましたので連絡を入れた次第でして。早速仕事の話に移りたいのですけれど」
「おお、これは失礼。それでどのようなご用件でしょうか」
「はい、実は今回請け負った荷物なのですが……運搬の途中にアクシデントがありまして、大変失礼ですが中を改めさせて頂きました。依頼書には資材とありましたけれど、確認したところ依頼書とは別の品物が納められておりましたので、手違いがあったものかと思いまして連絡させてもらったという状況なのですが」
「え!? 資材!?」
素っ頓狂な声を上げるナボナ。続いて彼は泡を食ったような様子で問うてくる。
「武器の類ではないのですか!? クーデリア・藍那・バーンスタインさんが我々に協力するため、【ノブリス・ゴルドン】さんを通じて供給してくれるという話で!」
「はァ!?」
ナボナの台詞に、オルガは思わず素で声を上げた。
「ちょっと待ってくれ! 俺たちゃそんな話は聞いちゃいねえ! 今回の仕事は地球に向かうついでで、荷物はお嬢さんの指示どころか全くのノータッチだ! ましてや武器を供給とかなんでそんな話になってる!?」
「そんな! ノブリスさんはGHの奸計を叩き潰し退けた英雄であるあなた方が、希望を運んでくると……」
「おい、英雄だってよ。なんか凄いことになってんじゃん」
「凄いってかどんどん話がヤバい方向に流れていってるような気がすんぞ?」
シノとユージンがひそひそと言葉を交わす間にも、雲行きは徐々に怪しくなっていく。
「大体なんであんたらが武器を必要とするんだ。聞いた話じゃ、ドルトじゃ武器を扱ったどころか見たこともないような人間ばっかりだってのに」
「そこから!? 本当に何も聞いてらっしゃらない!?」
「聞いてたらこんな話にゃなってねえでしょうが。で、一体何がどうなってんです?」
「わ、我々ドルトの労働者は酷い労働環境の元苦しい生活を強いられている。それを是正するために前々から雇い主であるドルトカンパニーと交渉してきたが、これと言った成果はなかったんだ。それで本格的なデモ活動を行うつもりで、武器を持って訴えれば我々の本気が伝わるかと……」
「ちょっと待って下さい! おじさん、僕です! アルフォートの息子のビスケットです! 覚えてらっしゃいますか!?」
会話に割って入るビスケット。それはナボナにさらなる混乱を与える。
「ビスケット!? あのビスケットかい!? なんで鉄華団!? え? ええ!?」
「火星に行ってから色々あって、今は鉄華団で仕事をしてるんです。それよりもカンパニーに対してデモとか言ってましたけど、兄は? 兄はどうしているんです? カンパニーの工場責任者の養子になったはずですけど、そこから交渉に繋げられれば武装デモなんてしなくても!」
ビスケット達の兄、【サヴァラン・カヌーレ】は両親が亡くなった後、ドルトの経営側の家庭に引き取られた。労働者側でも学業成績などが優秀であればこのように有力者の養子となって、身を立てるということも希にあった。カンパニーでそれなりの地位になっていれば力になってくれるやもと思っての発言であったが。
「その、サヴァランはカンパニーで役員になって、我々との交渉の窓口になっていてくれたんだが、それでも芳しくなくて最近はまともに連絡も取れていない状態なんだ……」
「そんな……」
すでにもう手は打たれ、それが不発に終わったことに愕然とするビスケット。混乱した状況の中、黙って話を聞いていたランディが口を開く。
「どうにも行き違いじゃすまない話になってきたな。大将、一端双方落ち着いた方が良くないか?」
「あ、ああ。このままだとこんがらがったままで話が進まねえ。……ナボナさん、お互い一度ちゃんと情報を纏めてから、改めて話をしたい。それでいいか?」
「確かに、何がどうなっているのやら。すまないがこちらからもお願いしたい。また後ほど……」
「っと、少し待ってくれ。……ナボナさんだったな。俺は鉄華団で世話になってるランディール・マーカスってもんだが、一つそちらで確かめて欲しいことがある」
「ランディールさん、ですか。一体何を……?」
訝しげな声で問うてくるナボナに、ランディはこう返した。
「今、ドルトコロニー近辺で『アリアンロッド艦隊が、演習または定期パトロールの名目で展開していないか、あるいはその予定はないか』。それを調べておいて欲しい。噂話程度で構わん。どうだ?」
「それぐらいなら……分かりました、調べておきます」
