双方の軍勢が睨み合っている主戦場から離れた位置。ラーズグリーズのシグナルが消失した空域に、ライドとビトーは急行していた。
「ししょー! どこっすかア!?」
「おい死んでんじゃねえだろうなおっさん!」
そんなことを言いながら探索していた彼らが見つけたのは。
ボロボロになってピクリとも動かない、死に体に見えるラーズグリーズであった。
「え!? ちょっと、ししょー! ししょー!?」
「おい待てマジ死んでんじゃねーだろうなふざけんな!?」
泡を食って二人は機体をラーズグリーズに取り付かせ、機体を飛び出しコクピットへと向かう。
「ライド! ハッチの開閉ノブはどっちだ!?」
「確かこっちの方に……」
焦りまくっている二人の前で、外部ハッチが爆発ボルトで吹っ飛び――
「だぁらっしゃぁクソオルァ!!」
インナーハッチが蹴り開けられ、何者かが這い出てくる。そのヘルメットシールド越しの顔を見た二人は、思わず抱き合って後退した。
「「うわぁ化けて出たぁ!」」
「足はついてるってんだよ、G過多で内出血してるだけだっつーの」
這い出てきたランディの顔は殴り合いをした後のように血まみれで腫れ上がっていた。本人言うように内出血が酷すぎて打撲傷のような様相になっているのだが、それ以外にも各所に骨折や罅が入っているはずだ。だというのにその動きには支障がなさそうに見えた。元気なことである。
「この程度飯食って再生ポッドで寝てりゃすぐ治るわい」
「そ、そーっすか。……でもなんで動かなかったんすか? シグナルも消えてるし」
「リミッター外してぶん回したら、システムに負荷がかかりすぎてシャットダウンしちまったんだよ。戦ってる最中じゃなかったのが不幸中の幸いってヤツだ」
モルガンブライドを仕留めた後、まるで力尽きたかのようにラーズグリーズのシステムは落ちた。この戦いにおける己の役目は終わったと言わんばかりに。近くにモルガンブライドの姿がないのは撃破された後どこかに流されたのだろう。回収している余裕はなかったはずだから。
それからここまで放っておかれたのは、アリアンロッド艦隊が混乱していたからだ。通信機器も使えなかったのでそこら辺の事情が分からないランディは、二人に問う。
「で、状況はどうなってる」
かくかくしかじかと説明がなされた。
「なるほどな。……もう俺の出る幕はなさそうだ」
機体と同様に、自分の役目は終わったとランディは判断する。それは『この戦いにおいてだけではない』が、とりあえずそれは置いて、二人に声をかけた。
「ともかくこっちは動けねえ。悪りいがサカリビまで曳航してくれや」
「うっす。了解しました」
「怪我人なんだから大人しくしといてくれよ?」
そう言って二人は自分の機体に戻り、作業を始める。それを背景にランディはコクピットの縁にどっかりと腰を下ろした。
「過去を背負った者と、未来に突き進む者のカードってか。……まあ三日月は、もう俺なんぞ超えちまってるかも知れねえが」
彼方の決戦場を見据え、ランディは頬杖をついてにやりと笑う。
「『魅せて』みな三日月。お前の
機体を疾駆させたガエリオは、その全能力を解き放つ。
「すまないなアイン……もう少しだけ付き合ってくれ!」
シートと一体化したシステムが唸りを上げ、リアクターが出力を上げる。機体のスペックはともかく反応速度は同等、戦術の幅はキマリスが上回っている。戦いようはあるはずだ。
対する三日月は、静かに太刀を引き抜いて。
「やるぞバルバトス。最初から全開だ」
油断も手加減も出来ない相手だと見越している三日月は慌ても騒ぎもしない。淡々とシステムをフルコンタクト。リミッターを解放。解き放たれたリアクターがオーバードライブを始める。
同時に――
ヲ……ヲヲヲヲヲ……。
咆吼のような音が響く。それは決闘を注視していた両艦隊の元にも届いていた。
「な、なんだこの音は?」
「真空中だぞ? 攻撃が当たったわけでもないのに音が響くなど……」
「バルバトスからか? エイハブウェーブが変化している?」
皆がざわつく中、イサリビの艦長席に座し腕を組んで見守っているオルガが、ふ、と笑んだ。
「……風が吠えたか」
バルバトスが変化を始める。両眼が赤く染まり、放電現象が生じる。次いで両肩の装甲が跳ね上がり、両肘と両膝についた突起物が展開。現れるのは過剰な熱を赤外線と電磁波に変換して空間に放出する強制冷却機構。機体の周囲に陽炎が沸き、轟音はさらに大きく響き渡った。
ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ!!