「ありがとう。大将、俺からはこんなもんだ」
「そうか。じゃあナボナさん、また改めてこちらから連絡する」
「ああ。……その、すまない。何か巻き込んでしまったようで……」
「いや、そちらも何やら大変そうなのは分かるさ。……早まった真似だけは、慎んでくれよ?」
通信を終えたオルガは艦長席に体重を預け、天を仰ぎつつ額に手を当てた。なにかどっと疲れた。この数十分で一気に何歳か老け込んでしまったような気がする。愚痴の一つも口からこぼれよう。
「ったく、なんだってんだ一体……」
「それなんだがな大将」
声をかけてきたランディに視線を向けて、オルガはまた眉間に皺を作る羽目になった。
彼の視線が、これまでになく鋭いものだったからだ。
「俺の予想が正しければ、くそったれな事になってやがんぞこれ」
「はい? ……はいっ!?」
あ、こりゃ全力でシロだ。事情を説明されたクーデリアの反応を見て、皆がそう思った。まあ聞くまでもなく、最初から関わっていないと確信はしていたのだが。
一応の確認を取るため、クーデリアとフミタンを呼び出し事情を説明したらばこれである。そうだろうなあ自分が同じ立場だとしたらこういう反応をする。っていうか似たような反応をした。そう思いながらオルガは話を続ける。
「もう確認するまでもないんだろうが、お嬢さんに心当たりはないよな?」
「全くありません。それどころかドルトがそんなことになっていたなんて……」
悔しいような悲しいような、複雑な表情になって俯くクーデリア。うすうす彼女も察しているのだろう。武装デモのダシに、自分の名前が使われたのだと。
「ノブリス氏からは七月会議以前から後援して頂いていましたが、このような形で私の名前を使うために行っていたと言うのでしょうか……」
「それもあるんじゃねえかな。つってもまだ推論と勘の域を出ないが」
ランディの言葉にはっと視線を向けるクーデリア。彼女だけでなく全員から視線を向けられたランディは、頭を掻きながら説明を始めた。
「ドルトの件な、ありゃ多分『アリアンロッドの仕込み』だ。武装デモをテロか内乱だってでっちあげ、鎮圧して点数と経験を稼ぐ。ってところじゃねえか?」
『なっ!?』
ほぼ全員が驚愕の表情を見せる。当然だろう、仮にも法と秩序の守護者を謳うものたちがそんな真似をやらかすなど。
クーデリアの命を火星支部長が狙う、というのはまだ何とか理解できた。独立運動を活性化させた人物などを放っておけば自身の統治能力を疑われ、ひいてはそこから数々の不正が明らかにされてしまうかも知れないと思ったのだろう、と。が、それ以降の行動は理解しがたいもので、その上でさらにこれだ。高圧的でいけ好かないお偉いさん、と元々良いイメージではなかったが、さらにそのイメージすらがらがらと崩れそうな悪辣さだった。
「本当なのか、そりゃ」
「ドルトの周辺で艦隊が展開してりゃ確実だ。連中前々から似たような手口でマッチポンプやってやがる。退職前に『総司令に直接聞いた』」
『はあァ!?』
さらなる衝撃が、オルガ達を襲った。
「いやあんた、なんでまたそんなことを……」
「それ系統の下準備的な『裏の仕事(ウェットワーク)』にスカウトされたんだよ。出自も出自だし、向いてると思われたんじゃね? 速攻で蹴って小馬鹿にしまくったが」
最後のあたりでなんか気になる台詞があったような気がするがそれは置いておいて。
「その、言っちゃなんだが実際向いていたんじゃないか? どうして蹴るような真似を?」
おずおずと尋ねるオルガに対し、ランディははンと鼻で笑って見せる。
「俺ァ確かにどクズだが、クズにはクズなりの矜持と仁義ってモンがあらァ。自分と同レベル以下のクズをハメるんならともかく、堅気をハメて罪なすりつけた後皆殺しってな糞にも劣る真似なんざおもしろくもねえいや違った、そこまで腐り墜ちるつもりはねえよ」
あまりにも堂々としすぎていてある意味潔いように聞こえるが、よく考えてみたら最低の台詞だ。
よし、深くツッコミを入れるまい。そんな感じでそろそろスルー能力が鍛えられてきた鉄華団の面々であった。
「話を戻そう。ドルトのデモでアリアンロッドが仕込みをしてるってのは分かった。だがそれとお嬢さんがどう繋がる?」
「確かお嬢さんは火星での労働環境の改善も訴えてたな? それを聞いてたドルトの労働者がこの話に飛びつきやすかった。ってのはあるだろう。そしてノブリス・ゴルトンから話が回されてきた……こいつはちょっと考えりゃ分かるだろ?」
「っ! ノブリスが裏切ってるってのか!?」
「そう考えりゃ辻褄が合う。お嬢さんの行動がある程度読めて、タイミング良く荷物を仕込める伝手と権力を持つ人間。他に当て嵌まらんだろう」
確かに、後援者であればクーデリアの行動を随時調べていてもおかしくはないし、怪しまれない。空気が重苦しくなっていく中、ランディは言葉を続けた。
「こいつは完全に推論だが……基本ノブリスはお嬢さんが生きていても死んでしまっても『どちらでも良い』んじゃねえか? 生きてりゃ旗印として使えるし、死んだらそこから生じる混乱も利用できる、ってな」
「そんな! クーデリアさんが死んだら火星の独立運動は!」
叫ぶようなビスケットの指摘に、ランディは皮肉げな視線を向ける。
「活性化するだろうさ、『悪い方向で』。例えば革命の乙女がテロの凶弾に倒れた、なんてことになってみろ。取り敢えず一つに纏まってた独立運動の各勢力が怒りに駆られたり疑心暗鬼になったりでばらばら。下手すりゃ火薬庫で花火大会だ。武器商人としちゃ商売繁盛で笑いが止まらなくなるだろうよ」
ノブリスは様々な事業に手を出しているが、基本的には武器の売買で成り上がってきた男だ。言われてみればそう言った状況でもっとも利を得る人間である。
「さらにちょいとギャラホと繋がってりゃ、状況を読みやすくもコントロールしやすくもなる。今回みてえにな。……まあもっとも、アリアンロッドが展開してるってのが大前提の推論と勘だ。場合によっちゃ大外れって線も――」
「いえ、それで大体合っています」
消して大きくはない、しかし鋭い声が、ランディの台詞を遮った。それを発したのは。
「フミタン……?」
呆然と見上げるクーデリアの視線を受けながら、傍らに控えていたフミタンが一歩前に出る。その態度は普段とと変わらないように見えたが、いつものように前で組まれている手が、血がにじみ出そうなほどに強く握りしめられていた。
「……皆さんに、お話しせねばならないことがあります」
そう前置きし彼女は語り出す。
自分は元々、クーデリアの父でありクリュセ代表首相の【ノーマン・バーンスタイン】の動向を探るために、ノブリスから送り込まれた間諜であったこと。クーデリアが成長し、頭角を現してからは彼女の監視に目的が変更されたこと。さらに今まで皆の目をかいくぐり、密かに情報をリークしていたこと。
そして……ランディの推測通り火星の独立運動を暴走させるため、ドルトにてクーデリアの『悲劇的な死』がお膳立てされていること。その全てを、淡々と吐き出した。
「そんな……嘘でしょう、フミタン」
蒼白になったクーデリアが、信じられないと言った様子で声を発するが、フミタンは頭を振る。
「いえ、私はそういう人間なのです。こうやって告白したのは『命乞い』。このままでは計画は潰え、その影響で遅かれ早かれ私の行動は露見する事になるでしょう。そうなればノブリス氏から制裁の手が伸びるのは必須。その前に全てを打ち明け、庇護を請う。そういった打算からのものですので」
彼女はそう嘯く。言葉もなく黙って話を聞いていたオルガであったが、何か言おうとする皆の機先を制して口を開いた。
「そう言う割りにはあんた、『辛そうに見える』がな」
「っ!」
今度こそはっきりと、フミタンはびくりと反応した。彼女は自身の仮面に罅が入っていると、自覚せざるを得ない。
その様子を見て、オルガは溜息を吐きつつ頭を掻いた。
「まあ……裏もあるだろうがあんたにゃ実際色々と世話になったし、うちのチビどもも懐いてる。差し引きゼロって言ったところだろう、鉄華団(俺たち)にとっては」
オルガはこれまで色々な人間を見てきた。出自はストリートチルドレン。物心ついたときから糞溜めのような場所で悪意と欲望に晒されつつ生きてきた。CGSに入ってからもそうだ。マルバを筆頭にほとんどの大人が自分たちを消耗品扱いし、悪意の元に害をぶつける。彼にとって多くの大人が害悪でしかなかった。
しかし、雪之丞のように気を使ってくれる人間が僅かながらもいた。デクスターのように何も出来ないまでも、仲間の死に心を痛めてくれるものもいた。まあその、ランディみたいなのは例外としても、大人の中にもまともな人間がいると理解できるようにはなっている、と思っている。