ガンダムフレームのツインリアクターは、元々対MA用に他者のリアクターによる防御力を低下させるエイハブウェーブを放つが、改装されたバルバトス・ゲブリュルヴィントはフレームそのものから大幅に手を入れられた影響か、オーバドライブ時に発生するエイハブウェーブが周囲のナノラミネート装甲と共振現象を起こす。そのときに装甲自体を僅かに振動させ、咆吼のような音が響くのだ。
『吠える疾風』と名付けられた由来である。サンドバルとの戦いでは混戦中だったため全体からは認識されていなかったが、その鬼神のごとき姿は今度こそはっきりと白日の下にさらされていた。
「こけおどしではあるまい! 様子見などなしだ!」
構わずガエリオは突っ込む。回転するドリルランスを振るい、全力で打ちかかった。
耳障りな金属音。全力で打ち込んだランスは、しかりと受け止められる。
いや。
(受け流された……?)
僅かな時間の間にガエリオは見る。ガンダムフレームの膂力でもって打ち込まれた大重量のランスが、比すれば細柳のような太刀にて留められている。真正面から受け止めるのではなく、流れに逆らわず柔らかく衝撃を吸収した。ただの技術ではない。機体の各所に備えられたイナーシャーコントローラーによる慣性制御をも十全に利用した総合的な結果。全てが分からないにしても大まかなところを見て取った刹那の次には、ゆらりとバルバトスが動きを見せる。
「っ!」
ガエリオ本人よりも早くシステムの『本能』が機体を下がらせる。その胸先を、太刀の切っ先が掠めた。
一瞬にして斬り込んだのだ。その太刀筋は、もはやただの我流ではない。
今の改良阿頼耶識を最初に接続調整したとき、意識を失った三日月とバルバトスは互いに持つ戦闘情報をやりとりした。その際三日月は厄祭戦の戦闘経験を、バルバトスは三日月が重ねてきた戦闘経験を、それぞれ得て同調率を向上させていた。
今の三日月とバルバトスは単に阿頼耶識で接合されているだけでなく、正しく人機一体の境地にある。運動性能とトリッキーさだけであればラーズグリーズに軍配が上がるだろうが、総合性能は上回っているだろう。
無論なんの代償もなく能力を行使できるわけではない。身体に障害が出るほどの負荷はなくなったが、その分精神的な集中力を要する。十全に力を振るおうとすれば、例えば機体各所のイナーシャーコントローラー一つ一つを満遍なく制御しなればならないのだ。三日月をして数分戦った程度で疲れると言わせた負担がどれほどのものか。想像に難くない。
ともかく予想以上の難敵だとガエリオは判断する。勢いに任せた攻めはむしろ危険だ。距離を取り牽制の射撃を浴びせながら彼は思案した。
「懐に飛び込まれればこちらが不利か。機動戦で一撃離脱を挑む!」
僅かな時間で決断。重さに乗せた一撃ならばこちらが上だが、相手はそれを受け流す技量がある。ならば休む間もなく『受け流させ続けよう』。制御するのが人間であれば、疲労も蓄積しいずれは粗が出てくる。それは自分も同じ事。どちらが先に根を上げるか、それとも戦い方を切り替えるか。戦術も思考も出し惜しみせず全てをぶつける。
攻め方が変わった。強烈な一撃を繰り出して離れる。それを繰り返すつもりかと三日月は即座に見破った。
「こっちを疲れさせるつもり? なら、こうだ」
相手の打ち込み、離脱に合わせて、ひゅぱ、と空を奔る何か。それは離脱しようとしたキマリスの足に絡みつく。
「なにっ!? ……うおっ!」
ぐん、と強く引っ張られる感覚。それをなしたのはバルバトスの背中から伸びるテイルブレード。キマリスの死角から絡みついたそれは、ガエリオの虚を突いた。
無造作に放り投げられるような形で体勢を大きく崩すキマリス。それに向かってバルバトスは斬りかかるが。
「なんとぉ!」
膝から飛び出したドリルパイルバンカーが太刀を弾き、ランスが振るわれバルバトスが避ける。さらに後退しながら可動シールドに備えられたマシンガンで牽制射撃を行うキマリスの様子に、三日月は少しだけ眉を寄せた。
「今の動き……『二人分』?」