だからと言うわけでもないが人を見る目はそれなりに厳しく、かつ肥えているという自負があった。そんな彼の目から見て、フミタンは『良心の呵責に耐えかねてこのようなことを自白する』程度には善人だろうという見積もりがある。その全てが演技であるという可能性もあったが、疑い出せばきりがない。第一自分なんかよりよほど人の闇を見てきて底意地の悪いランディが何も言わないのだ。妙な嘘はないと確信に近い判断を下している。
その上で、彼は視線を鋭くして言った。
「けどな、『お嬢さんがどう思うかは別問題だ』。俺らにとって、そしてあんたにとっても雇い主であるクーデリア・藍那・バーンスタインがどう判断するか。全てはそこだろ?」
多くの視線がクーデリアに向く。彼女はそれにたじろぎ、俯き、思考した。
世間知らずで無力な小娘。彼女は最初そういうものでしかなかった。様々なものを見て、少しずつ知り、壁にぶち当たったり失敗したりしながら歩んできて、まだ未熟者ながらも出来ることをしていこうという意志を育ててきた。
そしてここに来て大きく彼女の運命は揺るがされている。父の裏切りによるGHの襲撃に始まり、テイワズとの契約、海賊の襲撃。そしてノブリスの策略とフミタンの裏切り。才女とは言え16歳の少女にはいささか重すぎる運命であろう。
だが『自分はまだまし』だ。鉄華団のような少年兵や、それにもなれないストリートチルドレン。それどころか大人でも飢え喘ぎながら生きて行かねばならない世界。そういったものに比べれば、よほど恵まれている。オルガや三日月、鉄華団の面々に触れ、現実を目の当たりにした彼女は、僅かながらも『強かさ』を内包するようになってきた。このくらいで折れない、芯のようなものが出来つつある。
そんなクーデリアは考える。フミタンに対してどうするべきか。
確かに彼女の告白はショックであった。しかし、彼女のこれまでが全て嘘だったとは思えない。いや、『思いたくない』。これは自分の贔屓目だという自覚はあるが、それでも自分に対する気遣いや、鉄華団の少年達に対する柔らかな態度には、確かに慈愛のようなものが込められていた。それを信じたい。
だから彼女はこう言葉を吐く。
「私は……フミタンを許したいと、そう思います」
「お嬢様!」
クーデリアの言葉に、フミタンは悲鳴のような声を上げた。
「なりません。そのお気持ちは嬉しく思いますが、私のやったことは許されてはいけないこと。示しがつきません。それに」
いつもの冷静さがなりを潜め、早口でまくし立てるフミタン。そうしてから彼女は力無く肩を落とす。
「……許されてしまっては、私がこれまでしたことの報いはどこからくるのですか」
その姿は、行き先を見失った幼子のようであった。
クーデリアはふ、と微かな呼気を漏らす。笑みを浮かべそうになったのを堪えたのだ。やはり間違っていない。この人は、フミタンは信じるに価する人だと改めて思う。
ならばやることは一つ。クーデリアは突如立ち上がると――
いきなり真正面からそっとフミタンを抱きしめた。
「おじょう……さま?」
目を見開き、硬直するフミタン。その彼女の背中を小さい子供をあやすようにぽんぽんと優しく叩いて言うクーデリア。
「許されるのが辛く、苦しいというのであれば、きっとそれがあなたへの罰なのです。フミタン」
その言葉が、染みていく。クーデリアの肩に顔を埋めるように伏せたフミタンの声は、震えていた。
「私は……わたしは……」
「いいのです。いいのですよ」
やがて微かな嗚咽が漏れ出す。オルガたちはなんとなく居心地の悪さを覚えて目を逸らすしかなかった。
「……ひとまず、休憩しとこか」
さすがのランディも空気を読んだのか、そんな提案をする。
誰もそれに反対しなかった。
洗面所で顔を洗い、手早くメイクをやり直す。そうしながらフミタンは顔から火が出るような羞恥心を覚えていた。
なんとも格好悪い有り様だった。まるで自分がだだをこねていた子供のようにも思える。謀殺された方がまだしもましな居心地の悪さであった。確かにこれは罰になる。消え入りたくなるのを堪えて彼女は眼鏡をかけ直した。
すう、と深呼吸。収まりの悪い心を胸の奥に押し込め、彼女は再びブリッジへ向かおうと洗面所を出た。すると。
「……あなたは」
通路の壁に寄りかかって腕組みしている一人の少年。その少年――ユージンは、フミタンに向き直ることなく口を開いた。
「一応言っておく。オルガたちはあんたを信じるようだが……俺はあんたを信用しない」
その言葉に対してフミタンが何か言うより先に、ユージンは言葉を続けた。