癖の違う二つの動きが、今の一連の流れにあった。それ自体はたいした問題ではないと見る。いくら動きが複雑であろうと、『機体の限界は超えられない』。ランディから叩き込まれたことだ。同じガンダムフレームである以上、その能力は三日月の想定範囲内に収まり、全力を出した自分とバルバトスなら十分対処できる。
脅威ではない、はずだ。動きの一つは以前エドモントンで戦った大型MSのものに酷似しているが、あのときのような『圧』を感じられず、機械的なもののように思える。もう一つはあの機体本来の乗り手が鍛え上げたものなのだろう。合わせても自分には届かないと見た。
だというのに。
「いやな予感がするな。まだ何か隠し札がある」
三日月の嗅覚は、奥の手の存在を感じ取っていた。バルバトスのような機能向上か、それとも何らかの武器か。やもすれば一発逆転を狙える何か。そのような物があると。
相手も戦力差はそれなりに理解しているはずだ。だというのに諦観もやけになった様子もない。なんらかの『勝ち目』があるから諦めていないのだ。
そのような相手はなめてかかれない。勝つために、目的を果たすために全力を尽くす。長々と時間はかけられない。だが同時に勝負を焦ってもいけない。すう、と三日月は呼吸を整えた。
「……いつも通りにやるだけさ」
目的を果たすために全力を尽くす。それはこちらも同じ事でいつものこと。今出せる最善をたたきつける。世界の運命を背負っていながらも、彼は全くいつも通りであった。
相対しているガエリオは、厳しい表情である。
「強い。……マクギリスと同等か、それ以上」
マクギリスとの戦いで手を抜いたつもりはない。だが全てを出し切る前に中途半端なところで戦いは中断された。互いにまだ余力はあったのだ。
その余力を全て出し切ったところで目の前の相手に勝てるか。同じガンダムフレームであるが『完成度は向こうの方が高い』。キマリスヴィダールはいくつか改修しているが、基本的には厄祭戦当時と大きな差はない。しかしバルバトスはフレーム部分から大部分が手を入れられ、別物と言ってもいい。当然ながら性能も向上している。
そして乗り手もマクギリスに劣らない戦士だ。幾度か戦った相手だが、そのときに比べ技量は格段に向上していた。阿頼耶識TypeEをもってしても届くかどうか。
「いや……諦めてしまえば、届くものも届かなくなる」
この戦いを始めたのは負けるためではない。『終わらせるため』だ。凄惨な血みどろの結果よりはましな終わり方をさせる。そのために。
自覚が薄かったとは言え散々好き勝手振る舞ったあげく、死に損ない道を踏み外した自分が今更何を、そう思わないではない。ランディあたりが相対していたならば、その辺りのことで散々おちょくり煽りまくったことであろう。
それでも、だ。偽善であろうと何だろうと、アリアンロッドの隊員たちを見捨てることは出来なかった。自己満足と言わば言え。なりふりなど構うものか。今はただ、死力を尽くすのみ。
もう二度と、後悔しないために。
マクギリスのことも、ラスタルのことも。……アインのことも。もっと自分が真剣に、全力を尽くして相対していれば。そのような悔いがある。
もっとも自分が全てを変えられた、などと自惚れているわけではない。だが自分は『関われる立場にいた』のは間違いないことだ。少しでも、あと一歩でも踏み込めていられたら。ちょっとでも何かが違っていたかも知れない。
詮無いことだ。感傷と言ってもいい。だが後悔だけを胸に抱え、何も出来なかった自分を嘆き悲劇的な結末を見過ごす。そのような真似だけは出来なかった。
多くのものを取りこぼしてきた自分だが、まだ出来ることがある。そのために最善を尽くそう。どうせ一度死んだ身だ。ここで使い潰しても構うものか。開き直りにも似た覚悟。ここに来てやっとガエリオは迷いを捨てたのだ。
「出し尽くす。全てを……っ!」
リアクターが唸りを上げ、キマリスは咆吼する疾風の化身に食らいつく。
目にもとまらぬ激戦が続く中、それを見守るアリアンロッド艦隊の中央付近。第3艦隊旗艦の艦橋は緊張感に包まれていた。
その中核となっているのは艦隊司令だ。本来であればラスタルから指揮権を引き継ぎ、アリアンロッドを引きいらなければならない立場だが、全てにおいてラスタルに劣り、その上家柄とラスタルに対する忠誠心だけを買われて要職に就いていたためか、咄嗟の判断が出来ない。結局狼狽えているうちに、ガエリオへ全てを押しつけるような形となってしまった。
しかしそれでも艦隊司令を任されているのは伊達ではない。落ち着きを取り戻せばそれなりに『やるべき事』も見えてくる。
見えては来たのだが。
「……では、『エクスカリバーは使えない』というのか?」
密かにエクスカリバー設置施設に連絡を取り状況を確認している。もし使用可能であればあわよくば……そのような思いからであったが、どうにも状況は芳しくない。
「発射なら可能です。しかし部品の一部に僅かな歪みがあり、射撃範囲が確定できません。このまま撃てば、どこに飛んでいくか」
完全な致命傷ではなかったが、使用するのは難しい損傷。嫌らしいダメージの与え方だ。苦々しく眉を寄せながら、指令は続けて問うた。
「修復は出来ないのか? 例えば部品を交換するとか」
「損傷箇所の交換は可能です。しかしそれには最低1時間は必要かと。その上で調整を加えれば、射撃が可能になるまで2時間はいただきたい」
憎々しいまでに冷静な受け答え。ラスタル相手でも同じ事であっただろうが、指令は侮られているようにも感じた。
だがラスタルほど剛気ではない彼は、強く意見を述べることなど出来なかった。
「……ならば修復を。決闘が長引けば、使える場面があるかも知れん」
確実に戦力とする方を優先とした、そういえば聞こえがいいが問題を先送りにしたとも言える。決闘が長引く、とは言っても2時間以上続くとはとても思えない。そしてどのような形にしろ『終わればその先がある』。互いが納得し矛を収めればそれでいいが、そうでなかった場合は。そしてそのときに自分はエクスカリバーを撃てと命じることが出来るのか。
すでにその存在、威力は露見し、あらゆる組織が脅威と見ることだろう。これから先エクスカリバーを使うのであれば『全世界が敵になる』。そう言っても過言ではない。
ラスタルはやった。後に全世界から敵視されることが分かっていながらも、今ここで勝利しなければ意味がないと。だが同じ事が出来るのか。血塗られた覇道を歩むことが。
それほどの器ではないと自覚がある。加えて『エクスカリバーは無敵の兵器ではない』と言うことを理解していた。欠点も多く、対処法はいくらでもあった。そのようなものに全てをかけられるほど豪胆ではない。
指令がこの機に全てを掌握しようという野心家でなかったのは、果たして幸運だったのかどうなのか。ともかく彼は戦いを続けることに対し二の足を踏んでしまっている。
今はただ、じんまりと重くなってきた胃の辺りをさすりながら、戦いを見守るしかなかった。
新江は、にこやかなまま態度を変えることのないクーデリアに声をかける。
「決闘とは予想外の展開ですが、彼は勝てるのでしょうか」
三日月の実力は知っている。しかし決闘で勝てるかどうかは別問題。実力に差があってもひょんな事から隙を突かれる、ということもなきにしもあらず。そしてこの決闘で本当に決着がつくのかどうか。新江から見れば不確定要素はまだあるように思えた。
応えるクーデリアは余裕を崩さない。
「勝てますよ。必ず」
断言する。それは過信でも強がりでもないと、彼女自身は信じていた。
手首に巻いた三つのミサンガが、優しく揺れる。
コトコトと煮込まれる鍋。オーブンが開かれ焼きたてのチキンが次々とパンに挟まれていく。
「チキンサンド上がったよー! 持って行ってー!」
「りょうかいー!」
ある意味もう一つの戦場であるキッチンを、待機組手下に仕切っているアトラは、いつも通りであった。
彼女も三日月が決闘に挑んだことは聞いている。しかしその勝利を微塵も疑うことはなかった。
「絶対おなかすかせて帰ってくるから、おいしいもの用意しておかなきゃ!」
そう言って張り切る彼女の手首でも、ミサンガが揺れている。
斬り結ぶ、斬り結ぶ、斬り結ぶ。
いつ果てるともなく続く交錯。しかし徐々に、戦況は動き始める。
「弾切れか。腕部砲、パージ」