「もし、あんたが何かやらかすようであったら、俺が背中から撃つ」
果たしてフミタンは――
微かに微笑んで見せた。
「その時は、よろしくお願いします」
頭を下げる。彼女は安堵したのだ。このように自分に釘を刺してくれる人間もいる。ならばきっと、彼らはしっかりクーデリアを護ってくれるだろうと。
面食らったのか「お、おう」と応えるユージンに微笑ましさすら感じつつ、彼女は会釈をしてからブリッジに向かった。
残されたユージンは壁により掛かったまま憮然とした表情を浮かべている。そうして彼は、口を開いた。
「なんか文句あっか?」
「いんやちっとも」
応えながら物陰から現れるのはランディ。彼は何が楽しいのか、にたにた笑いながら続けて言う。
「むしろ安心したぜ、お前さんみたいな事を考えるヤツがいたんだってな」
「オルガを筆頭に、どいつもこいつもお人好しばっかりだからな。誰か一人でもこういうのやる人間が要るだろうが」
照れているのかそっぽを向きながら言うユージン。進んで嫌われ役を買って出るお前も十分お人好しだという事実は指摘しないでおく。その方が面白そうだから。代わりにランディはにたにた笑いを深めた。
「……お前さん、いい男になるぜ」
「な!? ちょ、気味が悪りいな」
「褒めたんだよ素直に受けとっとけ」
にやにや笑うランディといぢくられるユージンは、じゃれあいつつ揃ってブリッジに向かった。
「そん、な……」
ランディの推論とフミタンの証言から纏められた情報を伝えたならば、通信機向こうで絶句する気配。さもありなんとオルガは同情のようなものを覚えた。
再びドルトとの通信。今回はナボナ一人が相手ではなかった。
「馬鹿な、そんなはずは……証拠は、証拠はあるんですか!?」
ビスケットの兄、サヴァランである。ナボナから連絡を受け事情を聞いた彼は、仕事を半ば強引に休んでドルト2に赴きこの相談に加わっていた。
彼の言葉にランディが応える。
「まあ武器を押しつけられてるって時点で武装デモを誘導してるってのは分かると思うが、それ以外に証拠って言えば……そうだ」
証拠と言えるか怪しいがと前置きして、ランディは問う。
「過去にドルトでテロか暴動が起こったとき、『何でか都合良くアリアンロッド艦隊が介入して短時間で事件が終結した』、って事があったんじゃないか?」
その問いに僅かな時間考え込む気配がして。
「……あ!?」
「あの時!? じゃあ親父とお袋は……」
ナボナとサヴァランがほぼ同時に声を上げる。それをビスケットは聞き取った。
「兄さん? 父さんと母さんがなにか……?」
「いや、それは……」
不安げな言葉に言いよどむサヴァランであったが、意を決したのか言葉を紡ぐ。
「お前達には事故だって教えておいたが、親父とお袋はテロに巻き込まれたんだ……」
「当時親父さん、アルフォートが労働組合長だった。会社との交渉も上手くこなして、もう少しでというところで……」
「そんな! じゃあ!」
驚愕しながらランディに向き直る。彼は難しい表情をしてこう応えた。
「100%そうだとは言えん。が、可能性は高ェな」
がくりと肩を落とすビスケット。改めて知らされた事実は、彼に大きな衝撃を与えたようだ。
重苦しい空気が、ブリッジに満ちる。多分向こうもそうなのだろう。オルガは一息吐いてから、口を開いた。
「……それで、あんたらはどうする? 力になれるとまでは言わないが、相談には乗れるぜ?」
その言葉に対するナボナとサヴァランの返事は――
「さて、楽しい楽しい悪巧みの時間だ」
悪魔が、嗤う。
※今回のえぬじい
「…………」
↑一から十までさっぱり話が分からないので黙ってる昭弘君。(筋肉)
自分の作品に自分で泥を塗っていくスタイル……美しくないわ。(何様)
いや誰のこととは言ってませんよ監督とかとてもとても捻れ骨子です。
はいそういうわけでドルト編に突入するわけですが、今回はやたらと難産でした。
だってさ、クーさん成長フラグばっきばきにへし折っちゃったんだもの。どうしようすごい自業自得だ。なんとか話をでっち上げてこんな展開になってしまいましたが、いかがだったでしょうか。
あとこんな話あったかとか、ここ違うんじゃねえかとかいう流れやなんやが多々あったと思いますが、そこら辺は全部独自設定です。決して筆者がうろ覚えだったから適当に書いたわけじゃありません。信じてとらすとみー。
そんなこんなで、今回はこんなところで。次回もよろしゅうに。