バルバトスが両腕に供えていた砲を破棄する。これで飛び道具はなくなった。
「くっ、右のドリルが!」
キマリスの右膝に仕込まれたドリルパイルバンカーが折れる。バルバトスの太刀と幾度も打ち合った末、ついに限界を迎えたのだ。
少しずつ、少しずつ。互いの戦力は低下していく。バルバトスは太刀とテイルブレードのみ。キマリスもドリルパイルバンカーの片方とブレードを1本失い、火器の残弾も心許ない。しかしながら、双方ともに闘志は欠けていなかった。
「よく粘る。……似てるな、誰かに」
戦いの中、三日月はキマリスに誰かの面影を見る。力の差が分かっていながら挑み、最後まで諦めず、虎視眈々と勝機を窺う。そういった戦い方には、確かに覚えがあった。
「そうか、アーヴラウの時の」
2年、いやもう3年近く前か、地球に降り立ったとき、ミレニアム島で、アーヴラウの雪原で。食い下がってきたあのグレイズリッターと似ているのだ。
勝とうという、『命を賭けて目的を果たそうとする強い意志』を感じる。それに懐かしさのようなものを覚える三日月だが。
「ならやっぱり、一瞬たりとも気の抜けない相手だ」
気を引き締め直す。あの雪原の時のように、最後の最後で出し抜かれる訳にはいかない。神経を尖らせろ。挙動の一つも見逃すな。全身で敵を感じ取り、打ちかかれ。
バルバトスの動きは益々鋭さを増していく。
「警戒されているか。当然だが」
切れ味を増す太刀筋に、ガエリオは三日月の意図を見た。
こちらに隙を与えない。仕留めるよりも何よりも、それに重点を置いた戦い方に思える。恐らくは切り札の存在を本能か勘かで感じ取っているのだろう。むやみに勝負をつけようとして、大きく隙を作ればカウンターを食らうと見ているのだ。
良い勘をしている。そして今までにないクレバーな戦い方だ。勝負を焦らず、こちらの勝ち目を潰していくような戦い方。確実に勝利するために腰を据えて持久戦を挑んでいる。このような戦い方が出来るまでに成長しているのだと、いやがおうにも理解できた。
「しかしそのおかげで、こちらも保たせられる!」
一気に勝負をつけようとしない分、一つ一つの打撃はまだ凌いでいける。徐々に武器も残弾も失いつつあるが、戦闘に支障のある損傷はまだ受けていない。戦える。戦い続けていける限り、勝機はある。
それが例え爪先ほどに小さな可能性であっても――
「まだ終わらない。俺が諦めない限りは!」
その小さな可能性を引き寄せる。我知らずカルタと同じ判断と覚悟を持って、ガエリオは戦いに没頭した。
腰部に備えられたもう一本のブレードを引き抜かず、ドリルランスを両手持ちで振り回してから構え直す。この得物の重量と特性にも助けられていた。あるいは対艦ソードメイスが残っていたならば、圧倒されていたかも知れない。そういった運にも恵まれていた。
太刀と打ち合う。受け流され続けるが、重量差のある得物を受け流し続けるのは相当に精神力を削られるだろう。そして回転するドリル部は、うまく凌いでも太刀の刀身に負担を与える。事実バルバトスが振るう太刀は僅かながらも刃こぼれが生じ始めていた。もう武器も残り少ない状況でそのようなことに気を配らなければならないとなれば、いつまで集中していられるか。
こちらとて僅かな隙が致命傷になるだろう事は重々承知。そもそもいつでもひっくり返される力量差なのだ。粘って粘って粘りまくるしかない。
互いが耐えしのぎ、読み合い、攻める。端から見れば、互角の戦いに見えるだろう。そもそもが目で追えるものなどごく少数なのだが。
ともかく千日手にも思える激戦の中、ガエリオは気づいた。
「『根元に近づいてきている』……っ!」
ランスを受け流す位置。それが先端から徐々に根元の方へと変化していた。
『僅かずつ踏み込んでいる』のだ。二人分の特性が入れ替わり立ち替わり組み変わるこちらの技量を見切り、そして己の技を成長させながら。
阿頼耶識TypeE。アイン・ダルトンの脳を利用したシステムは、ガエリオの負担を可能な限り軽減するが、『現状以上には成長しない』。どちらかと言えば本能に近い、『最適化した技術を条件反射的に振るうもの』だ。そしてガエリオ自身の技量はすでに限界に近い。未だ成長過程にある三日月に後れを取り始めるのは当然と言えた。
だが。
「『それでいい』!」
敗色が見えてきてなお、ガエリオは諦めない。
対する三日月は、優位にありながらも眉を顰めていた。
「一端距離を取るか?……いや、仕切り直しこそが狙いかも」
ここまで追い込まれながらも、未だ切り札を切らない相手に不気味さを覚える。そろそろ相手のパターンは見切った。そして相手もそれを理解している頃だ。いつでもとは言わないが、折を見れば一瞬にして勝負が決まるところにまで来ていた。
こちらが勝負に出るところを狙っている。そうとも思えた。そうでないように見えた。勝負をつけようと思えばつけられる。余裕ではなく事実が、迷いとも言えない迷いを生む。
「『ここだ』」
隙が生じたのではない。斬り結ぶ最中、前触れも誘いもなく唐突に強引に、『切り札をねじ込む』。ここまで詰まった距離、そしてこのタイミングでしか虚をつけない。ガエリオはそう判断したのだ。
胸部左右の装甲がはじけ飛ぶ。現れるのはリアクター直結型の圧縮回路と冷却機関を備えた機構、【マルチスロットアクセラレーター】。本来であればガンダムフレーム特有のエイハブウェーブを前面に集中照射し、MAに対する防御力低下の効果を増幅する近接戦闘用の補助装備だ。あくまで対MA用の装備であり、同じガンダムフレームに対しては効果が薄い。
しかし、効果が薄いだけで『全く効果がないわけではない』。
「な、に!?」
ほんの僅か、バルバトスの動きそのものが鈍る。集中照射されたエイハブウェーブが、慣性制御の効果を僅かに打ち消したのだ。それ自体は致命傷にもならない、ごくごく刹那の遅延でしかなかった。
攻撃であるかと思い、切り払いながら体勢を立て直そうとしていたバルバトスの動きに戸惑いがでた。勝負を賭けるなら、ここしかない。
「おおおおっ!」
ランスを構える。同時にサブアームに備えられているシールドがスライドして内部機構が露出。ランスの基部に接合された。
そこから刺突(チャージ)。旋回するドリルランスをまっすぐに突き込む。
「弾く……!?」
切り払おうとして気づく。センサーが捉えた反応。ランスの基部に生じたそれは、どこかで見覚えがあった。つい最近……いや、『この戦いの中で』。
「『ダインスレイブ』!」
アリアンロッド艦隊の前に布陣していたダインスレイブ隊。それと同じ反応だと察する。そう。キマリスヴィダールはフラウロスと同じく、対MA用にダインスレイブ砲を備えていた。それはシールドと一体化している弾倉を兼ねた動力ユニットを接続することによって使用可能となる。装填されているのは特殊KEP弾頭が片方4発ずつ。威力はグレイズで使用していたものより劣るが、発射速度で上回り、加えて連射が可能だ。
詳しい性能まで三日月には分からない。だが熱反応を見ればもう発射できる状態にあると知れた。この位置からでは完全に回避できず、その上かすっただけでも戦闘に支障が出るダメージを食らわせてくる代物だ。刹那でそれを理解。回避できないのであれば――
バルバトスが構えを変える。
ほぼ同時にダインスレイブが放たれた。たぐり寄せた勝機。乾坤一擲の一撃はしかし。
ぎゃりん! と耳障りな金属音と共に、飛び散る火花。ガエリオは驚愕の声を上げる。
「太刀でっ! 『ダインスレイブ弾を斬った』だと!?」
砲口に向け、タイミングを合わせて太刀を振るったのだ。避けられないのであれば斬ればいい。三日月とバルバトスの超絶な反応速度はそれを可能とした。
だが、それと引き換えに。
ぱきり、と太刀が中程から折れる。
緩和していたとはいえ、大重量かつ粉砕機能を持つドリルランスを受け流し続けダメージが蓄積されていた。その上で超高速の特殊KEP弾頭を真正面からぶった切るなんて無茶をやらかしたのだ。当然の結果と言える。
「……拙いか」
三日月が呟く。一気に天秤が傾いた、と言うほどではないが、バルバトスの戦力が落ちたことには変わりがない。折れた太刀を破棄し残る武器はテイルブレードのみ。一応両手の指先も硬化レアアロイ製で武器として転用できるが、懐に飛び込む必要がある。テイルブレードでどこまで牽制できるか。算段しながら三日月は機体を上方に飛び出させる。
真正面からではダインスレイブに対して不利。機動力で攪乱し、改めて機会を窺う。そのもくろみを阻害せんと、ガエリオはランスをバルバトスに向けようとするが。
「くっ、この、尻尾か!」
テイルブレードに邪魔をされる。それを振り払う間にも、バルバトスは縦横無尽に駆けた。
その最中、三日月は『見つける』。
「……はは、ツイてるな」
珍しく、本当に珍しく彼は小さな笑みを見せた。
『それ』を力強く手に取る。バルバトスは電光のごとき機動でキマリスに迫った。
「素手で挑みかかるつもり……なにっ!?」
があんと、したたかにランスを打つ衝撃。それをなしたのは、『以前バルバトスが装備していた大型メイス』だ。
「いつの間に!? 一体どこから!?」
それは偶然にしてもできすぎであった。3年近く前、大気圏突入の時。キマリス相手に戦っている最中破棄したそれは、あてどもなく漂った末にこの戦場に流れ着いていたようである。正しく天の采配と言えよう。
ともかく新たに獲物を得たバルバトスは、先ほどまでの消極的な戦いとうって変わって果敢に攻め込む。切り札たるダインスレイブをこれ以上使わせないためだ。その上で、マルチスロットアクセラレーターを警戒し、真正面に位置取らないよう立ち回る。
再びの形勢逆転。ガエリオは歯噛み、堪えた。
「武器の重量ならばこちらが上だ! 打ち合いに持ち込めば!」
渾身を込めてメイスと打ち合う。その重量差は確かにバルバトスの打ち込みをはじき返したが。
どがむ、と追加の衝撃。バルバトスが蹴りと同時にヒールバンカーを撃ち込んだのだ。その狙いはランスとサブアームの接合部。引きちぎられたシールドが、勢いよく吹っ飛んだ。
だがシールド――ダインスレイブの発射機構はもう一つある。後退しながらランスを持ち替えるキマリス。そうはさせじと追うバルバトス。
そこでキマリスが、『ランスを投げつけた』。
「これでっ!」
3年前とは逆。バルバトスの虚を突きながら、キマリスは腰に残ったブレードを抜き打つ。狙いは胴体。決まれば最低でも相打ちに持ち込める。これが最後の勝負だと、ガエリオは全てをかけた一閃を放った。
ランスがあさっての方向に弾き飛ばされ、そこからがつ、と衝撃が奔る。バルバトスが逆手に構えたメイスは、先端から左胸のマルチスロットアクセラレーターを押しつぶす形でとどまり、キマリスのブレードはバルバトスの胴体に……『届いていない』。
「悪いね。『こっちも4本腕なんだ』」
必殺の一撃を防いだのは、バルバトスの腰部サイドアーマーから伸びたサブアーム。ガエリオの誘い込みを、三日月は読み切ったのだ。
メイスに仕込まれたパイルバンカーが作動。胸部が貫かれる。
キマリスのカメラアイが、光を失った。
※バトルシーンで筆者が力尽きたので、今回えぬじぃなし。
諸事情により職場で罠を仕掛けたら、連日野生動物が捕獲されることされること。
……金になんねえかな。(邪悪)自治体によっては懸賞金出してるらしいですね捻れ骨子です。
決闘死闘決着の巻でござる。や~ホントに難産でした。どうにかして双方の機体が持つ機能を全出したいと思って書いてみたわけですが。……出し忘れ、ないよな? なおマルチスロットアクセラレーターの機能については完全にでっち上げ。しかもこれキマリストルーパーについてたヤツだよ。結局なんだったのか分からない死に設定だったので好き勝手しました。
そして高みの見物してるランディさんの台詞は、故藤原 啓治氏のリスペクト。ランディール・マーカスという人物像をイメージするに当たって、藤原氏の演技に大きく影響を受けました。思い入れもありましたので是非とも言わせてみたかったのです。今更になりますが、この場を借りてご冥福をお祈りいたします。
ともかくこういうラストバトルが見たかったんだよっていう趣味全開の展開と結末でしたがいかがだったでしょうか。次回はいよいよエンディング……のはずです。これ以上延びませんとも、ええ。きっと。
果たして物語はいかなる終焉を迎えるのか。そういう感じで引きつつ今回はこの辺で。